2022/3~4月下旬までのVTuberと界隈を見てきた約1.5カ月分の感想/兎田ぺこら、ラトナプティ・栢森エマ、星宮ゆい・心寧はな・他

今月は、とても書く気力がなく、筆をとるのが遅れてしまった。また、今月は、とくに書きたい出来事があったわけでもない。3月中旬に大ネタは先に書いてしまったこともあるが、それだけではない。

私は年度末が忙しい職種というわけでもないのだが、2月末あたりから仕事が忙しくて、おそらく5月中も忙しいだろうと予想されている状況なのだが、それもあって、あまり感想を書くにも気乗りがしないのだ。そろそろ1ヶ月たつので筆をとった次第である。

(とか書きつつ、結局、とりとめも無くダラダラ書いていたら、実質2か月分ぐらいに長くなってしまったので、ただの、やる気の問題だったのだとは言えるし、書いてみて初めて、いろいろ自分が溜めていた物があったと感じるものがあったから、こまめに書くことは大事なんだな、と思ったりする。)

3~4月中旬はVを楽しめていないわけではない。熱中はないかもしれないが、むしろ、3~4月中旬は、自分の好みのVさん数人だけを存分に楽しんでいた。それで十分満足していたから、とくにV界隈について書きたいような出来事も無いということもある。

ここまで書いて、これは日記なのだから、V界隈への感想よりも、まず自分のことについて書くべきだろうな、ということを思い出したので、現状について簡単に書いておこうと思う。

あと、触れるべき興味深いコメントを1件いただいていたので、これを先に触れておこう。


栞桜・たま・よんさんの古参ファンだった人の話

先月開設された、よん時代を知るノート主の思い出話

先月の記事に1件のコメントが寄せられていた。

「夜桜たま以前からの古参ファンの人が書いたecに関するノートがあるよ。信じるか信じないかはあなた次第」というリンクつきの、実に怪しげな、まるで陰謀論やオカルトの番組の締めに使われる「これはフィクションである」と暗に言っているかのようなコメントである。

リンクそのものはnote.comの普通のリンクである。

最初の印象として「栞桜さんの古参ファンを騙った創作ゴシップを読まされるのだろうか」と、うんざりした感じはあって、どうせろくでもない中傷だろうな、と開くのをためらっていたのだが、まあ、一応読んでみるかと思って開いてみた。

予想に反して、とても興味深い回想録だった。

本当に、個人の思い出話であり、ここでリンクを書くのは晒しになるような気もするので書かないが、一応、このノート主はフォローさせていただいた。

この人の記事は本当のことだろう。栞桜さん、夜桜たまさん以前である「よん」さん時代からのファンであり、かつ、かなり前から自分自身も男性配信者として活動されている人のノートだった。

(ちなみに、私が観測していて栞桜さん特有ではないかと思うことは、栞桜さんのファンには自分で配信者だったりVをやっていたり、栞桜さんをみてからVになったりする人が、ちらほらと散見されることだろう。他のVファンよりも同業者気質のある人がコアなファンになっていたのだと感じるところはある。それは、もっと昔の「よん」時代から、そうゆう人を引き付けていたことが今回のノートからは感じられた。)

栞桜さん・たまさんが、それ以前からも配信者として活動していた、活動歴のある人であることは本人の過去話や奈羅花さんとの関係性からもうかがえるものだったが、「よん」という名前で、ボイスでの配信活動をされていたようだ。(たぶん、以前、ぴたさんが昔流行っていた声での配信プラットフォームについて話されていたもののことだろうか?)

この時代から話が上手くて、すでにファンになったという経緯、なれそめが聞けて、そのとおりだろうなあ、と理解できた。

この方は、よんさんが突然引退表明してショックをうけ、夜桜たまとして復活したことをうれしく思い、また、夜桜さまさんが突然(本人の申し出により)契約を解除となったことにショックをうけ、栞桜さんとして復活したことをうれしく思い、ec騒動により休止となったことに三度地獄を見た、古参ファンであった。

栞桜さんとして復活後も、よん時代からの古参ファンとして名前も憶えていてくれて、栞桜さんとLINE交換してもらえた、配信者同士として率直に意見を交わすことのできる、とても近い場所に来たにもかかわらず、ec騒動について彼女に真実を問い詰めようとしてLINEを消された。

そのときの彼女の心境も、近しい距離にいた古参ファンの心境も、このノートから手にとるように伝わってくる。すべて真実だろう。

懐古するには少し早いが、先月3月に開設されたばかりのノートも、自分の気持ちを総括するには十分な時間が経過したのかもしれない。

また、この方の「よん」時代の思い出話からも、栞桜・たま・よんさんが、Vライバーになる前から生配信での話が同業者から見ても格別に上手い人だったのだな、ということも知ることができて、すこし嬉しく思ったりした。

(同じように思う人もいるのではないだろうか?)

私は最近では、精力的にファン活動しているVファンには節操なく簡単にツイッターのフォローをするようになっているが、それは、ここ2年くらいの話であって、かつてアイドル部にハマっていたころには、Vのファンをフォローするという気持ちは全くなかった。今、結果的にファンの動きを眺めることができるようになったのは、野うさぎ同盟・35P・栞桜さんからぐらいであろうか。

いまでは、ライバーのチャンネルはコンテンツではなくファン自身をも含むコミュニティであるという理解である。だからファンを見ることも、正しく望ましいことだと考えている。

本来は、もっと早くからファンをひとりひとり認知すべきだったのだろうと思う。

現在のどっとライブの配信をみても、みりくるんのファンと、元アイドル部ファンは一致しない。元アイドル部たちの配信でもリスナーの名前は違う。もともとは動画勢であり台本ありきだったシロのファンと、ライバーとしての生配信がメインだったアイドル部ファンでは、Vに対する見方も違うだろうことも予想できる。だから、もともと「どっとライブファン」というくくりでは大きすぎたかもしれないが、それに気がつくには遅すぎた感もある。

(それぞれのファンが、アイドル部ファンはハコ推しが多いと思っていて、そのようにふるまっていたが、実態は、それほどでもなかった。それは、アイドル部に限らず、あにまーれ、Cottage、にじさんじ、ホロライブ、ホロライブ3期推しであろうとも、どの箱・グループにも言えることと思う。他の人たちも自分と同じグループを大切にしている「はず」という建前で、実体のない虚像として仲良しファン像を演じる、そうあるべきだと思い込んでいた、という感がある。紛争・災害時などでも見られる一体感のような、実体のない帰属意識というユートピア幻想だろう。)

だから、以前から、活動歴が長い栞桜(たま・よん)さんの古参ファンは、フォローしている「栞桜ファン」の中にいるのだろうか、どんな経緯でファンになって、どんなことを知っているのだろうか、どんな気持ちの変化があるのだろうか、という点について少し興味はあった。

これまで私が知っている人たちはフォローした時期が最近だから、栞桜さん以前のことを知らない、栞桜さんからのファンという人たちが、案外に多い。こうした人たちにとって、アイドル部のゴタゴタは、どうでもよいことだった。

それが、こうして、ひょんな形から発見されたことはとても興味深く有意義なことだった。

このタレコミ主が私に指摘したかったことは何か?

しかし、このタレコミ主が、なぜ「信ずるか信じないかはあなた次第」というように、私が信じない可能性があると思ったのか?という点は不思議に思えた。

このノートの、どこの部分に、私が信じられないと思う部分があると思ったのか?

もしかすれば、その部分が、このタレコミ主が本当に言いたいことかもしれない、あるいは私が述べたことを誤解/理解していないことがあるのかもしれない、と感じた。

おそらく、前回の記事で「ecは栞桜さん本人ではないが身内である」と述べたことに対して、この古参ファンは「メンバー限定ツイキャスの内容との一致からecは栞桜さんである確信した」ことの、ecに対する「認識の不一致」について問うているのかもしれない。

これはecについて私が大昔に述べたことを記憶している人ならば疑問に思わないことだろうが、タレコミ主が、先月、どこかのリンクを踏んできた人、あるいは偶然、検索でひっかけた人であったならば、多少の違和感があったかもしれない。

もしかすれば、それを指摘したかったのではないだろうか、と読み取れなくもない。

そうであると仮定して、その点について、かなり冗長になるが、あらためて触れておきたいと思う。

私が言うecとは「他のVライバーを『栞桜のほうが優秀』と比較して貶したり、栞桜さんのアンチを煽ったりする、問題行動をしている人物」のことを指している。

しかし、ecとは、5チャンネルのワッチョイの一部がecというワードとなる、一連の発言のことをまとめたものである。

また、本来、ワッチョイとは発信元の情報を一方向ハッシュ関数によって元の情報がわからないようにしつつ、同一の発信元であれば同一の文字となることでスレッドの一連の発言のながれの発言者がわかるようにするものである。これは日付をまたいで発信元を追跡できないように日付がかわるとワッチョイもかわるもの、とされているはずである。

では、なぜecが同一となる発言が日付をまたいでも同一発信元からの発言だと考えられているかというと(私が知る限りワッチョイの計算方法は公表されていないと思うが)、意図したものか設計ミスであるのかは定かではないが暗号化としては出来の悪い一方向ハッシュ関数となっていて、日付がかわっても接続元が同じ場合に同じ算出された文字の一部が同一になるバグのようなものがあり、ここから「たぶん同一接続元だろう」と推測できることにある、とされている。(なぜ、業界標準のハッシュ関数を使わなかったのか5chの意図はわからないし、5chの仕様に詳しいわけでもワッチョイのアルゴリズムを検証したわけではないのだが、ここを疑う理由はないだろう。)

つまり「ec=接続元情報がecとなる複数の可能性のある接続元の発言群のうち、検証班によって絞り込まれた、栞桜さんまたはVに関係する話題をしている発言」を指している。

ハッシュ関数であるのでecという結果になる接続元からの投稿は他にもあるが、Vまたは栞桜さんとは無関係な発言を除外したものである。

で、このワッチョイだけでなく、IPアドレスも表示されるスレッドで、ecになる書き込みがあり、あるecのIPアドレスがx.x.x.xである、ということが分かった。

一般的な接続プロバイダが割り当てるIPはルータの再起動などによってIPアドレスが再割り当てされる場合もあるし、同じアドレスが再利用されることもあるが、常に固定というわけではない。だから、たまたまIPアドレスが変わらなかった期間が数ヶ月あったということであろう。

そこでVファン以外の不特定多数の野次馬やニワカも含んだ大炎上の契機となった、note.comの実装が、不用意に投稿者の(おそらく投稿時ではなくログイン時の)IPアドレスを流出させたことで、栞桜さんのノートのIPアドレスと、ecとなるワッチョイで投稿していたアドレスと一致した。

もちろん、同一時刻の書き込みではないのだから、5chのIPと、ノートのIPが、たまたま一致していた可能性はゼロではないが、たまたま同一アドレスで、栞桜さんの話題を出すことなどは、偶然にしてはできすぎと思われることだろう。私も、それは無いと思う。

ここまでが、ec=栞桜さん同一説となった根拠、前提である。

(正確性について異論もあるかもしれないが、おおよそ、こんな感じであろう。)

で、このIP流出問題について、note.comは「IPアドレスだけでは個人を特定できません」という声明でプライバシー事故ではないことを弁明したことに対して、当時、「そんなわけがない」という声が多かった。

このNote.comの言い分は正しくもあり、しかし、ネットでも「IPが一致すれば特定される」という意見も正しくもある、というのが事実だろう。

「曖昧なことをいうな、どっちなんだい?」と言いたくなる人もいるかもしれないので、少し冗長になるかもしれないが、その意味について説明したい。(まあ、退屈な話ではある。)

IPが個人を特定する道具として使えるかどうかは、現在のネットの誹謗中傷をめぐる裁判でIPアドレスが(かなり)重要視されてきた理由でもある。

現在、ツイッターなどで誹謗中傷の裁判を行う場合にはIPアドレスが重要とされる。

当然、ツイッターアカウント、とくに二段階認証などしている場合には、本人の書き込みであることは十分推定されるので、かならずしもIPだけが証拠になるわけではない。

だが、現在のところ、ツイッターアカウントは複数の人が書き込めるということを争うことがあり、実際、企業のPRアカウントだったりすれば複数の人が書き込むし、個人Vであってもマネージャを雇っている人の場合にはマネージャによる書き込みもあるため、アカウント=単一の書き込み主、とはいえないとされる事が多い現状がある。

そのためにIPアドレスと投稿日時によって、投稿者が、より具体的にされる必要がある。

IPが絶対必要なわけではなく、投稿者をより具体的にするための道具の1つである。

しかし、一方で、IPアドレスの一致とは、それだけで本人だと特定できるわけでもない。

身近な例でいえば、たとえば大学や会社の寮だったり、レオパレスのレオネットだったり、ホテルだったり、棟ごとに回線契約していてルーターで外につながっているようなネット環境の場合には、住人のすべての人が同一のIPアドレスとなることは自明だろう。

あるいはWifiを解放しているカフェだったりしても、IPアドレスは同一となる。

これは、しばしばFPSのようなオンラインゲームが動かなかったり、住人のだれかが荒らし行為をした結果、そこのアパート住民全員がサービスから閉め出されたりするようなトラブルが、昔からよく報告されているとおりである。

なので、note.comが弁明していた「IPでは本人の特定はできない」というのは、真実ではあるが、その意味は、せいぜい「栞桜さん本人が投稿したのか、そうでないのかは分からない」という意味であろう。すくなくともIPが投稿時のものではないとすれば、IPは証拠として採用されないだろう。

ec=同一IPアドレスのことだとすれば、栞桜さんもecと同一のアドレスでYouTubeを配信し、ecと同じアドレスでNoteの投稿をしていただろうし、もしかすれば5chにも書き込むことはあったかもしれない。

なので、「ec=栞桜さんも含まれる」と言っても良い。

単独の書き込みではないということは指摘しておきたい。

(そのため警察などはIPアドレスだけでなく、近隣の防犯カメラなどから絞り込み、また、一般家庭への家宅捜索であっても、投稿に使ったはずのPCや携帯を押収して送信した痕跡を見つけようとする。そこまでしないと、本人であると特定することにはならない。さもなければ思春期の中高生の犯罪なのか、家族に隠れた父親・母親の出来心なのかわからない。もし親がネット犯罪に手を染めていたのであれば、警察に疑われた子供からすれば2重にショッキングな出来事だろう。)

(また、繰り返しになるがワッチョイの一部がecになる投稿にはipも一致しない、本当に全く無関係の人も含まれている。その中から調査班が「栞桜に関連する発言」と判断した投稿を調査班の独断でピックアップしたものを総称してecと呼ばれている。また最初にwikiにまとめていた調査班も「絶対に栞桜だと憶測する記述はしてはならない。」と念押ししていたし、私が知る限り、初期のec調査班がec=栞桜だと断定したことはない。かれらは結果的にプライバシーを犯したが、調査そのものは正確性を重視しており、ecの一致だけで栞桜さんだと断定できないこと、その一線は超えなかったと認識している。)

ここまで説明すれば、ご理解いただけることと思うが、私が問題視しているecとは、同じアドレスを使っているうちの、栞桜さんでない部分の人の話のことである。

たぶん、通りすがりのコメントのようにも思えるので、今回の日記を読まれるかどうかは定かではないが、これでタレコミ主が私に指摘したかったこともご理解いただけたのなら幸いである。(まあ、そもそも、そこを問題としていない、別の意図があってコメントを送ってくれたのかもしれないが。)

また、このタレコミ主が、熱心な栞桜アンチなのか、それほどでもない人なのか、いまいち判別がつかないのだが、たぶん、ライトな薄塩アンチさんのような気がする。

しかし、栞桜さんについて非常にアンテナ感度の高い人だとは感服した。以前、(栞桜さんのことではないが)、アンチは、その情報力の高さから実質ファンではないのか、と書いたことがあるが、紹介いただいたノートの記事も、それほど注目されているページではないらくし、いいねの数も多くは無く、3月に開設されたばかりであり、よくぞ見つけてきたと思う。まあ、私の日記にもたどり着けるぐらいの感度がある人だから、造作もないことなのかもしれないけれど。(とはいえ、以前から私の日記を読んでいたわけではなく初見さんなのだろう。だから、このようなコメントをくれたのだろうとは思われるが。)

最近はIP特定が無意味になりつつあるかもしれないこと

なお、IPが個人を特定できるか、という問題について今後は扱いがかわるだろう。

IPが重要視されているのは、だれでも投稿できるうちの、誰であるかを絞り込みたいためであるが、最近では、アカウント=本人、という判断もされつつあるようである。

【弁護士齋藤理央 I2練馬斉藤法律事務所】

令和4年1月20日東京地方裁判所判決・裁判所ウェブサイト

https://courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=90997

三度目の正直で最新ログインを含むツイッター社が保有するアクセスログ全部を開示することを命じる判決を獲得できました!

ログイン時のアクセスログについて包括的に開示を命じる知る限り初めての本案判決です。

https://twitter.com/b_saitorio/status/1501872078936764417

仮処分申請時には、投稿時のIPアドレス以外にも包括的にログ保全できるようだが、本判決時には、限定された部分に制限されて開示されていたところが、投稿時にかぎらず、そのアカウントのログイン情報そのものを開示請求できることが、今後増えるのだろうと思われる。

また、SNS対する責任を問う法律は現在ないが、おそらく、近く作られるようになるだろうと思われる。

前回の日記では、この日記に寄せられたコメントの投稿者のIPアドレスが不自然である、と述べたが、IPアドレスはプロバイダごとに割り当てられており、そのアドレスをユーザーに貸し出しているようなものだから、IPアドレスからプロバイダの拠点位置が分かる。すると、わりと近い住所がわかることもある。(私の使っているプロバイダは、いま新潟にいるのに東京と表示されたりするので全然アテにならないことも多々ある。ポケットWifiでは新潟で使っても大阪と表示されたこともあった。)

接続IPから地域が割り出されるのは、もともとネットの公開情報から取得できるものである。それを利用して、日本国内限定のコンテンツだったりを振り分けたりしている。

(あるいは、WifiのSSIDなどは、もっと精度高く住所が特定できる。GoogleMapはストリートビュー作成時にwifiの電波も収集していたので、どのSSIDが、どの付近で観測できるのか分かる。だから、GPSがついてないノートPCでも周囲のSSIDが受信できれば、おおよその現在位置を知ることができた。GoogleがSSIDを収集することに、少なくない批判もあったから、今もそうであるのかは分からないが、このIoT時代では、どのような情報から個人、場所が特定されているのかは、全く分からない。1つでは特定できずとも、複数個組み合わせると特定できるようなものが多数ある。想像以上に個人の行動は特定されているとは考えられる。昨年あたりにはJR東日本が防犯カメラから駅構内で歩いている人の顔認識をしていたことが批判されていたことも記憶に新しい。)

プライバシー意識の高い人、あるいは企業でも、プロキシを使うことは一般的であり、それをサービスとしているところもある。たとえば、インターネットセキュリティのカスペルスキーなどはアンチウィルスの契約をすると、接続元IPアドレスを秘匿できるVPN接続サービスと、おためし時間も付与されるし、トレンドマイクロ社も企業向けには危険なホストへの接続を遮断し、且つ、接続元を秘匿できるフィルタつきプロキシを提供していたりする。(そのかわりに企業には従業員がアクセスしたサイトは全部筒抜けであるが。)

それは最近の話ではなく、もう10年以上も前から、そのようなものがある。

一時期、世間を賑わせた「パソコン遠隔操作事件」ではTorというツールが取り沙汰されたが、特別なツールを使わずとも同じようなサービスは多々ある。

(Torは、もともと軍用で作られたもので、具体的には中国共産党のような政府の厳しい言論統制・検閲を避けるためのような使い方ができる反面、国家権力でさえ追跡困難 = 警察組織でも追跡困難、という諸刃ではある。なお、あえて「困難」と書いたのは、Torを使っても摘発事例はあるからである。Torだけでネットを完結できるわけではなく、人間、どこかでボロが出るのだろう。)

しかし、最近は特にプライバシー意識の高まりが一般化しており、今月、iOS、macOSの更新をしたら、iCloud Plusの試験サービスとして匿名化接続(プライベートリレー)が新機能として追加されていた。今後は誰でも特別な知識も、特別なサービスへの契約も必要なく、ただ設定画面のスイッチをOnにするだけでiPhoneもiPadもMacBookも接続元IPアドレスをアップルからさえも秘匿できるようになった。(ただし、iCloud Plusに入っていれば。これはアップルが有料の匿名化プロキシサービスを公式サポートしたようなものだろう。)

これまでもIPアドレスを隠すことはネットリテラシーの高い人にとっては普通のことであったが、もはや一般人もIPアドレスを秘匿できるようになった。

逆にいえば、IPアドレスでは個人を特定するツールとしては、もはや使えない。

では、法律的には、IPアドレスが秘匿されたから送信者を特定できず、野放しにされることになるのか?といえば、そうはならないだろう。

これまでIPアドレスが必要とされたのは「別の人が投稿したかもしれない」という、という状況だから否定されていたのであるが、現実の法律の運用として自動車で「本人が運転していた」ということを争うことは稀であろう。おそらく、二段階認証の普及もあり、ログインした人が投稿者である、あるいはアカウントの投稿責任者である、という判断がされる方向だろうと思う。

なので、もしかすれば裁判手続きは、IP開示して、またIP開示して…と繰り返すような、これまでよりも簡単になる可能性はある。

(とはいえ、ログイン情報だけで個人が特定できるのかは、現行のSNSでは電話番号やクレジットカードなどの本人確認なくてもアカウントを作れるところが大多数であること、ログイン情報なしで投稿できるサイトなどの投稿者特定ができないことから、匿名掲示板などは昔から荒し対策のためにプロキシ経由でのアクセスを拒否しているところは多いが、おそらく、抜本的な対策として、諸外国同様に、日本でも「SNS事業者に対する責任を問う法律」ができることも流れとしては確実だろうなぁ、とは予想できる。誹謗中傷をさせないことが重要なのだから、個人に責任を取らせなくても事業者に責任を取らせれば誹謗中傷対策にはなる。現実にも町内会が管理している掲示板で悪意ある張り紙があったら町内会が剥がすようなものだ。中国のBiliBiliのように、パスポートのような本人の身元確認ができないとチャンネルを開設できないようなことにもなるか、TikTokのように公序良俗に反すると運営から判断されたものは無警告にザクザク消されるようなものになるかもしれない。現在、日本でも後者のような動きを強めているサイトは多いと感じられる。)

その他、Vまわりの法律上の動きについて

ロアさんの開示請求について

ロアさんのアクセスプロバイダに対する発信者情報開示請求でも勝訴したことの報告があった。

【弁護士 小沢一仁】

夢月ロアさんのアクセスプロバイダに対する発信者情報開示請求訴訟の判決があり、裁判所が名誉権侵害を認め、発信者情報の開示を命じる判決を言い渡したことを本人に代わりご報告します。なお、引き続き係争中の案件となりますので、本件に関する詳細の公表は控えますことをご容赦ください

https://twitter.com/ozawakazuhito/status/1508368681184927746

アクセスプロバイダ(=ISP)への開示請求が通ったということは、Googleに対する開示請求が通りIPが開示されたということであり、すでにロアさんは接続業者から発信者の契約者情報を入手されていることだろう。

ただ、相手が鳴神さんであるのかどうかは、まだはっきりとはわからない。

鳴神さんは自分に開示請求がきたら公表するといっていたが、まだ公表されていないと思う。開示請求は「名誉棄損を理由に開示請求が来ていますが開示してもよろしいですか?」という確認をプロバイダが契約者に尋ねて、契約者が「これは名誉権侵害ではないから開示はダメ」と否定するから、ISP側の弁護士が契約者の主張をもとに開示請求の裁判で反論しなければならないわけで、したがって、開示請求の判決がでていれば、とっくに本人への開示請求は来ているはずではある。(Tiktokもツイキャスも全部追っているわけではないので聞き逃しているかもしれないが、ノートの有料記事は購読させていただいているので、一応、目は通している。鳴神さんのnote.comでは、鳴神さん自身を気持ちを語る場なのだろうが、ここに書かれていないということは、動画でも語っていないだろうとは思う。)

なので、相手が本当に鳴神さんであるのかは、よくわからない感じになってきたように思う。

あるいは弁護士の先生から裁判に支障があるので公表しないように言われている可能性も高い。普通なら、そのように指示されるだろう。

また、少し気になるのは、ロアさん側が、本件とは別件でGoogleと訴訟中であるような記事も見かけたような気がするのだが、それが何であるのかも、よくわからない。

もう一人二人別に訴えている人がいる、ということなのかもしれないし、Googleの責任を問うものなのかもしれないし、よくわからない。

https://digital.asahi.com/articles/ASQ3Y5S7JQ3YUTIL00X.html

また、ISP側弁護士による「本人が自ら潔白を主張すれば名誉回復はできるから名誉権侵害にはならない」と主張しても、これが裁判所に否定され名誉侵害が認められたということは、被告側が本裁判で、どのような主張で争うことになるか少し興味はある。

(また一般的な反論に使われそうな「批評の範疇であり名誉毀損にはあたらない」という反論を使わなかったのは、それが無理筋だと考えたからだろうか?)

