NHK青森放送局ブログ
ありのまま、自分の性を生きる
細川高頌(記者)
2022年04月12日 (火)
「いつも自分に自信がなくて、自分を壊したくて、お酒を飲んでいました」
そう話すのは、青森市にある依存症からの回復施設で暮らす彩希(あき)さん(41)です。
彩希さんはこれまでずっと自分の性のことで悩んできました。
彩希さんは自分のことを性的マイノリティーの“エックスジェンダー”だと考えています。
つまり、自分の性は“男性”でも“女性”でもないと思っているのです。
私が彩希さんと出会ったのは3年前。
彩希さんが暮らす施設の取材を続ける中で、話を聞くようになりました。
そして、彩希さんが苦悩に満ちた半生を歩んできたことを知ります。
私は、彩希さんがどのようなことに悩み、苦しんできたのかを伝えることで、性の多様性について多くの人に考えてもらいたいと思い、彩希さんに取材させてもらえないかと申し出ました。
すると彩希さんは、
「誰かに話すことで自分の過去を振り返ることができるし、同じような悩みを抱えている人たちが“自分だけではない”と思うことにもつながるかもしれないので」
と取材を受けることを承諾してくれました。
校則で坊主 部活で“おかま野郎”
子どものころから“男の子”であることに違和感を抱いていたという彩希さん。
これまでどんな思いで過ごしてきたのか知りたいと考えた私は、その暮らしぶりを取材させてもらうことにしました。
“髪を切る”ということにもさまざまな思いがある、というので散髪に同行させてもらいます。
一緒にいた施設に入所している男性たちは「理容室」に入っていきますが、彩希さんだけ「美容室」へ向かいます。
理由を聞くと、中学生のときの経験を話してくれました。
「当時通っていた中学校は、学校の決まりで男子は坊主、女子はおかっぱだったんです。自分は坊主が嫌だったんですけど、理容室で無理やり坊主にされて。ずっと泣いていました。格好いい、悪いじゃなくて、なんで性別で髪型を決められなきゃいけないんだろうって。そのときのトラウマから、今も理容室が怖いんです。」
当時はバレーボール部で活動していたという彩希さん。
部活動の顧問の教師に投げつけられた言葉が、今も胸に突き刺さっているといいます。
「“おかま野郎”と言われたことだけは今も心の傷として残っています。なよなよしている姿を見てのことだったんですけど、その言葉は忘れられません。」
「自分の性に自信が持てない」
高校を卒業して18歳になった彩希さんは、飲食店で働き始めました。
このころを振り返ると、スカートをはくのが好きな一方で、交際相手は女性だったといいます。
自分の性が“男性”でも“女性”でもない、“エックスジェンダー”であることに気が付かず、悩みを抱え続けていました。
「男性か女性か、どちらかはっきり言えれば自分に自信が持てたと思います。でも自分のなかに男性の心と女性の心が両方あるから、自信が持てませんでした」。
さらに年を重ねるにつれて、「結婚しなければいけない」とか、「男性は家庭をもって家族を養うべき」といった、周りからのプレッシャーを感じるようになりました。
ずっと違和感を抱きながら、このまま男性として生きていかなければいけないのか。不安を忘れたいと、強いお酒を飲むようになりました。記憶を失って気がついたら病院のベッドの上ということもたびたびありました。
30歳になった彩希さんはとうとう「アルコール依存症」と診断されます。
しかし、その後もお酒に頼る生活は続き、飛び降り自殺を図ったこともあったといいます。
環境を変えるため青森へ
このままではいけないと考えた彩希さん。
3年前、お酒を完全に絶つために生活環境を変えることになりました。
それまで訪れたことすらなかった青森市で、依存症からの回復を目指す人たちが共同で生活する施設に入りました。
彩希さんが施設になじむのには時間がかかりました。
でも、みんなと一緒に自分の過去を振り返りながら暮らしていくと、スカートをはいていても、思うままを話しても、施設の仲間は自然体で接してくれると感じるようになりました。
ありのままの自分が受け入れられていると考えるようになったといいます。
