エンガジェット日本語版の読者の皆様、今までのご愛読ありがとうございました。

もちろんどの媒体でも本音を共有させていただいてきましたが、エンガジェット向けの原稿は一番気取らずに取り組めたのではないか、と思います。同じプロダクトに対して、多様な意見が集まる場という非常に希な、報道を超えてカルチャーを醸成する場になっていたことも、そうした取り組み方になっていたのではないか、と振り返ることができます。

そんな皆様とのお別れも非常に心苦しい限りではありますが、あとわずかの掲載期限ということで、最新のAppleデバイスであるMac StudioとStudio Display、そして黒くなったMagic Keyboardから、少しミライの話も含めて、ついていくつかシェアしたいと思っています。

まずはAppleから直近に登場した2つの製品、Mac StudioとStudio Displayについてです。

Mac Studio登場

このMac Studioという製品は、M1 Max、M1 Ultraという2つのチップを搭載したラインアップのみが用意されます。M1 MaxはMacBook Proと重なりますが、M1 Proは用意されませんでした。不思議なことに、M1 Proは現状、MacBook Pro専用チップになっているのです。

M1 Ultraは、M1 Maxで既に用意されていたUltraFusionというコネクタを用い、2つのM1 Maxを2.5TB/sという転送速度で連結し、「1つのチップ」として振る舞わせる点がユニークです。ソフトやアプリの最適化は不要で、ただただ最高性能を発揮してくれます。

こうしたなかなか古典的な手法を使って、アプリ開発者へ配慮する点も、Appleの面白い部分と言えます。Appleは既に、PowerPC、Intel、Apple Siliconと、3つのトランジションを経験してきたことが影響していて、今後もそうした配慮の中でチップを展開していくことになるのではないか、と考えています。

Mac miniの高さを伸ばしたような筐体の前面には、M1 MaxモデルでUSB-C、M1 UltraモデルでThunderbolt / USB 4のポートが2つ、SDXCカードリーダーが用意され、背面にもポートが多数配置されています。サーマルデザインとしては、底面から吸い込んで背面に出す仕組みを採用。発熱量の多いM1 Ultraには銅のヒートシンクが用いられ、アルミのヒートシンクが採用されるM1 Maxモデルとは900gの重量差があります。

筐体のデザインもこれぐらいの紹介で十分足りてしまうほどにシンプルな製品です。これに、USB-CやThunderboltでディスプレイを接続し、Bluetoothでキーボードやマウス類を用意すれば、コンピュータとしてすぐ使い始めることができます。

M1 Ultraがあんまり悔しくない理由

この製品の登場してなお、筆者個人的には、「Apple Silicon世代のコンピュータは引き続き、ノートブック型を選べばちょうど良い」という結論を堅持しています。

2021年10月に登場した14インチMacBook Proを選んでしまって、デスクトップが後出しだから悔しくて、という話ではありません(1mmくらいはありますが)。

これは仕事のスタイルにもよります。筆者は自宅と大学、そして出先という3つの「仕事をする場所」でMacを使います。もちろん各所にマシンを用意しておけば、iPad ProとMagic Keyboardを持ち歩けば事足りるのですが、意外と大学では研究室と教室、会議室と、さらにバラバラな場所でもMacを使います。

結果として、「どこにでも持ち歩く1台のメインマシン」が最適解で、各所に置くのは独立したコンピュータではなく、メインマシンを接続するディスプレイをはじめとした周辺機器で良い、ということになります。

そういう意味では、今回のStudio Displayは2枚くらい手に入れて自宅と大学に配備したいのですが、約20万円という価格がそれを難しくしています。自宅には置きたいと思っているのですが、その話は後ほど。

さて、そんなM1 Ultraの性能が必要な人は誰か? という問題があります。Geekbench 5のスコアを参考までに掲載すると、CPUはマルチコアで24000前後、GPUはMetalで103500前後でした。CPUはM1と比べると3倍、M1 Pro・M1 Maxと比べると2倍。GPUはM1比で5倍、M1 Pro比で2.5倍、M1 Max比で1.5倍という数値です。

Appleはデモで、数十GBのグラフィックスプロジェクトをぐりぐり動かしたり、4K ProResの映像を18本並べてスムーズにシークや再生したり、400以上のトラックがある音楽プロジェクトを再生したりと、クリエイティブプロの現場を再現していました。裏を返せば、それぐらいの作業をする人にはM1 UltraのMac Studioが相応しいということです。

