2022.05.05
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岩下志麻が明かす…今も語り継がれる名作映画『桜の樹の下で』の“ラブシーン”はこうして生まれた

週刊現代 プロフィール

岩下 普通、ラブシーンは顔の表情で気持ちを表現するのに、あの場面は手だけを映したのよね。ラブシーンで、あれほど手や指先に集中したのは最初で最後じゃないかしら。遊佐さんを愛しているのに、遊佐さんが娘を愛してしまった。そのどうしようもない悶えを手で表現したのです。

渡辺淳一の映画作品

樋口 遊佐は菊乃に「早よう、早よう」と迫られているのに、なんと肝心なモノが役に立たない。その時の津川さんの困惑する顔もいいし、アップになる岩下さんの微妙な表情もよかった。

岩下 娘の涼子を抱いてしまったためか、流石の遊佐さんも母親は抱けなくなったのでしょうね。彼の反応を見て、菊乃は「娘を本気で愛しているのだ」と悟った。諦めや虚しさ、悲しみなど様々な感情が入り混じっていたと思います。

 もうずいぶん前ではありますが、役作りをするにも苦労されたのではないでしょうか。

岩下 私は役に没入するタイプだから、女優として良いことではあるのですが、撮影中は私生活にも影響が出ます。

十朱幸代さん演じる陶芸家の友だちに悩みを相談するシーンのとき、私自身も役に入りすぎて、菊乃のように精神的にも落ち込みやすくなっていました。憔悴した菊乃を演じるシーンなので都合が良かったのですが。

 

樋口 岩下さんの話を聞いて、気丈に振る舞おうとする菊乃から随所に女としての弱さも滲み出る理由がわかりました。

遊佐の心が自分から離れていると感じながら、二人でブランデーを何杯も飲むシーンも素晴らしかった。杯を重ねるごとに頬が上気して、妖艶さが増す様は、並の女優では到底出せません。

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