なお、本人たちの出廷はなく代理人である弁護士同士の争いになるだろうけれど、V界隈では話題性のある裁判になるだろうから、鳴神さんのアンチないしロアさんの野次馬が裁判を傍聴しにゆく可能性もあろう。しかし、念のためにいえば、こうした裁判で聞いた情報をインターネットに投稿することはプライバシー侵害になるだろうから、それはやめたほうが良いだろう、とは思う。

クリエイトする弁護士齋藤理央BLOG

開廷表の記載に準じ開廷日時、開廷場所、事件番号及び当事者名等をインターネット投稿した行為がプライバシー権侵害に当たると判断された事案

https://twitter.com/naotarou1981/status/1508645331248074756

契約期間の定めに関わらずタレント契約は、いつでも契約解除できることが標準になりそうな件

今月、ツイッターをみていて、法律関係で一番明るいニュースは「タレント契約は実態が準委任契約であるとして、いつでも契約解除できる」という話題だろう。

【佐藤大和/レイ法律事務所代表弁護士】

現在、実演家と事務所側の専属マネジメント契約関係の裁判をいくつかしておりますが、仮に契約期間の定めがあっても、専属マネジメント契約の性質を準委任契約と考えて「いつでも契約解除できる」という考えがスタンダードになりそうです。それで判決も得ています。もちろん活動実態次第で変わります。

https://twitter.com/yamato_lawyer/status/1502156415959396354

タレント契約は、正確には「タレント・マネージメント契約」であり、タレントと事務所の間の双務契約であり、いつでも契約解除できる労働者と違って、定められた期間の契約解除はできないとされてきた。これは簡単にいえば、事務所がタレントをデビューさせるにあたり、それなりの投資をする共同事業なようなものであり、タレントに一方的に勝手に降りられると事業計画が成り立たないからである。これは、逆もいえて、タレントも人生を事務所に預けている以上、タレントに契約違反がないかぎり事務所はタレント契約を解除できない。双方が契約解除の意思がないかぎり合意解約にはならない。(実質的には、事務所が、もういらないから解約したいといって、タレントが嫌です、といえることは無いだろうけれど。)

が、すでに現在の判例では、アイドルの契約解除に伴う違約金は、衣装代など、今後使えなくなった実費に限られるようになっており、さらに最近は、実態としてタレントは事務所から仕事を準委任でお任せされているという判断がされるようになってきたようである。

これまでも、すでに「事務所からの仕事を実質的に断ることができない」または「指揮命令系統がある」と認められれば、契約が個人事業主(フリーランス)であろうとも、みなし労働者として労働法が適用されてきた。たとえばライブ設営などは指揮系統がなければ進まないので、個人事業主のスタッフを使う場合でも、このライブ期間中だけでも、事業主が労災保険にはいらなければならない。ここ10年くらいでタレントも労働者として事務所を労働者同様にいつでもペナルティなく辞められることは普通に出てきていた。しかし、そのような仕事に対する拒否権がある、あるいは指揮命令がなくても、今後は、通常の準委任契約としてみなされるようになる、ということは、かなりの前進だろうと思う。

(準委任とは、ざっくりいえば「お手伝いしている」という感じの仕事の受け方で、IT業界ではパートナー企業との間で一般的な契約形態である。)

アップランドに所属していた、アイドル部では、牛巻りこさん、木曽あずきさんが長期にわたり全く活動していなかったにもかかわらず、期間満了と思われる3年まで辞めることができなかったのも、専属タレント契約による期間縛りだったのだろうと考えると納得だが、しかし、りこさんは2019年秋のFAVRICリアルイベントに出演していたが、中身が代役だったとの話もある。私が直接見聞きした話ではないが、これはドルアン情報ではなく、熱心なドル部ファンが、これをバラした外部Vに対する恨み節として語っていたことなので、まあ、そのような話が他所属の出演者から出ていたのは周知の事実なのだろう。これはアイドル部がアップランドの方針としてゲーム部と同じようにキャラクター路線だったと納得できるようになった現在では、そのような代理を立てるのは運営のとる選択肢として不自然なこととは思わないし、Vとは中身が一人でなければならない、交代してはならない、というルールがあるわけでもないから、ファンが納得できたかどうかは別としても、運営が大舞台でのオファーを受けるために、そうした代役を立てたことも今は理解できる。

(実際、旧キズナアイはそれをやろうとしていたわけだし、古典的Vであれば映像作品を作るために複数人が共同して当たり前の路線である。りこさんに限らず、おそらく、このFAVRICイベントでキレキレの動きをみせたVの、かなりの数はプロダンサーの代理か、MMD打ち込みによる演出だっただろうと私は思っている。ダンスが苦手な電脳少女シロのキレッキレのロボットダンスのパートも、MMDによる打ち込みだっただろうと思っている。それは現在の個人Vでも、歌ってみた動画ではMMDに自分のアバターを踊らせながら歌を合わせている人もいる。もちろん、その場合は「MMDのモーションは○○からお借りしました」とクレジットを入れてはいるが、事務所が自分でMMDを打ち込んだか、打ち込みをプロに依頼していた場合は、わざわざクレジットをいれる必要もないだろう。FAVRICは、そのような作り込まれた映像作品を見せるイベントだったのだと思っている。ライブ感を大切にしたい、一部の人だけが、リアルタイムでの衣装変更などの演出にチャレンジしていた感じだろう。)

しかし、だとすれば「牛巻りこ」さんは既に事実として専属である理由がなく担当キャストさんを何年も縛り続ける理由はない。

牛巻りこ、木曽あずきさんが、アップランドに契約解除を申し出たのかどうかは定かではないが、もしかすれば、有期契約だからと、はじめから諦めていた可能性もある。

実際に行動を起こして弁護士に相談すれば1時間1万円くらいかかるし、依頼となれば着手金で20~30万円くらいかかるわけだから、事務所から未払報酬が100万円以上あるとか「何もしないことが損となるケース」でもないかぎり、弁護士に依頼しようという気にもならないだろうし、辞めるためだけに事務所と揉めるなど、労力的にも金銭的にも心情的にも業界キャリア的にもタレントイメージ的にも、ただ自分が損をするだけだと思えば、ただ時間がすぎるのを待つ、という選択肢も合理的ではあろうと思う。

二人が沈黙したまま契約満了まで何もしなかった理由は、たぶん、これではないだろうか。

しかし、今後は、タレント契約は準委任と判断されることが一般化すれば、裁判を起こすまでも無く弁護士同士の話し合いの「示談」で、双方とも比較的穏便に合意解約できるケースも増えるだろうし、これからの企業所属タレントの人たちにとって良い判例になるかもしれない。

会社との不満/不平/トラブルは弁護士に相談するべきことは、労働者にも言えること。

いずれにしろ、契約は口でも書面でも有効だが、それが有効な契約であるかは法曹関係者が各種法律や判例に照らし合わせてみないと分からない。

この件は、タレント契約にかかわらず、労働まわりは全般的に言えるだろう。

たとえば、バイトの遅刻や欠勤でペナルティを与えることを正当だと思っている事業主は多いが、これは違法である。労働契約でない形態のキャバ嬢であってもペナルティ契約はおおむね違法であろう。もしかすれば若い女性や高校生バイトの無知につけこんでいるだけでオーナーは確信犯的にやっているのかもしれないが、こうゆう契約は無効とされえる。また、業界の慣例から長年使われていた専属タレント・マネージメント契約といったものでも、素人がアイドルになる現代では、時代が変われば実態に即して変わり、錦の御旗、絶対の掟というわけではないし、弁護士による交渉や裁判の判例で日々変わってゆくものだろう。

私は、これまで何件か仕事を変わった(職種もかわった)が、何社かは辞める前に脅しをかけてきたところはある。そういった経験からすると、脅されることなく、すんなり辞められることそのものがホワイト企業、コンプライアンス意識の高い企業だという認識である。

スムーズに辞めることができることこそがホワイトの証であり、その点、タレントが比較的トラブルもなく簡単に辞められている「にじさんじ」は、わりとタレントにとって良い企業なのだろうとは感ずる。これはVライバーこそ主流になると2019年秋に評したとき、笹木咲さんがゲームを出来ないからという理由で辞めて、ゲームが出来るようになったから復帰したという経緯をまじえて、Vライバーは動画勢のようにスタジオを使う必要もなく自宅から低コストで配信でき、本来、このくらい気軽に辞めて気軽に戻れる身軽さであるべきだろう、と述べたことがある。当時のにじさんじはベンチャーでありながらも風通しの良い企業だったのだろうと思う。(ロア、めいろ問題を一層ごちゃごちゃにした、謎の「さかな」とかいう内部漏洩者は、現AnyColorの社員なのか役員なのか関係者なのかわからんが、社員全員が素晴らしいなどということは絶対にないわけだし、まあ、タレントのキャリアをねじ曲げてくるような人ではあることは間違いないのだろうとは思うけど。)

本当に未熟な企業、余裕のないカツカツの企業は、あの手この手で引き止めたり、脅したりしたうえで、辞めると決まれば些細な口実で難癖つけ、制裁しようとしてくる。これはツイッターを見ていても先々月あたりに某VR系企業を辞めたエンジニアが、VR界隈に自分の悪評を言いふらされていると怒りを示していたように、どの業界でもあるようである。

優秀な人だったからこそ、自分から去り寝返ることを、将来の敵が増えるように怒りをもってしまうものなのだろう。それは人間心理としてはやむを得ないようにも思うところある。

若いエンジニアには、いまの3度目かもしれないVR/XRの盛り上がりは、将来有望な分野に見えるかもしれないが、私が数度利用したこともあるぐらい名のある有名企業でも、エンジニアのキャリアを台無しにしようとしてくる動きをみると、それほど良い転職市場とはいえなそうではある。

人が自分から離れてゆくときに「来るものは拒まず、去る者は追わず」の心境でいられる人は、本当に稀である。そうゆう社長には一度だけ出会ったことはある。もと大企業の労働組合幹部経験があっても、余裕が乏しい中小企業の社長として、営利企業を法律順守でホワイトに運営でき成長させられてきた実例として、すでに事業を売り払って余生をおくられている方ではあるが、いまでも尊敬している。そうゆう人は、わりと身近に本当にいる。

中小企業の経営陣全員が法律ガン無視の独裁者だというわけではない。

なお、もし、このVR/XR分野に進みたいとしても、少なくともV事務所への転職やパートナー契約はよくよく考えた直したほうがいいような印象はある。私が小耳に挟むかぎりの噂でも、たぶん、そんな感じである。とくにメタバースが一般人に普及する過程にある今は日進月歩でアイデアが溢れるだろう。技術力ある人が特定のクライアントに働くことは縛りがきついだけで実入りがなく割に合わない気がする。もともとITテクノロジーは、昔のPCも、シリコンバレーも、現代のネットベンチャーも、数人でビジネスを興すのが普通であり、それができる環境がすでにある。だから自分のやりたいサービスを立ち上げたほうが結局は有望かもしれない。個人V界隈は、そういった個人エンジニアたちの技術で発展してきている。そうゆう方向性が、タレントだけでなくエンジニアも、たぶん正解だろう。

【玉井克哉弁護士】

労働事件として見ると、退職を申し出た従業員に対して退職日の直前に無理な理由で重い処分を下す、(会社内規によっては)それを前提に退職金を減額するって、典型的な違法行為なんですよ。理由が無理筋だとアウトなので、極めて慎重な判断が要る。

そんな怖いことようやるわ、というのが第一感。

【太田伸二弁護士】

パワハラがあったり、残業代未払があったりして「明日にでも辞めてやる」と思っている人に伝えたいのは「弁護士に相談するなら『辞めた後』じゃなくて『辞める前』」です。

辞めた後の相談で、悔しい思いを何度もしている労働弁護士からのお願いです。

パワハラも残業代も、証拠は職場にあります。辞めたら出入りできませんよね。辞める前なら証拠を残すことができます。

弁護士なら、何が証拠になるか、どうやって証拠を残すか、そこをアドバイスできます。録音一つとっても「コツ」があります。

そして、辞める前なら労働組合に入って交渉をして、環境を変えることもできます。

組合に加入した方が良い事案なら、労働弁護士は組合に繋ぐこともしています。

どの手段が良いか、そこの見極めをするのも相談を受けた弁護士の腕の見せどころです。

労働者側で弁護士を探すなら、例えば日本労働弁護団のホットラインに相談してみてください。

https://roudou-bengodan.org/hotline/


最近の私のV視聴傾向について

自分のことを書こうなどと冒頭でいいつつも、ながながと雑感を書いてしまった。

2019年と2022年では視聴スタイルが変わったこと

2月ごろからにわかに仕事が忙しくなっており、3月から現在にいたるまで、おそらく5月中も、忙しい日が続くだろうと思う。

以前、2019年にアイドル部にハマっていたころは、帰宅する時間が遅くなりライブ配信を全部追えなくなるときには「だれを優先するべきか」「どのように計画すれば偏らずに見ることができるだろうか?」と、それぞれの曜日ごとの配信開始時間を集計してみたりした。

Vライバーのファンは、リアタイすることに強い価値を感ずるから、配信に自分の生活をあわせたいという気持ちになる。それは私もなったし、最近にも、そうゆう赤スパをみつけた。

わりと誰にでも起きるような現象なのだろう。

ぺこちゃん肉集めお疲れ様!順位競うものは気が抜けないねぇ。この調子で突っ走って、8万位目指してファイト!でも体調崩さないようにね。私事ですが、先日メンシ一年半になりました。ほぼ毎日楽しい配信で元気もらえて感謝!ここは半年は帰りが遅くて、配信開始に帰宅が間に合わないことが多いのに嫌気がさしたので実家を出ることにしました!これで落ち着いて配信がみれるぞヒャッホゥ!95%のレア度ノーマル野うさぎですが、これからもよろしくお願いしますね!

この方は、配信に間に合うように職場に近い場所に引っ越したようだ。私も、過去の経験では2019年にアイドル部にはまったころに、出先でも配信を気兼ねなくリアタイできるように携帯を動画視聴向けのプランに変更したりした。(コロナで外出が控えられていることと、ぺこらさんが土日昼配信をしなくなったこともあり、最近は、あまり活用していないのだが。)

しかし、2022年の現在は、当時とは大きく状況は異なるし、私の心境も変わった。

まず、週2~3日のテレワークが普通になった。

その結果、朝配信、昼配信を見る時間ができた。とはいえ仕事しているので、がやがやしたにぎやかな雰囲気を楽しむ、ラジオ感覚である。配信画面をほぼ見ていないから、決定的なシーンを見逃したり、重要な会話を聞き逃したりしている可能性が高いのだが「見逃しても、かまわない」という気持ちになっている。(Apexのようなゲームの場合は、見ごたえがあるシーンでは実況している本人のテンションが上がっているのでわかりやすい。)

アイドル部のころは一言一句聞き漏らさないように真剣に配信を見ていたころからすれば、ずいぶんな心境の変化だろうと思う。

結局のところ、私がVにはまった理由は「女の子の楽しそうな笑い声に魅了されたから」という部分が本質であり、それを愛でているかぎりは「声を聞くことが楽しい」という、ぼんやりとした楽しみ方も間違ってはいないだろう、という気持ちにはなっている。

また、ASMRのアーカイブは昼間聞いても大変よろしい。むしろ、私は風洞音や機械音といったアンビエント系の環境音楽などが好みだったから、日中にASMRのガサゴソ音を聞いていても、むしろ良いBGMである。スピーカーで聞いてもイケる。そういったASMRは1時間以上も何もイベントが発生しない分、無心で聞いていられるので、仕事中のBGMに最適かもしれないと思う。ヒーリング音楽なども、まさに、そんな感じだろう。

(ときどき昼間から気が向いたときにASMR配信をしている人も最近気づいた。)

最近の視聴ルーティン

3月~4月の現在は、時間的な余裕というよりは、仕事が忙しくて余暇に気を回せる余力がない。なので、空いている時間のときどきで見ることのできる、お気に入りのライバーさんの配信を見ているだけである。

私は、だいたい配信の最後にスパチャ、スパステを投げることが多いのだが、ここ最近は配信最後まで起きていられず、いつの間にか寝ていたりすることも多い。(ぺこらさんはゲームが終わると雑談タイムになり、そこでハッと目が覚めることも多いので助かる。こうゆう余韻なく終わる人の配信は終わったことに気が付かず、寝過ごしたまま、深夜に目が覚めてしまうことも多い。)

だから、いまは、いろんな人を積極的に見よう、という気持ちにはならないし、できない。

それよりは、今は、自分の好みだと分かっている、馴染みの人の配信でリラックスしたい、という気持ちが強い。

なので、先月、今月と、新しいVの探索というものは、ほとんどしていない。

現在、よく視聴している人は、以下のとおりである。

  • ホロライブでは「兎田ぺこら」さんオンリー
  • にじさんじでは「ラトナプティ」さん
  • ときどき「物述有栖」さん
  • 個人Vでは「星宮ゆい」さん
  • 隔日ぐらいで「栢森エマ」さん、ここ最近はゲリラのほうがタイミングは合いやすいかも。歌もお絵かきも雑談も楽しめてASMRも練習中のマルチタレントなお得感はある。(が、最近のゲーム配信は、それほど見入ってはいない。)
  • 週一ぐらいで「ぴた」さん、飾らない甘々雑談とASMRはベテラン級。(Vではないが。)
  • 週3日のテレワークの朝配信では「神城クレア」さん
  • ときどき「心寧はな(こころねはな)」さん
  • たまに「猫榴こなみ(ねくろこなみ)」さん他
  • 毎週休日は「千草はな」さんの定期配信、歌枠多し。
  • 毎週土曜日前後はタイミングがあえば「ころねぽち」さん。(いまだ毎週月曜日の朝7時の朝ぽみ定期配信には起きられず。アーカイブ視聴のみ。)
  • 毎週金曜日あたり「アズマリム」さんのメンバー限定
  • ASMRでは「えあてぃれん」の「彼方ゆうあ」さんが最近のお気に入り
  • まれに「桜神くおん」さんなど
  • まれに「みけねこさん」。(今月Vになった)

だいたい、ここ2カ月ぐらい。こんな感じがルーティン化していると思う。

が、もちろん、他のVをみていないわけではなく、突発的、散発的に他のVを見ることはある。ただし、以前のように、いろんな人をハシゴしたい気分ではない。

この人をみれば、こんな感じで楽しめるな、と分かっている人を回っている感じである。

ぶっちゃけ、これだけでも十分すぎる視聴時間だとは思う。

>人間の脳は150人程度の仲間内を相手にするように設計されていて(中略)それをはるかに超える貧困や格差などの現代社会が抱える問題は解決できない。そのため、感情による共感とは別に、様々な人との関係を認識した上で適切な判断をするための認知的な共感が求められる

同じことを考えている人がいた!

この方が紹介している記事は「人間の脳は仲間内を超えて、社会の分断を克服できるか。」というテーマである(更に元ネタは「きめ方の論理」である)が、しかし、ここで個人的な体験がウリとなるVライバーについても考察できるだろう。

Vライバーさんを「生きた人間」とみている人にとって、150人というキャパシティから、家族、友人、プライベート、仕事関係などの人間関係を引いた残りが「気に掛けることのできるネットでの人間関係」ということになるのだろう。

(一方で、VTuberさんをアニメのようなコンテンツだとみている人にとっては、共感性のような心理的な労力を使わない、いわば他人事か人でないと思っているだろうから、気に入らなければ罵詈雑言も吐くし、気に入れば何人でも好きになっても構わないのだろうとも想像する。Vのカジュアル層ファンは、だいたい、こんな人たちだろうと想像している。)

また、アイドル部にハマっていたころに、どうすれば、忙しい時期でも偏り無く視聴できるのか、という心配事をしていたが、実際に忙しくなった現在、そのような心配ごとは無い。

かつては、誰かに偏ることに依怙贔屓しているような後ろめたさがあり、また、いままで追えていたリアタイという繋がりのようなものを手放す躊躇のようなものもあった。

いまは「自分が見ることの時間帯に、自分の気分に合った配信を見る」という視聴スタイルは、決して悪いものではないだろうな、という実感がある。

なんというか、見ることと推すことはイコールではない、
むしろ、気負いすぎずに好きな人を好きな時に見るのが正解なのだろうな、という感もある。

私についていえば、V界隈(タレントとファンの双方)を探索することそのものも趣味ではあるのだが、根本的にいえば、そのような趣味の人であっても、Vを見たいと思う情熱の源泉は、好きだという気持ちだと思う。

また、3~4月中旬までで、ちょっと感ずるものがあったVさんとしては

  • なつめえり」先生。4月がライブ初見だった。アーティストとしての矜持のある人らしい発言が聞けてよかった。
  • 猫田なつな」さん。振り返ってYouTubeの動画一覧をみると案外赤いバーがついていて、たぶんライブ初見は今年の1/9のPicoParkなのではないかと思われる。途中から入って途中で抜けるような視聴の仕方をしていたような気がする。
  • ホロライブの「角巻わため」さん。一応メンバーだが、最近はご無沙汰。
  • 東雲めぐ」さん。(一応メンバーだが、最近はご無沙汰。)
  • おはよう真夜中」さん(一応Fanboxに入っているが、隔週に1回くらい。Cluster勢)

いろいろなVさんに触れると、それぞれ持っている才能、配信スタイル、考え方などの違いに触れることもあり、いろいろ感銘を受けることも多い。

いつも決まった人ばかり見ているのではなく、ときどきいろんな人に触れるのも有意義だろう、ということは改めて思う。

個人活動と事務所所属の違いについて

タレントを推すのに事務所は無関係であるか?

以前から「タレントを推すのに事務所の有無は関係ない」という言い方をしてきた。

これは逆にいうと「事務所は推せない」という状況に対する、自分に対する言い訳である。

この言い訳は、どっとライブの2019年冬のゴタゴタの数ヶ月後にアイドル部の人たちの配信を見に行くべきかどうか悩んでいたときに出した結論だった。

アップランドの方向性に納得できなくても、そのタレントまで否定することはないのではないか、という言い訳である。(暗黙に、タレント自身は私が望む方向性なのではないか、という期待を含んでいる。)

これはアイドル部のゴタゴタが起きる前の、ビリビリへの進出を強めようとしたり、必ずしも納得、同意できない運営方針が示されるたびに、運営とタレントを一緒にするべきではないという気持ちを何度となく思ってきたが、やはり、もし、あの19年冬のお気持ちノート事件がなければ、このような回りくどい言い方を考えつく必要もなかっただろう。

しかし、自分が地縛霊になっていたことに気がついた事と、アップランドが求めていたV、売りたかったVとはキャラクターであってライバー本人ではなかったことを、アップランド側の立場として自分の中で納得できたとき、この言い訳は、もう無用となった。

この言い訳が無用となったことに気がついたのが、3~4月の私の心境の変化だろう。

どうして契約期間が満了してもアップランドに残る人がいたのか、いまいち理解できなかった疑問に対する、自分なりの答え(納得)が出たことでもある。

個人のパーソナリティが売りとなるVライバーさんたち

私が最初にみたVは、CyberZがステルス運営していた流石乃ルキロキ(19年秋に引退済み)で、その上手すぎず下手過ぎないダンスに「ただの作り物の3D-CGアニメではない」という認識を改めるものがあった。

それまでVTuberに対しての先入観とは、誰かが作ったMMDモデルをアニメーターが打ち込んで、どこかの声優が声を当てているような、子供向け人形劇のCGアニメーション版の類似コンテンツであって、そこには新奇性もなく、そんなものは見る価値もないと考えていたからだ。そうゆう子供向けコンテンツはアリだとは思うけれど私は見る気はしない。

(これまで2年半V界隈を見てきて理解したことでいえば、当初、私が、そのように思っていたことは間違いとはいえず、キズナアイをはじめとする企業系のVは、作っている制作側の人たちが、そのようなアニメ類似コンテンツのつもりで作成しており、そのように受け取って欲しかったであろうことは事実だと思う。ただし、その方向性は次第にウケなくなっており、私も、そのようなものに興味は引かれなかっただろう。)

だが、ルキロキをみて、そこに生きた「息遣い」がある存在としてみることができた。

「3D-CGを使った作り物/創作物だ」という固定概念が覆された。

そのあと、お薦めに出た電脳少女シロの甘々高音ボイスと、イルカのようだと評される引き笑い、心底楽しそうに感情表現するオモシロ為動画に魅了された。

“VTuberはアニメなどではない。”

3D-CGというキャラクターでありながらも、人格のある、作り物でないところが、これまでにない新しいコンテンツだと感じられた。

このときの私のVの将来の展望は、20年先もずっと続くコンテンツであって欲しい、という新しく生まれたばかりの、奇跡のようなコンテンツが末永く続くことを願うものだった。

あのときは、シロというコンテンツは歌舞伎の襲名のように、同じアバター、同じ名前を使って中の人が交代して代替わりしても続けられるもののはずだ、という漠然とした認識があった。

それは、まだ動画勢しか知らなかったからだし、シロのアバターデザインがコロコロかわるものだということも知らなかったからだが、当時、すでに「にじさんじ」がV界隈ではもっとも勢いがある勢力だったにもかかわらず、委員長もひまちゃんも切り抜きでしか見ていなかった。(特に印象深かったのは、「宇志海いちごx本間ひまわり」のマイクラコラボの切り抜きだった。いますぐには動画URLを探せないが、技量の高い先輩に翻弄され初心者狩りされるひまちゃんの図が面白いと思った。当然、リアタイではなかったが、とても良い切り抜きだったと思う。)

いまはホロライブ人気であり、生配信を見ることは誰にとっても普通の体験だろうが、まだ2019年夏の時点では動画勢の勢力がちょうど逆転されるぎりぎりのころ合いであり、ネットでのおすすめ記事などは動画勢の記事が多く(古い記事のほうが、最新の記事よりも数が多いのはあたりまえであり)、「ライブ配信の見方」「ライブの楽しみ方」というものが、いちいま理解できてなかった。

VTuberのライブ配信を最初にみたのも電脳少女シロの毎週木曜日の生配信だったが、真の意味でライブ配信にハマったといえるのは、アイドル部のリレー配信を見始めてからだろう。

はじめは、どんなものだろうかという興味半分に、しかし、わずか数週間で、どっぷりとライブ配信の魅力にはまった。(詳細な経緯は過去日記に思い出として記録した。)

ここでVに対する評価は完全に変わった。

Vライバーこそが主流だと確信した。

2019年の時点で、シロとアイドル部は全く違う別物だということを理解した。

(現在は、電脳少女シロも生配信を頑張っており、テレビ番組でも脚本家の作った台本で演技していたものから、現在はリアルタイムのアドリブができるように切り替えていったことを明かしている。シロが動画勢だというのは現在ではそぐわないかもしれないが19年は、すくなくとも、そうだった。)

私の中での、創作物としてのVに対する興味、価値は薄れ、生配信の生のパーソナリティを触れられることこそが、私が真に求めていたものだと理解した。

Vの素晴らしさとは「Vアバターを通じて個人のパーソナリティが拡張される」ことにある、という確信と、「現実の写像であるリアルと1対1の関係=実在する生もの感」が重要だと思うようになった。

故に、「架空人格を演ずる創作物としてのV」は私には興味の惹かれるものではない。

ここは本来、アップランドが目指していたキャラクターコンテンツとしてのアイドル部というコンセプトからはかけ離れていたのだろうが、私がアイドル部を好きになったのはキャラクターコンテンツという部分ではなく、ライバー「=生もの」という部分であった。

しかし、だったらアバターも使わない、ただの生主さんはどうなのか?という自問もある。

Vと同等か、それ以上に「生もの」なのではないか?

