やがてグリベンコが手土産を持ってくるようになった。最初はハンカチセットをもらった。バーバリーの3枚セットのものだった。その後、小さなカードのようなものを差し出しながらこう言った。

「これ、余ってるのでどうぞ」

高速道路のハイウェイカード1万円分だった。水谷氏は車を持っておらず、ハイウェイカードなど使わなかったが、グリベンコが気分を害さぬよう、「頂いておきます」と言って受け取った。
手土産は最初はハンカチだった
水谷は筆者にこう語る。

「私も中国情報を聞くとき、接触した相手に手土産を持って行くことがよくありました。そういう意味では、当然の成り行きなのかなと思ったのです」

次に会ったとき、グリベンコからデパートの紙袋をもらった。家に帰って開けてみると、紅茶のティーバッグのセットだった。「つまらない物をくれるものだな」と思いながら箱を開け、中身を全部出した。箱の底に何かがあった。デパートの商品券。1000円券の10枚綴り。合わせて1万円分だった。

水谷はこれまでもらったものを、すべて友人にあげていた。この商品券は親戚にあげてしまった。土産物より、中国の情報を聞き出したかった。

土産はさらに形を変えた。その日、グリベンコが指定したのは、天王洲アイルの和食店だった。食事が終わると、グリベンコがいつものように紙包みを渡してきた。

「プレゼントです」

いつも通り受け取って、帰宅してから箱を開けた。

「お土産が何か記憶はないのです。箱の下に入っていたものに驚いたからです。封筒が入っていて、中身は現金…。5万円が入っていたのですから」(水谷氏)

やがてその金額は10万円につり上がっていった。
最初はハンカチだった手土産が「商品券1万円」、「現金10万円」に

総理官邸に迫るロシアスパイ、だまされた内調職員が手口を暴露【第2回】へ続く

▼竹内明(たけうちめい)
1991年TBS入社。社会部で検察、警察の取材を担当する事件記者に。ニューヨーク支局特派員、政治部外交担当などを務めたのち、「Nスタ」のキャスターに。現在も報道局の片隅に生息している。ノンフィクションライターとしても活動しており、「秘匿捜査~警視庁公安部スパイハンターの真実」「時効捜査~警察庁長官狙撃事件の深層」(いずれも講談社)の著作がある。さらに、スパイ小説家としての裏の顔も持ち、「スリーパー」「マルトク」「背乗り」(いずれも講談社)を発表、現在も執筆活動を続けている。週末は、愛犬のビションフリーゼ(雄)と河川敷を散歩し、現実世界からの逃避を図っている。