■「店の前で待ち合わせ」奇妙な指示


その後、リモノフから電話がかかってきた。携帯の画面には「公衆電話」と表示されていた。職場の電話でもなく、自分の携帯でもない。奇妙だった。

リモノフは都内のレストランを指定し、「お店の前で待っていてください」と言った。「予約しているのなら、店の中で待ち合わせればいいのに」と不思議に思った。水谷が待っていると、リモノフは数分遅れてやってきて、一緒に店に入った。

「遠くからすっと近づいてくる。今思えば、どこかから、誰かが私を尾行していないか、監視していないか、を確認したうえで近寄ってきたのだと思います。会話は雑談ばかりです。家族の話とか、趣味は何だとか…」(水谷氏)
待ち合わせはなぜか店の“前”だった
その後も会食は続いたが、水谷が聞きたい中国情勢の話題にはならない。時間の無駄かなと思ったこともあった。

一度、話題の種にと、水谷は中国共産党大会の人事予想を作成して、リモノフに渡した。リモノフは目を丸くしてこういった。

「これは興味深いですね。さすがです」

水谷は少し嬉しくなった。


■ハンカチから商品券、そして現金に


やがてリモノフから「私は帰国することになったので、後任を紹介させてください」と連絡があった。虎ノ門のレストランに連れてきたのが、グリベンコ一等書記官だった。肌が浅黒く、ひげの濃い大柄の男だったが、しゃべり方はソフトで紳士的だった。

「水谷さんはすごく能力の高い人なんです。中国の人事をすべて言い当ててしまうのですから」

リモノフはグリベンコに言った。
水谷氏(仮名)がリモノフの後任として紹介されたグリベンコ一等書記官
その後、グリベンコと食事をするようになった。食事が終わるとグリベンコは

「次はここで会いましょう」

店のパンフレットを渡しながら、次に会う日時を指定した。