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ξ゚⊿゚)ξお嬢様と寡言な川 ゚ -゚)のようです

1 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:12:00 ID:WVkvC8.U0


・書き終わり済み。
・百合、GL、おねロリ要素過多。
・投下は週一か二程度。

2 名無しさん :2019/09/13(金) 23:12:40 ID:WVkvC8.U0



 Intro



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3 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:13:35 ID:WVkvC8.U0

 梢にとまった鳥が朝の調べを奏で、軽やかな旋律は霧に包まれたロンドンに新たな一日を告げる。
 季節は冬。湿度と低い温度も相まって霧の都は今日もドレスを纏った。

川 ゚ -゚)「お嬢様。起きてくださいませ、お嬢様」

 霞に包まれた白い屋敷がある。ロンドン市近郊にあるその館はティレル侯爵の持ち物だった。
 十八世紀頃に建てられた館はヴィンテージな佇まいをしている。

 館の一室では一人の侍女が声を出した。
 侍女の眼下には金色の髪をした少女が寝息を立てている。その姿を見る侍女の瞳は何も語らず、声色も平淡だった。
 侍女は無感情な表情のまま、一度瞳を瞬かせる。再度見開かれた瞳は黒い輝きを見せ、先よりは柔らかく見受ける。

川 ゚ -゚)「お嬢様。ツンお嬢様。朝で御座います」

ξ-⊿-)ξ「ん……」

 侍女の澄んだ声に金髪の乙女は反応を示した。
 微睡む意識を引きずりながら瞼を擦って穏やかに覚醒をする。
 起き上がった少女は霞む視界のピントを修正しながら、大きな瞳を侍女へと向けた。

ξ-⊿゚)ξ「……おはよう、クー」

川 ゚ -゚)「お早う御座います、お嬢様」

ξ-⊿-)ξ「うん……」

 ツンと呼ばれた少女は返事をするが、未だ完全には覚醒を果たしていない。
 そんな己の主を見た侍女――クーは、それでも無表情のまま、何を言うでもなく不動に立つ。

4 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:14:21 ID:WVkvC8.U0

ξ-⊿-)ξ「……もう少し寝てもいいかな、クー」

川 ゚ -゚)「いけません。朝食の用意も整っています」

ξ-⊿゚)ξ「んー……だめ?」

川 ゚ -゚)「なりません」

ξ-⊿゚)ξ「昨日は夜遅くまで起きてたの……だから眠くて眠くて……」

川 ゚ -゚)「遅くまで明かりがついていたのは存じておりました。しかし、朝は起きるもので御座います、お嬢様」
  _,
ξ-⊿-)ξ「んんー……」

 ベッドの上で猫のように伸びをするツン。
 背を鳴らす少女を見るクーは何かを言いたそうにするが、しかし表情は変わらずに無のままだった。

ξ-⊿-)ξ「ふあぁ……」

川 ゚ -゚)「お嬢様」

ξ-⊿゚)ξ「……起こして、クー……」

川 ゚ -゚)「……お嬢様」

ξ-⊿-)ξ「お願い……」

 うつ伏せのまま言うツンにクーは数瞬沈黙をするが、ややもすると静かにツンへと近づく。

5 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:15:11 ID:WVkvC8.U0

川 ゚ -゚)「失礼いたします」

ξ-~-)ξ「んー……」

 クーの動作は手馴れていた。
 ツンの肩に手を掛け、空いた方の腕で胴体を支える。そのまま無理な力を加えずに何とか上半身を起こす。
 さながらに貝が口を開いたような構図で、先まで二つに折れていたツンは、間近にあるクーの顔を見つめた。

ξ゚⊿゚)ξ「流石だね、クー。わたしの扱いを熟知してる」

川 ゚ -゚)「毎朝のことですので」

ξ゚ー゚)ξ「それはイヤミ?」

川 ゚ -゚)「否で御座います」

 悪戯をする子供のような笑みを浮かべるツン。
 紡がれた問いにクーはやはり無表情のまま、そして無感情を思わせる声で返事をする。
 そのトーンと鉄面皮を寄越されたツンは、しかし嬉しそうな笑みを浮かべると、そのままにクーへと抱き付いた。

川 ゚ -゚)「……お嬢様」

ξ-ー-)ξ「ふふっ……朝はやっぱりクーに触れないとダメだね、わたし……」

川 ゚ -゚)「……」

 甘えるようなツンにクーは瞳を伏せる。決して抱き返すこともせず、ただ受け入れるだけだった。

6 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:16:10 ID:WVkvC8.U0

ξ゚ー゚)ξ「まるで従者の鑑だね、クー。わたしを見ようとしない、言われなかったら触れようともしない」

川 ゚ -゚)「それが従者で御座います」

ξ゚ー゚)ξ「……そういうところ、好きだよ。とても」

川 ゚ -゚)「……」

 瞳を伏せたままのクーの耳元に悩ましい言葉と艶のある吐息がかかる。

ξ゚⊿゚)ξ「……うん。それじゃ、起きますかぁ」

川 ゚ -゚)「……はい」

ξ゚⊿゚)ξ「よいしょ、よいしょ……」

 毎朝の儀式を終えたツンはそこで満足をすると、ベッドから這い出て立ち上がる。
 小柄なツンを見下ろす形となったクーは、適当に脱ぎ散らかされていく寝間着を回収しながらツンの背を追う。
 先までツンが身に纏っていた衣服からは、そのままにツンの温もりが残っていたが、しかしそれを手に感じるクーは特に思うこともない様子で、これもやはり手慣れたように扱う。

7 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:16:52 ID:WVkvC8.U0

ξ゚⊿゚)ξ「今日は……このお洋服?」

川 ゚ -゚)「お気に召しませんでしょうか」

ξ゚ー゚)ξ「ううん。クーが選んでくれたものだもん。嫌いなんかにはならないよ」

川 ゚ -゚)「有難き幸せ……」

 ツンは用意されてあった白いワンピースを手に取ると優しい笑みを浮かべてクーを見つめる。
 言葉と視線を寄越されたクーは深く頭を下げるだけだった。
 ツンは彼女の反応を見ると更に笑みを浮かべ、下着姿のままに再度クーへと接近した。

ξ゚⊿゚)ξ「じゃあ、お願い」

川 ゚ -゚)「畏まりました、お嬢様」

8 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:18:09 ID:WVkvC8.U0

――ロンドン市近郊にある白亜の館にはティレル侯爵の一人娘が住まう。
 その娘の名はツン・ティレル。背の低い、華奢な十三歳の少女だ。

 長く柔らかな金髪を持ち、瞳は大きく碧眼で、顔立ちは誰が見ても認める程に可憐で美しい。性格も明るく笑顔がよく似合う。

 そんなツン嬢の身の回りの世話をするレディースメイドがいる。
 普段から不愛想で、何を考えているかも謎だった。声には感情の一つも宿らないが、その美貌は類見ない程だった。

 彼女の長い黒髪と大きな黒い瞳、そして描かれた純白のような肌の美しさは、さながらに美の象徴とも呼べた。
 そんな見目麗しき少女と侍女は対極な性格だった。
 しかしこの二人のやりとりから見ても分かる通りに、信頼信用の程、或いは絆と呼べるものは絶対的にも等しいのかもしれない。

ξ゚⊿゚)ξ「ねぇ、クー?」

川 ゚ -゚)「何でしょうか」

ξ゚⊿゚)ξ「わたしは……綺麗かな?」

 下着姿のツンに接近されたクーは、手渡された白いワンピースをツンへと着せる。
 その途中、問われたクーは数瞬沈黙をするが、ややもするとその口を開く。

川 ゚ -゚)「……美しゅう御座います、お嬢様」

ξ゚⊿゚)ξ「本当?」

川 ゚ -゚)「はい。本当に御座います」

ξ*^ー^)ξ「そっか……えへへっ」

 相も変わらずの無感情な声色で言葉を紡ぐ。
 それに対してツンは嬉しそうに微笑むが、少女の背に回り込んでいるクーには見ることが叶わなかった。

9 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:20:17 ID:WVkvC8.U0



 ただ、背のファスナーを完全に閉じるまで。

川 ゚ -゚)「…………」

 クーの視線がツンの美しい背に、穢れ一つない柔肌に釘付けだったのは、誰も知る由がない。



 Break.

10 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:20:59 ID:WVkvC8.U0



 1


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11 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:21:29 ID:WVkvC8.U0

 小高い丘の上にある白い城館の名はティレル城と呼ばれる。
 家主であるティレル侯爵の名を冠する城館の歴史は古く、十八世紀初頭に建てられたものだった。

 現在、十九世紀中葉。
 近代化に伴い増える現代建築物と比べればその佇まいは古めかしいが、しかしヴィンテージの持つ雰囲気と言うものは中々に味わいが深い。
 外観は白に塗り固められ、過度な威圧感はなく、範囲もそれ程大きく広いと言う訳ではない。荘厳な見てくれは城主の性格を表すかのようだった。
  _,
ξ゚~゚)ξ「うぅー……」

 そんなティレル城の食事の間で、眉間に皺を寄せて唸る少女がいる。
 可憐な顔を顰め、手に持つスプーンの上に乗るビーンズを見つめていた。

 少女の名はツン・ティレル。侯爵令嬢の身である少女が、現状、この城館の城主代理だった。
 本来の主は抱え持つ政務等で忙しなく、奔走する日々を送っている。

 齢にして十三歳の少女だが、例え未熟と言えども伯爵の子、教育は躾けられているしそれ相応の礼節も弁えている。所作も当然のこと、一通りは完璧だった。
 だが、そんなお嬢様と言えば、トマトソースで煮付けたビーンズを見つめたまま唸るばかりだった。

12 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:22:12 ID:WVkvC8.U0

川 ゚ -゚)「……お嬢様」

ξ;゚~゚)ξ「なっ、なにっ」

川 ゚ -゚)「好き嫌いはいけません」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「うぅー……なんで嫌いなのを朝からだすのっ。わたしが嫌いなのしってるくせにっ」

川 ゚ -゚)「淑女(レディー)足るもの、我儘は許されません。当然、好き嫌いもです」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「わたしはまだ子供だもんっ」

川 ゚ -゚)「……御歳の問題では御座いません。これは精神の問題です」
  _,
ξ゚ 3゚)ξ「ぶー……」

 英国人(イングリッシュ)であるならば紳士淑女足れ、と言うのはいつの時代も共通する事と言えた。
 ツンの傍に立っているメイド――クーは相も変わらずの無表情のままにツンを叱るが、対してツンは納得がいかない。

13 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:23:00 ID:WVkvC8.U0
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「大体、嫌いなものを好きになる必要なんてないのに……」

川 ゚ -゚)「他者に馬鹿にされます」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「別にいいよっ」

川 ゚ -゚)「なりません。ティレル家の名折れで御座います」

ξ;゚⊿゚)ξ「そこまで言うのー……」

 名誉栄誉こそが国家の繁栄の全てである英国にとって、見栄の一つとってしても欠く訳にはいかない。
 特に名門に連なる侯爵家となれば尚のこと、それらは重要な事柄だと言える。

ξ゚⊿゚)ξ「……じゃあ、これを食べたら、何かご褒美をちょうだいっ」

川 ゚ -゚)「褒美、で御座いますか」

ξ゚⊿゚)ξ「うん」

川 ゚ -゚)「……対価を強請ると言うのも考えものです」
  _,
ξ ゚H゚)ξ「強要されてるのはわたしなのっ。だったら対価を求めたっては悪くはないでしょ?」

川 ゚ -゚)「…………」

 根本から考え方が違うようだとクーは内心で思うが、しかし当然口には出さず、そして表情にも変化は出さない。
 少しばかり思案する時、クーは瞳を閉じる。クーを見つめているツンは窺うような視線だった。

14 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:24:12 ID:WVkvC8.U0

川 ゚ -゚)「……分かりました」

ξ*゚⊿゚)ξ「本当っ?」

川 ゚ -゚)「二言は御座いません」

ξ*゚⊿゚)ξ「やったっ。絶対だよ? 約束だよ?」

川 ゚ -゚)「……はい」

 ツンの喜び様は不思議なくらいだった。クーはその様子に疑問を抱くがそれを追及することはしない。

 クーの瞳を見つめたツンは一人で頷くと、スプーンに乗っている内容を己の口腔へと含む。
 そのまま咀嚼をし、味蕾に広がるビーンズの味と食感を得ると、それだけで表情は曇り、眉間の皺も深くなる。
 しかし、呼吸を止め、風味を誤魔化すことに成功したツンは、未だ口内に残る内容物を水で喉の奥へと流し込んだ。

ξ゚ー゚)ξ「ふふっ、どう? 文句ないでしょ?」

川 ゚ -゚)「……品性に欠けます」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「むむっ……もうっ、クーはいつもきびしいよっ」

川 ゚ -゚)「そうせよ、とマスターから仰せつかっておりますれば」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「お父様は今いないでしょっ。それに、クーは私のレディースメイドでしょっ。もっとわたしを褒めるべきだと思いますっ」

川 ゚ -゚)「…………」

 鼻息荒く、それでも胸を張って誇らしげにするツン。それを見つめるクーはやはり無表情だ。
 しかし、微かに揺れた瞳の輝きからして、何も思わない訳ではない様子だった。

15 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:25:02 ID:WVkvC8.U0

川 ゚ -゚)(……お嬢様)

 心の内でツンの名を呼ぶクー。
 組まれた手は何処となく力が入っているように見受けるが、それにツンは気付かない。

川 ゚ -゚)「……失礼しました、お嬢様。お許しください」

ξ゚⊿゚)ξ、「ん、んー……いいよ、別に怒ってないからねっ」

 そう言う割にふくれっ面をするツン。
 クーは再度頭を下げるが、そうするとツンは逆に慌ててしまい、そこまで謝らないでくれ、と言葉を紡いだ。

ξ゚⊿゚)ξ「クーは冗談が通じないね……昔からずっと」

川 ゚ -゚)「申し訳ありません」

ξ゚⊿゚)ξ「だからそう言うところだよ……もうっ。ねぇ、もう少しこっちにきて?」

川 ゚ -゚)「……はい」

 呼ばれたクーはツンへと近づくと、伏し目がちにする。
 そんなクーの様子を見るツンは、けれども優しい笑みを浮かべてクーの手を取った。

川 ゚ -゚)「……お嬢様?」

ξ゚ー゚)ξ「……これがさっきのご褒美でいい?」

川;゚ -゚)「そんな、私程度が褒美になど……」

16 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:26:07 ID:WVkvC8.U0

ξ^ー^)ξ「いいのっ。こうして手を繋ぐことなんてめったにできないんだから」

 憚られることだった。通常、主人と手を繋ぐことなど有り得てはならない。
 レディースメイドと言う立場が如何程に特殊で、更には女中において最上格の地位にあるとしても、主人に気安く触れることは許されない。
 だが、それを求めたのは主であるツン本人。クーは僅かに焦るが、しかしツンは嬉しそうだった。

川 ゚ -゚)「……お嬢様、そろそろ……」

ξ゚~゚)ξ「んー、確かにムードも何もないけど……いつぶりかな、こうして手を握るの?」

川 ゚ -゚)「……随分、お久しゅう御座います」

ξ゚⊿゚)ξ「そうだね。わたしがまだ子供のころは、クーがいつも手を握っててくれたのに」

川 ゚ -゚)「もう、お嬢様は淑女で御座いますから」

ξ゚⊿゚)ξ「でも、偶にはこうして欲しいんだよ?」

川 ゚ -゚)「…………」

 上目使いを寄越されたクーは瞳を閉じてその眼差しから逃げる。
 それを照れと判断するかは見る者次第だが、ツンはこれを照れ隠しと判断した。

ξ゚⊿゚)ξ(……クー)

 ツンは心の中で彼女の名を呼ぶが口には出さない。
 そうしてある程度満足をするとクーの手を離した。

17 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:26:51 ID:WVkvC8.U0

川 ゚ -゚)「あっ……」

ξ゚⊿゚)ξ「え? なに?」

川 ゚ -゚)、「……いえ。何でも御座いません」

 唐突過ぎたからか、クーは珍しい反応を示す。
 それにツンは小首を傾げたが、対してクーはいつも通りに言葉を返すだけだった。





  Break.

18 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:27:20 ID:WVkvC8.U0



 2


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19 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:28:05 ID:WVkvC8.U0

 その日の午後、ツンは筆を走らせていた。
 傍にはクーが立ち、黙して小さな少女を見つめている。

ξ゚⊿゚)ξ「うぅん、国史って学べば学ぶほど面白いね、クー?」

川 ゚ -゚)「然様で御座いますか」

ξ゚~゚)ξ「うん。クーが教えるの上手なのもあるけど……イギリスって結構派手なことしてたんだねぇ」

川 ゚ -゚)「栄えある大英帝国で御座いますれば」

ξ*゚⊿゚)ξ「先の百年戦争もそうだけど……フランスとの確執の歴史って面白いっ」

川 ゚ -゚)「革命期以降も確執は続いておりましたが、お嬢様は血の気のあるお話がお好みでしょうか」

ξ゚⊿゚)ξ「ううん、そう言う訳じゃないの。けど歴史って戦争や対立、あとは領地の拡大拡張があるからこそ生まれると思うの」

川 ゚ -゚)「……仰る通りで御座います」

ξ゚⊿゚)ξ「他にも清やロシアとの衝突の数々……数え切れないくらいに争いがあるね」

川 ゚ -゚)「国を育むと言うのはそう言うもので御座います」

20 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:29:05 ID:WVkvC8.U0

ξ゚⊿゚)ξ「……今もまた戦争してるんでしょ?」

川 ゚ -゚)「はい。今はインドにて」

ξ゚⊿゚)ξ「……お父様もそこで頑張ってるんだよね?」

川 ゚ -゚)「それが貴族の務めで御座います」

ξ゚ -゚)ξ「……うん」

 時は十九世紀中葉。英国はインドの植民地化を目論んでいた。
 イギリス東インド会社を通じて経済的支配から始まり彼の国を衰退させる。

 この作戦は功を成し、インド国内では大混迷が続いたが現状はシパーヒーを筆頭に英国と対立をしていた。
 この第一次インド独立戦争――所謂インド大反乱――においてティレル侯爵は自軍を率いインド攻略を目指していた。

川 ゚ -゚)「血はお嫌いですか」

ξ゚⊿゚)ξ「……歴史を築くのが戦争なのは分かるよ。けど……他国を蹂躙支配するようなのは嫌い」

川 ゚ -゚)「然様で御座いますか」

ξ゚⊿゚)ξ「ねぇ。なんでお父様も他の人たちも相手の国を無理矢理侵攻できるの?」

川 ゚ -゚)「それが国家繁栄の全てなのです、お嬢様」

21 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:30:32 ID:WVkvC8.U0

ξ゚⊿゚)ξ「……お父様は優しい人だよ」

川 ゚ -゚)「存じております」

ξ゚ -゚)ξ「そんなお父様も……クイーンからの令があれば人を殺すの?」

川 ゚ -゚)「……」

 言葉に詰まるクー。ツンの表情は酷く悲しそうだった。
 彼女の長い睫毛が震えていることに気付いたクーは一度閉口し、更には瞼を伏せる。
 刹那して呼吸を整えたクーは、ツンへと諭すように言葉を紡いだ。

川 ゚ -゚)「……お嬢様。国とは、国家とは……人々の住まう家を言います」

ξ゚ -゚)ξ「家……?」

川 ゚ -゚)「はい。現状、大英帝国は嘗ての割拠の時代とは異なり、ブリテンとアイルランドの併合化に伴い必然的に国民の数が増えました。
     生活は厳しく、先のアイルランド側での飢饉も他人事ではありません。国家とは国民を生かす家なのです。国土、ないし領地拡大拡張化、
     制圧支配を旨とした政略軍略……全ては皆を生かす為に必要なことなのです」

ξ゚⊿゚)ξ「でも……なら、他国を侵略することは相手のお家を壊すことなんじゃないの?
      そこに住む人たちを傷つけて、無理矢理服従させるなんておかしいよ……」

川 ゚ -゚)「……それも必要なことなので御座います。いずれ、クイーンは御自身の御手にて彼の国を統治なされることでしょう。
     その時こそは英国領インド帝国となる……我が国家に連なる存在となるのです、お嬢様」

22 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:32:21 ID:WVkvC8.U0

ξ゚⊿゚)ξ「……そうやって平和をつくるの? それは正しいことなの?」

川 ゚ -゚)「必要なことなのです」

ξ゚ -゚)ξ「……分からないよ、わたしには」

 ツンは瞳を伏せてそう呟く。
 クーはそんなツンの様子を見て如何したものか、と思案するが、結局正しい解は見当たらなかった。

川 ゚ -゚)「……お嬢様。今日の授業はここまでにしましょう」

ξ゚ -゚)ξ「……うん」

川 ゚ -゚)「……お茶を淹れてまいります」

 結局、クーはアフタヌーンティーを用意する為に一度ツンの下を離れる。
 孤独になったツンは自室で何をするでもなく呆けていたが、視線は窓の外に向かっていた。

 首都ロンドン――中央へと向かえば女王の住まうバッキンガム宮殿がある。小高い丘から窺うことは出来ないが、ツンは女王を想った。
 優しく、それでいて強い人――会う度にツンはそう思った。
 言葉を交わした数は少ないが、それでも、幼い彼女にも女王の持つ威厳や風格、王の覇気とも呼べる空気感を理解出来ていた。

 世はヴィクトリア朝とも呼ばれ、後にヴィクトリア女王はインドの制圧が完了すると初代インド女帝を名乗るに至るが、この当時のツンはそれを知る由もない。
 兎角、十九世紀のイギリスは怒涛とも呼べる勢いだった。各国間との軋轢は絶えず続き、常々戦火が巻き起こる。

23 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:33:56 ID:WVkvC8.U0

ξ゚ -゚)ξ「……お父様」

 戦争が勃発すれば軍を動かすのは当然貴族だった。

 貴族とは斯くあり――貴族は働かず、貴族は出歩かず。

 貴族が働く必要はない。
 一代二代程度の男爵、子爵家ならばいざ知らず、侯爵の位を得ているティレル家には収入源は腐るほどにある。
 歴史ある貴族とは数多の土地、屋敷を所有しているのが往々であり、それらを貸し与え、それに対する賃貸料のみで十分に生活は可能だった。

 出歩く必要――皆無だ。
 出歩くとすればそれは貴族足り得ない。

 買い物に出かける――必要もない。
 それらは全て向こうからやってくるのが通常だ。衣服、他様々な美容品に関しても同じだった。

 ましてや学校へと出向く――論外だ。
 専属の講師、教師がつくのが当然だ。

 そんな貴族が働く時と言うのは戦時、ないしは政務等だった。
 後者が労働に含まれるか否かはさておき、政務等でも外出――屋敷を出ることは普通ならば少ない。

 外に出向く時はパーティ等がある場合のみだった。
 その場合もやはり馬車と従者が付き添う。自らの足で街を歩く経験をする貴族令嬢など所詮は子供の時分のみだった。
 そしてその度にパパラッチにすっぱ抜かれ苦心に表情を歪める。

 暮らしに不自由はなく、日々は満たされる思い――ツンはそう思いはするが、けれどもその生活は多くの犠牲の上に成り立っているのだという自覚があった。
 そしてその犠牲を築くのが己の家だと言うことも。

24 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:35:10 ID:WVkvC8.U0



ξ゚ -゚)ξ「いつになったら戦争ってなくなるんだろう」

 そう呟くツンだが、それに対する景色の返答は沈黙だけだった。


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25 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:36:20 ID:WVkvC8.U0

川 ゚ -゚)「失礼いたします」

ξ゚ -゚)ξ「……うん、どうぞ」

 ややもして、先程部屋を出たクーが戻ってきた。
 ワゴンを押しながら入ってきた彼女だが、しかし外の景色を見つめているツンを見て何とも言えない顔をする。

川 ゚ -゚)「……お嬢様、どうぞ」

ξ゚ -゚)ξ「ん、ありがとう」

 だがそんな様子を他所に、クーは紅茶を注ぐとツンへとそれを向ける。
 正面に回り込み、膝を突いたクーを見下ろしたツンは端的に言葉を返すとカップを手に持つ。

 口腔へと内容を含む。午後の茶の文化はこの時代の貴族から広まるが、ティレル家でもそれは通常の景色だった。
 茶を口にしてもツンの表情は晴れない。いつもならば喜んでスコーンやケーキを貪るツンだったが、先のことが関係してか酷く気分は落ち込んでいた。

ξ゚ -゚)ξ「ねぇ、クー」

川 ゚ -゚)「何でしょうか」

ξ゚ -゚)ξ「わたしもいつか、人を殺すのかな?」

26 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:37:43 ID:WVkvC8.U0

 その言葉を耳にしたクーの手が止まる。
 次いで瞳の奥の瞳孔が僅かに開き、それはつまり、彼女なりの動揺を示し、彼女はそれを悟られまいと平静を取り繕った。

川 ゚ -゚)「有り得ません」

ξ゚⊿゚)ξ「私はティレル家の娘だよ?」

川 ゚ -゚)「それでも有り得ません」

ξ゚ -゚)ξ「……それは、いつかわたしの旦那様がすることだから?」

川 ゚ -゚)「……そうです」

 旦那様――いつかはそんな存在がツンにもできる。それは当然のことだが、クーは眉間に皺を寄せ僅かに面を伏せる。
 そんな彼女の反応をツンは見ていない。相も変わらず視線は窓の外へと向かっているからだ。
 ワゴンの傍で操作をしているクーは背から投げかけられた台詞に言葉を返すが、その声がほんの少しだけ震えていたのはクー本人にしか気づき得ないことだった。

ξ゚ -゚)ξ「……お父様を悪く思った時なんて一度もないよ。血の気のある歴史も嫌いじゃない。
      けどその最中に立たされると嫌でも実感しちゃう。わたしも同じなんだな、って」

川 ゚ -゚)「…………」

ξ゚ -゚)ξ「ティレル家は名だたる武家……騎士の家系。戦時とあらば虎口にまっしぐら。
      誰よりも血を浴びて誰よりも血を流す家。ねぇ、わたしも同じでしょ、クー」

27 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:39:12 ID:WVkvC8.U0

川 ゚ -゚)「……いいえ、違います」

ξ゚ -゚)ξ「何でそう言いきれるの?」

川 ゚ -゚)「あなた様は……そうはなりません。マスターと同じくとても愛情深くお優しい心をお持ちになり、更には……他者に対して慈しみの気持ちを向けます」

ξ゚ -゚)ξ「慈しみ……」

川 ゚ -゚)「それは難しいことなのです、お嬢様。人間、生きるとなれば全身全霊で御座います。他者の幸よりも己の幸を優先するのです。
     ですがあなた様は他者の幸も願う。それは普通ではありませんが、それはとても……とてもお優しい気持ちで御座います」

 クーはそう言うとツンの眼前で再度跪き、彼女の手を取る。

ξ゚⊿゚)ξ「クー……」

川 ゚ -゚)「……気安く触れることをお許しくださいませ。しかし、あなた様は酷く悲しんでおられます。あなた様を癒す術を私は存じ上げません。
     ですが、こうすることで……いつの日か言っていたように、私に触れることで安心を得られるならば、私の体温を差し上げます」

 クーの手は酷く冷たかった。おまけに肌は荒れていた。
 しかしその理由も日々忙しなくツンの身の回りの世話をするからであり、ツンはそれを彼女の温もりに触れることで理解する。

 ツンは己を見つめてくるクーの瞳を見つめ返す。
 何を思うのか、何を考えているのかすら窺えないシャロの瞳。
 双眸は揺らぐこともなく、まるで鉄のような、それ程の無機質を思わせた。

28 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:40:25 ID:WVkvC8.U0

 だがそれをツンは気味を悪がったりはしない。
 それがクーだと理解しているし、クーの不慣れな優しさを受け取ったからか、逆に心拍数は跳ね上がり頬に赤が差す。

ξ゚⊿゚)ξ「……ありがとうね、クー」

川 ゚ -゚)「いえ、この程度」

ξ゚⊿゚)ξ「この程度なんて言わないで? 十分安心できたよ」

川 ゚ -゚)「……問題の解決にはなりませんが……」

ξ゚⊿゚)ξ「ううん、それでよかったと思う。これはきっと、わたしが考え続けるべき事柄なんだよ。だからいいの」

 ツンはクーの手を握りしめながら、そして瞳を見つめながら笑みを浮かべる。
 それに対してクーは寡言だったが、瞳の奥で感情を思わせる揺らぎが生まれた。

川 ゚ -゚)「……失礼しました、お嬢様。私の手など……」

ξ゚ー゚)ξ「ふふっ……出過ぎた真似、とか言うつもり?」

川 ゚ -゚)「……はい」

ξ゚ー゚)ξ「前にも言ったでしょ? こうして触れ合えることは嬉しいって。昔みたいに……」

 言葉を呟きかけ、ツンは首を振るう。
 それを見たクーも言葉を失うと瞳を伏せ、静かに立ち上がりツンから手を離してしまった。

29 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:40:47 ID:WVkvC8.U0



ξ゚ -゚)ξ「…………」



川 ゚ -゚)「…………」



.

30 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:41:26 ID:WVkvC8.U0
.
 二人は視線を逸らし、結局、仲睦まじげな空気からどことなく距離のあるような空気となる。

ξ゚⊿゚)ξ「……今日のスコーンはなにかな?」

川 ゚ -゚)「はい。チョコチップ入りで御座います」

ξ*゚⊿゚)ξ「やったっ。大好きなんだ、それっ」

川 ゚ -゚)「然様で御座いますか」

 そうして、無理矢理に取り繕ったツンはクーと午後の茶を楽しむが、二人の表情が何処となく晴れないように見受けたのは、恐らく気のせいではない。





  Break.

31 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/13(金) 23:42:24 ID:WVkvC8.U0
本日はここまで。
スレタイのバグ、のようなものは申し訳ありませんご容赦ください。
それではおじゃんでございました。

32 名無しさん :2019/09/14(土) 09:36:10 ID:1LybgAis0
2作品同時連載すげーな
乙です

33 名無しさん :2019/09/14(土) 17:22:29 ID:OxKQ0i.U0
chromeとかなら問題ないのに専ブラだとやべえ事になる奴な>スレタイ


34 名無しさん :2019/09/16(月) 02:22:42 ID:GTEjhEsE0



 3


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35 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:23:06 ID:GTEjhEsE0

 朝霧に響く音があった。それは連なる三拍子だった。

ξ;゚⊿゚)ξ「わっ、あわっ」

 ロンドン市近郊にある小高い丘の上にはティレル城と呼ばれる城館がある。
 主であるティレル侯爵はこの時分、インドへと渡り戦争の指揮を執っていた。
 一人残された愛娘であるツン・ティレルこそが現状、城主代理だった。

 この日の朝、彼女は馬の手綱を握りしめ広い庭園の景色を駆けていた。
 傍には講師が同じく馬に乗り付け指導を施す。

 時は十九世紀中葉。霧の都と呼ばれた都市は濃い霧に包まれ一寸先も見えない。
 露の結ばれた葉は馬が駆けると雫を垂らし、凪いだ風に答えるように小さく鳴き声を上げる。

ξ゚ー゚)ξ「んっ、よいしょっ……えへへっ。今日も元気だね、バリオス?」

 鬣を撫でつけながらツンは己の白馬に優しい声を紡ぐ。
 牡馬は再度小さく鳴くと速度を緩め、ツンを気遣うようにして静かに歩いた。

 バリオス――ツンの愛馬だった。
 ツンは専ら乗馬が好みだった。
 貴族として馬は当然の嗜みだったが、女性にしては、ツンは珍しく芸術関連よりも馬に執心していた。

 曰く、景色を駆け抜ける速度が病みつき――らしい。
 淑女としてその理由は頷き難いが、父ティレルはそんな彼女の性格をよく知っていたし、そのくらい元気ならば親としても安心だ、と言った。

36 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:23:30 ID:GTEjhEsE0

 普通、貴族令嬢となれば音楽、踊り、芸術等を素養として躾けられる。
 ツンは勉学や芸術はどちらかと言えば苦手としていた。特に数字を見ると昏倒する程だった。

 世界史、他には国史には興味を示すがその程度で、結局、彼女は毎朝の日課としている乗馬を何よりもの楽しみにしていた。
 霧の景色を駆けるツンとバリオス。息はぴったりで、バリオスの様子からしてツンに対する信用信頼は絶対的とも言えた。
 とは言え獰猛な気性でもあり、ツンがその日に跨ると最初は自身の能力を誇示するように大きく動きまわる。
 ややもして満足をすると以降は従順で、ツンはそんな利かん坊なバリオスを気に入っていた。ある意味では似た者同士とも言える。

ξ*゚⊿゚)ξ「よーし、バリオス? あっちに行こうっ」

 元気よく言葉を紡いだツン。指示の通りにバリオスは蹄を鳴らしながら軽やかに景色を走り出した。
 その後を追従するように講師も馬に鞭を打つが、浮かべる苦笑からして、やはりツンの性格には思うところがあるようだった。

 講師の反応は他所に、朝霧に包まれたティレル家の庭園ではツンの可愛らしい声が木霊する。
 そんな可憐な小鳥の囀りを聞くのが侯爵家付近に住まう住民達の一日を迎える儀式でもあった。

 直接に見た数は少ないにしても、毎朝響くソプラノに平民達は頬を緩める。
 ティレル侯爵の一人娘は大層に元気で素直なお方である、と。

 ツンは庶民受けがよかった。
 露出することは滅多にないが、その美貌も含めて人々にはよく注目されていた。
 更には現状、父である侯爵の不在も併せて人々は彼女の胸中に惻隠の情を寄せた。

 侯爵とツンはとても仲睦まじく、理想的な親子とまで言われた。
 そんな愛しの父が戦地へと出向けば当然彼女の内心は穏やかではない。

 ツンは知る由もないことだが、人々は、特に侯爵家の世話になっている者達は屋敷へと訪れると常々彼女に対する言葉を残していく。
 それを託された従者は、或いは、したためられた手紙を手に持ちツンの専属メイドであるクーへと手渡した。

37 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:23:50 ID:GTEjhEsE0

川 ゚ -゚)「…………」

――ツンの部屋にその女性はいた。
 窓辺に寄り添い、外の景色を元気よく走り回るツンとバリオスを見つめている。

 その女性はツンの抱え持つレディースメイドのクーだった。
 彼女は相変わらず寡言で、口を開くこともなかった。

 しかし普段の瞳の色合いと比べて今の彼女の瞳には違う何かがあった。
 それは感情を思わせる色合いで、瞳孔の奥では煌めきが躍っていた。

川 ゚ -゚)「……あまり無茶をさせないでね、バリオス」

 遠くからツンの愛馬へと注意を向けるシャロ。
 当然言葉は届く訳もないが、その言葉の内容は単純にツンを心配してのものだった。

 彼女は現在、ツンの部屋の掃除をしている。
 既に床は終了し、残るはベッドのみとなった。衣服類――ツンが身に纏っていた物も既に他の従者に洗濯をさせている。
 クーは窓に背を向けるとクイーンサイズのベッドへと歩み寄り、天蓋から垂れるレースを手で払い布団へと手を伸ばす。

川 ゚ -゚)「……まだ温かい」

 手を伸ばし、触れると先までここに寝ていた主の体温を感じることが出来た。
 既に朝食後で、ツンの寝起きから幾分か時は経過していたが、それでも温もりは微かに残っていた。

 クーは数瞬動きを止める。そうして何故か俯くが、ややもして息を整えた彼女は再度ベッドメイキングの作業に戻る。
 ツンを包み込んでいたベッドと対峙する。
 シーツを変えそれを折りたたむ。そうすると今度はツンの持つ薫香が解放され、これに彼女は包まれた。

38 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:24:11 ID:GTEjhEsE0

川 ゚ -゚)(……甘い香り)

 ツン特有の香り。それは花蜜を思わせるような悩ましいもので、それを嗅いだクーは再度動きを止める。
 更には瞳は伏し目がちになり、腕の中にあるシーツへと視線は落ちる。
 同時に彼女の鉄面皮に何となし赤の色合いが差した。それに彼女自身が気付いているか否かはまた別としても、彼女の心音は確かに高鳴っていた。

川 - -)「お嬢様……」

 呟き、彼女は腕の中にあるシーツを抱きしめる。その表情は辛そうな、悲しそうなものだった。
 その理由は定かではない。不明だ。だが悲痛な声で主を呼んだ彼女は、確かに意思を持つ、感情を持つ一人の女性だった。

川;゚ -゚)「っ……いけない、私としたことが……」

 それから如何程に時が経過したのか、彼女は正常を取り戻すと顔を上げ、慌てて景色を見渡す。
 相も変わらず景色は無人で、部屋の主も帰還を果たしていない。だが外から彼女の声もしなかった。

 外から声が響かない――それはつまり主が運動を終えたことを意味した。
 彼女は焦燥をする。急いで部屋を飛び出ようとしたが、しかし同時に腕の中にあるシーツの存在を思い出す。

川;゚ -゚)「え、と……あ、うっ……」

 彼女は珍しく狼狽え動揺する。更には混乱し、どうすればいいのか分からなくなってしまった。
 単純に考えて腕の中のシーツを放り出し扉から外に出ればいいが、彼女はシーツを手放せなかった。
 それは決して変態的な意味合いではなく、混乱した彼女の優先順位がごちゃ混ぜになってしまったからだ。

 恐らく既に朝の運動を終えたツンがクーの姿を探しているだろう。珍しく姿を見せない己の従者は何処だろうか、と。
 そうなるといよいよ彼女は急がねばならなかったが、しかし時は既に遅かった。

39 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:24:33 ID:GTEjhEsE0

ξ*゚⊿゚)ξ「――はぁ、楽しかったぁ……あ、クー。ここにいたんだ?」

川;゚ -゚)「お嬢様っ」

 扉を開けて入ってきたのは部屋の主であるツンだった。
 彼女は他の従者に手渡された布で顔を拭きながら満足気な表情で帰還を果たす。
 そうして部屋の中央でシーツを手にしどろもどろしていたクーを発見すると、何ともない調子で言葉を紡ぐのだが――

川; - )「申し訳ありません、お嬢様……私としたことが出迎えの一つもできずっ……」

ξ゚⊿゚)ξ「ん? んー、そんなに気にしなくていいよ? いつもいつも忙しそうだし。だからそんな落ち込まなくっても……」

川;゚ -゚)「いいえ、いけません。レディースメイド足る者、常に主人の傍にて御身の世話を預かり賜るもので御座います」

ξ゚⊿゚)ξ「ん……そうだけど、クーは誰よりもよく働いてるし、今日だってお掃除で忙しかったんでしょう? それに他の人がやってくれたから――」

川; - )「後れを取るなど……最早従者失格で御座います……」

ξ;゚⊿゚)ξ「わっ、わっ、そんなに落ち込まないでっ。いいよ、大丈夫だってばっ。ね?」

川; - )「しかし……」
  _,
ξ;゚~゚)ξ「うーん、相変わらずクーは融通が利かないなぁ……ん?」

 どうしたものか、と悩んでいたツンだったが、今になってクーの腕の中の物に気付いた。

40 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:25:23 ID:GTEjhEsE0

ξ゚⊿゚)ξっ「クー、なんでシーツを抱えてるの?」

川;゚ -゚)「えっ……」

ξ゚⊿゚)ξ「あ、もしかしてそれを洗おうとしてて遅れたの?」

川;゚ -゚)「あっ、いやっ……」

ξ゚⊿゚)ξ「?」

 珍しい動揺を見せるクーに尚更ツンは首を傾げる。
 そうして何故か瞳を伏せたクーだが、次に紡いだ台詞に――

川; - )「……申し訳ありません。その……夢心地で……」

――顔を赤らめて紡いだ台詞に、ツンは尚更訳が分からなくなった。





 Break.

