皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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※ここに書こうと思った前書きは長くなりそうだったので活動報告行となりました

☆統一歴世界の歩みは西暦世界のそれマイナス10年とお考え下さい


統一歴2012年の回顧

統一歴2012年 3月15日

()()()()()()()()首都ベルン 国防軍統合作戦本部

 

「首相直々のお越しとは驚きました。お呼び頂ければこちらから出向きましたものを――」

「構わんよ、中将。何より貴様と俺の仲だろう?」

「…それで出世しようとは思っておりませんので、そういう発言は場所をお選びいただきたい」

「そう言うところが貴様の良いところだ。…それに、内容が内容だ」

「…ユークレインの事ですな?」

 

ライヒ連邦軍中将の問いかけに、ライヒ連邦総理大臣は溜息を零す。

 

「更なる軍事支援の要請があった。我々自身、国防の強化を図らねばならん」

「国防費の抑制、天然ガス発電によるクリーンエネルギーの増大を掲げておられたのはどこの政党でしたかな?」

「…耳の痛い話だな」

「嘘をつけない性分ですので」

「…全く、貴様は貴様のお婆様に似たようだ」

「あの化け物と同じにしないでいただきたい」

 

中将が顔を引きつらせるのも無理はない。

――なにしろ、あの祖母は色々と規格外が過ぎた。

「退役するまでに帝国陸軍と連邦陸軍の勲章を一通り授与された」――そんな馬鹿なと思って調べてみたら本当だった――と豪語する歴戦の魔導将校にして、ライヒ連邦軍初の女性統合作戦本部長。ちなみに後者については「現在のところ唯一の」でもある。

そんなバケモノが、退役して優雅に老後を堪能する、孫が来たら可愛がる有閑マダム(グランマ?)になる訳があるとでも?

 

「ちなみに小官や従弟たちの間で、祖母の家に行くことは『入営』と呼ばれていました」

「…初耳だな。そして詳しくは聞くまい」

「それがよろしいかと」

 

大の男二人が、揃って首を振る。

まるで何かの悪夢を振り払うかのように。

 

「と、ともかくだ。貴官が指摘したとおり、大戦後、そして冷戦後の欧州が育んできた『相互依存の進化による戦争防止』という目論見は破綻した」

「正直なところ、小官も驚いております。まさか()()()()連邦が本当に戦争を起こすとは…」

「所詮はブラフ、威圧外交と思っていたのだがな…」

「良くも悪くも平和に慣れきってしまっていたのでしょうな、小官も、我が連邦も。

連中がもともと『あの』ルーシー連邦だったことを忘れていた」

 

ルーシー連邦。

それは東西冷戦の果て、約30年前に崩壊した共産主義国家。

崩壊後、その領土は分裂し、モスコーを中心とする『ラッシャ連邦』のほか、10以上の国家に分裂した。

 

――そのうちの一つが、『ユークレイン』。

 

「だが、閣僚や与党内にはそれでもラッシャとの関係断絶を望まない連中がいるのだ。理由は分かるだろう?」

「原子力発電の全廃、クリーンエネルギーの増大。閣下の所属政党の党是でしょう?

我が国で豊富に産出するのは石炭ですからな。クリーンとは程遠い」

「そしてラッシャでは天然ガスが豊富に採れる。全く、資源産出地ほど不公平なものはないな」

 

神様とやらがいたら文句を言わねばなるまい、と溜息を零すライヒ連邦首相閣下。

 

「そもそも連中、クリーミャ半島で満足したのではなかったのかね?」

「小官もそう思っておりました。正直、『8年も経った今になって、何故?』と思うところはあります」

「全く同感だ」

 

実際、その8年の間でユークレイン軍が格段に強化された結果、ラッシャ連邦は攻めあぐねて、…いや、ところによっては敗退しつつあるというのが、『西側』の見立てである。

だからこそ、西側諸国は首を傾げるのだ。本当に連中がユークレインを掌握したかったならば、何故8年前にやらなかったのだ、と。

 

