鎌倉時代の「宇治拾遺物語」など、多くの説話集に、兵庫・播磨の陰陽師（おんみょうじ）たちがたびたび登場する。最も有名なのが蘆屋道満（あしやどうまん）。朝廷お抱えの陰陽師だった安倍晴明の敵役、藤原道長への呪いを阻まれ、京の都を追われた敗者…。「中央」の視点でこう記され、現代では、老いて禍々（まがまが）しくさえある道満、若くて清廉な晴明像が定着した。両者の関係はまさに陰と陽。ところが、道満が生涯を閉じたとされる「陰陽師の里」佐用町では違った姿が浮かび上がる。千年の時を超えて伝わるアナザーストーリーとは－。（段　貴則）

　朝廷に仕える陰陽師は、星を観察して吉凶を占い、暦作りに携わった。一方、市井の陰陽師は病気を治す呪術的行為を手掛けたという。播磨学研究所の埴岡真弓さんは「平安時代、陰陽師は最先端の科学者。陰陽師の説話が残る地域は星がよく見える地域でもある」。「陰陽師の里」を掲げる佐用町江川（えかわ）地区にも、県立大西はりま天文台がある。

　説話は、道満が藤原道長に呪いをかけているのを晴明が見破り、道満は都を追われるストーリーだ。埴岡さんは「都の貴族文化の中で、道満が説話に取り上げられたのは、よほど播磨の陰陽師たちに力があったからでは」とみる。

　江戸時代になると、歌舞伎や浄瑠璃の演目となり、道満に相当する人物は悪人として全国の隅々で上演された。埴岡さんは「江戸期のイメージが現代に引き継がれ、晴明は美青年、道満はボロボロの装束姿の老法師で描かれる。ただ、晴明が中央の歴史に登場するのは４０歳を過ぎてから。道満とのエピソードは７０歳過ぎの最晩年の頃のもの」と指摘。道満の方が若かった。

　都を追放された道満はどうなったのか－。１４世紀に成立した播磨の地誌「峯相記（みねあいき）」には、佐用に流され死んだ、とある。

　江川地区には道満と晴明をそれぞれ祭った塚が峡谷を隔てて立つ。晴明塚は室町時代前期に造られたとみられ、道満塚は１７９７年に再建されたという。

　「道満塚は風がないのに枝が揺れ、カメラで撮影しようとして不具合が起きたのも１度や２度ではない」。地元で生まれ育った江川地域づくり協議会の久保正彦さん（６４）は、その不思議な力を口にする。

　道満塚がある集落の言い伝えは、世間の道満像とは随分異なる。道長を呪詛（じゅそ）したのは、道長の私利私欲を諫（いさ）めるためで、佐用では薬草を栽培するなどして地域に尽くしたという。また、道満塚が立つ敷地を所有する故上田宇堂さん宅には「道満法師来歴ノ事」と題した古文書があった。久保さんによると、道満が晴明の家に伝わる陰陽道の秘伝書を見たことがもとで、争いになり、道満の力が上回ったとの趣旨だったという。

　妻雅子さん（７２）は「主人は古文書の解読に熱心で『在野の道満は庶民のために知識や力を使い、国家公務員のエリートだった晴明にも匹敵する存在だった』と、よく口にしていた」。久保さんも「官側の晴明が民間の道満に負けるのは、権力者側にとって都合が悪いから、説話は晴明の立場で描かれているのだろう」と考える。

　一方、なぜ佐用に晴明塚まであるのか－。塚を大事にしてきた地元集落の言い伝えでは「佐用に流された道満が道長を呪い続けたため、晴明が塚がある場所に着陣した」とされる。激しい呪術合戦を繰り広げ、戦いの名残として「鑓飛（やりとび）橋」という名の橋がかかる。

　久保さんは「決戦の有無は定かではないが、道満の死後も、その力を恐れた官側によって晴明塚が造られ、道満の力を鎮めたのでは」と話している。

■蘆屋道満、人気スマホゲームにも登場　美形キャラでファン続出

　世界で人気のスマートフォン用ゲーム「Ｆａｔｅ／Ｇｒａｎｄ　Ｏｒｄｅｒ（フェイト　グランドオーダー、ＦＧＯ）」には、蘆屋道満が登場している。

　広報担当者によると、ＦＧＯは２０１５年から配信され、ダウンロード数は全世界累計で７千万に上る。神話や歴史上の英雄を召喚して敵と戦わせる内容で、ジャンヌ・ダルクや織田信長らとともに、道満も呼び出せる。

　その姿は、かなりのイケメン。端正な顔立ちに切れ長の目、白と黒の長髪が目を引く。片肌脱ぎの僧衣から伸びた手先には、長く鋭い爪が妖気をまとう。交流サイトには、ファンが描いた道満のイラストに加え、道満になりきって撮影した写真の投稿が後を絶たず、人気ぶりがうかがえる。