実際のVの効果は、「アバターを着ることで、現実のしがらみ、現実の年齢・性別・職業といった縛りから解放された、素の魂の自分を表現できるようになる」、いわばマスカレイドのようなものだろう。

むしろ、アバターを着ることによって個人の本当のパーソナリティが発露しやすくなる。

人は仮面をかぶることで大胆にもなれる。そのような効果がVにはあるだろう。

だから、生主さんよりもVのほうが、より内面性、精神性が強まるのだと考えている。

VRアバターが相手だと自分のことを多く話してしまう? 東京都市大などが検証 https://itmedia.co.jp/news/articles/2203/09/news038.html 対話実験108人,ビデオチャットよりアバタ(特に外見が本人に似ていない)の方が自分事を多く話してしまう結果に。両者の主観体験に差がなかった為アバタだと「知らない間に多くを話していた」状態に

互いに現実の姿をみることで「格差」「違い」のようなものを感じる状況には、現実と同じ力が作用する。しかし、VRという空間上でデザインが対等であるかのように感ずるとき、自己開示へのためらいがなくなるのだろう。

この研究結果でも「外見が本人に似ていないほど自己開示する」という効果が見られた。

これは、おそらく、Vアバターを使ったコミュニケーションが、はじめて人類にもたらした、新しい関係性なのだろうと思う。

また、Vの強いロールプレイは仮想人格化するため、生のパーソナリティを見たい私からすれば望ましいものではないが、弱ロールプレイならば、内面性を見せやすくするための導入のような望ましい作用があると感じる。

軽い「ごっこ遊び」による、互いの気持ちのアイスブレイクのようなものになるだろうから、むしろ、「Vライバーは弱ロールプレイが最適である」という予感はある。

(ここでいう弱ロールプレイとは、オママゴトであることを明らかにしたお約束プレイである。メイド喫茶での「にゃん」づけ語尾のような、客と店員との間に暗黙で合意されている、お約束みたいなもの。対して、強ロールプレイはオママゴトであることを言わずに、なりきって演技を演技と言わないものであり、それは詐欺・欺瞞に等しい罪があると私は考えている。)

また、今月、KsonさんがVTuber(とくにLive2Dを使うVライバー)の人気の理由について、週刊プレイボーイNewsの中で語られていた。

近年のVTuber人口増加の一因ともいえるこのLive2D技術の便利さは、ksonさんも太鼓判を押す。

「コレの何がいいって、いつでも”ソフトを立ち上げたら、即かわいい”状態になれることですね! 現実の自分で出るとなると、かわいく映るための準備がものすごく大変なんです。でも、VTuberになればそういう苦労から解放される。

それに、アバターの皮をかぶることで言えるようになることって、いっぱいあると思うんですよ。こいつブスのくせに何を言ってんだって叩かれるかも……みたいな思考をシャットアウトできる。心の弱みを握られている気持ちが全部なくなるんですよ。ヒーローに変身するみたいな感覚ですかね!」

https://wpb.shueisha.co.jp/news/technology/2022/03/17/115789/

この記事は、Ksonさん以外にも、Ksonさんともスパチャ文化についてコラボ対談したITジャーナリストの高橋暁子さんなども語られており、その中身については、Vの歴史、人気になった経緯、使われている2D/3Dの機材、Vライバーの人気の本質について、私から見ても、とても正確に正しい認識で語られている良い記事だったと思う。

「VTuberとは、簡単に言うとアニメ風のアバターを使ったYouTuberのことです。もととなる配信者である”中の人”の動作をカメラで読み取り、その動きをアバターにリアルタイムで再現させ、声を吹き込み、動画にして配信しています。

動画内でやることはさまざまですが、トークやゲーム配信がメインという共通点があります。男女問わず存在していますが、とりわけ人気を博しているのは女性という印象があります」

なぜ今、爆発的な人気を獲得しているのか。

「シンプルに”トークの面白さ”や”人間力”で支持を集めていますね。生身の姿を見せない分、純粋に人間的な面白さが評価される環境で、仮にアバターのかわいさが入り口だったとしても、最後はクリエイターとの交流に心をつかまれていくのでしょう」

実際、筆者も試しに人気配信者の動画を見てみたところ、すぐに”沼”に落ちてしまった。彼女たちの天性のボケっぷりや鋭いツッコミ、トークスキルは、並のテレビタレントを上回る印象だ。

@ ITジャーナリストの高橋暁子さん

個人勢が企業勢より優れていると感じる理由

結局のところ、私が見たいのは、「個人のパーソナリティの拡張としてのV」であるから、それには事務所はあってもなくても良い、ということになる。

だが、現実には事務所所属の多くのVの場合、事務所がVの売り方を決める部分が大なり小なりあり、それによって、個人の本来のパーソナリティの発露にとっては邪魔となることが感じられる。

(事務所所属でも売り出し方を事務所がきめていない人たちもいるし、ファンも納得できる事務所の売り出し方に乗った上で自分らしさを表現するアイドル路線の人たちもいるが、要するに、事務所の売り方+本人の方向性の両方を私が納得できるか、という話しにすぎないのだが。)

しかし、自分の売り出しかたを人に委ねることが正しいかは、もはや時代にあわなくなっているだろうと思う。

Vの話題ではないが、まさに言い得て妙といえる経営者の台詞を今月のBussiness Insiderの記事にみつけた。

マーケティング戦略には外部のコンサルタントを雇わず、社内のマーケティング部門を強化することで、効果的な宣伝が行えているとシャフィは言う。

「企業が世の中に伝えたいメッセージを、アウトソーシングされた第三者が発信できるとは思いません。消費者は賢いので、安易にメッセージを作り込むことはできないんです」とシャフィは話す。

https://www.businessinsider.jp/post-252533

(ちなみに、IRLという2019年に共同開発され現在は2000万人を超す月間アクティブユーザー、その75%はZ世代が利用しているというイベント管理アプリである。IRLはイベントという点に着目したSNSであり、個人のプロフィールを基点として自己アピールするためのページを作るようなFacebookやInstagramといった従来型のSNSとは一線を画している。趣味趣向のあうイベントに興味あるいは参加したい人を、イベントを基点として結びつけるタイプのSNSであり、従来型のような自己アピールの激しさというものがないのが特徴のようである。2020年以前はリアルイベント主軸だったがコロナ以降はリモートイベントに主軸を切り替え、時代の変化に素早く追従している。これがZ世代に受けたようである。私は使ったこともないのだが、これらの記事によれば、そんな感じのようである。ちなみに従業員は2021年で75人、現在の企業価値Valuationは1353億円という高効率な業態のようである。)

(ちなみに、本来ITはサービスを作れば顧客数が100倍にスケールアップしても、かかるコストはたいしてかわらないはずで、それが成功したIT企業が巨万の富を得る仕組みである。これと比較すれば、V事業というものは一見テクノロジー企業に見えて、実態は運営自身は家内制手工業ないし単純労働みたいなものでスケールメリットは効かない。デザインもワンメイクで手間がかかり、業務内容も人のマネージメントなど「人と人とのコミュニケーション」で仕事をまわしているから、激務のわりに生産性は低く、人を増やしても薄給にしかならない本質的な構造がある。現在ではタレントを増やしても増収の見込みはないから、UUUMが昨年末にタレントの半分を取捨選択したように少数の稼げるタレントのマネージメントに集中するほうが得策な分野であろう。カバーが、明らかに経験のない分野にもかかわらず、まるで、そこに活路があるかのようにホロライブALTの世界観のメタバース「ホロアース」というゲーム開発に社運を賭けてしまった背景は、ここにあろう。タレントでは稼げないからソフトのサブスクで稼ぎたい。サービスならばスケールアップするほどに利益が伸びるはずだからだ。ホロメンのキャラクターを使えば客が呼び込めると思っているのだろう。まさにホロライブERRORが、そんな感じだろう。しかし、その程度のビジョンしかないのであれば、たぶん、すばらしいゲームが完成する可能性は、普通に考えて、まず無い。カバーがNeosVRのようなメタバース空間ができてホロメンが楽しそうに遊んでいれば、ものすごいプロモーションになるだろう。それを夢みたチャレンジ精神は、いずれ来る成功には不可欠だが、いまはMMOもたくさんありサービス終了するものも多い時代に、そんな簡単に面白いゲームがつくれるはずもないし、そもそもカバーにはMMOゲーム開発の大前提となるリアルタイム多人数を低遅延で扱うための技術基盤のノウハウも、これまでの自社の技術とは無縁のはずだ。わずか百人前後しか入れないサーバーにカバーにとってのビジネス的価値はないだろう。だから、むしろ、このゲームは完成させないほうがカバーにとって良いまである。しかし、万が一、完成させてしまったら、リリースした以上、引くに引けず、なかなか売れないホロアースを売り込むために、タレントの活動場所をYouTubeからホロアースに移動させたり、ホロライブALTが実は正で、ホロライブのタレントは、そのキャラクターが顕現したものなどという設定変更や、某ハコが犯したような自分の育ったプラットフォームを蔑ろにする愚策を重ねてタレントとファンの離反を招く未来まで見える。ホロアース/ホロライブALTのキャラクター/ゲームビジネスが成功しようが失敗しようが興味はないが、今私が楽しんでいるライバー集団であるホロライブが影響をうけるのは嬉しくはない。こんな予言が当たらないと良いとは願っている。)

ベンチャーであるからという点だけでなく、外部のコンサルでは自社の説明したいコンセプトを伝えられない、というのは今月、とくに痛感させられる出来事があっただろう。

日本では広告は博報堂とか電通にご依頼して、ありがたい先生たちにコピーを作ってもらうのが一般的であるが、今月は「月曜日のたわわ」が日経の全面広告に出されたことでツイフェミから燃やされる怒りを招いた。

漫画の作者が自ら日経に新聞広告を打ち出したかったなどとは思えないのだから、これは広告主/広告会社が勝手にやらかしたことであろう。(その責任を負うつもりはなさそうだが。)

まさに「世の中に伝えたいメッセージを、アウトソーシングされた第三者が発信できるとは思いません」どころか、望んでもいないメッセージを発信されてしまった大事故だ。

今回は広告だったが、アニメ化という昔ならば大々的に宣伝していたような漫画のような分野であっても、ここ数年は漫画家さんもラノベの作者さんも、アニメ作品と自分は関係ないと表明したり、アニメ化をさほど嬉しいと表明しなかったり、むしろ、はっきりとアニメ化を後悔していると表明する作家さんが増えた。メディアとしてはアニメのほうが売れるだろうが、作者にとっては全然ありがたみがないものになっている。それだけ自分の作品を自分以外の手に任せることの難しさ、不利益というものが大きいということなのだろう。
そうゆう失敗事例はコンシューマも嫌というほど見てきたから、もはや、メディアミックスされることに対してファンであるほど手放しで歓迎できなくなっている現状がある。ファンが望んでもないことをメディアの勝手な都合で押し込んできた結果だ。

結局のところ、人任せに自分のメッセージを発信することなどできないということだ。

V界隈の話にもどして、ファン側からの立場でいえば、事務所の売り出し方の都合で、本来の自分ではない嘘をつかせられたり、あるいはビジネス上の理由で突然居なくなったりするような存在に、人として接して、自分の心を預けて好きになるようなことは愚かだろう。

Vタレントというものは、所属しているだけでなく、存在そのものを他人に委ねている。

本来、自分の主体というものを他人に委ねるなどということは、あってはならないことだ。

だから2020年くらいまで、企業Vが卒業・引退するときに「Vの死だ」と悲劇的に受け取られてきた。

いまは、そのような受け取られ方はされなくなりつつあるのは、心を預ける対象が、そのような作られた虚像(V)の部分ではなく、実演している中身(魂)に対して向けられるようになったからだといえる。ライバー=魂が主体である、という認識が定着したことが(魂の人がライバーとして配信をつづけられることで繋がりが絶たれないことが)Vの卒業・引退を心理的安全性の高いものに変えているのだと思われる。

しかし、だったらVが事務所に所属するべき意味は何なのか?ということだ。

「大事に思っている人がいなくなることほど不安に思う」からこそ、Vに対して熱中するのが馬鹿げていると警戒したりする。Vのことを好きなのに心を開かないリスナーがいるのは、そのためだろう。これは所属タレント本人やV事務所が思っているよりも、ずっと深刻に考えるべきV界隈の重要な課題だと私は思っている。

(るしあさんの強引な契約解除でもホロライブが爆死しなかったのは、みけねこさんという連続体があったからこそだろう。どんな正当性を主張しようとも、熱心なファンから最愛のタレントを殺し命を奪った形になりかねなかったのだから、カバーはみけねこさんに感謝すべきだろうし、ホロライブがなんだかんだで並行活動を認めていたこと、3期生がるしあさんを支えようとしていたことが見えたこと、契約解除後もホロメンが、るしあさんを仲間として名前を出してくれていることが、結果的に最悪な状況にならないように功を奏したともいえる。これまでの事例から考えれば、いま、みけねこさんが登録者をもっているだけの数字の人間が、気持ちのよりどころをなくして、やり場のない憎しみや恨み言をぶちまけてファン同士が対立するような大混乱になっていた最悪の可能性もあっただろう。)

しかし、そもそも個人Vであれば人格分離や主体性の問題ははじめから無い。

これが、私が事務所所属よりも個人勢が優れていると思う理由である。

しかし、事務所が個人のパーソナリティ、配信のあり方に関与しないことが明らかであれば、事務所はあっても無くても良いし邪魔なものでもない。

たとえば「神楽七奈(ななかぐら)」さんとか、「鹿乃まほろ」さんとかは事務所に所属していても事務所が本人たちの在り方に関与しているとは思われないので、そこは問題ない。仮に事務所を辞めてもVとしての存在は変わらないことも想像できる。

声優にしろ俳優にしろタレントの事務所にもいろいろのタイプがあるが、売り出し方まで指導するところもあれば、サポートする程度のところもある。

しかし、これまでのVの事務所だったり、絵師さんが作るVグループだったりには、事務所/絵師さんが売り方に関与しようとしている、むしろ「売りたいキャラクターを作って、そこに魂を募集してキャラクターに入れて売り出そうとする」ところが多かったからこそ、それに対する否定的な印象が強い。

つまり、事務所が自社タレントとしてVとしての売り方を決めて、生殺与奪の決定権をもっているような事務所が、私の見たいものから最も遠いから、それのような企業所属を好まない、ということである。

だから、結局のところ、個人だから良くて事務所だから悪いのではなく、私にとっては「個人が自分をプロデュースしている姿が見られる」ことが一番重要だったのだと理解できる。

あえて事務所のプロデュースを望むタレントもいるだろうこと

一方で、タレント自身が、事務所のグループの中で売り方を決めてもらった方が居心地が良い、事務所があったほうがラクという人もいるはずである。

以前の日記にも数度とりあげている、事務所に人間嫌いのロールプレイを強要された結果、同業者のみならず家族からも疎遠にされて良いように事務所に使われる道具にされていた、山崎ハコさんも回想でも、事務所に所属していることそのものは苦ではなかったという。自由はないが仕事はとれた。歌うことが生きがいだったから、彼女にとっては、それでも良かったのだろう。「言うことを聞いてロールプレイを守っていれば一生大事に面倒を見てくれると思っていた」のだという。だから事務所が倒産して過去の報酬も支払われずに一人で放り出されたとき、それまで事務所がなんでもやってくれていた営業まわりも自分でやることになって苦労した、と話されている。

そうゆうタイプで事務所にいるVさんもいることだろう。私は、山崎ハコさんのような人格を否定されても事務所に頼り切りたいと思うタイプの自立心のないVを見たいわけではないが、自分で自分をプロデュースするよりも事務所にお膳立てしてもらうことを望むような、そうゆう気持ちでいる人の存在も否定はできない。

現在はローカルアイドル、ネットアイドルもセルフプロデュースの時代であり、それができる環境が整っている。素人グループでも活躍できる場所が開かれている時代である。

あるいは、昔から、音楽活動、バンド活動はセルフプロデュースできていたと思う。

しかし、アニメ声優の仕事は声優・俳優の事務所にしか来ないように、かつてはテレビ出演する俳優のお仕事は、どこかの事務所に所属していないと、そもそも来ない業界の慣習があった。

そのような業界の閉鎖性がある中で、アイドル志望の子が事務所のオーディションを受けるのは、自分では売りだすこともできないから、すでに取引のある事務所に所属して、そのパワーをもってステージデビューさせてもらい、その事務所の売り方を守った上で自分らしさを表現してゆきたいと、いわば「人に頼って自分を花開かせたい」と思っていたのだと思う。

(ただし、Vの事務所には、そうゆう力はない。ソニーが募集している新しいVの箱、VEEでも『大きな舞台へのショートカットはありません』と明確に示されている。ソニーグループでも、V本人たちの魅力もないのに大舞台に立たせても採算がとれるとは考えていない。新奇性、物珍しさからVであるだけで売れたかもしれない時代は終わったし、そもそも、そんな時代は2017年前半の一瞬だけだったのかもしれない。)

しかし、芸能業界であっても、オーディションを開きタレントを募集する事務所のすべてが、仕事をとってこれるパワーや、タレントを育てるノウハウがあるわけではないから、地下アイドルの搾取問題や、仕事がこない声優事務所問題などが頻発するわけで、頼り先を間違えたらどうにもならないが、独学・自力でできることは限られるから、人に頼ることそのものは間違いではない。

たぶん、どっとライブに期間満了後も再契約して残った人たちというのは、そうゆう人たちなのだろうな、という理解である。

だが、実際のところ、私は、アップランドにはタレントを育てるノウハウも仕事をとれるパワーもないと思う。

(にじ、ホロもノウハウは無い。にじさんじ、ホロライブ、どっとライブ、いずれもITベンチャーであり、それまでアプリを作っていた会社だ。ホロライブは現在でもビジネスの主軸は自社サービスのアプリの開発であり『ホロアース』に無謀とも思える社運をかけている。タレントビジネス歴は、どこの箱もV歴と同じであり、すなわち、Vタレント本人もV事務所自身も同じ未経験者である。そもそもVそのものが始まって5~6年しかない業界だからだ。V歴でいえば、個人Vのほうが経験が長いまである。)

しかし、現実的/打算的にいえば、テレビ朝日やカドカワ/ドワンゴなどメディアとの実績がある事務所に所属しているだけで、他の独立系中小企業Vや一般個人Vには望んでも得られないような晴れ舞台に立てるアドバンテージは、たしかにある。

にじ、ホロ、どっとライブの3大ハコの中で、2018年の時点からマスメディアと懇意にしていたのは、どっとライブ(アップランド)だけである。アップランド以外のハコの全てが、マスメディアと組むことにメリットがない、メディアと組むとピラミッドの一番下のつまらない場所を要求されるから、と明言していたことに対して、アップランドの宗像社長だけが、あえて、それでもウチはテレビと組んでみようかと選んだ、と対談記事で語っていたと記憶する。

結局、3年経って、当初予想されていたとおりの結果になったのだろう。テレ朝にいいように使われただけでアップランド自身の成長にはならなかったかもしれないが、だが、マスメディアにコネと実績はできたはずだ。

もとアイドル部の人たちにとって、マス系メディアでの活躍を夢見て、晴れ舞台にたつことが魅力的であり、事務所との関係が良好で、それを上回るデメリットがないのであれば、タレントとして契約を継続しないという選択肢はないだろう。

2020年ごろに私が言い訳として使った「タレントを推すのに事務所は関係ない」という考えは、事務所の方針が自分とは相容れなくても、本人の方向性が自分と相容れるものであれば構わない、というものだった。

だが、いま、再契約した人たちは、事務所の方針に同意した人たちだということだ。

つまり、私は過去にアイドル部をライバーとして好きになったが、いま再契約して残っている人たちの方向性と、私が見たいものは、おそらく一致していない、かなり違うものだろう。

第1に自分でプロデュースしておらず、第2にマス系のメディアへの憧れは、ネットでのパーソナリティの発現、双方向性VRSNSの活用からは最も遠ざかるものだからだ。

私はテレビタレントを見たい訳では無い。その点で私の見たい方向性とはズレている。

もちろん、目指すところが多少ズレているからといって許容できないわけではない。

どっとライブの方向性も、みりくるん加入後は、従来のようなキャラクタービジネスの延長いうVの考えではなくなっていることも感じられるし、事務所の方針としても以前よりは演者に主体性があるように変わってきているのではないか、という感じもある。(その中で、ちえり・ルルンさんは外部コラボなども積極的に友人開拓しているように見える。)

だが、蒔かれている種と違う花を待ち望むのは愚かではあろう。そのタネは自分が与えられた場所で自分らしく花開こうとしているだけで、思っていたのと違う花が咲いたとがっかりされる筋合いは無い。(しかし、開いて見なければわからない、という期待もある。)

ただの思い出や感傷に浸って、自分とは合わないと分かっていながら未練がましくあるのは、ただの地縛霊である。そろそろ成仏して良い頃合いだろうとは自覚しつつある。

(この点について、夜桜たまさんはアイドル部をもっとも体現していた人であり、その方向性は栞桜さんになっても引き継がれていたのだと、私は思っている。アイドル部を抜けて、栞桜さんとなっても、アイドル部らしいロールプレイ路線、なりきりロールプレイはつづけていたし、Live2Dを封印した3Dへのこだわり具合も、何もかも、アイドル部時代を踏襲したものだったと思える。それがアイドル部で失ったものを取り戻したい気持ちだからなのか、最初期のV世代として生きてきた「Vとはこうあるべき」という過去の自分の成功体験、あるいは矜持のようなものだったのかは定かではないが、これからも栞桜さんが従来と同じようなアイドル部時代を引きずるようなロールプレイをつづけるのであれば、それは私が見たいVの姿からは、いささか時代錯誤的なズレがあるだろうな、とは思う。しかし、個人Vとして活動しているのであれば、個人として、どのような成果を出すのかは見届けたい気持ちは強い。)

ソロ活動とグループ活動の違いについて

個人Vと企業V/事務所所属Vとの対比には、本質的には「自分がプロデュースするのか、誰かにプロデュースされるのか」の違いがあった。

そのベクトルとは別に、「ソロ活動であるのか、グループ活動であるのか」という種類の違いのベクトルもあるだろう。

事務所所属であっても一人しかタレントがいないソロ活動もあるし、個人勢でもグループで活動している人たちもいる。

おそらく、先に結論をいえば、私は企業勢を好まないがグループを好まないわけではない。

ソロ活動=個人事業のようなもの

私が、これまでVを見ていて、いまざっくりと思いつく感じでは、以下のような人たちは個人Vであることが望ましい人たちだと思う。

  • ナナカグラさん、しぐれういさん、なつめえりさん、ころねぽちさん、届木うかさん、彼方ゆうあさん、etc
    • アーティストは作品だけでなく、自分自身の生き様がアートであるようなものだから、ソロ活動がふさわしいだろうと思う。
    • アーティストは本質的にアバター勢であり、クリエーターという本業、別の人生があることが明確である。
    • V以外にウリになる才能がある人は、Vと才能の双発エンジンをもっている。どちらを頑張っても成果になる。アーティスト活動の成果もVの成果にもなる。
  • ノラキャットさん、千草はなさん、兎鞠まりさん、Ksonさん、アズマリムさんなど
    • Vであることそのものが才能である人たちもソロ活動がふさわしいと思う。
    • 自分自身のV活動そのものがウリとなる単発エンジン
      • 本業に出来るほどではないとしても、秀でた他の才能もあればなお良い。
    • 自分がVとして活動すること、チャレンジすることそのものが魅力になる。
      • Vはテクノロジーでもあり、サムネ、動画、MV、などなど、アーティストとしての多方面での才能も必要とされており、それを個人で全てやりくりできることそのものが、アーティストであるといえる。
  • 名取さなさん、猫田なつなさん、神城クレアさん、癒音くるみさん、星宮ゆいさんなど
    • 個人経営の小料理店・雑貨屋さん・個人サロンのような自分のテリトリーをもっている感じ
    • ソロで活動する女性個人Vは、オープンで気軽に立ち寄れる雰囲気があれば、わりとしっかりとしたコミュニティ、常連客を獲得できるだろうが、その反面、そこで固まってしまう傾向もあるような気もする。
    • しかし、おそらく個人Vであれば登録者数の伸びは重要ではない。
    • 満足度・自分らしさを高める方向性が重要かもしれない。
      • ワンオペである現実の個人サロン、小料理店なら、沢山の客に来てもらう方向性は採算効率性・顧客満足度が悪化する愚策であり、個人Vも同じであろう。
      • 特定の人たちの特別な場所になる方向性が良いのだろう。

今月、蔵書整理をしていて、リーマンショック(2008年)ちょい前くらいに購入したような記憶のある本を発掘した。

「スモールビジネスマーケティング」という本で、ざっくりいえば「小規模小売店が生きるのは差別化・人的コミュニケーションによる」という論文という感じだろう。

  • 差別化とは専門性、独自の経験、ノウハウ、こだわり、という、その人しか出し得ない価値。
    • サブカル、オタクカルチャーの利益率が高いことなどは、その例だろう。
  • 人的コミュニケーションとは、口コミと双方向性であること。
    • 双方向性とは、
      • 小規模小売店の強みである「専門性」「こだわり」を客にアピールし、
      • 専門性を求めてきている客に情報を与え、
      • 客がもっている専門知識や、その高度な要望を吸い上げて店に反映させる
      • 、という「情報交換」にある。
    • 口コミは人に体験を語ってもらうことである。
      • 口コミは広告にも勝る。
        • スモールワールド論では友人の友人の…を6人先まで話が伝われば世界の裏側まで話が届くという理論である。一人が、その話題を他人にする最頻値は3人といわれており、7~8段伝われば数千人に届く計算になる。
        • これはデマや噂や炎上と同じメカニズム(ウィルス性=ヴィアラルメディア)であるが、それをポジティブに意図的にコントロールすることが口コミである。
        • (これは私見だが、口コミのポジティブな効果としては、話題に関心がある人にだけ伝わるから、不特定多数の見込みのない90%にも広告費用がかかるものよりも、有用性は高いだろうとも考えられる。)
        • (デマと同じ性質であるため)「重要そうな情報×不確定さ(新鮮さ)」、先に触れたように「とっておきの情報感」「まだ誰も知らない情報」のようなものが拡散されやすい。また、論評よりも体験談が説得力ある。
          • ゆえに、ネットで自分のファンにツイートしてもらうのであれば、告知をリツイートしてもらうよりも、良かった体験談や、臨場感ある感想をツイートしてもらうほうが良いのだろう、と考えられる。
      • 体験談は専門家が評論したものよりも真に迫る生感があり説得力がある。
      • ネガティブの口コミのパワー = 炎上は破壊的である。
        • しかし、小規模小売店に対して直接文句を言う人は3%、97%は不満を言わず二度と来ないだけである。(ネットの場合は匿名性で文句は自由にいえるだろうけれど、やはり少ないのではないかとも想像できる。)
        • 逆にいうと、3%の不満をフォローアップすることで、何も言わずに立ち去ってゆく97%の人たちを、大幅に救い上げられるビジネスチャンスがある。(たぶん、この部分はネットでも同じだろう。)
        • クレーム、トラブルが起きたときに、それに真摯に対応してもらえた場合には、逆にファンになってもらえる可能性が高いことが統計上でている。
          • 統計的にはクレームを言う3%の人は、今後も、その店を使う予定の人であり、不満があってもクレームを言わなかった97%は、二度と使わない人たちであることから、逆にいうと、クレーム主は優良顧客候補ではある。
            • しかし、ネットでは野次馬、愉快犯がいるし、最近はリアル店舗でもクレーマーが問題化しているので現在もいえるかどうかは必ずしもそうではなさそうな気もする。感情で誰かの批判にのっかって自分も便乗してくるような、野次馬、愉快犯のクレームは、本来の対応すべきクレームとは別であり、決して対応してはならないクレームの種類だろう。
          • とはいえ、先月前編日記の誹謗中傷対策セミナーの体験談で、正義漢との真摯な対応により敵をも味方か中立にできた事例もあり、おそらく、理路整然とクレームを申し立てる人の意見というのは、現在のもネット上でも有益なものとして扱うべきなのだろう。

わりと時代を先取りしていた、というよりは、すでに、2000年代から、その方向性だったこと、それが成功への道だったことは明らかになっているとは思う。

この日記で引用するためにアマゾンで調べたら、けっこう評判の良い本だったようだ。

(出版日は2004年だった。)

読み返して思うことは、ここで想定されている小規模小売店は、現在の個人ネットビジネスに、そのままピタリと当てはまるのだ、ということだろう。

ネットの普及によって、ネットで個人商店を作ることは、20年前よりも遙かに容易になっており、さらに、この本が書かれた17年前よりも今のほうが更に容易になっている。

数年前に勉強会で知り合ったエンジニアは、コロナ禍以前のリモートワークがブームになる以前から、すでに少人数で経営している海外の会社とリモートワークで仕事をしていて収入を得ていたが、いまは、もっとリモートで仕事のできる幅が広がっている。

クリエーターという仕事は、とくにネットの恩恵を受けているだろう。

以前も書いたが、1998年ぐらいに、すでに地方都市の主婦がアクリル画をネットオークションなどで売ってお小遣いを稼げる道が開かれていて、いまではPixivFANBOX、Skeb、あるいはDLSiteしかり、あるいは自分でKindle電子出版することも個人でも可能である。

大ヒットできるかどうかはおいても、月額20~40万円くらいの収益になる程度の安定した売り上げは、そこそこの技量のある人たちであれば現実的なものだろう。

「タコピーの原罪」のように本誌ではない、無料で読めるネット漫画がヒットとなる時代となった。あるいは同人作家がツイッター上で連載している漫画が書籍化されることも普通にある。

それは、もはや人気になるために商業誌に掲載されることを目標とする意味がなくなったともいえる。

(海外の名だたる雑誌が紙面ではなくオンラインをメインにするような流れは数年以上前からあった。日本の漫画雑誌も「本誌」という紙の媒体が、むしろサブになる時代がきているのかもしれない。)

若いころは15年間くらいずー-っと漫画家志望だったのですが、いくら努力し続けても出版社の腕利き編集者達のお眼鏡にはまったくかなわず、消去法で自主制作でやらざるを得ない状況で、ネットで小馬鹿にされながら延々もがいていたら、自主制作の方が儲かる時代になってしまった

個人的な考えとして、現代の商業漫画は、同人誌だけで充分食えてる人が、同人の余暇に趣味で描くくらいのノリが無難だと思ってます。同人誌で食えてる以上、商業が打ち切りになろうが、トラブルになろうが、生活の屋台骨は揺らがないというスタンスで…

伊東ライフ先生もそうだろうし、いまは個人出版で食える時代になっている。

むしろ、商業誌のほうが、出版社の都合で没にされたり連載終了されたりするリスクがある。

大きなチャネルにのることで沢山の人の目にふれ有名になるかもしれないが、収益が大幅に増えるわけでもなし、2本目以降の連載が持てるかどうかも分からないものに、負担だけ増えてリソースを食われるというのは、そのとおりだろうと思う。

(それが割に合うと思うかどうかは世代によるところだろうか。)

本質的にマスメディアというものは物理的に限られた有限のチャンネル資源を奪い合うものであり、だれもが活躍できるという場所ではない。浮き沈みが多い世界である。

ほんの一握りの人が参入できて、そのうち長期間稼ぎ続けることのできる人は極めて少数である。

毎年発行されている日本タレント年鑑には1万人のタレント、2000社のプロダクションが掲載されているが、稼げているのは誰もが見聞きする名前の人たちだけであり、それ以外の大多数は副業レベルでのタレント活動である。吉本興業という著名な事務所に所属していても、売れず仕事を回してもらえずアルバイトで生計を立てている話は、もはや周知のネタであろう。数年たつと連絡先が分からないタレントが多数あり、作品の権利関係の確認、更新が難しくなることからも、浮き沈みと出入りの激しい業界だということは分かる。

ありていに言えば、マス系ビジネスとは一攫千金のギャンブルである。

大多数のものは空くじを引き続けるが、うまく時流につかんだ人は当たればデカい。

(それを投機ビジネスのように転がしているのがメディア側の人間である。メディアの目にとまるかどうかを気にする時点で、すでに実りの低いギャンブルに投じている。)

