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まったくの間違い

あるテレビ番組をみたら、吹き出してしまった。4月30日の「池上彰のニュース そうだったのか」だ。

そこでは、円安の要因を3つ挙げていた。(1)戦争の長期化で日本経済に影響、(2)貿易赤字の影響、(3)日米の金利差──。

筆者が採点すれば、30点だ。

(1)はまったくの間違い。番組では「戦争長期化で日本の経済が悪くなるから、円安になる」と説明していたが、はたしてそうか。

日本のロシア経済依存度は欧州より低い。また、先週の本コラムで紹介したIMFの世界済見通しによれば、欧米は2022年の経済成長率は2021年より低くなるが、日本の2022年の経済成長は2021年より高くなるとされている。

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(2)については、為替が貿易収支では決まらないことを、基本理論として習わなかったのか。

貿易収支が為替に影響があったのは、資本取引が制限されて為替取引の大部分が貿易収支関係だった何十年前の話だ。いまや為替取引のほとんどは自由な資本取引によるものであり、貿易収支の影響はほとんどない。

(3)は、基本的には正しい。もっとも、大学できちんと為替理論を学んでいれば、為替は二国間の通貨の交換比率であり、二国間の金融政策の差で決まるというのが模範解答だ。

金融政策は金利かマネタリーベースでみるから、二国間の金利差というのは間違いではない。しかし、二国間の通貨の交換比率という観点から、為替は二国間のマネタリーベースの比にほぼ等しくなるので、二国間のマネタリーベースの比というほうがよりよい回答だ。

この図を見れば、上記の説明が理解出るだろう。もっとも、二国間のマネタリーベースの比にいつもなっているわけではなく、1~2年それから乖離することもあるが、いずれ収束するといえるだろう。

的外れな円安批判

今の日本では、エネルギー価格や原材料価格は上がるが、先週の本コラムで書いたように、総需要が総供給に及ばないGDPギャップが相当額あるために、なかなか転嫁できず、物価は上がりにくい(価格と物価の違いに注意)。

なお、4月の消費者物価統計では、「総合」「総合(除く生鮮食品)」「総合(除く生鮮食品・エネルギー)」でそれぞれ1.5%程度上乗せになるが、基調を示す「総合(除く生鮮食品・エネルギー)」は2%に遠く及ばないので、インフレ(物価上昇)とは言いがたい。

では、為替を変更するように金融政策を動かせばどうか。それは可能だが、やってはいけない。

国際金融のトリレンマといい、(1)資本取引の自由、(2)金融政策の独立、(3)為替の固定相場の3つのうち2つしか実現できないことが知られている。先進国は(1)と(2)をとり、(3)を諦めるので、変動相場制である。

為替のために金融政策を使うとなると、国内の雇用(物価)を諦めることになるので、日本を含め先進国ではやらない。この観点からいえば、ロシアがルーブル維持のために利上げをしたのは、ロシア国内経済(雇用)を犠牲にすることに他ならず、かなり間抜けな経済運営なのである。

こうした国際金融の常識論から見れば、最近の円安批判はかなり的外れだ。

円安の経済効果を考えてみよう。

日銀の黒田総裁は、円安ドル高について「現状ではプラス面の方が大きい」と発言するに対し、日本商工会議所の三村明夫会頭は「デメリットの方が大きい」と述べている。

こうした見解の違いは、それぞれどこを見て話しているかによる。

為替動向は輸出入や海外投資を行う業者にとって死活問題である。円安は輸出企業にとってはメリットだが輸入企業にとってはデメリットだ。また、これから海外進出を考えている企業にとってはデメリットであるが、すでに海外進出して投資回収している企業にとってはメリットだ。

中小企業の代弁か、日本経済全体を考えるか

まず中小企業への為替の影響を考えてみよう。海外投資投資は少ないので、輸出入の影響を強く受ける。

中小企業庁による規模別輸出額・輸入額を見てみよう。この統計は、残念ながら2012年をもって廃止されたが、その数字でも基本的な特徴がわかる。

輸出額について、中小企業分、大企業分、共存分でわかれているが、2012年でそれぞれの比率は1.4%、39.1%、59.5%。輸入額については、それぞれ35.9%、31.6%、32.5%。

これでわかるように、中小企業は大企業に比して輸出が少なく、輸入が多い。つまり、中小企業は大企業より円安によるデメリットを受けやすいのだ。三村会頭の意見は、中小企業を代弁している。

一方、「円安はプラス面のほうが大きい」という黒田総裁の意見はどうか。輸出企業は大企業が多く、世界市場で伍していけるエクセレント企業だ。一方、輸入企業は平均的な企業だ。

この場合、エクセレント企業に恩恵のある円安の方が日本経済全体のGDPを押し上げる効果がある。これは、日本に限らず世界のどこの国でも見られる普遍的な現象だ。輸出の多寡により効果は異なるが、いずれも自国通貨安はGDPへプラス効果がある。

これらは、国際機関が現在行っているマクロ経済モデルでも確認されている。

こうした指摘はこれまでも世界中で言われてきた。自国通貨安はしばしば近隣窮乏化策とも言われるが、それは逆にいえば自国経済はよくなることを意味している。この意味で、「円高は国益」は誤りだ。

つまり黒田総裁の発言は、日本経済全体を考慮したものだ。なお、円安でGDPが増えれば雇用にもプラスになるので、労働者のためになる。

民主党政権時代の教訓

主として大企業で構成されている経団連の十倉雅和会長は、最近の円安について大騒ぎすることではないという見解を示している。

ただし大企業の中でも、金融業界の意見は特殊だ。金融業界は、今の低金利環境では利鞘が稼げない。このため、金融業界の利益のために金利高を目論み、今の円安に否定的なことをいい、円高誘導への金利高に持っていこうとする。

メディアに登場するエコノミストはほとんど金融業界の人なので、彼らの意見にはよく注意したほうがいい。

いずれにしても、各界の意見は、それぞれの団体や機関の利益を代弁しているだけと思えばいい。

黒田日銀総裁 Photo by GettyImages

それでも、このところの円安傾向を受けて、「円高は国益」「製造業が海外に拠点を移しており円安メリットは小さい」といった議論が出ている。民主党政権時代の円高で日本経済はどうなっただろうか。

「製造業が海外に拠点を移しており円安メリットは小さい」との意見は、輸出のメリット減少をいっているだけだ。海外に拠点を移しているので、その投資収益があるはずで、この円価換算収益は円安メリットを受けている。

過去のエピソードを辿ってもいい。

民主党政権時代、先進各国がリーマンショックの中で強力な金融緩和をしたのに、白川日銀は金融緩和しなかった。その結果、予想通りに円高になり、それが日本経済の足を引っ張った。リーマンショックの震源地でもない日本の経済成長率の低下は、先進国の中でも最悪だった。

これは自国通貨安がメリットであることを示すエピソードだ。政治的な理由で海外から「自国通貨安を是正しろ」との要求があるのは筆者としても想定内であるが、国内からそうした声があるとは、「国益」に反するので驚きだ。

ちなみに、先にに掲げたIMFの世界経済見通しで、なぜ2022年の日本だけが経済成長するのかと言えば、日本だけが金融緩和している効果が世界経済のマイナスを補っているからだ。冒頭に述べたテレビ番組などのマスコミ報道とはまったく違う景色だ。