41 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:25:46 ID:GTEjhEsE0



 4


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42 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:26:06 ID:GTEjhEsE0

川 ゚ -゚)「――なりません、お嬢様」
  _,
ξ゚ 3゚)ξ「ぶーっ……!」

 イギリスはロンドン。首都近郊には純白に染まる城館が存在する。
 ティレル城と呼ばれるそこにはツン・ティレル侯爵令嬢が住まう。

 この日、彼女はレディースメイドのクーに我儘を言った。
 その内容と言うのが、市邑を見て回りたい、と言うものだった。

 貴族諸侯の多くは城、或いは屋敷から外へと出ることが少ない。それは無用だからだ。
 必要な物は全て向こうからやってくる。必需品から何まで等しくだ。これにより買い物に出向く必要はない。

 敷地は広く、ティレル城の庭園は丘一面全てだった。湖まであり、クーはこの敷地内を端々までよく歩き回った。
 だが年頃の彼女は常日頃退屈だった。
 勿論忙しない身であるのは変わらない――内容は教育がほとんどで、目覚めてから寝るまでは多くの素養を授けられるが精神的に暇だった。
 本日は芸術の教科を終えた頃、ツンはクーに切り出した。

43 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:26:26 ID:GTEjhEsE0

ξ#゚⊿゚)ξ「なんで外に出ちゃいけないのっ」

川 ゚ -゚)「無用だからで御座います」

ξ#゚⊿゚)ξ「いつもそればっかりっ」

川 ゚ -゚)「外は危のう御座います」

ξ#゚⊿゚)ξ「子供じゃないんだよ? そうそう危ない目になんて遭わないよっ」

川 ゚ -゚)「ご自身の立場をお忘れで御座いますか、お嬢様」

ξ#゚⊿゚)ξ「侯爵令嬢がなんなのっ」

川 ゚ -゚)「あなた様を目当てに何かを企てる輩がいるかもしれません」

ξ#゚⊿゚)ξ「憶測じゃないっ」

川 ゚ -゚)「危機の範疇で御座いますれば。それを排除するのが当然で御座います」

ξ#゚⊿゚)ξ「他のお家の皆も退屈だって言ってたよっ。わたし達はまるで鳥籠の中にいるみたいだってっ」

川 ゚ -゚)「不自由は御座いません」

ξ#゚⊿゚)ξ「でも自由もないよっ」

川 ゚ -゚)「……お嬢様。どうかお聞き分け下さいませ」
  _,
ξ#゚H゚)ξ「むぅーっ……」

 ツンはここ最近こうして駄々をこねた。
 外の景色が見てみたい、街を歩いてみたい、買い物と言うものをしてみたい、と。

44 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:26:46 ID:GTEjhEsE0

 彼女は外の世界に興味津々だった。
 例えば愛馬のバリオスに乗り付けて丘から市邑を見下ろせば羨望の眼差しを向けたし、従者達に今時はどういったものが外で流行っているのかと訊ねもした。

 それを傍で聞き、見ているクーの胸中は複雑だ。己の主が外の世界に興味を示すとあればそれを叶えてやりたいと思う。

 ところがそういう訳にはいかない。
 貴族とは外に出る用事は確かにないが、しかし貴族を目的とする者は少なくない。
 外で何が起こるかは不明だ。ましてや歳若く知識の拙いツンを外へ出すことは尚更難しい。

 こう言う、所謂お嬢様の退屈からくる憧憬は多く見受けられる。
 各家では常々お嬢様方は外の景色に憧れた。お忍びするような真似をする者も少なくはなかった――パパラッチにあうのが往々だ。

 兎角、クーは不機嫌そうにふくれっ面をするツンの前に立つと、それでもいつもの鉄面皮で罷りならぬ、と主の意思を否定した。

ξ#゚⊿゚)ξ「ねぇ、知ってる、クー。外では今、演劇って言うのが流行ってるんだってっ」

川 ゚ -゚)「……お嬢様」

ξ#゚⊿゚)ξ「パンクロフトって言う劇団がねっ、今、ロンドンにきてるんだってっ。すっごく面白いって言ってたっ」

川 ゚ -゚)「お嬢様」

ξ#゚⊿゚)ξ「あとねっ、あとねっ、ボンドストリートにはいっぱいお洋服や装飾品が売ってるんだってっ。今の流行りはね――」

川  - )「お嬢様っ」

ξ#゚ -゚)ξ「っ……」

 珍しく語気を荒げたクー。
 ツンはまるで叱られた仔犬のように面を伏せた。

45 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:27:13 ID:GTEjhEsE0

川 ゚ -゚)「……憎くて言っているのではありません。あなた様のことを想って言っているのです」

ξ ⊿ )ξ「……分かってるよ」

川 ゚ -゚)「どうかご理解くださいませ、お嬢様」

ξ - )ξ「……うん」

 ツンの声色は沈み、悲しみを思わせる。
 それを耳にしたクーは僅かに手に力を籠めたが、相変わらず表情は崩れない。

川 ゚ -゚)「お嬢様……」

ξ ⊿ )ξ「ごめんね……また我儘言っちゃった。分かってる。私はティレル家の娘だから。だから……我慢する」

川 ゚ -゚)「…………」

 無理矢理に取り繕ったその笑顔は正に偽物だった。
 クーはそんなツンを真正面から見つめると何故か一つ咳払いをした。
 そうしてツンの座る前に膝をつくと、瞳を伏せて静かに語り始める。

46 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:27:35 ID:GTEjhEsE0

川 - -)「……今時はカルティエが流行っております。製法は巧みで御座いますので、信頼も間違いないもので御座います」

ξ゚⊿゚)ξ「クー……?」

川 ゚ -゚)「他にも最近ではフランスのエルメスと呼ばれるブランドが次第に人気を博してきているようです。
     わたくしも拝見させていただきましたが、恐らく近い内には世界最高峰のブランドとなるでしょう」

 何を急に――そう思うツンだったが、けれどもクーは口を休めない。

川 ゚ -゚)「劇団は各地を回っておりますが、ロンドンには後一月ほど滞在するでしょう。
     内容は社会風刺などで御座いますが、中々に洒落もきいておりまして、抱腹ものです」

ξ゚⊿゚)ξ「……うん」

川 ゚ -゚)「ロンドン橋の隣で、タワーブリッジと言う橋が建造される予定です。
     ロンドン橋は……見てくれはあれですので、期待したいところです」

ξ ⊿ )ξ「クー……」

川 ゚ -゚)「キューガーデン近くにあるニューンズと言うお店には、メイズ・オブ・オナーと言う伝統菓子があります。
     それは甘くて美味しくて、お嬢様好みの焼き菓子で御座います」

ξ。 ⊿ )ξ「クーっ……」

 ツンは涙を静かに浮かべると、己の前に膝を突くクーを抱きしめた。
 やってきた温もりにクーは慌てる様子はなかった。
 相変わらずツンには触れようともせず、抱き返すこともしなかった。しかし彼女は珍しく優しい声色で言葉を紡いだ。

47 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:28:01 ID:GTEjhEsE0

川 - -)「……お嬢様、どうかお許しくださいませ。あなた様を外に出す訳には参りません。
     ですが……あなた様が望むのであれば、わたくしの知り得る限りのことをお伝えいたしましょう」

ξ。 ⊿ )ξ「うんっ……うんっ……」

川 ゚ -゚)「辛いお気持ちですか」

ξ。゚ー゚)ξ「ううんっ……有難うね、クーっ……」

川 - -)「……畏れ多いお言葉で御座います」

 ツンはクーへと強く抱き付く。
 それを迎え入れたままのクーも、腕に少しの力を銜え、優しく擁するように彼女を支えた。

川 ゚ -゚)「外は多くのものが御座います。そこには魅力的なものも当然あります。
     好奇心旺盛なお嬢様でありますので、それらに興味を示しましょう。御歳もそう言う時期でありますれば」

ξ。゚⊿゚)ξ「うん……」

川 ゚ -゚)「ですが、それと同時に危機は数え切れず、また、やはりよからぬ目を向ける者もおります。そう言ったことも、どうかご理解くださいませ」

ξ。゚ -゚)ξ「……うん」

川 ゚ -゚)「お嬢様。どうかわたくしをお許し下さいませ……」

ξ。゚⊿゚)ξ「クーは悪くないよ。ううん、とっても優しい。ねぇ、もっと聞かせて。お外にはなにがあるの?」

川 ゚ -゚)「そうですね……何から語りましょうか……」

48 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:28:43 ID:GTEjhEsE0

 ツンはクーを椅子へと腰かけさせると、その膝の上へと座る。
 そんな彼女を落とさぬように抱きしめたクーは、ツンの甘い香りと温もりを感じながら悩んだ。

ξ゚⊿゚)ξ「ねぇ、さっきのメイズ・オブ・オナーってどう言うお菓子なの?」

川 ゚ -゚)「はい。メイズ・オブ・オナーはパイのようなものでして、中心にはチーズとカスタードがあります」

ξ*゚⊿゚)ξ「美味しそうだねっ」

川 ゚ -゚)「はい、大変美味で御座います。食感も素晴らしいものです。さくりとしていて、ほわっとして」

ξ*゚⊿゚)ξ「ねぇねぇ、クーっ。それって食べられないのかなっ」

川 ゚ -゚)「お望みとあればすぐにでも手配いたしましょう」

ξ*゚⊿゚)ξ「うん、食べてみたいっ」

川 ゚ -゚)「畏まりました……どなたか、どなたか、至急お使いに出向いてはくれませんか――」

 そうして少しもすれば、午後の茶の席にはメイズ・オブ・オナーを頬張るツンの姿があった。
 そんな彼女の傍で質問を寄越されるクーは、一つ一つを丁寧に答え、優しい時間が流れていた。





 Break.

49 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:29:03 ID:GTEjhEsE0



 5


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50 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:29:25 ID:GTEjhEsE0

 雨の降るロンドン。夜雨に打たれるティレル城では弦を弾く音がある。
 コンサートグランドを撫でつけるように弾くのはクーだった。
 軽やかなハーモニー、そしてメロディから生れ落ちる世界は聴く者の心を澄ます。

 雨粒は窓を叩くのだ。それは彼女の奏でる音楽に身を寄せんとする為だった。
 優しげな囃子を耳にしながらも、しかしクーは指を休めない。

 曲の名はない。即興だった。
 普段から感情を思わせない彼女だが、不思議と音色からは感情が豊かに伝わってくる。

川 - -)「…………」

 瞳を瞑り世界を構築するクー。
 そんな彼女の傍では一人の少女が夢心地のような表情をしてクーを見つめていた。
 少女の名はツン・ティレル。この城館の管理を任されているティレル侯爵の一人娘だった。

 ツンは鍵盤と向かい合うクーを眺めていた。
 その指の動きからペダルを踏む動作の一つ一つに注目する。更に視線はクーの表情にまで向かう。

 まるで絵に描いたような――そう思う程に鍵盤を叩くクーは名画のそれだった。
 見てくれはそもそも佳人だった。しかし普段の鉄面皮が嘘のように彼女の顔には笑みがあった。

 長い睫毛が時折動きを見せる。何を思うのか――本人にしか分からないが、伝う音、そして空気感からツンはクーの機嫌が頗るよいものだと悟る。
 ツンは再度彼女に注目する。クーの長い指が鍵盤を叩く――そのしなやかな指、磁器のような肌の質感、そして艶やかな長い黒髪。

ξ*゚⊿゚)ξ(きれい……)

 美しいと誰もが思うが、アリスは見惚れることすら恥じらう。それ程にシャロの醸す空気は極まっていた。
 頬を赤く染め、蕩けるような瞳でクーを見つめ続けるツンは言葉を失うばかり。しかしツンは心地よさを得た。

51 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:29:49 ID:GTEjhEsE0

 いっそ、外の雨はクーが降らせているものだとすら思った。
 今宵の雨は彼女の音楽と戯れ踊る。
 優しげな旋律はロンドン市を包み安寧を齎す――つまり、ツンはクーのピアノが大好きだった。

川 ゚ -゚)「……このような感じで宜しいでしょうか」

ξ;゚⊿゚)ξ、「あっ……うん、うんっ。すっごくよかったっ」

川 ゚ -゚)「お褒めに与り恐悦至極……」

 が、世界に浸っている合間にクーはアウトロへと移り最後のコードを叩いて了となる。
 唐突に世界が終わったことにツンは呆けたが、しかし普段通りの無表情を装着したクーを見たツンは、少し物寂しくも思ったがクーを褒め称える。

ξ*゚⊿゚)ξ「久しぶりに聴いたぁ、クーのピアノっ。ねぇ、なんであんまり弾かないの?」

川 ゚ -゚)「……畏れ多いことですので。お許しを得たとは言え、わたくし程度の者がグランドサイズのピアノに触れることは憚られます」
  _,
ξ゚~゚)ξ「そんなことないのに……ねぇ、やっぱりクーがピアノをわたしに教えてよ」

川 ゚ -゚)「なりません。専属の講師の方がいらっしゃいます」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「クーのピアノが好きなのに……」

 今宵、ツンは駄々をこねた。その内容と言うのは、久しぶりにクーの奏でる音楽が聴きたい、というものだった。
 これを寄越されたクーは悩む。

 クーは幼い頃からピアノを得意としていたが、大きなピアノに触れることには抵抗があった。経験としてはスクエアが最も親しみがある。
 ティレル家に勤めるようになってから何度か触れる機会もあったが、しかしその度に彼女は何とも言えない気持ちになった。

52 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:30:11 ID:GTEjhEsE0

 荘厳、に足すことの高揚感。
 弦の重さから音の弾み、ボディの材質まで、兎角全てが別次元で、一瞬で彼女はグランドに恋をする。
 だが頻繁に触れることは許されず、また、やはり彼女の謙虚な性格故か己から弾こうとすらしなかった。

 しかしそれでも触れる機会はあった。その理由の全てはツンだった。
 ツンが幼い頃からクーは面倒を見ていたが、ツンは特にクーのピアノに首ったけだった。

 彼女に求められたらクーは断れない。
 だがそれを理由にピアノに触れられるとなると、実のところクー自身も悪い気はしないし、久しく音楽と向き合うと、それは己との対峙にも思えた。
 音楽に生涯を捧げた訳ではなかった。だが命を形成する一つのものとして、クーにとって音楽は欠かせない要素だった。

川 ゚ -゚)「さあ、今宵はこのくらいで」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「えーっ……」

 クーは席から立ち上がりツンへとそう言うが、けれどもツンは物足りていない。

ξ*゚⊿゚)ξ「あ。ねぇ、そうだクー。私が歌うから範奏をお願いっ」

川 ゚ -゚)「歌、で御座いますか」

ξ*゚⊿゚)ξ「うんっ」

 乞われたクーは仕方なしに再度腰かける。

53 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:30:37 ID:GTEjhEsE0

ξ*゚⊿゚)ξ「それじゃあ、いっくよーっ」

川 ゚ -゚)「畏まりました」

 三つの指を立てたツンの指示を見てクーはキーを把握する。
 ジャムセッションだった。Eから始まり、スケールをなぞるクーはなんとなしにツンの音階を把握し、彼女の歌声に添えるように音を重ねた。

 こう言った戯れは初めてのことではない。やはりこれもツンが幼い頃から要求されるものだった。
 空気はカプリッチョ。ツンの性格からして展開は先が読めない。故にクーは変則的な旋律を奏でる。
 それに応えるようにツンも笑いながらソプラノを奏でた。

川 ゚ -゚)(心地がいい……)

 ピアノと戯れる少女の美声――クーは自身の音色ではなくツンの歌にばかり気が向く。
 ハイトーンな、そして甘えるような歌声。幸せそうに笑みを浮かべ踊るツンはクーの舞台を花咲かせる。
 その景色に心地よさを、そして幸福を得たクーは自然と笑みを零す。

ξ゚⊿゚)ξ(楽しいね、クー……)

 クーの表情を見てツンは胸が締め付けられた。頬に熱が差し歓喜が湧いてくる。
 ツンは段々とクーの傍へと歩み寄ると、いつしか互いは互いを見つめ合っていた。

 ツンが微笑む。それにクーは微笑みを返す。
 今宵の舞台に水を差す者は誰もいなかった。窓の外ではロンドンを静寂に包む雨が降り続く。
 二人はこの世界には己達しか存在しないのだと思った。

川 ゚ -゚)「……了、で御座います」

――だがそんな世界もクーの手が止まると消え去る。
 ツンは一つ呼吸を置き、対してクーは瞳を伏せて無感情に言葉を紡いだ。

54 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:31:02 ID:GTEjhEsE0

 二人の距離は近かった。ツンの眼前にはクーの横顔がある。
 ツンは意図せず、無意識のままに彼女の頬へと――クーの頬へと手を添えた。

ξ゚⊿゚)ξ「……楽しかったね」

川 - -)「……はい」

ξ゚⊿゚)ξ「ねぇ。やっぱりクーが教えて。ピアノを」

川 - -)「それはなりません」

ξ゚ -゚)ξ「……どうしても?」

川 - -)「……お嬢様。お手を……」

 クーは未だに瞳を伏せたままだった。その理由はツンを視界に捉えない為だった。
 二人は描かれた景色で存分に互いを見つめ合った。心を交わし、全てが完了した時、そして現実を取り戻した時――クーは胸に苦しみを抱く。

 だがそんな彼女に熱を与えるのはツンだった。その瞳は揺れ、クーはそれから逃れようとする。
 対するツンは双眸を真っ直ぐにクーへと向ける。

ξ゚ -゚)ξ「楽しかったね、クー。まるで昔みたいに」

川 - -)「…………」

ξ゚ -゚)ξ「昔はもっと、わたし達の距離は近かった気がする。もっと……もっと身近で、もっと……幸せだった気がする」

川 - -)「…………」

ξ゚ -゚)ξ「クー。わたしを見てよ」

 その一言にクーの心臓が跳ねる。
 だが瞳は閉ざされたままで、表情にも変化はなかった。

55 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:31:34 ID:GTEjhEsE0

ξ゚ -゚)ξ「手を取って、お膝の上に乗って……昔のままに接しようとしてくれる。でもね、クー。なんで笑ってくれないの」

川 - -)「…………」

ξ゚ -゚)ξ「さっきまで、本当に幸せだった。クーもそうでしょう。笑ってた。前みたいに……笑ってくれたじゃない」

川 - -)「…………」

ξ゚ -゚)ξ「それとも夢だったの――」

川 ゚ -゚)「――夢で御座います」

 クーはツンの手に己の手を重ねると退け、更には無感情な瞳でツンを見つめた。

川 ゚ -゚)「夢なのです、お嬢様。全ては夢。過去は過去なのです」

ξ゚ -゚)ξ「クー……」

川 ゚ -゚)「……夢はいつか覚めるもので御座います」

ξ゚ -゚)ξ「……なら、いつ夢は叶うの」

川 ゚ -゚)「叶いません。夢は見るもので御座います」

ξ - )ξ「っ……」

 ツンの瞳に涙が浮かぶ。

56 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:31:59 ID:GTEjhEsE0

川 ゚ -゚)「さあ、お部屋へとお戻りくださいませ、お嬢様」

ξ。 - )ξ「…………」

川 ゚ -゚)「お嬢様――」

ξ。 д )ξ「クーの夢はいつ覚めたの」

川 ゚ -゚)「――……」

 窓を叩く雨音。
 次第にそれは強まり、ティレル城を包み込んでいく。

川 ゚ -゚)「……とうの昔に」

ξ。 д )ξ「……叶えようと思わないの」

川 ゚ -゚)「…………」

ξ。 д )ξ「ねぇ、クー。いつかわたしも夢から覚めるのかな。このお屋敷から出て、誰かの下にいくんでしょ」

川 ゚ -゚)「……はい」

ξ。 д )ξ「それって幸せなことかな。わたしはずっと夢を見ていたいよ。クーがいれば――……」

――景色には雨音が響くのみ。
 広間では沈黙が生まれ、二人は面を伏せ言葉を失う。

57 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:32:23 ID:GTEjhEsE0

川 ゚ -゚)「……お部屋へどうぞ」

ξ。 - )ξ「……最後に一ついい」

川 ゚ -゚)「なんでしょうか」

ξ。 - )ξ「クーの夢ってなんだったの」

 クーはツンに背を向け先導するように足を運ぶ。
 そんな彼女へと最後の質問を投げかけたのはツンだった。

 クーが振り返ることはない。
 ただ、唇を噛みしめ、悲痛な表情をした彼女は――

58 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:33:03 ID:GTEjhEsE0





川  - )「忘れました」



ξ。; -;)ξ「――っ……」




.

59 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:33:25 ID:GTEjhEsE0



――そう呟き。
 クーの背に立っていたツンは、その言葉を聞いて静かに一筋の涙を零した。


.

60 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:33:52 ID:GTEjhEsE0





 Break.





.

61 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/16(月) 02:34:19 ID:GTEjhEsE0
本日はここまで。
おじゃんでございました。

62 名無しさん :2019/09/16(月) 07:38:01 ID:htPP3AAU0
おつです

63 名無しさん :2019/09/18(水) 17:08:56 ID:03.aCtrQ0
ペース早いし現行他にも持ってるって神かよ
おつです

64 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/19(木) 07:03:39 ID:NAygX1BA0



 6


.

65 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/19(木) 07:04:02 ID:NAygX1BA0

 ツンは夢を見ていた。それは幼い頃の記憶だった。

 当時ツンは未だ齢十にも満たなかった。その頃は父のティレル卿も城館で生活をしていた。
 従者等に愛でられつつ、時に悪戯をしては叱られつつ、けれどもツンは健やかに育った。

川 ゚ー゚)『――初めまして、ツンお嬢様。クーと申します』

 いつかの年の春に彼女はやってきた。優しい笑みを浮かべ、背の低いツンの視線に合わせて屈む。
 長い睫毛、艶やかな黒髪は絹を思わせ、淡い薫香がした。
 何よりもその美貌は比類なき程で、ツンはまるでお人形さんがきたみたいだ、と思った。

 レディースメイドとしてツンに宛がわれたクー。
 ツンは彼女によく懐いた。それと言うのも優しい性格と、何よりも温かな笑みがあったからだ。
 それを向けられ、或いは触れられるとツンは心臓が熱くなる。
 幼いツンにその理由は分からなかったが、しかしツンは自身の感情を大切なものとして認識していた。

ξ*゚⊿゚)ξ『クー、あそんであそんでっ』

川 ゚ー゚)『ふふっ……はい、喜んで』

 クーは当時から言葉数は少なかったが今よりかは喋るし、感情も素直に出していた。
 ツンの願い事には笑顔で頷き、例えば悪戯をされても叱りつけたりはせず、優しくツンの頭を撫でた。

 ティレル卿はそんな二人の様子を知りつつも許容していた。どころか仲睦まじい関係性に安心をした。
 彼女――クーならばツンのよき理解者となり、その分、親身になって教育や躾をこなすだろう、と。
 そして淑女としてツンを導き――ツンが嫁ぐまで、よく尽してくれるだろうと思った。

川 ゚ -゚)『――お早う御座います、お嬢様』

 ある時からクーは笑わなくなった。声も冷淡で感情を見せなくなった。
 ツンは困惑し、何かあったのかと訊ねたがクーがそれに答えることはなかった。

66 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/19(木) 07:04:28 ID:NAygX1BA0

 彼女の変化には城中の者等が戸惑ったが、けれども一年が過ぎ、更に二年が過ぎ――時が経過するにつれ皆の認識は現状のクーで落ち着いた。

 鉄面皮とまで称される無感情な様。
 決して仕事を蔑ろにすることはなかったが、その生き様はある種は機械的であり、誰ぞかは産業、工業革命の見本だと揶揄した――この者はツンに解雇を告げられた。

 兎角、クーはとある時期を境に人が変わってしまった。
 ツンは大好きだった彼女の笑みを見ることが出来なくなった。それに対する悲しみは深く大きい。
 記憶の残滓――否、それは宝物。最早彼女の笑みを見ることが叶うのは夢の中だけだった。

ξ ⊿ )ξ(どうして。どうしてなの、クー)

 理由は不明――ではない。本当は理解をしていた。
 しかし未だ本人から真意を確かめたことはなかった。

 二人には秘密があった。それは愛しの父に対しても言えないことだった。
 だがそんな秘密は時の経過と共に追憶の断片と化す。

ξ ⊿ )ξ(夢……夢なんだ。本当に見ることしか出来ないの……?)

 夢は叶えるものではなく見るもの――クーが口にした台詞を思い出す。
 その言葉は夢の世界に響き、景色に映るクーの笑みを掻き消していく。

 それにツンは焦燥し、クーの笑みを護ろうとした。小さな手足を動かして響きが掻き消す笑みを追う。
 だが追えども追えども景色は崩れるばかり。次第に辺りには虚無が広がり、ツンは立ち竦んだ。

ξ ⊿ )ξ(追っても追っても……追いつけない。なんでなの……)

 それが夢――叶わないものだとツンは理解をしていた。だがそれでも諦めたくはなかった。
 景色に再度クーの笑みを取り戻そうとする。だが恐ろしいことにツンはクーの笑みを忘れてしまった。

67 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/19(木) 07:04:58 ID:NAygX1BA0

ξ; ⊿ )ξ(やだ……やだよっ。笑ってよ、クーっ……)

 景色が暗黒に支配された。何も響かず、何も生まれず。
 ツンは蹲り、涙を零して記憶に縋る。

 愛しきその景色を――未だクーが優しく笑ってくれた日のことを思い出そうとするが、いつしか夢は覚める。
 去来する景色は色褪せ、時の経過と共に形を失っていく。
 ツンは己の中の何かが奪われた気分だった。それを失う訳にはいかないと必死になる。

ξ;⊿;)ξ「――やだよ、いかないでよ、クー!」

――そんな叫びが今朝のツンの目覚めだった。
 外の景色は雨だった。英国は雨が多い。夏とは違い高湿度の冬の時期、冷たい雨が朝の窓辺へとやってくる。
 窓を叩く雨音を耳にし、ツンは忙しく鳴り響く鼓動を静める為に深く呼吸を続けた。

川 ゚ -゚)「――……大丈夫ですか、お嬢様」

 そうしてツンはようやっと彼女の存在に気付いた。それは彼女専属のレディースメイドであるクーだった。
 クーは珍しくその表情を曇らせツンを見つめていた。
 半身を起していたツンは声のする方へと――出入り口の方へと視線を向け、そこに立っているクーを見つけると静かに涙を零した。

川 ゚ -゚)「如何なさいましたか。悪い夢でも……」

 言葉を発することもなく、更には瞬きの一つもせず、まるで壊れてしまったように涙を流すツンへとクーは慌てて駆け寄る。
 そうしてツンを心配そうに見つめるクーだったが――

68 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/19(木) 07:05:19 ID:NAygX1BA0

ξ;⊿;)ξ「ねぇ、クー」

川 ゚ -゚)「お嬢様……」

 ツンは寂しそうに、そして悲しそうに笑みを浮かべた。
 それを目の前にしたクーは視界が揺れ胸が締め付けられる。
 何故ツンがそのような状態になっているのかは謎だったが、しかし精神的負荷は多大なるものだとクーは即座に悟った。

川 ゚ -゚)「お嬢様、すぐに医者を呼びます。少々お待ちに――」

ξ ⊿ )ξ「いかないでっ」

 身を翻し再度表へと飛び出ようとしたクーの手をツンは咄嗟に掴む。
 その力の加減と言えば幼子らしからぬ程で、クーは軽い驚愕をした。

 更には勢い余り、クーはツンに覆い被さるようにベッドへとなだれ込む――否、それはツンが無理矢理にクーを引き寄せ、己の意思でベッドへと招いたからだ。

川;゚ -゚)「…………」

ξ ⊿ )ξ「…………」

 互いの顔の距離は近かった。いっそ唇と唇は触れても可笑しくない間隔で、互いの瞳には互いしか映らない。
 ツンは熱っぽい瞳でクーを見つめる。それに対してクーは毎度のように瞼を閉じようとするが、不思議と閉じることが出来ない。

69 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/19(木) 07:05:41 ID:NAygX1BA0

川 ゚ -゚)「……お嬢様。危のう御座います。無理に引き寄せてはいけません。それにお身体に触れてしまいます」

ξ ⊿ )ξ「…………」

川 ゚ -゚)「……腕を放してくださいませ。これでは外に出られません」

ξ ⊿ )ξ「…………」

川 ゚ -゚)「お嬢様」

ξ ⊿ )ξ「――いや」

 反抗の意思を向けられたクーは面食らう。
 珍しいその態度――それは先までの危うげな空気の所為もあるのかもしれない、とクーは自己完結をする。

 だが未だに不安は残るし、何よりとして理由も経緯も不明なままに現状を見過ごす訳にもいかなかった。
 故にクーはツンの身体に触れないようにしつつ、ベッドに腕を突いて立ち上がろうとするのだが――

ξ ⊿ )ξ「だめ」

川;゚ -゚)「っ……」

 今度はツンの腕がクーの首へとまわされ、より一層互いの距離は狭まる。
 ツンの自重を受けクーは立つことがかなわなくなる――どころか既に密着していた。
 互いの体温を感じる。吐息は互いの頬を撫で、互いの持つ香りが入り混じる。

70 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/19(木) 07:06:04 ID:NAygX1BA0

ξ ⊿ )ξ「覚えてる、クー」

川;゚ -゚)「…………」

ξ ⊿ )ξ「わたしは忘れた日なんて一度もない。あの日々を……毎日笑ってくれてたクーのことを。そして――」

 一度言葉を切ったツンは再度息を吸うと残りの言葉を紡いだ。

ξ。 ⊿ )ξ「――……好きだって……言ってくれた日のこと」

――ツン・ティレル嬢と寡言なクーには二人だけの秘密があった。
 それが全ての原因となり、それ故に互いは距離をおき――ツンはそれでも尚とクーを求め、クーは仮面を身に着けツンから距離を置いた。

71 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/19(木) 07:06:32 ID:NAygX1BA0




ξ*^ー^)ξ『好きだよ、クーっ』


川 ゚ー゚)『私も大好きですよ……ツンお嬢様』




.

72 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/19(木) 07:06:52 ID:NAygX1BA0



 ティレル城と呼ばれる城館には見目麗しき少女と乙女がいる。
 少女の名はツン・ティレル。乙女の名をクーと呼んだ。
 主従の関係にある二人だったが、二人はお互いが、初恋の相手だった。


.

73 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/19(木) 07:07:23 ID:NAygX1BA0



 Break.


.

74 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/19(木) 07:07:45 ID:NAygX1BA0



 7


.

75 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/19(木) 07:08:08 ID:NAygX1BA0

 少女と乙女の関係は曖昧だった。それが恋仲かと問われたら明確なものはなかった。
 ただ、両者は互いに通常とはまた違う感情を抱いていたのは事実で、少女も乙女も、互いは恥じらいつつも、それでも気持ちを互いに向けていた。

 一種は友情関係の延長のようなものと言えた。
 少女が歳若いこと、そして乙女が恋愛経験に乏しいこともあったが、二人はそれが愛なのかすら理解出来ていなかった。
 好意には様々な形がある。結局、お互いがそれを初恋だと理解したのは関係が壊れてから――互いが距離をおいてからのことだった。

ξ ⊿ )ξ「クー……」

川;゚ -゚)「…………」

――クーを抱き寄せるのはツンだった。外では相も変わらずに雨が降り続ける。
 朝のティレル城は静かだった。物音の一つもせず気配もない。

 肌寒い気温の中、それでも二人は熱を抱き顔は火照る。
 ツンはクーを逃すまいと見つめ、クーは必死で瞳を閉じようとするが何故か閉じることが出来ない。

 ツンに呼ばれたクーは返事をすることはなかった。
 それは一つの反抗の意思で、つまりはこの状況を受け入れるつもりがないと言外に伝えている。
 だがツンはそれも構わないとばかりに更にクーを抱き寄せる。密着すると互いの体温がいよいよ重なった。

ξ ⊿ )ξ「……温かいね、クー」

川;゚ -゚)「…………」

 ツンの体温は低いがクーの体温は高い。
 両者の体温が交わるとそれは丁度良い塩梅だった――が、クーの胸中は穏やかではない。

76 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/19(木) 07:08:31 ID:NAygX1BA0

 表情は平時の如く鉄のそれだったが、眉を寄せ、頬を染めるその表情は佳人そのものだった。
 月花も恥じらうその様子にはたちまちツンも虜となり、蕩けた眼でクーを見つめる。

ξ ⊿ )ξ「抱きしめて、クー」

川;゚ -゚)「お嬢様……」

ξ; ⊿ )ξ「命令だよ……ねぇ」

 令となれば従わぬ訳にはいかない――だがクーは戸惑い、その震える腕をぎこちなく動かすのみだった。

 対するツンはその様子に文句を言うでもなく、けれども待ち望むような顔をして彼女の抱擁を今か今かと夢見ていた。
 ツンは口元をクーの首へと埋め、クーの香りを聞(き)く。
 クー特有の果実然とした薫りにアリスは脳を掻き乱され、次第に吐息が荒くなる。

 首元に寄越される熱い息にクーの心音は跳ねるばかりだった。
 視線を下ろせば、そこには仔犬のような上目使いで見つめてくるツンがいる。

 クーの動悸は急き、ともすれば呼吸が乱れる。
 如何に鉄面皮と称される彼女でも、主人の乱れる様と対すれば平常心は消え去る霞の如くだった。

川;゚ -゚)「……聞けません」

ξ; - )ξ「ダメ……ダメだよ、クー……」

川;゚ -゚)「お嬢様っ……」

ξ; д )ξ「抱きしめてっ……」

77 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/19(木) 07:08:54 ID:NAygX1BA0

 唇と唇が触れる距離――触れずとも伝わるのは熱情であり、駆り立てるそれは容易にクーを狂わせる。
 箍と呼ばれるものがあるとすれば、今この時こそ彼女の制御は解き放たれた。

ξ; ⊿ )ξ「あっ――」

 クーは震える腕でついにツンを抱きしめた。
 柔らかくしなやかな体躯、細い肢体。齢十三歳のツンの情報が触れることにより明確になる。

 肌は瑞々しく薄らと汗が浮く。興奮の作用もあってか若干上気し、心音は大きく響く。
 漏れた甘い声はクーの耳朶を濡らし中耳を突き抜け脳へと突き刺さった。官能、かつ扇情的な響きは思考を鈍らせていく。

川; - )(私は、何をっ……)

 正常な部分が自身に問いを向ける。が、それに対する返答はない。
 クーはその事実に驚き、いよいよ気でも違えたかと叫び散らしたくなった。

 だが本能こそが彼女をそうさせた。
 彼女が今に至るまでどのような想いを秘めていたのか――それは未だに定かではない。
 しかし、例えばツンのベッドシーツを抱きしめたり、或いは彼女の残り香に浸ったり、ともすれば体温を求めたのは事実だった。そう言った事実こそが全てを物語る。

 対してツンは長い睫毛を震わせ、更には涙を結び静かに笑みを浮かべた。
 その腕はいつのまにかクーの首元から離れ、背を抱きしめると離さぬように擁する。

ξ - )ξ「ずっと……こうしたかったっ……」

川; - )「っ――……」

 ツンの台詞にシャロの視界が揺れ、まるで鈍器で殴られたような感覚を得た。それは衝撃的な言葉だった。

78 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/19(木) 07:09:15 ID:NAygX1BA0

川; - )「……友情の台詞ではないのですか」

ξ ⊿ )ξ「……そんなのじゃないもん」

 幼い彼女に恋心というものが理解出来るのか――そう、クーは内心で思っていた。
 昔、互いが交わした愛の言葉は友情のそれと同義だろうとクーは結論付けていた。
 ところが今の台詞は恋情を意味する台詞だった。

川; - )「お嬢様。あなた様は勘違いをしています。私は……女です。あなた様と同性なのです。ならば抱くのは愛情ではなく――」

ξ ⊿ )ξ「だからなに?」

 言葉を遮るツンは再度クーの顔へと急接近する。
 迫ったツンの表情は真剣そのもので、クーは初めて垣間見るその表情に、まるで歳不相応な雰囲気に完全に呑まれた。

ξ ⊿ )ξ「もう誤魔化すことなんてできないよ。ねぇ、クー。ずっとずっと……好きだった。クーもそうでしょ? 何も可笑しくなんてないよね?」

川; - )「お嬢、様……」

ξ ⊿ )ξ「普通だとか、一般的だとか……わたしの立場が特別だとしても。
       それでも誰を好きになったっていいはずでしょ。わたしが誰に恋をしたって、わたしの自由でしょ」

 ツンの様子は一種の暴走状態にも等しかった。だがそれもある意味では仕方がなかった。
 ある日突然クーの態度は変わり、以降互いの距離感は詰まることもなく、また、以前の時のような友人関係らしいものもない。
 結果としてツンは愛しい日々を失ったと言えた。

 だが昨夜のことだ。
 クーが口にした台詞――夢は見るものであり叶わないものと言う台詞。そして、己は夢を忘れてしまったと言う台詞。
 それがツンを極限まで追い詰め、覚醒へと導いた。
 最早止まる術もなく、また、止まる気もないツン。そんな彼女はクーの唇へと迫る。

79 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/19(木) 07:09:37 ID:NAygX1BA0

ξ ⊿ )ξ「いつか……いつか夢を見ることが出来なくなるとしても。それでも、好きな気持ちに嘘はつけないよ。
       夢を叶えたいと思うのは悪いことなの?」

川; - )「ダメですっ……お嬢様、それだけはっ――」

ξ ⊿ )ξ「思い出させてあげる。一緒に夢を見て、そして叶えよう、クー……」

――朝のティレル城は雨に濡れる。梢には身を寄せ合う番の鳥が朝焼けを待ち望んでいた。
 だがこの日の雨は止まない。何故ならば雨は恋をするからだ。

80 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/19(木) 07:10:01 ID:NAygX1BA0



「んっ……」



ξ*-(゙ ; 川



「んっ――」


.

81 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/19(木) 07:10:22 ID:NAygX1BA0



 口付けを交わす二人を、せめて夢の心地のままにと。
 雨は降り続け、そうして秘めた愛を静かに見守り、静寂にて乙女達を祝福した。


.

82 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/19(木) 07:10:42 ID:NAygX1BA0





 Break.




.

83 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/19(木) 07:11:17 ID:NAygX1BA0
本日はここまで。
また週末にでも投下しようと思います。
感想等もありがとうございます、とても嬉しいです。
それではおじゃんでございました。

84 名無しさん :2019/09/19(木) 21:25:25 ID:pqT3wFek0
otu

85 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/21(土) 14:45:50 ID:0IXk6Jtg0



 8


.