「…あるいは8年前はクリーミャで納得していたのやもしれません」

「どういう事かね、中将?」

「時計の針を10年前にお戻しください、閣下。

当時のユークレインは親ラッシャ政権下にあり、いわばラッシャの『外郭防衛線』『第一線防御陣地』の役割を果たしていました」

「その通りだが、それは10年前の話だ。今の話ではない」

「その通りです、閣下。我々からすれば過去の話。現在の問題は『独立国家たるユークレインに対する侵略戦争』。……ですが、連中にとってはそうではないとしたら?」

「なに?」

「これは知人の歴史学者の受け売りなのですが…」

 

 

――かの国の大統領は、我々西側の『条約機構』を極端に敵視しているという。

勿論、我々からすればとんだお笑い草だ。

なにしろその『条約機構』が成立したこと自体、ルーシー連邦の強大な軍事力に対抗する必要に駆られてのことだったのだから。

言うなれば、かの国の大統領の言い草は、『銀行強盗が警備強化に怒り狂っている』ようにしか思えないのだ、()()西()()()()()()()

 

 

「閣下もご存じのとおり、ルーシー連邦崩壊後、かの国の国力、軍事力は著しく衰えました」

「ウム。かつては合州国と対峙する強大な国家として君臨し、ドードーバード海峡まで一気に押し寄せてくるのではないかと恐れられた軍隊が、これか、と驚いた覚えがある」

「ええ。――そして友人曰く、そこで『逆転』が起きたのではないかと」

「『逆転』だと?」

 

 

――連邦崩壊後、混乱していたルーシーを立て直したかの大統領の道のりは、決して楽なものではなかっただろう。

かなり強引な手段、その中には人命に対するものを含む非合法なものが多数含まれていた可能性が極めて高く、いや、ほぼ確実だが、今回問題とするのはそこではない。

 

――問題は、祖国を立て直した彼が気づいただろう『現状』が、『崩壊後にすっかり弱体化してしまった祖国』と『経済的に発展した強大な西側』だったことにある。

 

――西側への潜入工作員だった彼が、『条約機構』の成り立ちを知らぬわけがない。にも拘らず、彼がことさらに『条約機構』を敵視し、危険視するのはなぜか?

 

 

それは『今のラッシャ連邦』にとって、『条約機構』があまりにも危険すぎる脅威、軍事集団であるからだ。

 

 

ここに至り、『ルーシー連邦への防衛手段』だった条約機構は――かの大統領にとっては、だが――、『ラッシャ連邦への現実的脅威、威圧装置』に変化した。繰り返すがこれはかの大統領の主観である。けれどもそのような主観を持った人物が、かの国の絶対的権力者である以上、それは本当に『ラッシャ連邦への現実的脅威、威圧装置』となってしまうのだ。

 

「勝手な言い草です。現実には冷戦終結後、我々軍隊は冷や飯ぐらいに成り下がりましたからな」

「…否定はできんな。私自身、軍の定員削減もあって政界に転出した口だ」

「ほかの『条約機構』諸国も似たような状況でしょう。だからこそ、ユークレインが『防波堤』となっているうちに国防の強化が必要です」

「口を慎みたまえ中将。その言い方はユークレインの人々への冒涜だぞ」

「言葉を飾っても事実は変わりますまい。なにより、『8年前』に何もしなかったこと自体、それが西側に波及することはない、他人事と考えていたからでしょう」

「中将!」

「所詮は旧東側の内ゲバだと思っていた。だからこそ、口では非難しつつも直接対決は無論のこと、経済制裁も国際社会からの排除も、ユークレインへの軍事支援も本気で行わなかった。違いますか?」

「………」

「まぁ、当時の小官も似たようなものでしたから、閣下の事を言える立場ではありません。

ですが…、いや、だからこそ今回は連中を止めねばなりません。『8年前』の件で味をしめた連中が、次は『条約機構』との対決を決意するやもしれません」

「ラッシャ連邦の軍事力は現時点で著しく減耗している。それこそ『条約機構』との対決は望むところではあるまい」

「『今は』そうでしょう。ですが10年後は?20年後は?」

「…予想できんな」

「そうです閣下、そもそも今回の開戦自体、我々の予想の範囲外、理解の範疇を超えています。である以上――」

「次なる『予想の範囲外』に備えねばならない、と?」

「そう思っておられるからこそ、国防予算の大規模な増額を発表されたのでしょう?