そのうち本当に才能がある人は長く続けることができるだろうが、ほとんどの俳優、ほとんどの作家、作曲家は短命である。一発屋にならざるをえない。

だが、マスメディアでなければ表現活動/創作活動できないという時代ではなくなった。

インターネットでのタレント活動もできるし、大手プロダクションや吉本興業のようなところとは契約せず、ローカルでの大衆芸能として活動する路線もある。

AKBが会いに行けるアイドル売りだったように、現在でも地下アイドルが一定の熱心なファンに支えられているように、大衆芸能のような個人的な体験ができる場には強い力があり、数はすくないが熱心なファンがついてくれる。(キャバクラやホストクラブで気分よく盛り上がることと本質的には変わらないだろう。)

VTuberに赤スパが飛ぶようなことが、大衆芸能でもおきる。それは、大衆芸能やVTuberがおかしいのではない。

本来、人は「個人的な体験」「個人的に特別な喜びを与えてくれるもの」には惜しみなく援助するものだ。芸に対する対価ではなく、人に対する援助である。

それはメディアの性質から、ファンとの間に物理的に超えられない一線ができる、一方向メディアであるマス系タレントにはできないことである

では、なぜ個人的体験が強いはずの個人VTuberや生主が伸び悩むのだろうか。

それは、「個人的体験が強すぎるから」ではないだろうか。

先の「スモールビジネスマーケティング」本には、個人商店に対する一般人のネガティブな印象を問うたところ、

  • 買う人には愛想がよいが、買わない人にはそっぽを向く
  • 個人店は、態度が大きく商品知識が希薄
  • 店の奥にいて声もかけない
  • 店の接客態度で非常に不快な思いをした
  • 古からある店は、店の人が横柄な態度で買う気がしない

などの、本来は個人ビジネスの長所でありウリとなる「個人との関係性」が、むしろ欠点となるような不満がある人が目立つ。

このようなネガティブな印象は、そのまま生主、個人Vにも言えるのだろうと思う。

本来は、双方向性の強いライブ配信では、個人との関係性を活かすことが重要である。

しかし、その個人との関係性に不満、不安を持つ人も多いことも予想できる。

さきに述べたように、個人経営の小料理店のようなテリトリーを作れる個人Vというものは、オープンで気軽に立ち寄れる雰囲気があるものだろう。

一見さんの警戒を解くには、和気あいあいとしている雰囲気の中に、しれっ、と混ざってもほかの人と対等に扱ってもらえることを期待しているだろう。(と、私は常々思っている。)

集団に対する信頼性、画一化されたハードルの低さ

これに対して、チェーン店であれば、接客態度はマニュアル化されており、店主、店員の機嫌を伺う必要がない気軽さがある。客も、店員に、どのような態度で接すればよいのか予想できる。

そうゆう「個人として見なくて良い」というところに接しやすさ、入りやすさがある。

実際に、企業所属のVさんは個人的な不満を表明したり、気に入らないリスナーを選別することはないだろう、という期待値が2019年ぐらいにはあったし、いまでも企業Vのうち、誰からも好かれるべきキャラクターを売りにしている人は万人受けする顔をすることが企業から求められているだろうとは思う。(最近は、たぶん、そうゆう傾向はなくなっていると感じられる。ここ数年で「お客様は神様です」という考えがカッコワルイという常識が定着したからかもしれない。)

しかし、結局のところ、個人Vであろうと企業Vであろうと、だれかを拒絶したり優遇したりするようなVに対して、どのリスナーも良い気持ちはしないだろう、とは思う。

これに関連するとVでは以前、コラボが人気なコンテンツだとされてきたが、実際のところVのコラボには、それ自身に大した効果はないのではないか、という感想を書いた。

ツイキャスなどをはじめ生配信の定番コンテンツとして凸待ちのようなコラボがあるが、コラボそのものが面白いのではないだろう。

Vのコラボで期待されることは、「関係性をウリにした面白さ」「予想外のリアクション」が生ずることである。笑いというものは日常からズレた、その人の常識が覆されたときに起きるものとされている。そうゆう予想していなかったリアクションが面白いのだろう。

しかし、友人のような関係性が生まれない人と一過性のコラボをしても、コラボとしての効果はない。たとえば疎遠な箱同士のコラボが年に1回あったとしても、それ以外でつながりが全く生じないであれば、コラボからは何の感動も魅力も生まれないだろう。

コラボによって何か新しい関係性が生まれて、それを面白いと思うからファンが喜ぶのであって、コラボをすればファンが喜ぶわけではない。

だから、コラボ自身には大した効果はない。

(ついでにいえば、箱外の人とコラボが決まったとき、ファンが相手方に「コラボしてくれてありがとう」とか「○○ちゃんにやさしくしてね」というような感想を送るような時点で、そのコラボは半分失敗しているようなものだろう。言葉はポジティブだが、意味はネガティブである。毒親視点、モンペだからである。そんな相手の親に監視されているような遊び場で楽しめる人もいないだろうし、新しい友人関係も生まれないだろう。)

伊東ライフ先生と、兎鞠まりさん、あるいは犬山たまきさんとのコラボ。あるいは、犬山たまきさんと舞元さん、といった定番のコラボは「関係性のおもしろさ」で売っている。

それはコラボする友人関係 = 疑似的な集団として認知されているのだと思う。その集団に属している信頼感、安心感というものがある。

この効果はグループであっても生ずるだろう。

たとえば、JK(女子高生)がブランドであるためには制服であることは重要だろう。

これは個人として女子一人ひとりを評価するのではなく、JKという集団全体に対する評価、同じ制服を着ているという共通のプラットフォームがあって、それがウリ、ブランドになっている。そのほうがステレオタイプのまま、何も考えなくても、こうゆうものだと認知しやすいからだ。(制服をきたほうがカワイイと見られることはJK当人も分かっている。)

銀行の窓口業務をする女子行員が制服であるのも、だれが担当しても同じような待遇を受けられることを期待されているからだろう。

どんな人なのか吟味する必要なく、ステレオタイプ的に受け取れるから心理的にラクなのだろう。制服には、そのような効果がある。

グループには、サービスレベルが一定である保証のようなもの、集団に対する信頼感、集団が掲げているポリシーが構成メンバーにもあると期待する効果があるだろう。

(これはグループとして実際にメンバー間の交流があり、グループとしての統制や意思決定が機能しているかどうかではなく、外から見てグループのように見えるかどうかが重要なのだろう。だからグループを名乗るだけでも効果はあるのだろう。もちろん、本当にグループとして機能していることが良いことは言うまでもないが。)

だから、個人Vであったとしても、ソロで活動するに十分なウリが育っていないのであれば、ソロよりはデュオ、トリオ、カルテットで活動することにメリットはあるだろうと思う。

ただし、関係性のウリというものは、登録者数が伸びたとしても、その人固有のファンというわけではない。だから、ライバーにとっては同時接続数の伸び、動画再生数(アーカイブ)の伸びのほうが重要だといえると思う。

また、グループとして売っていても、十分に自分のウリというものが育ってきたのならば、グループは発展的解消をしても良いのだろう。

これについて最近感ずるのは、にじさんじの1期~2期は、もうグループとしては活動していないということだろうか。企業所属だから本当の意味でのソロ活動とはいえないが、活動スタイルは従来よりもグループ色なくソロ(むしろピン)で動いているだろう。

(にじさんじは人数が多すぎてグループとしては機能しなくなっていると思う。)

一方で、最近は物述有栖さんが、しばらく休止していた「宇志海いちご」さんの復帰コラボをされているのも理に適っていると思う。ソロで復帰するよりは、こうゆうときこそコラボのアシストがあるほうが良いだろうと思う。

有栖さん自身は以前からソロで動く人ではあったが、最近は思うところがあるのか、同期コラボを企画したりしているのも興味深い。

個人で活動することのウリ

先の「スモールビジネスマーケティング」では、個人ビジネスに向いているものとして

  • 専門性
  • 独自の経験
  • ノウハウ
  • こだわり

という「その人しか出し得ない価値」が挙げられている。

たぶん、これは、そのまま個人で活動するVTuberさんにも言えることだろうな、と思う。

これに加えて、先に示したようにVTuberには

  • アバターを介することで自己開示がされやすく、リスナーは自分事のように体験・共感する
    • 逆説的ではあるが、Vアバターを使うことで、その人の内面、人格をよりはっきりと見せやすくなることがVの良さである。実在する人と対面する以上に、その人の内面とふれあっている感が強いものがあるだろう。
    • (その意味でも、仮想人格を演ずる方向性は、その特性の誤用、重大な間違いだと私は考えている。)

という性質があることから、Vは、個人サロンのようなものを経営しやすいといえる。

だから、おそらく、個人Vが目標とするべきことは登録者数ではなく、自分が提供できるサービスに対する顧客満足度のようなものを維持しつづけることなのだろう、とは思う。

たとえば、個人Vさんの場合、自分で自分のアバターを決めている。

VRChat(アバターを着て交流するSNS)で「可愛いので声かけちゃいました!」から仲良くなりやすい理由、ただ単に容姿を褒められるのとは違い「意図してその容姿になっている→その選んだセンスやアバター改変の努力等の内面や価値観も褒められている」からだと思うんですよね

内面褒められたら嬉しいよね

このツイートはVではなくVRSNS(VRChat)での出来事の話であるが、個人Vにも言えるだろう。

アバターだけでなく、配信画面のデザイン、オープニング、配信中のBGM、トランシジョン、エンドロールなど、VTuberという人たちは工夫次第でVRSNSサービスを利用している人たちよりも、はるかに、あらゆるところに本人らしさというものを表現できる余地がある。

個人Vさんでも、VRChatなどで遊ぶローポリ・アバターを作ったりして、自分で好きな容姿を作ることを楽しまれていて、そうゆうことを含めてVというものは楽しめる。

大手Vの人には、そういったアバターそのもののデザイン能力がない人も多いが、それでも配信画面や動画作成などのスキルがある人は多い。フォントや色使い、サムネイルにこだわりのある人は多いので、すべてのVは何かの表現者、クリエーターさんだといって良いと思う。

また、個人Vさんは、他の人たちとの差別化を真剣に考えている。大手箱のような、所属するだけで知れ渡るようなゲタを履かせてもらっていないからだ。

ネットの世界は(中国以外)国境がないし、PCまたはスマホがあればアクセスできるメディアだから、物理的な店舗よりも訴求できる潜在ユーザー数は多い。だが、ライバルもまた多すぎて、自分のまだ見ぬファンにリーチしてもらえていないことが共通の悩みであろう。

自分は唯一無二でありたいと思っているだろうが、似たような人は山ほどいると思われている。

そう思う人がいるって事はちゃんと分かってるよ~!

個人Vは箱売りもできないし、事務所のバックアップもない!人を集めるのが大変なので売れるものは売ります!男釣りだと思われてもいいです◎

新しく見てくれる人が増えるのが一番!

どう思われるか気にしてたらやっていけません!

もちろんリスナーさんにも興味のある配信ない配信両方あるだろうから、全員の需要に届くのは無理かもだけど、

「響ゆいといえばこれ!」というジャンルをそろそろ作らなきゃなぁ

広げていく私というものを分かりやすく記号化するために*(°̀ᗝ°́)و

ということで

クソマロ爆破師以外の称号を…

最近、個人Vの星宮ゆいさんが「とくに嫌だと思うところがなければ3回会えば人は好きになってくれる」という単純接触効果について考えておられて、それは正しいだろうと思う。

圧倒的な目立つウリとなるものがないから、ほとんどの個人Vは伸び悩んでいる。

そこで過激なネタに走ったりして目立ってバズろうとする人もいるだろうし、エロ路線(性的ポルノ)だったり、陰謀論(感情ポルノ)だったり、反社会的な危険行動(感情ポルノ)だったりして人を惹きつけやすい興奮させやすいコンテンツを狙う人もいるだろうが、そういった人が長く続けることは難しいだろう。

むしろ、個人Vはリスナーからは「自分は平凡である」と見られているだろうことを前提とした上で、平凡とみられていたとしてもリスナーを楽しませて、夢中にさせるような売り方を組み立てられる人が、結局は、遠回りにみえて正しい道なのかもしれない。

私が、ぺこらさんがグングンと伸びてゆく過程をみて思ったことは、毎日配信のパワーだろう。毎日配信することが何でパワーになるのかといえば、単純接触効果による愛着心を作ることができるからだ。もちろん、つまらない、あるいは不快になる配信だったら、愛着心は生まれない。だが、不愉快ではない、しかし、刺激的で楽しい面白い配信を見せてくれて、それが数日連続して期待を裏切らず、その上で愛着をもつことを肯定してくれているのならば、わずか1~2週間のうちに熱狂的なファンになるだろう。

一度見ただけでファンになることはないだろう。だが、もう一度見たいと思ったときに、また配信されているかどうか、そういったタイミングが活かせるかどうか、という気がする。

ぺこらさんに、それが出来たのは専業Vだったからだではある。学生や会社勤めのライバーさんに毎日の長時間配信は無理ではあるだろうが、定期配信は可能ではないかとは思う。

私がアイドル部を見始めて2週間ぐらいでファンになったのも、単純接触効果だろうし、いまだから言えば、アイドル部が他のハコや他のベテラン個人Vよりも、どこが優れていたのかといえば、どこも優れてはいない。「最初に私を楽しいと思わせてくれた」という理由である。

(いまは「最初に出会って数ヶ月熱中した思い出のあるライバーさんたち」という、他のVとは別格の位置にある。)

おそらく、どのVも、伸び方というものでいえば、ほんのわずかな違いで、大きな差になっているのだろうと思う。

先に示したように「スモールビジネスマーケティング」では、小規模小売店に来た客が不満を述べるのは3%にすぎず、97%の人は不満も言わずに二度と来ないと分析されていた。

これはVにも言えるだろう。今月、どなたかは忘れてしまったが、配信中に、まじめにアドバイスを聞いても「みんなイイヨってしかいってくれない」という不満を示されていたように、物わかりの良いファンは不満を表明しない。97%の物言わぬ人が去って行った理由を拾い上げることのできる、そういったわずかな違いが、大きな違いになるのだろうと思う。

また、私が、これまで個人Vをみていて思うことは、いま、しっかりと2~4年以上活動をつづけている個人Vさんたちは、おそらく、チャンネル登録者数や同時接続数を気にするよりも、日々、もっと自分らしさ、もっとリスナーに楽しさをアピールすること、自分自身が自分のチャンネルを好きで楽しめること、楽しくやろう、と活動をつづけたことで、たぶん、しっかりとした個性、しっかりとした固有ファンができていったのだろうなぁ、と思っている。

たぶん、数字を気にしている人ほど、伸びないし、つまらないチャンネルになってゆくような気がしてならない。また、そういったことに囚われている、自分の殻を破れない人はブレイクしないのだろうなぁ、という雑感もある。

また、VTuberではないが、今月、テレビタレントである「上沼恵美子」さんが、YouTuberとして成功できるのではないか?という記事が出ていた。

これが、まさに上記の個人のパーソナリティ、専門性を存分に発揮できる人材にあてはまっており、本人がやる気さえあれば、たしかに成功するかもしれない、という感はある。

(本人が、YouTubeという全く今までと異なるメディアに違和感、嫌悪感のようなものがなく、うまくコンスタントに動画を出して行ければ、江頭2:50さんのようにネットでの存在感を高めることができるのだろうと思える。万人に広く受ける凡庸な人よりも、専門性、尖った人が存在感を示すということは間違いないだろう。)

上沼は全世代の男女に好かれるというタイプではないが、ある特定の層には深く刺さるタイプのタレントだ。実はYouTubeにはそういう人の方がふさわしい。広く浅く人気があるような芸能人は、テレビのようなマスメディアには向いているが、YouTubeのような個人が個人に発信する媒体には向いていない。そこそこ知名度のあるテレビタレントがYouTubeで失敗してしまうのはそのためだ。

YouTubeでは広く浅く人気を取る必要はない。自分を好きな人や自分のやることを求めてくれる人に深く刺さればいいのだ。しかも、上沼は冠番組を抱えるクラスのタレントなので、ファンの絶対数はもともと多い。

YouTubeを長く続けていくのが難しいのは、アイデアやモチベーションが枯れていってしまうからだ。ヒット企画を出して一時的に人気を博すYouTuberは存在するが、そのほとんどはすぐに飽きられてしまったり、ネタ切れに苦しんで更新ペースが遅くなってしまったりする。

しかし、上沼は企画に頼ることなく、しゃべりだけで聴衆を魅了する絶対的なスキルを持っている。これは、YouTuberなら誰でものどから手が出るほど欲しい技術なのだ。

テレビ番組ではさまざまな制約があるため、上沼のトークを100%堪能することはできない。だが、YouTubeでは何をしてもいいし、時間の制限もない。自分に興味がある人に向けて、好きなだけ発信をすることができる。圧倒的なしゃべりの技術を持っている上沼は、無尽蔵のコンテンツを所有しているのと同じ状態にあると言える。

上沼恵美子「YouTubeでも人気を集める」3つの理由 シニア向け動画少ない今「無双状態」にある彼女

「企画不要」「しゃべりだけで聴衆を魅了する絶対的なスキル」というのは、VTuberにとっても絶対に優位になれる技術だろう。そこは私も間違いないと思う。むしろ、上沼さんはYouTuberというよりは、ライバー向きの人ではないか、とさえ思う。(毎日配信できるかどうかは分からないが。)

Vが数字を気にすることについて思うこと

数字の伸び悩みを気にして、デビューしたてのころのワクワク感を自分自身が失っている人を見るのは、悩んだり模索したりする姿をみるのも今を生きるライバーをみる面白さの1つかな、とは思いつつも、ちょっともどかしさも思うところはある。

おそらく、数字は、自分の実力を計るための良い目安であることに違いない。

だが、そもそも数字は当てにならない。

数字が高いから実力が備わったのだとは言えない。偶然バズっただけかもしれないし、人気タレントの関連株として自分も買われているだけかもしれないし、数字だけ増やしたいのならば広告を打っても増えるだろう。

SEO対策ばかりして中身のないサイトは嫌われるのと同じことだ。

そもそも、タレント本人にとっても、本当の望みは数字を増やしたいことではないだろう。

しかし、数字、人気というものは配信者、とくにVにとっては魔物なのかもしれないとは思う。

たとえば「自分はとにかく有名になりたい」という人に、今いるファンはすべて失うが、かわりに、その数の10倍の新しいファンをあげます、という取引があったとき、その人が、それに応ずるかどうか。応ずる人もいるだろうし、そうでない人もいるだろう。

現実のタレントの引き抜きとは、そうゆう取引だろうし、いまの大手Vの多くは、そうやって古いファンを捨てる取引をした人たちだという事実もあるだろう。

過去の名前を捨て別人になりすまし、過去のファンとのつながりを絶った罪がほとんどの大手所属Vにはある。

そうさせる事務所の契約は悪質だが、だとしても、それを決めたのは本人なのだから、いまさらファンが去ることに悲しんだりするのは、本当は、そんな資格はないだろうとは思う。

また、大手所属Vは中身を明らかにしておらず、過去も未来にもつながらないキャラクターに囚われている以上、(本人または事務所の都合により)どんな理由があるにしろ、いずれ事務所を辞めるときにはファンも捨てることになる。捨てられた恨みをファンから持たれるだろうことは本人もわかるだろうが、本人にはどうすることもできない。

(かつてVTuberは病気で引退しすぎじゃないか、そんなに不健康な業界なのかと、評される方がいたが、同じようなことをしているはずの配信者やゲーマー、個人Vを見れば、病気で引退というのは、だいたいテイの良い口実であることぐらい、みんな薄々わかっているだろう。)

自分自身も苦しい最終局面においては、ファンが悲しまないような辞め方をしつつ、ファンが喜ぶような復帰ができるような、難しい立ち回りが求められるだろう。

だから、現在の、Vの過去や中身を隠す、すべてのV事務所は原罪を抱えていて、すべての企業Vは時限爆弾を抱えているようなものだ。その売り方そのものが本質的に倫理的に間違えているだろうとは思っている。仮にライバーのような本人らしさを売りたいわけではなく、創作上のキャラクター路線だったとしてもアニメ声優のようにキャストを明らかにすることが正しいはずだ。

しかし、事務所からの指示とはいえ、中身を隠す売り方に乗っかったタレントも同罪ではあろう。もちろん、個人Vや顔を隠している配信者も、チャンネルやアカウントを変えて、過去も隠して他人のフリをしたのならば騙していることにはなるとは思う。(顔出ししている配信者はもとより、個人Vの場合でもアバターを変えても改名しても本人であることが同一であることが明らかにされていれば、そこは問題にはならないだろう。)

(とはいえ現実でも名前を変えることは、社会生活上混乱をきたすため、みだりに変更することは禁じられているとはいえ、必要であれば許されている。たとえば本人に責任がないケースとしては「証人保護プログラム」のようにやむを得ない事情で名前を変え別人になることが必要なケースもある。企業Vが事務所を辞めて名前を失うことと転生後に名前をかえることは、このケースのようなものともいえるかもしれない。)

だから、過去のつながりを絶たないように活動を消したり辞めたりしない人、あるいは、過去とのつながりが、それとなくでも分かる手がかりをきちんと仕込ませている人のほうが私は信用できる。

生き様を見せるのがライバーであれば、悩み、弱みを見せることも、また正しい。

Vの悩みはVにしか分からない、配信者の悩みは配信者しか分からない、という言い方が、しばしばされることがある。たぶん、それは自分から壁を作ってしまっているのだろう、と思う。自分と同じ境遇の人には理解してもらいやすいということはあるが、そうでない人が力になれない、などということはない。それではカウンセラーにも相談できないことになるだろう。

泣きながら引退配信をしたVtuberさんのアーカイブ観た

理由が「相談できる相手が1人もいない」ことで抱え続けた悩みが限界突破したかららしい

Vってネガティブな発言はNGみたいな風潮あるから、自分を壊さないように気をつけてね

VTuberのタイプのうち、動画勢のひとたちは映像作品として作りこんでいるケースがある。

(むろん、動画勢が必ず創作物である、とは言えない。ドキュメンタリーや体験動画のようなものも多く、あるいは単にゲーム配信を録画して見所だけカットしたようなものをあげている人も少なくない。こうした人たちは作り込まれた創作物ではないだろう。)

映像作品であり、その作品のコンセプトが「楽しくなれる」「明るい気軽なもの」というものであるならば、ネガティブ発言がNGなのは作品にマッチしないからだ。

しかし、エンターテイメントはネガティブ発言が禁止されているわけではない。

いわば「楽しいを見せるためのロールプレイ」をしているからネガティブ発言がNGなのであって、鬱々としたフランス映画みたいな人生の悩みを表現するコンテンツや、あるいは日本の私小説のように「リスナーが分かってくれない配信者の憂鬱な月曜日」みたいなコンテンツであれば、本人の悩みや不満を存分に出すことがコンテンツになりえる。むしろ、脳天気な明るさこそが作品に合わないNGだろう。

これは単に売り方の問題にすぎない。

一方で、ほとんどのVライバーの場合、それは個人のパーソナリティがウリとなる。

映像作品という「コンテンツ」ではなく、リスナーとともにある「コミュニティ」である。

だから、Vライバーは、本質的にリスナーとともに成長するコミュニティである。

Vライバーは一人で成長することはない。Vライバーの成長とはコミュニティの成熟をも含むもの、ライバーの配信に寄せるコメントそのものも含んでいるものである。

法律上、契約上はチャンネルのオーナーはV本人または、その所属企業のものかもしれないが、実際に、そのチャンネルはリスナーも参加しなければ成立しない点で、リスナーとの共同制作である。

ここではライバーが悩むこと、苦悩していることそのものも、一緒に悩んで成長する「場」として、それを見せることも正しいだろう。

(もちろん、絶対に見せなければならないわけではなく、どう見せたいかによるだろう。)

これはスポーツ観戦に例えればわかりやすいかもしれない。

勝負事であれば勝敗はある。勝てたとき、素晴らしいプレイをしたときには、見ている側も気分よく楽しい気持ちになるだろう。だが、勝負なのだから負けることもある。

負けるのが見たくないから中継を見ない、などということはないだろう。

自分の見ていて気持ちいいものだけを見たい。勝てる試合だけ楽しみたい、というのであれば、それは弱いものイジメを楽しむような子供じみた傲慢さだろう。エンターテイメントとして、あまりにも底の浅い幼稚な楽しみ方だろう。

成熟した人間であれば、負けて悔しがる姿を見せられることもまた絶対に必要なことであり、それがスポーツというものだろう。むしろ、負けたときの負けっぷりに感銘を受けるときさえある。勝っているときは心に余裕があるから、誰でも人格者のような振る舞いはできるだろう。しかし、負けたとき、苦境にあるとき、思うようにならないときにこそ、その人の人格が試される。

同じことが、おそらく、ライバーにもいえる。

悪く言えば「人生の切り売り」、良くいえば「生きざま」を見せるものがライバーであるから、配信活動する上での良いときも悪いときも、それをリスナーと共有することは、ライバーの配信として正しいだろうと思う。

たぶん、この人は自分の中で「楽しいをロールプレイする」ことを、自分の中の絶対にしてしまったことが、自分自身を追い込んでしまったのだろう、と思う。

長時間が向くライバーと、コンパクトな動画が望まれる動画勢の見せ方の違い。

とはいえ、スポーツ中継を例に出したが、これは現実でも野球中継は見られなくなっており、スポーツニュースでの「好プレイシーンのダイジェスト」だけで楽しんだりする人が多くなっていること、あるいは動画の時間も、どんどん短くなっており、いまではTikTokの3分間のような短い動画が好まれるようになっていることからも、そうゆう「心に余裕のない」効率化の圧力があることも、ある種、現在進行中の問題点なのだろう。

UUUMが昨年末にタレントを半分に取捨選択したのも、UUUMの動画再生時間が、どんどん減っていることにある。視聴時間が経るということは動画収益も減るということだ。しかし、人気が陰っているのではなく、動画の楽しみ方として時短になっている。だが、そのニーズに応えても収益は上がらないことも分かっている。

(なお、UUUMから専属解除された人も悪いことばかりではない。UUUMに支払う費用がなくなるので、収益は原則全額自分のものになる。UUUMのサービスを使った分だけの支払いになるらしい。UUUMとしても専属解除によりUUUMから抜ける人がでても、まあ、しゃあなし、という認識のようであるから、さほど売れていない半数の人は、これまでも収益上のメリットというものは特に無かったのだろう。これは同じ業態であるV事務所も同様な状況だろうとは想像できる。ただし、V事務所の場合、どの大手V事務所もグループ売り、キャラクター売りをしてしまったので、容易には減らせない縛りがあるのだろう。)

いまは短い動画、短い文章が望まれているが、この方向性は、ただ情報として消費されるものであり、そこに高い評価を与えようとは思われていない。見ている本人でさえ心が渇いたまま満たされることもない、心には染み入ることのない、表面的な「気晴らし」「なぐさみもの」としてのコンテンツになっている。

TikTokのような短い時間の動画にすれば見てもらえる人が増えてPVは稼げるかもしれないし、リスナー自身も、沢山の動画のおもしろい部分のダイジェストをみることができて効率的に楽しい体験ができるかもしれないが、総再生時間は増えない。PVが増えても、コンテンツ制作者側にとってのメリットは、どんどん希薄化している。

効率化されたコンパクト動画は、見てもらえる人は増えても、気にかけてくれる人が増えるわけではないからだ。

これが小規模小売店の戦略として間違えていることを「スモールビジネスマーケティング」で指摘されているとおりであろう。薄利多売の売り方は、大規模小売店だからこそ効くのであって、個人Vの売り方では労力に見合わない、ということが覗える。

認知度を高めたいのであれば短くてコンパクトや要約/メッセージ性動画は効果はあるだろうが、おそらく、本当のファン(熱心に見てくれる人)を増やしたいというVライバー、クリエーターとしては、実は労力のわりにファンを増やす効果は無いと思う。ちょっとした認知UPにつながる程度だろうから、既存の動画の切り抜きでも良いのかもしれない。(それをリスナーからワンカットの短い動画にして「○○が○○して、クソ面白かった」みたいな、口コミがあればなお良いかと推察される。また、本人が切り抜きするのがダメなのは、口コミにならないからではないか。)

ライバーの配信も切り抜きだけで見る人が多いが、幸いなことは、切り抜きではリスナーとの楽しそうな掛け合いには自分が参加できていないから、まだ「自分も本配信に行ってみたい、体験してみたい」という強い誘導にはなっている。はじめてライブをリアタイできた人が「はじめて配信にこれた」と書き込みするのも、はじめての体験が嬉しいからだろう。