86 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/21(土) 14:46:13 ID:0IXk6Jtg0

 クーがティレル家にきたのは凡そ八年前。
 彼女は百姓の生まれで代々ティレル家の世話になっていた。そんな彼女は奉公としてティレル城の門戸を叩く。
 その美貌を見たティレル侯爵は彼女を気に入り、一年もしない内に彼女をツン専属のレディースメイドへと任命する。
 元よりレディースメイドは歳若い女性に任されるが、クーの場合、この時分まだ十代だった。
 予想外の出世に彼女自身大層に驚愕をしたが、しかしその驚愕を遥かに超える衝撃こそがツン本人を前にした時だった。

ξ゚⊿゚)ξ『あなたはだぁれ?』

 彼女と初めて対面した時、クーは言葉を失った。
 幼いにしても既に片鱗を思わせるのだ。将来は花も恥じらう佳人のそれになると。そして同時に鼓動が忙しくなった。

川;゚ -゚)(なんと可憐なっ……)

 両者の歳の開きは十と幾つか。更には同性な上に主従の関係になる。
 だがクーはそんな事実は他所に胸に淡い気持ちを抱いた。あどけない笑みを寄越されると顔を赤く染め上げた。

ξ゚⊿゚)ξ『あなたがわたしのメイドさん?』

川;゚ -゚)『あっ……は、はいっ』

 呼ばれ、情けのない返事をするクー。
 しかしツンはそんな反応に笑う。

87 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/21(土) 14:46:36 ID:0IXk6Jtg0

ξ^ー^)ξ『くすくすっ……ねぇ、よろしくね、メイドさんっ』

川;゚ -゚)『はいっ、お嬢様っ』

ξ゚ー゚)ξ『おなまえはなんていうの?』

川;゚ -゚)『クーと申しますっ』

 てんやわんやとするクーだったが、そんな彼女へと近づいてきたツンは己の小さな手を伸ばす。
 それをクーは呆けたように見つめるのだが――

ξ゚ー゚)ξ『あくしゅっ』

川;゚ -゚)『へっ』

ξ゚⊿゚)ξ『だめ?』

川;゚ -゚)、『あっ、いやっ……』

 思わぬ行動に面食らうクーは、それでも求めに応じてツンと握手を交わす。
 その小さな手のひら、更には柔い感触にクーは今一度ツンの歳を理解する。更には遅い実感が湧いた。

川 ゚ -゚)(……私がこのお方の支えになるんだ)

 従者としてツンを支え、彼女の生活全てを充実させるべく――彼女に何もかもを捧げ、彼女の幸福の為に身を粉にするのだ、と。
 庇護欲と責任感の板挟みになったクーだったが、けれども不思議と彼女はその状態に心地のよさを覚えた。

88 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/21(土) 14:46:56 ID:0IXk6Jtg0



 先のツンの暴走から一日が経過した。
 その日の午後、クーはアフタヌーンティーの準備をしながら過去の出来事に意識を向けていた。
 初めてツンと対面した時の気持ちを思い出し、彼女は深く溜息を吐く。
 決してやましい想いがあった訳ではなかった。従者としての責務を全うせんと心に決めた誓いの時だった。

川 ゚ -゚)(どうしてこんなことに……)

 昨日ツンに口付けを寄越されたクーはその日一日気が気ではなかった。
 例えば皿を落としたり、躓いて尻を突いた。他の使用人達は珍しい彼女の様子に如何したかと問いを向けたが、それに対してもクーは適当な返事しかしなかった。

 更に上の空だったのはクーのみならず、問題の張本人であるツンもだった。
 食事の際はフォークとナイフを逆に構え、クーとの授業となると常々顔を赤く染め上げまともにクーを見ようともしなかった――これはクーも同様だった。

 今朝なんぞは久しく落馬をした。
 落馬と言えども振り落された訳ではない。跨る寸前にずり落ちた。
 これには講師だけでなく愛馬であるバリオスすらも驚き、本日の乗馬はその瞬間に取りやめとなる。

川 ゚ -゚)「あ……」

 クーの深い溜息が静寂に染まるが、その時になってようやく彼女は準備が完了していることに気付いた。
 何をしているのか、とクーは自身に苛立つ。
 今の今迄従者のそれとして相応に生きてきたつもりだった彼女だが、今の彼女はまるで素人同然だった。

川 - -)(……気を引き締めなさい、私……)

 そう発起するも昨日の口付けを思い出すと再度顔は赤く染まり視界が揺れる。
 堪らずに自身の頭を叩いた彼女はその映像を掻き消そうとした。
 果たしてそれに効果はなかったが、ある程度の冷静さを取り戻した彼女はワゴンを押して主人の部屋へと向かった。

89 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/21(土) 14:47:19 ID:0IXk6Jtg0

川 ゚ -゚)「……失礼します、お嬢様」

ξ;゚⊿゚)ξ「えっ、あっ……うんっ……」

 戸を叩き主人の――ツンの返事を待つ。
 返事がくるまでにかかった時間は凡そ十秒。何をそうも戸惑うのか――それはある意味では明確なものだった。
 しかしクーは問いを向けることはせず、静かに扉を開くとワゴンと共に入室を果たす。
 そうしてソファの上で何故か正座をしているツンを発見すると、何故か彼女も動きがぎこちなくなってしまった。

川 ゚ -゚)「……お待たせいたしました、お嬢様」

ξ;゚⊿゚)ξ「う、うん……」

 ツンの様子は端的に申してらしくない――どころの騒ぎではなく、また、昨日の様子から比べると非常に不自然だった。
 つまり、彼女は振り返るとようやっと自身の仕出かした所業に自責と後悔を抱いた。
 クーと口付けを交わすまでの記憶は曖昧で、自己と呼べるものを取り戻したのは情熱を交わした瞬間だった。
 結局、二人は言葉を失ったままに自然と離れ、以降は普段通りに徹しようと互いに努力をしたが、それは下手な役者の芝居だとか演技にも等しかった。

ξ;゚⊿゚)ξ「き、今日のスコーンは……」

川 - -)「……こちらのクリームとクランベリージャムにて御堪能なさいませ」

ξ;゚∀゚)ξ「わ……わーい、わたしクランベリー大好きー……」

 瞳を伏せて説明をするクーに対しツンはしどろもどろだった。
 スコーンを手に取りジャムを乗せ、更にクリームを添えようとするが、何を思ってかクリームの行方は紅茶の中だった。
 だがアリスは構わずにクリーム仕立ての紅茶を口腔へと含み、妙な食感(テクスチャ)を味わいながらにそれを飲み込む。

90 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/21(土) 14:47:41 ID:0IXk6Jtg0

ξ゚⊿゚)ξ「あ……そっちのケーキって……?」

川 ゚ -゚)「如何なさいましたか」

ξ゚⊿゚)ξ「あ、ううん、その……まだ切り分けてないんだなっ、て」

川;゚ -゚)「――……っ」

 ツンの視線が向かった先にはホール状のケーキがある。
 フルーツを大量に散りばめられたケーキを見てツンの胃が急速に動きをみせたが、しかし珍しいことにカットの一つもされていない。
 よもやこの場で切り分けるつもりか、とクーを再度見つめたツンだが――
  _,
川 ///)「……申し訳ありません、お嬢様……」

 彼女は顔を真っ赤にすると、急いでナイフを手にケーキを切り分け始める。
 その様子を見たツンは何故だか安心をする。緊張をしていたのは、普段の通りにできないのは己だけではないのだ、と。
 彼女も緊張をしてくれている――己に意識を向けてくれているのだと、そう理解をする。

ξ゚ー゚)ξ「……ふふっ」

川 ゚ -゚)「……? 如何なさいましたか」

ξ゚ー゚)ξ「ううん。ねぇ、クー?」

川 ゚ -゚)「何でしょうか」

ξ^ー^)ξ「……好きだよ」

 凛と響いたのはシルバーが落下した音だった。
 クーは目を見開き動きを止めた。
 それを見つめるツンは顔を真っ赤にしつつも、けれども、してやったりと言った表情。

91 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/21(土) 14:48:03 ID:0IXk6Jtg0

ξ゚ー゚)ξ「……ふふふっ。可愛いね、クーは」

川 ゚ -゚)「……お遊びが過ぎます、お嬢様」

ξ゚ー゚)ξ「怒る?」

川 ゚ -゚)「怒っています」

ξ゚ー゚)ξ「どうする?」

川 ゚ -゚)「…………」

 結局、クーは数瞬考えたが名案は浮かばず。
 兎角としてシルバーを回収すると平常心を取り戻し、そうして若干不機嫌そうな顔でツンを見つめると改めて紅茶を注ぎ――

川 ゚ -゚)「ところでお嬢様」

ξ゚⊿゚)ξ「え? なぁに?」

川 ゚ -゚)「頬にクリームがついております」

ξ゚⊿゚)ξ「頬? どこ――」

 そのしなやかな指をツンの頬へと伸ばし、乳白色のクリームを掬い、己の口へと運ぶ。
 はしたない云々と言えたらどれだけよかったことか、ツンは再度顔を赤熱に染め上げると口を幾度もまごつかせるばかり。

92 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/21(土) 14:48:43 ID:0IXk6Jtg0


川 ゚ -゚)「美味に御座います」

 昨日の仕返し――久しく感情を見せたクーに対しツンが怒ることはない。
 ただ、彼女の気持ちと己の気持ちは同じ尺度だと、そう理解をし、やはり照れ臭そうに笑んだ。




 Break.

93 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/21(土) 14:49:04 ID:0IXk6Jtg0



 9


.

94 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/21(土) 14:49:26 ID:0IXk6Jtg0

 幼い頃からツンにとってクーは特別な人物だった。
 身の回りの世話の全ては彼女が済ませ、寝起きから寝入りまで常に傍に控える。
 時に下らない話題に花を咲かせ、或いは彼女の語りにツンは頬を綻ばせる。
 そんな様々がある中、特にツンはクーのピアノが大好きだった。

ξ*゚⊿゚)ξ『クーはピアノがじょうずだねっ』

川 ゚ -゚)、『そんな、わたくし程度……』

 クーは毎度そう言うが、けれどもその腕前は熟練に達する域で、結果的に彼女の評価はツン以外の者等からも高かった。
 一度はとある催しの際に演奏を、とティレル侯爵に願われたが、彼女はこれを慎んで辞退した。

ξ゚⊿゚)ξ『ねぇ、なんでそんなにじょうずなの?』

川 ゚ -゚)『何故、で御座いますか……?』

 ツンの問いにクーは少々悩む。
 この頃のクーは感情が豊かで、悩む素振りも分かりやすい方だった。
 顎に手を添え宙へと視線を泳がせ記憶を漁る。そんな彼女の膝元ではツンが急かすように彼女の胸元を手で引いた。

川 ゚ -゚)『……それしかなかったから、でしょうか』

ξ゚⊿゚)ξ『それしかない……?』

川 ゚ -゚)『はい。お恥ずかしながら、実家は田舎の方でして……することと言えば川で遊ぶとか、野を走り回るとか、そう言うくらいのことしかありませんでした』

ξ゚⊿゚)ξ『へぇー……』

 川で泳ぐ、或いは野原を駆け回る――そう言ったことをツンはしたことがない。故にその内容が理解出来なかった。
 だが、何となしそれは本来の子供らしい遊び方なのだろうな、と彼女は悟る。

95 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/21(土) 14:49:46 ID:0IXk6Jtg0

川 ゚ -゚)『わたくしは運動は苦手でしたから、基本は家の中で過ごしていました』

ξ゚⊿゚)ξ『そうなんだ』

川 ゚ -゚)『はい。それで、我が家にはスクエアピアノがありまして……それをよく弾いておりました』

 幼い頃からクーにとっての遊具はピアノだった。鍵盤に触れるとその日一日は延々と指を走らせ音を奏でた。
 彼女の両親曰く、その姿はピアノの亡霊然と言った具合だったが、今となっては彼女の誇れる特技となった。
 とは言え彼女の性格は謙虚であるので、それを誇示するだとか、或いは自慢気に語るでもない。頼まれたらば弾くが自発的にピアノの前に立とうとはしなかった。

ξ゚⊿゚)ξ『そっかぁ。クーはお家でピアノをずっと弾いてたんだねぇ』

川 ゚ -゚)『はい。とは言え、スクエアサイズですから……このようなグランドサイズとは比較にならない程粗末なものですよ、お嬢様』

 音の鳴り――それを構成する木材から弦の長短、更には調律を取ってしても比肩することが烏滸がましい、とクーは恥ずかしそうに語る。
 だがツンはそれを笑うでもなく、クーのその表情――懐かしむような顔つきを見ると興味を抱いた。

ξ゚⊿゚)ξ『……クーの宝物なんだね?』

川 ゚ -゚)『そうですね……おそらく、そう呼べるのかもしれません』

ξ゚⊿゚)ξ『そっかー……ねぇ、クー』

川 ゚ -゚)『なんですか?』

 名を呼ばれたクーはツンを見やる。

96 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/21(土) 14:50:06 ID:0IXk6Jtg0


ξ*゚⊿゚)ξ『そのピアノの音、いつか聴いてみたいなぁっ』

 この時、ツンが彼女に恋をしていたかは謎だった。
 だが、クーを構築する上で――彼女が今に至るまでに築いた歴史の中、それは欠かせないものだとツンは幼心ながらに理解する。
 そうして思うのだ。いつかこの目で彼女の宝物を直接に見てみたい、と。
 そして願わくば、そのピアノを奏でるクーの姿が見てみたい、と。

97 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/21(土) 14:50:27 ID:0IXk6Jtg0



 冬も中ごろの時期、ティレル家の使用人達は暇をもらうと一時の帰省をする。
 長い者では一月は留守にするが、これをティレル侯爵は咎めもせず、寧ろ休暇なのだから存分に休むべきだと皆に伝えていた。

 半数がティレル城から姿を消すと、広い城館内はどことなく物寂しい景色となる。
 この日、ツンは人を伴わずに回廊を歩いていた。響く自身の足音を耳にしながら彼女は適当に足を進める。
 特に目的はない。単なる暇潰しだった。

ξ゚⊿゚)ξ「お昼のお勉強も済んだし……夜までなにしよう?」

 先まで国史の勉強をしていたツン。凝った首を解すようにまわし、伸びをすると窓辺へと歩みを進める。
 開け放たれた窓からは丘の景観を一望できる。本日の天気は快晴で、煩わしい湿度も鳴りを潜めていた。

 丘の道では百姓らしき者等が荷馬車を駆り都市へと出向く最中だった。
 その様子を頬杖を突きながら眺めていたツンは穏やかな景色に何となし気が抜けた。

ξ゚⊿゚)ξ「……お外かぁ」

 未だに憧れはある。だが再度駄々をこねてクーを困らせることこそが問題だ、と彼女は自身を強く律した。
 誇り高きティレル家の息女。いい加減自覚を持ち相応に生きねばならないのではないか、とツンはそんなことを思いもした。

ξ-⊿-)ξ-3「……はーあぁ……」

 が、彼女はそれを悩みとはしなかった。外への憧憬は割り切った問題だったからだ。
 それよりも何よりも、先もそうだが、ツンは真っ先にクーのことを思い浮かべるくらいに彼女のことばかりを考えていた。

98 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/21(土) 14:50:49 ID:0IXk6Jtg0

ξ゚ -゚)ξ「……どうしたらいいんだろう」

 口付けを交わし、本心を伝えた日から二人の関係はぎこちないままだ。
 先日のクーの仕返しの一件から大分緩和した空気にはなったが、けれども互いは強く意識をしてしまったが為に元のようにはいかない。
 何よりとしてツンは自身の暴走行為――クーを褥に引きずり込んだことそのものを悔やみ、または羞恥が晴れないままだった。

 はしたないどころの話ではなく、ましてや歳若い乙女が、如何に恋心を寄せ、その焦がれるような気持ちを抑えきれなかったとて無理矢理にも等しい形で襲った事実。
 クーはあの日のことをどうこう言うことはなかったが、それが返ってツンの心を苦しめた。

ξ゚ -゚)ξ「何で何も言ってくれないんだろう……」

 例えば拒絶の意思を示されるならそれもよかった。それも一つの答えであり、それを寄越されたら頷く他にないからだ。
 最上の答えとしては愛を以ってしての返答だが、それを想像するだけでツンの顔が赤く染まる。

 が、かぶりを振ったツンはそれらのどちらも存在しない事実を思う。
 決して蟠りがある訳ではない。だが相手にされていないような気もした。

 反応の一つ一つ――照れたり恥じらうクーの様子を見れば何となしに彼女の胸中も見えてくるが、果たして言葉で伝えられることはなかった。
 歯痒いような、或いは苦しいような気持ち。空の模様とは反して、彼女の心は曇った。
 それは苦しみではなく悶えるようなもので、つまり、恋煩いと言うやつだった。

ξ゚⊿゚)ξ「……クーのばーかっ……」

 そう零したツン。
 報われるかどうか以前として、やはり乙女である故に答えが聞きたかったし、もしも同じ気持ちであるならば、やはりその言葉が聞きたかった。

99 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/21(土) 14:51:10 ID:0IXk6Jtg0

 あの日の景色――クーを抱きしめ、また抱きしめられた時のことを思い出す。
 感覚は未だに身体に焼き付いたままだった。クーの震えるような腕――それでも強く、優しく包み込んでくれたクーの温もり。
 祈るような、切なくて悲しくて、けれども待ち望んでいたような表情をしていたクー。それを見た時にツンの正常の箍はどこぞへと吹き飛んだ。
 或いは彼女の香り――それは薔薇のようで、ともすれば果実然とした薫香。肌の滑らかさを思い出せば胸が締め付けられ、今一度それらの全てを得て感じたいとツンは思った。

ξ-⊿-)ξ「……私の、ばーかっ……」

 暴走――暴走だった、とツンは後悔をする。
 もしかしたら、クーは本心では嫌がっていて、己に対する態度は傷つけまいとする演技なのでは――そんな風にまで思えてしまう。
 迫られたが故に仕方なく抱きしめ返し、口付けに関しては抵抗の一つも出来なかったから――考えれば考える程に悪い方向へと思考は回った。
 ツンは再度大きく溜息を吐くと窓から身を乗り出し、憎らしい程に快晴な空を見上げた。

川 ゚ -゚)「危のう御座います、お嬢様」

ξ;゚⊿゚)ξ「っ……クーっ……」

 ブルースに染まるツンだったが、そんな彼女へと凛とした言葉が向けられた。
 寄越された声を耳にした途端にツンは緊張の表情を浮かべ、そうして身を正すと回廊の先から歩いてきた者を――クーを見つめる。

川 ゚ -゚)「このような場所で如何様な用事でもあるのですか」

ξ゚⊿゚)ξ、「ん……ないよ。少しぼけっとしてただけ」

川 ゚ -゚)「然様で御座いますか」

 相も変わらずの無感情な表情に冷淡な声色。
 しかしツンは彼女のそれらに嫌な気はしないし、どころか彼女が接近すると不思議と頬が熱くなる。
 そんな表情を見られまいと顔を背けたツン。クーはそれを問うことはせず、再度静かに口を開いた。

100 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/21(土) 14:51:31 ID:0IXk6Jtg0

川 ゚ -゚)「お嬢様」

ξ゚⊿゚)ξ「なに?」

川 ゚ -゚)「いえ、少々お話を」

ξ゚⊿゚)ξ「話?」

 よもやついに返事がもらえるのか――ツンは嬉々とし、心臓の高鳴りを抑えることが出来ない。
 期待に満ちたような、けれども不安をも思わせる表情を作ったツンはクーを真正面から見つめるのだが――

ξ;゚⊿゚)ξ「え? なに、これ?」

 クーは手に紙を持ち、それをツンへと差し出す。
 受け取ったツンは訝しんでその内容を確認するが――

川 ゚ -゚)「少し遅れましたが、明後日には少々お暇を……」

ξ゚⊿゚)ξ「……えっ」

 その内容こそは休暇届であり、そう言えば遅れた時期に毎度クーは休暇をとるのだった、とツンは思い出し。

101 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/21(土) 14:51:56 ID:0IXk6Jtg0


ξ;゚⊿゚)ξ「――えぇええっ!?」

 この苦しみは一カ月も続くのか、と大きく叫んで絶望をした。




 Break.

102 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/21(土) 14:52:32 ID:0IXk6Jtg0
本日はここまで、おじゃんでございました。

103 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/25(水) 18:54:43 ID:sdmVb0Qs0



 10


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104 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/25(水) 18:55:03 ID:sdmVb0Qs0

 いつしかクーはツンに通常とは違う想いを抱くようになった。
 果たしてそれが恋情かは彼女自身には分からなかった。
 そもそもとして彼女は恋愛経験がなかったし、そう言った知識も乏しい。
 結果的に、彼女はその感情を友情と同義のものとして認識した。

ξ-⊿-)ξ『むにゃっ……』

川 ゚ー゚)『ふふっ……よく寝ますね、お嬢様』

 ツンはクーの膝の上をよく占領した。理由は居心地がよく、更には寝心地が最上だったからだ。
 その日もお決まりのように午後の昼寝を堪能するツン。幼い彼女の頭を撫でつつ、クーはツンを観察する。

川 ゚ -゚)(本当に美しいお方……)

 さながらに人形然と言った見てくれ。
 白い肌にブロンドの髪。持ち前の甘い薫香はツン特有のもので、それを聞(き)く度にクーは胸が締め付けられた。
 無防備に寝入るツンだがそれはクーを信頼している証で、クーはその事実に喜びを得つつも、役得である、とツンの寝顔を見ながら密かに思った。

川 ゚ -゚)『……今日はいつ頃起きるのだろう?』

 問いの返事はない。室内には二人きりで邪魔の一つもなかった。
 実を言えばこの一時こそがクーにとっての最上の癒しであり、こうして間近でツンを感じることが出来ると心労の一つも残ることはなかった。

川 ゚ -゚)(……幸せ、なのだろうか)

 それは親しき者と時間を共有することが出来るからか――そう自問するクー。
 ツンへと向ける気持ちは友情の延長か否か。同性であるが故にそれはやはり友情である筈だ、と彼女は自答する。
 だがツンを初めて見た時、そして時を共に過ごすうちに彼女は自覚をする。
 それが普通とは呼び難い、通常とは違う感情であることを。

105 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/25(水) 18:55:24 ID:sdmVb0Qs0

川 - )『馬鹿だなぁ、私……』

 その呟きの意味は何か――気持ちを誤魔化している事実か、或いは許されざる気持ちを持つこと自体にか。
 と言うのは恐らくは考えるまでもなく、つまり、彼女は両方の意味で自身にその言葉を向けた。

川 - )『……ごめんなさい、お嬢様……』

 それは通常ではなく、普通ではない。
 しかしそうだとしても自覚をし、それを認め、受け入れると、最早時は遅い。
 クーはツンの額に静かに唇を宛がう。鼓動は高鳴り瞳が潤む。

川。 - )『好きです……ツンお嬢様』

 その言葉に対する返答は何もない。
 静かな室内にはツンの寝息が響くのみ。
 クーはその虚無こそが救いであり、そして絶望でもあると理解をすると、静かに涙を零した。

106 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/25(水) 18:55:44 ID:sdmVb0Qs0



――荷造りを終えたクーは一つにまとめた鞄を持ち上げる。
 明日には馬車に乗り故郷であるハートフィールドに帰省するところだった。

 久しく見る故郷の景色は如何程か――瞳を瞑り想像するクーだが、彼女の脳内に生まれるのはどこまでも続く草原と田畑だった。

 ロンドンから馬車で凡そ半日の距離。そこにクー邸はある。
 豪農として地元では名の知れる家庭だが、それもこれも全てはティレル家から借り受けている広大な土地と畑のお蔭だった。
 主に麦等を育て、クーもこれの手伝いをよくした。
 今の時分は然程仕事はない為、帰っても仕事を任されることはない――つまりは帰るにはうってつけの季節であった。

 久しく気が休まりそうだ、と思いつつクーは土産の品を幾つか確認し、それもまた別の鞄へと詰める。
 クーに兄弟姉妹はいない。一人娘だった。
 おまけに父と母は年を召しており、そんな両親の口癖は早い所孫の顔が見たい、と言うものだった。

 幾つかの縁あってか見合いをすすめられもしたがクーは全て断った。
 時代からして普通は許されない、と言うよりは親の独断で決まることが往々だが、クーの両親は彼女の意向を第一に考えた。

 兎角、そんな事情等もあるクーだが帰郷には少なからず心が躍る。
 何だかんだで生まれ育った土地と言うのはいいもので、羽を伸ばすには最高の場所と言えた。
 そして悩みを整理するのにも最適と言えた。

川 ゚ -゚)「…………」

 先日、ツンに帰省の旨を伝えると彼女は大層に驚愕をした。
 その表情を見たクーは胸が苦しくもなったが、けれども彼女の反応を無視して場を去る。
 あまりにも急な報せ――明後日には帰ると言う内容だが、これにはクーなりの思惑があった。

107 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/25(水) 18:56:06 ID:sdmVb0Qs0

川 ゚ -゚)(猶予を与えたら、今度は何を仕出かすやら……)

 本来ならば一月前かそれより前もって伝えるのが当然のことだが、先日の一件――ツンの暴走の件を踏まえてクーは今になって許しを乞いに行った。
 もしかしたら再度無理矢理に襲われるかもしれない。
 或いは最悪な予想の範疇としてはクーの帰省を突っぱねたやもしれない。

川 ゚ -゚)(……これでは、まるで逃げているみたいだ)

 それはツンから距離をとろうとするかのようで、無意識のうちにクーはツンを避けていたのかもしれない。
 彼女には決してツンを嫌う気持ちはない。寧ろ尊重遵守の意思しかない。
 だがやはり胸中には煮凝りのようなものがあり、それこそは先の一件が関連する。

 愛を告げられ、唇を奪われた事実。
 命令のままに従いはしたがツンを抱きしめたと言う現実。正気など欠片もなかったが、しかし――

川;- -)(……なんとも、愚かしいな、私は)

――幸せだと感じたのも事実だった。
 クーは湧いてくる感情を抑えるとかぶりを振り、明かりを消すとベッドへと沈む。
 瞼を閉じ頭の中を無にする。静寂に満ちた室内だが、しかし暗がりの世界には彼女の心音が響いていた。
 全てを思い出していた。ツンの温もり、香り、そして感触。

川 ゚ -゚)(柔らかかった……温かかった……)

 胸が締め付けられ呼吸が苦しくなる。次いで顔は熱を持ち汗が浮く。
 寝返りをうち、必死になって興奮を冷まそうとするクー。だが瞼に描かれる景色にはツンの顔が――発情した貌がある。
 あの日の光景はどうあっても掻き消すことは出来ないとは悟ると、いよいよ頭まで布団を被り、そうして夜明けの時まで悶え苦しんだ。

108 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/25(水) 18:56:28 ID:sdmVb0Qs0

――そうして朝になり、クーはティレル城の前に停まる馬車に乗り付ける。
 見送りには複数の仕事仲間が立ち会った。その中にツンの姿はない。
 クーは相変わらずに鉄面皮だったが、けれども景色の中にツンがいないと理解すると、彼女の胸に鈍い痛みが広がった。

川 ゚ -゚)「それでは少々行ってまいります。留守の間、お嬢様のことを宜しくお願いいたします」

 そう言葉にしたクーは頭を深々と下げると馬車へと乗り込むのだが――

川 ゚ -゚)「……?」

 何故か馬車に乗り込んだ時に再度使用人達の顔を見やれば、皆は一同して渋い表情をし、作った笑みを浮かべぎこちなく手を振るう。
 それに疑問を抱いたクーだったが、兎角、御者は馬の手綱を握ると静かに丘の道を走り出し、クーは遠ざかる城を見つめながら帰郷の一時に浸る。

川;゚ -゚)(お嬢様……もしかしてお怒りになったんじゃ……)

 が、浸れはすれど堪能できる程に彼女の精神は落ち着けなかった。その最もたる理由はツンだった。
 普段のツンは、毎年のことならば門まで見送りに駆けつけてくれた彼女なのだが、しかし今年に限っては姿を見せやしなかった。
 思い返せば朝食の時も視線を合わせてくれなかった気がする、とクーは思い返すと、尚更に気分は沈み、深い溜息を吐く。

川; - )(私は……一体どうすれば……)

 封じた気持ち、隠した思い――過去のものが今になって顔を見せようとする。
 それを理解し実感する度にクーは苦しくなり、再度それらを押し返して感情を殺そうとした。
 だが如何に誤魔化そうとも時は既に遅い。
 何故こうなってしまったのだ、己はどうするべきなのか、と思慮を巡らせ旅路の最中に問答を繰り返すのだが――

109 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/25(水) 18:57:05 ID:sdmVb0Qs0

「――あうっ!」

川;゚ -゚)「……へっ?」

 途中、固い地面に乗り上げた馬車だったが、その衝撃に揺れる最中、何故だか聞き覚えのある声がした。
 クーはそれを幻聴だと思った。何せそれは有り得ない声であるので、どうあっても現実には思えなかった。

 だがしかし、今更になってクーは気付く。何故か己の足元に大きな布の袋があることに。
 そんなものを積んだ覚えはなかった。そもそもそんな大量の持ち物を持ってきてはいない。

 やがてはその袋は動きを見せた。もぞり、もぞりと。
 それはさながらに虫がのたうつような見てくれで、クーはそれを黙して見つめると、次第に顔から血の気が失せ、恐る恐ると言ったようにその袋へと手を伸ばす。
 そうして呼吸を二、三繰り返したらば決心をしたように、いざ、その袋を開け放つ――

ξ>⊿<)ξ「――ぷはぁっ! ふえぁっ、苦しかったーっ!」

川 ゚ -゚)「…………」

 そんな中から飛び出て来たのは自身の主であるツン・ティレル嬢。
 クーは硬直し、更には完全に顔面を蒼白にする。
 そうして先程の別れ際に仲間達が見せた表情を思い出し、更にはその表情の意味を理解した彼女は――

川#゚ -゚)「何をしているんですか、お嬢様っ!」

 珍しく声を荒げ、アリスを叱りつけた。




 Break.

110 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/25(水) 18:57:26 ID:sdmVb0Qs0



 11


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111 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/25(水) 18:57:48 ID:sdmVb0Qs0

 ある日を境にクーの態度は急変した。
 元より感情を出すような性格ではなかったが尚更にそれは鳴りを潜め、ツンに対する接し方などは一歩も二歩も引いた感じになった。
 それは従者としては正しい在り方かもしれないが、これにツンは戸惑い、もしや己はクーを怒らせたのだろうかと焦燥を抱いた。

ξ;゚⊿゚)ξ『わたし、なにかした? ねぇ、クーっ』

川 ゚ -゚)『……いいえ。何も御座いません、お嬢様』

 向けられる冷徹な瞳に冷淡な声。ツンにのみ見せた笑顔は仮面に隠れた。
 クーは無感情のままツンにそう告げるのみで、後は通常通りに、従者のそれとしてツンに尽くした。
 以降、二人の関係には隔たりが生まれることになる。

ξ。゚ -゚)ξ『……きらいになったの?』

川  - )『…………』

 果たしてクーはツンを嫌ったのか――それの真相は不明で、ツンは涙目で問いを向ける。
 だがクーはそれに目を伏せると寡言になる。
 無言――それは肯定の意味を含むが否定を意味する時もある。

 答えは存在しないと言外にクーは伝えた。
 幼いツンにはそう言ったやりとりだとかはよく分からない。
 だが空気から伝わるもの――言葉を用意できないクーの様子を察すると面を伏せる。

ξ。゚ -゚)ξ『ねぇ……いいこにしてたら……また笑ってくれる?』

川  - )『…………』

 ツンは勉強が苦手で、得意なことと言えば遊ぶことくらいだった。
 特に誰もツンの性格に口を出すことはなかったが、ツンはその日から筆をとるようになった。

112 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/25(水) 18:58:08 ID:sdmVb0Qs0

 弱音や愚痴を零し、授業が終われば毎度茹で上げた蛸のように伸びてしまう。だがそれでも必死で彼女は勉学に励む。
 その他の芸術、音楽、馬術から始まり必要な素養の全て――それらに真面目に取り組むようになった。

 見違えるような変化に城に住まう者等は如何したのだろうかと首を傾げ、ティレル侯爵ですらも心配を寄せた。

ξ゚ー゚)ξ『頑張ればね、きっと……また笑ってくれるから。だから頑張るよ』

 父に問われた時、ツンはそう答えた。それが何を意味するのかはさっぱり謎で、彼は尚更疑問を抱いた。
 けれどもツンは構わない。己のみがそれを理解し把握していれば問題はないと信じていたし、何よりも日々勉学に励む理由は彼女だけの秘密だった。

川 ゚ -゚)『お嬢様。次は数学で御座います』

ξ;'⊿`)ξ『えー! 止めようよ、数字はいやぁーっ!』

 ツンは彼女の下で学ぶ。
 日々を共に過ごす中、最早彼女の鉄面皮は定着したものになったが、それでもツンが諦めた日はない。

 再度この目で笑ったシャロを見る為に。
 そして何故全てが変わったのか――その理由を問う為に、今日もツンは必死にクーから教えを乞う。

113 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/25(水) 18:58:28 ID:sdmVb0Qs0



 馬車の中ではのっぴきならない空気が流れていた。
 それと言うのもクーが珍しく怒気を露わにしているからで、そんな彼女の向かいでは、勝手に潜りこんでいたツンが身を縮こませていた。

川 ゚ -゚)「ご自分が何をしているのか理解出来ていますか……お嬢様」

ξ;゚ 3゚)ξ~♪「ん、んー……なにかな? 何か問題があるのかなぁー……?」

川 ゚ -゚)「ふざけないでください」

ξii゚⊿゚)ξ「ぴぃっ!」

 珍しいまでの剣幕――容赦もないクーの態度にツンは汗を滴らせ、顔を俯ける。

川 ゚ -゚)「再度訊きます。ご自分が、今、どこにいるのか……理解出来ていますか」

ξ;゚ー゚)ξ「え、えぇっとぉ……クーと一緒にお城から遠く離れたどこかの田舎道にいて、馬車の中で揺られてる……?」

川;- -)「……はあぁっ……」

 渋い面をし、更に眉間に指を添えたクーは深く、それはもう深く溜息を吐いた。
 現在、位置はティレル城から一時間ばかり離れた距離だった。
 こうなれば急ぎ引き返しツンを城に連れ戻さなければならない、と思うクー。

川 ゚ -゚)「御者の方……すみませんが急いで城に戻ってください。お願いします」

ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっ……クーっ、そんなのってないよっ」

川 ゚ -゚)「それはこちらの台詞です、お嬢様。再度訊ねます。ご自身が何をしているのかちゃんと理解出来ていますか」

ξ;゚⊿゚)ξ「うっ……そ、それはぁっ……」

114 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/25(水) 18:58:48 ID:sdmVb0Qs0

 ティレル侯爵の一人娘が突然に城館から姿を消した。恐らくは従者達全員を丸め込んだと思われる。
 一人娘殿はこの日、己のレディースメイドが帰省すると知ると馬車に潜り込み勝手についてきたのだ。
 従者達は顔面を蒼白にし、ああ、願わくば何の問題もないままことが済みますように、と祈ったが、そうは問屋が卸さぬとクー。

川 ゚ -゚)「再三言ったはずです。外は危のう御座います、と。更には何と言う真似をしているのですか。勝手に抜け出した、だけではなく城の者等を懐柔しましたね、お嬢様」

ξ;゚⊿゚)ξ「だっ、だってっ……!」

川 ゚ -゚)「何の“だって”かは問いません。これは大問題です。今すぐに道を戻ります」

ξ;゚⊿゚)ξ「そんなっ……」

 クーが身を乗り出して御者に言葉を紡ごうとするが、そうすると今度はツンがクーにしがみ付いて必死で止めようとする。

川 ゚ -゚)「……お嬢様」

ξ;゚д゚)ξ「い、いやだいやだっ……お城には戻らないもんっ……!」

川 ゚ -゚)「そんな我儘や身勝手は許されません。もしもこれがマスターに知られたら使用人仲間たちの首が一斉に飛びます。それは物理的な意味合いも含めてです。
     お嬢様、あなた様はご自身のなさったことを理解出来ていない御様子で」

ξ;゚⊿゚)ξ「だっ、大丈夫だよ! お父様なら分かってくれるもんっ!」

川 ゚ -゚)「否で御座います。マスターがあなた様を如何程に愛し、そして如何程に大切に想っているかをあなた様は知りません。外に知られる前に急ぎ戻らねばなりません」

ξ;゚Д゚)ξ「やだってばっ……!」

川 ゚ -゚)「……怒りますよ、お嬢様」

115 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/25(水) 18:59:09 ID:sdmVb0Qs0

 久しく感情を露わにするクー。それと対峙するツンは恐怖を抱くが、しかし不思議と嬉しさもあった。
 こう言った形でしか気持ちや感情をみせない――それは人格的な問題であるが、それであったとしても人間らしい反応と言うのは見ても聞いても安心する。
 ツンは怒りを孕んだ瞳で見つめてくるクーを見上げる。

ξ;゚ -゚)ξ(怒ってる……そうだよね。きっとそうだと思う。でも……わたしだって思うことやしたいことがあるんだから……!)

 例え自身の立場が特殊特別であったとして、だから何なのか、とツンは突っぱねる。
 身勝手が許されざることだとしても関係がないとツンは判断する。
 意思を持って生まれ、そして気持ちを抱き心があるならば、それに従うことはきっと正しいはずだと彼女は信じていた。
 故にツンは譲らない。クーの瞳を真っ直ぐに見つめ返し、彼女の袖を握りしめ、言葉を紡いでいく。

ξ; ⊿ )ξ「外が見たかったんじゃないもん……」

川 ゚ -゚)「……?」

ξ;゚⊿゚)ξ「勝手なのはわかってるし、無責任なのもわかってるよ。でも……曖昧なまま、先延ばしにし続けて苦しむのはお互い様じゃない……!」

川 ゚ -゚)「――っ」

 何を言っているのか――そう言いたいクー。だが思い当たる節があるのか彼女は言葉を失ってしまう。
 そんな様子を理解したツンは更に畳みかけていく。

ξ;゚⊿゚)ξ「逃げようとしてたんでしょっ」

川 ゚ -゚)「……仰る意味が分かりません」

ξ;゚⊿゚)ξ「嘘ばっかしっ。急に帰るだなんて言って、いつもならもっと前に予定を言うじゃないっ」

川 ゚ -゚)「……その件については色々と込み入った事情がありました」

116 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/25(水) 18:59:29 ID:sdmVb0Qs0

ξ;゚⊿゚)ξ「それは何っ」

川 ゚ -゚)「……プライベートな内容ですので」

ξ;゚⊿゚)ξ「ほら、またそうやって逃げるっ」

川 ゚ -゚)「逃げていません」

ξ;゚⊿゚)ξ「逃げてるもんっ」

 捲し立て、この勢いならばなんとかなるか、と楽観するツン。
 しかし――

川 ゚ -゚)「そうやって話を逸らすのは……後ろめたいことがあるからですか、お嬢様」

ξ;゚⊿゚)ξ「へっ……」

川 ゚ -゚)「如何なる理由があり、何かしらの思惑や目的があろうとも、許されぬことは許されないのです」

ξ;゚⊿゚)ξ「んなっ……め、命令、命令ですっ。わたしの言う通りにしてっ」

川 ゚ -゚)「頷けません。今この時こそはマスターの意思を汲みます」
  _,
ξ;゚д゚)ξ「ぐぬぬっ……この分からず屋ぁ……!」

 ツンはクーにしがみ付き何とか阻止しようとするがクーはそんな努力を歯牙にもかけない。
 窓から顔を出したクーは馬を操作している御者へと言葉を紡ぐのだが――

117 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/25(水) 18:59:58 ID:sdmVb0Qs0

川 ゚ -゚)「もし。今から急ぎ道を引き返してはくれませんか」

「あー? あんだってー?」

川 ゚ -゚)「……あのっ。道をっ。引き返してっ。くださいっ」

「はぁあーっ? なぁんだってーっ?」

川;゚ -゚)「わざとですかそれはっ。いいから手綱をっ――」

「こらぁっ! オラの馬に触るでねぇわ!」

川;゚ -゚)「あうっ! くっ、この……! 人の頭を簡単に叩くとは……!」

「まぁったくぅ……しっかし、ハートフィールドかぁ、かなり遠いだべさなぁ……暴れてないでちゃんと席さ座っとれよぉ、まったくぅ……」

川;゚ -゚)っ「ちょっ、御者殿っ……」

 お年を召された御者は耳が非常に遠い上に話を聞こうともしない。
 そうしてクーはいよいよ完全に言葉を失うと――

ξ*゚∀゚)ξ「いひひっ……それじゃあ旅路を楽しもうか、クー?」

川; - )「……なんという……ことですか……」

 背後から抱き付いてきたツンすらも無視し、絶望を分かりやすく口にした。




 Break.

