スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』で主人公ルフィに扮したかと思えば、ドラマ『半沢直樹』ではメガバンクのクセがスゴい証券営業部長役で話題を集めた――。放送中の『鎌倉殿の13人』(NHK日曜20時)で鎌倉と朝廷に関係を築きながら空海、最澄とゆかりが深い名刹神護寺を復興した僧・文覚(もんがく)を怪演中の市川猿之助さんが、大河ドラマをおおいに語る。
主人公の北条義時(小栗旬)だけでなく、源頼朝(大泉洋)や義経(菅田将暉)、後白河法皇(西田敏行)と、どのキャラクターも個性的です。三谷幸喜さんの脚本だからもちろんなんですが、過去に三谷さんとお仕事をしたことのある俳優さんを多く起用している、実はそこに登場人物を活き活きと見せる工夫がなされているのではないでしょうか。
三谷さんは役者のことを本当によく見ていて、それが役に練り込んである。多分ですね、今回の文覚は三谷さんがいまでも僕に“恨み”に思っていることを根っこにして書いているんじゃないでしょうか。
僕は2006年に渋谷のパルコ劇場で三谷さんとお仕事をさせていただきました。まだ、劇場の地下に書店があったころですよ。
その舞台期間中、三谷さんから、何かお薦めの本はないかと訊かれたので、僕はある本の名前をお伝えしたんです。
しばらくして書店で三谷さんとお会いしましてね。「これ、亀治郎君に薦められた本だよ」と見せて下さったので、僕は、「あ、僕は読んでないです」と言ったんです。そうしたら、「キミはね、自分が読んだことのない本を読んだかのごとく堂々と薦めるのか!」と冗談半分で怒ってらした(笑)。
これは地で演ればいいな
三谷さんにはその出来事が強く残っていると思いますよ。文覚が頼朝に「これこそが義朝殿(父上)のしゃれこうべでござるぞ!」と父親の無念をチラつかせて平家打倒の挙兵を迫る場面がありましたよね。でも騙(かた)りを見抜かれて追い返されてしまう。文覚は髑髏を持ち帰ろうともせずに「ほかにもまだある(持ってる)から」と言い放って立ち去りましたけど、それって僕のいい加減なハッタリが念頭にありますよ。脚本読んで分かりましたから。だから、これは地で演(や)ればいいなと思ったんです(笑)。
歌舞伎で描かれる文覚上人はある種のスーパースターです。ただ、いわゆる聖僧の聖(ひじり)や貴い感じではなくて、どちらかというと怪力のお坊さんです。どういう人物だったのかを時代考証の先生にお伺いしたら、同時代の文献に“変わった人”として書かれているものもあるようですよ。
本当にありがたいことに、いろいろな作品で声をかけていただいています。
蜷川幸雄さんが演出された『ヴェニスの商人』(13)で、僕はシャイロックを演じました。ユダヤ人高利貸しのシャイロックはキリスト教徒の社会では異端で、金貸しという仕事からも賤しまれ毛嫌いされています。
物語ではヴェニスの商人とシャイロックの間で対立が生じていきますが、日本人同士でこの世界を演じると背景にある人種的感情が、感覚的にお客さんには伝わりづらいんですよね。蜷川さんは新劇やテレビで活躍されている俳優の中に、歌舞伎から僕を連れてきた。僕の芝居、佇まいの異質さを、イタリア人とユダヤ人の異なるさまとして現出させてみせたんです。
『鎌倉殿の13人』は時代劇ですから、やっぱり歌舞伎俳優に身についている所作が買われている、それはあるでしょう。ただ、ここでも歌舞伎の演技術を少し入れることで、異質なものを見せながら文覚を演じています。まあ、それくらいしないと周りは個性的な俳優さんばかりということもあるんですけどね。
今回、三谷さんは「古い器に新しい酒を入れて」物語を見せていると思います。平安や鎌倉時代の話ではあるけれど、そこに生きる人間の喜怒哀楽――特に「楽」の部分は現代人に響くように描かれている。三谷さんらしさでもありますよね。
平氏源氏なんてどうでもいい
僕が初めて映像の仕事をしたのは、2007年の大河ドラマ『風林火山』でした。1年を通して演じたのは武田信玄。その現場で、仲代達矢先生や千葉真一先生とお話ししたのは、大河ドラマは続いていたとしても、10年、20年後に時代劇の火が消えるときが来るかもしれない、作り手がいなくなった時代に制作関係者が見ても「サムライはこういう所作で動いていたんだ」と教科書になるような作品を残そう、千葉先生はそう仰っていたし、仲代先生も、あの時代の作品は優れていた、と言われたいよねと仰っていました。そういう意識のなかで作られていたんです。
もちろん、『鎌倉殿の13人』にも、また違う味があります。夢枕に立った後白河法皇の言葉で、頼朝が平家打倒の背中を押されたり、平清盛や奥州の藤原秀衡を呪詛して追い落とそうとする。戦さの日取りを占いで決める。現代人には滑稽に映ることでも別にふざけてはいないし大げさでもなくて、あの時代を生きる人間にとっての精神の拠り所であり、どれも本気の振舞いです。それが脚本にうまく絡められていますよね。
本人にそのつもりはないのに大きな出来事にかかわってしまう。それは文覚自身も、そして他の人物もそうで、ひとつひとつの行いが世の中の歯車を動かし時代が変わっていく。ドラマのなかで一見、嘘っぽいような話が実は記録として残された出来事だったりして、そこが歴史の面白さですよね。
文覚にしてみれば世の中を動かそうなどと考えてはいないと思います。むしろ鎌倉では昨日の友が今日の敵になって、毎日、裏切り裏切られている。平氏源氏なんてどうでもよかったんじゃないかな。骨肉の争いが激し過ぎて将軍ですら身内に叛(そむ)かれるし明日のことがまったく分からない。
そうやってこの先、物語はさらに激しく動いていきますから、『鎌倉殿の13人』という作品は面白いところに目を付けたなと思っています。
これから文覚はどうなっていくのか? それは三谷さん次第です。そろそろ僕の出番は終わりかな……とも思うんですが、三谷さんの頭の中には何かイメージがあるみたいですよ。
早くクランクアップしたいって言うと絶対終わりにしないし、もう少し演りたいって言うと、すぐクランクアップになったりフェードアウトしちゃうかもしれない。言われたことの逆さをやるのが三谷さんですから。だから僕は、よけいなことは言いません(笑)。
いちかわえんのすけ 1980年7月、歌舞伎座『義経千本桜』の安徳帝で初御目見得。2012年6月・7月新橋演舞場「二代目猿翁 四代目猿之助 九代目中車 襲名披露公演」において四代目市川猿之助を襲名。歌舞伎では立役から女方まで演じドラマや映画、現代演劇でも活躍中。
source : 週刊文春 2022年5月5日・12日号