第2話 昼下がり、狐と共に

 春から時間は過ぎ、ゴールデンウィークを経て土曜日の半ドン授業を終えたあと、燈真は椿姫と共に近くのカフェに来ていた。椿姫の妹であるすずなは中学から家に帰っており、白狐に代々使える化け狸の女性と出かけるというメールを受け取っている。素人に毛が生えた程度の燈真よりも、師範でもある保護者といる方が安全だろう。椿姫がメールでやり取りし、こっちは用事があると告げた。

「六年前を境に、グレイブヤードはその活動を縮小しています。芽黎二五年現在、彼らの手による小規模な事件は持続して起きていますね」

「ええ。まるで何かの機会を伺うかのようです。資金が尽きたとは考えづらく、大手企業との癒着が疑われている現状、それが事実であれば兵器の供与には支障がないと見てもいいでしょう」

笹野ささの教授、今後十四年前の規模が起こる可能性がある、と見てもいいのでしょうか」

「ええ。限りなく一〇〇パーセントだと私は思います。革命という名目で、かつ狂信的な兵士、また資金があればなおのことでしょう。妖術を用いたテロであるため退魔局とも連携をとり、警察組織と国軍の捜査、逮捕が続いていますので、それこそ捕縛した同志を解放しろという常套句を使えますので。また、これは嵐の前の静けさと受け取っていいでしょう」

 テレビ画面に映るキャスターと、犯罪心理の教授がそのようなやり取りをしていた。

「安全な位置から見てる奴らは、相変わらずの平和ボケね」

 椿姫がチキンカツサンドを手に、呟く。チェーン店のあるアリアカフェの食事はサイズが大きいことと、東海地方のモーニング文化を取り入れている。というより、一号店が東海地方なので、当然である。景気がいい文化だなと燈真は常々思う。

「テロは徐々にだけど過激化してる。報道規制かけてるのはこっちだけど、だとしても偉い先生ならわかるんじゃないか」

「そうね。でも、その上であっちの教授も口止めされてんのかも。組織の風通しの悪さは古今東西変わんないし」

「だからああいう連中にテロのチャンスを与えるんだろうな」

 燈真はカップの抹茶ラテを飲んで、快晴の空を見た。古き良き……というのかは現代人の自分たちにはわからないが、現在この国の成人年齢は十五歳にまで引き下げられていた。酷い少子高齢化において人口を増やそうとそうしたのだが、当初は問題も起きたものの現在では当たり前のこととして受け入れられていた。なので十五、六の若者がこう言ったことを真剣に話すのは普通だ。政治に興味がない状態が平和の証ではあるのだろうが、今ではそんなことは許されない。閃光事件でその名を知らしめたグレイブヤードはもちろん、それ以前から悪化していた治安問題も含め、この国は大昔のように平和大国とは言えないのだ。

「で、本題はこっちね」

 携帯端末ミラフォン──ミラージュフォーンを手にした椿姫が画面を見せて、下ろした。部外者に知られれば野次馬が増えて、仕事がしづらい。自分で寄ってたかって勝手に巻き込まれて死ぬやつの面倒など見ていられないのに、自らが招いたコラテラルダメージで民衆というのは大声で騒ぎ立てる。

「末端だろ。ろくな情報は手に入らねえだろうな。つっても、やつらの一味なら殺す」

「退魔局で狐憑き、だなんて言われんのよ、あんた。歩く厄災とか、処刑者とか」

「俺の家系にとっては狐憑きは最高の褒め言葉だろ。俺が小さい頃から親父もよく言ってたし」

「意味合いとしては違うと思うけどね。じゃあ、私は玉藻前みたいな扱いなのかな。男を誑かして、凶行に走らせてるっていう」

 燈真はラテを飲み干した。

「そっちの九尾とは別系統の九尾なんだろ? 食ったんなら、行くぞ。汽車に遅れる」

「あーもう、すぐ飲むから待って」

 立ち上がって注文表を手に取る燈真を、椿姫はミルクティーを慌てて嚥下しながら追いかけた。

 会計を済ませて歩きで駅へ。ここはいわゆる駅近だ。鴻翼こうよく学園を内包する学園都市、鴻翼市はとにかく足が豊富だ。公共交通機関やなんかのダイヤもスパンが短く、遅延も事故などがなければさほど起こらない。