118 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/25(水) 19:00:19 ID:sdmVb0Qs0
本日はここまで、おじゃんでございました。

119 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 22:56:22 ID:XAwkQF4U0



 12


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120 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 22:56:47 ID:XAwkQF4U0

 ハートフィールド村は田園地帯だ。
 田舎ならではの景色――緑の広がる景色にツンは度々声を上げ、瞳を煌めかせて忙しなく感動をしている。
 そんな彼女の隣ではレディースメイドであるクーが未だに眉をひそめ、時折唸りをみせた。

ξ*゚⊿゚)ξ「ねぇねぇクーっ。すごいねハートフィールドってっ。草原と田んぼばっかりだよっ」

川 ゚ -゚)「……そういう土地で御座います、お嬢様」

 興奮するツンはその感動を彼女に伝えようとする。
 しかし元より彼女の出身はこの田舎町で、帰省の目的でこうして馬車に揺られていた。
 普段感情の一つも見せない彼女だが、この日ばかりは――愛しい故郷に帰還するとなるとその表情も柔らかくなった。
 が、現状の彼女は普段よりも数割険しい表情で、ツンの言葉に無感情な言葉を返す。
 その反応にツンは少々おののいたが、けれども折れず屈せず彼女の膝の上へと腰を据え、そうして彼女を仰ぎ見やる。

ξ゚⊿゚)ξ「……まだ怒ってるの?」

川 ゚ -゚)「……当然です」

ξ゚~゚)ξ「いいじゃない、こうなっちゃったものは」

川 ゚ -゚)「何一つとしていいものはありません」
  _,
ξ゚~゚)ξ「厳しいなぁ、クーは」

川 ゚ -゚)「お嬢様……」

 分かっていての反応と、言うことくらいはクーにも分かっていた。
 しかし受け入れ難いのだ。更には許し難い。それは何もツンにのみ向かう訳ではない。

 例えばことに関与したと思われる仲間達――ティレル城に残る使用人共を思い浮かべると怒りが湧いてくる。
 更には馬車を操縦している御者には殺意すら芽生えた。
 まるで話の一つも聞こうとせず、どころか今は陽気に鼻歌まで奏ででいた。
 クーの拳が硬く握りしめられるが、ツンの手前であるからか次第にその拳からは力が抜ける。
 兎角、膝の上に乗るツンを落ちないようにと擁するクーは、赤く染まった貌をするツンを無視してどうしたものかと悩む。

121 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 22:57:09 ID:XAwkQF4U0

川 ゚ -゚)(……結局、到着してしまった。どうすれば……馬はもうないだろうし。とは言え近く馬車が出る日なんて……)

 田舎であることもそうだが、冬の時期、簡単に馬車を出してくれる者はそうはいない。
 例えば今回の御者は雇われの一般の者だった。
 如何に城に勤めているとはいえ貴族のように送迎の持成しや振る舞いがある訳ではない。

 とは言えイギリスとは見栄と繁栄こそが全ての国家だ。
 例えば如何に凡な者であれ、それが城住まい――貴族の僕となったら当然主は馬を貸し与え御者を伴わせる。
 そんな経済能力もないのか――人間一人を満足に働かせるだけの力もないのか、と他者に誹られるのすらも我慢ならない。

 だがティレル家に務める者達は自身で都合を見つけ、更には御者も故郷に所縁のある者か、或いは適当な者等に頼んだ。
 理由は簡単なことだった。単純に言えば見栄を張る必要もないくらいにティレルの名は知られている。
 何よりとしてティレル侯爵の用意する馬車と言えば、お察しの通り派手で豪華な籠ばかりだった。
 それで通りを行けば周囲の反応は一つの騒ぎで、よもや王族の方か、或いは所縁の者か、はたまた――などと盛り上がる。

 こと、それが故郷で見られたとなれば居心地が悪い。
 結局、従者達はティレル卿の有難い親切心を丁寧に断ると、安心できる――庶民らしく、ある程度普通と呼べる馬車に乗り付けて帰省する。

川;- ,-)「帰ったらすぐに馬車の手配をせねば……」

ξ゚⊿゚)ξ「え? そんなに早く帰る予定だったの? 一カ月くらいは休むのかと思ってた」

川;゚ -゚)「……そうせねばならない理由がありますので」

ξ゚⊿゚)ξ「……へぇー。そうなんだぁー」
  _,
川;゚ -゚)(なんとわざとらしい……)

 据わった瞳で妖しい笑みを浮かべるツン。
 クーの言葉に思い当たる節がある、どころではなく彼女は自身こそが原因だと言う自覚があった。

122 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 22:57:31 ID:XAwkQF4U0

 ツンの優位は変わらない。既に目的地であるハートフィールドに到着をした。
 今更城に帰るとなっても時は遅い。本日の御者もこの日ばかりは馬を出すことはないだろう。

 完全に手詰まり――それを悟ったクーは本日何度目か分からない溜息を吐くとツンを更に強く抱きしめる。

ξ;゚ 3゚)ξ「うぎゅっ。ちっ、ちょっとくるしぃかなぁって思うんだぁ、クー?」

川 ゚ -゚)「……然様で御座いますか」

ξ;゚ー゚)ξ「お、怒ってるのは分かったからっ。もう少し力緩めてほしいなぁ?」

川 ゚ -゚)「はい。では更に締めますね」

ξ;゚ 3゚)ξ「――ひぎゅぅっ!」

川 ゚ -゚)「この一帯は道が荒いので。しっかりと掴まっていないと落ちてしまいますよ、お嬢様」

ξ;゚ 3゚)ξ「あっ、あいあいーっ……」

 そういう理由ならば至極納得――と、ツンは丸め込まれるところだったが腹を圧迫するクーの腕に情けのない声を漏らしてしまう。

ξ*^⊿^)ξ「……あははっ」

川 ゚ -゚)「……?」

 だが、彼女は笑いを零す。それは愉快そうで、とても幸せそうな笑顔だった。
 疑問に思ったクーはツンを見下ろすが、そんなツンはクーへと丁度視線を向ける。

123 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 22:57:52 ID:XAwkQF4U0

ξ*゚ー゚)ξ「楽しいね、クーっ。久しぶりにこんな風に笑ってる気がする」

川 ゚ -゚)「何を……」

ξ*゚⊿゚)ξ「だって……久しぶりだから。怒ってるクーを見るの。それに、ムキになってるクーを見るのもね?」

 その台詞にクーは数瞬沈黙をし、更に、己はムキになっていたのか、と自問をした。
 存外、己のことと言うのは分かりにくいが、しかし今の彼女を見れば誰もが口を揃えて、分かりやすい娘だ、と言うだろう。

ξ゚⊿゚)ξ「ねぇ、知ってるクー」

川 ゚ -゚)「……何がでしょうか」

ξ゚⊿゚)ξ「“好き”の反対」

 唐突に紡がれた問いにクーは首を傾げ、何を簡単なことを言っているのか、と口にしそうになったが――

ξ゚⊿゚)ξ「答えは“無関心”なんだよ」

川 ゚ -゚)「……無関心?」

ξ゚⊿゚)ξ「うん。“嫌い”は反対の言葉じゃないの。意識を向けてるから。それって相手を認識してるってことなの」

川 ゚ -゚)「…………」

ξ゚⊿゚)ξ「つまりね、“嫌い”って言う人は“それ”に対して主観を向けて、更には感情を抱くだけの思いがあるの。だから“嫌い”は悪いことじゃないよ。感情や気持ちっていつかは変化するかもしれないから」

 でもね、とツンは言葉を続ける。

ξ゚⊿゚)ξ「“無関心”ってね、なにも抱かないの。感情も、思いも、意識そのものも向けないの。まるでそこらへんの石ころを見るように接するの。それって怖いことだよね」

川 ゚ -゚)「……そうですね」

ξ゚⊿゚)ξ「だからね、クー。わたしは今凄く安心してるんだよ?」

 そう言うとツンはクーの手を握りしめ、更に瞳を見つめて言葉を続ける。

ξ゚⊿゚)ξ「わたしに意識を向けて、感情を向けて、気持ちを抱いてくれてるから。今のクーは怒ってるけど、でも、それが凄く嬉しいんだぁ。だって興味ないことの方が怖いもん。私はこんなに……必死なのに」

川 ゚ -゚)「…………」

124 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 22:58:22 ID:XAwkQF4U0

 先日の一件からツンが気持ちを隠すことはなくなった。
 クーに対しては正々堂々と、真正面から気持ちをぶつけてやると心に誓った。
 それと対するクーは変わらずに寡言だが、しかし――

川 ゚ -゚)「お気楽な考えです、それは」

ξ゚⊿゚)ξ「……そうかな?」

川 ゚ -゚)「ええ。楽観です。如何に興味や関心を向けられているとしても、嫌い、と言う感情が逆転する可能性は不明確で御座います」

ξ゚⊿゚)ξ「……確かに、そうかもしれないけど。でもっ――」

川 ゚ -゚)「それもまた一つの可能性。それに賭けるのも悪くはない……そう言いたいのですか、お嬢様」

――彼女はそんな風にツンを否定するが、けれどもツンは先から感じていた。
 クーの手が、握り合う手の感覚が強くなっていることに。
 ツンはクーを見つめる。相変わらずクーの瞳は伏せられているが、その頬には微かに熱が差す。

川 ゚ -゚)「甘えた考えは捨て去るべきで御座います」

ξ゚⊿゚)ξ「そう?」

川 ゚ -゚)「はい。これからはもっと徹底した教育を心がけましょう」

ξ゚ー゚)ξ「ふふっ……うん。そうだね」

 間もなく、揺れ動いていた馬車は停まり、その中から可憐な美少女と佳人が姿を見せる。
 馬車から先に降りたのは佳人で、彼女はそのままに握りしめていた手を引く。
 そうして己の主である乙女を抱き留めると、互いの身形を正してから傍らに悠然と立った。




 Break.

125 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 22:58:43 ID:XAwkQF4U0



 13


.

126 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 22:59:05 ID:XAwkQF4U0

 十九世紀中葉、イギリスはハートフィールド。
 この時代、ハートフィールドの知名度はそうは高くはない。
 が、二十世紀頃にはとある熊の誕生と共に世界的に名が知れ渡り、聖地然と言った具合にもなった。
 兎角、アッシュダウンの森を越えてきたツンとクーはいよいよ目的の場所に到着を果たす。

ξ*゚⊿゚)ξ「ふわぁーっ。大きいお家じゃない、クーっ」

川 ゚ -゚)「……まぁ、一応は一帯を纏め上げる豪農の家系ですので」

 草原と田畑に囲まれるように建つのはクーの実家だった。
 広大な敷地に巨大な家屋。それは屋敷のような外見で、想像していた以上の規模にツンは興奮をそのままに大きな声を上げる。
 纏わりついてくるツンをいなしながらもクーはそう言い、特に誇らしげにする訳でもなく敷地へと踏み入った。
 が、ツンの手を引いたままにいざ帰還を果たそうとするが――

川 ゚ -゚)「……お嬢様、先程も言いましたが――」

ξ゚⊿゚)ξ「特に期待をするな、召使いもいなければご飯も大したものじゃない、もてなしの一つもない……でしょ?」

川 ゚ -゚)「……その通りです」

ξ゚⊿゚)ξ「そんなの分かってるよっ。それに、そんなのがなくったって、シャロの御家族と会いたかったのも本音だしねっ」

 己の抱え持つレディースメイドの親族――見て聞いて知りたいと思うツンは、果たしてどのような一家なのか、と期待に胸を膨らませる。
 聞いた限りでは兄弟姉妹はいないそうで、この大きな屋敷には彼女の父母のみが暮らしているとのことだった。

 果たして如何なる人物達か――やはりクーのように冷徹で寡黙で感情の一つも見せないのか、とツンは思った。
 それはそれで面白くもあるが歓迎をしてくれるようなタイプではないな、と思い気分が落ち込む。

 が、しかしここまで来たからには前へと進む他に道はない。
 御者は先程村の酒場に行ってしまった。二、三日はハートフィールドに滞在していると言っていたが早速疲れを癒すために憩の場へと出向いた様子だった。
 兎角、彼のことはさておき、ツンはやや緊張した面持ちでクーの手を握りしめ、クーと言えばそんなツンを見下ろすと渋い面をした。
 そうしていよいよクーが戸へと手をかけ、それを開け放つ。

127 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 22:59:57 ID:XAwkQF4U0

>>126 訂正


 十九世紀中葉、イギリスはハートフィールド。
 この時代、ハートフィールドの知名度はそうは高くはない。
 が、二十世紀頃にはとある熊の誕生と共に世界的に名が知れ渡り、聖地然と言った具合にもなった。
 兎角、アッシュダウンの森を越えてきたツンとクーはいよいよ目的の場所に到着を果たす。

ξ*゚⊿゚)ξ「ふわぁーっ。大きいお家じゃない、クーっ」

川 ゚ -゚)「……まぁ、一応は一帯を纏め上げる豪農の家系ですので」

 草原と田畑に囲まれるように建つのはクーの実家だった。
 広大な敷地に巨大な家屋。それは屋敷のような外見で、想像していた以上の規模にツンは興奮をそのままに大きな声を上げる。
 纏わりついてくるツンをいなしながらもクーはそう言い、特に誇らしげにする訳でもなく敷地へと踏み入った。
 が、ツンの手を引いたままにいざ帰還を果たそうとするが――

川 ゚ -゚)「……お嬢様、先程も言いましたが――」

ξ゚⊿゚)ξ「特に期待をするな、召使いもいなければご飯も大したものじゃない、もてなしの一つもない……でしょ?」

川 ゚ -゚)「……その通りです」

ξ゚⊿゚)ξ「そんなの分かってるよっ。それに、そんなのがなくったって、クーの御家族と会いたかったのも本音だしねっ」

 己の抱え持つレディースメイドの親族――見て聞いて知りたいと思うツンは、果たしてどのような一家なのか、と期待に胸を膨らませる。
 聞いた限りでは兄弟姉妹はいないそうで、この大きな屋敷には彼女の父母のみが暮らしているとのことだった。

 果たして如何なる人物達か――やはりクーのように冷徹で寡黙で感情の一つも見せないのか、とツンは思った。
 それはそれで面白くもあるが歓迎をしてくれるようなタイプではないな、と思い気分が落ち込む。

 が、しかしここまで来たからには前へと進む他に道はない。
 御者は先程村の酒場に行ってしまった。二、三日はハートフィールドに滞在していると言っていたが早速疲れを癒すために憩の場へと出向いた様子だった。
 兎角、彼のことはさておき、ツンはやや緊張した面持ちでクーの手を握りしめ、クーと言えばそんなツンを見下ろすと渋い面をした。
 そうしていよいよクーが戸へと手をかけ、それを開け放つ。

128 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 23:00:34 ID:XAwkQF4U0

川 ゚ -゚)「ただいま、お父さん、お母さん」

ξ;゚⊿゚)ξ「おっ、おじゃましますっ」

 踏み入り、帰還の一声を響かせる。同時にツンは挨拶の言葉を口にした。
 こう言った、所謂一般的な家庭にきたことがないツン。友だちがいない訳ではない。
 同じく貴族のよしみで仲良くなった同年代、或いは年の近い娘達とは互いの屋敷や城を行き来したりもした。

 が、果たしてそう言った特殊な環境とは違う一般家庭での礼儀作法と言うのは如何なるものか――これまで培ってきた全ての知識を活かすべく、彼女が紡いだ言葉は、実に一般的な台詞だった。
 兎にも角にも、そんな声が二つ響くと奥の方から忙しない足音が響いてくる。

( ‘∀‘)「あらあら、お帰りなさい、クー」

 朗らかな表情、そしてふくよかな体系をした女性だった。
 歳は壮年か、或いはもう少しいった具合か。クーの名を呼んだ彼女こそがクーの実母だった。

川 ゚ -゚)「ただいま、お母さん」

( ‘∀‘)「あらまぁ、お客さんまで? どうしたの、お友だち?」

川;゚ -゚)、「いや、その……」

 言葉に詰まるクーは、己の背後に隠れたツンへと視線を送る。
 先まで息巻いていた様子とは打って変わり、今のツンは何故か怯えるような、或いは恐怖する感じだった。
 その理由の全ては緊張、そして恥じらいだった。

ξ;゚⊿゚)ξ(わっ、どうしようっ。さっきの挨拶、もしかして早すぎたのかな……て言うか変に思われてるかも!? でもでもっ、次にどう言う言葉を言えばいいのか分かんないしっ)

 完全に混乱しているツン。
 そんな彼女の様子を悟ったクーは、一つ溜息を吐くが――

129 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 23:01:20 ID:XAwkQF4U0

川;゚ -゚)「私の主様の……ツン・ティレル様だよ、お母さん」

ξ;゚д゚)ξ「ひゃっ、ひゃひめまひひぇっ!」

( ‘∀‘)「……え?」

 無理矢理にツンを己の前へと立たせると彼女の名を口にし、ツンと言えば唐突の出来事に完全に不意を突かれ、改めて挨拶をしたが噛みまくりだった。
 そんな二人のやりとりを目の前で見た母親と言えば――

(;‘∀‘)「なっ……ちょっ、お父さん、お父さーん! 大変! ツンお嬢様がぁっ!」

 何度も目の開閉を繰り返し、更にツンを間近で見ると驚愕に面を塗りつぶす。
 驚愕の限りを尽くすと、躓きながらも旦那の下へと駆けていった。
 玄関に取り残されたツンとクーは互いに大きく息を吐き、そうすると二人して同時に顔を見やる。

ξ゚⊿゚)ξ「……ねぇ、クー? 今のは少し酷いと思うよ?」

川 ゚ -゚)「……そうでしょうか」

ξ#゚⊿゚)ξ「そうでしょうか、じゃないよっ。少しくらいわたしにだって準備とか心構えって言うのが必要なのっ」

川 ゚ -゚)「しかし、あまり遅いと不審に思われます」

ξ#゚⊿゚)ξ「だとしても無理矢理立たせたり、そのっ……」

川 ゚ -゚)「……? なんですか?」

ξ#゚ H゚)ξ「……なんでもないっ」

 無理矢理に肩を掴んで引き寄せるのはずるい、と。ツンはそう言おうと思ったがとどめることにする。

 普段、クーはそう言う無理矢理な真似はしない。ツンの嫌がるだろうことは確実にしない。
 だが先のことと言えば、まるで普段の彼女らしからぬ感じで、更にはその横暴ともとれるやり口がツンを動揺させる。

130 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 23:01:58 ID:XAwkQF4U0

 現在、クーの故郷。
 帰ってきたこともあるからか、今のクーは気が緩んでいると言うよりかは素に近い様子だった。
 もしかしたら、本来の彼女の性格と言うのは、そう言った力任せな部分もあるのでは――と、ツンは思う。

ξ*゙⊿゙)ξ、「いや、そんな、別に恥ずかしいとか、ドキっとしたとかじゃなくって……その、ほら、唐突過ぎてね? そうするとやっぱり焦るでしょう? だから今顔が熱いのも胸が煩いのも、全部驚いたからな訳であってっ」

川 ゚ -゚)「……何を先からぶつぶつと言っているのですか、お嬢様?」

ξ*゙д゙)ξ「にゃっ、にゃんでもにゃいっ」

 人の気も知らずに――そう内心で思うツン。それに首を傾げるクー。
 やはりいつもの関係はいつもの通りかと、今度は落胆をするツンだったが、そんな時だ。

(;´∀`)「わっ、なっ、えっ!? これはどう言うことなんだモナ、クー!?」

(;‘∀‘)「ねっ、ねっ! 言ったとおりでしょ! ツンお嬢様でしょう!?」

(;´∀`)「ああ、間違いないモナ! このお方こそはツン・ティレル様だモナっ……!」

 再度忙しく喧しい足音を響かせてやってきたのはクーの父で、そんな彼の後を追ってきたのはクーの母だ。
 父の背は大きく、顔立ちも整っていた。若い頃はさぞモテただろうな、とツンは思うが、しかし父母と言えばクーに鬼のような形相をして迫り寄る。

(;´∀`)「何がどうなっているんだモナ、クー!」

(;‘∀‘)「説明の一つくらいはしてほしいわよ、クー!」

(;‘∀‘)「「どうしてお嬢様がこんな田舎に!?」」(´∀`;)

131 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 23:02:49 ID:XAwkQF4U0

 予想の通りの台詞にクーは何とも言えない面をし、そんな彼女の隣ではツンが悪い笑みを浮かべていた。
 果たしてどう言ったものか、とクーは悩むが、しかしややもせずに彼女はこう言うのだ。

川;゚ -゚)「……庶民の暮らしを体験させよう、と……マスターからの令が下ったから……」

 そんな苦し紛れな嘘八百に対し、父母と言えば口を大きく開けると、あのお方は何を考えていらっしゃるのか、と同時に言葉を零す。

川;- ,-)(こっちが聞きたいよ……)

 彼女は心の中でそう呟くと、波乱の待つであろうこれからの景色を思い、再度大きく溜息を吐いた。




 Break.

132 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 23:03:14 ID:XAwkQF4U0



 14


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133 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 23:03:38 ID:XAwkQF4U0

川 ゚ -゚)「いいですか、お嬢様。五日間です。五日間だけこの村に滞在します」
  _,
ξ゚ 3゚)ξ「ぶーっ……」

 夜、クーは自室でツンにそう言った。
 相も変わらずに感情の一つも見せない声色を向けられたツンは、室内にあるベッドの上を転がりながら不機嫌そうな反応を示す。

川 ゚ -゚)「先程、御者に問い合わせたところ五日後には馬を出すとのことでした」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「もっとゆっくり休んでもいいんじゃないかな? 折角の長期休暇を無駄にすることはないと思うよ?」

川 ゚ -゚)「わたくしもそう思っておりましたが、予定が変わりました」
  _,
ξ゚~゚)ξ「……なんだかわたしの所為みたいな言い方だね?」

川 ゚ -゚)「……はて、どうでしょうか」

ξ;゚д゚)ξ「そこは否定しないんだっ」

 あれから――昼頃にクー邸へと到着をしてから、クーの父母は大慌てだった。
 その理由こそはツン・ティレル嬢の存在があるからだ。

 何の予告もなしにやってきたのは大恩あるティレル侯爵の一人娘。
 しかもその訪問の理由は教育の一環だと言う――これはクーの機転による嘘だった――から更に慌てふためいた。

 こんな田舎の、更には大したものもない家で令嬢を如何に持成すべきか、と二人は頭を抱えた。
 しかしこれにツンは笑みを浮かべながらに、己に対して特別な対応は不要である為何も気にかける必要はない、と言う。

 そうは言うがどうあっても主君の娘を雑に扱う訳にはいかない。
 更には教育となれば尚更に模範となるべくして緊張が生まれ、父母はぎこちなくなった。

134 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 23:04:10 ID:XAwkQF4U0

ξ゚⊿゚)ξ「でも、優しいご両親だね、クーのお父様とお母様は」

川 ゚ -゚)「……そうでしょうか」

ξ*゚⊿゚)ξ「そうだよっ。ご飯も美味しかったしっ」

 本日はクーの帰参に伴い彼女の好物が既に用意されていた。
 田舎の料理は量も多ければ品目も多い。ツンは己の前に出された幾つかの料理に目を輝かせて見つめるのだ。

 ロースト肉にサーモンのステーキ、他にも大きなパテ――テリーヌの塊を見るとツンは仰天し、これは美味しそうだと燥ぐ。
 果たして令嬢の舌に田舎の飯は合うか否か――結果から言えば彼女は大層満足した。

ξ*゚⊿゚)ξ「美味しかったなぁ、あのローストビーフっ……鶏肉のテリーヌもすっごく美味しかったっ」

川 ゚ -゚)「お気に召していただけたようで何よりで御座います」

ξ*゚⊿゚)ξ「ね、ねっ。今日のは全部クーの好きな食べ物だったんでしょ?」

川 ゚ -゚)「……? はい、まぁ……そうですが……」

ξ*゚⊿゚)ξ「クーってお肉が大好きなんだねっ」

川 ゚ -゚)「…………」

 そう言われてクーは次第に顔を赤くするとツンから背ける。

ξ;゚⊿゚)ξ「え……どうしたの?」

川 ///)「……はしたないと、思いますか?」

ξ;゚⊿゚)ξ「……え?」

川;- ,-)「いえ、その……申し訳ありません、お嬢様。お嬢様の御前で、その……」

135 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 23:04:46 ID:XAwkQF4U0

 流石に女人が恥じらいもなく肉に喰らいつくと言うのは如何なものか――更には主人の前で臆面なくすると言うのは頂けない。
 クーはそう自責に駆られると深く反省し、ツンに対して頭を下げる。

ξ;゚⊿゚)ξ、「い、いやいや、そんな……なにも可笑しくなんてないよ、クーっ。わたしだってお肉好きだよ?」

川;゚ -゚)「しかし……」

ξ;゚д゚)ξ「もう、だから気にしないでよっ。そもそも、今のクーは帰省してる……仕事から解放されてるんだよ? だからそう言う振る舞いを気にしなくったって……」

川 ゚ -゚)「そうは仰られますが、お嬢様の前であることは事実です」
  _,
ξ;゚~゚)ξ「うっ……確かにそうだけどぉ……」

 これでは埒が明かない――そう理解したツンは、兎にも角にもクーを手招く。

ξ゚⊿゚)ξ「クー、こっち来て?」

川 ゚ -゚)「……はい」

 そうは言うがそのベッドは元々クーの物で、部屋の主もクーだった。
 が、普段からクーに命令を下す立場なツンは、そんな事実は他所にクーを手招くと隣に座らせる。

ξ゚⊿゚)ξ「ねぇ、クー」

川 ゚ -゚)「はい、お嬢様」

ξ゚⊿゚)ξ「そのね? その……難しいことだと思うの。わたしを普段から意識して、いつもいつもお世話をしてくれてるから、今更こう言う距離で普通に過ごすって無理かもしれない」

川 ゚ -゚)「…………」

 その言葉にクーは内心で強く、それはもう強く頷いた。

ξ゚⊿゚)ξ「けどね……折角こうして二人きりでお城の外に出られたんだよ? そうなったら、もう……主従の関係はまた別の問題だと思うの」

川 ゚ -゚)「……それは、誠に難しい話で御座います」

ξ゚⊿゚)ξ「やっぱり……?」

136 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 23:05:17 ID:XAwkQF4U0

 如何に状況が別だとしても、ツンを前にすればクーは従者のそれとして徹する。
 そう言う教育をされてきたし、レディースメイドとしての誇りも確かにあった。
 更に言うならば、クーはそれを強く誓っている。

川 ゚ -゚)「“このお方の支えになる”」

ξ゚⊿゚)ξ「え……?」

川 - ,-)「……そう、決めておりますので」

ξ;゚⊿゚)ξ「ん、んー……? 何のこと、クー……?」

 初めてツンと出会った時、クーはそう誓った。
 彼女の為に己は全てを賭し、身を粉にする覚悟までをもかためた。

 それ程までにクーにとってのツンとは神格化されたような存在だった。
 それを普段口に出すことはないが、彼女はやはりツンに忠誠を誓い、己の命をも捧げる勢いだった。

川 ゚ -゚)「息苦しいかもしれませんが、どうかご容赦くださいませ、お嬢様。わたくしはやはり、あなた様のメイドで御座いますれば。如何様な状況であろうとも……こうして接する他に手段は存じ上げません」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「むぅー……なら、いいけど……」

 できるなら本来のクーを見てみたかったツン。
 が、それはそれで戸惑う可能性もあったし、何より、見知らぬ土地だが、よく見知った人物が普段通りに接してくれると、不思議と安心を得る。

川 ゚ -゚)「なので……やはり認める訳にはいきません、お嬢様」
  _,
ξ゚ 3゚)ξ「ぶーっ! いいじゃんいいじゃんっ」

川 ゚ -゚)「駄目です。同じベッドで寝よう、だなんて……了承できる訳がありません」

 さて、先からクーの部屋に居座るツンだったが、その様子からして出ていく気はないようで、更にはベッドから退こうともしない。
 曰く、それこそは一緒に寝たいから、とのことで、クーはこれを聞くと本日何度目かも分からない大きな溜息を吐き、更には眉間に皺をよせ指を宛がった。

137 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 23:05:54 ID:XAwkQF4U0
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「何でダメなのっ」

川 ゚ -゚)「お答えするならば、安全性の為で御座います」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「安全性っ」

川 ゚ -゚)「はい。このベッドは見て分かるようにダブルベッドですが、しかし、もしもわたくしの寝相に巻き込まれたら、小さなお嬢様では成す術もなく下敷きになってしまいます」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「クーの寝相が悪いだなんて話聞いたことないよっ」

川 ゚ -゚)「はい。訊かれたことがありませんので」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「じゃあ、少し距離をあけて――」

川 ゚ -゚)「仮に、お嬢様がベッドから落ちたら一大事で御座います」
  _,
ξ゚д゚)ξ「……あれもダメ、これもダメじゃないっ」

川 ゚ -゚)「はい。そうです」

 にべもないクーの態度にツンは頬を膨らませる。
 クーは内心では頼むから納得をしてくれ、と願うのだが――
  _,
ξ゚⊿゚)ξ9mm「……命令です、クー」

川;゚ -゚)「っ……」

 ツンと言えば自身の権限を最大限に活かすつもりの様子で、クーは紡がれた台詞に心臓が跳ね、更には無意識のうちに頷きそうになる。

ξ゚⊿゚)ξ「わたしと一緒に寝てっ」

川;゚ -゚)「お嬢様……」

ξ゚ -゚)ξ「……お願い」

138 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 23:06:21 ID:XAwkQF4U0

 と、寄越されるのは上目使いで、これにクーはいよいよ陥落してしまった。

川;- ,-)「……今日、だけですよ」

ξ*゚⊿゚)ξ「わーい、やったー!」

 クーはどうあってもこの誘いを断りたかった。全ての理由はツンの暴走だ。
 先日唇を奪われているクーだが、もしも他者のいないこの家で襲われたら、果たしてツンはどこまで突っ走るのか――そんなことまで考えてしまう。

川;゚ -゚)(……何も起きませんように)

 そんな風に祈りながら室内の明かりを消したクーは、隣に身を横たえたツンへと意識を向ける。

ξ-⊿-)ξ「むにゃむにゃ……」

川 ゚ -゚)「…………」

 ベッドインから三分も経っていなかったが、ツンは即座にブラックアウトした。
 その事実に呆けたクーだが――

川 ゚ -゚)「……疲れていたのですね」

 今日一日での経験はツンにとっては大冒険だった。
 可愛らしい寝息を立てるツンを見つめたクーは、静かに笑みを浮かべ、ツンの額を撫でてやる。

川 - ,-)「……おやすみなさいませ、お嬢様」

 この日、ツンは十分に睡眠をとったが、翌朝、目に濃い隈を作ったのはクーで、彼女は“心休まる時はないな”と一人静かに言葉を零した。




 Break.

139 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 23:06:46 ID:XAwkQF4U0



 15


.

140 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 23:07:10 ID:XAwkQF4U0

 ツン嬢がクー邸に来て二日目の朝。
 ツンはクーの焼いたターンオーバーとベーコン、そしてブレッドを小動物のように貪っていた。

ξ*゚~゚)ξ「はむはむはむっ……おーいーしーいーっ!」

川 ゚ -゚)「大袈裟ですよ、お嬢様……お水をどうぞ」

ξ*゚~゚)ξ「んーっ、あひはほーっ」

 水を受け取りつつもツンは一般的な朝食を楽しむ。

ξ*゚⊿゚)ξ-3「んむぅっ……ふへー、なんだろう、いつも食べてるのより味が素朴? 薄い? のかな?」

川 ゚ -゚)「城で揃えている物は全て一級品ですので。やはり味の質は違うかと」

ξ*゚⊿゚)ξっ「でもでもっ、この目玉焼きとベーコンすっごく美味しいっ! なんでだろう?」

川 ゚ -゚)「卵は今朝方取れたものですので。ベーコンは恐らく焼き方が城のコックとは違うのでしょう。我が家のやり方では蒸し焼きです」

ξ*゚⊿゚)ξ「そうなんだ! うーん、このターンオーバー……しかも見事にオーバーミディアムっ。よくわたしの好みを理解してるね、クー?」

川 ゚ -゚)「レディースメイドですので」

 そう言いつつ、クーも席へとつくと遅れて朝食をとる。
 主人と席を同じくして、更には食事を共にする――どう考えても有り得てはいけない状況だが、これもまた、ツンのお願い――ほぼ命令――となれば、流石にクーも頷きをみせた。

 この日、クーの父母は早くも仕事に出ていた。
 冬と言えど農家にはやることが腐るほどある。つまりは多忙だった。

141 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 23:07:43 ID:XAwkQF4U0

ξ゚ー゚)ξ「ふふっ……」

川 ゚ -゚)「……? 如何なされましたか?」

ξ゚ー゚)ξ「んー……あのね?」

 ロンドンよりも南に位置するハートフィールド。時期が冬とは言え然程厳しい環境とも言えない。
 そもそも英国の冬は滅多に雪は降らない――地域にもよるが――ので、煩わしいのは肌寒さと高い湿度だけと言える。
 が、ハートフィールドの村は低湿度の様子で、その過ごしやすい環境を気に入ったツンは、早朝の景色に御満悦の様子だった。

ξ゚ー゚)ξ「いいところだねぇ、ハートフィールドって」

川 ゚ -゚)「田舎で御座います」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「そんなことないよっ。のどかで素敵じゃない」

川 ゚ -゚)「娯楽らしい娯楽もありませんよ、お嬢様。明日、明後日と過ごせば早く城に帰参したい、と思うでしょう」
  _,
ξ゚ 3゚)ξ「ぶーっ……別に、娯楽とかはいいよ。何より……こうして朝、ゆっくりとクーと朝ご飯食べられるのって、奇跡に近いしっ。これだけでも儲けものなのっ」

川 ゚ -゚)「……然様で御座いますか」

 そう呟きつつ、クーはパンを口へと運ぶ。
 そのままに咀嚼をすると淹れたてのコーヒーを啜り、一つ呼吸を置くと再度食事の手を進める。

142 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 23:08:11 ID:XAwkQF4U0

川 ゚ -゚)「お嬢様」

ξ゚⊿゚)ξ「なに?」

川 ゚ -゚)「……サラダ、お嫌いで」

ξ;゚⊿゚)ξ「ぎくっ」

川 ゚ -゚)「……如何にお嬢様と言えど、よその家で礼儀や作法を欠くと言うのは――」

ξ;゚д゚)ξ「だ、だって、ビーンズ入ってるんだもんっ……って言うかわざとでしょ、これっ」

 賑やかしい朝の景色。
 普段ならば他にも従者やらが傍につき、そんな者等の視線を前にして一人で食事をとる。

 ツンはそれを不思議な光景とは思わなかった。それが生まれながらに当然だったからだ。
 時に父や親しい間柄の誰ぞかと食事の席を囲む時もあったが、そういう時以外――普通に食事をする分には孤独が常だと思っていた。

 だがこうしてクーと適当な会話をしながら食事をしてみれば、不思議な程にツンは胸の中が温かくなった。
 それと共に幸福もあった。

ξ*゚⊿゚)ξ、(なんか、これってあれみたい。その……新婚さん?)

 クーの手作り料理――食すのは初のことで、実のところ、ツンはかなり待ち遠しく思っていて、食事が並べられるとナイフとフォークを鳴らす程だった。
 が、お叱りを受けては料理も冷めてしまう為、ある程度我慢をしつつ、ようやっとよしの合図を得ると、後は先の反応の通りだった。

143 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 23:08:36 ID:XAwkQF4U0

川 ゚ -゚)「……? 如何なさいましたか?」

ξ;゚⊿゚)ξ「あ、いや、そのっ……」

 そしてクーが食事をする様子だ。これにツンは釘付けだった。
 別に見たことがない訳ではない。だがその数も一度か二度、ないしは三度程度だった。

 果たして普段の彼女のマナーや作法と言ったものが如何程の程度かは不明だが、少なからず今見ている限りではツンよりも遥かに気品があった。
 並ぶ料理はどれも簡単なもの、且つ大した内容ではない。
 しかし食器を操作する手の動きから口へと運ぶまでの時間、他、食事の音は――咀嚼等も含め――ほぼ皆無と言える。

ξ゚⊿゚)ξ「……ずるいよね、クーって」

川 ゚ -゚)「はい……?」

 まるで完璧人間――見惚れると同時に嫉妬を抱くほどにクーは極まっている。
 そもそも彼女の所作と言うのは完璧で、例えば歩き方の一つを注目しても文句のつけようはなかった。

ξ゚⊿゚)ξ「何でも出来ちゃうよねぇ、クーは……超人?」

川 ゚ -゚)「レディースメイドですので。万事完璧にこなすのが役目で御座います」

ξ゚⊿゚)ξ「あー、模範となるべく、だっけ?」

川 ゚ -゚)「はい、その通りで御座います」

 レディースメイドとは何か。
 それはレディーの――この場合はツンにあたる――身の回りの世話を全て任され、更にはハウスキーパー等の監督役からの指示を無視することも出来る。
 メイドの中でも別格中の別格と呼ばれるが、これを任される者はまず歳若く、それでいて素養のある人物でなければならなかった。
 クーは元より勉強家ではあったが、ツンに仕える為にそれはもう大量の苦労をしてきた。

144 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 23:09:13 ID:XAwkQF4U0

川 ゚ -゚)(……言えない。絶対に)

 過去のことを思い返すと正に血の滲むような日々だったとクーは思う。
 彼女を扱き上げたメイド長と言えば鬼さながらで、一つのミスも許さなかったし、仮にミスが発生すればお仕置きとして尻が腫れ上がるまで叩かれもした。

 日々涙目になりながらも弛まぬ努力をした彼女は、今、結果的にツンの傍に立つことが出来る。
 そうも必死になっていた理由と言うのは語るも野暮と言うやつだった。
 ツンは先から黙しているクーを不思議そうに見つめるばかりで、視線に今更気付いたクーは何でもないとだけ言葉を紡いだ。

ξ*゚⊿゚)ξ-3「ふぅ、お腹いっぱいっ」

川 ゚ -゚)「お口にあいましたか?」

ξ*^⊿^)ξ「うんっ! どれもすっごく美味しかったよっ!」

川 - ,-)「有難き幸せ……」

 食事を終えたあと、クーはツンの反応を見て少々上機嫌になった。

川 ゚ -゚)(……美味しかった、か)

 そう言われると不思議なくらいに心臓は高鳴る。
 普段から彼女の世話をしているクーだったが、こうした別の土地――普段の生活からかけ離れた場所で、更には自身の料理の感想を告げられると、これが意外と効果覿面だった。

 一人鼻歌交じりに食器を洗うクー。
 さて、そんな彼女の後方から忍び足で迫ってくる少女が一人。お分かりの通りにツンだった。

ξ*゚⊿゚)ξ(こ、これはレアな場面なんじゃっ……給仕服のそれとはまた別に、エプロン着てるクーってすっごい新鮮!)

 桃色のエプロンをするクーに心中穏やかになれないツン。
 彼女は興奮のままに背後からクーへと抱き付こうとしていた。
 しかしそんな彼女に対してのクーの台詞と言えば――

145 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 23:09:40 ID:XAwkQF4U0

川 ゚ -゚)「そう言えばお嬢様」

ξ;゚⊿゚)ξ「え? な、なにかなぁ?」

川 ゚ -゚)「いえ。折角こうして時間も大量に有り余っているので、どうせなのでわたくしと一緒に――」

ξ*゚⊿゚)ξ「な、なに? 何かするの? あっ、もしかして一緒に遊ぼうとかっ? んふふー、それなら大歓迎――」

川 ゚ -゚)「いえ。お勉強をしましょう」

ξ゚⊿゚)ξ「……わぁーい……」

 そんな、まったくもって色気の一つもない台詞だった。
 しかしそう言う性格なのはとうに理解していたし、そんな彼女だからこそ好きになったのだろう、と自答したツン。

 間も無く、折角の長期休暇だと言うのにもかかわらず、クーが教鞭を手にツンへ教育を施す景色があった。




 Break.

146 ◆hrDcI3XtP. :2019/09/29(日) 23:10:21 ID:XAwkQF4U0
本日はここまで。
こちらの投下量も増やしていこうと思います。完結は十月半ば程度と思われます。
それではおじゃんでございました。

147 名無しさん :2019/09/29(日) 23:13:37 ID:TM0k.2620
意欲の鬼か?

148 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:34:11 ID:YaoLVTVA0



 16


.