今回は他人事ではない、次は西側への脅威になりうると判断したから」

「その通りだとも。だからこそ、気がかりなのだ。なぜ連中が今頃になってユークレイン全土への侵攻を開始したのか。理由が分からねば、事前に防ぐことも、備えることも難しい」

「その友人は『逆鱗に触れたからだ』と言っておりましたな」

「逆鱗だと?」

 

――今回の侵攻、その原点が8年前にユークレインで起こった政変にあったことは言うまでもないだろう。

昨今の言動から想像するに、その時点で既に、かの大統領は驚き、恐れ、そして疑心にかられたのだろう。彼の世界観から見れば、あの政変はラッシャ連邦の外郭防衛線が突然消失したことに他ならないからだ。

ひょっとすると、その時点でその「政変」自体、西側の工作によるものだと思っていたかも知れない。

 

ではなぜその時点でユークレイン全土への侵攻、併合をしなかったのか、だって?

 

恐らくだが、理由は二つある。『準備不足』と『予測不可能』だ。

 

昨日まで親ラッシャ的だった国家との国境線に、介入のための軍隊を大量に配備していると思うかい? あるいは政変を予期した段階で配備しようとしたかもしれない。

だが、そんなことをすれば逆にユークレイン国内の反ラッシャ的政治団体に格好の材料を提供することになる。『兄弟国と言っておきながら、我々が自由に政治的信条を述べようとするだけで、これだ』と。ひょっとすると、それを恐れてラッシャ側の軍隊を増強していなかったのかもしれないし、当時の親ラッシャ的ユークレイン政権が配備しないでくれと頼んでいた可能性もある。

結果として、当時のラッシャは黒海艦隊母港であるセバスチャン・ト・ホリ軍港、クリーミャ半島を抑えるのが精々だった。軍港ならば多数の兵を船舶に乗せて一気に揚陸でき、対するユークレイン側は制海権もなければペレコフ地峡ゆえに大軍を送り込むことも出来なかっただろう。

 

加えて、西側、『条約機構』の出方が予想できなかったのもあるだろう。

当時のラッシャ側が――実際はどうだったかは兎も角――、ユークレインの政変に西側情報部、工作機関の関与を疑っていたのは想像に難くない。西側の認識はともかく、彼らの認識としてユークレインは祖国防衛の『第一防衛線』。である以上、その失陥に『敵側』の関与を疑うのは至極当然の成り行きである。

 

結果として、その時の西側の反応が緩慢だったことがラッシャ側を安堵させ、それ以上の侵攻を思いとどまらせたのだろう。「親ラッシャ政権の崩壊は痛手だが、完全に敵に回った訳ではない。将来的に親ラッシャ政権に回帰する可能性もゼロではない」と。

加えて当時、ラッシャ政府は中東シリーヤの内戦への介入を始めていたというのも大きい。ユークレインへの全面侵攻は軍事的に困難と判断したのだろう。

 

 

 

 

――あるいはここで終わっていれば…。しかし歴史にIFはない

 

 

 

 

「…どういうことだね?」

「友人はこう続けたのです」

 

ラッシャ側としては「せめてもの防衛」「黒海艦隊『だけ』は確保させてもらった」であろうクリーミャ半島の制圧は、しかしユークレイン側の自国防衛への危機感をこれ以上ないほどまでに高めてしまった。

知ってのとおり、ユークレインは欧州随一の穀倉地帯にして、各種地下資源に恵まれた国。つまるところ土地が財産であり資本。そんな国にとって、領土を奪われる事への恐怖は、私のような連合王国人には想像も及ばぬほどのものなのかもしれない

 

「ほう、その友人は連合王国人なのかね?」

「ええ、祖母の代から家族ぐるみの付き合いのある、歴史学者一家です」

 

