大学もクリニックも忙しいからカルテを書く時間がない。だけど、金と自分のためなら前向きに検討します。
ブラックは、大学病院、附属医療センター、民間病院、研究所に出入りしています。医者になって25年、クリニックを継承開業して20年経ちます。少しずつフェードアウトしていますし、時間は減りましたが、勤務医の先生方と共に働いています。
偉いわけでもなく、能力があるわけでもないのですが、大学での上司は教授のみになってしまい、クリニックの開業年数が20年も経ったため、49歳のオッサンなのですが、厚生局の個別指導、監査も引き受けています。ただ、これは非常に勉強になっていますし、情報の宝庫です。
個別指導で晒し首になったクリニックの院長先生、医療費返還を行わないまま閉院した公的病院、数億円の返還を行った大学病院まで見てきました。いろいろな情報がありますが、包み隠さず共有した方が良いと思っています。今回は、カルテの記載についてまとめてみました。
そもそも、大学病院とか大病院での外来診療を行なっていますけど、カルテを記載する時間がありません。患者さんは、診察予約時間を過ぎて、2時間〜3時間待ちの状況で診療していますし、検査、病棟からは呼ばれるし、日々の業務をこなすだけで精一杯です。入院患者さんを担当していないブラックですら、この有様ですから、病棟主治医の先生、先輩、後輩は、悲惨な状態です。
多忙を極める中、「カルテを記載しなさい」と病棟医長、医局長、教授から言われても、「へいへい」、「分かった、分かった」って感じの雰囲気です。
この反応は当たり前です。だって、カルテ記載につき、しつこく指導する理由を言わないし、カルテの書き方が将来の自分に役立つと感じるようなような指導でもないわけですから。また、そういう指導は見たことも聞いたこともありません。なぜなら、指導する先生に、経験と情報が乏しいからです。
以下の2つのセリフは、全く具体的ではありませんし、耳を傾ける先生は少ないです。しかし、頻繁に使われています。
⚫︎「カルテを記載してください。患者さんの情報を記載することは医者の仕事です。」
⚫︎「カルテを記載することは、訴訟やトラブルの際に自分を守るためです。」
「分かってるけど、忙しいし、時間がないので無理」って反応になります。
「少ない時間をカルテ記載に廻すべきだな」って、動機づけが行える指導をしなければ、誰も言うことを聞きません。(かなりの少数派ですが、カルテを全く記載しない先生は、永遠に記載しません。病院内で有名なほどに白紙カルテの先生が居ます。)
◉カルテを記載する理由(優先順位は、個人的見解で実利順です。)
1)患者さんを忘れないため。患者さんの再診率を上げる。集患のため。
大勢の患者さんを診察していると、正直、誰が誰か分からなくなります。特に大学、大病院に通院される患者さんは、60日〜90日分処方ですので、2ヶ月〜3ヶ月に1回の診察です。患者さんに特徴的な病状があったり、強烈なキャラクターの持ち主でなければ、正直、忘れます。勤務医の先生方は、異動も多いですから尚更です。
カルテは、自らの記憶を呼び起こすため、記載します。
カルテの記載は、当然ですが、「SOAP」記載します。内容は自己流で構いません。今更感がありますが、「S」:患者さんの主観的情報(Subjective)、「O」:客観的情報(Objective)、「A」:評価(Assessment)、「P」:計画(Plan)の順に記載します。
カルテを捲って、「SOAP」記載をしていない瞬間、厚生局の指導は猛烈に厳しくなりますので、ご注意ください。個別指導、監査を行う側からすると、「カルテの書き方も知らんのか?」って、初っ端から舐められますし、個別指導、監査の雰囲気が一気に悪くなります。(個別指導対策のカルテ記載は後述します。)
「S」には、食欲良好、便通良好、睡眠良好と記載(コピペで構わない)。「孫のお宮参りでこけた」、「免許証の物忘れ検査に合格した」、「白内障の手術を行ったけど、眩しくて見えすぎる」とかを記載しておくと、次に来院された時の会話に使えます。
患者さんからすると、まさか、大学病院のカルテにそんなことを記載するとは思ってもいないので、「先生は、細かいことまで覚えてくれている」と感じてくれ、信頼度が少しずつ上がります。こういう細かいことの積み重ねが、再診率と集患に繋がります。クリニック経営では殊更に重要です。
電子カルテの患者さんメモの所には、冠動脈バイパス術を行った日、バイパスを繋いだ場所、術式を記載しておきますし、ステントを植え込んだ患者さんは、ステント植え込みの場所、ステントの種類、ステントの長さまで記載しておくと、再度、カテーテル検査を行う際に便利です。他の先生のためにも有用な情報です。