149 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:34:31 ID:YaoLVTVA0

 冬の午後、アッシュダウンの森に華やいだ声が色づく。
 少女はヒースに覆われた森を駆け抜ける。
 小さな身体を目いっぱいに動かし、頬を赤く染めて白い息を吐いた。

川;゚ -゚)「お嬢様、お嬢様っ」

 そんな少女の背を追うのは佳人――クーだった。
 そうなれば追うのは彼女の主であるツンなのは至極のことで、この日の午後、二人は森へと散歩にきた。

ξ*゚⊿゚)ξ「すごいすごい! ねぇ、クー! 家のお庭の森より素敵!」

 アッシュダウンの森は松とヒースが立ち並び、他には冬の花や枯草が点在する。
 空気は冬の匂いを醸し、それを肺に取り込んだツンは満面の笑みを浮かべた。
 ツンの様子にクーは叱るでもなく呆れるでもなく、小さく笑みを浮かべると立ち止まったツンの下へと向かった。

ξ*゚⊿゚)ξ「広いねぇっ。すごいね、ここっ。なんだか絵本の中の景色みたいっ」

川 ゚ -゚)「地元なので感慨はありませんが……しかしお気に召していただけたとあれば、それはまた栄誉で御座います」

ξ*゚⊿゚)ξ「うん、すっごく好きっ。あ、ほら見てクー。川もあるっ」

 様々な物を発見するとツンは直ぐに駆けていく。
 例えば見知らぬ木や花を見つけるとクーに名前を問い、或いは触れたことのないものには即座に心を奪われた。
 今度のツンは小川へと近づき、橋を渡ると澄んだ川面を覗き込む。

150 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:34:52 ID:YaoLVTVA0

川 ゚ -゚)「落ちないように気を付けてくださいね」
  _,
ξ゚д゚)ξ「大丈夫だよ。そこまで子供じゃないもんっ」

(歳相応で御座いますよ、お嬢様……)

 齢十三となればやはり精神的にもまだ幼い。
 如何に侯爵家の息女として高度な素養を持っていようとも、やはり未知に対しては素直になる様子だった。
 ツンは川の潺に耳を傾け、そうして流れに心を任せた。空では冬の鳥が旋律を奏で、午後の森は穏やかさが匂う。

ξ*゚⊿゚)ξ「この水おいしそう……」

川 ゚ -゚)「飲んではなりませんよ」

ξ;゚⊿゚)ξ、「わ、分かってるよっ……言ってみただけっ」

川 ゚ -゚)「然様で御座いますか」

 透明感のある川を見て、さらに上流へと視線を移せば沢がある。
 ツンは暫し景色に浸るとぽつりと言葉を零した。

 天然の森――こう言った大自然に足を踏み入れたことはなかった。
 決して彼女が外界に疎い訳ではない。年に二度は父の休暇に伴いバカンスに出掛けもする。
 が、行先は決まって栄えた場所だったり、或いは海を臨む景色だったりで、返ってこう言った景色は新鮮味に溢れていた。

151 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:35:31 ID:YaoLVTVA0
>>150 訂正


川 ゚ -゚)「落ちないように気を付けてくださいね」
  _,
ξ゚д゚)ξ「大丈夫だよ。そこまで子供じゃないもんっ」

川;゚ -゚)(歳相応で御座いますよ、お嬢様……)

 齢十三となればやはり精神的にもまだ幼い。
 如何に侯爵家の息女として高度な素養を持っていようとも、やはり未知に対しては素直になる様子だった。
 ツンは川の潺に耳を傾け、そうして流れに心を任せた。空では冬の鳥が旋律を奏で、午後の森は穏やかさが匂う。

ξ*゚⊿゚)ξ「この水おいしそう……」

川 ゚ -゚)「飲んではなりませんよ」

ξ;゚⊿゚)ξ、「わ、分かってるよっ……言ってみただけっ」

川 ゚ -゚)「然様で御座いますか」

 透明感のある川を見て、さらに上流へと視線を移せば沢がある。
 ツンは暫し景色に浸るとぽつりと言葉を零した。

 天然の森――こう言った大自然に足を踏み入れたことはなかった。
 決して彼女が外界に疎い訳ではない。年に二度は父の休暇に伴いバカンスに出掛けもする。
 が、行先は決まって栄えた場所だったり、或いは海を臨む景色だったりで、返ってこう言った景色は新鮮味に溢れていた。

152 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:35:55 ID:YaoLVTVA0

ξ゚ー゚)ξ「知らないものがたくさんあるなぁ……やっぱり着いてきてよかったねっ」

川 ゚ -゚)「……わたくしは未だに認めておりませんよ、お嬢様」

ξ゚~゚)ξ「もうっ。いいじゃない、そんなに怒らなくってもっ」

川 ゚ -゚)「その態度は鼻もちなりませんよ、お嬢様。悪いことは悪いと認識し、反省を――」

ξ;゚⊿゚)ξ「してる、してるよっ。うぅ……故郷に帰ってからのクーってば、本当に容赦がない……」

 果たしてクーが意識をしているかは謎だったが、事実として帰参してからの彼女は普段よりもツンに対する態度が厳しい。
 が、これは転ずれば、それだけツンを意識していると言うことでもあるので、つまり、事実としてクーはツンのことが心配で仕方がなかった。

ξ゚⊿゚)ξ「そんなに心配……?」

川 ゚ -゚)「当然です」

ξ゚⊿゚)ξ「……嬉しいこと言ってくれるけど、それは過保護すぎるよ」

川 ゚ -゚)「お嬢様。何度も言った言葉ですが、外の景色と言うのは――」

ξ-⊿゚)ξ-3「危険がたくさんある、でしょ? もう耳にタコだよっ。それに今は……この村にいる間は平気でしょ?」

川 ゚ -゚)「平気なことなど……」

ξ゚⊿゚)ξ「だってクーがいるじゃない」

 その台詞を聞いたクーは目を見開いてツンを見つめた。

153 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:36:20 ID:YaoLVTVA0

川 ゚ -゚)「……何を仰いますか。わたくし一人程度で如何なる危機をも全て排除出来る訳では御座いません」

ξ゚⊿゚)ξ「でも今までずっと平気だよ?」

川 ゚ -゚)「運の問題です。お嬢様、例えば先程駆けている最中、躓いて転んで怪我でもしたら一大事です。今もそうです。冬の川に落ちてしまえば最悪命にかかわる重大な事故になりかねます」

ξ;゚⊿゚)ξ「本当に過保護だなぁ……」

川 - ,-)「過保護結構。お嬢様の身を案じ、お嬢様の生活を支えるべくしてわたくしは存在しているのです」

ξ゚⊿゚)ξ「――現にそうなってるよ」

 その返事はあまりにも早かった。
 寧ろクーの言葉を遮る勢いで、再度クーはツンを見つめる。

ξ゚⊿゚)ξ「クー。わたしはあなたに凄く感謝をしているし、クーのお蔭でわたしの日常はいつだって幸せで楽しいの」

川 ゚ -゚)「…………」

ξ-⊿-)ξ「それってね、クーがいつも頑張ってくれてるからだよ。それをわたしはいつもいつも感じて、理解して、そしてね……いつも、ありがとうって……そう思ってる」

川 ゚ -゚)、「っ……そんな、そんなお言葉……」

 あまりにも畏れおおい――そう言いたかったクーだが、胸が苦しくなり言葉が詰まる。顔は赤らみ、視線は他所へと向いた。
 そんなクーへと面を向けたのはツンで、彼女はクーの手を握りしめた。

154 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:36:52 ID:YaoLVTVA0

ξ゚ -゚)ξ「……ごめんね、無理やりついてきて。怒るのも当然だって分かってる。でもね、それでもわたしだって……気が気でいられないの」

川 ゚ -゚)「……お嬢様」

ξ゚⊿゚)ξ「別にね、いいんだ。待つのもとぼけられるのも。けどね、まるで逃げるように背を向けられるのは、なんか……嫌だったから」

川 ゚ -゚)「…………」

 そもそもツンがこの帰省に乗じた理由はクーの気持ちを確かめる為――答えを、返事を得る為だった。
 結局、今の今までその話題に両者は触れてこなかったが、しかしツンが切り出したことによりクーは向き合うことになる。
 クーの手を握りしめるツンの手は震えていた。それは寒さの所為ではなかった。緊張と恐怖を抱くのだ。

ξ゚⊿゚)ξ「昔は、昔は――って、昔のことばかり最近は思い出してた。クーは昔のこと、よく思い出す?」

川 ゚ -゚)「……どうでしょうか」

ξ゚⊿゚)ξ「自分のことなのに分からない?」

川 ゚ -゚)「いえ。もしかしたら――……」

ξ゚⊿゚)ξ「……? なに?」

川 ゚ -゚)「……いいえ」

155 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:37:12 ID:YaoLVTVA0

 過去を思い出すのではなく、過去に囚われているのは己自身で、未だにその景色と幻影に惑わされているのでは、とクーは思う。
 そうして彼女は正常を保つ。

 今、こうしてツンが自身に触れているのは去来する過去が自身の望みのままに形を持ち、現実を侵食して己を混乱困惑させようとしているのでは、と思う。
 そうでもしなければクーは耐えられない。初めて出会った時からクーはツンのことだけを考え、そうしてある日を境に仮面を装着し、自身の感情を封じ込めた。

 だが今になって封じ込めた感情や望みのようなものが溢れ誘惑する。
 気持ちを曝け出せとせがむ。
 それにクーは抗い、なんとか今まで凌いできたが――

川 ゚ -゚)「……冷たいですね」

ξ゚⊿゚)ξ「え?」

川 ゚ -゚)「手……お嬢様の手は、冷たいです」

ξ゚ー゚)ξ「……うん。そうだね」

 互いの温もり。
 手をつなぎ、川辺に佇む二人はそれを今更ながらに感じた。
 クーの手は温かく、ツンの手は冷たかった。

156 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:37:32 ID:YaoLVTVA0

川 ゚ -゚)「歳若いお嬢様がこうも血行が悪いとは思いもしませんでした」

ξ゚ー゚)ξ「多分、普段からいい物を食べすぎてるんだね」

川 ゚ -゚)「野菜を食べてください」

ξ;゚⊿゚)ξ「うっ……あ、あれは、そのぉ……ほら、動物が食べるものだからっ」

川 ゚ -゚)「わたくしは野菜も好んで食べます」

ξ;゚⊿゚)ξ「ぐぬっ……!」

 新情報得たり、と同時に間接的にクーを動物呼ばわりしたことに気付くツン。
 二人のやり取りは普段と似たようなものだったが、けれども確かなのは自然体そのものと言うことで、それはある意味では普段とは違った。
 ツンは微笑み、クーは変わらずの鉄面皮。だが、二人の空気は朗らかで、穏やかで、それでいて温かかった。

川 ゚ -゚)「……そろそろ戻りましょう、お嬢様」

ξ゚⊿゚)ξ「ん……もう?」

川 ゚ -゚)「はい。じきに夕暮れです。夕食の用意をせねばなりません」

ξ゚ー゚)ξ「ふふっ……野菜たっぷり?」

川 ゚ -゚)「ええ。お嬢様の健康管理も……わたくしの役目でありますれば」

 そう言ったクーはツンへと視線を寄越す。

157 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:37:55 ID:YaoLVTVA0



川 ゚ー゚)


ξ゚ -゚)ξ(っ――)



.

158 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:38:16 ID:YaoLVTVA0

 ツンはそれを見た。久しく見ることの出来たクーの微笑みを。
 それは一瞬にも等しく、本当に分かりにくい程度だったが、それでも確かにクーは微笑んでいた。

川 ゚ -゚)「さぁ……行きましょう」

ξ。 ー )ξ「……うんっ」

 ツンの手を引いてクーは歩き出す。
 そんな彼女の腕にしがみ付く少女は目元に小さく涙を浮かべ、赤くなった顔を隠した。
 ツンの重さを腕に感じつつ、そして胸の中が軽くなった気がしたクーは、レディーをエスコートしながらに帰りの道を歩く。

川 ゚ -゚)(……二つの足跡、か)

 クーは振り返って軌跡を見る。
 地面に描かれた二つの足音は、まるで歩幅の感覚も大きさも異なっていたが、それでも確かに距離は近かった。
 同じように歩く――それは難しいことで、それが自然に出来るくらいには、兎角、二人の距離は縮まる――もとい、戻ったのだった。




 Break.

159 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:38:36 ID:YaoLVTVA0



 17


.

160 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:38:58 ID:YaoLVTVA0

 ハートフィールドは穏やかだった。
 その日、ツンはクーを連れて小さな村を回る。

 彼女を知る者等は即座に出向き礼をするが、対するツンは、どうかこの事は内密に頼む、とお忍びであることを明かす。
 その台詞に村民達はことを察し、御令嬢もそう言う時分だ、広い城と言えど鳥籠の中は窮屈だろう――と皆は笑った。

 彼女は皆に快く迎えられたが、しかしクーはやはり複雑な心境で、綻んだツンを見ると咎めようにも咎められなかった。
 兎角、ツンは今現在、村の一画にある小さな飯屋にきていた。

ξ゚~゚)ξ「うーん、ハーブティー……独特だね、この味はっ」

川 ゚ -゚)「……お気に召しませんか?」

ξ゚⊿゚)ξノシ「ううん、不思議なくらい気分が落ち着くから好きだよっ」

 先日、距離が戻った二人は午後の茶を楽しむ。
 城の外でアフタヌーンティーをする貴族と言うのも妙な画で、店の主人は何故茶を飲むのだろうか、と首を傾げた。

 アフタヌーンティーの文化はこの時分に生まれたが、それは貴族の内でのみ流行った。
 後の世ではイギリスを象徴する文化となったが、ある意味貴族と言うのは流行の最先端をいくものだった。

川 ゚ -゚)「活発で御座いますね、お嬢様」

ξ゚⊿゚)ξ「え? 何が?」

川 ゚ -゚)「いえ。先日のアッシュダウンの森に引き続き、村を見て回りたい、とは……」

ξ゚ー゚)ξ「だってクーの生まれ故郷だもん。見て知りたいと思うよ?」

川 ゚ -゚)「……然様で御座いますか」

161 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:39:20 ID:YaoLVTVA0

 それはどう言った意味か、と問うことはない。どうあっても従者、どうあってもレディースメイドの佳人は瞳を伏せてカップを傾けるのみ。
 対してツンはバターをふんだんに使ったクッキーを齧り、歓喜の声を上げると小動物よろしく頬を膨らませて貪る。

 その様子を眺めながら再度クーは苦悩を抱く。
 先日、距離が戻った事実は内心では喜ばしいが、この状況が問題だった。
 人目に彼女が晒される事実――噂の一つでも立つのが当然だと言える。

 幾ら口を封じようともお喋り好きな者はいる。
 こんな寒村であろうとも噂はたちまち広がり、やがてはロンドンにまで届き、下手をしたらティレル侯爵の耳にまで届くかもしれない。
 気が気でいられない――当然のことで、クーは後悔ばかりをした。
 ツンはこの日、好奇心を抑えられずに村の様子が見たいとクーに願った。
 当初はこれに猛反対した彼女だったが――

( ´∀`)「いいじゃないかモナ、クー。折角こられたんだモナ? 寧ろ是非見て回って欲しいところですモナ、ツンお嬢様」

( ‘∀‘)「そうよ、クー。堅苦しいわねぇ。さぁさぁツンお嬢様、外は冷えますから、温かいお着物を選びましょうね」

――呆れることに彼女の両親はツンの意見を尊重し、クーに対して非難までをもする。
 味方がいないとなっても孤軍奮闘せんとするクーだったが、最終的にツンの瞳に涙が浮かぶと、彼女は溜息を一つ吐き諦めたように頷いてしまう。

 両親はせっせとツンの身支度を進めるが、果たして実の子の帰参に対してそう言った態度は如何なのか、とクーは若干怒りを抱く。
 が、傍目から見ると、まるで孫でもあやす爺(じい)と婆(ばあ)のようにも見えて、クーは何となく両親の気持ちを察する。

162 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:39:51 ID:YaoLVTVA0

川 ゚ -゚)(……孫、か)

 早く結婚して孫の一人はつくって欲しい――いつか言われた台詞が頭に浮かぶ。
 結婚、と言う言葉に触れると彼女の眉間に皺が寄り、次いで瞳には何とも言い難い感情が浮かんだ。

ξ゚⊿゚)ξ「……? どうしたの、クー?」

川 ゚ -゚)「……いいえ。何でも御座いません」

 そんなクーの変化をなんだかんだで見ていたのはツンで、疑問を口にするがそれに対する返答は簡単なものだった。
 少々不機嫌――なのは村に出陣してから変わらない。
 やはり人の前に姿を見せたことを怒っているのだろうか、とツンはしょぼくれた。

川 ゚ -゚)「……別に」

ξ;゚⊿゚)ξ「え?」

川 ゚ -゚)「別に、怒ってはいませんよ、お嬢様」

 が、そんな彼女の気分の沈み様に対し、クーは静かにそう紡ぐ。面をあげ、内心でも読まれたかとツンはたじろぐ。
 けれどもそう言った間柄――既に関係は八年かそれ以上続く訳で、つまり、二人の間において、対する者の胸中と言うのは案外察しが付く。
 更に言えばクーはレディースメイドであるからして、主人の考えを理解するのが当然とも言えた。

163 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:40:16 ID:YaoLVTVA0

川 ゚ -゚)「考えておりました」

ξ゚⊿゚)ξ「何を?」

川 ゚ -゚)「多くのことをです」

ξ;゚~゚)ξ「曖昧な言い方だね……」

 ツンはそう言いつつ、ハーブティーで唇を湿らせる。

ξ゚⊿゚)ξ「多くのことって……なに?」

川 ゚ -゚)「そうですね。端的に言うならば、将来、で御座いましょうか」

ξ;゚⊿゚)ξ「将来っ」

 また漠然とした台詞だ、とツンは思う。

川 ゚ -゚)「お嬢様は先のことを考えたことはおありで」

ξ;゚⊿゚)ξ「そりゃ、あるけど……」

 急な話題――更には饒舌な様子にツンは少々戸惑いを抱く。

川 ゚ -゚)「ではその先の未来に……わたくしはいますか」

ξ゚⊿゚)ξ「っ――」

164 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:40:39 ID:YaoLVTVA0

 その台詞をどう判断するのか――難しいものだった。
 普通に考えたら従者として付き従うか否かと言う話題だ。
 だが既に二者は向き合っている。未だ答えは存在せず、明確に意思を示すことはないにせよ互いは互いと対峙している。
 ツンはこの質問を試練だと思った。己は試されているのだ、と。

ξ゚⊿゚)ξ「いるよ。当然でしょ」

川 ゚ -゚)「然様で」

ξ゚⊿゚)ξ「クー意外の人なんて考えられない」

川 ゚ -゚)「然様で」

 ツンのその台詞は上手いと言える。それはどんな意味にも捉える事が出来る。
 従者として彼女以上に素晴らしい者は存在しないと言う意味で、かつ、彼女のみにしか恋情は抱かないと言うのだ。
 それにクーは瞳を伏せるばかりだったが――

川 ゚ -゚)「ではあなた様の隣に立つのは誰ですか」

ξ;゚ -゚)ξ「……っ」

――迫ったその台詞にツンは顔を伏せた。
 ついで口を固く結び、膝の上で拳を握る。
 分かり切っている質問――それは彼女の未来そのものと言える。

165 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:41:07 ID:YaoLVTVA0
>>164 訂正


 その台詞をどう判断するのか――難しいものだった。
 普通に考えたら従者として付き従うか否かと言う話題だ。
 だが既に二者は向き合っている。未だ答えは存在せず、明確に意思を示すことはないにせよ互いは互いと対峙している。
 ツンはこの質問を試練だと思った。己は試されているのだ、と。

ξ゚⊿゚)ξ「いるよ。当然でしょ」

川 ゚ -゚)「然様で」

ξ゚⊿゚)ξ「クー以外の人なんて考えられない」

川 ゚ -゚)「然様で」

 ツンのその台詞は上手いと言える。それはどんな意味にも捉える事が出来る。
 従者として彼女以上に素晴らしい者は存在しないと言う意味で、かつ、彼女のみにしか恋情は抱かないと言うのだ。
 それにクーは瞳を伏せるばかりだったが――

川 ゚ -゚)「ではあなた様の隣に立つのは誰ですか」

ξ;゚ -゚)ξ「……っ」

――迫ったその台詞にツンは顔を伏せた。
 ついで口を固く結び、膝の上で拳を握る。
 分かり切っている質問――それは彼女の未来そのものと言える。

166 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:41:29 ID:YaoLVTVA0

川 ゚ -゚)「……御答えは」

ξ - )ξ「…………」

川 - ,-)「……お嬢様。わたくしの両親は……わたくしに早く結婚をしろと急かします」

ξ;゚⊿゚)ξ「えっ……」

 それは親心としては当然の台詞だが、ツンは恐ろしい台詞を耳にした気がした。
 急かされる――それは彼女が他の誰かの物になると言うことだった。

 まるで追い詰められているような気がしてくるツン。
 対するクーは平然と構えるが、彼女の身開かれた瞳には、悲しみの色合いがあった。

川 ゚ -゚)「子を成し、家庭を持つ。それは女性ならば誰もが憧れることです。ですがわたくしは度々見合いの話を断ってきました」

ξ;゚⊿゚)ξ「え……そうだったの……?」

川 ゚ -゚)「はい」

ξ;゚⊿゚)ξ「それは、なんで――」

 と、問いを向けたツンだが――

川 ゚ -゚)「わたくしは、あなた様のもので御座いますれば」

 そう、クーはツンの瞳を見つめて真っ直ぐに答えた。
 その台詞はツンの胸中に垂れこめた暗黒の淀みを掻き消した。
 彼女の眼光がツンに光を齎す。

167 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:41:52 ID:YaoLVTVA0

 そう、クーはツンの瞳を見つめて真っ直ぐに答えた。
 その台詞はツンの胸中に垂れこめた暗黒の淀みを掻き消した。
 彼女の眼光がツンに光を齎す。

川 ゚ -゚)「……わたくしは、ずっとそうして立ってきました。ただ、それだけは知っておいてほしかったのです」

ξ*゚⊿゚)ξ「クー……」

川 ゚ -゚)「あなた様の生活を全う足るものにする為に全てを捧げようと決めております。故にわたくしはあなた様が望む限りは傍にいます」

 だが、と彼女は言葉を続ける。

川 ゚ -゚)「あなた様“も”……いつか、誰かのものになるのです」

ξ ⊿ )ξ「…………」

 当然のことだ。
 それは決められたことだった。

川 ゚ -゚)「御存じでしょう、お嬢様。あなた様は――」

ξ ⊿ )ξ「知ってるよ。分かってるよ。だって“そう言う約束”らしいから。知ってるよ」

――ティレル家と親しい間柄に名高きネラア家あり。
 位は公爵の家系で、特に当代の当主であるティレル卿とネラア卿は親しい間柄だった。
 そんな二人は取り決めをしていた。

168 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:42:18 ID:YaoLVTVA0




ξ ー )ξ「可笑しいよね、一人娘なのにね。わたし……嫁ぐんだもんね。ネラア家に」



.

169 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:42:38 ID:YaoLVTVA0




 それは許婚と呼べるものだった。
 本人たちの意思を無視したその取決めを告げられたのはツンが齢十程度の頃。
 それは、クーが激変した時期と符合する。

170 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:43:48 ID:YaoLVTVA0

















 Break down.


.

171 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:44:24 ID:YaoLVTVA0



 18


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172 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:44:46 ID:YaoLVTVA0

 それを告げられた時、ツンは戸惑った。

( ^ω^)『いいかお、ツン。お前はいずれ、ネラア卿の御子息の下へと嫁ぐんだお……』

 そう言ったのは実の父であるブーン・ティレル侯爵だった。
 何故一人娘である己が嫁ぐのか、と言うのも疑問だったが、なによりとしてそんな取り決めを交わした覚えが本人にはなかった。

ξ;゚⊿゚)ξ『なんで? わたしはいやだよ。しらない人のとこになんて……』

( ^ω^)『大丈夫だお。きっとツンも気に召すお。ネラア卿も、そしてネラア卿の息子殿も気に入るお』

 ヨーロッパにおいて女性に爵位継承権は存在しないが、英国は例外的に王女の意を介することにより可能だった。
 しかし、大抵は一人娘だろうとも他家に嫁がせるのが普通だった。

 貴族の結婚、婚姻と言うのは同格が望ましく、このティレル家もネラア家もほぼ同格の家柄であった為、二人は大変乗り気だった。

 そうなるとティレル家の家が絶える、と言う訳ではない。
 それは併合を意味し、女子に継承権はなかろうとも、生まれた子が男児であった場合は継承権が発生する。

 この場合、子には二つの爵位が齎される――侯爵と公爵だ。
 通常は爵位の上位である方を名乗る為、必然的に公爵の地位を賜る。
 兎角、そんな背景はまた別にしてもツンはまったく納得がいかない。

173 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:45:30 ID:YaoLVTVA0

ξ;゚д゚)ξ『いやだよ、お父様っ。わたしが侯爵になるから、だからよそにいきたくないっ』

( ^ω^)『……これもお前の為なんだお、ツン』

ξ;゚⊿゚)ξ『なにをいってるのっ。わからないよ、お父様っ』

( ^ω^)『……貴族とは、爵位を賜ることと言うのは……このティレルの家督をそのままに受け継ぐことと言うのはお、ツン。
      それは……血に塗れることを言うんだお』

 それは彼の願う、唯一の策だった。
 確かに英国では女人に対する爵位継承も可能となるが、ティレル家こそは武家、騎士の家系。
 戦時となれば真っ先にその先頭へと駆り出される。

 そうなれば如何に女人と言えども関係がない。
 それが貴族。それこそが地方を束ねる力を与えらし家柄だ。
 ティレル卿はツンの頭を撫で、そうして諭すように言葉を紡ぐ。

( ^ω^)『幸せを、そして豊かさを、得んが為にと人々は争う。ツン……お前はそんな景色に巻き込まれる必要はないんだお。
      穏やかに、ネラア卿の下で平和に暮らすべきなんだお……』

ξ。゚⊿゚)ξ『わからないよっ……お父様っ。いったいなにをっ……』

( ^ω^)『……クイーンは野心家だお。それは国を育むが……最早英国に血は絶えないだろうお。
      この先の未来……戦火渦巻く世で、お前を絶望から護る為に、これは必要なことなんだお、ツン。それが父の為すべきことなんだお、ツン』

ξ。゚⊿゚)ξ『お父様っ……』

174 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:46:33 ID:YaoLVTVA0

 父の愛情は娘の思いを粉砕する。
 それは悲しく辛いことだが、それでも、死なせるくらいならば恨まれても構わないとティレル卿は判断した。
 幼いツンには彼の思いが分からない。何故好きでもない者のもとへ行かねばならぬのかと混乱をし涙まで流す。
 ツンの頭の中にはクーの顔が浮かんでいた。許婚の件を聞かされて真っ先に彼女を思った。


ξ;⊿;)ξ(いやだよっ……なんでっ)


 恋とはそう言うものではないはずで、自然的で、或いは運命的なものだとツンは幼いながらに理解していた。
 そう、それこそはクーと出会った時のような、まるで夢の心地に浸るような、そんなものであるはずだ、と――

175 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:46:53 ID:YaoLVTVA0



――村から帰陣したツンとクー。
 ツンはクーの寝室に閉じこもり、対してクーは居間で一人寡黙になった。
 両親の姿はない。恐らくは何かしらの作業をしに出かけたと思われる。

川 ゚ -゚)(……言いすぎた、のかな)

 先の問答で口にした台詞。それは従者としては紡いではならない言葉だった。だがクーは後悔をしつつも間違いではなかったはずだと思う。
 現実を忘れるだとか無視することは不可能だ。ツンには許婚がおり、その取決めを破ることも同じく不可能だった。
 許婚――ツンには定められた者がいる、と思うとクーは胸が苦しくなる。
 次いで先程見たツンの泣き顔を思い出すと面は険しくなった。

川 - )「……何をやってるんだ、私は」

 あれではまるで余計に追い詰めたようなもので、それはつまり、主人を傷つけたも同義だった。
 これも必要なことだったと言えるが、彼女は他にも手段があったはずだと思う。無理矢理に叩きつけるのではなく、時間をかけて彼女の気持ちを正すべきだった、と。

 だが急いてしまった。それもこれも、やはり焦りがあるからだ。
 帰省してから三日目の今日、残る二日でツンにしっかりと気持ちを伝えようとしていた。

 それは断りの言葉だ。
 彼女の愛に対して、受け取ることは出来ぬと、己達の関係はどうあっても主従のみでしかないと伝えるのだ。

 既にその言葉は用意出来ていた。
 それは愛を紡がれた日から、ツンが心を解放した時からだ。
 だが今の今まで言い出せなかったが、いよいよ腹を括る。

176 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:47:21 ID:YaoLVTVA0

川 - ,-)「このままずるずると先延ばしにしていたら……もっと大変なことになる」

 故のこの大騒動だ。あのツン嬢がティレル城から抜け出してこんな田舎にまでついてきた。
 暴走――許されざること。それの責任はやはりクーにある。
 曖昧にし続けたツケと呼べる。自身を責めたクーは拳を握った。それを机に叩きつけ憂さを晴らす。

川 ゚ -゚)「……部屋まで占拠されてしまった」

 自身の部屋なのに――そう思うが、悲しみに暮れるツンを思えばこそ、今はそっとしておくべきだと判断する。
 そうして気持ちを落ち着かせたクーは立ち上がるとキッチンへと向かい、簡単に夕食の準備を始めようとする。
 本日はシチューにしよう、と思っていたクーの背後から軋む音が伝う。

川 ゚ -゚)「お嬢様――」

 背後に立っていたのはツンだった。
 振り返り、そんな彼女を見たクーは言葉を失う。

ξ ⊿ )ξ「ねぇ、クー。わたしは確かにそうなるのかもしれないね。やっぱりネラア家に嫁ぐのが幸せなのかもしれないね」

 肌着せぬ美少女の姿がそこにはあった。
 長い金色(こんじき)の髪に碧の目。その目元は赤く腫れ、声も嗄れていた。
 だがその未発達な身体と言えば神秘的で、対峙したクーは後退る。

177 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:47:59 ID:YaoLVTVA0

ξ ⊿ )ξ「なにを驚いてるの。いつもわたしの身体、見てるじゃない」

川 ゚ -゚)「……御召し物をどうか、お嬢様」

ξ ⊿ )ξ「着せてよ。いつもみたいに。慣れてるでしょう、メイドなんだから」

川 ゚ -゚)「……お嬢様……?」

 据わった瞳を理解するとクーは焦燥をする。毎度の如くのツンの暴走――それを悟った。
 だがそれでも本日のクーは何とか正常を保ち、そうして真っ直ぐに立つとツンを見つめ返す。

ξ ⊿ )ξ「ねぇ。命令だよ、クー」

川 ゚ -゚)「何でしょうか」

ξ - )ξ「抱いて」

 衝撃的な台詞。
 ツンはその言葉を紡ぐと静かにクーへと歩み寄り、その細い体躯でクーに纏わりつく。
 が、クーは動じなかった。どころかその瞳を鋭くし、まるでツンを睨むようにする。

川 ゚ -゚)「乙女らしからぬ振る舞いで御座います。お嬢様」

ξ - )ξ「仕方ないよ。もう……仕方ないよ」

川 ゚ -゚)「何が、とは問いません。ですがお嬢様、お忘れで」

ξ ⊿ )ξ「……何を?」

川 - ,-)「わたくしが……如何なる存在かを」

 そう言ったクーはツンの身体を引きはがすと――

178 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:48:22 ID:YaoLVTVA0




川 ゚ -゚)「お許しを。ツンお嬢様」



 平手を、主であるアリスへと叩きつけた。




.

179 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:48:42 ID:YaoLVTVA0

















 Down.

180 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:49:10 ID:YaoLVTVA0



 19


.

181 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:49:31 ID:YaoLVTVA0

 その話を告げられた時、クーは思い知った。
 己は夢を見ていたのだ、と。そして現実から目を反らしていたのだ、と。

川;゚ -゚)『嫁ぐ、で御座いますか』

( ^ω^)『おっ……』

川;゚ -゚)『お嬢様が』

( ^ω^)『おぉ……そうだお、クー』

 返事を寄越すのはティレル侯爵。
 この日、彼はクーを呼び出すとツンの婚姻の話を口にした。

川; - )(嫁ぐ。誰かのものに、なる)

 それは当然のことだ。女に生まれたならばいつかは誰かの下へといくのが常だ。
 時代的なこともあるが一人娘と言えども他所の家庭に入るのが当然だ。

 だがそれをクーは信じられなかった。受け入れることも出来なかった。
 しかし内心では分かっていた。いつかはそんな時が来ると。

川; - )(恋をして、愛を抱く……当然だ……)

 決してその許婚の話題に絶望をした訳ではない。それは一つの切っ掛けであり、クーは今更に思い出す。
 己が恋をしている相手は少女で、結ばれることは永遠に有り得ないのだ、と。

182 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:49:54 ID:YaoLVTVA0

( ^ω^)『……どうしたんだお、クー?』

川; - )『っ……いえ』

( ^ω^)、『顔色が悪いようだけどお……』

 クーの顔が見る間に蒼褪めていく。
 クーは恋をしていた。相手は主であるツン・ティレル嬢。
 出会ったその日から心を奪われ、彼女の為に己は一生を捧げようとまで誓った。

 ツンが好きだった。声の一つ、仕草の一つ――全てが愛しいと思っていた。
 笑顔を向けられると心が締め付けられ、彼女が泣けばクーも辛い思いだった。
 気付けば関係は五年にも及び、二人の間柄は親友にも等しい関係と言えた。

 一方的な片思い――それでいいと思っていた。この思いは死ぬまで心に秘めているはずだったが、認識が甘かった。
 現実と対峙すると彼女は途端に無気力に襲われ、脳内は混乱に陥る。当たり前のことなのに、けれども感情が爆発しそうだった。
 だがそんな狂う寸前の彼女をなんとか正常にとどめる言葉がティレル卿の口から紡がれる。

( ^ω^)『先の話だけどお、クー。できるなら、将来も……ツンの傍にいてあげて欲しいんだお……』

川;゚ -゚)『えっ……』

 驚きの台詞だ。普通、レディースメイドの期間は短い。十年も続けばいい方で、歳をとるとその任から降ろされる。
 だが侯爵は己の手元からツンが旅立った後もツンの傍にいてくれと頼んだ。

( ^ω^)『君はツンのよき理解者。あの子はきっと君を必要とするはずだお。だから、もしも嫌でなければツンのことをお願いしたいんだお』

183 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:50:17 ID:YaoLVTVA0

 その一言でクーは決意した。
 この恋心は叶わない。愛を交わす関係にはなれない。
 けれども、愛するツンの支えになることは出来る。
 一生を賭すことが出来る。

 その瞬間に彼女は仮面を装着した。

川 - )『――了解しました。マスター』

( ^ω^)『……クー?』

 その声には抑揚の一つもない。機械的な返事、そして態度にティレル卿は不安げに彼女の名を呼んだ。
 だが彼女は異常ではなかった。それは正常を保つための手段――感情を殺し、従者として徹するがあまりに、そしてツンを愛するがあまりに生じた変化だった。

川 ゚ -゚)『このクー。命尽きるその時まで……ツンお嬢様に誠心誠意を尽くしましょう』

 以降、彼女の変化にツンは戸惑い、城では鉄面皮と称されるようになった。

184 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:50:44 ID:YaoLVTVA0



 張り手を見舞ったクーはツンを見つめる。
 対してツンは面を伏した。

川 ゚ -゚)「ご自身の立場をお忘れで、お嬢様」

 相も変わらずの冷淡な口調。それに対する返事はない。
 だが構わずにクーは言葉を続けるのだ。

川 ゚ -゚)「あなた様は名高きティレル家の御息女、華の乙女。そんなあなた様が感情に駆られみだりな振る舞いをしてはなりません」

 歩み寄り、クーは己の着込むカーディガンをツンへと着せる。

川 ゚ -゚)「お嬢様。わたくしはあなた様の従者でしかありません。あなた様の愛に応えることは出来ません。
     夢は叶わないのです。もう、大人になる時なのです」

 例え彼女を追い詰める結果になったとしても、もうこれ以上逃げる真似は許されない――そうクーは理解をした。
 ツンの情緒不安定な様はあまりにも問題で、ならばいっそのことこの問題を解決してしまえばいいと判断をする。
 それは彼女の心を傷つけることになるが、だが苦しめ続けるよりもまだマシだと思った。

185 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:51:05 ID:YaoLVTVA0

ξ ⊿ )ξ「大人ってなに」

川 ゚ -゚)「大人は大人です」

ξ ⊿ )ξ「適当言わないでよ」

 しかしツンと言えば接近したクーを見つめ、そうして言葉を紡ぐ。

ξ ⊿ )ξ「ねぇ、クー。私が聞きたいのはね、そんな台詞じゃないんだ」

川 ゚ -゚)「返事はいたしました。お応えできません、と」

ξ ⊿ )ξ「そう。ならいいよ、それで。じゃあ聞かせてよ」

川 ゚ -゚)「何をですか」

 先までの様子とは違う――大人になれ、と言う台詞がツンの逆鱗に触れたか否か。
 兎角として醸す空気は、怒りのそれだった。

ξ ⊿ )ξ「わたしのこと。好き、嫌い……どっちなの」

川 - )「…………」

 ああ、とクーは思った。
 それは、その問いは卑怯だ、と。

186 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:51:31 ID:YaoLVTVA0

川 - )「主としてしか見ません。特別な感情はありません」

ξ ⊿ )ξ「ううん。それは答えじゃないよ。ねぇ、覚えてないの。わたしが聞きたいこと。
      何のためにここまで着いてきたのか……覚えてないの、クー」

川 - )「…………」

 覚えているか否か――クーは覚えている。だからこそ先の言葉を用意した。
 ツンが求めるのは言葉だ。
 彼女はクーに愛を紡いだ。ではクーは己はどう思っているのか。
 それを聞く為にこうしてハートフィールドまでやってきた。

ξ ⊿ )ξ「答えて」

川 - )「できません」

ξ ⊿ )ξ「二者択一だよ。単なる二択じゃない」

川 - )「不可能です」

ξ ⊿ )ξ「知らないの、シャロ。この世は是と非しかないってこと。わたしが訊いてるのはそれだよ」

川 - )「意味を理解しかねます」

ξ ⊿ )ξ「そう。卑怯なんだね。まだ逃げるの」

 逃げる――その台詞にクーの胸が痛む。

187 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:51:53 ID:YaoLVTVA0
>>186 訂正


川 - )「主としてしか見ません。特別な感情はありません」

ξ ⊿ )ξ「ううん。それは答えじゃないよ。ねぇ、覚えてないの。わたしが聞きたいこと。
      何のためにここまで着いてきたのか……覚えてないの、クー」

川 - )「…………」

 覚えているか否か――クーは覚えている。だからこそ先の言葉を用意した。
 ツンが求めるのは言葉だ。
 彼女はクーに愛を紡いだ。ではクーは己はどう思っているのか。
 それを聞く為にこうしてハートフィールドまでやってきた。

ξ ⊿ )ξ「答えて」

川 - )「できません」

ξ ⊿ )ξ「二者択一だよ。単なる二択じゃない」

川 - )「不可能です」

ξ ⊿ )ξ「知らないの、クー。この世は是と非しかないってこと。わたしが訊いてるのはそれだよ」

川 - )「意味を理解しかねます」

ξ ⊿ )ξ「そう。卑怯なんだね。まだ逃げるの」

 逃げる――その台詞にクーの胸が痛む。

188 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:52:15 ID:YaoLVTVA0

川 - )「仰る意味が――」

ξ# ⊿ )ξ「逃げ続けるの、そうやって。ずっとはぐらかして、突然に休暇届出して、
       ここまでついてきたけど……まるで諦めさせようと必死になって。ねぇ、いい加減に向き合ってよ」

川 - )「……向き合いました。あなた様とわたしは、確かに――」

ξ#;Д;)ξ「自分から逃げないでよっ!!」

 叫び散らしたツンは、ついに感情を抑えきれずに涙を零してしまった。

ξ#;Д;)ξ「何でっ……何でそんなに逃げるの、わたしとは向き合えたじゃない!! ならちゃんと自分とも向き合ってよ!!
        自分に嘘ついて、背を向けて……苦しむのはクーなのに!! なんでそんなに自分を殺そうとするの!!」

川; - )「っ……」

――クーはそれに触れられたくなかった。
 だからツンと極力会話を避け、必要な接触のみで過ごしてきた。

 休暇届もその為だ。
 己の感情を殺し、また以前のように鉄の心を用意し、異常をすべて取り除こうとした。

 だが、それが悉く崩された。
 アリスは彼女の心に入り込んでくる。
 殺してきた全てを彼女は愛し、それを大切にしてくれと懇願する。

189 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:52:38 ID:YaoLVTVA0
>>188 訂正


川 - )「仰る意味が――」

ξ# ⊿ )ξ「逃げ続けるの、そうやって。ずっとはぐらかして、突然に休暇届出して、
       ここまでついてきたけど……まるで諦めさせようと必死になって。ねぇ、いい加減に向き合ってよ」

川 - )「……向き合いました。あなた様とわたしは、確かに――」

ξ#;Д;)ξ「自分から逃げないでよっ!!」

 叫び散らしたツンは、ついに感情を抑えきれずに涙を零してしまった。

ξ#;Д;)ξ「何でっ……何でそんなに逃げるの、わたしとは向き合えたじゃない!! ならちゃんと自分とも向き合ってよ!!
        自分に嘘ついて、背を向けて……苦しむのはクーなのに!! なんでそんなに自分を殺そうとするの!!」

川; - )「っ……」

――クーはそれに触れられたくなかった。
 だからツンと極力会話を避け、必要な接触のみで過ごしてきた。

 休暇届もその為だ。
 己の感情を殺し、また以前のように鉄の心を用意し、異常をすべて取り除こうとした。

 だが、それが悉く崩された。
 ツンは彼女の心に入り込んでくる。
 殺してきた全てを彼女は愛し、それを大切にしてくれと懇願する。

190 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:53:13 ID:YaoLVTVA0



ξ#;Д;)ξ「自分すら嫌いになるつもりなの!? そうやって全部殺して、後には何が残るの!!
        絶望しかないんなら、なんでわたしの傍にいるの!! 本当はっ、本当はクーだって――」

川; - )「っ……!」

 その言葉の続きをクーは聞きたくなかった。
 だから彼女は咄嗟にツンの口を塞ごうと手を動かす。

 だがツンは彼女のその手を掴むとそのままに彼女を押し倒し、そうして覆い被さったツンは大泣きをしながら――


.

191 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:53:41 ID:YaoLVTVA0






ξ#;Д;)ξ「幸せになりだいっ、ぐぜにっ……!!」





.