彼らは軍備増強に乗り出した。祖国の防衛を担保し、奪われた国土を回復できる精強な軍隊を彼らが欲したのは、至極当然の事だったろう。

 

 

 

――だが、彼らはそれでは不十分だと考えた。考えてしまった。

 

 

 

彼ら自身、30年前は同じ『ルーシー連邦』の一員だったのだ。当然、その軍事力については文字通り身をもって知っている。額面戦力はともかく、その内実まで含んだところでは、ひょっとすると西側情報機関よりも詳しいかもしれない。

 

そんな彼らからすれば、自国の軍備増強『だけ』ではとても足りないと思われたのだろう

ある者はラッシャ側との関係改善を唱えた。そしてある者は『西側の庇護』に活路を求めた。

 

――そう、『条約機構』への参加だ。

 

ユークレインからすればラッシャからの庇護を求めるための、当然の選択肢だっただろう。

 

 

 

――しかしそれは、否、()()()()()クレムリンが絶対に許すことの出来ない『デッドライン』だったのだ

 

 

ユークレインより「外側」の国ならば、ラッシャは口では抗議しつつ実際の「行動」には移さなかっただろう。バルテック三国が良い例だ。しかしユークレインという『自国の外郭防衛線』がそちらに寝返ることは、クレムリンは決して看過できなかったに違いない。

 

 

 

「実に勝手な言い草だな。ユークレイン人が決める、ユークレインの国防方針が気にくわないから開戦したと?」

「無論、その友人の推論です。しかし、言われてみればそうとしか考えにくいのも事実」

「経済的利益をなげうってまで?」

「かの大統領の『条約機構』への敵愾心は常軌を逸しているものがあると聞きます。それに…」

 

そう言って、中将が机から取り出したるは『ルーシー人とユークレイン人の歴史的一体性について』

 

「閣下。我々からすれば『ユークレイン』ですが、彼の頭の中では同じ屋根の下にいるべき兄弟なのです。かの大統領からすれば、弟が敵側に寝返り、兄の命を狙っている暴挙にしか見えないのでしょう」

「あるいは『血を裏切る者』とでも?」

「良い表現ですな。あるいはその友人の言葉を借りれば、『異端は異教よりも罪深い』かもしれません」

「…どこのカルト宗教かね、それは?」

「小官も全く同感ですが、この論文然り、最近の彼の言動を見ていると、その手の輩を相手にしているような気分になりますよ」

「…ぞっとする話だ。何よりも恐ろしいのは、今の君の発言に首肯してしまう自分がいることだ」

 

年は取りたくないものだ、と首相は天を仰ぐ。

まさか21世紀にもなって、大国の国家元首がカルト宗教家であるなんて!

 

「愚痴なら聞きましょうか、同じ連隊の誼で」

「実に魅力的な提案だが、ここに来たのには用件がある。貴様に調べて欲しいものが有るのだ」

「調べものですか?軍制改革ではなく?」

「そちらは国防大臣に指示しているさ。貴様に頼むのは同じ連隊の誼と、何より貴様が『国防軍随一の読書家』だからこそだ」

「…と、仰いますと?」

 

首を傾げる中将に顔を寄せて、首相閣下は声を潜めた。

 

「――実は先日、()十字から内々に照会があった」

「我が国に、ですか?はて、白十字の関わる内々の案件など我が国には…」

 

無かったはず、と首を傾げる中将に、首相は続ける。

 

「照会先は我が国のほか、アルビオン連合王国、そしてフランソワ共和国だ」

 

それだけで、あぁ…と天を仰いだ中将に、首相は満足そうに頷く。

 

「それで分かってくれるあたり、やはり貴様を選んで正解だった様だ。――とは言え、勘違いであってはよくない。何の案件だと思ったのかね?」

 

ニヤリと笑う、かつての先任将校に自制心を試されながらも、中将は答える。

 

 

 

 

 

「パ・ドゥ・カレーにおける()()()()。近代史上、稀に見る成功例。それを聞きたいと言われたのでしょう?」

 




続きは来週中にも~

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