ライブは個人的な体験であることが、動画勢とは違う、決定的な優位点だ。

ここは大事にしなければならないところだろう。

また、動画勢が、短くて印象の強い30秒CMのような時短要約型/印象・インパクト勝負になるリスナーからの要望圧力があることに対して、ライバー勢は「長時間一緒にすごすスローライフな贅沢な時間の使い方」ができることがウリになるのだろう、と思う。

(もちろん、動画勢が映画のような2時間以上の長時間動画を作ることも、ライバーが3分のインパクトライブをすることも、ありえなくはないが、おそらく全く適していない。)

もし動画勢ではない個人Vのライバーさんが「沢山の人にみてもらいたい。多くの人が望んでいるのは楽してコンパクトな動画だから」と思い込んでいたとしたら、それは自分たちのウリ、方向性を間違えていると言わざるを得ない。無理筋を通そうとすれば、成果も上がらず悶々と悩んでしまうのは無理からぬことだろう。

(ライバーであっても、短い自己紹介動画や、ウリとなる部分を手軽にみてもらえる切り抜き動画は、自分を売り込むための道具になるが、それがメインではないことは言うまでも無い。)

また、これは私の経験でいえば、ライバー勢の強みとしてアイドル部の成功と失敗の例が思い起こされる。アイドル部の配信は基本的に1時間というライバーとしては短めの時間だった。だが、私が見ていた数ヶ月間という短い期間ではあったが、そのときは、アイドル部は(配信時間がかぶらないようにした結果、実質的に)リレー配信で連続して4~6時間ぐらい配信はされていた。ときどき隙間時間があると、そこで見るのを止めることもあったが、だいたい私は毎日、4時間以上はライブ配信を楽しんでいた。ライブ配信は長時間人を引きつけることができれば成功であり、その意味で、個人はともかくアイドル部全体としては成功していた。(それに頼っていたのが現在に至る問題と言える。)

おそらく現在でも、これは通用するだろう。もし2~4人ぐらいのグループであれば、このライブ配信のリレーで、合計4~6時間ぐらいの長時間ライブとしてリスナーを引きつける戦略というのは、まだ通用する可能性がある。ライバーは長時間配信がウリとはいえ、本人が楽しんでいない配信を義務的にリスナーも見たいわけではない。グループが立ち上がったばかりで、長時間配信を楽しくできるスキルがない人たちには、1~2時間で時間を区切って、自分のテンションをあげて楽しい配信をかんばって、疲れきる前に続きをバトンタッチするような配信をすることで、ホロライブのような一人で長時間配信できるベテランのライバーにも対抗できる可能性もあるかもしれない。これをやるなら「リスナーの視聴を途切れさせないこと」が目的となるだろう。

最近では、これを想定している、まさにぴったりの機能、ライブ配信後に次の配信枠に自動ジャンプする機能がYouTubeに実装された。テレビがチャンネルを変えて欲しくないように、YouTubeにとっても、1つの配信が終わっても次の配信枠を途切れさせたくないためだろう。これはTwitchのRaidに似た機能で、配信を最後まで見ていると終わると同時にリスナーは何もしなくても指定された次の配信枠に飛べるという仕様である。これは物述有栖さんが自枠切り替えのときに活用されていた。(他の人が使っているのは見たことがないので、もしかすれば、有栖さんだから使えた、先行試験機能かもしれないが。)

Vライバーをはじめて/見るようになって変わったこと

Vライバーさんの変化

私がこれまで見てきた企業Vも個人Vも、Vライバーをはじめたことで、ネットでの関係性に、かなりの人生のリソースを割くようになっている。

ネットでの人間関係もリアル同様に大切なものになっているのだと思う。

しかし、でかける回数が少なくなって化粧や服などに気を遣わなくなったような人もいるようだが、そうでもない人もいて、どのような比率でリアルとネットの人生比率を割り当てるかは、その人それぞれのようではある。

(以前ノート記事だったかで書かれていた人は、姉が個人Vデビューしたらリアルを疎かにして寝る時間も惜しんで配信活動するようになり、会社には死んだような目をして出勤するようになり、リアルではなくネットでいきるようなってしまった。まるでソーシャルゲームないしMMO廃人のようになってしまった、という話もある。人によっては、そのくらい中毒になるほどの魅力的な世界なのだろう。)

たとえば、

変わったこと&思うこと✌🏻

・雑談のため街へ

・お金はほぼ活動へ

・流行りに敏感になる

・街の広告の構図をメモる

・Twitter滞在時間が増える

・フォントや配色が気になる

・自分の衣食住に関心がなくなる

・クリエイター様みんな天才

・リスナー様は活動の鏡

・相方は必要

Vリスナーの変化

これは、Vリスナーにも言えることだろうと思う。

赤スパで感謝の気持ちを伝えている人たちの、かなりの人たちが「人生に彩りができた」というようなことを言うようになっている。

それまで灰色だった世界が、光りのある柔らかい世界に変わった。

私も、Vライバーさんたちの配信を見ることは、もはや日常である。

3年前に、いったい、余暇時間に何をしていたのか不思議に思うところはある。

VTuberというものが技術的にも、かなり新しいものであるが、そうでない活動している人たちが若い人たちだからこそ、新しいツールを使っていたりする。

配信につかう定番であるDiscordも、OBSも、Vライバーさんの配信で使っているソフトを聞きながら、そうゆうものがあるのかと知った。

私は一応コンピューター業界にはいるのだが、日常的に使っているツールは10年以上代わり映えのしないものだった。だが、Vライバーをみることで、本当に、いろいろなツールを知り、定番ソフトについて認識を更新することができた。

これもVTuberを見ることで得られた、もう1つの副次的効果だろう。

Vライバーさん自身も、他のVを見ることで新しい情報を得ることもあるようだ。

【桜愛かのん🌸個人勢Vtuber🌸Streamer🌸FF14🌸】

星川サラちゃんの恋愛相談配信見てたら、今時の若者は「ゼンリー」っていうアプリで位置情報を共有しているらしい

ネットに生きる最初の世代になるだろうこと

MMO廃人などは1998年~2005年前後にもずいぶんニュースを賑わせていたという記憶があるが、そのときはゲームという現実でない世界に生きるのは間違いだ、現実に生きていないというようなスタンスだったと思う。

しかし、それから時代が下り、MMOの世界で知り合った人同士がリアルで結婚するなどの、ゲームの世界での人間関係がリアルでの人間関係に匹敵するようになってきた。

MMOはゲームの世界ではあるが、ワールドが広く自由に行動することができるので、たとえば何もせず魚釣りだけしているような楽しみ方もありえる空間である。

いわゆる、普通のビデオゲームのようなものではない。

だから、「ビデオゲーム」と考えるのは正しくなくて、いまは、VRChat、Cluster、NeosVRなどの専用プラットフォームが普及しているが、当時は、それしかなかったからMMOをVRSNSの代わりとして使われていた部分があったのだろう。

これからVRSNSが普及することで、ネット上の人間関係もリアルと同じだけの重要性のある人間関係になることは確実だと思う。

しかし、私が思うに、それはMMO時代よりも、もう一歩先に進んだものになる。

ネットの世界で生きるようになってしまった女性VTuberの話や、あるいは、まふまふさんや、すとぷりにリア恋(ガチ恋)している女性、あるいは、それらの女性がリアルでは男性の生々しさを感じると、恋が叶ったにもかかわらず生理的に受け付けなくなる「カエル化現象」が、わりと多くの女性にあり、生身の男性を見たくない層があるということ、などを考えると、むしろ、女性こそネットにハマる可能性があるのではないか、という予感がする。

というよりは、もう、すでにそうなのかもしれない。

VTuberにかぎらず、IRIAMや、17ライブなどで、あらゆる配信サイトで女性が配信しているのは、女性自身が、それをやりたいと強く思う何かがあるのだろう。ライブ配信プラットフォームが人気なのは「おじさんが寂しいから」という分析をされているコンサルもいたが、おじさんが寂しいから、女の子がライバーになろう、などと思ったわけではないだろう。

基本的に女性向けのラノベが多いかと思われるが、私は「悪役令嬢モノ」が好きなので、そうゆうラノベを読んだり、あるいは、これも女性向けだと思うが、やや古い作品(2012年~2017年)「おこぼれ姫と円卓の騎士」とかもお気に入りではあるが、こういった作品はロマンス文庫ではないから性的描写はないのだが、「逆ハーレムの恋愛もの」ではあり、女性も自分をお姫様のように大切にしてくれる騎士が12人いて、その騎士たちを自分も守りたいというような願望が、ふつうにあるのだろうなぁ、ということは感じていた。

また悪役令嬢もののほとんどは「未来が分かるチートもの」であり、しかも「現実から乙女ゲーム/ラノベの世界への転生」であり、現実ではさほど魅力があるわけでも才能があるわけでない普通の女子高生や、オタク気のあるOLが、トラックにはねられるなどして異世界で悪役令嬢という「美しく地位も高いが性格の悪さで悲劇を迎える女性」のポジションに入り、ストーリーをしっているから、破滅を回避しようとするうちに、持ち前(本人)の性格の良さと要領の良さに惹かれた沢山の同性友人や男性たちに囲まれるハッピーな物語というフォーマットを、現代の若い女性が、一定数夢のある話として楽しむようになっているのだと思われる。

このようなものに近い状況を現実でVライバーの女性は作り出すことができるだろう。

悪役令嬢のような美しい見た目と設定をアバターとしてまとった、ある種の異世界転生モノみたいなものであろう。

だとすると、女性は脳で恋愛する生き物であり、生ものの男性に生理的な嫌悪があるとすれば、ネット上で理想的な恋愛感情を満足できてしまう可能性がある。

女性Vが「ガチ恋しろ」という意味は、自分を贔屓にして欲しい、という意味だと思うが、本当の意味で「自分を一番に愛して欲しい」という意味も本当に含んでいる人もいるかもしれない。

私は女の子の楽しそうな笑い声に惹かれてVライバーを視聴するようになったが、Vライバーさんは本当に、心から楽しそうにリスナーに気を許して屈託無く笑っている感がある。

女の子が一番かわいいのは、良い恋をして愛情に満たされている時であり、とくに私が、魅力的だと思う「楽しそうな笑い声」というものは、そうゆうときの笑い声なのだと思う。

現実に、Vライバーさんたちから、そうゆう幸せそうな笑い声を沢山聞けるのは、愛されていることを実感する状況にある女性ライバーが本当に多いのだろう、ということが分かる。

私は、そうゆう演技では出せない生の楽しそうな笑い声を聞けることに魅力を感じているから、WinWinの関係ともいえるだろう。また、そのときの気分、気持ちによって本心からの笑い声も変わってくるから、その点も含めて魅力的だとも思っている。

(キャラクタービジネスであれば脚本に合わせた笑い声、泣き声を演技して欲しいと思うだろうが、それはライバーにとっては自分のウリ・信用・信頼を殺す自殺行為であろう。ここが創作物である動画勢と、生ものであるライバー勢が絶対に相容れない本質的な違いだろうと思う。ライバーがそれするならば、メイキングまで見せる必要がある。)

また、これまで見てきた女性Vのほとんどは、リアルとネットは別の次元の人間関係として分けて考えている人が多いようである。たとえば、みけねこさんもネットでのファンとの愛情も本物だと思うが、リアルでも、きちんと自分のリアルの恋愛に努力されていたことは分かる。

しかし、そうではなく、リアルよりもネットに価値を見るようになった女性Vも、おそらくいるだろう。ネットでのファンとの関係を、そのような、本物の(決して肉体関係にはならないが、しかし現実の)恋愛感情として楽しんでいるとすれば、以前のMMOで出会った結婚は現実での結婚ではあったが、もしかすればメタバース時代のネット上の結婚とは「本当にネット上だけの結婚ではあるが、しかし、女性は本気の結婚のように感じており、ネット上だったとしても配偶者が別の女性に色目を使うことに現実同様な激しい怒り、嫉妬を示す」という人も現れるのかもしれない、もしくは、すでに現れているのかもしれない、という予感はある。

もし、そのような関係が生まれたとしても、ネットの出来事ではあるけれど、それは現実の人間関係でもあり、当人たちが、それで良いのならば問題ないだろうとは思う。

(地下アイドルでも20代から10年以上もファンでいつつけてくれたファンたちと生涯添い遂げようとする人たちもいるから、そうゆう1対nのプラトニック愛の形もあるのだろう。)

しかし、もし、本当にそのような状況が沢山観測されるようになったとすれば、それは星新一のSF短編に出てくるような、「ある日、地球上に大量の、かわいらしい妖精が降ってきた。はじめは警戒し、いろいろ実験したが、ただ可愛いだけで何の害もないことがわかり、愛玩動物として全世帯に配給されるような状況になり、男性も女性も、そのかわいらしい妖精に夢中になって…そして人類は滅亡する。それは異星人から送り込まれた人類をダメにする特効兵器だった」というようなオチみたいなことになりそうな感じはある。


猫田なつなさん

猫田さんの配信を見て、面白いと思ったことは、前日に「明日、ひさしぶりに点呼とろうか?」というような話をしていて、何の話をしているのかなー?と思っていたら、翌日の配信で、同時接続数100~300の個人Vでは一般的であるように、待機していた人、あるいは、配信開始時に挨拶してくれた人の読み上げをしていたが、

ここが面白いところで、「○○さんと、○○さんは欠席です。他の女のところにいったようです」みたいなガチの点呼っぽくなっていて、ちょっと笑えた。

常連さんの名前をおぼていて、常連同士も名前を知っているからこそ、出欠確認がとれるわけであるが、囲いがワッショイしているのとは逆の構図であるところも面白い。

桜神くおんさん

似たような面白さは、最近では、くおんさんの「お買い物デート配信」でもあった。

ネットショッピングをリスナーと楽しむ買い物デート配信で、遅れてきたリスナーを「遅刻しちゃだめでしょ、つぎからは許さないよ」みたいな感じの会話/ツイートをされていた。

この回は、あくまでも「お買い物デート」という企画配信だったから、そうゆうロールプレイをされていたと思うのが、そうゆう恋人ごっこ的なシチュエーションプレイができるのも、常連さんが安定している個人Vならではなのではないかと思う。

(企業Vだと、それほど常連でもない不特定多数との間との、だれでもウェルカムなロールプレイになるので、どうしてもビジネス臭が鼻につくような気がする。)

えあてぃれん」の「彼方ゆうあ」さん

隔週くらいのペースでASMRを配信されている、彼方ゆうあさんのASMRが、わりと最近お気に入りである。

楽しそうに、こそこそ話をずっとしながら、耳かきを2~3時間もコリコリ・ガサゴソしているのは、女の子の楽しそうな声を聞きたい + ノイズ系アンビエントが好き、という私の好みに、かなり両面からマッチしていて、他の配信がないときは、だいたい、ゆうあさんのASMRのアーカイブをリピート再生していることが多い。

(ラトナプティさんの、囁きながらのタッピングも同様な理由が私の好みなのだと思う。)

また、チャンネル名でもある「えあてぃれん」という創作サークルをされていて、RPGもののシチュエーションボイスみたいなものも出されている。こちらは、まあ、とくに好きというわけではないが、クリエーターであることが分かる動画になっている。

また、サークルの男性メンバーも別チャンネルで女性向けASMRをやっていたりする。

チャンネル登録者数そのものは、まだそれほど多くはないが、コメントをみると、シチュエーションASMRとして好評のようである。

彼方ゆうあさんはクリエイターであり、自分自身のアバターをいじったりすることも楽しいようである。

【彼方ゆうあ@新耳かきモデル制作中/*えあてぃれん*】

髪の毛の調整と物理演算って一生終わらないけど楽しいところ……!

もちょーっとふわっと、ふさっとしたいけど終わんないから後回し()

なつめえり先生

名前は以前からしっている有名な方ではあるが、今月、ようやくリアタイしはじめた。

以前からそうなのかは定かではないが、最近は、朝配信をされているところを、ちょくちょく見かけている。

アーティストであるから、やはり自分の経験に基づく信念のようなものをしっかりともっている方であり、そうゆう方の話を聞くのは、やはり面白い。

リスナーの絵を上達させたいから専門学校にゆくべきか、というコメントに対して「絵が上手くなりたいだけなら専門学校にいく必要はない。要するに絵にどれだけ時間を使ったかで上達するか。専門学校にいっても絵を描く時間がなければ上手くはならない」というような、実に明快なアドバイスをされていて、経験に裏付けられた言葉は強いと感じた。

(ちなみに、私の友人も同じことを言っていた。技術的にはありがたみはないらしい。ただ業界のコネみたいなもの、就職先などを探すという点では良いみたいではある。)

また、たまたま最初にリアタイした日に、ソニーがBiliBiliと共同でプロジェクトを進めている「バーチャルシンデレラプロジェクト」の、オーディション組のアバターの一人を担当されていたと公表されていた。

バーチャルシンデレラプロジェクト新メンバーのママを担当させていただきました!

明日21時から発表会配信があるのでぜひぜひ見ていただけたら嬉しいです!よろしくおねがします!🙏

東雲めぐさん

東雲メグさんが20才になったということで、飲酒配信をされていた。

19時からここで配信するよ~~!🌸

【お誕生日】二十歳になりました!

【飲酒配信】 https://youtu.be/LGZfJiBhPZQ

私の記憶によれば、昨年、高校を卒業したことになっていたと思うが、留年したわけもあるまいし、Gugenkaのキャラクターとして高校生を演じていたのだろう。

Gugenkaから卒業して個人Vになるにあたり、そういった設定が個人活動としての縛りになるだろうから、Gugenkaから卒業するまえに「設定上の高校生」からも卒業した、ということなのかもしれない。

また、だとすれば20才という年齢が実年齢であるのかもわからない。すくなくともお酒を飲んでいるから20才以上であることは間違いない。

2日連続でお酒を楽しんでいて、飲み方が、すでに酒慣れしているような気もするが、しかし、そうであるかどうかは定かでもない。ただお酒が気に入ったのかもしれない。

チーズの食べくらべで「すごいチーズの味がする」みたいな語彙力のないチーズの味の評価をされていたところからすると、本当に20才くらいかもしれない。

しかし、めぐさんはアーティスト路線の人ではあるけれど、こうして、お酒を美味しそうに楽しく飲める人だということが意外で、飲酒雑談も面白い人になるのかもしれない、とは、ちょっと思ったりした。

栢森エマさん

バリエーションの豊富な配信

エマさんはメンバー限定の使い分けが、けっこう上手い人だと思う。

先に少し触れたが、長時間配信のゲーム配信もできるライバーとして優秀な人であるが、雑談・歌・お絵かきなども楽しめる人のうえに、ASMRや囁き雑談もはじめているので、配信を受動的に楽しんでいるカジュアルなファンから、理解力のある熱心なファンまでバリエーションある配信ができている。

エマさんのLive2Dは、昨年あたりからLive2Dアバターを使う個人Vさんがよく使われはじめているタイプのもので、アバターの上に小物を乗せたりするとアバターの動きに追従することのできるタイプである。

これを自分で書いたイラストでも使えると聞いて、ファンである「野ねずみアバター(マスコット)」をつくってみる配信をするなど、面白い試みをされている。

え~~~もう凄い色々遊べる可能性を感じてしまってめっちゃ楽しかったです😳🧡これからは野ねずみを肩に乗せたり頬張ったり頭に乗せたりします🦉✨

APEXランクチャレンジ

また、コーチングをつけてのAPEX練習も、配信外でダイアまで到達できたようだ。

配信しながらのFPSというのは、他のVさんが言い訳しているように、集中力や周囲音に気が回らないなどの不利があるのは確かだろうとは思うから、本人がダイアにあがるまでは無茶苦茶大変だったというのは、配信で見せたらつまらないような黙々とした修行配信になっていたのだろう、とは想像できる。

今回はかなり空いた時間でちょこちょこ上げさせて頂きました🙏間に合ったよ初ダイヤだ~~!!!💎

合間合間にランク付き合ってくれたお友達のみなさま、応援してくれたみなさまありがとうございました~!!!!✨✨

いつか完全ソロでも上がりたいなぁ・・・!!その時は配信で見届けてくれ・・!

エマさんがダイア到達報告時に、すこし恨みがましくも悔しさをにじませていたのが、プラチナ帯でのランクチャレンジ配信で、何時間もチャレンジしたのに、ほぼ±0という、伸び止まりにぶちあたったことに、「これが適性ランクですね」というチャットのコメントに対して、「『君はソコまでの人間なんだよ』と言われた気がして悔しかった」と述べていた。

実は、私も、配信のこのコメントをみていて、「まあ、差し引きゼロということは、現在の限界点が、このくらいなんだろうな」という感想はあった。

「適性という言葉の意味」には、「おまえは、ここにいるべきだ」という意味は含まれていないが、嫌味として、そのような意味を含む人もいるかもしれない。しかし、私は、このリスナーの言葉には、そのような嫌味成分はなかったと感じている。

高飛び棒で、どのくらいまで飛べるかチャレンジしていれば、飛べなくなる高さというものが必ずある。それを計っているという意味では、その飛べなくなった地点の数字が、その人の、現在の成績である。

それをエマさんの実力を測ろうとみていた人からすれば、適性という言葉を使ったのだろうとは私は思う。

私はラトナプティさんのAPEXをみていて、しばしば、プティさんが「いまの人、ぜったいゴールド帯じゃない」みたいな敵の動きの良さに感服する台詞をいうが、私にはわからない。それは経験者であり、動きの合理的な立ち回りなどを評価できる知識があるからいえるのであり、そうでない人が、だれかのプレイスキルを判断するとすれば、分かりやすいキル数、ダメージ数、ランクというものにならざるをえない。

メンバーシップの使い分けか上手だと思う

メンバーシップがあっても、あまり上手く使えていないライバーさんも多い。とくに企業勢の方は、有効利用できていない人が多い印象がある。(活用されている人もいるが、少数か。)

とくにホロライブではメンバー限定配信ではゲーム配信ができないとされているため、雑談か同時視聴枠としてしか利用されていない。

とはいえ、ホロライブでも、ざっくばらんな本音トークがメンバーシップ雑談で聞けたりするのは良い。ノエルさんなどは限定ASMR配信などもウリになっていると思う。

物述有栖さんなどは先月には久しぶりのフォールガイズ配信で、まず、メンバー限定配信でテスト配信を兼ねたメンバー参加型配信をして機材や配信の調子をみた上で、そのあと、一般での視聴者参加型配信にシームレスに移動されており、メンバー限定をうまく使われていたと思う。配信に理解のある、配信そのものを楽しみにしているメンバーにテスト配信に付き合ってもらった上で、参加できる確率が高まる参加型のゲームをする、メンバーにとって二重に美味しい特典となったことと思う。

また、(最近は見れてないが)犬山たまきさんのように、通常配信で雑談枠をとったあと、アーカイブをメンバー限定にする、というようなポリシーも面白いと思う。これはコンテンツの代価としてのメンバーシップという考え方だと思う。いろいろなネットの有料記事では、「公開から1~2週間は無料で、その後有料になる」みたいな、何が書かれているか分からなければ加入したいと思われないが、すべて無料にみせたら金にならないから、という感じで期間限定の無料公開をしているところが増えているが、そんな感じだろう。

またエマさんは豊富なプランを用意しており「森(¥290)~お庭プラン(¥490)~お家プラン(¥1190)~隣(¥2990)」まで住人レベルを距離感で分けていて、ファン自身が自分の希望する距離感を選べる、というスタイルになっている。

個人Vさんなどは、わりと、このタイプのメンバーシップを用意している人がいる。メンバーバッジとスタンプが欲しい人であれば「森プラン」で良く、私も、ちょっとだけ応援したい、というライバーさんには、この種の低額メンバーシップがあれば入っている。もっと気に入ったらアップグレードしようかな、くらいの感じだろうか。

つまり、エマさんのメンバーシップは(上位2つは特別なお絵かきライブ、ASMRライブが不定期に予定されているが)、コンテンツの対価としてのメンバー費ではなく、あくまでも、ファンと自分との距離感を示す応援度というコンセプトが明確になっていると思う。

ファンクラブの性質をよく理解されていると思う。

野ねずみさんのロールプレイのはなし

今月、エマさんの雑談の中で面白い話がきけた。

「君たちに好きな物は何かって聞くと、みんな、すぐにラーメンとかハンバーグとか好き勝手にいうんだから。君たちも野ねずみだって自覚しなさいよ」みたいな話をされていたのが、おもしろかった。

Vのロールプレイのあり方というか、以前も日記にいたが、メイド喫茶で「にゃん」という語尾を忘れら先輩に怒られて「わかったにゃん」と答えたら更に怒られたという話のように、あるいは、Vから絵の依頼をうけているデザイナさんが「仕事の話で○○でござる、とかロールプレイするのはやめてくれ」という話もあったように、ロールプレイ(ままごと)というものはプロトコルであり、双方が合意してからこそ成り立つものである。

エマさんが森に住むフクロウをロールプレイするなら、ファンも野ねずみのロールプレイをしてこそ成り立つというのも真であろう。(まあ、野ねずみさんは胃袋の中にはいったりしているので、わりとノリよく遊んでいるとは思う。)

個人的な栢森エマさんの楽しみ方

いろいろなチャレンジをしている才能を見る事も楽しいだろうし、APEXに努力してランクをあげている姿も良い、そうゆう成長する過程をみているのも良いだろうが、一番のところは、同じ時間を過ごしている感覚なのだろう、と思っている。

何か面白いものを期待してみる人ではなく、一緒にいることの楽しさ、幸せを味わうような楽しみ方ができる人である。

エマさんのASMR

最近、エマさんはASMRを習得中で、新しいバイノーラルマイクという機材に向き合っているところである。エマさんのASMRは、ほかのベテランと比べれば、まだ未熟といって良いが、それは当然であろう。エマさん自身は、オイルマッサージ系の音が好きで、自分もそのようなASMRをやりたいと言われているが、この部分については私の最近の好みである耳かき系とは異なる点で、かならずしも需要と供給のバランスは取れていない。

しかし、それでもいいのだと思っている。冒頭でも書いたが「好きなときに好きな配信を聞けばよい」いう心境になっているから、一人の配信者に自分の好み全てを満足させてもらう必要はなく、そうゆうラフな気持ちでエマさんのASMRも楽しめている。

神城クレアさん

ここ最近、リモートワークで在宅中には、午前8時40分ごろからの始業時間前からラジオ感覚で配信を聞く日が多い。現在のところ、リモートワークは週3日にしているので、週3日間ぐらい朝配信を聞いている感じである。

クレアさんの朝配信「神くー朝ラジ放送局」の良いところは、本当に平日朝の毎日のルーティンになっている、というところであり、クレアさんがご飯を食べながらも、占いコーナーや、その日の記念日の話題とか、他愛ない気軽に聞いて楽しめるようなテーマの雑談で2時間ぐらい話している。(終わる頃にラトナプティさんとかが昼配信をはじめたりする。)

朝配信をしている人は他にもいるのだが、ここ最近は、クレアさんが安定して楽しめていて、たぶん、この路線が私には合っているのだろうと思う。

リスナーのコメントなどによると、他の人も会社につくまでの出勤前に聞いているような人もけっこういるようである。

クレアさんは夜には、声の演技を活かしたアテレコつきゲーム配信などをされているが、こちらはリアタイする機会は、まだあまりない。(私が、兎田ぺこらさんなどを見ているため。)

星宮ゆいさん

昨年末12月ぐらいから見始めている人だが、個人的に満足度が高い。

私から見た星宮さんの特徴

星宮さん自身、ホロライブ3期生ファンで「ぺこランダムブレイン」や「ほめのび」を歌ったりする人だが、私も、(引退/隠居ぎみ)野うさぎつながりで星宮さんを知った。

まだ、ちょうど1年ぐらいの活動歴であり、私がASMRまわりから個人Vを探索していたのでは、なかなかみつけられなかった人だろうと思うから、隠居野ウサギのアンテナも、なかなか素晴らしいものがあると思う。

私が兎田ぺこらさんが好きなのは、楽しそうに笑うところ、打てば響くリアクションの良さ、上手すぎず下手すぎないゲームセンスと、それによるゲームへの熱意、集中、共感性などの優れた要素が沢山ある。イキリ要素、いたずら要素、プロレス感も欠かせないし、しかし、常識的な倫理観、対人感は持ち合わせており、信頼できる人柄である点も大きい。

