水仙の兄妹
これだけは言わせてもらうぞ。
十歳の我が子を連れてきたんだったら、目を離すんじゃない!ウラジーミル君の時といい、あんたは子供を迷子にするのが趣味なのか、おっさん!
ついつい、三大公爵家の当主をおっさん呼ばわりしてしまうエカテリーナである。
いや公爵家たるもの、当主自身が子供の面倒を見るのは、あり得ないこと。エリザヴェータを一人にしないよう気を付けるべきは、乳母や侍女や、時には家庭教師だという、この世界の常識は理解している。ウラジーミルの場合はそういう側仕えが付いていけない皇城でのことだから別として、ここではその常識が適用される。
けれども、取り巻きというか支持者たちに囲まれて大物然と笑っているゲオルギーからは、自分の娘であるエリザヴェータへの配慮があまりに感じられない。ユールマグナとの、今までの多くの経緯もあって、エカテリーナとしてはどうしても腹立たしいのだ。
そんな苛立ちの奥底にはおそらく、エカテリーナと母アナスタシアを幽閉状態のまま放置した、父アレクサンドルへの消えやらぬ怒りがあるのだろう。
それにしてもエリザヴェータの側仕えはどこに……と思ったその時、エカテリーナはゲオルギーの側近くに、青みがかった黒髪の妖艶な美女、ザミラがいることに気付いた。
ザミラも、エカテリーナの視線を受けて、笑みを含んだ流し目を返してきたようだ。
――まさか、わざと……?
傍目にはこちらの一団は、皇子ミハイルを、ユールノヴァ公爵家が囲んでいる状態に見えるのだろう。ユールマグナ公爵家としては、見過ごせない状況だ。さりとて、ここへあちらの当主ゲオルギーが正面からミハイルに挨拶に来れば、最悪二つの公爵家が全面衝突する引き金になりかねない。
けれど、エリザヴェータが一人で現れたなら。ユールノヴァは、十歳の少女をどうこうすることなどできない。
上手いと言えば上手いやり口かもしれない。
「ウラジーミルとは、今日は会っていないんだ。学年が違うから、普段もなかなか会えなくて」
ミハイルの声に、エカテリーナは我に返った。
「さようでございますのね……」
エリザヴェータはしょんぼりしている。兄と会うのを楽しみにしていたのだろう。
その気持ちを利用して、エリザヴェータが一人で父親のもとを離れ、ミハイルに話しかけるよう
エカテリーナは思わず声をかけた。
「兄君と仲良しでいらっしゃいますのね」
エリザヴェータは少し驚いたように目を見張ったが、素直にうなずいた。
「お兄様は、とてもお優しいのです。お忙しいのに、時間があればわたくしにお勉強を教えてくださいます」
あら。ウラジーミル君、妹にはいいお兄ちゃんなのか。……あの初対面って、やっぱり私のことが気に食わなくてあんな風だったのかしら……。
エカテリーナの傍らに立つアレクセイは、無言だ。しかし、かつての友人の名が出て、気にかけているのがなんとなく感じ取れる。
お兄様の元祖型ツンデレ、ブレないですね。両家の対立はかなり先鋭化しているようなのに、ウラジーミル君はデレの対象のままなんだなあ。
「兄君の学識の高さは、わたくしも聞き及んでおりますわ。アストラ研究所の研究者として、
エリザヴェータは、ぱあと顔を輝かせる。
「そうです。お兄様はとても賢い方ですの。それに、とってもおきれいなのです。お話ししていると、うっとりしてしまうの」
あ、ちょっと口調が幼くなった。今まで頑張ってたのね。
うん、ウラジーミル君と顔を合わせたのは一度きりで、短い時間だったから、正直だいぶ記憶がおぼろげになっているけど、凄い美形だと思ったのは覚えているよ。ビジュアル系バンドの人みたいな、中性的で凄みのある印象だった。美形な兄妹だね。
しかし、そうか……。
エリザヴェータちゃん、ブラコン仲間か!
私もよく、お兄様素敵!ってうっとりするもの。親近感湧くわー。
「エリザヴェータもウラジーミルも、母親似だよね。エカテリーナ、ユールマグナ公爵夫人はアストラから嫁いで来た方なんだ。古代アストラ貴族から千年以上も続く、世界有数の旧家の姫君だよ」
「まあ……」
前世で、江戸時代の大名がしばしば京都の公家の姫を娶ったのと同じか。
そういえば、ユールマグナ家の開祖パーヴェル公も、アストラ貴族の姫君を娶っていたはず。かなり晩婚だったパーヴェル公、男色の噂と、長兄ピョートル大帝の妻で建国四兄弟の幼なじみだったリュドミーラ皇后に純愛を捧げているっていう噂の、両方があったらしい。けれどアストラを訪問した時に、若い姫君に一目惚れされて、あちらから猛アタックされて、ついに陥落したそうな。なかなかの歳の差婚だったはず。
「エリザヴェータはいずれ、母君そっくりの美人になるだろうね。今でもとても可愛いけど」
ミハイルの言葉に微笑むエリザヴェータだが、やはりどこか複雑そうだ。
うーむ、これは。
エカテリーナは少し屈んで、エリザヴェータと目線を近付けた。
「ユールマグナ様は、この学園には来年のご入学ですの?」
エリザヴェータは、ぱっと笑顔になった。いそいそと答える。
「いいえ、わたくしの入学はまだ先ですの。でも、早くここで学びとうございます」
「まあ、失礼いたしましたわ。大人びておられるので、近いお歳かと思ってしまいましたの」
エカテリーナの言葉に、エリザヴェータはいっそう嬉しそうな顔になった。
そうかー、ドレスが地味で残念と思ったけど、憧れの魔法学園に来るから精一杯大人っぽくしてきたのか。そういえばデザインが、微妙に学園の制服に似ているかも。
が、ふとエリザヴェータの視線が下がった。屈んでいるエカテリーナの、ばーんな胸元へ。
そしてさらに下がって、本人の胸元を見下ろし……しょぼんとなる。
い、いやこれはね⁉︎ 君、十歳だから。まだってだけだから!いずれ同じように……いや人それぞれだけど……わー、どうすれば!
内心であたふたするエカテリーナだが、下手に何か言うと藪蛇にしかならなそうで、フォローのしようがない。
と、ミハイルが咳払いでもするように口元に拳を当てた。
……皇子。笑いたそうにするんじゃない、笑ったらこの子が傷付くだろ!
エカテリーナはこっそりミハイルを睨む。ミハイルが笑いをこらえているのは、敵対する家の令嬢のために心を砕くエカテリーナのお人好しさ加減が微笑ましいからなのだが、そこはポコッと頭から抜けているエカテリーナである。
と、エリザヴェータが残念そうに言った。
「わたくし、もう、あちらに戻りませんと……お話しできて、嬉しゅうございました」
もちろんエリザヴェータは、すぐにも父親と、側仕えのところに戻るべきだ。
しかし、問題がひとつ。この状況でエリザヴェータを一人で戻らせるのはあり得ない。ミハイルがエリザヴェータをエスコートして、ゲオルギーの元へ送り届けるのが最適なのだ。
――皇子ミハイルがユールノヴァ公爵家から離れて、ユールマグナ公爵家へと歩み寄る図、と傍目には見える。周囲の人々にも事情は解るに違いなくても、そういう図は出来上がる。
……これが狙いか?
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