192 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:54:14 ID:YaoLVTVA0

――そう、言ってしまった。
 その言葉を寄越されたクーの目が見開かれる。
 更には心の奥の鉄が融解するような、或いは崩れ壊れていくような音が響く。

 それはずっと隠し、ずっと殺してきた願いで、それは誰もが持つ感情だった。

 クーはそれを抑えることにより正常を保ち続けてきた。
 知らぬふりを続け、いつしか誤魔化すことに慣れ、そうしてそれが通常となったのに、それをツンが粉砕してしまう。

ξ;⊿;)ξ「ぐずっ……うぅっ、ひぐっ……」

川 - )「…………」

 ツンは泣く。クーは上から降り注ぐ彼女の涙を受けた。
 その温もりは凍てついた心臓を温めるかのようで、クーは今、久しく生きている気がした。

 ずっと己を殺し続けると言うのは死んでいることと同義で。
 果たして生きる意味とは何かと問われたらば、それはやはり欲がある訳で、そう言った欲の帰結する答えは幸福だった。
 幸福を拒絶し、ツンの為にと自身を偽ってきた。だのに、もう、クーは、そうはなれそうになかった。

川 - )「ずっと――ずっと……隠していたのに」

 クーの瞳が潤み、そうして涙が零れた。
 それを見たツンは驚きのあまりに泣くのをやめ、彼女をただただ見つめる。

193 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:55:01 ID:YaoLVTVA0




川 - )「そうすることが正しさだと信じ、そうしてあなた様を護り、支え、一生を尽くすのが己の役割だと思っていたのに」


 溢れる涙は止まらない。
 紡がれる独白を聞いたツンは、クーの苦しみをようやく理解するのだ。



川。 - )「報われないと知ったからこそ。未来はないと知ったからこそ。傷つき、傷つけると知ったからこそに……殺し続けてきたのに」



 それがクーの痛みと言えた。
 心を抑え誤魔化すことはどうあっても苦痛であり、それはストレスとなり、つまり、この数年間、クーと言う佳人は延々と苦しみもがき続けていた。

 彼女の涙を見たツンは再度涙を零すと、そのままにクーの胸へと飛び込み、大きな声をあげて泣いた。
 そんなツンの頭を撫でつけるのはクー。ツンの抱え持つレディースメイドだった。

 普段から寡言で、表情は鉄面皮のそれだ。
 何をするにしても完璧で、彼女こそは正に従者の鑑と呼べたが――



.

194 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:55:40 ID:YaoLVTVA0





川; -;)「酷い人、お嬢様。どうして私を解放するの。ずっとずっと誤魔化してたのに。
     ずっと、好きだった。ずっとずっと……出会ったその時から……狂いそうになるほどだったから……殺してたのに……」





.

195 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:56:15 ID:YaoLVTVA0






 そんな彼女も、ツンと同じように大きな声で泣き声をあげる。
 ツンはクーにしがみつき、クーはツンを強く抱きしめた。

 クーの抱擁はとても痛ましく、それはまるで怖がるような、怯えるようなものだった。
 縋る童にも等しい彼女を、ツンは決して離さぬように、強く抱きしめ返し、ただただ彼女を愛した。





.

196 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:57:24 ID:YaoLVTVA0











 Not down.







 The “DAWN”.










.

197 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:58:36 ID:YaoLVTVA0






 “Breaking” the Girl...





.

198 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/05(土) 21:59:00 ID:YaoLVTVA0
本日はここまで。
ミス連発したので首括ってきます。
それではおじゃんでございました。

199 名無しさん :2019/10/05(土) 23:34:07 ID:.tmkPhgU0
(´・ω・`)ちんぽ

200 名無しさん :2019/10/06(日) 17:31:56 ID:GyYSCP1M0



 20


.

201 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:32:19 ID:GyYSCP1M0

 ひとしきり泣いたツンとクー。
 いつしか泣き声も止み、景色には静寂が生まれた。

ξ。 ⊿ )ξ「…………」

川。 - )「…………」

 無言の両者はいつまでそうしていたのか――床の上で抱き合ったままの二人は段々と正常を取り戻す。
 ツンは冷静な頭で現状を理解する。兎角として、己が肌着一枚で、更にはクーに覆い被さっている事は大問題だった。

 肌を伝うクーの体温を感じてツンは顔が赤熱する。
 羞恥が遅れてやってきたのだ。感情を曝け出した結果とは言え、見ようによっては危うい状況だった。
 そんなツンはクーの胸の中から顔を覗かせると、そのままに窺うような瞳でクーの顔を見るのだが――

ξ゚⊿゚)ξ「……クー?」

川 - )「……何でしょうか」

ξ゚⊿゚)ξ「その……大丈夫?」

川 - )「……何がでしょうか」

ξ゚⊿゚)ξ「色々と……顔、真っ赤だよ……?」

川//-/)「……聞かないでください」

 彼女もツンと同じく、いやそれ以上に顔を赤く染め、更には潤んだ瞳をして後悔のような感情を抱いていた。

川; - )(……言ってしまった。やってしまった……)

 隠し通してきた感情、そして本音をいよいよ本人に向けて紡いでしまったこと。更には本人の前で情けなくも大泣きをしてしまったこと。
 まるで従者らしからぬ――そう思うクー。今の今まで上手くやってきた自負心もあったが、そんなプライドは完全に圧し折れた。

202 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:33:05 ID:GyYSCP1M0

川 - )(けど……)

 それでも心の中は穏やかだった。まるで溢れた涙がそのままに彼女の中に蓄積された濁りやらを流したかのようにも思えた。
 当然羞恥はあるし、後悔もある。だがそれ以上に満足感のような、或いは達成感のような、はたまた爽快感のようなものまであった。

 未だにクーはツンを抱きしめていた。既に正常を取り戻しているのにもかかわらず、それは彼女の意思でやっていることだった。
 それに対してツンは抵抗をしないし、むしろ受け入れている。
 落ち着くのだ。お互いはお互いの熱を感じると、それだけで満たされた。

 それは心の傷を癒すが如く、或いは凍てついた心臓を温めるが如くだった。
 お互いの柵はこの日この時に完全に消え去った。
 ただ、それでも慣れるまで――今一度自身の気持ちや感情、そして心を受け入れるまでには時間がかかるかもしれない。

ξ゚⊿゚)ξ「……ねぇ、クー」

川 ゚ -゚)「……なんでしょうか」

ξ*゚ -゚)ξ「出会った時から、好きでいてくれたの?」

川;゚ -゚)「っ……」

 その質問にクーは心臓が跳ね、再度熱が頭中(ずちゅう)を掻き乱す。
 若干の焦燥、を通り越した混乱に見舞われたクーは、跳ね起きるとツンを真っ直ぐに見据え、肩を引っ掴みしどろもどろとする。

川;゚ -゚)「いえ、その、あれは違うのです。そう言う気持ちに似た何かを抱いていた、というだけで、そんな、まさか、いや、でも――」

ξ゚ー゚)ξ「ふふっ……何でそんなに焦るの?」

川 ゚ -゚)「っ……何故笑うのですか」

ξ゚ー゚)ξ「だって、あんまりにもクーが必死だから」

 それまで空気には若干の緊張があったが、けれどもツンが笑みを零すとその空気は和らいだ。
 クーは慌てふためいて言葉を探すが、しかしツンの態度に少なからず腹を立てる。
 ふざけているつもりはないし、彼女は長らく封じていた気持ちを曝け出した。その踏み出した一歩は本人にとってはとても大きなものだった。

203 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:33:43 ID:GyYSCP1M0

ξ;゚⊿゚)ξ「ねぇ、怒らないでクー。お願い、本当のことを聞かせて?」

川 ゚ -゚)「……嫌です」

ξ;゚~゚)ξ「もうっ……ねぇってばっ」

川 ゚ -゚)「また笑いますので」

ξ;゚⊿゚)ξ「笑わないってばっ」

川;- ,-)「……はぁ」

ξ;゚⊿゚)ξ「あ、溜息だっ。それいけないんだよ、人前でしちゃダメだって前にクーが言ってたんだよっ」

川 ゚ -゚)「……そうでしたか?」

ξ;゚⊿゚)ξ「そうだよっ」

 ツンは聞きたかった。
 今一度、クーが己をどう思っているのかを。
 その気持ちをいつから抱いてくれたのかを。

ξ;゚ -゚)ξ「クー……」

川 ゚ -゚)「……本当です。あなた様と出会った時から……ずっと、その……」

ξ;゚⊿゚)ξ「……その……?」

川//-/)「……恋い焦がれていました……」

 ツンの頭の中に雷電が駆けた。それと共に視界には星が浮かび、身体は妙な浮遊感に包まれる。
 そうして自重は自然と後方へと移り、危うく倒れるところだったが――

204 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:34:50 ID:GyYSCP1M0

川;゚ -゚)「お嬢様っ」

ξ;゚⊿゚)ξ「あっ……ご、ごめん……」

 クーはそんなツンを抱きしめ、なんとか倒れるところを救う。
 二人は床の上で向かい合って抱きしめ合う。
 行儀の云々はこの際別として、ツンは改めて座したままにクーを見つめた。

川;゚ -゚)「大丈夫ですか?」

ξ゚ー゚)ξ「うん……少し驚いちゃった」

川 ゚ -゚)「驚く、で御座いますか?」

ξ*^ー^)ξ「うん。だって、倒れそうにもなるよ。こんなに幸せな気持ち、初めてだから……」

川 ゚ -゚)「っ――」

 そう言って、ツンは赤く染まった顔で照れたように笑う。
 それを見るクーは胸が高鳴り、不意に彼女を抱きしめたい衝動に駆られた。
 が、理性が勝り、そんな衝動を封じ込めることに成功する。

ξ*゚ー゚)ξ「そっかぁ……そんなに前からだったんだね」

川 ゚ -゚)「…………」

ξ*^ヮ^)ξ「……ふふっ。嬉しいね。幸せだなぁ……」

 夢心地のような表情のツンは、そのままにクーの胸の中へと顔を埋める。
 やってきた少女の柔さ、そして重みをクーは愛しく思った。
 けれども未だに抵抗があるのか抱きしめようとする腕は葛藤を繰り広げ、ツンの背ではクーの腕が交差を繰り返す。

205 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:35:30 ID:GyYSCP1M0

ξ゚ー゚)ξ「……好き?」

川 ゚ -゚)「……はい」

ξ゚ー゚)ξ「今も?」

川//-/)「っ……はい」

ξ^ー^)ξ「そっか……そっかぁっ」

 ツンは更にクーに強くしがみ付く。

ξ゚⊿゚)ξ「後悔、してる?」

川 ゚ -゚)「……正直、少しばかり」

ξ゚ -゚)ξ「だよね。そう言う性格だもんね」

川 ゚ -゚)「……わたくしは、どうあっても従者で御座いますれば。この気持ちも、心も、打ち明けることはないと思っていました」

ξ゚ー゚)ξ「でも言ってくれたね」

川 ゚ -゚)「そうさせたのはお嬢様です」

ξ゚ー゚)ξ「恨んでる?」

川 - ,-)「いいえ。それは有り得ません」

ξ゚⊿゚)ξ「でも後悔してるんでしょ?」

川 ゚ -゚)「……だって」

ξ゚⊿゚)ξ「だって?」

 ツンは視線だけをクーに向ける。
 そうするとクーは恥ずかしそうにそっぽを向くと――

206 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:36:06 ID:GyYSCP1M0



川 ///)「……歯止めが……きかなくなったら、壊れてしまいます……」



 そんな台詞を口にし、ツンはその表情を見て言葉を聞くと、最早我慢ができなかった。

ξ; - )ξ「クーっ――」

川; - )「――んっ……!?」

 触れ合うのは唇と唇だった。新雪の雪解けのように、それは柔らかく、清らかな口付けだった。
 伝う熱と鼓動が互いの命を意識させ、更には脈拍こそが互いの気持ちを安易に伝えた。
 ツンはそのままにクーの首へとしがみつき、幾度も唇を重ねる。

ξ; - )ξ「ずるいよ、クーっ……そんなのずるいっ……」

川; - )「お嬢様っ……」

ξ; д )ξ「壊すのも、壊れるのも、いつもいつもクーじゃないっ……」

川; - )「っ……何を、そんなのっ……お嬢様こそ、わたくしの気持ちも知らずに、いつもいつもっ……」

ξ;。 д )ξ「分からなかったもんっ……言ってくれなかったくせに、クーのバカっ……」

 そう言い合う二人だが、けれども刹那の空白すらも埋めるように花弁を重ね合う。
 蕩けた瞳はただただ互いのみを映し、この世界には二人だけしか存在しなかった。
 クーはツンの細い体躯を抱き寄せた。それに一瞬驚いたツンだが、けれども己も負けじとクーに強くしがみつく。

207 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:36:45 ID:GyYSCP1M0

ξ; д )ξ「好き……好きなの、クーっ……」

川; - )「お嬢様っ……」

ξ; - )ξ「ねぇ、言ってよ……聞かせて、お願い……」

川//-/)「っ、っ……好き、ですっ……」

ξ; - )ξ「好き……?」

川; д )「好きです、お嬢様っ――」

ξ; д )ξ「あっ――」

 クーは貪るようにツンの唇を求めた。
 これが大人の力――ツンは今更ながらにそれを感じる。互いの歳の開きは十と幾つか。子供と大人――その差は大きく。

 ツンは押し倒される。纏うのはカーディガンのみで、肌蹴た部位からは彼女の上気した肌が見えた。
 薄く浮いた汗が珠を結び、花蜜を思わせるツン特有の薫香が花開く。

 視覚からは劣情を駆り立てるようにツンの媚態があった。
 身を捩り、不安のような、けれども期待を抱いたような雌の貌がある。
 その瞳は真っ直ぐにクーを射抜き、小さな手がクーの腕を掴む。

ξ; - )ξ「ねぇ……さっきの命令、覚えてる……?」

川; д )「はぁっ……はぁっ……」

ξ; - )ξ「……あれ、お願いでもいいかな……?」

 構わない、どちらでも構わない――クーの頭の中は最早大混乱で、正常は完全に砕けて消えた。
 その台詞を待っていた。先のツンの暴走――その時に紡がれた一言を今一度求める。

208 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:37:44 ID:GyYSCP1M0



ξ* - )ξ「抱いて……くださいっ……」



 消え入るようなか細い声。だが内容は確かにクーへと伝わった。
 クーの頭の中で何かが途切れる音が響く。
 この数年間、延々と耐え続けてきた彼女だが、制御の術である柵は解き放たれていた。
 故にこの日、彼女は久しく手にした異常的にも等しい愛情を、今、ツンの柔肌に突き立てようとする。

川; - )(申し訳ありません、マスター。私は……ダメなメイドで御座います)

 欠片ほど残っていた正常は己の雇い主であるブーン・ティレル卿に謝罪を述べる。
 果たして本人に届くか否か、と言うのはまた他所に、クーはいよいよその手をツンの衣服へと伸ばす。

川; д )「床でいいんですかっ……」

ξ; д )ξ「いいよっ……」

川; - )「っ……申し訳ありません、お嬢様。はしたない女でっ……」

ξ; д )ξ「ううん、そうさせたのはわたしだから……それに、嬉しいから。だから、ねぇ、好きにして、クーっ……」

川; - )「っ――」

ξ; д )ξ「ずっとずっと、我慢させて、耐えさせてごめんね。ここには誰もいないから、何の邪魔もないから、だから――」

 その先の台詞をクーは待てなかった。
 暴走そのものだった。彼女は野獣の如くに瞳を光らせると、そのままにツンを喰らおうと――

209 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:38:09 ID:GyYSCP1M0

( ´∀`)「――ただいまぁー。今帰ったモナ、クー!」

( ‘∀‘)「ツンお嬢様ぁー? お腹は空いていませんかぁー?」

ξ; д )ξ「「っ!?」」( - ;川

――したその時。帰宅をしたのはクーの父と母だった。
 ツンとクーはそれを捉えると即座に冷静になり、クーは急いでツンを抱えると二階の自室へと駆け上がる。

( ´∀`)「モナ? クーかモナ? 何してるんだモナ?」

川;゚ -゚)「なっ、なんでもないっ。ないからっ」

 父は珍しく足音を響かせて階段を上るクーに大きな声でそう問う。
 クーは適当な返事をし、自室の扉を開けるとツンと共になだれ込んだ。

川;゚ -゚)「はぁ、はぁっ……」

ξ;゚⊿゚)ξ「あ、危なかったぁー……」

 息も荒く、クーは扉の前に座り込むと腕の中にいるツンの言葉を聞いて頷きだけを返した。
 そうして二人は動悸を静めるのだが――

210 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:38:45 ID:GyYSCP1M0

川;゚ー゚)「……ふふっ」

ξ;゚⊿゚)ξ「……? どうしたの、クー?」

川;゚ -゚)「いえ、だって……」

ξ;゚⊿゚)ξ「んん?」

川;-ー-)「おかしいな、と思いまして」

ξ;゚⊿゚)ξ「おかしい?」

川;゚ー゚)「はい……おかしいです」

ξ゚ー゚)ξ「……ふふっ。そうだね……おかしいねぇ。あははっ」

――笑いがこみあげてくると、二人は暫くそうして笑いあった。
 ツンは久しくそれを聞いた。クーの笑いを。
 それは何も取り繕うことのない自然なもので、ツンはそれを聞けただけで満足だった。

川 ゚ -゚)「でも……応えるとは言ってませんからね、お嬢様」

ξ゚ー゚)ξ「ふふん、いいもーん。その気にさせるだけだもんっ。それに……覚悟も出来ましたっ」

川 ゚ -゚)「……? 覚悟?」

ξ゚ー゚)ξ「ふっふっふっ……まぁそれはいいのっ。それより、そろそろ下にいかないと怪しまれるかもだよ?」

川 ゚ -゚)「そうですね。それではお召し物をご用意します」

211 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:39:22 ID:GyYSCP1M0

ξ゚ー゚)ξ「……続き、いつしよっか?」

川 ///)「っ――げほげほっ! なっ、何をいきなりっ……」

ξ^ヮ^)ξ「あははっ。もう、クーってば大袈裟だなぁ」

川 ゚ -゚)「……お嬢様。今夜は野菜、多めに出しますね」

ξ;゚⊿゚)ξ「えぇっ!? あぁっ、そんな、慈悲もないよそんなのっ。ごめんってば、クーっ!」

 ツン嬢と寡言なクーには秘密がある。
 それは誰にも言うことの出来ない、秘められた愛だった。






 Break.

212 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:39:46 ID:GyYSCP1M0



 21


.

213 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:40:08 ID:GyYSCP1M0

 四日目の昼。
 昨夜、互いの気持ちを打ち明けたツンとクーと言えば――

川 ゚ -゚)「つまり、この当時のイングランドはフランスへと攻め入る際に……」

ξ゚⊿゚)ξ「……ねぇ、クー?」

川 ゚ -゚)「何でしょうか、お嬢様」

ξ゚⊿゚)ξ「あのね……なんでお勉強してるのかな?」

 まるで昨日のことなどなかったかのように、いつも通りの日常を過ごしていた。

 その日、ツンは目覚めると直ぐ様にクーの部屋へと向かった。
 初日以降、宛がわれた部屋で過ごしていたツン。
 クーの口から本心を告げられた昨夜はどうしても夜を共にしたかったが、しかしこれをクー本人に断られた。

 何故駄目なのか、と諦めきれずに食い下がったツンだったが、その返答としての――何を仕出かすか分からない、と言う台詞と赤く染まったクーの表情。
 果たしてそれはどちらの正常を問うのか、と思ったりもする。

 が、しかしツンは仕方なく客室へと引き下がると、こうして明けた日になり直ぐ様クーの下へと向かう。
 早朝のクーの態度は普段通りだった。ハートフィールドにきてからは毎朝彼女が朝食を作り、それをツンは黙々と食べた。

 食事が済み、洗い物も済み、掃除も済み、さあいよいよ昨日の続きをしよう――と逸ったツンだったが、クーは教鞭を持ち出すと、勉強をしましょう、とだけ言った。

 そうして昼の今に至るまで延々と国史が続いた。
 最初はツンも我慢をした。これもクーの照れ隠しで、未だに彼女は心の整理がついていないものだと思った。
 しかし教鞭を振るう彼女と言えばまるで城にいる時のようで、もしかしたらこれは、昨夜の件を有耶無耶にするつもりなのでは、とツンは思う。

214 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:40:37 ID:GyYSCP1M0

川 ゚ -゚)「何故、で御座いますか」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「うんっ」

川 ゚ -゚)「時が惜しいのです」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「何も惜しくないよっ。休暇中でしょっ」

川 ゚ -゚)「素養を得ることに休みは御座いません、お嬢様」
  _,
ξ゚~゚)ξ「ぐぬぬっ……だからって本広げて教鞭まで持ち出すことはないよっ」

川 ゚ -゚)「お気に召しませんか」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「そう言う問題じゃなくってっ」

 あっけらかんとするクー。
 その態度にツンは煽られ、ふくれっ面をして反抗の意思を示す。
 が、そんなツンだったが――

ξ゚⊿゚)ξ(……あれ?)

 気付くのだ。今更になって。
 今日のクーはいつも通り、普段通りのようにも見えるが若干の違いがある。
 一体何が違うのか、と疑問を抱きつつもツンはクーをよく観察すると――

215 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:41:06 ID:GyYSCP1M0

ξ゚⊿゚)ξ「……ねぇ、クー?」

川 ゚ -゚)「何でしょうか」

ξ゚⊿゚)ξ「シャツなんだけどね」

川 ゚ -゚)「はい」

ξ゚⊿゚)ξ「……ボタン、かけちがえてるよ」

川 ゚ -゚)「……はい?」

 そう言われてクーは己のブラウスを見る。
 確かにボタンが一つずれている。

ξ゚⊿゚)ξ「それとね、クー」

川;゚ -゚)「な、なんでしょうか――」

ξ゚⊿゚)ξ「綺麗だね、お化粧」

川;///)「っ……!」

 本日のクーは少々可笑しかった。
 身に纏うブラウスのボタンは掛け違えていたくせに、何故かメイクは丁寧で、いつも以上に美に磨きがかかる。
 ちぐはぐだ、とツンは思ったが、いつも通りを意識しすぎて逆に覚束ないクーを理解すると、胸の中には愛しさが溢れ、更には抱きしめたい衝動に駆られた。

216 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:41:51 ID:GyYSCP1M0

ξ゚⊿゚)ξ「……いつもより綺麗だね。なんで?」

川;///)「あ、いや、これは、その」

ξ゚⊿゚)ξ「お家の中なのに」

川;///)「……その、後で少しでかけようかと思っておりまして」

ξ゚⊿゚)ξ「本当に?」

川;///)「……はい」

ξ゚ー゚)ξ「本当の本当にっ?」

川;///)「…………」

 言葉を失ったクーは顔を赤くして俯く。
 その反応があまりにも可愛らしいので、ツンは更に捲し立てたくなった。

ξ゚⊿゚)ξ「ねぇ、クー。意識してるの?」

川;゚ -゚)「……何のことでしょうか」

ξ゚~゚)ξ「もうっ、またそうやってとぼけるっ。二人きりの時くらい素直になってよぅ……」

川;- ,-)「……お嬢様。そうは仰られますが、このクー、何度も言うようにあなた様の従者で御座いますれば。
     そうなれば如何なる感情や理由があろうとて、それ相応の態度で――」
  _,
ξ*゚⊿゚)ξ「襲ったくせにっ」

217 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:42:23 ID:GyYSCP1M0

川;゚ -゚)「っ……人聞きの悪い言葉です、それは。あれはお嬢様がそうせよと申したのです」

ξ゚⊿゚)ξ「あ、それ責任転嫁って言うんだよっ」

川;゚ -゚)「誘い受けたのはお嬢様で御座います」

ξ;゚~゚)ξ「ま、まぁ、確かにそうだけどぉ……」

 昨日の光景を思い出してか、二人の顔は同時に赤くなる。
 そうして顔を背けた互いだったが、少しばかりの静寂が流れるとクーが言葉を紡いだ。

川 ゚ -゚)「……あなた様はわたくしをどうしたいのですか」

ξ゚⊿゚)ξ「決まってるでしょ。分かってるでしょ」

川 ゚ -゚)「……それは叶わないことです」

ξ゚⊿゚)ξ「でも相思相愛だよ」

川;- ,-)「っ……気持ちだけでは、どうにでもなる訳では――」

ξ*゚⊿゚)ξ「なるんだよねぇ、これが!」

川;゚ -゚)「……はい?」

 何故か誇らしげに胸を張るツン。
 そう言えば昨夜も何やら妙なことを言っていた気がする、とクーは振り返るが、果たして予想はつかなかった。

218 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:43:17 ID:GyYSCP1M0

ξ゚⊿゚)ξ「今まで……今までずっとわたしの為に我慢してたんだよね、クー」

川 ゚ -゚)「…………」

ξ-⊿-)ξ「なら、今度はわたしがそれに報いる番なんだっ。だから改めて言うよ、クー。
       わたしはクーが好き。大好き。そんなクーを手に入れる為なら、なんだってする!」

川 ゚ -゚)「……お嬢様?」

 愛の告白――何度聞いても慣れず、クーの顔は茹でた蛸然り。
 しかしどうにもツンの考えていることが分からないクーは、もしや何か悪巧みでもしているのでは、と勘繰る。

ξ゚ー゚)ξ「応えることはできないって言うけどね、クー? 答えを貰ったわたしは絶対にあきらめないよ。
      クーを幸せにするし、絶対に手放さないもんねっ」

川 ///)「っ……そんなに言わないでくださいませ、お嬢様っ……」

ξ*゚ー゚)ξ「え? あ……ふふっ。耳まで真っ赤だよ、クー?」

川 ゚ -゚)「……やはりあなた様は酷いお方です」

ξ*゚⊿゚)ξ「そうかな?」

川 - ,-)「そうです……」

 クーの胸中にあるのは憎しみや怒りではない。それとは真逆(まさか)の感情――幸福だった。
 夢に見ていた。ずっとそうありたいと願い、思っていた。
 隠し、秘密にしていたその愛情をツンへと伝え、いつか互いに気持ちを共有できたなら――そんなことを夢に見た。

 しかし夢は夢では終わらない。
 いつの日かクーは自身の口から夢は見るものであり叶えるものではないと言った。
 皮肉か否かはさておき、今の彼女は確かに夢を見て、更には叶えていた。

219 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:44:02 ID:GyYSCP1M0

川 ゚ -゚)「……絶頂、か」

ξ゚⊿゚)ξ「え? なに?」

川 - ,-)「いえ、なんでも御座いません」

 呟きの意味こそはつまり彼女の幸福の度数を物語る。
 一つ咳払いをしたクーは再度ツンへと向き直る。

ξ゚⊿゚)ξ「ねぇ、クー。ちょっとこっちにきて」

川;゚ -゚)「……お嬢様」

ξ*゚ -゚)ξ「お願いっ」

川; - )「……っ」

 断りたい――でも断りたくない、とクーの心の中で葛藤が生まれる。
 理性と知性が本能に歯止めをかけるのだ。きっと己の主は愛を求めていると悟るが故に。

 だがそれに従いたいのが彼女の本心であり、彼女もそれに飢えていた。愛情――愛する者に触れたいと思う。
 結局、クーは俯いてしまうが、その足はツンの下へと向かう。
 近くにまで迫ったクーの手を取ったのはツンで、接触した二人は同時に互いの顔を見た。

220 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:44:46 ID:GyYSCP1M0

ξ*゚ -゚)ξ「……やっぱり真っ赤だね」

川 ///)「……お嬢様も人のことを言えません」

ξ*゚ -゚)ξ「そんなに赤い……?」

川 ///)「はい。とても」

ξ* - )ξ「それはクーもだよ。ねぇ、もっとこっちに……――」

川; д )「あっ、ダメっ、お嬢様っ……――」

 手を引かれたクーはツンの膝元に迫る。
 互いの顔は超至近距離で、興奮の為か両者の息遣いは荒かった。

 ツンは手をクーの頬へと伸ばす。触れられたクーの瞳の奥では瞳孔が開いた。
 長い睫毛は震えをみせ、紅潮する頬は初心な生娘の体現だった。だがそれが尚更ツンの激情を煽る。

 クーの頬に手を添え、無理な力を加えずに見合うように顔を向ける。
 見上げるクー、見下ろすツン。互いはそのまま惹かれあうようにして唇を重ねた。

ξ*///)ξ「んっ……ふぅっ、んっ……」

川;///)「ぁっ……んんっ……」

 まるで色に狂うが如く――クーは熱っぽい頭でそんな事を考えた。存外脳の芯は冷静で、不思議な程に思考が巡る。
 クーはツンを味わう。肌の温もりを得て、薫香を聞(き)き、心音を聞くと途端に幸福が胸の中に溢れる。

川; - )(――……私、このままだと、本当に……)

 ダメになる――そう思う程、それは夢心地だった。
 いっそこのまま抜け出せないのならば、それが最上の幸福とも呼べるのかも知れない。
 だが唇の接触は十秒程度で、静かに熱を別った二人は、潤んだ瞳で互いを見つめる。

221 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:45:13 ID:GyYSCP1M0

ξ* - )ξ「……ダメだった……?」

川 ゚ -゚)「……聞かないでください……」

ξ;゚⊿゚)ξ「あ、もうっ。そっぽ向かないでってばっ」

川 ゚ -゚)「……いやです」

ξ゚ー゚)ξ「ふふっ……クーって、意外と子供っぽいところあるよね」

川 ゚ -゚)「そんなことはありません」

ξ゚ー゚)ξ「あるよ。昨日も――ううん……前からそうだった」

川 ゚ -゚)「……前?」

ξ-⊿-)ξ「うん。昔から……ね?」

川 ゚ -゚)、「そう、でしたか……?」

 仮面を装着する前――その当時、クーはツンとよく笑いあった気がする。
 だが己がどう言ったように接していたのか、それは遠い記憶に思えた。
 自身の過去に困惑するクーだが、しかしツンはそんなクーを見ると、やはり変わらないままだ、と一人で安心をする。

ξ゚⊿゚)ξ「だから好きになったんだろうなぁ」

川 ゚ -゚)「え……?」

ξ゚⊿゚)ξ「だってね、クーっていつもそうでしょ。いつもいつも……わたしのことを真っ直ぐに見て、大事に思ってくれて……
      優しかったり厳しかったり、わたしを愛してくれてるでしょ」

川 ゚ -゚)「っ――」

 そう言われるとクーは再度顔を赤熱に染め上げた。
 果たしてそれは愛情故の態度だったか、と問われたらば、彼女は頷く他になかった。

222 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:45:59 ID:GyYSCP1M0

ξ゚ー゚)ξ「そりゃ好きになるよ、惚れるよ。そもそもわたしだって一目惚れみたいなものだったんだもん。
      そんなわたしを大事に大切に可愛がって……罪なのはどっちかなぁ、クー?」

川;゚ -゚)「うっ……いやしかし、それは、だって、お嬢様っ。わたくしはレディースメイドな訳で――」

ξ゚ー゚)ξ「それで、そういうところ。その可愛いところ……やっぱりずるいのはクーだよ」

 そう言いつつも、ツンはクーの隙をついて彼女の唇に優しく花弁を宛がった。
 一瞬の接触。だが伝う熱と感触は確かなもので、クーは困ったように俯くが、実際はこれ以上恥ずかしい表情を見られまいとしたが為だった。

ξ*^ー^)ξ「……好きだよ、クー」

川//-/)「……っ」

 クーを抱きしめるツン。
 愛を向けられ、更には与えられ、一体子供はどっちなのだろう、とクーは思う。

 既に気持ちは知られている。
 今更取り繕ったところでどうなる――そこまでクーは考えると、一つ、二つと呼吸を整え、そうして一つの決心をした。

川 ///)「わたくしも……好き、です……」

ξ。゚⊿゚)ξ「クー……!」

 それは初めて自発的に口にした愛の言葉だった。ツンはあまりの嬉しさに涙が込み上げてきた。
 そうして二人は改めて抱きしめ合い、互いの気持ちを今一度噛みしめ、その温かな幸福を胸の中に大切に仕舞うのだが――

223 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:46:27 ID:GyYSCP1M0

川 ゚ -゚)「ですがお勉強は続けますよ」

ξ;゚⊿゚)ξ「げっ」

川 ゚ -゚)「お気持ちは嬉しく思いますが……必要なことは済ませねばなりませんので。さあお嬢様、筆を」

ξ;゚д゚)ξ「もうっ、本っっっ当にクーってずるいよね!」

 クーは空気に流される訳にはいかぬと己に鞭を打ち、なんとか色呆けた頭を冷静にする。
 ツンと言えば大きく溜息を吐くと机に突っ伏し、誠、このメイドは容赦の一つもない、と呟く――

川 ///)「……ご褒美を、さしあげますので……どうかお嬢様……」

ξ*゚⊿゚)ξ「――やるっ!」

――わけもなく。
 さて、勉強を終えたらどのような願いを口にしてみようか、とツンは褒美ばかりを待ち遠しにした。






 Break.

224 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:46:51 ID:GyYSCP1M0



 22


.

225 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:47:18 ID:GyYSCP1M0

 ツン・ティレル嬢は扉の前に立つ。

ξ;゚ -゚)ξ(……大丈夫。大丈夫だよ、ツン……落ち着いて、平常心っ!)

 夜半、人の気配はない――否、あることはある。だが住人は皆寝入っている。
 とは言えこの住まい――クー邸にはクー本人をのぞいて父母のみしかおらず、城に住まう数と比べればある意味では無人に等しくも思えた。
 そんな静寂の中、ツンは何やら決心をすると扉に手をかけ開いた。床を軋ませて一歩を踏み出し、そうして室内へと踏み込む。

川 - )「…………」

ξ;゚⊿゚)ξ「……クー?」

 その部屋はクーの自室で、彼女はベッドに腰かけていた。
 ツンが入ってくると何故か一瞬身を跳ねる。遠くから見える彼女の後姿――その耳は赤く染まっていた。
 名を呼び、ツンは更にクーへと接近した。

ξ゚⊿゚)ξ、「えっと、その……呼ばれた通りにきたけど……?」

 この夜、ツンはクーに呼び出された。
 従者が主人を呼び立てるとは何事か――と、ツンが怒ることはない。

 招いた理由こそは昼頃の褒美の件だった。
 本日、ツンは目覚ましい勢いで熱心に勉学に取り組み、その姿勢にクーは甚く感動をする。

 日頃勉強を嫌うツンだが、褒美一つでここまで変わるのか――そう思う程で、クーは自身が口にした手前、褒美の件をどうにかせねば、と悩み続けた。
 そうして夕餉になるまで内容は思い浮かぶことはなく、はて、どうすべきか、と更に思考を巡らせると、彼女は一つの答えに行き着いた。

226 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:48:07 ID:GyYSCP1M0

川 ゚ -゚)「……夜分、お呼び立てして申し訳ありません、お嬢様」

ξ゚⊿゚)ξ「ううん、それはいいけど……」

 クーはベッドから立ち上がるとツンを見る――ことはなかった。
 瞳は伏せられている。更には顔は赤く染まり、手は組まれているが落ち着きなく動いている。
 その様子を見たツンだが、疑問を抱くことはなかった。

ξ*゚ -゚)ξ(やっぱり、これって……それだよねっ……)

 確信に等しいものがあった。
 それと言うのも先刻、湯浴みを済ませた彼女にクーが紡いだ台詞――夜、部屋に来ていただきたく、と言う言葉。
 これだけでツンは悟り、心音はその頃から怒鳴(がな)りたてた。

 先まで扉の前に立っていたツンは扉を押し開くことすら躊躇し、何度も取っ手を握っては放し、握っては放しを繰り返した。
 一つ、二つと呼吸を整え、いざ、と決心をして踏み込めば、件のクーの態度はこれだった。
 最早これでは落ち着くことも出来ない、とツンは更に緊張をし、クーの顔を真っ直ぐに見ることも出来ない。

川;゚ -゚)「…………」

ξ;゚ -゚)ξ「…………」

 寡黙にならざるをえない――生まれた静寂に居心地の悪さを覚える二人。
 果たしてそんな空気を先に崩したのは――

川;゚ -゚)「お嬢様……」

ξ;゚⊿゚)ξ「!」

 クーだった。
 クーは赤い表情のまま、それでも瞳を開くとツンを見つめる。
 向けられた眼差しにツンは殊更に心臓が跳ね、全身の脈が急く。

227 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:48:53 ID:GyYSCP1M0

川;゚ -゚)「昼頃の取決め……約束ですが。その、ご褒美の件なのですが……」

ξ;゚⊿゚)ξ「う、うん……」

川;゚ -゚)「申し訳ありません。何分、この田舎ではお嬢様に見合う物品と言うのも数少なく、
     更には歳若いあなた様にとっては価値のないものばかりで御座います」

ξ;゚⊿゚)ξ「そ、そうなんだぁー……」

川;゚ -゚)、「それで……なのですが」

 熱っぽい瞳を僅かに伏せるクー。その仕草にアリスの心は掻き乱れ、視界には星が瞬く。
 呼吸は矢継ぎ早になり、興奮は徐々に増した。
 そんなツンの様子を瞳に映すこともせず、クーは言葉を続ける。

川; - )「その……お嬢様が先日仰っていた、その……そのっ、続き、と言うもの、なのですがっ……」

ξ;゚⊿゚)ξ「っ……うん……」

川; - )「……その……」

ξ;゚ー゚)ξ「うんっ……」

 じりじりとツンはにじり寄る。対するクーは完全に面を伏せ、その赤熱した顔を見られまいとする。
 しかしそれ故にクーはツンの接近に気付いていない。そうして気付かぬままに――

川; - )「わたくしで、そのっ――」

ξ; ー )ξ「最高のご褒美だね、クーっ……」

川;゚ -゚)「えっ――」

 眼前まで迫っていたツンに無理矢理に唇を奪われてしまった。

228 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:49:33 ID:GyYSCP1M0

川; - )「お嬢様っ……」

ξ; ー )ξ「可愛いよね、クーは……そう言う態度、凄くっ……」

 ベッドに押し倒されるクー。
 まるで背の差や歳の差など関係ないとばかりにツンは彼女に迫り、覆い被さると口付けを幾度も交わす。
 既に互いの抱く熱と言えば冬らしからぬ程で、薄く浮いた汗こそが興奮の度合いを物語っていた。
 ツンは野獣のような瞳でクーを射抜く。向けられた双眸にクーは一瞬呼吸が止まる程だった。

川; - )(獣みたいな瞳……)

 そうなると己は供物か、と妙なことを考えてしまうクー。
 だがそれも悪くない――そう思う程に正常の箍は緩んでいた。

ξ; ー )ξ「献身的だね、クー。自分の身体を差し出すの……?」

川; - )「……差し出せるものがこの身しかありません」

ξ; ー )ξ「本当に……?」

川; - )「本当です」

ξ; ー )ξ「そう? 本当は……そう言うことがしたかったのかと思っちゃった」

川;///)「っ……何をっ……」

ξ; ー )ξ「だって、凄く……可愛い顔してるもん」

川;///)「っ――」

 赫灼(かくしゃく)に染まるクーの貌。
 その様子にツンの中にある嗜虐心が顔を覗かせ、口付けをやめるとクーの首元へと顔を埋(うず)めた。

229 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:50:22 ID:GyYSCP1M0

ξ; - )ξ「んっ……いい匂いっ……」

川; - )「なに、をっ……」

ξ; д )ξ「わたしね、クーの匂いが大好きなの。花みたいな香りが凄く好き」

川; - )「然様で、御座いますかっ……」

ξ; д )ξ「それと――んっ……」

川; д )「あっ……!」

 クーの首筋にツンの小さな歯が突き立てられた。
 柔肌をなぞる劣情はそのままに行方を下方へと滑らせ、首元を通り過ぎると鎖骨にまで至る。
 ツンの頭が丁度目の前にくるとクーはいよいよ羞恥の所為か涙を浮かべ、小さな声でツンの名を呼んだ。

川;///)「お嬢様っ……」

ξ; ー )ξ「……知らないでしょ、クー。シャロってね、凄く……おいしいんだよ?」

川;///)「なにを、仰ってっ……」

ξ; д )ξ「本当のことだもん――んっ、あむっ……」

川; д )「ひぅっ……!」

 か細い旋律が漏れ出し、ソプラノを耳にしたツンの胸が締め付けられる。
 同時に臍の奥では坩堝が火炎を増大させ、脈打つ度に劣情が蜷局を巻く。

230 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:53:37 ID:GyYSCP1M0

 クーの肌――ツンの唾液で濡れるとそれは嫣然(えんぜん)と照りをみせた。
 白磁を髣髴とされる肌の質感。色彩は雪の大地が広がり、それ等の情報だけで如何にクーが佳人足るかと言うのは明らかだった。

 ツンは若干身を起こすとクーを見下ろす。
 その表情は誰が見ても分かる通りに濃艶で、息の間隔は短く、シーツを掴む手が尚更劣情を煽る。
 扇情的なその姿にツンの心臓は爆発しそうになった。

