「事故の原因も分からない」。そう言って会見で土下座した知床遊覧船の“2世社長”。だが背景にあるのは、安全を軽視し、コストカットに走った経営体質に他ならない。しかも、その傍らでは篠原涼子似の年下妻に――。
▶︎「船、ホテルを買え」東京のコンサルにそそのかされ…
▶︎遭難船長“事故隠蔽”大阪の船会社をクビの過去
▶︎遺族が怒ったNHK TBSの取材手法とは…
「改修が必要なの? 船にはお金はかけられない」
そう口にしていた男が町役場に婚姻届を提出したのは、2018年6月25日のことだった。その7年ほど前に同世代の妻と離婚した彼にとっては、2度目の結婚。すでに54歳になっていたが、今度の相手は、20歳下の美女だった。
船への設備投資を拒んだ一方で、新妻にはこう嘯いたという。
「俺が何でも買ってやるからさ」――。
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それから4年近くが経った今年4月23日、知床半島沖で消息を絶った観光船「KAZU Ⅰ」。乗客14人が死亡し、乗員を含む12人が依然として行方不明のままだ(5月9日現在)。
「『㈲知床遊覧船』の桂田精一社長(58)は4月27日、記者会見を開き、土下座で謝罪を行いました。ただ、『事故の原因も分からない』といった無責任な発言に非難が集中しています」(社会部デスク)
小誌は桂田氏が5月1日に関係者に送ったLINEを入手。そこには〈ご家族対応に追われ〉〈その後また要求された事を実行したり説明資料を作ったり〉などの文言が並んでいた。
「犠牲者への誠実な対応より、この窮地を何とか早く乗り切りたいという身勝手さが先行しているようでした」(地元の観光関係者)
知床では有名な資産家の家に生まれた桂田氏。網走の高校を卒業後、茨城で陶芸を学び、有名百貨店で個展を開くほどだった。そんな彼が父・鉄三氏の後を継ぎ、旅館業を営む「㈲しれとこ村」の代表取締役に就任したのは、14年4月のこと。16年5月には知床遊覧船を買収し、自身が代表取締役に就任する。両社ともに、桂田家が100%の株式を保有してきた。
「知床遊覧船は01年設立の会社で、操業歴の長い2人のベテラン船長を抱えていた。ただ、その創業者も高齢となり、観光船をやりたがっていた桂田氏が同社の経営権を買い取ったのです」(遊覧船スタッフ)
こうした戦略の陰には、“東京のコンサル”の助言があった。「㈱武蔵野」の小山昇社長だ。桂田氏はしれとこ村の取締役だった13年頃、初めて彼のセミナーに参加。以来、度々東京に足を運んでいたという。
「小山氏は現在74歳。東京経済大を9年かけて卒業後、中小企業の経営を経て、40代前半で環境事業などを手掛ける武蔵野の社長に就任しました。同社を18年連続増収の優良企業に育てた経験を生かし、コンサルも行うようになった。自著では『指導した700社のうち、倒産はゼロ、さらに5社に1社は過去最高益』と謳っています。持論は『どーんと借りる社長が一流』。カネを借り、投資を重ねることを推奨していました。コンサル料として1社700万円取ることもあった」(経済部記者)
その小山氏はダイヤモンド・オンライン(18年4月1日配信)で、〈元陶芸家で、(略)右も左もわからないド素人〉の桂田氏に伝えた助言を披露していた。
フィンランドに“研修”旅行へ
〈知床観光(ママ)船が売り出されたとき、私は、『値切ってはダメ! 言い値で買いなさい』と指導した。(略)ホテルが売り出されたときも『買いなさい。自然に溶け込む外壁にしなさい』と指示した〉
元従業員が振り返る。
「桂田氏は小山氏に心酔していたね。コロナに襲われた20年6月頃は、『1日1時間でもいいから』と朝から従業員に小山氏の本を音読させていた。まるで宗教のようだったさ」
実際、桂田氏は知床遊覧船を買収。さらに地元の古いホテルも買い取り、次々リニューアルしていった。ダイヤモンド・オンラインが配信された約3カ月後の18年6月29日には、知床半島に「ホテル地の涯(はて)」をリブランドオープン。露天風呂が自慢の高級ホテルへと生まれ変わらせた。
そして――。
折しも、その4日前の6月25日、桂田氏は冒頭のように再婚を果たしていた。相手は20歳下のA子さん。どんな女性なのか。
「彼女は東京出身だけども、北海道に移り、しれとこ村で受付をしていた。篠原涼子似の黒髪で目が大きい美人でさ。結婚してから受付を辞めたんだ」(同前)
そんなA子さんに「何でも買ってやる」と豪語した桂田氏。果たして、彼女に贈ったのは「馬」だった。
「A子さんは結婚前には馬術の大会にも出ていた。そんな彼女が『乗馬がやりたい』と言うので、買ってあげたんだと。『餌代に年100万円かかる』と聞いたこともある。社内では『会社のカネで買ったのでは』としきりに言われていた。若い奥さんの頼みなら何でも聞いてあげるという感じだったさ。結婚した年には子どもも生まれていた」(同前)
A子さんの父親に馬のプレゼントについて尋ねると、「そうですね。昔そういうこともあった」と語った。
「再婚直前には、観光船仲間とともに“研修”と称してフィンランドを訪ねていたが、実際は単なる旅行だった。『無駄なカネを使いやがって』と思っていました」(別の元従業員)
