5月7日の朝9時半。西東京の室内練習場で黙々とティーバッティングを続ける丸刈りの球児がいた。180センチ、90キロの体格で、高校2年生ながらプロも注目するA君だ。実は彼は名門・横浜高校野球部を退部したばかり。原因は監督の“パワハラ”だという。
A君の父は投手として巨人や西武に在籍した小野剛(ごう)氏(44)だ。A君は中学時代からスラッガーとして活躍。
「大谷翔平の恩師・花巻東高の佐々木洋監督や地元の強豪・花咲徳栄高も強く誘ったほど」(スポーツ紙記者)
横浜高を選んだ決め手は、村田浩明監督の手紙だった。
同校出身の村田監督は、楽天の涌井秀章投手とバッテリーを組み、春の甲子園で準優勝。大学卒業後は、別の高校の監督を務めていた。だが2019年、当時の横浜高・平田徹監督がパワハラで解任されると、恩師の渡辺元智氏に請われ、翌年、監督に就任した。小野氏が振り返る。
「熱意と誠意を感じるお手紙で、特待生として迎え入れてくださった。それが何故こんな事に……」
小野氏が“異変”を耳にしたのはこの春のことだ。
「複数の父兄から『息子さん、相当やられているようだけど、大丈夫?』と連絡があったんです。息子は寮生活で普段顔を合わせる事がなく、本人は何も言っていなかった。ただ父兄たちから話を聞くと、監督からイジメやパワハラを受けている事が判ったんです」
例えばバッティング練習中のこと。村田監督がスローボールを投じ、打ち損じると「そんな球も打てないなら辞めてしまえ!」と怒声を浴びせられたという。
ある日突然、村田監督によってA君の私物が寮の部屋から全て放り出されたこともあった。理由を聞くと、「お前は親に頼れるんだから、寮に住まないで通って来い!」と言う。だが小野氏の家は埼玉県である。
堪りかねた小野氏は4月中旬、村田監督と面談したが「パワハラ行為など無い」の一点張りだった。
「不信感しか残りませんでした。しかもその後、息子をチームメートの前で『お前、親にチクりやがって!』と恫喝。息子は涙を流して謝罪をさせられた」
小野氏は学校の教頭とも面談したが、事態は改善しなかった。そこでやむなく退部の道を選んだ。
A君だけではない。横浜高では、この1年で計3名の特待生が退部している。その一人、B君の父が語る。
「昨秋から村田監督に『何でそんな事ができないんだ』と人格を否定するような圧力を何度もかけられたようです。胃腸炎になり『散歩もフラついてできなくなった』と連絡がありました」
B君は医師に、強いストレスや心理的な不安感によって起きる「身体化障害」だと診断された。今も投薬治療を受けているという。
「本人は『戻りたい』と言っていたのですが、監督の顔を思い出すたびに吐き気などの体調不良になる。親としては無理だろうと。他にもストレスで円形脱毛症になった生徒もいる」(同前)
2代続けて持ち上がった横浜高監督の“パワハラ”疑惑。村田監督に電話をすると、「これから試合なので、後にして」。だがその後は一切連絡がつかなくなった。
横浜高に事実関係を尋ねると、概ね次のように回答。
「現時点ではイジメやパワハラ指導はなかったと考えております。事実関係を精査すべく動いている状況ですので詳細は控えます」
A君が野球を続けるなら転校しかないが、その場合は規定で公式戦の出場は1年後。つまり「3年生の夏」しか残されていないのだ。
甲子園優勝5回を誇る、名門校の看板が泣いている。
source : 週刊文春 2022年5月19日号