 だがそれでもなんとか正常を保ちつつ、褥(しとね)に沈むクーの髪を撫でつける。
 絹の心地を地で行くその質感にツンは蕩けた。物寂しそうなクーの唇に吸いついては愛の言葉を紡ぎ、そうして二人は更に沈み込んでいく。

ξ; - )ξ「好きっ……好きだよ、クーっ……」

川; д )「ぁっ……お嬢様、お嬢様ぁっ……」

ξ; - )ξ「可愛いよ、クー……凄く凄くっ……」

川;///)「やだっ、そんなっ……耳元で言わないでくださいっ……」

 クーの耳朶(じだ)から中耳(ちゅうじ)へと甘い声が届き、脳が揺れる。
 視界は潤み、それでもその向こうに見える愛しい少女の表情――ツンの貌を理解すると興奮と安堵が駆け巡った。
 既にクーに正常と呼べるものは皆無で、ただただ抵抗もせずにツンを受け入れるばかりだった。

ξ; д )ξ「好きって言って、クーっ……」

川; - )「好きっ……好きです、お嬢様っ……」

ξ; д )ξ「っ……好きだよ、クーっ……」

川; д )「好きっ……大好き、お嬢様っ……」

ξ; д )ξ「クー……クーっ……!」

231 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:54:24 ID:GyYSCP1M0

 果たしてその光景を褒美と呼べるか否か――それはどちらに対する褒美か。
 クーはツンに対する褒美として自身を差し出したが、しかしそれは己の欲を満たす行為なのでは――クーの微かな理性がそんなことを思う。
 しかし既に時はこの只今で、如何に理屈やらを持ちより並べようとも、本能に抗うと言うのは難しいことだった。

川 - )(卑しい女だ、私は……)

 少女を愛した。そんな少女に貪られるかの如く、さりとて彼女は愛を交わす。
 永遠に叶うことはないと思っていた望み。夢とは見るものであって叶えるものではない――そう諦観していた。

 だが全ては現実になった。それも人の目の届かぬ地で、こうして秘密の関係を持ち、互いの思いをぶつけ合う。
 それは幸せだった。心のどこかでは勿論恐怖や焦燥、そして罪悪感もあった。

 だが幸福を得ると、これが思った以上に容赦がなく、彼女の罪悪感を和らげ、本能に従えと令を下す。
 何よりとしてクーはツンを受け止めるべきだと思ったし、先日は両親の邪魔立てがあったが故に互いは不完全燃焼だった。

ξ ー )ξ「……綺麗だよね、クーって」

川 - )「……お嬢様も、可憐で御座います」

ξ ー )ξ「そうかな」

川 - )「はい」

 ツンは再度クーに覆い被さり見下ろす。
 重なる互いの視線は互いのみを映す。

232 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:54:51 ID:GyYSCP1M0

ξ ー )ξ「ご褒美……それってどこまで?」

川 - )「……それはお嬢様次第かと」

ξ ー )ξ「……ねぇ、わたしをどうするつもり?」

川 - )「どうする、とは」

ξ ー )ξ「狂わせるの?」

川 - )「……お互い様で御座います」

 狂いそうだった――そう、クーは先日ツンに伝えた。それ程に己はあなた様を愛している、と。
 それをツンもこの瞬間に感じた。

ξ* ー )ξ「愛しくて、可愛くて……壊しちゃいそう」

川 - )「……お嬢様にそうされるのならば、それを受け入れるまでで御座います」

ξ* ー )ξ「……壊して欲しいくせに」

川 - )「お嬢様こそ。壊れたいくせに」

ξ* ー )ξ「ふふっ……口答えまでする。本当、今までの鉄面皮はどこにいったの?」

川 - )「あなた様に奪われました」

ξ* ー )ξ「嬉しい?」

川 - )「……複雑です」

233 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:55:22 ID:GyYSCP1M0

ξ* ー )ξ「今も?」

川 ///)「……訊かないでください」

 正否、善悪――それを定めるとすれば、この関係に正義はないのかもしれない。
 だがもう止まることは出来ない――クーはそう思うと顔を背ける。

ξ ー )ξ「……でもね、クー。わたしはこれでいいと思うの。幸せを得るって、そう言うことだよ」

川 - )「……どういうことでしょうか」

ξ - )ξ「誰かの言うことや、世界の定めたものに従い続けるだけじゃ……永遠に手に入らない何かもある。わたし達は偶々そうだっただけだよ」

川 - )「…………」

ξ - )ξ「不安なの?」

川 - )「…………」

 そう訊かれたクーだが、それには首を横に振る。

234 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:56:03 ID:GyYSCP1M0

川 - ,-)「否で御座います。わたくしは如何なる状況であれ……不安を抱くことはありません」

ξ - )ξ「……強いんだね」

川 ゚ -゚)「あなた様を護り、支える為にと精進してきましたから」

ξ ー )ξ「流石はわたしのレディースメイドだね?」

川 ゚ -゚)「はい。だから……大丈夫です、お嬢様」

ξ - )ξ「っ……」

 不安なのはツンの方だった。
 彼女は段々と緊張と共に恐怖を覗かせた。
 それはクーの身体に触れ、いよいよ衣服に手を掛けようとしたときだった。

ξ。 - )ξ「……それでもね、クー。わたしは……クーと一緒がいいっ……」

川 ゚ -゚)「……はい」

ξ。 д )ξ「絶対に、絶対にっ……どこにもいかないでよ、クーっ。傍にいてっ……」

川 - ,-)「……お嬢様」

 熱を別ち、触れ合い、そうしてその先へと行けば――もう後戻りは不可能だ。
 それは幸せの道だ。だがそれと同時に虎口へと向かうことになる。

 父を裏切り、皆に背を向けることを意味する。
 それは恐怖で、不安で、ツンは実感を得ると涙を零してクーにしがみつく。
 そんなツンを受け入れたクーは静かに彼女を抱き寄せ、頭を優しく撫でた。

235 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:56:36 ID:GyYSCP1M0

川 - ,-)「お許しを、お嬢様。こうすることを……お許しくださいませ……」

ξ゚ー゚)ξ「……久しぶりだね、こうしてくれるの」

川 ゚ -゚)「……そうでしょうか」

ξ-⊿-)ξ「うん。昔は……よくやってくれたね。わたしが泣くと、こうして抱きしめて、撫でてくれた」

川 ゚ -゚)「……そうでしたね……」

ξ-⊿-)ξ「ふふっ……最高の、ご褒美、だなぁ……」

 ツンはそうしてクーの腕の中で寝息を立てる。
 そんな愛しい想い人の寝顔を見つつ、クーは頬へと口付けをした。

川 ゚ -゚)「……あと、一日」

 残る日数。ハートフィールドでの五日間は濃く、それにより得たものは多かった。
 だがそんな愛しい日々も、残るところ、僅か一日だった。






 Break.

236 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:58:31 ID:GyYSCP1M0



 23


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237 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 17:58:58 ID:GyYSCP1M0

 目覚めた時、ツンは夢と現とを勘違いする。何せ目の前には愛しの佳人がいた。
 佳人――クーは静かな寝息をたてていた。瞼は深く閉ざされ、口元は若干緩い。

ξ*゚⊿゚)ξ「…………」

川 - ,-)「すーっ……すーっ……」

 見惚れる程にその寝顔は美しく、ツンはクーを隈なく観察する。
 長い睫毛、雪のような肌、桃色の小さな唇――それらだけでも既に完璧と呼べた。
 クーの長い黒髪がベッドに広がる。それを指で梳くとあまりの心地のよさにツンは微睡む気分だった。
 が、そうしていると佳人に変化が起きた。

川 - ,-)「んっ……」

 小さな呻きを漏らしたクー。その様子にツンは内心で焦ったが、しかし窓から射し込む陽の光を見やり、時刻を凡そで判断する。
 つまり、彼女の髪を弄んだり、或いは表情を観察したりせずとも、彼女――クーは自然的に目を覚ます時分だった。
 そんな彼女の緩やかな覚醒を目の当たりにするツンは朝から役得である、と内心で歓喜した。

ξ*゚⊿゚)ξ「おはよう、クーっ」

川 ゙ -゚)「……お嬢、様……?」

 薄く目を開いたクーに朝の挨拶が寄越される。
 紡がれたソプラノにクーは呆けたような返事をするが、間もなく驚いたように彼女は跳ね起き、己の隣で横になっている主を見下ろした。

川;゚ -゚)「なっ、何故ここにっ」

ξ;゚⊿゚)ξ「何故って……昨日のこと、覚えてないの?」

川;゚ -゚)「昨日のことっ……」

 と、言われてクーの脳内で昨夜の出来事がフィードバックする。
 その内容たるや華々しく芳しく、婀娜(あだ)の一言に尽きる情景で、クーは刹那で取り戻した記憶を辿ると目覚めてすぐに顔を紅潮させ、静かにベッドに沈んだ。

238 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 18:00:05 ID:GyYSCP1M0

ξ;゚⊿゚)ξ「ク、クー……?」

川;- ,-)「……忘れてくださいませ、お嬢様」

ξ;゚⊿゚)ξ「えぇっ、そんなに恥ずかしいのっ」

川;- ,-)「当然のことで御座います……」

 疑う余地もなく襲われている光景――どころか迎え入れ誘い受けるかのようだった己の態度。
 昨夜のそれは戯れか、或いは一時の狂いであったと彼女は思うことにする。

 しかし唇、首筋、他各所に残るツンの感触――寄越された情熱は焼き付き、彼女の心までをも燻る。
 赤熱したままのクーはツンに背を向けると僅かに身を捩り、湧いてきた興奮を鎮めた。

川;゚ -゚)(私としたことがっ……)

 後悔する程だった。だがそれに反して胸の高鳴りと言えば素直だった。
 初めて唇を奪われた日とはまた違う淫靡な景色。確かに互い同じ気持ちを抱き、間違いなくそれを互いに向けていた。

 状況は途中で終わりを迎えたが、それでも愛のある行為と言うのは気持ちのいいものだった。
 クーは身体の疼きを誤魔化すように自身の身体に喝を入れ、ベッドから起き上がり身形を整える。

ξ゚⊿゚)ξ「……クーってさ。切り替え早いよね」

川 ゚ -゚)「当然のことで御座います」

ξ゚ー゚)ξ「けど取り繕うのは下手だよねぇ」

川;゚ -゚)「っ……」

 未だに赤いままの顔は誤魔化しがきかない。とは言え見られまいとする彼女はツンに背を向けるのが精一杯だった。
 だがそんな彼女の袖を引くのはツンで、クーは呼びかけに対して静かに振り返るのだが――

239 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 18:00:53 ID:GyYSCP1M0

ξ*- ,-)ξ「ちゅっ」

川; - )「――っ!」

 ベッドの上で膝立ちになっていたツンはクーの唇を奪う。
 あまりにも手慣れた動作、よりも不意を突かれたことにクーは驚き、更には焦る。
 だがツンを支える為にと差し出された両の腕は、流石はレディースメイドと言ったところかもしれない。

ξ*^ー^)ξ「えへへっ。お目覚めのちゅー、いっただきーっ」

川;///)「お嬢様っ……」

ξ*゚⊿゚)ξ「ダメだった……?」

 そう上目使いで問われるクー。心臓は早鐘を打ち脳内は乱れ、正常を早々に手放す羽目になる。
 クーはツンを支えつつもその腕でツンを迎え入れ、静かに、そして優しく抱きしめた。
 更にはツンの耳元へと唇を寄せると――
  _,
川*゚ -゚)、「困りますっ……」

ξ*゚ -゚)ξ「っ――……」

 そう、悩ましげな声で思いを告げる。
 寄越された抱擁と言葉にツンもまた顔を赤く染め上げ、茹でた蛸と言った具合になると静かにクーから身を離し、再度正面から見つめた。

240 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 18:01:32 ID:GyYSCP1M0

ξ*゚ -゚)ξ「……ずるいよね、クーって」

川;゚ -゚)「……何がでしょうか」

ξ; ⊿ )ξ「そんな台詞言われたら、無理矢理にでもしたくなっちゃうよっ……」

川; - )「っ……駄目です、お嬢様。もう朝で御座います」

ξ; ⊿ )ξ「朝じゃなかったらいいの……?」

川; - )「そういう意味ではありませんっ……」

 クーの手を引くツン。対してクーは抵抗をするが、しかし力は弱い。
 ツンの胸元へと引き寄せられた彼女はそのままに胸の中へと招かれる。
 迫ったツンの小さな胸――ツンの薫香を聞(き)くと不思議な程に安らぎを得る。
 ツンの胸の中へと沈むクーは、再度夢の心地に浸る気分だったが――

川; д )「だからっ、もう朝で御座いますのでっ……」

ξ;゚⊿゚)ξ「わわっ」

 このまま流されてはいけない、と立ちあがり、逃げるような足取りで自室から出ていった。
 そんな彼女を見送る形になったツンは、早朝の部屋の中、少々呆けた後――

ξ* - )ξ「――……わたし、やっぱり壊されちゃったよ、クー……」

 止まぬ胸の高鳴りをどうにか落ち着かせようと、ベッドの上で深呼吸を続けた。
 そんなツンの努力を知らないクーと言えば、既に一階で朝食の準備を始めていた母の手伝いに混ざる。

241 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 18:02:25 ID:GyYSCP1M0

( ‘∀‘)「おはよう、クー」

川;゚ -゚)「お、おはよう、お母さん……」

 母の顔を直視できないクー。その理由こそは後ろめたいことがあるからで、昨夜の情事が聞こえていなかったかと胸中は穏やかではない。
 が、そんな心配も杞憂だった。母は特に怪しんだり訝しむ素振りもなく、手慣れたように食器を用意し食材を並べる。

( ‘∀‘)「ところで、本当に今日帰っちゃうの?」

川;゚ -゚)「え? あ……うん」

 本日が五日目――つまりは最終日だった。
 昼頃に御者が迎えにくる算段で、それまでにクーは己とツンの分の荷物の準備を完了させる予定だった。

( ‘∀‘)「そんなに急いで帰らなくったっていいのに……」

川 ゚ -゚)「そうもいかないよ。お嬢様がいらっしゃるんだから」

( ‘∀‘)「いいじゃないの、もう一週間くらいは」

川;゚ -゚)「ダメに決まってるでしょっ……もしもこのことがマスターに知られたら……」

 想像するだけで生きている心地がしない――クーの素直な台詞に母は苦い笑みを浮かべるのみ。

242 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 18:03:22 ID:GyYSCP1M0

( ‘∀‘)「でも、ツンお嬢様ってばすっかりこの村が気に入った御様子だったわよ?」

川;゚ -゚)「……だとしても、早く帰るに越したことはないよ。寧ろ五日間も滞在できたことが奇跡だよ……」

( ‘∀‘)「そう言うところは田舎でよかったと思わざるを得ないわねぇ」

川;- ,-)「思えないっ」

( ‘∀‘)「ふふっ……ねぇ、クー。なんだか久しぶりね、その感じ」

川;゚ -゚)「……え?」

 紡がれた言葉にクーは包丁の操作を止める。

( ‘ -‘)「ここ数年、あなたってば帰ってきても上の空で、反応の一つとっても……何だか妙っていうか、らしくなかったから」

川 ゚ -゚)「……そうだった?」

( ‘∀‘)「そうよっ。それこそ無理をしているみたいで、こっちは心配だったんだからっ」

川 ゚ -゚)「……心配……」

 仮面を用意し、己の気持ちをひたかくし続けたこの数年間。
 それはどうやら城の外――ツンの傍以外でも他者に不信感を与えていたらしい。

( ‘∀‘)「けどよかったわ。ツンお嬢様と一緒に戻ってきた時はすっごく驚いたけど……昔の頃みたいに、分かりやすくて素直な子に戻ったわねぇ」

川 ゚ -゚)「……何だか単純な人間って言われてる気がするけど」

( ‘∀‘)「何か可笑しい?」
  _,
川 ゚ -゚)「可笑しいでしょ……」

243 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 18:04:35 ID:GyYSCP1M0

 とぼけるような母の態度にクーは呆れの溜息を一つ。
 そんなやり取りをしつつも母はスープを完成させ、クーは副菜等の準備を完了させていた。
 それ等を持ちテーブルへと運ぶと、丁度朝に弱いクーの父が起きてきた。

( ´∀`)「ふあーぁ……おはようだモナ、母さん、クー……」

川 ゚ -゚)「朝くらいちゃんと起きてよ、お父さん」

( ´∀`)「そうは言うけど、特に冬の朝は辛いモナねぇ……ふあーぁ……」

 尻をかきつつ歩いてくる姿にクーは眉間に皺を寄せる。
 朝から寄越された娘の蔑んだよう眼差しに父は困ったように頬を掻くが、しかしそんな彼の言葉を待つこともせず――

ξ*゚⊿゚)ξ「おはよう、クーパパさんにクーママさんっ」

( ´∀`)「おぉっ、お早うございますモナ、ツンお嬢様!」

( ‘∀‘)「あらあら、今日は早起きですわね、お嬢様!」

 階段から駆けおりてきた己の主へと意識を向け、即座に瞳は鋭くなり姿勢までもが正される。
 そんな変化に父母は何も言うことはせず、今朝も早くから元気溌剌とするツンに朝の返事をした。

川 ゚ -゚)「……お嬢様。朝から駆けてはいけません。階段は落ち着いて降りてくださいませ」
  _,
ξ゚ 3゚)ξ「ぶーっ、いいでしょっ、落ちもしなかったんだからっ」

川 ゚ -゚)「結果は別の問題で御座います。これはマナーの問題です、お嬢様」
  _,
ξ゚~゚)ξ「むむぅーっ……!」

 朝から睨み合う両者――これも毎朝のこと、と父母は思うが、しかし当人達にしか分かり得ない変化もある。
 それの一つこそは距離感で、ツンはクーに纏わりつくのだ。
 それをいなすクーと言えば手馴れていたが、しかしその自然な様子は、やはり二人にしか叶わない光景だった。

244 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 18:05:06 ID:GyYSCP1M0

 そんなこんな、賑やかしい一家の朝は皆で卓を囲むことで始まりを告げるのだが――

( ‘∀‘)「そう言えばクー。今年はピアノ、弾かないのね?」

川 ゚ -゚)「えっ……」

ξ゚⊿゚)ξ「ん……?」

 その一言でクーは思い出す。
 クー邸にはクーにとって大切な宝物がある。
 それは彼女が幼い頃からあったもので、彼女はそれを愛し、日々を共にした。
 アンティーク調の外観をしたそれの名前はスクエアピアノ。

ξ*゚⊿゚)ξ「あぁーっ! それっ、聴きたいっ! 見たいよクーっ!」

川;゚ -゚)「す、すっかり忘れてた……」

 ツンはいつの日か聞いたその話を思い出すと大きな声をあげてクーの肩を掴んだ。
 当の本人――クーと言えば、この目まぐるしい五日間、すっかり宝物のことなど忘れていた。






 Break.

245 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 18:05:27 ID:GyYSCP1M0



 24


.

246 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 18:06:08 ID:GyYSCP1M0

 佳人は指を鍵盤におく。配置は通常と変わらない。
 足を動かしペダルの感覚を確かめる。踏み込むとその軟さに感慨が浮かぶ。
 指をおき、足を動かす――当然の動作だった。
 だが全ては懐かしく、それは時の経過した現在でも変わることは何一つなかった。

川 - ,-)「…………」

 クーは瞳を伏せる。いつも通りに寡言な彼女だが、しかしこの景色の中、彼女はその頬を緩め、目元は優しげだった。

 彼女は己の宝物に久しく触れていた。
 それはスクエアピアノだった。黒の一色に染め上げられたヴィンテージな外観。弦は軽くペダルも軽い。
 いっそ叩き、或いは踏み込むと笑みが零れるくらいに動きは曖昧だった。

 古い。特別高価な訳でもない。造りは一般的に普及する程度のもので、木材からしてもボディの鳴りは大した程度でもない。
 だが、それが素敵で、それが彼女の全てだった。それでよかった。
 彼女は懐かしさに包まれると、冬の木洩れ日の中、思うがままに指を動かした。

川 - ,-)(――ああ)

 鍵盤の上を舞うように指は自然と動く。
 ペダルの感触には違和感があったが、その違和感があるからこそに彼女は余計に楽しかった。

 即興で奏でる音楽。彼女はアドリブを好む。
 例えば題目があり、曲を求められたらそれに応えることは可能だ。
 だが彼女が自然と指を動かす時には彼女の感性のみが働く。

247 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 18:06:39 ID:GyYSCP1M0

川 - ,-)(Gmaj7……A6……Bm……A6……)

 テンションコードをふんだんに使う。テンポはミディアム。
 儚い旋律は景色を彩り、クーの心の世界が構築されていく。

川 - ,-)(――E7sus4、D6add11、Bm11……D6……)

 この五日間、怒涛とも呼べた。封じた心は解放され、愛を紡がれ、けれども――それに幸福を得た。
 未だに胸中に迷いはあった。後悔も当然あり、焦燥や不安、そして恐怖も顔を覗かせる。

 だがそれでも、彼女の心の奏でる音楽はそれを掻き消すかのように優しい音を奏で、柔らかく、温かい景色を描き出す。
 冬の木洩れ日の中、心を奏でる佳人は笑んでいた。そのしなやかな指は全てを制し、その心は全てを受け入れ全てを愛した。

 迷い――それでもいいと思えた。
 もう彼女は心を誤魔化すことが出来ない。全ては真実で、全ては純白だった。
 だからこそに、彼女の心はその音楽を奏で、それを愛する者へと――

ξ゚ -゚)ξ「っ……」

 ツン・ティレル嬢へと捧げた。
 ツンは傍に立ち、彼女の全てを見て、世界を感じると静かに涙を零した。

 ツンの笑みは優しく、心の温かさは音に現れる。
 それは全てを許し、全てを包み込むよかのような母性に溢れていて、それに近づき心を開くと、ツンはクーの心の中を垣間見た気がした。

 空気はマイナーでテンションはミディアム。
 何となし儚い印象なのに、それでも不思議な程にその音楽は優しく、朗らかで、寛大で、何よりも慈愛に満ちていた。

 ツンは瞳を閉じ、心でクーへと歩み寄る。
 世界にはツンとクーだけで、広がる冬の景色は心地よかった。
 寄り添う二人は自然と笑みを浮かべ、そうして互いの顔を見合い――

248 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 18:07:13 ID:GyYSCP1M0




ξ*^ー^)ξ「愛してるよ、クー」


川*゚ー゚)「愛しています、お嬢様」



.

249 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 18:07:58 ID:GyYSCP1M0

 そんな言葉が響いた。
 それが夢か現かは定かではない。
 けれども、音楽が止み、瞳を開いたツンはクーの背に抱き付くと静かに嗚咽を漏らした。

ξ - )ξ「……聴こえてたよ、クーっ……」

川 ゚ -゚)「お嬢様……」

ξ。 - )ξ「ありがとう……ありがとうね、クーっ……」

川 - ,-)「……勿体無い、お言葉で御座います……」

 その場には父母も居合わせていたが、空気を察した二人は静かにその場から立ち去る。
 木漏れ日の中、泣きじゃくるツンを抱きしめ頭を撫でるクーの姿は、まるで女神のようだった。
 そんな彼女に泣きつくツンは、誰がどう見ても天使のようだった。

250 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 18:08:33 ID:GyYSCP1M0



 ツンとクーはまとめた荷物を馬車へと詰め込み、両親に別れの言葉を告げると五日前にきた道を再度辿る。
 長かったようで短かったこの五日間。その内容は濃く、まるで一日一日は白夜のそれと同義にすら思えた二人。

ξ*゚⊿゚)ξ「いいところだったなぁ、ハートフィールド……」

川 ゚ -゚)「……お気に召しましたか、お嬢様」

 揺れる車内でツンは言葉を零す。
 クーに寄り添うように座るツンは惜しむような素振りで、その様子にクーはどうしたものかと悩んだ。

ξ゚⊿゚)ξ、「ねぇ、やっぱり今から戻ろ――」

川 ゚ -゚)「なりません」
  _,
ξ゚~゚)ξ「ぶーっ……クーのけちっ」

川 ゚ -゚)「けちで結構で御座います」

 村を発つ際、ツンは涙を零した。
 クーの両親に別れを告げたはいいものの、その時になるとやはり寂しさを覚える。

 己の生まれ故郷ではないにせよ、ハートフィールドでツンは多くの人々と関わり、皆に愛され、また、多くの思い出を手にした。
 その思い出で一際輝きを見せるのは、やはりクーの関係する瞬間だった。

251 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 18:09:33 ID:GyYSCP1M0

ξ゚ -゚)ξ「ねぇ……またきたいよ、クー」

川 ゚ -゚)「…………」

ξ゚ -゚)ξ「やっぱりダメ……?」

川 ゚ -゚)「……お嬢様。何度も申しましたが……再度、と言う訳にはいきません」

ξ - )ξ「……だよね……」

 ツンは何度もそう口にした。
 必ずまたこの村に戻ってくる――その言葉を向けられた父母や村の住人達は満面の笑みを浮かべて彼女を送り出したが、しかし皆は二度と彼女がこないことを察していた。

 今回は一つの事件――皆は理解をしている。
 だがそれでも見て見ぬふりをし、更には彼女を迎え入れ、この五日と言う時間を最高のバカンスにしてあげようと村ぐるみで考えた。

 名高きティレル家の令嬢――されども自由を欲しがるだろう時分だ。
 鳥籠を飛び出して何が悪いのか――そう言う人々にクーは呆れるばかりだったが、しかしその心意気に救われもした。
 結果的に何の問題もなく五日間は終わりを告げたが、過ぎてしまえば一瞬で、さりとて思い返せば愛しい日常のそのままだった。

川 ゚ -゚)「……お嬢様」

ξ゚ -゚)ξ「クー……?」

 しょぼくれるツンを見たクーは心が痛む。だが気の利いた台詞の一つも思い浮かばなかった。
 しかし愛する主人を放っておくわけにもいかぬ、とクーは必死で考えると、ツンを抱きしめて名を呼んだ。

252 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 18:10:15 ID:GyYSCP1M0

川 ゚ -゚)「……気安く触れることをお許し下さいませ」

ξ゚ -゚)ξ、「ううん、咎めるつもりなんて……」

川 ゚ -゚)「その……酷く傷ついている様子でしたので」

ξ゚⊿゚)ξ「……その為に抱きしめてくれたの?」

川 ゚ -゚)「要らぬ世話かもしれません。ですが……これしか術を持ち得ません」

 貴族とは斯くあり――貴族は働かず、出歩かず。
 今回のことがティレル侯爵に知られたら関係した者等がどうなるかは分からない。

 如何に優しいティレル卿とは言え、愛娘が見知らぬ土地で生活をしたと知れば当然御冠になる。
 下手をしたらば失業者が大量に生み出されるかもしれない。

 箱入り娘、籠の鳥――そう揶揄されることがしばしばの令嬢方だが、けれどもそれもまた親の愛情だったりする。
 クーはツンの気持ちを察しはするが、やはり仕えるマスターの意思こそが全てであるのは変わりがない。故にツンの外出の願いには頷けない。
 ただ、それでもクーは身を寄せると静かに言葉を紡ぐ。

川 - ,-)「……わたくしが傍におります」

ξ゚ -゚)ξ「っ……」

川 ゚ -゚)「寂しくないように、怖くないように……辛くないように。このクーが……あなた様の傍におります」

ξ。゚⊿゚)ξ「クーっ……」

253 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 18:11:05 ID:GyYSCP1M0

 それがレディースメイドだから――と、言葉を続けることはなかった。
 クーは瞳を伏せ、ツンを強く抱きしめる。
 そんな彼女の行動にツンは言葉を失うと大粒の涙を零し、まるで縋るようにしてクーに抱き付いた。

ξ。 д )ξ「楽しかったねっ……すごく、すっごくっ……幸せだったよっ……」

川。 - )「はい、お嬢様……」

 馬車は揺れる。景色に広がるのは草原と田畑。
 見飽きたような情景と言えたが、しかしクーはその景色を捉えると瞳が潤んだ。
 そうして二人は身を寄せ合ったまま、名残惜しむように景色を瞳に焼き付け、ロンドンへと帰参を果たすのだった。






 Break.

254 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/06(日) 18:11:31 ID:GyYSCP1M0
本日はここまで。
こちらのお話も次の投下で最後になると思います。
それではおじゃんでございました。

255 名無しさん :2019/10/06(日) 18:31:57 ID:mPuzPAtc0
(´・ω・`)ちんぽ

256 名無しさん :2019/10/06(日) 18:34:14 ID:XNW9ut5U0
乙あああああ

257 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 22:39:56 ID:53.STGpE0



 25


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258 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 22:40:53 ID:53.STGpE0

 とある時期を境にツンは激変したと噂される。
 それはクーの故郷から帰還を果たしてすぐだった。

 朝は目覚めが早く、食事には文句の一つも言わず、勉学には今まで以上に熱心に取り組む。
 その姿勢は嘗ての変化――三年前のそれとは比較にならない。

 何が起きたか、何があったのか、と誰もが疑問を抱いたが問いを向けることはしなかった。
 更にはツン嬢と言えば芸術や音楽等以外にも新たな分野へと食指を伸ばす。それこそは――

ξ;゚⊿゚)ξ「えいっ、やぁっ!」

――剣術、そして軍事学。
 これにクーは大反対をした。
 何を思ってうら若き乙女が剣を取り軍(いくさ)の何たるかを学ぶ必要があるのか、と。

 しかしツンはクーの意見を無視する。
 講師を招くと剣の指導を願い兵法を学んだ。
 クーは常々ツンの傍にいたが、ツンの必死な様子には不安も覚えた。

 だがツンは止まらない。
 寝る間も惜しむように本を広げ、夜分にもかかわらず部屋の明かりは消えない。
 時折様子を見やりに従者達が通りがかれば、そこには机に向かい筆を走らせる令嬢の姿あり。

 どうしてしまわれたのか――皆の口癖だった。
 今までだって十分に立派と呼べた。齢十三とは思わせない所作や風格も確かにあった。
 だが彼女はそれよりも更に高みを目指そうとする。

259 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 22:41:54 ID:53.STGpE0

 令嬢に完璧は求められない。これは絶対だ。極めてはならなかった。
 それは勉学にせよ芸術、他音楽等、兎角様々な分野において知識を広く持つことは求められたが程々が望ましかった。

 それは男性の尊厳云々ではない。
 それが可愛気というやつであり、足らないことこそが人の関心を引く。
 だのにもかかわらずツンはまるで男子の如くに剣を振るい始めるのだから世間は騒ぐ。

 恐らくは未だ帰らぬ父を憂いてのこと――如何に御令嬢と言えども名高きティレル家。
 然らばティレル卿のお力となるべくその意思をお示しになられたのだろう、と世間は判断する。
 だが近くで見る者等の思うことは違う。それは一心不乱の何もかもで、見ていて不安を駆り立てられた。

川 ゚ -゚)「お嬢様、失礼します」

ξ゚ -゚)ξ「ん……」

 その日の夜、クーは温かい飲み物を持ってツンの下へと訪れた。時刻は丁度日を跨いだ頃合いだった。
 だがツンは筆を走らせることに集中し、返事も素っ気のないものだった。それにクーは何とも言えない表情になる。

 クーは彼女の傍へと近寄ると紅茶を手元へと置いた。
 そうして瞳を伏せ一つ呼吸を置くと改めて主の名を呼ぶ。

川 ゚ -゚)「お嬢様。お茶で御座います」

ξ゚ -゚)ξ「うん……ありがとう……」

川 ゚ -゚)「……お嬢様」

ξ゚ -゚)ξ「ん、なに……?」

川 ゚ -゚)「お茶で御座います」

ξ゚⊿゚)ξ「……クー?」

260 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 22:42:38 ID:53.STGpE0

 集中の程は驚異的――目を見開き食い入るように資料を見つめるツン。
 その空気感は、或いは狂気をも醸す程だったが、けれどもクーはツンの手に己の手を重ねる。

 そうするとようやくツンは意識を完全にクーへと向ける。
 伝う体温を感じてツンは己の体温が酷く低下していることに気付いた。
 空気は未だに冬で、当然夜分は冷えた。
 寝間着のみで羽織るものもなく、思い出したように身震いをするとクーを見つめた。

ξ-⊿-)ξ、「ごめん、もしかして心配させたかな……」

川 ゚ -゚)「……いいえ。真面目に取り組まれているところに邪魔をして申し訳ありません」

ξ゚⊿゚)ξ「ううん、有難う。止めてくれて……」

川 ゚ -゚)「お嬢様……」

 クーは何処となく憂うような表情でツンを見下ろすと傍へと寄り、温かな羽織を着せた。
 包まれるような温もりを感じるとツンは不思議な程に安堵し、ついで肩に乗るクーの手を握りしめそれを己の頬へと寄せる。

ξ゚⊿゚)ξ「……訊かないんだね、何も」

川 ゚ -゚)「……憚られることで御座いますれば」

ξ゚⊿゚)ξ「そうかな。でも心配なんでしょう?」

川 ゚ -゚)「…………」

ξ゚ー゚)ξ「言わなくても分かるよ。クーのことくらい……」

 上目使いを寄越されたクーは唇を噛みしめた。

261 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 22:43:25 ID:53.STGpE0

川 ゚ -゚)、「……お嬢様。流石にこんな調子ではお身体を壊します」

ξ゚ー゚)ξ「ん……でも、今のところは大丈夫だから」

川 ゚ -゚)「今は、です。何があったのか、どうして急に様々なことに熱心になられたのか……それを問うことはしません」

ξ゚ -゚)ξ「……うん」

川 - ,-)「ですが……お願いで御座います、お嬢様。どうかご自愛くださいませ……」

ξ゚⊿゚)ξ「クー……」

 若干の震えた声にツンは胸が締め付けられる。
 クーの手から伝う温もりに絆されつつ、ツンは彼女を正面へと招いた。
 そうして己の腕を広げると申し訳なさそうな顔をして、けれども照れを思わせる表情で言葉を紡ぐ。

ξ゚ー゚)ξ「ねぇ、クー。温めて」

川 ゚ -゚)「っ……」

ξ^ー^)ξ「酷く冷えちゃったみたい。紅茶も美味しいけど……クーがいいの」

川 ゚ -゚)「……お嬢様……」

 クーは恐る恐ると腕を伸ばし、ツンの華奢な背を抱き寄せる。
 密着するとツンの身体が大層疲れていることが感覚から分かった。

 首は凝り固まり背は軟く、腕の動きはぎこちない。
 クーは己の胸の中へと顔を埋(うず)めたツンを見下ろすと、尚更に悲しい表情をしてツンの頭を撫でた。

262 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 22:44:08 ID:53.STGpE0

ξ-⊿-)ξ「……ねぇ、クー」

川 ゚ -゚)「……なんでしょうか」

ξ゚⊿゚)ξ「前に言ったよね。わたしの気持ちに応えることはできない、って」

川 ゚ -゚)「……」

 事実だった。自身の気持ちを答えはしたが、それでもツンの気持ちに応えることはできないと彼女は口にしている。
 それを寄越されてもツンはめげもせず、日々愛を紡ぎ、唇を重ね、時に人には言えないような劣情の景色に二人して沈んだ。
 だがそこから先はない。愛を交わしはするがそれだけで、二人は、結局は他人の間柄、主従関係でしかなかった。

ξ゚⊿゚)ξ「クーは頑固だから、だから……わたしの命令でも首を縦にはふらないでしょう?」

川 ゚ -゚)「……はい」

ξ゚ー゚)ξ「ふふっ、でもそんなところが好き。ねぇ、大好きなの、クー」

川 ゚ -゚)「お嬢様……」

ξ*^ー^)ξ「だからね……頑張るんだぁ。絶対にクーを幸せにするんだ。だって相思相愛なんだもん。だったら叶えたいよ。
        夢はね、クー。叶えるものなの。わたしはそう信じてる」

川* - )「っ……」

ξ;゚⊿゚)ξ「心配をかけてごめんね。でも、大丈夫だから。止まる訳にはいかないし、クーを手放したりも、しないっ……」

川 ゚ -゚)「……? お嬢様?」

263 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 22:45:01 ID:53.STGpE0

 クーはツンの息遣いを聞くと嫌な予感が過った。
 急いで身を離すとツンの額へと手を宛がう――と、同時にその熱量に思わず驚いてしまう。
 体躯は未だに冷たいが、それは内部に熱が籠っているからだった。
 ツンの吐息は荒く、更には熱っぽかった。瞳は潤み、それは単純に疲弊を物語る。

ξ; ⊿ )ξ「げほげほっ……ああ、もうっ、我慢してたのにっ……」

川;゚ -゚)「お嬢様っ。まさかお気づきになられていたのでっ」

ξ; ⊿ )ξ「そりゃあ、自分の身体だもん……げほっ。うぅっ……」

川;゚ -゚)「これは大変っ……至急医者をお呼びしますっ」

 思考が恋する乙女から侍女のそれに切り替わると彼女はチャームを鳴らす。
 その音を聞くと直ぐ様に女中が駆けてきてツンの部屋へと飛び込んできた。

「なにごとですかっ」

川;゚ -゚)「そこのあなた、至急お医者様をっ」

「クー様っ。お嬢様は如何なされたのでっ」

川;゚ -゚)「風邪です、咳もありますっ。症状は高熱と咳だとお医者様に先だってお伝えなさいっ」

「はっ、畏まりましたっ」

 忙しなく駆けていく女中を見送るとクーはツンを抱きかかえてベッドへと運ぶ。
 まるで思い出したようにツンの身体は汗をかき、クーは寝かせたツンの額を拭いつつ、他の従者を呼ぶと氷と水を持ってくるようにと命令を下した。

264 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 22:45:54 ID:53.STGpE0

ξ; ⊿ )ξ「もうっ、おおげさだよ、クー……げほっ……」

川;゚ -゚)「何を仰いますかっ……大袈裟だろうがなんだろうが、こうもなりますっ……」

ξ; ⊿ )ξ「クー……」

川;゚ -゚)「無茶ばかりだからです……身体を壊しては本末転倒なのです、お嬢様っ……」

ξ; ⊿ )ξ「たかだか風邪だよ……そんなに、そんなに……悲しそうな顔をしないで、クー……」

 クーの性格からして、恐らく彼女は自責の念に駆られていた。
 己の管理が行き届いていなかったと。それがレディースメイドの役割であり、それを怠ったが故に主は風邪をひいてしまったのだ、と。
 だがツンはそんなクーの頬へと手を添えると微笑んだ。

ξ; ⊿ )ξ「ねぇ……どうしていつもそうなの、クー」

川;゚ -゚)「何がですかっ……」

ξ; ⊿ )ξ「どうしていつも……わたしをそんなに心配して、大事にして……愛してくれるの」

川;゚ -゚)「っ――……」

 その問いを向けられたクーは数瞬挙動を失う。
 が、彼女は己の頬へと添えられたツンの手を取り握りしめ、毅然と言葉を返した。

265 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 22:46:48 ID:53.STGpE0

川; д )「あなた様を心底、心底っ……慕い、愛し……欲するが故ですっ……」

 支えになるべく――それは転じれば、その者なしでは生きていけないのと同義だ。
 ツンは眼を見開いた。クーのその返事はあまりにも幸せで、それと同時に彼女の覚悟の全てを見た気がしたからだ。

川; д )「あなた様が全てなのです……あなた様と出会ったあの日から、私の中にはあなた様しか存在しないっ。
      映る世界にあなた様がいるから……だから意味があるっ」

ξ; - )ξ「クー……」

川。 д )「我が生涯は全てあなた様に捧げたのです。それでいいと思えたから、だからこの立場を欲した……
      あなた様を御守りし、支えることが私の生きる意味ですっ……」

ξ;。 - )ξ「っ……」

川。 д )「お願いです、お嬢様……お願いですから、もう無茶は止めてくださいっ……」

 零れた雫――涙を見てツンも感情が溢れた。二人は声を漏らすこともなく、静かに冬の雨に包まれる。
 騒ぐ回廊からは、じきに医者がみえる。
 だが如何なる薬を持ち寄ったとて、恐らくこの病だけは治せまい――ツンとクーは最早後戻りはできないと実感をする。

ξ。 - )ξ(ああ、わたしは、本当にクーのことを――)

川。 - )(……もう、誤魔化すことはできない。私は、ツン様のことを心の底から――)

 不治の病とは、つまりは恋煩いを言った。

ξ。 - )ξ((愛してるんだ……))( - 。川

 乙女と佳人はこの瞬間、初めて互いの心が一つになった気がした。

266 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 22:47:31 ID:53.STGpE0





 Can't stop.





