天下三名槍 「御手杵」
「御手杵」は昭和20年(1945)5月25日の東京大空襲において残念ながら焼失してしまいましたが、本阿弥光遜師の「新締名刀集」(昭和11年:1936)という押形集に筆墨により描かれており、在りし日の姿の遺されていました。
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返信先: さん
目釘孔は2ヶあったようで、「義助作」の銘の下に第1目釘孔があり、下の控え孔にあたる第2目釘孔が茎尻ギリギリのところに穿たれているのが特徴的で元来のオリジナルの生ぶ孔であると考えられます。
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長さ:4尺6寸(139.4cm)、茎長さ:2尺5寸(75.75cm)、総長:7尺1寸(215.1cm)
さらに刀身に柄を装着した長さを加えると1丈1尺(約333.3cm)非常に長寸です。
目釘孔が1ヶではとてもその重量を支えられるものではありませんし、さらに目釘孔間の距離も可能な限り大きく取る工夫がされていたようです
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松平伯爵家蔵(上野国前橋藩松平家)
お手杵乃鎗(御手杵の槍)
島田義助作
穂長四尺六寸
「新締名刀集」(昭和11年:1936)
本阿弥光遜師
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「新締名刀集」には大正12年(1923)の関東大震災で被災してしまった水戸家の蔵刀である「児手柏包永」などの複数の刀剣も載っておりましたが、残念ながら「燭台切光忠」は見つけることができませんでした。
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