林 タイトルにも入っている「桜」の花が物語に絡むことで話に奥行きが出るのですが、おかげで撮影は大変でした。なにしろ桜が咲き始めて満開になり、散るまでの間に撮影しなければいけない。
単に満開なら良いというわけではなく、シーンに合う桜が必要とされていたので、秋田や青梅など各地で撮影しました。
樋口 岩下さんといえば、『極道の妻たち』で演じたような色香の上に貫禄もある強い女性を演じる印象がありますが、『桜の樹』で演じた菊乃は、たくましいだけではなく、女性の脆さも併せ持つ。難しい役どころだと思いますが、実際に演じてみていかがでしたか?
母と娘が女と女に
岩下 菊乃は料亭の女将としては毅然と振る舞いながら、遊佐さんと二人になると全てを脱ぎ捨てて、彼を愛する純情な部分がある。だからこそ遊佐さんと涼子が関係を持つと、ライバル心をむき出しにします。
頭では、遊佐さんを娘に譲って、女将と母親の仕事に徹するべきだとわかっているのに、一人の女性であることを捨てられない。その葛藤は、演じていてもとても難しかったですね。
樋口 でも、複雑な心情を見事に表現されていました。それを感じたのが、娘と遊佐が肉体関係を結んでいると勘づき、追及する場面です。「お客さんにお酒に誘われた」とウソをついて深夜に帰宅した涼子に「お客さんて誰や!」と何度も迫る。あの鬼のような表情は忘れられません。
岩下 この作品の中で、一番感情を露にした場面ですね。あの瞬間、二人は母と娘ではなく、女と女の対決になっています。だって娘とはいえ、一緒に住んでいる女性が自分の恋人と会っていたと知ったら怒るのは当然。菊乃は母親だから、何度か詰問する程度で済んだけど、普通ならもっと修羅場になると思います。
林 あの場面は、涼子役の七瀬さんの演技にOKが出なくて大変でした。その際に、岩下さんが「自分も若いとき、先輩女優さんに怒られていた。誰しもあることだから気にしなくていいの」と言っていたのを覚えていますか? あの言葉で七瀬さんの緊張がほぐれて、芝居をやり遂げられたと感じました。
岩下 そんなことがあったかしら。私は七瀬さんに限らず他の役者さんに演技のアドバイスは一切しませんが、何度NGが出てもお付き合いします。同じテンションで同じ演技を続けるのは楽ではありませんが、可能なことです。