これに対して、星宮さんもまた、声の大きな楽しそうな笑い声、上手すぎず下手すぎないゲームへの「のめりこみ感」や、映画やアニメの同時視聴での共感性の高さと作者の狙い通りのリアクションをしてくれるところ、麻雀のようなギャンブル性のある勝ち負けでのテンションの上がり方など、どれも感情豊かでとても良い。

野ウサギのうち、こうゆう特性が好みの人ならば、星宮さんは刺さるタイプだと思うが、いたずら好き、プロレス好き要素はないので、互換性があるわけではない。(個人的には、ぺこらさんとシオンさんの両方とも好きな人には、星宮さんも刺さるタイプと思う。)

同時視聴で自分が思ったとおりの共感を示してくれる人

共感性が高く一緒に見ていて楽しい星宮さんの人気ある配信でもある「アニメ同時視聴」では、今月はヴァイオレットエバーガーデンの劇場版がNetflixで公開されるに先立って、アニメ版全話、外伝などの復習をしてから映画版を見る、という贅沢な時間の使い方をされていて、一緒に見ていて、とても満足度の高い同時視聴だった。

また、2004~2006年にGAINAX20周年記念で作られた「トップをねらえ2!」のOVA1~6話一気見も大変よかった。この時代は、私がまだ東京で仕事をしていたころで、OVAのDVD円盤が届くのが楽しみに過ごしていた、私にとっては人生の最良の時期だったかもしれない。

少し前に「トップをねらえ」の前作をみていたこともあり、事前知識も十分にあってからの、本当に制作者側が狙ったとおりのリアクションをしてくれる、見ていて嬉しくなるような同時視聴になっていた。「トップをねらえ2」もきっと楽しめるよ、とアドバイスしていた観測隊も「勧めて良かった」とニッコリするようなうれしさもあるだろう。

ゲーム実況ののめり込み方も楽しい

今月には、いろいろなVさんがエルデンリングをプレイされているが、私が見ているVさんの中では、星宮さんほどエルデンリングを120%満喫しているライバーさんはいない。見ていて本人がドチャクソにのめり込んで、感情豊かに喜んだり悔しがったり叫んだり笑ったりする様子がみられて、個人的には大満足な配信を見ることが出来ている。

麻雀のようなギャンブル性のある勝ち負けのリアクションも大変によい。

ファンとの対等感のある関係性

雑談などを聞いていても、自分のポリシーはもっていて、きちんとリスナーに説明でき、また、それが常識的な倫理観、対人感をももっていて、やはり安心できるところがある。私に刺さるライバーさんである。

また、星宮さんは自分を「ホシミヤ」と呼んで、リスナーも「ほしみや」と呼ぶことから、ホシミヤ呼びが定着していると思う。ジョーク以外で「ゆいちゃん」と呼ぶ人はいない。

これが星宮さんとリスナーとの関係性、ざっくばらんな気の置けない=対等っぽい関係性なところがうかがえる。

そうゆう点が好みなところもあるのだろう、という感もある。

個人Vでも、よそよそしい人もいれば、なれなれしい人もいる。これは個人や企業所属とかは関係なく、ファンの数も関係なく、そうゆう姿勢の問題だろうと思う。

また、それは本人が意図したものでもあることは、一周年記念の雑談で話されていたが、登録者数の数字が増えても、いままで来てくれていた人が居なくなるのはイヤなのだという。だから今居る人たちと楽しくやりたい、という気持ちだったという。しかし、最近は、新しく来てくれる人が増えることも嬉しいと感ずるようになってきて、沢山の人と楽しくやりたい、という気持ちが芽生えつつあるとのことである。

わりと、個人Vさんは、自分のテリトリーを持ちたいという気持ちの人が主流のような気がする。それは個人サロンを持ちたいという夢と変わらないのだろうと思う。

私に対する特攻スキルがある

だが、やはり、なんといっても、いつも楽しそうにコロコロ笑っているところが、私に対する特効スキルなんだろう、と思う。

以前日記にも書いた、遠藤舞さんのアイドル時代をふりかった著書の中で、銀座の人気キャバ嬢を観察した結果、人気になる人は「大声で楽しそうに笑う」ということが一番に目立ったようなので、それだけが私への特攻というわけでもないだろうが、声の質感とか、テンションの限界突破の爆上がり方など、もろもろが私に刺さっている感じはある。

星宮さんに限らず、わたしが見ている個人Vさんは、みな私の好みである。

こうしたことを思うと、つくづく企業勢を見るメリットは何だろうか?と考えさせられる。

ネットが一般に普及し始めたばかりの2000年台初頭、日本ではYahooが絶対的な存在感だった。Yahooをトップページにしている人が大半だった時代がある。それは広大なネットの世界で、すでに玉石混交なあらゆるサイトが増えている中で「どこにいけば無難であるのか?」という道しるべになっていたからだ。(大昔のYahooは人力インデックスだったから、人の目で見て良いサイトだけがリストされていたというコンセプトがある。いまは中身googleだが。)

それと同じことが、今の、にじさんじ、ホロライブには言えているのだろうと思う。

いまは、そうでもないが、実際、ライバー適正の高い人が初期の企業Vには多く採用されていた。なんとなくのイメージとして、にじさんじ、ホロライブのオーディションに受かった人は玉石混合のV界隈からは、頭一つ抜けた才能を期待してもよいと思われていることだろう。実際、デビュー時点からベテランな人が少なくない。

だから、デビュー前に、まだ一度も配信してもいないのに登録者数数万~数十万ももらえるのだ。それは期待値の高さであり、本人の実力を示す数字ではない。これはデビュー後でも言えて、「他の箱を知らないから」「とりあえずお勧めされたから」「それしか知らないから」、あるいは「好きなVと同じ箱だから」といった、実力とは関係のない数字だろう。

にじさんじはグループというよりは、その人数からしても才能あるVのポータルサイトみたいなものとして界隈の入り口となっているように思うし、ホロライブも最近は、そんな感じだろう。

だが、いまでもYahooは必要とされているが、有名サイトのお勧め案内としては重要とされなくなっており、おそらく、V界隈も、大手V企業を足掛かりにしてみるというような、そういったポータルサイトとしての箱を重要としない流れにはなるのだろうと思う。

たしかに、現状はまだ、自分に刺さるようなVさんを独力で見つけることは難しい。

私もそうだし、気に入った大手Vさんのリスナーのクチこみから、自分にも合う個人Vをみつけるような間接的な発見方法になっている人が多いのではないか。

しかし、まだ大手所属の箱しか見ていない人がいるならば、とても勿体ないことをしているだろうなぁ、とは思う。大手所属には良い人材が沢山いるが、個人Vにも沢山いる。

見つけられるかどうかは運かもしれないが、自分に刺さる人は必ずいる。

もっとも、私が以前から見ていたような既存事務所Vのファンである人も、ツイッターをみていると、おや?と思うような、私は初めて名前を見るような新人個人Vさんのファンも兼任していたりすることを、しばしば目撃するようになっており、実際に、そのような動きがあるのだとは思っている。

ラトナプティさん

「最近やわらかくなった」というコメントあり

最近、3~4月のラトナプティさんの配信では、プティさんは本当に楽しそうに笑って、楽しそうにはしゃいでいる様子が見て取れる。

プティさんは、最近、一ノ瀬うるはさんと喧嘩したらしいが、そのうるはさんが「ウチと喧嘩しているのに、どうして、そんなに楽しそうに配信できるの?」と苦情を入れてきたというから、うるはさんからみても本気で楽しそうに感じるのだな、というところと、二人は本当に仲良しなんだな、とは思うエピソードであった。

リスナーからも「最近やわらかくなった」というコメントもあったが、柔らかくなったというか、かわいくなった感じはある。

この点では、プティさん自身が自分のリスナーが好きなところは何か、と考えて「対等につきあってくれるところ」だと思い至ったと話されていたような関係性の変化もあるだろうと思う。最近のプティさんは気持ちをオープンにしている感がある。

「がんばれ」という意味について

今月の配信の中で、印象深いのはV最協戦前のAPEX配信の雑談の中で、「かんばれ」という言葉に対する違和感があるという話だろうか。

プティさんは不安障害で治療を受けていたこともあり、プレッシャーに強いタイプというわけではないだろう。やはり大会の前になると緊張、不安感が高ぶってくるようだ。

これは日本人が人を励ますときに「がんばれ」以外の語彙をもっていないのが悪いのだろうと思う。コメントでも「無理しない程度にがんばれって意味です」と補足する人もいたが、これは精神科医の先生も「うつのときに、がんばれ、と声掛けすることは、いいときと、わるいときがある」という曖昧な言い方をするような難しさがある。

なぜ、がんばれ、という言葉がネガティブな気持ちにさせるときがあるのかといえば、それは、その人の気持ちの方向性と合っていないからである。自分が前向きに挑戦しようという意欲を高めているとき「がんばれ」という言葉は、とても強い励みになる。

だが、壁にぶち当たり、今のやり方では不味いということを感じているときや、今は力を抜きたいと感じているときに、「がんばれ」といわれることは、その人の方向性と真逆だから、自分を理解していない、わかってくれていない失望感も相まって、怒りや反発のような気持ちを抱いてしまう。

鬱状態の人は、脳がパンク状態にあり、すでにあらゆることを考えることさえ苦しんでいる中に、いつもどおりの仕事や生活をしようとしてがんばっている状態であるから、「かんばって」という言葉は無理を強いるような言葉であり、宜しくないというのは概ね正しい。

これは逆もいえて、これから頑張ろうしているときに「無理しなくてもいいんだよ」とか言われるのも、どうして期待してくれないのか?信じてくれないのか?という反発を感ずるだろう。

しかし、その人が望んでいる方向と同じ言葉をかければ正解なのか、といえば、必ずしも、そういうわけではない。その人の望んでいる感情が理性的に正しいかは別問題だからだ。

その人は、もう「がんばれない」という状態だと感じているとしても、第三者から見て、いまここで「頑張らなければならない」ということが見えているのならば、おそらく、それが正しい。

これは肉体の限界にチャレンジするようなスポーツの特訓や、あるいは受験勉強のような積み重ねが重要なときに、自分ひとりでは気持ちを維持できず、信頼できる先生や指導役から強く指導されることが望ましいことの理由だろう。(自分を鞭打ってくれる、鞭打たせても良いと信頼できる先生、指導者と出会えることは幸運だと思う。)

だから、精神科医の先生であっても、がんばってと言って良いときと良くないときというものは、本人の状態や状況によりけりであり、一概には言えないという、曖昧な言い方になるのだろうと思う。

プティさんを知った経緯について思うこと

以前も書いたことではあるが、もともとラトナプティさんは、ひまちゃんとの2019年末のリスナー参加型PUBGコラボで知ったような記憶がある。それまで私の視界にはなかったと思う。そのあと、ひまちゃんが立ち上げた、にじさんじARKサーバーの中で、ひまちゃんとトライブを組んで淡々と建築物を作っているあたりを見ていた。

このころと現在の印象は全く異なり、ゆっくりとしたしゃべり方の、物静かで淡々としている人だという印象だった。

そのあと、ASMRのスタイル、ささやき雑談+タッピングスタイルが私好みだと分かって、ASMRから好きになった。プティさんが、Mixの人だったか作曲家の人だったかにいわれたように、プティさんの声そのものはダウナー系の声であり、それが、まったりした「ささやき雑談ASMR」に、とてもマッチしていたのだと今は思える。

また、過去日記も何度も書いているが、プティさんのASMRの雑談を聞いていると、うとうとしながら自分が、プティさんと同年代であるかのような錯覚を覚えることもある。これはプティさんが同世代に対するというよりは、リスナーに対等な関係で語りかけているから、そのような気持ちになったのだろうと、今は思える。

そのあと、APEXなどのFPSのプレイの見せ方が、見ているFPS初心者にとっても状況が分かりやすい配信スタイルなところなどが気に入った。(あと、他の人よりも酔いにくい画面だと思う。たぶん、プティさん自身が酔いやすいタイプのためだと思われる。)

今は、茶目っ気あるAPEXだったり、APEXカスタム後の後夜祭/二次会などで遊ばれているSteam Game「Golf It!」をやりこんでいて楽しそうにプレイしていたり、PEC-MENなどのバカゲーにテンション爆上がりの、私好みの見ていて楽しい配信をされている。

これは、プティさんを最初に知ったころとは大きく印象が異なる点であり、私に刺さる人を見つけたというよりは、見ているうちにプティさんが私好みに大化けしたというか、プティさんが実は私に刺さる人だったことが後から判明したというような感じだろう。

探そうとして見つかった人なのかどうかは定かではない。

本間ひまわりさん

今月も、あまり視聴はしていないが、これは理由がわりと明確で、ひまちゃんの最近の配信はカスタムに向けたAPEXが中心だったからである。

雑談は、いくつか聞いたりしていた。

オムライス料理配信

料理配信では、お皿に盛りつけられた最後に完成したオムライスだけが写真にとられていたが、ひまちゃんは食べることが好きなだけでなく、自分でも料理が作れること、これまでの写真からも上手な手料理であることは分かっているので、実写配信とはいかずとも、作っている過程のときどきで、どんな状況なのか見せてもらえたら、もっとワクワクしただろうと思う。

ひまちゃんはポンなバイト・エピソードの印象強く、もしかすれば育った環境が環境ならば虐待に近い扱いをうけていたかもしれないとは思っていたが、実際には、上手に料理できること、ファッションにはこだわりがあることなどみると、学業がどうであるかはともかく、ちゃんと身の回りのことを自分でできるように、しっかりとしたご家庭で愛情深く育ったのだろうなぁ、ということは想像できる。ひまちゃんが家族大好きであること、おばあちゃん、おじいちゃんが好きなところなども、そうゆう環境だったからなのだろう。

(また、今月から開始されたツイキャスでの雑談では、ひまちゃん自身は生粋の大阪人だとは思われるが、父方か母方かはわからないが、一方のおじいちゃん、おばあちゃんは東京在住で、まったく無縁な土地にきたわけではなかったようである。ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんもご健在な長寿家系のようでもある。あと、コメントのひまぐま女子率高い。)

また、最近は当たり前すぎて、私が気にしなくなっていたと気づかされたことであるが、今回の配信で、少なくないリスナーが、この料理配信で、ひまちゃんがマイクから遠ざかったりすることに臨場感、リアル感を感じて、そこを高く評価していたことだろう。

立体的な音を聞くことで、今までとは違った、ひまちゃんの実在感、より具体的な想像ができる個人的な体験ごとという認識が強まったのだと思う。

私も環境音を拾うバイノーラルマイクでのASMR配信では、少し離れた近所にアイドリング駐車している走り屋車のマフラーから部屋に響く共振音だったり(20Hz前後の重低音が良く聞こえるヘッドフォンだとわかる)、雨の中を走る車のシャーッという特有の走行音とか、部屋の中の時計のカチカチ音とか、壁の電気をパチッと押した音からの床を歩くトントンという足音とかも、大好きなコンテンツである。(こうゆう演劇用に用意されたSEのCDを買ったりしたこともあるくらい悪い感じはない。いまでも映画やアニメの効果音をつくるためにアナログな方法で音を作っている人たちの動画をたまに楽しんだりしている。こうゆう音が作品に五感に触れるような臨場感を与えているのだとつくづく思う。)

だから、VライバーがするASMRは防音室でやることが必ずしも正解ではないだろうな、という気持ちはある。やはりバイノーラルを活かした実在する空気感のようなものが感じられるところが良い。目で見えない分、音で想像することで、普通とは違う心理的な満足があるのかもしれない。

【ホワイトデーお料理】おかえりなさいませ~!【本間ひまわり/にじさんじ】

また、キンピラとか肉じゃがの家庭料理のリクエストは「もう、それは嫁なんよ」と恥ずかしがっているのか、リスナーには、そうゆう距離感ではないと思っているのかは定かではないが、「すき」と言われることも「すき」ということも恥ずかしがっていた、ひまちゃんからすれば、嫁感のある手料理は、ちょっと生々しいのかもしれない。これを「落ち着きすぎている」という言い方をしていたところも、ひまちゃんの家庭観、おちついたのんびり感が思い描く家庭像なのかなー、という想像もできたりする。

配信頻度が下がる予告あり

YouTubeのコミュニティで、メンバー限定と一般向けとで2通、「これから配信頻度が下がるかもしれんよ」という予告をされていた。

ぷてちの配信中も「ひまちゃん音沙汰無いのでなにかあったんですか? 不安でしかたありません」みたいなチャットがあったりしたのだが、一応、ひまちゃんは、ツイキャスの雑談中には今自分が優先しなければならないこと、また、告知としてはYouTubeのコミュニティで配信頻度が落ちることについては語っている。

また、メンバー向け限定にだけちょっとだけ詳しく話すね、みたいな書き方をされていたが、あえて言えば、とくに内容に大差はない。

月ノ美兎さん

最近は全然見ていないが、嫌いになったわけでも飽きたわけでもなく、ただ見たいと思う配信がなかっただけである。義務的に見るものではないわけだし、最近は、べつに、それでいいのかな、という気持ちにはなっている。

しかし、やはり、この人は体験談の講釈が抜群に上手い。委員長の最大のキラーコンテンツであることに疑いはない。

本人も、それは分かっているのだろうと思う。

コロナ体験談

今回は、コロナにかかったあとに、どんな大変なことになるのか、どうゆうことが助かったのか、何が困ったのか、そういう実体験からの話というものは、とても強い。

それをイラスト交えて、おもしろく話せるところは、委員長のYouTuber向き才能だろうと思う。

メリーミルクさんのこと

3Dモデル(自作?)のブラッシュアップお披露目

4/22(金)に、18:00という早い時間帯からメリーミルクさんの3Dお披露目配信があった。

これは昨年12月25日の誕生日配信でお披露目したときの、自作3Dモデルから、更にブラッシュアップされたもので、メリーミルクさんが特にこだわっていたところは、アイデンティティともいえるフリルと、ボタンの沢山ついた19世紀ヨーロッパ調のブーツだったりするようだ。(現在もレトロブーツとして、わりと人気があるようだ。)

私は星物語ライブを見ていないので、メリーさんの配信を視聴するのは本当に久しぶりのことではある。やはり、メリーさんの柔らかい高音ボイスは子守歌のような癒やし成分が含まれているのだろう、みりくるんが参加しはじめたカクレンボ当てクイズあたりから、エンディングロール直前までの記憶がない。まだアーカイブを見返していないので、その間になにがあったのかは分からないのだが、ともかく、リラックスできる良い配信だった。

今回の3Dモデルに思うこと

メリーさんの3Dアバターは全面的に作り直されたように思う。ベースとなる部分は既存のものを使ったのか、あるいは全部自分で作り直したのか、あるいは、部分的に3Dモデラーの手を借りたのかは定かではない。

見た感じローポリ感があるが、足を大きく動かしてもスカートを貫通しない現在主流になっているスカートのコリジョン判定できる新しいアセットが入っているようだ。

メリーさんが手を振り回しても足を振り上げても、貫通せずにきちんと追従できる良いモデルだと思う。

もとのモデラーさんを悪くいう意図は全然無いが、メリーミルクさんの旧3Dアバターの長い髪は、まるでヘアスプレーでガチガチに固めたような動かない髪であった。2019年制作のモデルだとしても、それは手抜きじゃないのか、というのが第一印象ではあった。

(予算の都合があったのかどうかは知らないが、髪をカチカチに固めてくれという要望があったはずもなく、3Dモデラーさんも、よくこれで納める気になったな、というのが正直な感想だった。)

今回はロングの髪もふわふわうごいて、姿勢を前屈みにしても髪が後ろにピンとのびることもなく重力にしたがって下に垂れているし、物理演算が現代化改修されている。

メリーさんが自力で作成されたかどうかは定かではないが、最近のモデルは出来合のアセットを組み込むだけで現代化できるので、自力で頑張ったとしてもおかしくはない。個人VさんやVRSNSなどでVRアバターをいじっている人は、このあたり自分で組み込んでいる人のツイートも時々まわってくる。

デザインそのものも現代化されている感あり

お顔のデザインも、メリーミルクさんの本来の好みのデザインである顔立ちや、表情にかわっている。個人的には、ここが最大の改修ポイントなのではないかと思う。

今月は、ホロライブの兎田ぺこらさん/さくらみこさんの3Dモデルを担当されていた八剣さんが、週末にモデリング配信しながら作成をすすめていたオリジナル3Dモデルを公開されていた。

八剣さんによると、ぺこらさんをモデリングしたときよりも、三つ編みの表現技法が向上しているとのことである。

モデリングの界隈もまた日進月歩ではあるので、2~3年前のモデルなどをみると、当時はかわいく見えた3Dモデルも、さすがに時代を感じるものはある。

今月、あらためて私が、はじめてVに感動したルキロキを見返してみたが、どうして、こんなモデルをカワイイと思ったのか、ちょっと不思議におもった。モデルのかわいさよりも、その愛らしい動きに見とれていた部分はあるのだろう、とは今更改めて思う。

ついでにいえば、2018年当時のVTuberファンにはゲームオタクさんが多かったのかは知らないが、2019年夏に私がアイドルをみはじめた時点で、にじさんじやホロライブと比較してもアイドル部の衣装は一般的な衣装というよりは、二次元オタクに媚びたような空想的奇抜さがあるように感じていた。今でも、あの衣装デザインは、ゲームデザイナが想像する二次元オタクに受けそうな衣装を考えたものであって、本当にVファンにウケていたのかどうかは正直、半信半疑ではある。

(前から指摘しているように、バストアップでの通常配信であれば問題だとは思わないが、全身が映る場合には、他の箱の衣装と比べても一般の目には奇異/キワモノと思われるだろうとは今でも思う。その点では、最近もルルン・ルルリカさんの3D衣装が、イニシエの「OSたん」の「2kたん」のような、レオタードかスク水の上からジャケットコートを羽織っているような、当時「よくよく考えると変態では?」と言われたものを彷彿させられてしまった。なぜ、良く出来ていた普通のLive2D時のデザインを踏襲せず、あえて奇抜なデザインにしたのか理解に苦しむ。ルルンさんが望んだ変更とも思えないから、こうゆうデザインをしてくるあたりは、アップランドは3年前から何も変わっていない人もいることを感じさせられるものがある。)

現実にはできないような、空想特有のデザインというものは、CGだからこそできるウリのように思われるかもしれないが、実際には、最近のアバターというのは現実のファッションに似せた、現実にもある馴染みのあるものこそが受け入れやすいものだと思う。

また、八剣さんは基本的にアニメ調のアバターを作成されている方ではあるが、二次元的な表現技法を使う人ではない。

しかし、一方で、VRChatの民などでは、もっと二次元的な表現技法を好んで使われている人もいて、そのようなモデルも出ている。

かめ山さん作の「みなほしちゃん」などが、とくに目にとまる。(公開は2021/1)

メリーミルクさんの新しい3Dモデルの表情も、たとえば目の表現や、頬を赤らめる表現などがイラストチックな表現となっており、イラストレーターのメリーミルクさんの世界観にあった3Dモデルを作られたのだと思う。

このあたりにメリーミルクさんの独自性が存分に発揮されていると思う。

心寧はな(こころねはな)さんのこと

昨年の夏か秋ぐらいにみつけたような気がする人で、私の印象は「お得だからとおもって、ラムネを沢山買って余らせていた人」という記憶である。マインクラフトの配信だったように思う。

ちょうどLive2Dデビュー1周年の人である。「個人VTuberグループ」という形態のグループにいるが、個人Vが集まったというよりは、同じママのデザインによるグループを個人形態で立ち上げた、という珍しい形態ではある。なので、個人Vの寄り合い所、互助会のようなものではなく、コンセプトのあるグループである。リーダーである、まよさんは、いずれ事務所化したいという構想はあるようではある。

はなさんの配信が、にわかに活況となっている

起業家・事務所化することには、あまり好ましいイメージはないが、グループ運営することそのものは非常に良いと思っている。

そのグループの中で、心寧はなさんしか見ていないのだが、はなさんは特別に数字が高い人ではなく、むしろ、グループの中では数字は、それほどもっていない人ではある。

が、私の好みには近い。私が見始めて、はじめて、この日記に書いたときには同時接続数50~100人くらいで、あいさつすれば、挨拶をかえしてくれる確率が95%ぐらいある、と書いたが、いまは同時接続数150~300ぐらいあって、可能性は更に下がった。

以前も、はなさんのような個人Vは、大手箱所属のVと比較しても遜色ない、楽しい配信ができていることを述べたが、ますます大手Vと変わらない雰囲気にはなってきた。

ただ、惜しむべきことは、それが大手Vと同じような個人的な体験が希薄化するところも、すでに似てきているという感じだろう。

個人Vの同時接続数300~では、有名大手Vの同時接続数~3000と、リスナーの体験としては大差ないものになるのかもしれない。

逆にいうと、大手Vが、すでにライバルとして視野に入っている状況になるのだろう。

リスナーの活気が配信の魅力となるフェーズに来ているのだと感ずる。

また、はなさんの配信のコメントには「楽しい配信だ」という、満足度の高いコメントが書き込まれており、はなさんがコメントを拾ってリスナーとの間で楽しく話題を盛り上げていることが人気になっていることはうかがえる。

ちょっと気がついたこととすれば、はなさんはコメントを読み上げずに、直接反応することが多い感じがある。Vリスナーはチャット欄を見ている人もいれば、見ていない人もいるので、コメントを読み上げないと文脈がつながらないことが多々ある。

コメントをきちんと拾う場合もあるから忘れているとかではなく、流れ的に省略しているのだろうとは思うけれど、個人的にはコメントに対するリアクションが薄い感じは受ける。

ラジオ感覚で聞いていても分かるくらい、もう少し会話を分かりやすくして欲しいような希望はある。

(チャット欄をみていないと、この発言は何に反応したのか?と思うことはある。最近は作業しながら聞いているので、しばしば体験した。大手Vの人の場合、たとえば、ぺこみこ級はチャットが滝のように流れるので、読み上げないとリスナーは何のコメントを拾ったのかは分からない。)

また、大手Vにはない魅力として、個人Vには発言の自由、ファンとの距離間の自由はあるから、個人Vとしてのメリット、企業Vにはない良さを、どのように見せてゆくのか、楽しませてくれるのか、そうゆう視点でも注目したいと思う。

Ksonさんとのコラボ

Ksonさんが、はじめて、はなさんの配信に出現したのは、はなさんたち「いせぶい」の人たちがARKをはじめて、ある程度で経験をつんでアルゲンタビスで旅をしているときだったと思う。ちょうど、そのときの配信をリアタイしていたが、そのつながりで、1周年記念では「Ksonさん」とのコラボを申し込んだようだ。

Ksonさんも凸待ちの一人ぐらいだと思って快く引き受けたとのことだったが、呼ばれているのが自分だけだと思ってびっくりされたとのこと。はなさんの枠での配信の前に、Ksonさんの自枠での朝雑談でも、はなさんのDiscord通話をされており、ここで1周年記念配信だから、はなちゃんが主役だと口を酸っぱくしていわれていた。

が、その前日11:30から0:00過ぎのカウントダウン配信で、だいたいお祝いはされていたので、はなさんの記念日に特別な人をゲストに招きたい、というのも分かる。

しかし、Ksonさんに自分の記念日に単独コラボを申し込める個人Vというのも、なかなかの肝っ玉が座っている人だろう、とは感心するものがあった。また、そのあとに次のコラボも約束をとりつけるなど、ほんわかした、まったりとしたしゃべり方にかかわらず、大物の素質はあるのかもしれない。

Ksonさんのこと

Ksonさんが、Ksonさんの税理士「オタク会計士ch【山田真哉】」さんに招かれてのビジネス論コラボをされていた。

偶然リアタイできた感じではあるが、ネットでも活動したり動画を出したり本も出版されていたりする、わりと昔から有名な税理士さんらしい。

https://www.youtube.com/channel/UCMAEQdzGckZ9FMWJv8tz2zA

(山田真哉さんも、メンバーシップの使い方として、ライブ配信は一般公開で、アーカイブはメンバー限定にする、コンテンツとしての代価としてのメンバーシップという使い方のようである。なので、このアーカイブはメンバーでなければ見られない。)