(厚生局が厳しく指導する箇所は、アレルギー歴、飲酒歴、喫煙歴、家族歴です。注意する場所、返金要請する場所がない場合に、負け惜しみのように注意してきます。)
更に、直近で心電図検査、心エコー検査、胸部レントゲン検査を行った日付、最後に上部、下部消化管内視鏡検査、CT検査を行った日付を記載しておくと、癌の見落としも少なくなります。ブラックは、大学でも民間病院でもクリニックでも必ず記載しています。
検査の抜けを無くすことは、病気の見逃しを減らすことにもなりますし、診療報酬の獲得機会見逃しを減らすことにもなります。非常に有益です。
看護師さん、医療事務さんと共に、検査に消極的な患者さん、検査を拒否された患者さんについても、「検便検査を勧めるも拒否」、「レントゲン検査を勧めるも会社で受けたからと拒否」って感じで記載しておくと、後で病気が分かった際のトラブル回避になります。
患者さんが拒否されて検査をおこなっていないのに、「気づいたら癌の末期だった。どうなってるんだ」とクレームをつけてくる患者さんのご家族が居られますから、役立ちます。この一言の記載と検査拒否の事実があるだけで、ご家族としては余程のことが無い限り訴えてきません。(行政、医師会の医療訴訟の担当者としての経験ですが、ご本人が検査を拒否している場合は、医療提供側は相当に強いです。)
これだけの情報を記載するのですから、紙カルテでは困難です。電子カルテを導入して、カテーテル所見用紙、手術記録からコピペで情報を添付すれば、楽に終わる作業です。また、いろいろなコメントに関しても、フォーマットを作成し、チェックするか、コピペで処理できるようにしていると、大した時間を掛けずに濃厚なカルテが出来上がります。
カルテ記載は、患者さんがどんな人かを忘れないため、病気の見落としを防ぐため、訴訟回避のため、自分のためです。
ここまで具体的なやり方を示してもカルテを記載しない先生は、自己責任ですので言うことはありません。
2)個別指導の際、返金を回避するカルテ記載。
個別指導って、そもそも、そんなに大したことなのか?身近に感じていないって先生が多いです。
正にその通りです。個別指導を受ける先生は、
⚫︎各都道府県のクリニック、病院で、診療科の上位4%の高診療報酬(患者さん1人当たり)かつ、各都道府県の診療科の患者さん一人当たりの診療報酬平均点の1.2倍(クリニックと病院で違います)に該当した先生が、集団的個別指導に呼ばれ、その2年以内、同条件を満たしていた場合。(経験的に2年と記載します。)
⚫︎厚生局に情報提供があった場合(混合診療、不正医療費受給などの通報)
⚫︎新規開業の先生は、漏れなく1年以内に新規個別指導が行われます。(コロナウィルス感染症で遅れていますが)
この3点が個別指導の条件です。相当に低い確率ですから、個別指導を経験した先生が少ないだけです。
しかし、一旦、個別指導に引っ掛かると凄く厄介です。クリニックを開業したり、病院の経営に関わると、いかに個別指導が大変なことか身に染みると思います。
どのようなことで返金を要請されるか?実際に個別指導を受け、返金要請を受けなければ分かりません。
具体例1)具体例を挙げます。例えば、インスリン投与を行なっている患者さんは、厚生局の格好の的です。通念でのカルテ記載だと、
「S」:食欲良好。変わりなし。
「O」:血圧130/80mmHg。貧血、黄疸なし。心、呼吸音に変わりなし。浮腫なし。
「A」:HbA1c:7.0%とコントロール、まずまず。低血糖無し。インスリン:6単位、1日3回継続。ランタスも4単位のまま。
「P」:次回受診時、血液検査、心エコー。
この患者さんには、「血糖自己測定器加算(月40回以上)」580点(5800円)、在宅自己注射指導管理料(月28回以上)750点(7500円)を算定しています。他にも再診療、処方箋料などがあります。
厚生局の返金要請は、
1)血糖自己測定器加算について、日々の自宅での血糖の複写がなく、1日の血糖測定回数と月の総測定回数の記載もない。また、日々の血糖についての具体的な記載がない。
2)在宅自己注射指導管理料について、具体的な指導管理料についての記載がない。インスリンの回数、投与量は、指示であって、指導ではないので、管理料は算定できません。
3)指導とは、「インスリンの皮下注射の場所を6〜8箇所に分けて注射を行いましょう」、「インスリン皮下注射の使い終わった針は、ペットボトルに纏め、廃棄しやすいようにしましょう」、「インスリンの保管方法について、直射日光の当たる場所に保管しないように」などと記載するように。そこで初めて管理料を算定できる。