しかも、前述の半分ぐらいの規模でデモしていたのがM1 Max搭載のMacBook Proだったわけで、じゃあどれだけの人が4Kビデオ9本を同時に編集するか? という話になると、M1 MaxのMac Stduioですら、ほとんどの人にとってオーバースペックすぎる存在。

どうしても、M1は10万円台前半で手に入るMacBook Airのイメージが強いため、上のモデルが出れば出るほど「スペックが低い」という印象を受けるのですが、PremiereやFinal Cut Proで4Kビデオ編集に取り組むぐらいであれば、何のストレスなく使えてしまうわけで、筆者にはMacBook Airでも十分高性能、という結論がおそらく向こう5年くらい続くのではないか、と思っています。

ユニークな存在のStudio Display

今回、Mac Studioと共に登場したStudio Display。これは実にユニークな存在です。ちょうど半年ぐらい前に、27インチモニターを真剣に悩んでいた筆者からすると、「遅いよ!」と思ってしまうのですが。

日本では約20万円という価格になり、センターフレームに対応するウェブカムを搭載。iMac譲りでさらにチューニングを施した、空間オーディオにも対応する高品質スピーカー、これらをコントロールするA13 BionicとiOSの組み合わせは贅沢な物です。

ソフトウェアアップデートでこれらの品質改善も可能なので、単体でもHey Siriに対応したり、Apple Musicくらい再生できるようにして欲しいところですが、Wi-Fiは入っていないので難しいですね。

このディスプレイ、ウェブカムやスピーカー、A13 Bionicなどを差し引いても、製品として非常にユニークな部分を持っています。前述のように27インチモニターを検討してる中で、ディスプレイそのもののスペックとして、Studio Displayと同等の製品は見つからなかったからです。

27インチモニターはわりとメジャーなサイズ感ではありますが、フルHDや4Kが主流で、5K解像度の製品はApple StoreでLGが販売するモニターしかありませんでした。

またこのLGのモニターも含めて、輝度が400ニトを超える製品はなかなか見つかりません。確かにLGのパネルでは600ニトという製品もあったのですが、なかなか在庫が安定せず、手に入れることを断念した経緯があります。

27インチ、5K解像度、600ニトというスペックだけでもなかなか選択肢がなく、しかもウェブカムとスピーカー付きのディスプレイというのが非常にユニークな存在であることが分かります。

Mac Studioのフットプリントの魅力

筆者は普段、LGの27インチ4Kディスプレイをモニターアームでデスクにマウントし、これを持って帰ってきたMacBook Pro 14インチとケーブル1本で接続して使っています。性能も十分だし、先述のようにモバイルとデスクトップの行き来もスムーズだし、申し分ないスタイルです。

ただ、Studio Displayと組み合わせるMac Studioと筆者のスタイルを比較すると、デスク上を占める面積はかなり違います。やはりMacBook Proは縦置きスタンドに収めない限り、どうしても机の上で14インチの底面積を主張します。

縦置きスタンドが難しい理由は、蓋を閉じて立てていると、Web会議に参加するときにウェブカムがないという問題点があること。結局蓋を開く必要があり、14インチの底面積占有は免れません。その点でStudio Displayの登場によって、MacBook Proを縦置きスタンドに閉じて設置していても、きちんとWeb会議に参加できるのは、かゆいところに手が届く、というものです。

ただ、デスクトップとして揃えるなら、やはりMac Studioは設置面積の最小化に寄与します。20cm弱の縦横、高さ10cm弱高さは、ちょうどStudio Displayの通常のスタンドの下にも収まり、横幅70cm × 奥行き40cmの狭いデスクでも、キーボードとマウスを設置して余裕が生まれます。

Mac Studioのコンパクトさは、デスクトップとして固定で使うのなら魅力的と言えるでしょう。

27インチiMacからの乗り換えプラン

Mac Proはまた別の機会に披露すると言及していました。そのためMac Studioは、それより手前となるMac miniの上位モデル、iMac 27インチ、iMac Pro、既存のMac Proの各デスクトップモデルを使っているユーザーの乗り換え先としての提案となります。

Studio Displayが登場して合わせての紹介となっているため、27インチの一体型デスクトップはもう作らない可能性が高い、とも見ています。別々に手に入れて、Mac本体をアップデートしながらディスプレイは使い続ける。そのため、A13 BionicとiOSを搭載し、将来のソフトウェア的な機能向上に備える。こんな思想が透けて見えてくるのです。