ここでは、事前に募集したビジネスにかかわるKsonさんへの質問があげられていたが、この中で、自分の配信の方向性について明確に語られていたことが印象深い。

Ksonさんの至ったVTuberが配信するときに心がけるべきこと

Ksonさんは数ヶ月前は、どうゆう配信が望まれているのか、どうゆう配信をすればいいのか悩まれていた。その後、自分がやりたい配信をするのが一番だという結論に至った。

私も、アーティストは自己表現するものであり、自己表現するものがなければ成り立たないものだから、たぶん、配信者も、自分が楽しいことを配信するのが正解だろうという、ぼんやりとした考えがあった。誤解して欲しくないことは「楽しい配信が正しい/望まれている」という意味ではないということだ。

今回のコラボでは、Ksonさんは、より明確にはっきりと言語化されていた。

  • 「自分が楽しいことをファンにも楽しんでもらえる方法を考えている」
  • 「エゴサして、自分のやりたいことと、ファンが楽しんでいるかどうかをすりあわせている。」

表現者である以上、自分が表現したいこと、自分が楽しいと思うことを、人にも伝えたいという動機があり、それをすりあわせるためのエゴサである。

だから、エゴサの目的はファンに目的を合わせるのでなく、どうすればファンが自分の面白いと思うものを受け取ってもらえるのだろうか、という「表現方法の見直し」のためのものだという。

非常に分かりやすく、自分のポリシーを落とし込まれる心境に至ったのだと分かる。

また、アンチや荒しについても、「人が100人いれば一人は頭おかしいのは世界の真理だから、それはどうこうできるものではない」という心境にいたったようだ。

世の中には絶対に自分と意見が合わない人が5%いるとされるし、1%は頭おかしいレベルで馬があわない人はいる。それは種として正しい多様性のありかたの1つだと思うし、今月、ヒカキンさんが「荒しについてのお願い」でいっていたように、「荒しはなくならないという前提のもと、リスナーのみなさんは、それに触れないことが最適解である。」というような話をされていたことに通じるだろう。

現実で他人からの注意を聞くのは、その相手にパワーがある、あるいは尊敬できる、などの自分より上と認めているからであり、それはサルに類似する本能である。その本能が煩悩の根源ともいえる。現実世界でも、そういった関係性を無視したい願望があり陰口も悪口も人間の本質の1つであるように、むしろネットでは、そうゆう関係性を考えなくて気持ちよくなれる誘惑があるのだろう。(自分も含め)だれであっても煽り、荒しはするものだと理解したうえで、以前から言われるように、荒しには各自ブロックなりミュートするなりして視界に入れないことが最適解だというのは、世界の真理とも思う。

兎田ぺこらさんのこと

3~4月も、ぺこらさんの配信は、だいたいリアタイできていたと思う。

意図的にリアタイしなかったのは、バイオレットエヴァーガーデンのメンバー限定の同時視聴の日ぐらいだったような印象がある。

現時点で記憶に残っている配信

【隻狼SEKIRO】

SEKIROは2年前、ARKが流行る直前の2020年正月に、ぺこらさんが正月衣装をきてプレイをされていた。SEKIROの配信でスパチャが投げられていた以上、当時のアーカイブが復活することは望み薄だろうとは思うが、

(ちなみにいえば、ホロライブが著作権や利用許諾条件に違反していると指摘されたとき、カバーは任天堂については2020/6/5に「個人事業主のクリエーターを支援する業態のため、個人向けのガイドラインを参照し、法人として無許可で配信していました(抜粋)」と弁明しているが、だとしても個人であっても明確にスパチャ禁止のガイドラインのあるフロムゲーをスパチャ有りで配信させていた理由にはなっていない。その後、わずか1月後の2020/7/30には「権利者の許諾が得られていない著作物を使用したコンテンツが残っており」と二度同じ問題がおきたとき、アーカイブは非公開となった。2020/6まで許可をとっていなかったのだから、それ以前のものが許可をとっていないアーカイブになるのは当たり前の話である。みお先輩の1ヶ月の休止はとばっちりだろう。カバーという会社が明確な契約条項ですら自分の都合のいいように解釈し恣意的に運用するようなコンプライアンス意識のない企業であったから、その後、長らく人気のゲームであったフロムゲーをプレイできない期間が先月まで続いたのだと私は思っている。)

個人的に強く印象に残っているシーンとしては、白大蛇からジャンプで逃げるときにぱっくり食べられる、素晴らしいリアクションだろう。

また、そのあとに小屋に逃げ隠れたあとに、どうすればいいのかと戸惑っている中で、蛇の目に忍殺の赤いヒットマークが出たときの「ハッ」とした反応からの、大蛇がのたうち回っている姿をみたあとに、このあとどうすれば?と困惑していたリアクションも良かった。

あれから2年がたち、ぺこらさんは白大蛇が出てくることもすっかり忘れて覚えていなかったようだが、そのかわり2年分のゲームスキルが反映された、センスある立ち回りをされていた。ぺこらさん自身、ゲームクリアしたあと、ゲームの仕組みを理解して2年前よりも楽しめるようになった、と語っていた。

2年前は、フロムゲームというゲーム・システムそのものに不慣れで困惑しているぺこらさんの姿が見られたが、今回は、ゲームのお約束、どう立ち回ればよいのか、という仕組みを理解しており、SEKIROというゲームをリスナーからも「俺よりも上手だった」と言わしめるような良い立ち回りでクリアされていた。そうゆう上手いゲームという別の見せ方ができていたと思う。忍具もほとんど使わずに、ほぼ剣一本ですべてやりきった感がある。

2年前を知らない人はどう感じたのかはわからないが、2年前をしっている人からは、おそらく、ぺこらさんの成長ぶり、ゲームセンスが上達した姿を見せる配信になっていたと思う。

【閉店事件】

チラスアートさんのサイコホラー、スリラーなのか、オカルトなのかよくわからない新作ホラーでは、店員に扮してコーヒーを注文に応じて作らなければならないという、ホラーとはまた別のゲーム性もある、ちょっとかわった趣向のゲームになっていた。

最初に注文をうけたあと勝手がわからず、オリジナルドリンクを作ったあとに、なかなかのご機嫌なネーミングセンスでコーヒーに名前をつけようとしていたことが面白かったし、そのあと、レシピ通りに作らなければならないと分かったあとには、要領よくテキパキと作業をされていてリスナーからも「手際が良いな」と感心されていた。ぺこらさんの配信のあとにも他のVライバーさんの配信をみたが、ぺこらさんのようにテキパキと作業されている感じの人は、なかなかみつからなかった。ぺこらさん自身が、以前、こうゆうバイト経験があるのではないか、と感ずるものがあった。

【麻薬卵料理配信】

久しぶりの料理配信も、あらためて思い返すと、ぺこらさんのトーク力が冴えていた配信だったと思う。実質的にする作業というのは、それほど多くはないけれど、その作業を面白いトークでつないで楽しませてくれている。

【にゃんこ大戦争】

リスナーが「なつかしー」と口々に語っていたが、私は見たことのないゲームである。ぺこらさんの、このゲームの配信は、ぺこらさんの良さが存分に引き出されている楽しい配信になっていたと思う。

  • 日本地図ネタ
  • ガチャによるキャラクター引きというギャンブル運
    • レアキャラを引き当てる強運つき
  • ストラテジーもの

東西南北、日本地図が分からない、というのが、ぺこらさんの定番ネタになっており、日本地図で、どこかとどこかの県を勘違いしたとしてもボケているような、他のライバーさんにはマネできない面白さがある。

また、ぺこらさんの見せ場でもあるギャンブル性もあり、その引き運の良さも手伝って、ゲームの展開を予測不能に面白くしている。

また、ストラテジーであることも、ぺこらさんが初見のゲームであり、どのキャラクターが、どのような比率で強化すればいいのか、などのアドバイスをリスナーに求める双方向性が、よいエンターテイメントになっていた。

ゲーム配信におけるギャンブルの相性の良さというものはあると思う。

予測不能性というのは、おもしろさには絶対に不可欠であり、人は「自分の固定されていた思考パターンから逸脱しているものをおかしく感ずる」という習性がある。

反面、笑いの沸点が低い人は、いろいろなことを楽しめる反面、不謹慎な場所でも笑ってしまう危険性がある。

昔、海外テレビのトークショーで招かれたゲスト小柄な男性が真剣な話をしているのに、まるでカートゥン・アニメのキャラクターみたいな甲高いボイスでしゃべる姿をみて、司会者が思わず笑いだして、どうして笑うんだ?と不機嫌そうにゲストがすると、申し訳ないといって続けるようにいうが、またゲストがしゃべりだすと吹き出してしまう、というかわいそうな事件があったと記憶する。

司会者は、本当に笑いたくなかったのだと思うが、小柄な男性、アニメボイス、真剣な悩み事、みたいな、それまでの常識から外れたアンバランスな状況に「異常=おかしさ」を感じて、笑いを抑えることができなかったのだろうと推察される。漫画だと、即落ち2コマみたいなものが面白いと感ずる理由でもあろう。

また、笑われた人が不快に感ずる理由も同様であり、「おまえは異常=おかしい」と言われていることに等しいからである。

(その人の常識、普通の状況になると、おもしろさなどは何もなくなる。)

また、だからテレビのような毎日量産しなければならないエンターテイメントでは、安直な笑いとして、差別や人をバカにするような他人イジリによる「落差」をみせることが、笑いの種にされやすい。こうゆうゲスさ、低俗さという手軽なものに頼りたくなる、そうゆう誘惑がある。それはコメディとしては底辺の笑いであることは言うまでもない。

その点、ランダム要素のあるゲームだったり、先が見えないストーリー/はてなボックスだったりするものは、それ自身の予測不能性が、すでに面白くなる素質があるという、恵まれたネタといえるだろう。

【グランブルーファンタジー】

グラブル配信も大変人気だった。それだけ多くの人の感心を引き寄せることのできる、強いコンテンツだったと思う。

私はグラブルをプレイしたことはないが、友人・知人には、かつてはみられた。

リスナーのコメントをみても、自分がプレイしている人が、ぺこらさんの配信を、お手並み拝見という感じに楽しみに来ている人が多かったように思う。

【イタズラ・マイクラ】

ぺこらさんのマインクラフトは、すっかりイタズラがウリの定番コンテンツになっているようだ。レッドストーン回路も手慣れたものとなり、その技術力の高さからはマインクラフトファンもニッコリしているし、またイタズラを期待している人たちからも、ぺこらさんのアイディアにおもしろがって興が乗っている様子が見て取れる。ぺこらさんが自分が楽しいと思うことをリスナーにも存分に伝えることのできる、よいコンテンツだと思う。

べこらさんは私が見ている2.5年間のうちに、間違いなくベテランクラスのライバーとしての能力を成長させたと思う。リスナーとの関係性、リアクションの良さ、面白いを見せる能力、飽きさせない努力など、どれをとっても一流だと思う。

【ペコニュース】

昨年も投稿された、ぺこらさん自らが編集したエイプリルフールの動画であり、今年は谷郷社長をゲストに迎えた創作事件ものニュースであった。のちの配信でメイキングについて語られていて、谷郷社長のボイスを依頼したら10秒までならokです、という制限だったのは、失言防止のためではないか、というように感じられていたようである。この10秒を編集で引き延ばしてエイプリルフール動画に仕立てたようである。

社長とコラボしたのはココ会長だけだと思うが、社長をネタに動画を作ったのは、ぺこらさんが初めてなのではないか?と思う。(まあ、その社長も、自ら「ぺこらんどネタ」に乗っかって、ホロライブEXPOのホロライブALTブースでは、ぺこらんど産にんじん荷車をひいたりする写真を一般客に撮影させていたくらいではある。)

200万人記念では社長とのコラボも実現しそうで、興味深いチャレンジな企画になるだろうと思う。

ホロライブ3rd Fes & ホロライブEXPOについて

3~4月中における、ホロライブを見ているVファンの大きなニュースとして、ホロライブの4回目の大規模リアルイベント(3rd Fes. & EXPO)があげられるはずだが、私は、このイベントについては何も言えない。結局、見なかったからだ。

これは前々から、本来、(中国以外の)国境がないネットで活動し、海外勢も沢山いるVTuberという存在が、リアルライブすることの意義について疑問だと言い続けていたが、とくに、3rd Fes.については昨年末から、あまり気乗りがしないことも日記に書いていたと思う。

むしろ、このライブ/EXPOの準備で、さまざまな弊害が生じていたことも、ただのファン視点からでさえ見えていたのだから、このイベント/EXPOは事務所の傲慢さの象徴であるように感じていた。だから、そのイベントは見たいと思える理由がはじめから無かった。

もし、ネットライブであれば価格は3000円台ぐらいで、全世界からアクセス可能なイベントにするか、そもそもYouTubeで見れるような無料ライブでも良かった。

結局、VTuberのライブとは、その体験は、現地にいっても巨大スクリーンを介して見るしかないのだから、家で大画面モニターを目前でみるのとかわらない。

観客も無声ライブだったはずだし、観客の一体感というものも大きくはないだろう。

ただ、リアルライブの意義として、前々から2点あると思っている。

  • ライバーさんが自分のファンの実体を見ることが出来ること
  • ファン同士の集い、一体感を楽しめること

個人VTuberの人が「名古屋VTuberまつり」などのイベントで、ファンと1on1で対話できる、おしゃべりカフェなどでは「いつも来てくれている常連さんが文字ではなく生きた存在として分かることに感動した」という人が少なくない。それは同様に大手Vの人にもいえるだろうから、ファンが実体ある人間だとみることの意味はあるのだと思う。

ぺこらさんが最初の「おしゃべりフェス」で、台湾から来た赤スパ常連ニキと出会えたり、自分のコアファンたちを観察し丁寧にメモをとっていたことは素晴らしい体験だったと思う。

しかし、現在の大規模フェスが、ファン同士の集いとして有意義であるかは、今は半々といったところのようだ。

いまでもホロライブの初期の「おしゃべりフェス」に参加した人たちのつながりというものがある一方で、現在のリアルライブでは、横のつながりというものが会場では生まれないようだ。

おしゃべりフェスのような、まだ当時の小規模だったからこそ、うまれた、あの時代にしか生まれ得ない、奇跡的な繋がりだったのかもしれない。

また、リアルライブに参加したことがなかった5期生の「ねねち」などには、そのイベントは大きな意味があるだろう。

だが、すでに2回以上参加している人、あるいはソロライブを開いたことがある人にとっては、2回目以降のリアルライブに、それほど大きな人生上の意味はないはずだ。(海外のリアルライブは大いに意義はあると思う。)

だから、いま、リアルフェスを開くことには、本当は、あまり意義はないのだろうと思う。

それでもライブを開きたいのは、漫画やラノベをアニメ化したい人たちと似た、集金イベントとしてだろう。

ホロライブ3rd Fes & ホロライブEXPOを見なかった理由

3rd Fes.については、今回は2daysであるが、ぺこらさんが2日目だったので、2日目だけ見ようかな、という気持ちはあった。だが、一日目のツイッターの画像をみて、見なくて良いな、という気持ちになった。2日目には、野うさぎたちのツイートで、ぺこらさんの勇姿を見ることはできた。そのあとでアーカイブ期間中に見たい気持ちになったら、見れば良いかな、と思いつつ、結局、そうゆう気持ちにならなかった。

もともとリアルライブに意義を感じない上に、ツイートで見た、ぺこらさんの勇姿以上のものがアーカイブで見れるという可能性を感じなかったからだ。

自分でも、この気持ちを正確に理解しているとはいえないが、3rd Fesというよりは、EXPOの部分に失望したからだと思う。

1dayのツイート画像をみて思うことがあった。

年末からカバーのスタッフが忙しく、ライバーのサポートすらまともにできないほどの多忙を極めていた理由が、このEXPO部分の出し物にあるのだと分かった。

まず、「ホロライブメンバーの衣装のリアル展示」は、呆れるほどの無意味なものだ。

こうゆうものは、現実のリアルタレントが「○○年夏に行われた伝説の○○フェスで着ていた、あの有名な衣装」みたいなものだからこそ、展示する意味があるはずだ。

空想上の衣装だったものをリアライズすれば、デザイナーとしては感激するかもしれない。

だが、実際にホロライブメンバーが、これを着てライブに出ることはない。

もし、ブシロードのバンドリのようなリアルとゲームの融合というコンセプトであれば、ゲーム中のキャラを演じる声優さんが、リアルライブでコスプレして実際に演奏するようなショーを見せることもあるだろう。

だが、ホロライブはVTuberであり、中身の人が現実に出てくることはない。

つまり、この衣装は何の利用目的もない意味のないものであることは明らかだろう。

同様に、サメちゃんの等身大フィギュアも、ただの販促マスコット以上の意味はない。

現実のサメちゃんが、この格好をしていることはない。あくまでも想像上のキャラクターをリアライズしたものであって、現実のライブ配信している、人気ものライバーのさめちゃんとは関係ない。

では、どうして、本人たちのキャラクターを全面に出したグッズを作成したのかといえば、このEXPOは、要するに、ホロライブALTのプロモーションであるからだ。

これが分かりやすいのが、谷郷社長が巨大にんじん荷車を引いている写真だろう。

ホロライブALTの世界観であって、これは、ぺこらさんとはキャラクター名とデザインが同一である以外に何の関係性もない、ALT、つまり別世界の話のシチュエーションである。

キャラクタービジネスで売ろうという、ホロライブの次の戦略のプロモーションである。

それが悪いとは言わないし、さきに述べたように、そうしなければならない理由がある。

1度作ったコンテンツが倍々の利益を生む可能性のあるキャラクタービジネスに移行しなければ、Vというタレントビジネスでは低効率すぎて、年間数億円の投資を受けるだけの価値がある事業だと投資家を説得できない。谷郷社長の悩みは、ベンチャーキャピタルの集まりに行っても、自分の事業が投資家にとっておいしいと思ってもらえないことだった。

しかし、そのために現在人気となっているタレントビジネスを蔑ろにすることを、みすみす私が賛同できるはずがない。だが、それをカバーは昨年末からやってしまったことを容易に想像できてしまった。

また、実際にEXPOでは、運営は、また、あり得ない醜態をさらした。2daysが終わった後にツイートが回ってきた話ではあるが、私のカバーの現状に対するネガティブな認識を一層強めるものだった。

ホロライブの看板、潤羽るしあ消すつもりが間違えて姫森消してて草

どんなミスやねんwwwwwwww

運営の中身キャラ知らんねやろうなʕ˙˟˙ʔ

ほんとうに、るしあさんを消すつもりで、ルーナさんを消していたのか、だとすれば運営は業者への依頼もまともにできていないし、確認もできない、無責任な状態だったのだろう。

これを「るしあさんが突然辞めることになったのが悪い」などという、見苦しい言い訳はしないことだ。どんなアクシデントがあったとしても、そんなミスは言い訳できるものではない。

ホロライブプロダクション/イベント総合【公式】

【お詫び】

本日開催の「hololive SUPER EXPO 2022」にて、現地に掲載しておりました屋外広告のデザインの一つに、一部タレントが掲載されていない不具合がございました。

こちら掲載自体は終了しておりますが、関係者様やファンの皆様にご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんでした。

本来、3rd Fesはホロメンが、自分のファンたちに華々しい晴れ舞台を見てもらう場であると同時に、その成長した姿をみせることで恩返しするようなファン感謝祭のようなものであるべきだったと私は思っている。

だが、このリアルイベントの目玉は、EXPOの部分、ホロライブALTの世界観の売り込みというプロモーションだった。しかも、それは自分たちの仕事も、まともにこなせないような虚勢を張った、張りぼてのプロモーションである。

そんなもののために、何人ものライバーのサポートや依頼された仕事が手薄になったりしていたのかと思うと、とてもやりきれない。

それが私のライブを見る気が失せた、失望だったのだろうと思う。

キャラクタービジネスの何が問題だと感じているのか?

ライバーにキャラクタービジネスのロールプレイをさせることが最悪の相性であることは、過去の日記に何度も書いた。だから、V事務所がキャラクタービジネスをすることそのものを私は正しい方向だとは思わない。

しかし、その無謀とも思う試みに、わかっていてもチャレンジしたい人たちもいるだろうとは思う。そうゆう人たちの納得の上でのチャレンジを否定する気も無い。

私のEXPOに対する不快感は、そこではない。

3~4月は私が忙しく、仕事が終わったあとの深夜に、自分のプライベートの作業するときもあったが、そうゆうときに、たまたま、ひさしぶりに深夜2時過ぎに「角巻わためさん」の配信をみる機会があった。

わためさんの深夜配信を聞くのは久しぶりだが、そのまったりとした雰囲気で、まったりと自分のファンと過ごしている時間の流れは2年前から変わっていない、懐かしい場所にもどってきたような安心感があった。

いまは、ホロライブメンバーの、ほとんどが深夜配信をしていない。(たまに、まつりさんがツイキャスで変な時間に配信していたり、シオンさんが明け方に配信していたりするが。)

深夜配信をしていないだけでなく、以前は何人かみられた朝~昼配信もしていない。

その理由は明らかで、いま、ホロライブメンバーは日中には仕事やレッスンが入っているからだ。(レッスンには自主練もあるだろうけれど。)

だから、規則正しい生活をしなければならず、カバーの仕事を終えたあとに個人配信をしている。

それは、ぺこらさんの配信を聞いていてもわかることだろう。

平日仕事をこなした後に、夜に配信をこなすことの、いわば掛け持ちの仕事をすることが、どれだけ大変なことかはアルバイトを掛け持ちしたことのある人ならわかるだろう。

テンションたかくしゃべりつづける配信は決して楽なものではなく、そのような生活は、長くつづけられるようなものではない。

では、両立できなくなったときに、どちらを減らすかといえば、事務所、マネージャは、案件を優先して欲しい、もしくは、配信を休んで欲しい、というだろう。配信は本人の売り出し方の問題だが、案件は自社のブランド戦略に必要なものだからだ。

しかし、配信者としての自分の価値を維持し続けるためには、ライバーは配信しなければ容易に失速する。もし、配信より仕事を優先するのならば、ただちに勢いはくじかれるだろう。

実際、配信しない期間、登録者はほとんど増えない。ホロライブは2020年末にピークアウトした。2021年には、すでに失速期に入っており、2021秋以降、6期生以外のすべてのタレントは停滞している。(6期生もデビュー後の伸びは同様にかなり低い。)

その理由が、配信頻度が非常に重要なためであるのか、それとも、本人とファンとの関係性の微妙な変化が、人気に大きな影響を与えるのか、どちらなのかは私にはわからない。

ぺこらさんが奮闘しているように見えるのは、配信頻度を落とさないように頑張っているからということは間違いないと思う。

ぺこらさんは日経クロストレンドのバーチャル・エンターテイメントの第一回のインタビュー(2022/4/5)記事「兎田ぺこら スパチャ世界4位の大人気 実況時の自然な反応が魅力」の中で、「ぺこらは、毎日配信すること=リスナーさんが見やすい環境だと考えています。『毎晩必ずぺこらがいる』と思ってもらえていたら、時間がある時にいつでも見てもらえるぺこじゃないですか。ぺこらがリスナーとして配信を見ていても毎日配信している人の方が見やすいと思うから、毎日配信するのは大変なこともあるけど、なるべく毎日やった方がいいかなって。」と語っている。まさに、そのとおりだと私も思う。専業Vであることのメリットを活かしている。大多数が兼業Vである、個人Vに対する優位点になるだろう。

また、一方でファン心理の部分も少なくないだろうと思う。

21年秋から低下しているのは、事務所の仕事で配信者の本業がおろそかになっている時期に等しい。配信頻度が下がっていることと同時に、自分よりも会社の仕事が優先だ、という雰囲気を感じたときに、いわば、女性が男性に不満を感ずる理由と同じことが起きているのではないか、という予感はある。(ただ、それをクチにする人は少ないだろうと思う。そんな恥ずかしい不満は誰も言わずに去って行くものだろう。)

また、たとえば、最近でも、蓋然性がない案件、コラボがツイートで散見される。

こうゆう、ただの客寄せパンダにされていることを私は嬉しくは思わない。

【パシフィック×ホロライブ】

タイアップメンバー発表‼️

5人目は…

宝鐘マリン(@houshoumarine)さん🎉

宝鐘海賊団船長のマリンさん、一味を増やす為レースクイーンデビュー❗️

6人目は明日12時30分に公開!乞うご期待😍

#pacificracingteam #ホロライブ #ホロパシレーシング #宝鐘マリン

マリン船長が、大好きな東方プロジェクト関連の案件をとったりする、あるいは、ぺこらさんが、ほろよい雑談配信で飲んだ梅酒のメーカーとコラボする、あるいは配信で好きだと公言した、ばくだん焼きのお店とコラボする、というのは必然性、蓋然性がある。

ラミィさんが大好きな日本酒のメーカーとコラボすることも非常に関連性が高い。

これらは本人と十分に関係性があるコラボだと思う。

だが、レーシングチームとは何の必然性もないだろう。

こうゆう本人とは関係なく、ファンも「?」と思うような案件やタイアップすることに意味があるとは思えない。あるとすれば、企業としてのPR効果があることか、案件ならばお金がもらえることぐらいではないか。

ファンは自分の推しが有名になることを嬉しく思う。それは自分とは関係のない、自分には見に行くことの出来ないような舞台であっても、きっと喜んでくれる。

だが、その活動によって、自分たちが楽しめる時間が減るのならば、つまり、配信時間が削られてしまうのであれば、無条件に嬉しいとは思えないだろう。

自分から離れてゆく人、自分が楽しめなくなった人を応援できる人がいるとは、私には思えない。(少なくとも私は思わない。)

いまは、いろいろなホロメンが配信時間を落とさずに頑張っているが、それは無理をしているからだろう。

そうゆう負担、圧力というものをすでにホロライブメンバーは受けている。

私にはEXPO開催に至るまでのトラブルが、すでに、そうゆう実害を与えた証明のように思えている。この路線が間違いであるという警告でもあるのだろう。

たから、このイベントに対して良いイメージは全くない。

私は、以前3rd Fes.がホロライブの終わりの始まりになるかもしれないと述べたが、今、そう思う人がどれだけいるかは分からないが、少なくとも私の中では、あのとき予想した形とは違ったが、終わりは始まった。

以前は懸念だったが、今は失望している。

ねねちのこと

とくに深く書くこともないが、すこし思うところがあった。

この3rd Fes.は、ねねちにとっては初の大舞台で、ことのほか喜ばれていた理由には、もともと、自分はダンスとか体を動かすのが得意で、3Dライブで、ようやく自分の本当の才能をみんなに見てもらえると思った、と語る切り抜きを見た。

それで、ようやく、ねねちの配信スタイルがライバーではない理由が腑に落ちた。

もともとライバー路線ではない人だとは感じていたし、3Dアバターを使った全身の動きを見せるべき人だったのだと分かる。配信者ではなくてアクターだったのだ。

だとすれば、自分の才能を売り出すチャンスを、年1回あるかどうかの全体ライブにかけるのは、あまりにも機会が少なすぎる。

同期である、もと動画勢「ポルカさん」の、ポル伝にアシスタント的に入り込んだり、ポルカさん同様に自分の番組を持ってみたり、など試みるべきだろう。

ねねちはライバー路線ではなく、自分の才能が、そこにはないことを理解しているのであれば、自分の才能を生かす方法を考えるべきだろうと思う。

私は、そのような動画コンテンツを好んで見たいとは思わないが、ポル伝の人気同等には、ねねちも人気の番組を持てるだろうと思う。

しかし、もっといえば、3Dの動きの良さをみせたければ、どうして通常配信が自宅からの2Dのバストアップが主流のホロライブに入りたいと思ったのかは、そもそも選択ミスだろうとは思う。だから何度もオーディションを落とされて、君には向いてないといわれていたのではないかと予想できるし、その後、ライバー勢でなくキャラクター路線に切り替える方針転換の中で、もしかすれば、将来、その才能を使える時がくると思ってメンバーに入れたのかもしれない。(まあ、これは単なる想像ではあるが。)

本当はAvex系の「まりなす」とか、そっち路線が適していたのかもしれない。

さくらみこさん(みこ先輩)

最近、配信を見ていない理由

ここ数ヶ月、みこちの配信を見ていない。見れていないのではなく、見たくなくなった。

これの理由が、本当に自分でもよく分からないのだが、年始あたりから、みこ先輩の配信をみても、おもしろいと感ずることがなくなった。まるで動画を見ているような気分になってしまうため、見なくなってしまった。