“東京のコンサル”に従い、船やホテルを買い進める傍ら、20歳下の再婚妻に馬をプレゼントし、自らは北欧旅行も楽しんだ桂田氏。だが、この間に会社の経営状況は火の車に陥っていた。
「多額の資金を投じたホテル業が不振だったのです。20年頃からは金融機関からの借り入れも難しくなり、資金繰りに苦労していた。ベテラン船長が『船の改修にお金をかけるべき』と進言しても、桂田氏は『そんなお金はない』と言うばかりでした」(遊覧船関係者)
安全対策に必要な支出を拒む中、更なる経費削減のため、桂田氏は昨年3月、大きく舵を切る。長年、知床遊覧船を支えてきた2人のベテラン船長との契約を結ばなかったのだ。
「この前後から、船長募集の求人を頻繁に出すようになった。『シーズン以外は民宿での仕事もある』を誘い文句に、安い給料で経験の浅い船長を雇うようになっていきました」(同前)
そんな会社に20年7月頃にやってきたのが、当時40代後半で小型船舶の免許を持つX氏だった。
「桂田氏は『Xは一級海技士の資格を持っている。凄い人が来る』と興奮していた。国際航海も可能な一級海技士はそう簡単には取れませんから」(同前)
だが昨年5月、辞めたベテランに代わり、新船長になったX氏は乗客3人を怪我させる事故を起こす。
「『一級海技士』を持っているはずなのに、接岸が上手くできない。小型船舶免許を持つ甲板員に、港近くで操船を代わってもらう程度の腕前だった。船首にも大きな傷がついた。そのこともあり、桂田氏に『免許をきちんと確認したほうがいい』と言いましたが、スルーされました」(同前)
実は、X氏には“ある過去”があった。11年8月10日、朝日新聞のコラム「ひと」欄に、一人の“医師”が取り上げられた。そこに記されていたのは、〈被災地で「ボランティアの専属医」を務めるXさん〉。だが、朝日は2日後、おわび記事を出している。
「朝日の記者には『医師免許を持っている』と言っていましたが、実際には持っていなかった。その後、X氏は医師法違反容疑で逮捕されます。06年にはパイロットを装って複数の女性から数100万円を騙し取ったとして詐欺罪に問われ、懲役3年の実刑判決を受けていた。仮に海技士の資格などが虚偽であれば、人命に直結しかねない状態で航行を任せていたことになります」(前出・デスク)
桂田氏が発した「全滅だわ〜」
昨年秋に退職したというX氏に話を聞いた。
――昨年事故を起こした。
「僕から情報を得る攻略方法は難しいですよ。あくまで船長として務めさせて頂いていた。海上保安庁とも連絡を取っていた。法に抵触する部分は一切ない」
――震災の時に逮捕された。
「事実ですが、事故とは関係ない。僕を取材したければ金を払いなさい」
――「海技士資格を持っている」と桂田氏に言った?
「桂田に聞いたらええやん。海技士資格は持ってる。何級かは言わない。刑務所で6級から取れるんだよ」
この“偽医師”と同時期に知床遊覧船に入社したのが、豊田徳幸氏(54)。今回事故を起こし、いまも行方不明の船長だ。彼にも、安全に関わる“嘘”をついていた過去があるという。豊田氏は以前、大阪で水陸両用バスの運転手を務めていた。当時の同僚が明かす。
「豊田氏は17年4月、府内の河川を航行中に浅瀬に乗り上げる座礁事故を起こした。ところが同じ会社の人間が乗り合わせていなかったため、事故を隠蔽しようとしたんです。車体に傷がついたのに、本人は否定する。困った会社側は、同乗していた別会社の案内ガイドに事実確認しました。すると、ガイドは『間違いなく事故を起こした』と証言。以前から事故が多かったことに加え、この時の隠蔽行為が問題視され、懲戒解雇になりました」
桂田氏に、経費の流用疑惑やX氏らの過去について見解を尋ねたが、期日までに回答は無かった。
豊田氏の操縦で海に沈んだままの「KAZU Ⅰ」。哀しみに暮れる遺族の憤りを買ったメディアがある。4月30日、亡くなった加藤七菜子ちゃん(3)の祖父は囲み会見に応じた。テレビなどでは詳細は報じられなかったが、10分強の会見のうち、5分が取材姿勢に対する批判。中でも名指しされたのが、TBSだ。
「国土交通省の方が報道規定を設けました。そう新聞に掲載されていました。それなのに先ほどTBSの方が『取材させてくれ』と。これが報道規定ですか!」
TBSテレビの回答。
「加藤さんのご家族にご不快な思いをさせてしまい、申し訳なく思っております」
さらに、別の遺族はNHKに抗議を行ったという。
「その遺族はNHKの記者に『報道各社で共有して欲しい』と、知床遊覧船が家族へ公開した資料を提供しました。ところが、NHKは共有しないまま“独自ネタ”として報道してしまった。遺族から抗議された記者は『記者クラブが機能していない』と言い訳をしたそうです」(社会部記者)
NHKの回答。
「ご遺族のお気持ちに十分配慮しながら、取材・制作を進めてまいります」
桂田氏の知人は事故翌日、彼が発したこんな言葉が耳に残っているという。
「全滅だわ〜」
無責任極まりない“2世社長”の経営が、今回の悲劇を招いたのだった。
source : 週刊文春 2022年5月19日号