樋口 七瀬なつみさんは、オーディションで選ばれた新人女優。いきなり渡辺淳一原作の官能映画に出演したのですから、画面から緊張感が伝わってきます。それが結果的に、中年男の毒牙にかかるウブな涼子の心情を表し、演技では出せない生々しさがありました。
林 大勢のスタッフが見ている中で濡れ場を演じるのだから覚悟が必要だったはず。頑張ったと思います。ただ、最初は抵抗感があったのか、津川さんとのキスシーンを撮影した後に隠れて口をすすぎに行っていたのを覚えています。
樋口 津川さんといえば、松竹からデビューしたときは颯爽たる二枚目スターでした。ただ、'70年代以降は三枚目要素も併せ持つマダムキラーなキャラで再ブレイクした。男性の欲望が詰まった渡辺文学の映像化が成功したのは、津川さんがいたからとも言えるでしょう。
岩下 私は二十代から共演して、本当に仲の良い友達でした。友達の私には絶対見せなかったけれど、私生活では遊佐のように甘えたり、色々な面を見せていたのかもしれません。渡辺先生が、とても大人の魅力と色気のある津川さんをご自分の作品に起用し続けていたのもよくわかります。
樋口 映画が公開された'89年はバブルの絶頂期で、この作品にも享楽的な雰囲気が漂っています。銀座のソニービルにあったイタメシ店など、今はなくなった風景を懐かしむこともできます。
林 物語の冒頭には野坂昭如さんが作家役で登場しています。文化人が映画に出るのも、あの時代ならではかもしれない。ちなみに、台詞を噛んだり忘れたりしても全部OKになっていました(笑)。
岩下 私たちが身につけた着物も豪華でしたね。懇意にしている呉服店の社長さんが全面協力してくださりました。ラストシーンの桜の花びらがちりばめられた薄紫の着物は、映画のために特注したんです。
料亭の場面では手描き友禅の高価な着物も用意していただきました。お借りするだけでも膨大なレンタル費用がかかるので、今の映画界では到底難しい。いい時代だったんです。
後編記事『岩下志麻が明かす…今も語り継がれる名作映画『桜の樹の下で』の“ラブシーン”はこうして生まれた』では、この映画の見所のひとつでもある主演俳優ふたりの激しいラブシーンを岩下氏が振り返りつつその撮影秘話を明かした。
『週刊現代』2022年4月30日・5月7日号より