第2話 職務質問

 ロゼ・ギブソン巡査部長は、上官であり市警本部長であるネルソン・ハーマンに、昨日起きた出来事を大方話し終えた。


「ハンター……ふん。我々の所轄を土足で踏み荒らす、虱集りの野良犬め」


 警官はその大半がハンターという存在を嫌っている。こそ泥から連続殺人犯まで犯罪者であればなんでも捕らえ、それを警察に引き渡すことで報奨金を得る彼らは、ネルソンの言う通り所轄を土足で踏み荒らす、平時であれば彼らこそが犯罪者ともいえる存在だ。


「かと言って、報酬を払わなければ我々が罰せられます」


「忌々しいことだ。名前と生年月日、口座番号を教えてくれ」


「はい。レン・クローゼル、征暦七〇一年十月二十六日生まれ、当年で二十一歳、男性。振込先の口座番号は――」


 そこまで言ったところで、ネルソンの目元がぴくりと動いた。


「なんと言った?」


「ですから、口座番号は……」


「違う。名前だ。レン、と言ったか?」


「ええ。レン・クローゼル」


 ネルソンは頭を抱え、ため息をついた。


隻眼ビレイグだ」


「……はい?」


 隻眼。つまり、片目を欠落しているということだ。けれどレンには両目があった。古い神の異名である片目を欠く者、という名前がなぜつくのか、ロゼにはわからなかった。


「私も詳しくは知らん。だが隻眼は不吉の予兆だ。やつが行く先々で凶悪犯罪が起こる。このノーズノースになんの用があって来たんだ」


「聞き込みによりますと、彼はエドウィン様を探しておられるそうです」


「エドウィン様? ハンターがなぜ魔術師を」


「わかりません」


「隻眼はどこにいる」


「はい、キュアランドホテルの四〇三号室に宿泊しているとのことです」


 ネルソンは立ち上がり、椅子に引っ掛けていたコートの袖に腕を通した。


「行くぞ。嫌な予感がする」


     ◆


 ホテルから出て徒歩十分ほどのところにあるレストランのテラス席で、レンは朝食兼昼食を摂っていた。


 鮮魚のマリネに生ハム、チーズ。千切ったパンを喉に押し込んで、熱いコーヒーを飲む。じんわりと広がる苦みを舌の上で転がしていると、トレンチコートを着込んだ、体捌きからして警官だろう連中が現れた。


「お巡りさんが、僕になんの用です」


 ナイフとフォークを置き、優雅な食事を邪魔されたことに、レンは多少ならず怒りを覚えていた。安眠と食事、仕事の邪魔をされるのは、報酬を踏み倒されることの次に苛々する。


「市警本部長、ネルソン・ハーマンだ」


「市警本部長? そんなお偉いさんが、息を切らせてどうしたんですか。僕はしょっ引かれるようなことはしてませんが。……食事を続けても?」


「二、三聞きたいことがあるだけだ。構わないかね」


「どうせ話すのなら、脂ぎったおっさんより、そっちの美人婦警さんにお願いしたいんですがね。いいでしょう。それとも、あなたのいい関係の方だったりしますか?」


 金髪の婦警――昨日助けた女警官は、僅かに顔をしかめた。


「ロゼ・ギブソン巡査部長です。これでも、ね。……あなたに関しては隻眼さんとでも呼べばいいんですか?」


「なんとでもお好きに。……ああ、すみません。僕のコーヒーのおかわりと、この職務に忠実なお巡りさん方にも一杯ずつ」


 対面にロゼが座り、その隣にネルソンが腰掛ける。レンは生ハムを切り分けてフォークでつつきながら、口を開いた。


「まず、僕の質問に答えてください」


「なんでしょう」


「処女ですか?」


「は……はい?」


 ロゼは困惑と僅かな軽蔑を顔に浮かべた。


「そんなふざけたことを聞いて、なんのつもりですか。からかっているんですか」


「大真面目です」


「……高校時代に一人、大学時代に三人と関係を持ちましたが。……これでいいですか」


「嘘を言わない、ということがわかりました。処女性が崇拝される中ではっきりとそう言うあたり、信頼できますね」


 レンはおかわりのコーヒーを受け取り、ネルソンとロゼの前にカップが置かれる。


「飲んでください。一杯くらいなら、僕が出しますから」


 ネルソンはブラックで、ロゼはミルクを入れて、一口飲む。


「それで、僕に訊きたい事ってなんです」


「あなたは、魔術師ですか?」


「……いいえ。十六で帝都大学魔術科に入りましたが、才能がないと見切られてしまい、中退しました。魔術の心得はありますが、魔術師ではありません。そして魔術師を騙ったこともないので、身分詐称や詐欺にはあたらないと思いますよ」


「……そのあたりについては、今は聞かないでおきます。つまりあなたは、魔術で戦うハンター、ということですね」


「そうです。正確には魔力操作で、ですね」


「次に……ここへ来た目的は?」


 ロゼの目が鋭く細められる。彼女の翡翠の瞳と、レンの蒼い瞳がぶつかり合う。


「それを言わなくてはならない義務は、僕にはありません」


「我々にはあります。犯罪は起きてから対処するのではなく、起きないように防ぐものです」


「ですが、それは実践できていません。僕のような業種の人間が必要とされる現状を見れば明々白々です。違いますか?」


「はぐらかさないでください。……あなたの行く先々で凶悪犯罪が起きる。そして昨日の戦闘で、飛散したガラス片などで怪我を負った方がどれだけいると思っているんですか」


「あなた方が魔人を刺激しなければああはならなかったでしょうし、野次馬を遠ざけるのも警察の仕事です。自分の管理不行き届きを棚に上げて、僕を貶めるのはやめてください」


 静かにコーヒーを口に含む。カップを置き、ロゼの顔を見る。隠しようもない明らかな怒りが浮かび、しかしそれを必死に自制している。


「すみません、言いすぎました。僕がここに来た理由を知ってどうするのか。それを聞いていいですか」


「質問に質問で返すな、と教わらなかったんですか」


「学のない僕にそんなマナーは期待しないでください。身に覚えのない嫌疑をかけて、こうして職務質問をしている時点で、あなた方にも非はあるでしょう」


「……コラテラルダメージを最小限にとどめるためです。あなたが次になにと戦うのかがわかれば、対策はできます」


「じゃあ、正直に言います。僕は、復讐のためにここへ来ました」


「復讐、ですって?」


 レンの目は宙に飛び、しばし空を泳いだあと、すっと立ち上がった。


「質問には答えました。……一つ、忠告します」


「忠告……? なにを」


「いえ、問いかけ、と言っておきましょうか。警察という組織は、表裏一体です。冤罪で苦しめられるだけなら御の字。死刑ですら僥倖ぎょうこうです。凶悪犯罪の増加は魔術が進歩したからではなく、警察が腐っているからです。そもそも、正義とはなんです?」


「え……」


「法を守ることですか? 弱者を救済することですか? それとも、自分たちにとって都合の悪い人を好きなように陥れて犯人に仕立てあげることですか? 今の僕をそうしようとしているように。なにか、反論は」


「………………」


「答えない、というのも答えの一つです。あなた方はよく、質問に対して望んだ答えがないと癇癪を起こす悪癖をお持ちですが、僕にはそんなものはありませんから、口を閉ざすという答えでも構いません。そもそも、あなた方に期待するハンターなどいませんよ」


 レンは踵を返し、ふと振り返った。


「ああ、魔術師……様の誕生日パーティーは、行かない方がいいと思いますよ」


「それって、どういう……」


「忠告はしました。……では、これで失礼します。ご馳走様」

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