 燈真は私服登校が許されている鴻翼学園において、同調圧力を無視して本当に私服で登校していた。腰にはポーチ類と拳銃のホルスター。収まっているのはリボルバーである妖力式銃ミラージュガン。四〇口径規格のそれは安定した初速と威力の妖力弾を放ち、込める妖力いかんによって殺傷力を制御し、確実に敵を仕留める。人のみならず、妖怪、あるいはそうでないものも。

 燈真が学んだ古武術では使える武器はなんでも使う、が原則だ。生存適応能力を重視したものであるこの流派では一殺多生の活人剣ともいうべき考えを説くが、そもそも活人剣は殺しを否定しているわけではない。生かすことと殺すこと、その両面を受け止めて、生殺与奪を手にした重みを理解しろというものである。その教えが燈真に叩き込まれていた。それをわかった上で燈真と椿姫は『テロリストを全員殺す』という目的を共有している。

 閃光事件もそうだが、同時にそれ以前にもこの国は変革している。

 二〇一〇年、この国が変わった。というよりは、黙らされていた若者が同じく抑圧されていた妖怪と手を組んだ。東日本産業社連盟という名を掲げた革命軍は電撃的に東部日本を制圧。追い詰められた旧政府軍は関西を拠点に迎撃したが、妖怪が与えた様々な技術を前に配送を重ねた。最後には四国決戦と呼ばれる戦いにおいて、旧政府軍指導者が処刑された。黒船に恐怖した坂本龍馬の、その像が置いてある高知の桂浜で。まさしく、侵略される側がその恐怖を目の当たりにしたのだ。今まで自分たちがいかに傲慢であったのかを胸に抱きながら、指導者は首を落とされた。

 この革命後、妖怪は日陰者から立役者となった。東日本産業社連盟は速やかに人心を掌握し、シビリアンコントロールを行き届かせた新政府軍による新政権樹立と維持を実行。北米やアジア地域などの横槍も、圧倒的な力を振るった妖怪の前では中学生のバタフライナイフも同然だ。大きな戦車を平然と吹っ飛ばす怪力を持った鬼、街一つを氷漬けにする雪女、神の如く雷霆を操る雷獣。怯えて暗がりで暮らしていたものの、堪忍袋の尾が切れて内乱を経験し、どんな脅しにも屈さぬ不屈の精神を手にした妖怪は、この小さな国をあっという間に世界の玉座へ近づけた。

「あっ、やばい、持ち合わせないかも」

「跳んでみろお前」

 駅の券売機で突然微妙な笑みを浮かべた椿姫を燈真が睨む。

「えっ、そんな……胸を揺すって興奮するとか小学生じゃないんだからさ」

「わかった、歩いてこい」

「待って待って、ごめんって。菘にケーキ買う約束してるから取っときたいの! 切符奢って!」

 お金貸して、ではなく潔く奢ってというところは椿姫らしい。まあ、たかられる側としてはたまったものではないが。

「国営放送があった頃の国民の気分がわかる」

「徴収じゃないっての。あとあれって補助金とかそういうの駆使したら払わなくていいんじゃないの?」

「さあ? こら馬鹿お前、さりげなく往復切符を……」

「うるっさいなあ。私の尻尾触らせてんだからいいでしょ」

 もふっ、と尻尾を振る椿姫。駅で騒ぐ彼らだが、決して大声ではない。切符を買うとさっさと改札を通った。

「妖狐の尻尾を知るともう戻れないんだよな。本物の狐と違ってほんとにもふもふしてるし」

「動物はあれで身を守るんだから仕方ないでしょ。っていうか妖力流せば毛なんて硬くできるし」

 さりげなく『妖力を流す』という椿姫。けれど、その初歩が最も困難であることは有名だ。妖力を発露することはできても、それを流すとなるとまた別だ。

 天蓋を成す金属から、網目状の影が落ちる。窓ガラスと、鉄のアーチから垣間見える気球や飛行船。科学技術の進化が、人類滅亡の可能性を示した日以来、全世界でその追及と研究、実験、所持、輸入を禁止した。非科学化条約である。それは妖怪が持つ『妖力技術基盤ミラージュシステム』という代替案で解決されるも、世界は当時イメージしていた近未来とは異なる姿になった。

