「100万円徴収」で感じた懸念
その後、候補内定者は直ちに大阪中之島の日本維新の会本部のビルに呼ばれ、記者会見と、選挙手続きの説明、橋下氏との写真撮影などが行われました。
ここで驚いたのは、小選挙区と比例区の供託金600万円と合わせて、ポスター作製などの発注業者が指定され、製作費として100万円を振り込むこととされていたことでした。
私は自民党で政治活動をしていた時からなじみの深い業者さんがおり、ポスター作りのコンセプトやコンテンツを共有していました。選挙まで1か月しかない中で、勝手を知らない業者さんと一から話をする時間が惜しいと感じた私は、軽い気持ちで事務局に
「ポスター等は自分で発注して自分で作るので100万円はいいですよね?」
と聞いたところ、その答えは
「いえ、自分で作るのは自由ですが、100万円は振り込んでください」
というものでした。私はその回答に非常に驚きましたが、党本部と喧嘩するのも得策でないと考え、
「分かりました」
と答え本部を後にしました。
後に、同様の申し出をした候補が複数いたことを聞きましたが、いずれも、「ポスター作製代100万円は必須」でした。
そもそもポスター作製は、選挙対策的意味も込めて地元の業者を使うのが通常なのに、全国の候補に大阪の一業者を指定すること自体が異例な上、発注しなくても100万円を徴収するというのは、ポスター作製に名を借りて、候補者から政治資金を徴収していたと疑われても仕方ありません。
作ったばかりの政党ですから資金不足で候補者にカンパを募ることはありうるとして、それならそうと明示すべきで、このような形で資金を徴収すべきではありません。私は早くもこの時、後に痛いほど知ることになる、彼らのお金への執着と、掲げる看板と実態に大きな懸隔の一端を、垣間見たのです。
他の候補者から漏れ聞こえてきた実情
新潟に帰り、100万円と供託金300万円(当初は比例の300万円も自腹との事でしたが、流石に軌道修正され、比例の供託金は党が負担する事になりました。)を支払い、私は大急ぎで選挙準備を進めました。
私はすでに自民党で2回選挙を戦っていた経験から、選挙運動の勝手がわかっていました。全ての人員をボランティアでそろえるのには苦労しましたが、日々何とか体制が整ってきました。
その中で私は、塾で連絡先を交換した候補者たちと、準備状況をお互いに相談するMLを作りました。私自身選挙準備に追われていたので、他の選挙区での様子を具体的に把握できたわけではないのですが、どの選挙区でも、党本部からのケアはほぼ皆無という状況でした。
今まで一度も選挙活動をしたことがない若者から、最低で供託金300万円とポスター代100万円併せて400万円、そのほか事務所代を含めれば1000万円近くのお金を自腹で払い込ませ、その後はほったらかし。
少なからぬ人が小選挙区では勝負にもならず落選し、供託金も没収となるのは、目に見えていました。政治家は使い捨てとはいえ、随分なものだと、私は思っていました。
「中田宏=比例1位」の困惑
私自身の選挙の勝算は、候補者が多くいる関西、関東と異なり、新潟5区の属する北信越ブロックでは、解散の時点では富山に1人、長野に2人、新潟に私を含めて2人の合計5人の候補者がいるだけ。しかし、世論調査などの維新への支持率から、2~3人の当選が予想され、十分勝機が見込めるというものでした。
ところが私のこの計算は、同年11月30日、前横浜市長中田宏氏を、北信越ブロックの維新比例単独1位で擁立する事を発表したことで早くも崩れました。
「小選挙区の候補者全員を比例同列1位で処遇する」という坂井氏の言が、何の説明もなく反故にされたことを知った私は、声をかけてくれた松浪氏を始め、知遇のあった複数の維新の国会議員に「あまりにひどいではないか。中田宏氏をどうしても比例1位で処遇するなら、せめて中田氏も富山1区など小選挙区で立候補すべきだ」と抗議しましたが、聞き入れられることはありませんでした。
12月4日の公示をまであと3日と迫った12月1日土曜日、長岡駅前に橋下代表代行を迎えての演説会が決まりました。それ自体は大変嬉しく感謝の至りでしたがしかし、本部から示された演説会の条件は、私は信じられないものでした。