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267 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 22:47:51 ID:53.STGpE0



 26


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268 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 22:49:12 ID:53.STGpE0

 インド攻略の一幕、ティレル卿は凱旋を果たす。
 未だシパーヒーの抵抗が続く最中でのこの事態にクイーンですらも如何したかと慌てた。

 が、彼――ティレル卿は必要な者は立ててある、心配は無用だと述べ、バッキンガム宮殿からそのまま馬車に乗り付けて己の城館へと帰還する。

 従者達は慌てふためいた。
 帰還の報せは半月前に寄越されたが何を思っての凱旋なのかが謎だったからだ。
 よもや先の騒動――ツン嬢の家出紛いが知られたか、と皆は恐れおののいた。

 しかしそんな皆の恐怖や心配は杞憂に終わる。
 クイーンをもして恐怖させた彼の冷徹な空気感こそは、つまり、愛する嫡女が体調を崩したが故だった。

(; ^ω^)「ツン、大丈夫かお!」

 彼は出迎えの者等すら無視をし、更には自身の歳も鑑みず駆け出すとツンの寝室へと飛び込んできた。

ξ*゚⊿゚)ξ「お父様っ。お帰りなさいっ」

( ^ω^)「おぉ、ツン! 僕の愛する天使……うぅん、大丈夫だったかお? 体調はもういいのかお?」

ξ*゚⊿゚)ξ「もうっ、風邪を引いたのは半月も前の話だよ、お父様?」

( ^ω^)「おぉ、そうだったおねぇ。いやさ、ツンが風邪を引いたと聞いたらもういてもたってもいられなくておぉ……
      別の者に指揮を任せてすっ飛んできたお」

 つまり、彼は親馬鹿だった。
 此度の帰還の真実はツンを心配したが故で、それを誰に告げるでもなく、己の執事(バトラー)を連れ立ってきた。
 情報は逐一彼から知らされていた。初老の眼鏡をかけた彼はブーン・ティレル卿の後ろに控え、ツンへと深く頭を下げる。

269 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 22:51:02 ID:53.STGpE0

ξ;゚⊿゚)ξ「えっ……もしかして帰ってきた理由ってわたしだったの……!?」

( ^ω^)「お? そうだお?」

 その台詞にツンは呆け、更には彼女の傍に控えていたレディースメイド――クーまでもが呆然とし愕然とまでした。
 驚きの真相とはこう言うものが常であり、これでは探偵も仕事がないな、とクーは思うことで何とか平常心を保つ。

( ^ω^)「お、クー。久しぶりだおね」

川 ゚ -゚)「はっ。お帰りなさいませ、マスター……」

 クーは視線と言葉を寄越されるとその場に膝を突く。
 するとティレル卿は楽にせよ、と紡ぎ、クーは立ち上がると再度礼をする。

川;- ,-)「申し訳ございません、マスター。わたくしがついておりながら……」

( ^ω^)「おぉー……なにかお、君は罪の意識でも抱いているのかお?」

川;゚ -゚)「当然のことで御座いますっ。
     我が命、そして我が意味意義こそはツンお嬢様の生活全てを支え完全とすることにありますっ」

(; ^ω^)「うむむ、相変わらず君はどうも真面目過ぎるお……話は聞いてるお、クー。そして……ツン」

 と、彼はクーの様子を宥めつつもツンへと厳しい目を向けた。

( ^ω^)「ダメだお、皆を心配させては。夜遅くまで勉強して、しかも日中には剣の稽古や兵法まで学んでいたと」

ξ;゚⊿゚)ξ「えっ……な、何でそれをっ……」

( ^ω^)「我が執事を侮ってはいけないお、ツン。僕の前で隠し立てなんて無意味だお。
      ましてや愛する娘のことだ、全て……全て知っているとも」

 その台詞はまるで死神が鎌首を擡(もた)げる様を思わせた。ツンもクーも顔を蒼褪める。
 よもやハートフィールドでの出来事までをも知っているのか――

270 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 22:52:12 ID:53.STGpE0

( ^ω^)「ツン。何を目的とするんだお」

ξ;゚⊿゚)ξ「えっ……え?」

( ^ω^)「分からないと思うかお、僕が。急に剣や軍事学にまで食指を伸ばす……何を思っているんだお?」

ξ;゚ -゚)ξ「っ……」

 流石に先の事件は知らない様子だった。が、しかしティレル卿はツンに鋭い眼差しを向ける。
 何やら彼は勘付いている様子で、それを彼女に問うのだ。
 まるで見透かされたかのような感覚に陥ったツンは、暫し顔を俯けると傍に立つクーの手を握る。

川 ゚ -゚)「お嬢様……?」

ξ;゚ -゚)ξ「…………」

 ツンがハートフィールドから帰ってきてからの変化。
 結局、何を目的としているのかは誰にも不明で、ツン自身もそれを口にすることはなかった。

( ^ω^)「我が娘、我がツン。僕はお前の父親をしている。
      傍にいることが出来なくてもお前のことをずっと想い、常に心配を寄せていたお」

ξ;゚ -゚)ξ「…………」

( ^ω^)「そんなお前がここ最近では男児の如くに様々なことに取り組んでいると言う。
      これを不審に思わない者がいるはずもないお。だが皆には分からない。お前が何を思うのかを」

ξ;゚д゚)ξ「……お父様」

( ^ω^)「もう一度言うお、ツン。僕は君の父親をしている。
      ティレルの家督を継ぎ、貴族として……侯爵として君の父をしている」

ξ; - )ξ「っ……!」

271 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 22:53:39 ID:53.STGpE0

 その言葉にツンは顔を跳ね上げた。その瞳は鋭く、額には脂汗が滲む。
 対してティレル卿の双眸は揺らぐこともなく、ツンの顔を真っ直ぐに見据えた。

川;゚ -゚)(まさか、お嬢様は――)

 先の問い。結局それを口にすることは叶わず、真相を確かめることも出来なかったクー。
 だがティレル卿の言葉、そしてツンの態度でいよいよ氷解した。
 ツンがここ最近目覚ましい勢いで勤勉になった事実、覚醒するに至る発端――理由を。

ξ; - )ξ「お父様……端的に言うね」

( ^ω^)「なんだお」

 一度呼吸を置いたツン。クーはツンの手が強張っていること、そして震えていることに気付く。
 握りしめられる手から伝わるのは汗で、ツンは大層に緊張と恐怖をしていた。

 クーはツンを止めようと思った。
 その一言を紡ぐとあれば、後に待つ未来は恐ろしく絶望的だと悟るが故に。

 だがしかし、ツンのその瞳を見た時、クーは閉口するのだ。
 それは怯え、恐れ、泣き出しそうな、そんな弱々しさを思わせる。
 だのに、その眼光だった。

 退かないと決めた者の目だ。
 決意をし、前へと進むと決めた者の目だ。
 そして戦うことを選んだ者の目だった。

 ツンの小さな唇が動きを見せる。
 そうして空気が震え、今、ツンはその一言を――

272 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 22:54:02 ID:53.STGpE0





ξ゚⊿゚)ξ「ティレル家の家督。わたしに頂戴」




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273 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 22:55:17 ID:53.STGpE0

――爵位継承権、並びに家督を全て寄越せとのたまうのだ。
 場には緊張が走った。それは口にしてはならぬ――否、実現することはほぼ不可能なことだからだ。
 何よりとしてティレル卿はそうならない為にと彼女をネラア家に嫁がせるつもりだった。その意思も三年前に本人に告げていた。

 だが彼女はそれに首を振った。縦にではない、横に振ったのだ。
 では如何するか――となるのが普通だが彼女は更に己がこの家を継ぐと申した。

 前代未聞――そう言う訳でもない。
 軽く触れたことだが、英国に限っては女性にも継承権が発生する。
 それにはクイーンの同意が必要となる。つまり彼女を説得しなければならない。
だがそれさえ完了すれば女性でも爵位を賜ることが出来る。

 ツンはそれを望んだ。
 己は何処にも嫁がぬ。騎士として、貴族として、軍(いくさ)を従え展開する者として家督を継ぐと。

 故に剣術から兵法、更には経済軍事、他政治等の知識を求め、それの師事を仰いだ。
 クーは目を見開く。想像していた台詞だった。だが出来れば杞憂であって欲しかった。

川 ゚ -゚)「――なりません」

ξ;゚⊿゚)ξ「クーっ……」

 ティレル卿が何かを言う前にクーが言葉を発する。
 ツンはクーを睨むのだ。だがそれに対してクーもツンを睨む。

川 ゚ -゚)「あなた様はそのような立場になるべきではありません、お嬢様」

ξ゚⊿゚)ξ「わたしが決める」

川 ゚ -゚)「なりません」

ξ゚⊿゚)ξ「わたしが決めるの」

川 ゚ -゚)「お嬢様」

274 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 22:56:24 ID:53.STGpE0

ξ#゚⊿゚)ξ「わたしが決めるのっ!」

 頑として聞かぬ――そんな態度にクーの中で怒りが燃える。

川 ゚ -゚)「お分かりにならないので。父君のお気持ちが、お考えが」

ξ#゚⊿゚)ξ「分かるよ。きっと平和って、そうなんだと思うよ。
       誰かの庇護の下で平安な暮らしをすることがきっと幸せで苦労もないんだと思うよ」

川 ゚ -゚)「なら――」

ξ#゚⊿゚)ξ「けどね。わたしはそんなの嫌だ」

 ティレル卿の眉間に皺が寄り、奥で控えていた執事の顔にも感情が走る。
 だがツンは二者の反応には目もくれず、クーと対峙するように立つ。

ξ#゚⊿゚)ξ「好きでもない人の下で生活をして、好きでもない人と愛を偽って、そうして……子供を産んで、
       誰とも知らない従者達に世話を焼いてもらう。それって何がいいの」

川 ゚ -゚)「良し悪しでは御座いません。そうすることが正しさなのです」

ξ#゚⊿゚)ξ「正しさ? 何が? ねぇ、わたしの感情はどこにあるの? 何で勝手に決めつけるの?」

川 ゚ -゚)「聞き分けてください、お嬢様」

ξ#゚⊿゚)ξ「嫌だ」

川 ゚ -゚)「……お嬢様」

ξ#゚⊿゚)ξ「絶対に嫌だ」

川#゚ -゚)「――っ……お嬢様……!」

 クーは怒りをいよいよ露わにするとツンの肩を掴む。
 だが対してツンは一歩も退かず、いっそ迎え撃つようにして真正面から睨んだ。

275 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 22:58:58 ID:53.STGpE0

川#゚ -゚)「何故わからないのです……幸福とは、生きることにより初めて実現するのです! 家督を継ぐと仰いましたね。
     それの意味するところを理解出来ていないお嬢様な訳がありません。ましてや名高きティレル家の御息女とあれば尚のこと……!」

ξ#゚⊿゚)ξ「うん、分かってるよ……当然でしょ。だから剣を習ってるの、だから軍事学を習ってるの」

川#゚ -゚)「それは己から絶望へと迫る愚行です! 侯爵の位を得て立ちたいと仰るのですか!
     最前線に、虎口前に! それは戦の場に立つことを意味すると知っているはずです……!」

 ティレル家とは大英帝国が誇る一の槍。武家、騎士の家系として古くから王家に仕え戦場では武功を挙げその地位を得た。
 戦況がどうであれ勝利を得るまで退くこともなく、また、如何に不利な状況に陥ろうが前進のみを旨とした。

 軍の能力は突撃。
 白兵戦術を得意とし、後に陸軍統括の地位を得るが――これは後の世の話。

 兎角、家督を継ぐとあればツンはこの先、常に戦場を臨むことになる。
 それは自然的な死が待つ景色ではない。怨嗟渦巻く、そして殺意渦巻く深淵の底を言う。

 禍(まが)つ景色に何故麗しの乙女を立たせたいと思うか――だからティレル卿はネラア家と取り決めを交わし、そんな彼の気持ちを理解したからこそにクーは仮面を用意した。
 しかしツンはそんな二人の気持ちや思いやりをも喰らい言うのだ。己こそがこの家を背負って立つと。

川#゚ -゚)「何も知らないのです、あなた様は……戦場が如何程に恐ろしいのかを! そこに絶対的な安全などありはしない!
     マスターが何故戦の話をしないのか知らないのですか! それはあなた様を怖がらせない為……あなた様の想像する以上に人は簡単に死ぬ!」

ξ#゚⊿゚)ξ「っ……分かってるもん、知ってるもん! 先生に聞いたもんっ……人を子供みたいに言わないでよ!」

川#゚ -゚)「分かっていなから言うのです! あなた様は、あなた様はっ……死にたいとでも言うのですか!」

ξ#。゚⊿゚)ξ「っ――そんな訳ないっ!!」

 その叫びにはその場にいた皆が驚いた。対峙していたクーまでもが目を見開き、数瞬挙動を失う。
 ツンは大粒の涙を零し、それは頬の上に線を描く。嗚咽を噛み殺そうとするが、しかし漏れる声からしてそれは叶わない。
 だがツンは真っ直ぐに立つ。クーを見据え、拳を握りしめ、食い下がるように、必死になって叫び散らす。

276 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:00:58 ID:53.STGpE0

ξ#;⊿;)ξ「分かってるもん……怖くて、人がいっぱい死んで、安全だって呼べる場所がない……それが戦場だって分かってるもん!!
        それでもわたしはなるって決めた、覚悟してない訳じゃないもん、だから毎日頑張ってたんだもん!! 
        知らないくせに、わたしのこと、なにもっ、なにもぉっ……しらないくせに!!」

川#゚ -゚)「っ……ならっ、ならっ……選ばないはずです、分かっているのなら、そんな恐ろしい場所に立つと分かっていたのなら、選ぶわけがっ――」

ξ#;⊿;)ξ「クーがいればいいよっ!!」

川;゚ -゚)「っ……!」

 クーの言葉が詰まる。

ξ#;д;)ξ「クーがっ、クーがずっと傍にいて……ずっと一緒にいられるなら、何も怖くないよ!! 誰かのとこになんていきたくないよ!!
        だったら頑張って侯爵になって、何だってする!! クーと一緒にいられるならどんな怖いことも辛いことも飲み干すよ!!」

川; - )「そんなのっ……そんなの一緒だっ……一緒なんです、お嬢様! 嫁いだ先でだって、わたくしは傍にっ――」

ξ#;д;)ξ「クーが笑ってくれないなら嫌だ!!」

――ツンにとって、そしてクーにとって、お互いは唯一無二で、互いの存在がなければきっと生きていくことは不可能だ。
 いずれツンが嫁ぐことになってもクーは彼女の傍に立つ。ティレル卿から直々に頼まれている。ずっと彼女の傍にいてくれと。それにクーは頷いた。

 だがツンはそれを幸せだとは思わない。
 己の気持ちを殺し、感情を隠し、誰かと偽りの関係を築いて、そんな傍に立つ愛する者を思えばこそ、それは間違いなく絶望の景色だと彼女は悟る。

ξ#;д;)ξ「クー、そんなの幸せじゃない!! クーは泣くでしょ、クーは傷つくでしょ!! ずっと感情を殺して、心を殺して生きていける訳ない!!
        そんなクー見たくない!! 傍にいたってお互い傷付くだけだよ!!」

川; - )「っ……」

ξ#;д;)ξ「だったらわたしがクーを幸せにするんだ!! ずっと傍にいて、ずっとずっと愛を囁く!! どんな戦場だって怖くないよ!!
        クーがいるならそれだけでっ、それだけ、でぇっ……!! いいんだもんっ……!!」

277 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:02:48 ID:53.STGpE0

 ツンのその叫びを受けてクーは涙を零した。
 その一言はあまりにも幸せだった。だがそれはツンを絶望へと突き落とすことと同義だった。
 だが、二人が言い合う様子を黙して見つめていたのは――ブーン・ティレル卿。

( ^ω^)「……どういうことかお、クー」

川; - )「マスターっ……」

( ^ω^)「君は、もしや……ツンとそう言う間柄にでもなった、と……?」

川; - )「っ――」

 犀利なる瞳――それは殺しを根底に置くような、冷徹の一言に尽きる瞳だった。
 蛇に睨まれた蛙のようにクーは身動きが取れなくなる。更には呼吸までもが止まり、彼女は死を連想する。
 しかし、そんな彼女の前に立ちはだかったのは――

ξ#;⊿;)ξ「そうだよ、なにがおかしいの、お父様……!!」

( ^ω^)「ツン……」

――ツン・ティレル嬢。
 涙を流しつつ、嗚咽を漏らしつつ、それでもツンは己のレディースメイドを――否、愛する佳人を護ろうとする。
 そんなツンを見てクーは面を伏せた。己の主は、誠、実のところ、大層に胆が据わっている御方だ、と。
 例え実の父と言えど鬼のティレル卿を前に臆すこともなく、更には睨み返すその態度。流石はティレル卿の愛娘と呼べた。

ξ#;⊿;)ξ「お父様、わたしを叱るならいいよ……でもクーを怒らないでっ。
        クーはわたしの為にずっとずっと我慢し続けてきたんだよ……わたしを護る為に、支える為にって……!!」

( ^ω^)「……本当かお、クー」

川; - )「マス、ターっ……」

 事実だ。それはハートフィールドで告白をしている。
 だがそれをティレル卿に問われるとクーは恐れた。

 己は殺される――そう思うのだ。
 けれどもクーの頭中では様々な想いが駆け巡っていた。

278 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:04:17 ID:53.STGpE0

川; - )(本物なんだ。このお方は……ツンお嬢様は本物の愛を抱き、私にくれる。
     どこまでも真っ直ぐで、そこまでも純白で、どこまでも敬虔なんだ……)

 果たして己はなんなのだ、とクーは自問をする。
 ずっと誤魔化し続けてきた。今まで上手くいっていた。
 だが感情、そして心が解放されてからの日常は――

川; - )(幸、せ……)

 戸惑うことばかりで、恐ろしくも思った。
 この景色は夢が見せるもので、目覚めたらいつものように景色は冷え切っていて、己は一歩も二歩も引いた位置からツンを見守るのだろう、と。

 だが夢は覚めない。夢は見るものではなかった。
 クーはそれを教えられた。それを与えられた。全ては愛する乙女、ツン・ティレル嬢がくれたものだった。

 日常が愛しくなった。一日一日が惜しくなった。
 共に過ごすと景色はそれだけで輝きを見せ、己の鼓動すらも愛しく思えた。
 そうしてツンと見つめ合い、手を取りあい、唇を重ねると、死んでもいいと思えた。

川; - )(愛って……そういうものなのか)

 死んでもいい――どうなったっていい。そう思えた。
 例え自身が絶望に見舞われたとて、愛を別つ存在が幸せでいてくれるならばそれだけで十分だと思える。
 だがそれを別つと、互いは貪欲になり、願わくば愛する者にも幸福を、と願う。
 そうして気付く。その考えに至りクーはツンの想いをようやく全て理解した。

川 - )(私は……私はっ……)

 クーを愛し、幸福を与える為にツンは決意をした。
 それは恐ろしく、絶望ばかりだ。だがそれでも構わないとツンは思う。それは愛情だ。

 ツンを愛し、幸福を与える為にクーは決意をした。
 だがそこにツンの意思はない。それは彼女の自己完結によるもので、クーは彼女の身を案じるばかりで、本当の意味での幸福を思った時、クーは己を鳥籠のようだと思った。

279 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:05:51 ID:53.STGpE0

 それとはまた別に、果たしてツンの意思はクーを傷つけるか否か――傷つける。
 結局はこれも独善に等しいものであり、クー自身はツンが傷つくことや苦しむことを望まない。

 だがツンは信じていたし、確信をしていた。“己はクーだけのものだ”と。
 だからツンは己が誰かの下へと嫁いだら、二人の絆は二度と戻らないと悟った。

川 - )「……申し訳ありません、マスター」

 世に善悪、正否と呼べる事柄は、実を言えばない。だがツンの想いこそは真実で、それは純白だった。
 クーはそんな彼女と対すると気付く。己は意思を示すことも出来ず、彼女の愛情に報いることも出来ないのか、と。

 応えることは憚られた。
 それはツンの幸福を破壊することで、きっと、互いに優しい未来は待ち構えていないと悟るが故だった。

 だが、もう、彼女は逃げるのをやめた。
 正面から対峙した二人。そして正面から自身と対峙したクー。

 本当の幸福とは何か。
 それはきっと、互い、本当は、求めることは同じだった。

 傷つけない為に、そして護る為に――幸せになってくれるようにと願いをこめる。
 だがそんな幸福の帰結は、本当は、とても単純なことだったのかもしれない。

川 - )(一緒に生きること……それがどれだけ幸福か。それはとても難しいことだ。でもそれは、願いは、夢は、本当は叶うんだ。
     ずっと怖かった、それを口にすることが。そうしたらきっとお嬢様は傷つく。でも、きっと……きっと、どんな絶望だって、二人なら乗り越えられるんだ……!!)

 彼女はツンの手を取り、ティレル卿を真正面から見つめる。
 瞳には強い意思があった。それはツンと同等の覚悟を秘めたものだ。
 そうして彼女は毅然と立つ。己と言う存在と対峙し、そして真実を求め、答えを得て、応える為にと決意をすると――

280 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:06:23 ID:53.STGpE0






川 ゚ -゚)「私はツン・ティレルお嬢様を愛しております」





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281 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:07:19 ID:53.STGpE0

――そう、口にする。
 その言葉にツンは驚き振り返るとクーに抱きしめられた。

川 - )「ずっと……ずっと、愛しておりました、お嬢様。ずっと逃げ続けて、ずっと背を向け……あなた様の愛からも、自身の感情からも目を背け。
     ですが……あなた様はどこまでも真っ直ぐで、恐ろしいくらいに純白で……」

 クーは静々と涙を零す。
 温かなそれを受けてツンも再度静かに涙を流した。

川 ; -;)「気付くのです……己の幸福とは、そしてあなた様の幸福とは何なのかを。私は……あなた様を失いたくない。
      誰にも手渡したく……ないっ。そう気付いたら、もう、もうっ……もう、止まれないのですっ、お嬢、さまっ……」

ξ;⊿;)ξ「クーっ……!!」

 いつの日かツンが口にした台詞――“誰かの言うことや、世界の定めたものに従い続けるだけじゃ永遠に手に入らない何かもある。己達は偶々そうだっただけだ。”

 偶々と言う言葉がクーは好きだった。それは運命性、或いは因果性を思わせる。
 つまり、言外に、そして意識せずにツンはクーに対して純粋な愛を紡いでいた。

 それを思い出すとクーは胸が温かくなり、それは自信となる。
 己は真実の愛を向けられている。そして己はそれに今、確かに応えたいと願っている、と。

( ^ω^)「……偽りはないのかお、クー」

川。゚ -゚)「……はい。申し訳御座いません、マスター」

( ^ω^)「そうかお。了解したお」

282 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:08:33 ID:53.STGpE0

 クーは覚悟をした。殺されるにしても、それでも己は愛する者の想いと心に応え、確かに報いることが出来た。
 だからここで滅ぼされても、己には意味が生まれ、確りと愛する者の胸に気持ちは刻まれたはずだと。
 彼女はアリスを抱きしめたままにその時を待つ。
 或いは剣、ないしは銃、ともすれば他の凶器――何で殺されるにしても構わない。

( ^ω^)「ツン。継承権を寄越せだのなんだのと……この僕の意思をくみ取れない程に君は愚かだったかお」

ξ#゚⊿゚)ξ「……愚かなのかどうかは、やってみなきゃ分からないでしょう」

( ^ω^)「やらせる? 何をだお? 軍(いくさ)の指揮を? 君は人の死を受け取められるのかお?
      自身の死や、責任や、それを差配する立場になることを?」

ξ#゚⊿゚)ξ「っ……覚悟は、できてるもん……!!」

( ^ω^)「……そうも単純で、簡単なことじゃ――」

ξ#゚⊿゚)ξ「なくったって!!」

 ツンは叫んだ。クーの手を握りしめながら、震えつつも、それでも愛する父へと気持ちをぶつける。

ξ#゚д゚)ξ「クーを笑わせる為なら、クーを幸せにする為なら、わたしは歩いていける!! クーと一緒に、どこまでだって行ける、なんにでもなってみせる!!」

 その言葉にブーン・ティレル卿は瞳を伏せた。
 ツンとクーは息を飲み彼の反応を待つ。

( ^ω^)「……そうかお。そこまで……いや、やはり君達はそうも愛し合っていたのかお……」

ξ;゚⊿゚)ξ「え、やはりって……」

川;゚ -゚)「き、気付いていらしたんですか、マスター……?」

 ティレル卿は、まるで後悔するように息を吐いた。
 ツンとクーはその様子に若干の驚きをみせる。

283 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:10:13 ID:53.STGpE0

( ^ω^)「僕を誰だと思ってるんだお、お前達。ツン、お前は僕の娘だお?
      そしてクー。君を雇い、レディースメイドに任命したのは僕だお?」

ξ;゚⊿゚)ξ「お父様……?」

川;゚ -゚)「マスター……?」

( ^ω^)「噂はよぉく聞いていたし、戦争に行く前からお前達は常々仲がよかっただろうお。決定的だったのは婚姻の話だおね。
      あれをしたら二人とも大層様変わりして……あれで確信したけど、今思えば酷なことだったろう。そればかりは謝ろう。済まなかったお……」

 そう言ったブーン・ティレル卿だが、二人の愛の関係に対して反対するでもなく、そもそも驚愕すらなかった。
 同性での恋愛、ましてや主従の間柄だと言うのに、彼の反応にツンとクーは若干の混乱をした。

ξ;゚⊿゚)ξ「え、と……お父様……? その……お話、理解してる……?」

川;゚ -゚)「わ、私たちは、女同士で、そのっ……」

( ^ω^)「お? 何が可笑しいんだお? よもや歴史を知らんわけじゃないだろうお?
      クー、古来より貴族王族とはどう言ったものか……理解しているだろうお?」

川;゚ -゚)「え……あっ」

ξ;゚⊿゚)ξ「え、なになにっ、どういうことなのっ」

川;゚ -゚)「……その、お嬢様。古来より、その……まぁ、なんと言いますか……」

ξ;゚⊿゚)ξ「なに、なんなのっ。気になるよ、早く教えてっ」

川;゚ -゚)「端的に申しますが、あの……多かったのです……」

ξ;゚⊿゚)ξ「なにがっ」

川;- ,-)「同性愛、および……同性での性的趣味趣向が……」

ξ;゚⊿゚)ξ「……えっ」

284 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:11:44 ID:53.STGpE0

 事実だ。それは古今東西、如何なる地方だろうが紛うことなき史実。
 特に衆道(しゅどう)――男性同士のこれは大流行し、王族のみならず貴族にすら男妾は控え、一般でも男娼は存在した。

 更には女性――暇を弄ぶ姫君、令嬢方はやはりコンパニオンや侍女と関係を持つことがままあった。
 つまり、どうあっても貴族王族にとって同性愛というのは歴史的に見ても切っても切り離せない内容だった。

 十九世紀頃になると同性愛も鳴りを潜めるが、しかし歴史ある御家柄とは、つまりは理解力を意味する。

ξ;゚⊿゚)ξ「えっ……ぇえ!? そうなの!?」

川;゚ -゚)「はい、事実……王家の歴史でも、やはりそう言ったお話はあります……歴代のクイーンも然り……」

ξ;゚⊿゚)ξ「お、お父様、それ本当!?」

( ^ω^)「おっ、本当だお? 何か可笑しいのかお?」

ξ;゚⊿゚)ξ((感性が古い人だった!!))(゚- ゚;川

 首を傾げるティレル卿を見てツンとクーは内心でそんなことを思う。
 が、しかしティレル卿は二者の愛の関係を受け入れはするが――

( ^ω^)「しかし家督云々についてはお。そればかりは……頷くことは出来んお」

ξ;゚ -゚)ξ「っ……」

( ^ω^)「けれども……そうも頑固だって言うのなら、見せてみるといいお、ツン」

ξ;゚⊿゚)ξ「え……?」

( ^ω^)「何を呆けているんだお? 君は我が娘、我がティレル家が嫡女。貴族とは斯くあり。
      貴族とは……働かず、出歩かず。しかして――紳士淑女として“足る者であれ”」

 ツンはその言葉に恐る恐ると顔を上げる。

285 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:13:05 ID:53.STGpE0

( ^ω^)「然らば……“それを手に入れなければ足らぬ”のであれば、“足る者”になればいいお。
      欲しいのなら示さねばお。違うかお、ツン?」

ξ;゚⊿゚)ξ「お父様……!」

( ^ω^)「認めた訳ではないお。だが英国人(イングリッシュ)としての矜持くらい……持たずして何がティレルの嫡女かお?」

ξ*゚⊿゚)ξ「それって……!」

川;゚ -゚)「マスターっ……!」

 ティレル卿は言う――ならば頷かせてみろ、と。
 現実の一つも知らず、歳若く拙いツン。そんな彼女はやはり、戦争の全てを知る訳ではない。
 だが、彼女が見せた意思、或いは情熱の全てを受け、彼は無碍にするような外道は、実に紳士らしくない、と完結する。
 願わくば愛娘には平和の中で安寧に包まれてほしい――だがそれを己の意思で拒むのであれば、現実と対峙しようと言うのであれば、鬼のティレルとして受けて立つべきだ、と。

( ^ω^)-3「まったく、誰に似たんだかお……ネラア卿にも話を通さんとお、少しばかり話を待つように、ってお」

ξ*゚⊿゚)ξ「お父様……!」

( ^ω^)「おー、クーが僕の言いたかった台詞を全て言ってしまったからお、もう言葉を用意していないお。
      まったく、昔からクーはよくできた子だおね。今度またピアノを聴かせてもらえないかお?」

川 ゚ -゚)「はっ。畏まりました」

 ティレル卿はそこで一度息を吐くと、途端にくたびれたような顔をした。

286 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:14:14 ID:53.STGpE0

(; ^ω^)「はーあぁ、もう、帰って早々にこれだお……疲れたし風呂に入ってくる。そうだ、食事は用意できているのかお?」

川 ゚ -゚)「はっ。いつでもご用意は可能で御座います」

( ^ω^)「ん、了解したお。では風呂からあがったら今一度食事の席で続きでもしようかお、ツン?」

ξ*゚⊿゚)ξ「っ……! うん……!」

 感触的に悪くはない――ツンはここからが正念場だと悟る。
 だが不思議とやる気に満ちるのは、傍に立つ愛する者のお蔭だろうか。
 兎角、ツンとクーは互いに笑みを向けると、部屋から出ていこうとするティレル卿を見送るのだが――

( ^ω^)「ああ、それと……ツン」

ξ*゚⊿゚)ξ「え? なぁに?」

287 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:14:39 ID:53.STGpE0




( ^ω^)「いいところだろうお……ハートフィールド。僕も好きなんだお」



ξ;゚⊿゚)ξ「「――えっ!?」」(゚- ゚;川



.

288 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:15:15 ID:53.STGpE0

( ^ω^)ノシ「おっおっ。それじゃ、また後でおー」

 そんな驚きの言葉を残して彼は湯浴みへと向かった。

ξ;゚⊿゚)ξ「ねぇ、お父様って地獄耳なの……?」

川;゚ -゚)、「分かりません……ですが、本当にお優しいお方で御座いますね……」

ξ;-⊿-)ξ「うん……あぁ、心臓に悪いよっ、もうっ……」

 緊張から解放された二人。
 ツンを椅子へと腰かけさせると、クーは労わるように言葉を紡ぐ。
 が、ツンと言えば未だに腫れた目元のままにクーを正面へと手招いた。

ξ゚⊿゚)ξ「……ねぇ、クー」

川 ゚ -゚)「……はい」

ξ*゚⊿゚)ξ「もう一度……もう一度聞かせて?」

川 ゚ -゚)、「っ……お恥ずかしゅう御座いますのでっ……」

ξ*゚⊿゚)ξ「ダメだよっ。ついに応えてくれたのに……ねぇ、お願いっ」

川 ///)「……一度、だけですよ……?」

ξ*゚⊿゚)ξ「うんっ!」

 クーはツンの前に跪く。それはまるで忠誠を誓う騎士のような姿だった。
 それを前にツンは黙す。ただ一言、何よりも幸せな一言を待った。

289 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:15:47 ID:53.STGpE0




川*゚ -゚)「愛しております、お嬢様。あなた様を……心の底から愛しております」


ξ*。゚ -゚)ξ「クーっ……!!」




.

290 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:16:09 ID:53.STGpE0



 ツンはクーへと抱き付く。堪えていた涙を零し、その小さな体で必死でクーを抱きしめる。
 それを受け止めるクー。彼女はもう迷わない。
 己の全てを解放し、心に従い、そして愛する者の為にと決意をした彼女はもう揺るがない。



.

291 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:16:35 ID:53.STGpE0




ξ*;ー;)ξ「愛してる、クーっ……ずっとずっと、ずぅっとっ……一緒にいてねっ……」


川*。゚ー゚)「愛しています、お嬢様っ……ずっと、ずっと……あなた様と共にっ……」



.

292 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:17:09 ID:53.STGpE0



 誰の邪魔もなく、そして何の柵もなく。二人は愛を誓い合った。
 羞恥もなく、戸惑いもなく。二人は唇を重ねる。
 それは音もなく、静かで、穏やかで、けれども二人はこの時、真実として永遠を約束し、夢を叶えた。


.

293 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:19:13 ID:53.STGpE0









 Girls and sugar “Magik”...







.

294 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:20:03 ID:53.STGpE0




 Outro



.

295 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:20:27 ID:53.STGpE0

 梢にとまった鳥が朝の調べを奏で、軽やかな旋律は霧に包まれたロンドンに新たな一日を告げる。
 季節は冬。湿度と低い温度も相まって霧の都は今日もドレスを纏った。

川 ゚ -゚)「お嬢様。起きてくださいませ、お嬢様」

 霞に包まれた白い屋敷がある。ロンドン市近郊にあるその館はティレル侯爵の持ち物だった。
 十八世紀頃に建てられた館はヴィンテージな佇まいをしている。

 館の一室では一人の侍女が声を出した。
 侍女の眼下には金色の髪をした少女が寝息を立てている。その姿を見る侍女の瞳は何も語らず、声色も平淡だった。
 侍女は無感情な表情のまま、一度瞳を瞬かせる。再度見開かれた瞳は黒い輝きを見せ、先よりは柔らかく見受ける。

川 ゚ -゚)「お嬢様。ツンお嬢様。朝で御座います」

ξ-⊿-)ξ「ん……」

 侍女の澄んだ声に金髪の乙女は反応を示した。
 微睡む意識を引きずりながら瞼を擦って穏やかに覚醒をする。
 起き上がった少女は霞む視界のピントを修正しながら、大きな瞳を侍女へと向けた。

ξ-⊿゚)ξ「……おはよう、クー」

川 ゚ -゚)「お早う御座います、お嬢様」

ξ-⊿-)ξ「うん……」

 ツンと呼ばれた少女は返事をするが、未だ完全には覚醒を果たしていない。
 そんな己の主を見た侍女――クーは、それでも無表情のまま、何を言うでもなく不動に立つ。

296 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:20:49 ID:53.STGpE0

ξ-⊿-)ξ「……もう少し寝てもいいかな、クー」

川 ゚ -゚)「いけません。朝食の用意も整っています」

ξ-⊿゚)ξ「んー……だめ?」

川 ゚ -゚)「なりません」

ξ-⊿゚)ξ「昨日は夜遅くまで起きてたの……だから眠くて眠くて……」

川 ゚ -゚)「遅くまで明かりがついていたのは存じておりました。しかし、朝は起きるもので御座います、お嬢様」
  _,
ξ-⊿-)ξ「んんー……」

 ベッドの上で猫のように伸びをするツン。
 背を鳴らす少女を見るクーは何かを言いたそうにするが、しかし表情は変わらずに無のままだった。

ξ-⊿-)ξ「ふあぁ……」

川 ゚ -゚)「お嬢様」

ξ-⊿゚)ξ「……起こして、クー……」

川 ゚ -゚)「……お嬢様」

ξ-⊿-)ξ「お願い……」

 うつ伏せのまま言うツンにクーは数瞬沈黙をするが、ややもすると静かにツンへと近づくと――

297 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:21:23 ID:53.STGpE0

川 *- ,-)「んっ……」

ξ*゙ -゙)ξ「んむっ――」

 クーはツンの唇へと己の花弁を宛がい、そうして刹那を永遠に求めた。
 ツンはその温もりと柔さを得ると次第に覚醒し、そうして動く腕でクーを抱きしめる。

ξ゚ー゚)ξ「……ふふっ。お目覚めのちゅー?」

川 ゚ー゚)「はい。何せ眠り姫は……こうして起こすものだと教わりましたので」

ξ*-⊿-)ξ「そうなんだ? でも……まだまだ眠いなぁーっ」

川;゚ -゚)「……お嬢様。折角マスターからチャンスを得たと言うのにもかからず、朝からそうも――」

 紡ぎかけたクーの唇を塞いだのはツンだった。
 クーはそのままツンの手によりベッドへと引きずり込まれる。
 それに抗いもしないクーも、やはりツンと同じ気持ちだった。

298 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:22:02 ID:53.STGpE0

ξ*゚ー゚)ξ「……好き」

川*゚ー゚)「……好きです、お嬢様」

ξ*゚⊿゚)ξ「ねえ……クー?」

川*゚ー゚)「なんでしょうか?」

ξ*^ー^)ξ「……愛してるよ」

川*^ー^)「……私も、愛しております」

ξ*-⊿-)ξ「ずっとずっと、永遠に……愛してるよ」

川*゚ -゚)「……私の方が先に老けますよ?」

ξ*゚⊿゚)ξ「いいよ、別に。クーが好きなの」

川*- ,-)「……勿体無い、お言葉です」

ξ*゚ー゚)ξ「ふふっ……ねぇ、それじゃあ、朝の授業をお願いしてもいい?」

川*゚ -゚)「どうせまた、保健体育が云々と仰るおつもりでしょう?」

ξ*゚⊿゚)ξ「ううん? 今日はねぇー……生物学っ」

川;- ,-)「……呆れてものも言えません、お嬢様……」

ξ*^ー^)ξ「ふふーん、いいもーんだっ

299 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:22:48 ID:53.STGpE0



 ロンドン市近郊にある白亜の館にはティレル侯爵の一人娘が住まう。
 その娘の名はツン・ティレル。背の低い、華奢な十三歳の少女だ。
 長く柔らかな金髪を持ち、瞳は大きく碧眼で、顔立ちは誰が見ても認める程に可憐で美しい。性格も明るく笑顔がよく似合う。

 そんなツン嬢の身の回りの世話をするレディースメイドがいる。
 普段から不愛想で、何を考えているかも謎だった。声には感情の一つも宿らないが、その美貌は類見ない程だった。
 彼女の長い黒髪と大きな黒い瞳、そして描かれた純白のような肌の美しさは、さながらに美の象徴とも呼べた。

 二人は長らく心を別ち、素直になれないままでいた。
 だが二人は己の気持ちと向き合い、また、互いの心と向き合い、そうして次第に秘めていたはずの感情を解放する。
 そんな二人は愛を交わす関係となり、後の世でツン・ティレル“卿”は名将として名を轟かせるに至るが――


.

300 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:23:14 ID:53.STGpE0





ξ*^ー^)ξ「「愛してるっ……」」(゚ー゚*川




.

301 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:23:34 ID:53.STGpE0




――今は未だ、乙女達は夢の心地のままに愛を交わすのだ。



.

302 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:24:04 ID:53.STGpE0





 The end.





.

303 ◆hrDcI3XtP. :2019/10/12(土) 23:24:47 ID:53.STGpE0

 読了、お疲れ様です。以上で「ξ゚⊿゚)ξξお嬢様と寡言な川 ゚ -゚)のようです」は了となります。
 作中、「アリス」だの「シャロ」だの人物名が出てきて「は?」と思った方々もいらっしゃると思います。
 実はこのお話は某所で掲載していた「アリス嬢と寡言なシャロ」と言う一般文芸をブーン系に編集したものでした。
 これもまた数年前のお話で、拙い部分が目立ちますが、それもまたいいかな、と思いあまり手直しはしておりません。
 ですがミスの連発は流石に言い訳もできません――名前のミス等――ので、改めてお詫び申し上げます。

 こちらと同時に投下していた「( ^ω^)病んでヤンでレボリューションのようです」も終わりましたので、
 よろしかったらそちらにも目を通して頂けたらば、と思います。

 それではお付き合いいただきありがとうございました。
 おじゃんでございます。

304 名無しさん :2019/12/08(日) 12:15:14 ID:mmaBRlmA0
今更ながら読んだ乙
良質な百合だった


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