「来たわね。空いてる席は座っていいの?」

「子供がいたら譲れよ」

「あんた、案外優しいよね。なんで?」

「……可愛い妖狐の妹がいるからな」

 排土板が取り付けられた汽車。妖光鉱石という、旧時代においてはただのボタ山の一角に過ぎなかったそれが現在のミラージュシステムの動力だ。あの鉱石に眠る妖力で機械を動かす。臨界させた場合のエネルギーは、既に完全撤廃されたと公表されている核兵器にも劣らない。だから、閃光事件は街一つが消滅する惨事になったのだ。

 空いたドアから乗客が出ていく。人間、妖怪……恐らくは半妖も。妖怪は同一種族間での受精率が最も高い。異種族間では滅多に子供ができないとされ、けれどなぜか妖怪と人間の場合の妊娠確率は、同一種族に次いで高いのだ。これについてはまだ解明されていない生命の神秘である。

「お、あの子妖狐」

「仲間がいて嬉しいのわかるけど、今は仕事だ」

「わかってるっての。妖狐って珍しいからついね」

 客が降りたのを確認し、燈真たちは車内へ。落ち着いた和風な内装で、もしも坂本龍馬の意志が完遂され、純粋な和の文化が継承されていればこうなったであろう光景だ。イメージ的には明治時代に近いだろうか。

「椿姫、ちょっと持ってて」

「ん、ああ」

 武器を預けると言うのは、退魔師にとっては命を預けるのと同義だ。椿姫も受け取ったホルスターを大切に抱える。

 燈真はパーカーのようにアレンジされた和服の帯を締め直し、ポーチのキツさを調整する。そうやって「悪い」といって愛銃を腰に差した。

「XDRー77、だっけ?」

 燈真の銃の名だ。二〇七七年式試作型Experiment竜のDragon固い意志Resolute。単にドラゴンリゾルト、リゾルト拳銃と呼ばれるものでもあった。

「祖父さんが退魔局に預けてたんだとさ。親父は術師だったから必要ないって。俺には術式がないって言われたらしくて、都合がいい」

 妖術を扱う上で必要となる術式とは、言わば回路である。妖力を流すことでさまざまな効果を得るのだ。電化製品が電力でものを冷やしたり温めたりするのと同じである。ミラージュシステムによる妖光機械が一般的だが、まだ科学が完全否定されたわけではなく、電気も現役だった。割合で言えば少ない比率ではあるが。

 燈真は六歳までは術式がないと検査で言われていたが、小学校に上がって少しして七歳になるかならないかの頃に検査結果が更新され、術式の発現が認められた。

「代々狐憑きのおかげで、先天的な妖力には優れてるしね。人間基準の術師としては格上っていえるかな」

「先祖はよっぽど狐に恨まれるようなことをしたんだろうな」

「尻尾引っ張ったんでしょ。そりゃ怒るわよ」

 ちなみにこれは事実らしい。家にあった家系図と出てきた先祖の日記にそれらしい記述があったのだ。白く美しい妖狐の尻尾に触れ興味本位で引っ張ったら怒られた、というようなことが、随分と難しい言い回しで書き連ねられていた。ちなみに「美しいから」という理由で命は見逃されているあたり、この引っ張られた妖狐も相当な変人だろうと思える。

「事が起きる前に始末できればいいけど」

「そうは問屋が卸さないでしょうよ。基本的に後手に回るのがこの仕事だし……はー、また退魔局が皺寄せ食らうわね」

「守るつもりはないけどな。都合がいいから退魔師やってるだけだ」

 吐き捨てるように、純粋に罪を憎む同業が聞けば激怒するようなことを燈真は言った。

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【見切り発車事故:未完】妖星のヱピタフコード 河葉之狐ラヰカ @9V009150Raika

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