お疲れトレを癒すシリウス
シリウスに癒してもらう話です。
皆様、シリウスのSSRサポカのイベントはご覧になられたでしょうか。一番最初のイベントで、体操服姿のシリウスが出るアレです。あのイベントを見た時に思ったんですが、あんなのゼッケンへの虐待ですよね。ですので、私がゼッケンの代わりになろうと思います。一緒になる人はいますか?
改善点や感想、質問などお気軽にコメントください。
【追記】男子に人気ランキング14位
デイリーランキング87位達成
ありがとうございます。
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「つか、れた…」
低いガラガラ声を出しながら、書類まみれのデスクに突っ伏す。衝撃で崩れた紙束の山が、床を白く染めていった。
「もう無理…仕事したくない……」
始めた頃は透き通るような青色だった空は、今や暗い夜に飲み込まれようとしている。何時間ぶっ通しでやっているかは分からないが、多分両手の指では足りないだろう。
「ハハハッ、計画的に進めないからだろ。因果応報ってヤツだ、大人しくやりな」
グダグダ言ってる様を、ソファーに座っていたシリウスに笑われる。暇なら少しくらい手伝ってくれてもいいだろうに、忙殺されている俺をニヤニヤしながら見ているだけとかいうドSっぷりを披露している。
「分かってるけどさ…そもそもだな。お前があちこち連れ回すから、こっちは仕事する時間がなかったんだよ。その辺、理解してくれてるか?」
「ハッ、嫌なら来なけりゃよかったろ。誘いはしたが、強引に連れ出した覚えはないぞ」
「それを言われるとな…仕方ないだろ。お前との外出は、日々の潤いなんだから」
シリウスはビリヤード場を始めとして、色々な場所に連れて行ってくれる。リードされっぱなしなのは情けない話だが、もう慣れた。男でさえも強制的にポニー化させるシリウスの美形を前にすれば、俺の矜持なんてゴミクズより軽い。
「…ふっ、そうかよ。なら、さっさと仕事を終わらせな。そうすりゃ、またどこかに連れて行ってやる」
「おっ、それはいいな。楽しみにしてるよ」
これは頑張るしかない。4缶目のエナジードリンクを飲み干し、改めて仕事に取り掛かる。だが、そんな俺の集中力は30分足らずで切れた。
「流石に、多すぎる…」
提出期限ギリギリまで溜め込んだ俺も悪いが…それはそれとして、トレーナー職の仕事量はヤバいと思う。5日ほど溜め込んだだけで、机に書類の山が築かれた。そして俺は、ようやく6合目に辿り着いたばかりだ。
「癒しが…今すぐ癒しが欲しい……」
着実に削り取られていく気力を、どうにかして回復しなければ。このままでは、色褪せた瞳で仕事を続けるだけの亡者になってしまう。ある意味、そっちの方が楽なのかもしれないが。
「シリウス」
「なんだ」
「何か知らないか?手軽にストレス発散できる方法を」
ダメ元で聞いてみると、待ってましたと言わんばかりの悪い笑顔が返ってきた。
「1つ知ってるぜ、とびきりの方法をな。教えてやろうか?」
「どうせ、タダで教えてはくれないんだろ?」
「分かってるじゃねぇか」
「まぁ、伊達にお前のトレーナーをやってないからな」
悪巧みしかしてない顔だ、何を要求されるか分かったものじゃない。一応、聞くだけ聞いてみよう。
「何が望みだ?切なそうなおねだりか?それとも、三つ指をついてお願いしてほしいのか?」
「どっちも悪くねぇが、生憎違うな」
違うのか。今までの経験上、その辺りかと思ってたんだが。
「今回は、そんなのよりずっと単純だ。要求することはただ1つ、私の言うことを全て聞け」
「確かに単純だが重いな?」
顔色一つ変えず、恐ろしいことを要求してきた。言うことを全て聞けって…本当に何をする気なんだ。
