美しくも儚い桜は、どこか禁断の恋に近いのかもしれない。愛とエロスの巨匠・渡辺淳一が描いた母と娘の愛憎劇『桜の樹の下で』は、圧倒的な映像美を誇る映画と共に、今も語り継がれる――。
4月30日に8度目の命日を迎えた作家の故渡辺淳一氏。『ひとひらの雪』や『失楽園』などの作品が映画化され上映当時は一大ブームとなったが、岩下志麻氏と津川雅彦氏が主演をつとめた『桜の樹の下で』も印象に残る作品だという。
当時、東映の社長だった岡田茂さんが原作に惚れ込んで映像化にこぎつけたというこの作品の撮影秘話を岩下志麻氏、同映画の撮影監督を務めた林淳一郎氏、そして映画評論家の樋口尚文が語った。
岡田茂が映像化を熱望
樋口 4月30日は、作家渡辺淳一さんの命日です。もう亡くなって8年も経つのですね。渡辺文学の映画化作品といえば、『ひとひらの雪』('85年)や『失楽園』('97年)の印象が強いのですが、岩下志麻さんと津川雅彦さんが主演を務めた『桜の樹の下で』('89年)も心に残る作品です。
東映の社長だった岡田茂さんが原作に惚れ込んで映像化にこぎつけたと聞き、封切りと同時に映画館に足を運びました。
林 私はこの作品で撮影監督を務めました。ドラマ『Gメン'75』を手がけたことで知られる映画監督の鷹森(立一)さんに声をかけてもらったのです。
当時の私は新米で、4〜5本しか撮影監督を任せられたことがなかった。しかも岩下さん、津川さんが主演と聞いて緊張したのを覚えています。
岩下 渡辺先生とはドラマ『氷紋』('74年)に出演して以来のお付き合いで、たまに麻雀などもご一緒しました。『桜の樹』で出版社社長の遊佐役を演じた津川さんとも『氷紋』で共演しています。
樋口 物語の主人公で、岩下さんが演じた料亭の女将・菊乃は、遊佐と恋人関係にありました。彼女は、自分の娘で見習い女将の涼子(七瀬なつみ)を遊佐に引き合わせるのですが、涼子も遊佐に好意を持ってしまう。やがて、一人の男を愛する母と娘の関係は複雑なものへと変化し、悲しい結末を迎えます。