(もう、鬼ですよ、鬼。こんなの、呼ばれたら返金要請ばっかりになりますが、相手は厚生局の役人ですので、言い訳は通用しません。毎日、診療報酬の決まりを読み耽っている連中ですから、争うだけ無駄です。)
以上から、「血糖自己測定器加算」、「在宅自己注射指導管理料」については、返金を要請します。
こういう指導が個別指導です。この患者さんだけで、1年間の返金ですと、1ヶ月=5800円+7500円=1万3300円、1年間=1万3300円×12ヶ月=15万9600円。この患者さんは後期高齢者、1割の自己負担でしたので、9割分=14万3640円の返金要請です。
具体例2)高血圧の患者さんに対して、「特定疾患指導管理料」225点(2250円)を算定していた。(長くなるので、カルテの記載の場所、「A」だけにします。)
「A」:減塩。内服切れないように。
厚生局の返金要請は、
「特定疾患指導管理料」は、特定疾患を記載し、その病名に対しての具体的な指導を行なった場合にのみ算定できる。この場合は、高血圧であるので、「特定疾患:高血圧症」と記載し、具体的に、現在の1日の摂取塩分量、指導の塩分摂取量を記載し、「味噌汁は1日2回まで」、「減塩醤油を使う」、「週末の飲酒の際、おかずにかけるソースの量は、スプーン1杯以内に控える」などの指導を行い、更に可能であれば、尿中のナトリウム排泄量の把握まで行なってください。
以上から、「特定疾患指導管理料」に関して、1年間の「特定疾患指導管理料」を返金要請します。2250円×12ヶ月=2万7000円。この方は3割負担の方でしたので、7割分=1万8900円の返金要請。
具体例3)アレルギー性鼻炎の患者さんに対して、アレルギー検査を行った。
「A」:アレルゲン検査、特になし。
この患者さんは、特異的IgE半定量検査(スギ、ヒノキ、カビなど39種類)、非特異的IgE定量検査を行い、1546点(1万5460円)算定していました。いわゆる、アレルギー検査39項目です。
厚生局の返金要請は、
アレルギー検査を行なった理由がなく、アレルギー性鼻炎という病名だけで、特異的IgE半定量検査を行なっている。また、カルテにアレルゲンについての検査結果の記載が無い。返金を要請します。
3割負担の患者さんでしたので、1万5460円×7割=10822円の返金要請でした。
初めて個別指導に呼ばれた先生は、激怒したり、怒鳴ったりします。当然です。先生の医療を否定され、更に返金まで要請されているわけですから。
ここで重要なのは、個別指導の返金要請は、「要請」であって、法律で定められた「義務」ではありません。怒りに任せて、個別指導を退席される先生も稀に居られます。当然、返金要請には応じません。
結果、個別指導から、クリニック、病院への現地監査に発展します。個別指導も平日の午後に行われますが、現地監査も同様です。
個別指導は、指定されたカルテ30冊についての指導ですが、現地監査は、作業を止めて、大量の指定カルテを手当たり次第にチェックされます。
個別指導ですら、鬼のような返金要請ですので、監査の場合、どのようになるか?ご想像の通りです。数百万円から6000万円を返金したクリニックまでありました。
監査の返金も要請です。返金が義務ではありませんので、無視しても良いです。その代わり、厚生局の最後の切り札、「保険医療機関の指定の取り消し」を発動されます。自由診療しかできなくなります。
このような恐ろしい流れがありますので、カルテの記載は、情報の乏しい先生の言うことを聞いて記載しても無意味です。患者さんが訴えてこようが、厚生局が見ようが、大丈夫なカルテを作り上げておかねばなりません。
ただ、一つ言えるのは、万端なカルテを準備できている先生は、個別指導に呼ばれるようなことはなく(新規個別指導は除く)、きちんと診療報酬の平均点を算出し、個別指導に発展しないように手を打っています。
厚生局も馬鹿ではありません。キャラの悪い患者さんからの1件の通報では動きません。確実な証拠を持っていないと、個別指導には発展しません。
更に言えば、厚生局の指導のようにカルテを記載していれば、返金も要請されませんし、適正な医療を行なっていると言うことです。カルテをバッチリと記載して、良い医療を提供して、しっかりと利益を上げましょう。
何度も個別指導に呼ばれている先生は、相当に運が悪いか、人口が少なく診療報酬の平均点が低い地区で開業しているか、やり方が良く無いか、厚生局にマークされている、と言うことです。
(返金せずに閉院した病院、数億円の返金を行なった大学病院については、いずれ、記載いたします。)