「安心しろ、不利益を被ることはないと約束してやる。むしろ、アンタを天国に連れて行ってやるぜ?」
「物理的に連れて行く気じゃないだろうな?」
「バカ言うな。アンタを殺せば、困るのは私だ」
「…そうか」
つまり、俺がいないと困ると…嬉しいことを言ってくれる。シリウスには振り回されっぱなしだが、なんだかんだで大事に思ってくれているんだな…。
「お縄につくのはゴメンなんでな」
「…そうだな」
訂正。全然そんなことなかった。
「まぁ、いいか。その要求、呑んだ」
何をする気なのかは見当もつかないが、なんとかなるだろう。これは断じて思考放棄ではなく、シリウスを信用しているからこその結論である。嘘じゃないぞ。現実逃避できるならなんでもいいとか思ってないからな。
「言質は取ったぜ。事が進んでからやっぱなしなんて言うなよ」
「分かってる」
ニヤリと笑ったシリウスの顔が、獲物を前にした捕食者のそれに見えた。
「まずは、こっちに来てもらおうか」
クイクイと手招きするシリウス。数時間ぶりに椅子から立ち上がり、ソファーの方へと一歩を踏み出した瞬間。
「あっ…」
「ッ!?オイ!」
目を開けているのに視界が暗転し、同時に両脚から力が抜ける。立っていることができず、鈍い音を立ててその場に倒れ込んだ。
「イテェ…」
床に手はついたものの、ぶつけた膝がジンジン痛む。痛みに耐えながら体を起こそうとした時、そっと肩に手が添えられた。
「大丈夫かよ…立ちくらみか」
「シリウス…あぁ、大丈夫だ。悪い、情けないところを見せてしまった」
「…情けないもんか」
シリウスは吐き捨てるように呟き、立ち上がるのを手伝ってくれた。そのままソファーまで連れて行かれ、ゆっくりと座らせられる。
「怪我はしてないか?」
「ちょっと膝が痛むけど、平気だ。それで、今度は何をすればいい?」
「そう焦るな、こういうのには順序ってもんがある。まず、靴を脱いで横になれ。体はこっちに向けろ。しっかり奥に詰めろよ」
言われた通りにし、目で次を促す。俺を見下ろすシリウスの視線は、優越感に浸っているように見えた。
「ひとまず、これで最後だ。目を瞑り、私がいいというまで開けるな。そして、何をされても抵抗するな。分かったか?」
「…分かったよ」
大人しく目を瞑り、残りの五感に意識を集中させる。ここまできたら、あれこれ訊く方が野暮ってものだろう。シリウスにどんな意図があるのか、考察してみようじゃないか。
(…マズイ、眠くなってきた。昨日もほとんど寝てないからな…流石に、徹夜ができるほど若くないか)
楽な体勢で目を瞑っている影響か、唐突に睡魔が襲ってきた。眠りの深淵に落ちないよう必死に抗いつつ、シリウスのアクションを待つ。
(ん…ソファーに座った?いや、違うか…?)
ギシッ、とソファーが軋む音がする。自分のすぐ横のスプリングが、広い面積にわたって沈んでいるのが分かった。
(座っているにしては…あぁ、横になったのか)
俗にいう添い寝というやつか。微かにだが、近くでシリウスの呼吸音が聞こえる。なるほど、これで目を開けたらシリウスのイケメンフェイスがすぐ傍にあるというわけだ。眼福ではある。
(添い寝か…あれだけ目を開けるなだの抵抗するなだの言った割に、大したことじゃなかったな)
生徒と添い寝というのも充分アウトな気がするが…心のどこかで、少しガッカリしている自分がいる。なんだ、お前はもっと過激なことを期待していたのか?お前の好みは、包容力のある年上のお姉さん系だろうが。まぁ、シリウスみたいな俺様系も嫌いじゃないが。
(ん?なんだ…)
開眼許可を待っていると、後頭部と背中に腕を回された感覚が。ただの添い寝じゃないようだ。その証拠に、シリウス側にグッと引き寄せられた。
(一体、何を…待て、がっつり抱きつかれてないか?)
