岩下 たしかにシーンによって飲み方は工夫しました。例えば着物の襟元をちょっと崩したり、髪の毛もわざと1〜2本乱れさせたりすることで、感情の機微が伝わるんです。これはメイクさんに私からお願いしました。
樋口 そうした細部へのこだわりが結集したのがラストシーンではないでしょうか。菊乃は、三角関係に苦しんで自宅マンションから飛び降り自殺をします。
その後、お墓参りをした遊佐の目の前に、菊乃の幻影が浮かび上がる。その背景に、桜吹雪が舞い散る様子はとても幻想的でした。
林 撮影前、津川さんにお酒に誘われたとき「あのシーンの出来が作品の評価を決めるよ」とプレッシャーをかけられました。当時は今と違ってCGもありません。舞っている大量の花びらは紙で作った物なんです。スタッフ総出でピンク色の紙を花びらの形に切り抜いて、4方向から花びらの渦を作りました。
当時、東映京都撮影所のスタッフはベテラン揃いで、定年間際の人が大勢いたんです。そんな百戦錬磨のスタッフが、監督のOKが出た瞬間に思わず涙を流すくらい大変だった。私も感激して胸が熱くなりましたよ。
岩下 そうでしたね。思い出しました。
樋口 いま振り返ると、この作品は様々な意味で時代の転換点に位置しているんです。公開はバブル真っ盛りの頃で、映画界にも映画会社以外の資本が乗り込んで来た時代。まさに端境期で、岩下さんや津川さんのような撮影所出身の大スターと、七瀬さんのようなグラドル的な異業種の演技未経験者が互角の役で出演しているのも象徴的です。
そうした時代の変化を重層的に感じることができるという観点からも、この作品を語ることは興味深いですね。