しかしMac Studio + Studio Displayは1つの提案でしかなく、メインマシン部分はMacBook ProやMac miniの組み合わせもあり得ますし、一体型のiMacも選択肢に入ります。用途や必要なパフォーマンスに合わせて、メインマシンとディスプレイの組み合わせを選ぶ、というアイデアですね。iMacを含めて4つのパターンが想定されています。

だとするならば、中途半端なラインアップの状態と指摘せざるを得ません。Mac miniの上位モデルはまだIntelチップのままだし、一体型の24インチiMacもM1モデルしか用意されていません。Mac StudioがM1 Maxからのラインアップであるならば、Mac miniとiMacにM1 Proを登載する上位モデルを用意すべきです。

個人的には、Mac miniとiMacのM1 Pro搭載モデルは結構ちょうど良いと感じる方もいるのではないかと思いますし、今後登場して欲しいラインと感じています。

改めて考える、コンピュータのミライ

Mac Studioと共に登場したiPad Airには、M1チップが搭載されました。これは結構驚きでした。iPad miniと同じように、最新iPhoneと同じA15 Bionicを搭載すると思っていましたが、実際はiPad Proと同じM1搭載となったからです。

そうなってくると、iPad Proをどうするの? という問題が出てきます。製品名とチップ名を揃えてM1 Proを搭載するのは省電力性の観点から良い手ではありません。となるとiPad Proには2022年に登場するであろうM2チップを搭載して登場させる下準備、というのが今回のM1 iPad Airだったと考えられるでしょう。

M1は2020年秋に登場しましたので、っそろそろ2年が経過するタイミング。チップの刷新としてはゆったりしたペースですが、M1を搭載したMacBook Airは未だに陳腐化していません。その優れすぎて人間が先に折れてしまうバッテリー持続時間と、4K動画を含む大抵の処理を難なくこなすパフォーマンスは健在です。

そのため、M2が出たとしても、M1系のチップを搭載したマシンを急いで処分する必要は全くないでしょう。そもそもM2で目されているのは、5nmプロセスの進化版となる5nm+で、設計を変えずとも処理性能のわずかな向上と、消費電力の大きな削減を実現できるとされています。

さらに、Apple Siliconの製造を担当するTSMCは、4nm、3nmへと微細化を進めていく予定です。2年に1度の刷新を目論むのであれば、チップレベルでは向こう6年くらい先まで、Mシリーズのチップを変えながら製品をアップグレードしていく道筋に立っている、と考えることができます。

その上で改めて考えるべきは、例えば6年後、今と同じコンピューティングの環境が継続しているのか? という問題です。

もちろんビジネス向けや教育向け、あるいはクリエイター向けに、既存の仕事の仕方、制作の仕方などが残り続けている部分は当然想定できます。しかしもっと先端的なコンピューティングに目を向けたとき、今までのように机に据え置くコンピュータのディスプレイで悩んだり、コンピュータ単体の性能やバッテリーの議論が継続しているかどうか、筆者はあまり自信がありません。

エンガジェットの記事には間に合わなかったのですが、筆者の手元には間もなく、Nreal AirというARメガネ(というかディスプレー付きサングラス)が届きます。サングラスをかけるだけで、目の前に100インチ単位の高精細スクリーンが現れるわけで、机の上に27インチのモニターを検討する必要性がなくなろうとしています。

筆者はこれと、M1搭載のiPad Air + Magic Keyboardの組み合わせで、移動中の仕事やエンターテインメントを楽しもうと考えています。そうなってくると、画面が大きなMacよりも、こんどは通信にいつでもつながりタッチ操作やキーボード操作の双方に対応するiPadの競争力が増してきますし、これにM1が搭載されていることの価値が大きくなっていくかもしれません。目下の課題は、顔からiPadまでを結ぶ、ちょっとこじゃれたUSB-Cケーブルを見つけなければ、ということになります。

ある程度固定化されたコンピューティングを純粋に発展させてきたAppleと、外部刺激のごとくかつてないデバイスやインターフェイスにチャレンジする新しい企業。結果としてAppleが「正解」を見つけて、巨大な資金力と組織力でこれを実現し、企業価値を膨らませることになるでしょう。一方でそうしたAppleの優れたデバイスが一つのピースとして、新たなコンピューティングを切り拓く前提条件を作っているようにも思います。

今後も、筆者はミライに備えるという視点をより色濃くしながら、この領域を追いかけ続けたいと思っています。読者の皆様、エンガジェットの皆様と、またどこかでご一緒できることを楽しみにしています。


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