疲労の蓄積した体を、人肌の温もりが包む。シリウスの匂いが息を吸う度に肺を侵し、その鼓動すら聞こえてくる。
結論。完全に抱きつかれている。
「シッ、シリウス!待て、離れろ!」
その衝撃たるや、蟠る眠気も溜まった疲労もまとめて吹き飛ぶほど。シリウスの言いつけなんて一瞬で忘れ、瞼を開けて視覚を解放した…はずだった。
「オイオイ、勝手に目を開けたらダメだろうが。罰として、アンタの目は塞いでしまおう」
後頭部に添えられた手に押され、柔らかい何かに顔を突っ込まされる。シリウスの顔もトレーナー室も見えず、ただ青だけが視界を覆い尽くしている。奇遇にもその色は、学園の制服と同じ色だった。
「むっ…んん!?」
(これ、シリウスの胸か!?)
顔全体を覆うほどのサイズ感。目だけでなく口も塞がれ、喋ろうにも呻き声しか出ない。なんとか逃れようともがくも、シリウスのホールドが解けるはずもない。
「おっと…暴れるな。さっき言ったろ?やっぱなしなんて言うなって。忠告はしたんだ、今更抵抗するなよ」
頭のすぐ上で囁いたシリウスは、抗う俺を嘲るように抱擁を強める。脚を絡め、俺の頭をますます自分の胸に押しつける。
(い、息が…!)
暖かいシリウスの体温や柔軟剤の香りも充分に凶器だが、何よりも柔らかすぎる。鼻をピッタリと覆い、呼吸が阻害される。
「む、ぐっ…し、りう……」
話そうにもマトモに声が出せず、貴重な酸素を浪費するだけだった。そうこうしているうちに、大きな川の対岸で手を振る死んだ祖母が見え始めた。
(死ぬ、死ぬ!ギブギブ!)
背中をバンバン叩き、降参の意を示す。これ以上暴れても逃げられないだろうし、そもそもウマ娘に力比べを挑んだことが間違いだった。
「ギブアップか?ハッ、思ったよりも早かったな」
押さえていた手の力が弱まり、少しだけ頭を上げられるようになる。シリウスの胸から顔を離し、自由になった呼吸器官をフル稼働させる。
「ハァッ!ハァ、ハァ…」
「ハハッ、必死だな。私の胸はどうだった?最高だっただろ?」
「死ぬかと思ったわ!」
美女に抱かれて死ぬといえば聞こえはいいが、やられてる側はたまったものじゃない。荒い呼吸をしている俺を、シリウスは笑いながら見つめている。
「ハッ、アンタが暴れるからだろ。何をされても抵抗するなって、最初に言っただろうが。言いつけを破るアンタが悪いんだ」
「いや、まさか抱きつかれるなんて…っていうか、何をしているんだよ!離れろ!」
抱き枕にされているこの状況は、ハッキリ言って大変よろしくない。先程までは命の危機があったお陰?で意識せずに済んだが、シリウスの女性的な肢体が理性に大ダメージを与えてくる。
「オイオイ、そんな冷たいことを言うなよ。こっちはお疲れのトレーナーサマを癒してやろうとしてるだけだぜ?ほら、遠慮はいらねぇ。ママのお胸でねんねしな」
もがく姿に加虐心をくすぐられたのか、シリウスは口角を吊り上げる。腕に力を込めて抱擁を強め、尻尾を器用に使って俺の太ももを撫で始めた。
「シリウス、本当いい加減に…!」
「ハハッ、ちょっとは落ち着けよ。顔が真っ赤だぜ?まるで、想い人に抱かれた生娘みたいだ」
クソッ、力で勝てるからって調子に乗りやがって…というか、これのどこがストレス発散なんだ!これじゃ、逆に溜まるまであるぞ!