「施設で生活をするなかで、世間体を気にしなくてもいい、ありのままの自分で生きればいいんだと思うようになりました。“お酒なんてもういらない”ってなっていきました」。
性的マイノリティーの健康について
彩希さんはみずからの性について悩み、アルコール依存症になったのですが、こうした性の悩みから心のバランスを崩してしまう性的マイノリティーの人は少なくないと考えられています。
ジェンダーや性の多様性などについて研究している宝塚大学の日高 庸晴教授が6年前、性的マイノリティーの人1万5000人余に調査したところ、うつや不安障害の可能性のある人が43.3%、こうした症状が重症化しているおそれのある人が15.3%となったということです。
日高教授は
「性自認などは”自分とは何か”というアイデンティティーを構成する重要な要素だ。それを周囲に言えずに生活を続けることで、自分を偽っているといった感覚がもたらされ、つらさや罪悪感、ストレスを感じることもある」
と指摘しています。
ありのままの性を生きる
“ありのままの自分の性が受け入れてもらえる”
そう考えるようになった彩希さんは、もっと多くの人に性の多様性について知ってもらいたいと、自らの経験を話すようになりました。
2年間交流を続けている、福祉を学ぶ大学生たちには、インターネットで会議ができるシステムを通じて、自分の性についてこんな風に話していました。
「性ってなんだろう、自分ってなんだろうっていまだに分からない。女性の服は着るけど、化粧はしないし、言葉遣いも男っぽい。昔はごちゃごちゃ考えてたけど、今はもういい、ありのままでいいって」
「性をグラデーションでとらえることが大事」
学生たちと一緒に、2年前から彩希さんと交流しているのが岩手県立大学の泉啓講師です。
泉さんは性的マイノリティーの人などが抱える生きづらさについて研究していて、性を“男性”と“女性”の2つにわけるのではなく、性の境界線はあいまいなものであるととらえられれば、誰もがありのままの性で生きられる社会につながるのではないかと指摘します。
「どうしても性同一性障害と聞くと、“生まれたときの性と反対の性になりたい人”と思い込みがちなのですが、性を“男性”と“女性”の2つだけで考えたり、無理にカテゴリーに当てはめたりするのではなくて、色のグラデーションのように、誰もが境界線があいまいで多様な性のなかに生きているということを周りが認識すれば、彩希さんの回復にもつながっていく」
多様な性がありのままに暮らせる社会に
彩希さんはことし1月から、青森にきて最初に受診した病院で、看護の手伝いをしています。
今の仕事にやりがいを感じているといいます。
「仕事は楽しいです。やっぱりさんざん助けられてきたというのと、青森に来てからつながった最初の病院に、回復してまた戻ってこられて、最高!っていう感じです。自分がお世話になってきた病院で、少しは恩返しができているのかなって思います」。
周りや社会からの“性的役割”への偏見に悩み、苦しんできた、男性でも女性でもない「エックスジェンダー」の彩希さん。
長い時間をかけて、ありのままの性を生きることの重要性に気がついた今は、誰もがありのままで暮らしていける社会になってほしいと願っています。
「意識しなくても普通の人として接してくれて、自然につながっているのが自分にとっては1番気持ちが楽です。いちいち“性”のことなんて気にしなくてもいいし、変に気を遣わなきゃいけないと思わなくてもいい。普通に接して欲しいんですよね」。
取材を終えて
彩希さんに話を聞いていると、まだまだ“多様な性”を受け入れる社会にはなっていないのだと感じます。
その一方で彩希さんは、「変に気を遣われて、変に優しくされるのも嫌なんです。“同情”されたくないというか・・・普通に、ありのままに生活したいだけなんです」とも話していました。
私も知らず知らずのうちに性的マイノリティーの人たちを暗い気持ちにさせるような言動をとっていたかもしれないと、振りかえるようになりました。
もしかしたら、自分の周りにも性の悩みや葛藤を抱えながら、それを言い出せない人がいるかもしれない。
そのことを忘れずに、誰もがありのままに生きられる社会とはどういう社会なのか、これからも考えていきたいと思います。