「このっ…ストレス発散させてくれるんじゃなかったのかよ!」
「してるだろ。聞いたことないか?抱擁にはストレスを軽減する効果があるんだぜ」
…そういう話も、あった気がする。確かに、その理論でいうならシリウスは何も間違ったことはしていない。ただし、それは『俺がシリウスに抱きつかれても何も感じない』という前提の上で成り立つ理論だ。イコール、絶対に成立しない理論でもある。
「分かった、もういい!シリウス、もういいから!もう充分満足したから!」
「もういいのか?こんな機会、そうそうないってのに」
「結構だ!シリウス、だから早く離れてくれ!」
いい加減、鋼の意志も限界だ。存在を主張し始めた愚息に、気づかれていないといいが…。
「そうか。そこまで言うなら、離れてやるよ」
「そうしてくれ、気を遣ってくれてどうもありがとう!」
「その前に、一つ訊かせてもらおうか」
婀娜めいた笑みを浮かべたシリウスの尻尾が、俺の股座を優しく撫でた。
「ここ、随分と硬くなってるみたいだが…どういうつもりだ?」
背筋が凍る、とはこのことだろう。シリウスの熱っぽい声が、甘言となって俺の耳朶を打つ。鼓膜を通り抜け、脳を直接殴られているような気分だった。
「こっ、これは…」
「ククッ、ハハハッ!アンタも男だな、しっかり欲情しやがって」
…死にたい。当然といえば当然の反応ではあるかもしれないが…それでも、生徒に劣情を抱くことへの抵抗感は拭えない。
「にしても、ご立派なこったな。これじゃ仕事も手につかねぇだろ?そこでだ。アンタが望むなら、私が鎮めてやってもいい。さあ、どうする?」
弄ぶように笑っているが、目が本気だ。その証拠というべきか、俺の太ももをさするシリウスの手つきは、完全に誘う時のそれだ。
「躊躇う必要はないぜ。アンタはただ、黙って頷くだけでいい。そうすりゃ、この手で抜いてやるよ」
顎クイされながら蠱惑的な声で囁かれ、耳が溶けそうだ。頷きたいという欲求が膨れ上がり、それに呑まれそうになる。
「オイオイ、いつまで黙っている気だ?さっきから苦しいだろ?楽にしてやるぜ…?」
理性と本能がせめぎ合う。堕ちてしまいたいという欲望と、そんなことは許されないという正気の狭間で葛藤する。
「ほら、いい加減に答えろ。どうする?」
永遠にも感じる長い戦いの末、勝ったのは。
「仕事します…」
理性だった。
「…あっそ。じゃ、さよならだ」
シリウスは素直に引き下がり、スッと離れていった。そのままソファーから立ち上がり、出口の方へと歩いていく。
「どこ行くんだ?」
「帰る。もうすぐ門限だ」
時計を確認すると、確かに門限が迫っていた。沈みかけていた太陽は、既に夜闇の向こうに追いやられている。
「そうだ、最後に言っておく」
ドアに手をかけたまま、シリウスは振り返る。整った顔を、扇情的な微笑で彩りながら。
「スマホを確認してみろ。アンタが仕事に夢中になっている間に、私からのプレゼントを贈っておいた。手を出すのが怖いってんなら、あれを使いな」
その気になったら、いつでも相手をするぜ。
意味深な言葉を残し、シリウスは部屋を出ていった。
「………」
ポツンと取り残された俺は、その場で呆然としていた。しばらくして、言葉通りにスマホを確認してみる。通知欄を見てみると、シリウスから写真が1枚送られていた。
「何を…」
プレゼントと言ってたが…一体、なんの写真だ?
「…なぁっ!?」
中身を見た瞬間、思わずスマホを落としそうになる。それほどまでに、その写真は過激だった。
「あのバカ…!」
風呂上がりだろうか。長い鹿毛は湿り気を帯びていて、それが妙な色気を纏っている。スタミナトレーニングの時の水着が霞むほどに肌を露出し、自身の体を誇るように笑っていた。
「本当にふざけんなよ…」
写真のど真ん中に鎮座していた被写体は、下着姿のシリウスだった。送られてきたのは、色っぽい下着をつけたシリウスの自撮りだ。
「あぁ、クソッ。シリウスめ…」
鎮まりかけた愚息は、あっという間に活力を取り戻す。まだまだやるべきことは山積みだというのに、これでは集中できない。
「…ハァ。無視だ無視。こんなの忘れて、さっさと仕事を終わらせないと」
シリウスに怒りの文句を送りつけ、スマホを閉じてデスクにつく。急いで終わらせないと、連続徹夜日数を増やす羽目になる。実に不本意だが、アイツのお陰で疲れは吹き飛んだ。
『その気になったら、いつでも相手をするぜ』
シリウスの言葉が、脳内で反響する。こんな写真を送るくらいだから、きっとそういうことなんだろう。
「………ハァ」
案の定、仕事は手につかなかった。