みこ先輩は、そのときどきの時代で雰囲気もしゃべり方もだいぶ変わってきた人であるが、たぶん、ここ数ヶ月の雰囲気は、私が好まないタイプになっているように感ずる。

私が、なぜ、そのように感ずるのかは、よく分からない。

だが、みこ先輩はライバーではなく動画勢のころのようなコンテンツ路線に戻ろうとしているのではないか、と感ずることもあった。

ライバーとして自分のリスナーに心を開いているような感じがしなくなった。

いままで、みこ先輩は、動画勢のスキルをもったライバー適性の高いライバーだったが、いまは、ライバーとしての立ち位置から動画勢の立ち位置に戻ろうとしているように感ずる。

しかし、もしかすれば、みこ先輩が変わったのではなく、私が何らかの理由で、みこ先輩を変わったように感ずる私の変化があったのかもしれない。

正直、どちらなのか確証がない。だから、なんともいえない気持ちがある。

いえることは、2~4月の、みこ先輩をみても、私は、あまり楽しいとは思えなかった、ということである。

だが、今現在もそうであるのかは定かではないし、来月あたりに見始めれば、また印象も変わってゆくかもしれない。

Vのロールプレイを否定しにくい理由

ロールプレイ、虚構の人格というものは、年齢によっては否定してはならない、むしろ必要なものだと思う。しばしば、幼児期には「おままごと」や「空想の人物あそび」によって、心が育てられる。これを否定すべきではない。

以前、Vのロールプレイをサンタクロースに例えて、「中高生ぐらいになったら、サンタクロースの正体は知っておいてしかるべきだ」と述べたが、小学生に教えるのは残酷だし、正しいことではない。精神の発達状態は個人差が大きいので、中学生でも、まだ慎重であるべき子もいるかもしれない。

また、大人になっても、わかっている上での、ままごとを楽しむのは、風俗でもイメクラのようなものがあるように、ニーズのあるものではあるだろう。

ちっちゃい35Pも夜ふかししてよう踊っとる

 #さくらみこ生誕祭

Vは難しい立ち位置だと思う。

この子のような、ちっちゃな子の夢を壊さないようにしなければならないし、しかし、中高生ぐらいのファンには、中身があることも示されなければならない。

創作物である、アニメであれば作り物を演じきることも正しいだろう。だが、本当に、そこに人がいるように接してくれている子に対して、最後までウソを突き通すのも罪だろうと私は思う。

棒読みみこちと、ディープフェイクと、なり代わり問題

ほんの最近のことだが、みこ先輩の、とある配信を学習した読み上げソフト「棒読みみこち」がツイッター上に登場した。

これは公式ではなく、第三者が、みこ先輩の音声データを学習してボイスロイドのように発音させることができるようにしたものだ。

棒読みとうたっているが、みこ先輩らしい抑揚のあるしゃべり方をするため、みこ先輩本人も、怖いと感ずるものだったようだ。

この切り抜きの中で、みこ先輩は「なりすまし」を懸念されていた。

このツイート主は、みこ先輩以外の発言に利用することを禁止しているため、みこ先輩のツイートを読み上げるようなコンテンツとなるようである。

しかし、当然、みこ先輩が発言していないことも自由に発言させられて、既存の動画の音声部分を差し替えるなどすれば、ディープフェイク動画ができるだろう。

これはVだからではなく、現実のタレントでも起きえることだ。YouTubeで活動しているホロライバーは配信時間が長く学習するためのデータがネット上から簡単にひろってこれるから、AIの学習には最適であろうが、もちろん、リアルのタレントでもできる。

海外でも画像や動画では、AIによって学習され、それに基づいて推定画像を創作するディープフェイクは問題となっている。

だが、みこ先輩が懸念していた「第三者に悪用されるかもしれない」という危険性は、むしろ、第三者ではなく、身内にいるだろう。

「こみだにぇ」は、みこ先輩と同じツイッターアカウントで発信している。

みこ先輩は、一応、「みこだにぇ」と自分は別の存在であることを示すような発言や、今年のエイプリルフール動画も、みこだにぇに監禁されるような動画を作っていたが、この読み上げアカウントで、はたして「みこだにぇ」のツイートを、みこ先輩の声で読み上げるのかどうかは、みこ先輩にとって、きわめて重要な問題になるだろう。

むしろ、カバー自身が、この音声読み上げソフトをほしがるかもしれない。公式に、このソフトが買い取られる可能性も無くはない。

そうすれば、「みこだにぇ」は、みこ先輩の声を使ったプロモーションができるようになる。

(もちろん、それが可能になるためには、声の利用を、みこ先輩の中の人と利用許諾契約を結ばなければならない。声優さんはアニメならアニメだけに利用することを許可しているだけであり、その音声データを使ってグッズをつくりたい場合は改めて本人と契約を結ばなければならない。アニメ作品に出演したからといって、プロダクションが音声データを自分の所有物のように扱うことはできないし、実演家人格権は譲渡不可能であり売買もできないので、声優本人が望まない使い方はできない。今回の「棒読みみこち」は完全にアウトであるが、著作権は親告罪であるため、本人が許可しているかぎりは許されるものである。みこ先輩本人が民事賠償を求めてもよいし刑事告訴しても勝てるだろうとは思える。)

もっとも、もし、「みこだにぇ」に、みこ先輩本人が声をあてる、または「棒読みみこち」を使うようなことになったら、それは、ホロライブALTの世界という創作物、裏面の世界観を、配信・現実という表面の世界に持ち込むことであり、それは「アイドル部」や「ゲーム部」と同じ、「創作物の設定にライバーが従ってください」という指導が出る、キャラクターコンテンツへの転換を意味するだろう。

そんなものは私が見たいライバーとしてのホロライブではないし、ライバーが好きになった大多数の現在のファンが納得できるものとは思わない。

これまでの事例を考えも、もし、そうなった場合には、ライバー本人も自分らしさを表現できなくなることにいら立ちを感ずるのではないか、と想像している。

みけねこさんについて

とくに、るしあさん本人についての話題はないのだが、ちょっと面白いファン心理を知った。

私は、るしあさんを知ってから、みけねこさんを知ったが、野うさぎの中には、もともと、ツイキャス時代の「みけねこ」さんを知っていて、そのあとに、ホライブで「るしあ」さんになったことを知った人も、普通にいることが分かった。

元ファンデッドでもある人に「元ファンデッドとして、みけねこさんも推せますか?」と聞いたら、「Vファンのマナーとして前世話はしないとわきまえていたけれど、実は昔、ツイキャスで、かわいい声の女を漁っているときに知っていて、前からファンでもあった」といわれて「るしあとして演じていたころよりも、いまのほうが本人らしくていいと思うよ」というような意見があった。

  • 以前から、みけねこさんを知っている人は、ガワや名前が変わっても気にしない。
  • ロールプレイや企業勢であることの縛りがなくなって、自由奔放に気持ちを表現できる、いまの状態を気に入っている人もいる。
  • 私個人でいえば、自分の本心を隠したり偽ったりする人よりは、自由奔放に表現できる人が望ましく、しかし、一番望ましいのは、自分の感情を抑えるのでもなく爆発させるのでもなく、適切にコントロールできる人が、一番見たいものがあると思っている。
    • なので、みけねこさんが感情的に動揺している姿を見たいとは思わない。
    • しかし、仏教説話にもあるように、何もない状況で平静を保っていられる人は当たり前であって、その人が望まないような困難な状況にあっても平静でいられることは難しい。それができる人は相当な修行を積んだ人だろう。「ならぬ堪忍するが堪忍(堪忍できないような状況を堪忍することが本当の堪忍である)」という日本の言葉もある。それが出来れば素晴らしいが、できないことを責め立てるものではない。

ちなみに、海外ニキからのサプライズ・プレゼントとして、かわいらしい、海外勢のアバターにあるような猫目っぽい、よく動くLive2Dのアバターが贈られて(1週間そこらで調整してもらってからの)お披露目配信された。

優れたファンに恵まれていることは確かだと思う。

Vと絵師とロールプレイとアクターと人格の関係性

Vは絵だけに価値があるわけではないこと。

「るしあ」というキャラクターが批判されていることに対して思うツイートがあった。

これだけは言わなきゃならん

「潤羽るしあ」にまで飛び火するのは違う、例え中の人がやらかしてたとしてもだ

というか、もう分離して考えてほしい。素晴らしいキャラクターを生み出した絵師、VTuberとしてプロモーションしてたホロライブが報われない

この方は、べつに「るしあ」さんを特別に貶す意図をもった発言ではなく、立ち位置として、たとえていえば、どっとライブのアイドル部をキャラクターコンテンツとして見ている人たちに近い立ち位置であろう。

この発言のあとに、「否、Vは生ものである」といったような意見もたくさん寄せられたようで、

キャラクターと演者の分離に色々な意見があって、興味深い

人によって捉え方がかなりブレやすいんだなぁ、と

ブレるという言い方はどうかとは思うが、Vの問題として、同じものを見ているのに、とらえ方が違う人がたくさんいる。受け取り方のブレやすさというのは、まちがいなく大きいジャンルである。これは、V提供側(運営なり本人なり)が想定していないものや、与えるつもりのないものまでリスナーが受け取っていたりする、ということでもある。

逆の立場からの類似意見としては「VTuberにスパチャを投げるのは馬鹿げている。その絵にお金を投げられるかどうか考えてみろ」というような意見もあったが、むしろ絵だけでは投げ銭する価値がないことを自ら証明している感はある。

Vの中に魂が入り、魂の活動に対して応援する気持ちで、お金は投げられる。

絵だけで魂が入らなければVは成立しない。だから、どの絵師さんも、どのV企業・V運営も、魂となる演者を募集しているわけである。

もし、たくさんスパチャを投げてもらえたVがいて、それが絵単体では同額のスパチャが投げられたとは思えないのであれば、その差額分が、中の人(魂)の実績である。

決して軽視して良いものではなく、むしろ、ほぼすべてといって良いだろう。

その絵に、別の人が入って演じた場合にも、同じ額が稼げたかどうか?という思考実験をしてみれば、どれだけ中の人の才能が重要であるかわかる。

だからこそ、どのV企業も、オーディションを開き才能のある演者を自社のVの魂として採用したいと考えているはずだ。

それが個性を出してはならない、遊園地の着ぐるみキャストさんとは根本的に異なる。

(ただし、演劇系Vとして、与えられた台本、脚本どおりに演ずることが求められている声優さんだとすれば、遊園地の着ぐるみ同様、着ぐるみにこそ価値がある、と言っても良いかもしれないし、その場合は中身も交代可能であるべきだろう。着ぐるみは、だれが演じても、同じ価値/同じ表現にならなければおかしい。)

絵にも価値があることは間違いないこと

もちろん、Vには絵であること、3Dモデルであること、の価値はある。

その人がVではなく生主として活動した場合に、同じだけ稼げたかどうか?という点が、Vというアバターを使うことによってうけた恩恵、つまり、アバターの実績である。

ほとんどのVは、アバターなしで大きなスパチャをもらえていたとは思えないから、そうゆう点で考えれば、アバターこそVの価値である、と考えることもできる。

しかし、特定のデザインだから人気になった、ということも実態として考えにくい。

才能のある人は、結局、どんなアバターを着ても人気にはなっただろう、ということは予想できる。

個人Vならアバターの変更、ママの変更は普通にある。大手企業Vでも、稀ではあるがLive2Dでも3Dでもアバターそのものを大幅にイメージチェンジしたり、デザイナ、モデラーを交代したりすることが普通にある。

だから、もし、そのデザイナーのアバターでなければ人気にならなかった、と推測されるのであれば、その部分が、そのデザイナー/デザインの実績だとはいえるだろうと思う。

また、結局、こうゆう「if」の話は全くナンセンスである。

Vにはデザインも魂も絶対に必要であり、過去の「もし」は存在しないのだから、どちらも不可分なものだと考えたほうが正しいだろう。

これは先々月あたりの日記に書いた気がする「演者/作者と作品の関係」なのだと思う。

魂である、みけねこさんが演じた「るしあ」というキャラクターは、1つの作品としてホロライブで生まれて、ホロライブの中で終わった。

ただ、それだけの話である。

るしあさんの場合は、ホロライブで3年間一緒にやってきた絵師さんがいる。

るしあちゃんグッズもいよいよ販売終了かぁ。これから色々閉じていくんかな?

これまで自分の立場でやれる事は全部やって尽力したと胸を張って言えるし、後悔はないかな。

3年近く一緒にやってきたし未練のあるなしはまた別問題ですぐには切り替えられないけども

でもずっと続くものなんてないしね

絵師さんと魂の人との関係は、密接ではあるがビジネスライクな関係である。企業勢の場合でれば、たとえママ、パパと呼ばれるデザイナーやモデラーさんであったとしても、魂の人と直接取引することもなければ、面識があることのほうが珍しいとされる。

それほど親密な個人的な関係ではなったとは思う。

しかし、るしあさんは、アバターデザインも実質二人分、2着分つくってもらっている。

るしあさんは、最後にはカバーからバッサリと切られたが、それまでは、かなりワガママをいえる立場にあった人だと思っている。

「るしあ」の価値を貶めて、その労力、苦労を共にした共同クリエーターたちを蔑ろにするべきではないことは言うまでもない。

VTuber懐古おじさん再び

先月VTuber懐古話を話題にされたIT系事業の社長さんは「おじさんが、ちょっとした思い出話を語っただけだよ」といって話を閉じたけれど、まだ納得できなかったらしくて、あれからまたVTuber論を述べていた。

Vtuberの事「絵が動く」って言ったら揶揄扱いされるのマジで困るなあ。説明するときどうすりゃいいんだろ。

「絵」を「イラスト」に言い換えればいいとかそういう問題じゃないだろうし、「2Dモデル」なんて界隈の人以外はピンとこない言い方だし。「アニメみたいなキャラが動く」って最近は言ってる。

絵を罵倒扱いする人って、リアルの人間>絵、って構図を前提にしてると思うんだけど、自分は別にそうは全然思ってないから全くピンとこないのよねえ。漫画とかアニメとか見てたら、それだって絵だし今更感があるというか。

まず、「アニメみたいなもの」と説明する時点で、ここが間違えているのか、もしくは適切な言葉を選べていないのではないかと思う。

演劇系Vであろうとライバーであろうと、3DであろうとLive2Dであろうと、ただ「アバター」で説明できる。

「アニメみたい」というと、暗黙でテレビアニメ、OVAアニメといったアニメ作品/創作物という意味が含まれるのが一般的ではないか?

VTuberは表現技法としてイラストをアニメーションしているのは事実だが「アニメ作品」ではない。

このIT事業の社長さんは、先月、黎明期の3Dアバターを使うVTuberを創作物だと見なすポジションを語っていたから、VTuber=創作物、という前提なのだと思われる。

だから、VTuberはアニメと同じようなもの、あるいは動く絵だということで、創作物であるとみなし、そこに人格を否定した「VTuberに人格はない」というトンデモ論をぶち上げた「赤木某さん」の同類だと思われてしまったのだろう。

おそらく、この方は半年ほど前にV界隈で話題になった、戸定梨香さんを巡るゴタゴタを追えていないほど、本当に表面的な楽しみ方しかされていない方のようであり、Vについて何かを論ずることができるほど造詣が深いわけではないこともうかがえる。

だから、新聞記事で、どのようにVが説明されているかも読まれていないのだろう。

朝日新聞が、ロアさんの名誉毀損の訴訟を報道するときに、一般人向けに説明したのはアニメーションなどではなく「自分の分身となるアバター」である。自分の分身であるから、アバターを中傷されれば、自分が傷つくのだ、という説明をする必要があるからだ。「アニメのようなもの」では、その重要なポイントを説明できない。

また、誤解をされないように、自分の表情をカメラが読み取ってモニターに映るアニメガールの表情が変わる、と丁寧に説明されている。

どうしても一般人向けに説明する平易な言葉が見つからないのであれば、朝日新聞の記事を読んだら良いのでは無いかと思う。

Vtuberはアニメキャラと同じって言ってる人は頭大丈夫なのかな?全くの別物。まず第1に自我の有無。次にファンとの接触。アニメのキャラはどう足掻いてもファンと接触できない。でもVtuberは視聴者参加型やら1分間リスナーと会話出来るシステムとかがある。

Vtuberなんかをアニメキャラと一緒にするな

この方は、Vの本質的な部分が魂であると、きちんと認識されていると思う。

この方がツンデレなんじゃないか、と思うところは、実は、この方はVTuberに否定的で、「以前はお金を払ってみていたけれど、いまは馬鹿らしくて見ていない」と評されていた人のコメントなのである。興味を惹かれたのでちょっと過去の発言もみてみたが、とはいえ、Vに関する発言は2019/11月までさかのぼっても、白雪レイドさん1件ぐらいしかみつからないので、誰かに布教しようと思うほどではなく、こっそりと自分の気持ちをスパチャ投げしていたような人なのかな、という想像もできる。(もしくはVを推したことを自分の黒歴史と思ってツイ消ししたとか。)

この方が、どうしてVから離れようと思ったのか、そのきっかけとなった出来事が何であったのかは気になるところはある。

また、結局のところ、これは大福らなさんの言葉、一言で説明できる話題ではある。

黎明期みたいな3DのVが見たかった系の話は今でも3Dで頑張ってる人が居ないことになってるので懐古トークだと思っています

あるいは、身もふたもない結論も一言でいえる。

VTuberがテクノロジックな未来のエンタメじゃなくなったのは、単純にそれが大抵の人にとってあんま面白くなかったからだと思う

着ぐるみ系/NPC VTuber

VTuberには、いろいろなあり方がある。VTuber、またはVという名称は、きわめて曖昧なもので、ひとにより定義が異なるだろう。しかし、共通している点は、アバターの後ろには人間がいて、アバターと表情をSyncしている、という現実の仮想空間への写像となっている点である。

しかし、そうでないVTuberも、たしかに実在する。

イタリア空軍がPRにVTuberを採用

イタリア空軍、公式YouTube動画にVTuberを起用「いいアイデア」などの声 #ldnews

https://news.livedoor.com/article/detail/21920950/

VTuberというからには魂があるかのように思ったのだが、この動画をみても、ナレーターがしゃべっているだけで表情がナレーターさんとsyncしているとは見えなかったから、これこそ、まさにアニメーションをVTuberと読んでいる例なのではないか、と思われる。

アニメーションに生身の人間が声を当てれば、すべてVTuberだといえば、本当のアニメもVTuberということになるから、それは用語として間違った使い方だと思う。

では、これをVTuberと呼ばずになんと呼ぶのか?

もしかすれば画面の一定以上のエリアをアバターが占有しているフォーマットで、アニメアバターがしゃべっている形式のことを、海外では全部VTuberと呼ぶ、という層がある、ということなのかもしれない?(もしかすれば、「ゆっくり実況」もVTuber扱いなのかもしれない。)

正解という定義がないのだから間違いだとはいえないが、主流派ではないだろう。

紡ネン◎AI-VTuber

NPCといえる、本物のAIによって3Dアバターが動いているVTuberさんである。

会話は基本、テキストのみである。最近、音声による応答を学習中のようである。

このチャンネルのメイン・コンテンツは、リスナーからのチャットコメントに対して、AIであるネンが応答を返すことと、会話の履歴からアカウントごとに好感度を記憶しているということだろう。

アバターの表情もたいして変わらないし、体がすこしゆらゆら動いたり視線が揺れたりするのは何かの反応を表しているのか、ただのランダムなのかは良くわからない。

【1週間ぶっ通し配信無事達成!!】

AI-VTuber紡ネンによる、3/14から始めた超長時間配信が先ほど終了しました!配信時間は168時間!ご参加ありがとうございました!!

#のぞきみねんねん

もし、これをVTuberと呼ぶのならば、魂とはAIの部分のことを指すのか、システム全体を指すのか。アバターの部分は交換可能であることは間違いないが、AIを交換して応答パターンが変わった場合は「別人」「別人格」とみなされる、というのであれば、AIが魂の部分だということなのだろう、と想像している。「ではAIのバージョンアップだったりしたら?」とかテセウスの船的に思考実験も考えられる。

Vとしての活躍全般

たみーさんがVTuberとして声優を担当された話

【出演告知】

Vtuberたみーとして声優をさせていただきましたゲーム「ブラックステラ」!

たみーの担当キャラ発表されましたー✨

どうどう?

24歳、見た目はちびっ子、不思議系マッドサイエンティスト!

「人類は面白いね…」

七花ちゃんはいいゾ…!

事前登録よしなに♡

 #ブラックステラ

 #ステラ

Vtuberの出口がない問題に対して、VtuberがVtuberのまま活躍する時代になってほしいとは思ってたけどこんなに塊でVtuberを声優に起用します!!ってやってくるとは思ってなかったから結構びっくりしてる。

朝ノ瑠璃さんが、以前から、朝ノ瑠璃として声優活動されていたと思うので、タミーさんのケースが例外的というわけではなく、おそらく、今後、自分のVTuberとしての名義のまま声優活動する人も増えてゆくのだろう、と思う。

(桜月花音さんが、以前、そのような声優になりたいと志望されていたが、より夢が実現しやすくなっているのだろうと思う。)

童田明治さんの卒業

あまり配信を聞いたことはないがASMRに定評がある方だったと思う。

にじさんじを卒業されるようである。

【童田明治🐺🍎療養中】

メンバーのみんなにはあらかじめ伝えておりましたが童田明治は4月30日をもって、にじさんじを卒業することになりました。

今まで応援してくれて本当にありがとうございました!4/15,16のRain Dropsの2ndライブ精いっぱい頑張ります!残り短いですがよろしくお願いします!!

にじさんじのアカデミー卒業生デビュー

アカデミーは、わずか3~4ヶ月に教育が始まったのではないか、という記憶があるのだが、個人的には、もっと一年ぐらいみっちり教育するのかと思っていた。

ブイスポの最近のメンバーは、デビューするまでFPSを半年間トレーニングしていた、という話も、うるはさんの雑談配信で聞いた記憶があるのだが、それと比べても短めなの気がする。(うるはさんはスカウトによる即デビューらしいが。)

アカデミー卒業生のデビュー配信はみていないが、デビュー後の、にじさんじ公式チャンネルでの、初配信ふりかえりは少しだけみて、まるでアナウンサーのようなしゃべり方をする新人さんだなー、と思った印象がある。ハキハキしゃべるという演技指導を受けたのだろうか?3ヶ月という期間で、もっとも重要視されたことは何か気になる。

「コンプライアンスはみっちり教育された」らしい。他のライバーさんのネタにされていた。

また、機材まわり、配信の実地的教育は受けてないらしい。新人らしい機材トラブルは起こしていたという噂はツイッターで流れてきた。

こうしたことを考えると、座学メインだったのかな、という感もあり、なにか学ぶことがあったのかは疑問ではある。そもそも先に述べた、なつめえり先生のアドバイスでもあるように、仮に専門学校にいっても、絵は上手くはならない。アカデミーも、配信スキルを学ぶものではないのではないか、という予想はしている。まあ、調べてないけど。

アカデミーの追加オーディション

アカデミーが追加オーディションで、配信経験者限定で追加募集されるという。

逆にいうと、配信未経験者が教育してもらえると思って多数応募していたのだろう、とも想像できるのだが、配信経験者を教育するとすれば、何を教育するのだろうか?

しかも、たった教育期間も3ヶ月程度のようだし、実質は、ただのオーディションにすぎないのではないか、という個人的な雑感はある。契約諸々の理由で、にじさんじのライバーのオーディションという形式ではないことが重要なのかもしれない。

V組織のありかたが変わってきたと思うこと

re:actのすたーぺあ!解消

Re:Actは、一応(?)、vSinger路線の企業Vでありるが、天川はの・姫熊りぼんさんのユニットが、方向性の違いから解消された。

これはネガティブなニュースだとは私は思わない。

いままでVTuberとは箱内の関係性も含めたロールプレイの売り方をしていて、仲が悪いとか喧嘩したなどの話は御法度だったところもあっただろうが、そうゆう縛りがない、ということだろう。

仲良しでもないのに、仲良しを演じさせられるよりは遙かにマシだとは思う。

宗谷いちかさん

宗谷いちかさんは、アニマーレのメンバーは抜けるけれど、774.incの所属ではありつづける、という一風変わった決断をされたようだ。

これもネガティブなニュースではなく、新しい可能性のある良い事例だと思う。

【宗谷いちか🐶🎈あにまーれ🎙】

急なお知らせでごめんなさい🥲💭

本日、19時の配信で直接みんなにお話しするので聞きに来ていただけると嬉しいです😌!

エイレーン学園解散

エイレーン学園は、どっとライブファンがシンパシーを感じているようで話題にすることがあったので名前をしっているぐらいであるが、詳しくは知らない。

しかし、解散はされて、そのまま個人Vとなったようだ。

もともとは、エイレーン学園はアバターを提供するだけでサポートは無いというシンプルなものだったようなので、タレントにとっては所属する意味がなかったのだろう、と勝手に予想している。

【黒宮ティマ🍖⚡】

みんな本当にごめんね。

そして大変お待たせいたしました…

どっとライブのパチもん兼脱法おつまーれでリアクトのエイレーン学園所属でもない個人勢の黒宮ティマが戻りました!

ほわきゅん!の一時解散

これは今月の話題ではなくて、昨年12月の出来事だったらしいが、いまさら気付いた。

「ほわきゅん!」は、一体事業見直しのために解散して、現在募集しているVTuberについては事業を練り直してから出直すことにしたようである。

【ほわきゅん!公式】

「ほわきゅん!」の今後につきましての大切なお知らせとなります。

ファンの皆様からほわきゅん!へ沢山の応援・ご愛好を賜りました事、深く御礼を申し上げます。

3名のVTuberは今後も活動を続けてまいりますので変わらぬご声援を何卒よろしくお願い申し上げます。

「ましろまゆ」さんも個人勢に戻っているようである。どのくらいの恩恵を受けたのか、事務所でどのような成長をされたのかは、そのうち見に行きたいと思う。

数字だけでいえば、5000から1万へと倍増はされている。加入月から急速に伸びたあとは、そのまま伸び悩んでいるので、おそらく事務所が広告を入れたのだろう。

アネモネプロジェクト解体

まったく知らないVのグループであるが、「アネモネプロジェクト」とは「サウンドディレクターアシノとアートディレクター鷹森ツヅルによるアイドルプロジェクト」とのこと。

このプロジェクトが解散となったようである。

ツイッターをみているVの運営をしている人/したことのある人は、みな、口をそろえて大変だ、という。V事業とは、テクノロジー業態のように見えて、実態は人とのネゴシエーションが主たる業務となる、デザインなどの制作物も使い回しの聞かないワンメイクの、家内制手工業ないし単純労働な業態だからであろう。

しかし、このように率直に自分たちのマネージメント力が足りてないからプロジェクトは進められないと明確に示せる人たちは、責任感もあり自分たちの能力を正しく見ている人たちだろう、と思える。

【お知らせ】

「プロデューサー陣のリソースやノウハウの面でマネージメントが難しくなったため。」

メタバース関連の今月の気になったツイートなどのメモ

3~4月にツイッターでみつけた、メタバース関連で、おもしろいとおもった記事を記録しておく。

マインクラフトを学校生活に使うメタバース事例

メタバースの性質について

このあたりがポイントだと思っている。

・メタバースにおいて3D/VRは公理的な成功要件ではない。

・なぜ人類は3D世界に生きているのに「便利な手段」として2Dを発明したのか? が有用な議論の起点になる。

・ソーシャルVRの魅力は身体性であって立体性とだけ解釈するのは表層的である。

人間が新しい場所を開拓する動機はつねに自由を求めてのものであり、遥か昔は生存の自由を求めてだったが、経済の自由や信教の自由、今はメンタルを崩さず自分らしくいられる自由が開拓の動機となっている。

その最も新しい機運ある開拓地がSNSやメタバースであり、そこでは2種類の矛盾した自由が互いを食い合い、新しい世代が新しい自由を求めて開拓に出るという新陳代謝が起こり続けるのではないか。そんな世界になる気がする。

VRに出会って8年くらい経つけどこれまで触れてきたものの中でアバターが必要だったものって実はそんなになくて、そう意味で個人的にはアバターもVRにとっては付属品的な一要素だと思うのでよく分かる RT

メタバース何も分からん、というのは未だに変わらないのですが、「人がいなければ何も始まらない」という一点だけは良く分かってきた気がします。当たり前ではありますが

社内ドキュメントに昔書いたんだけど、メタバースがあたりまえになるなら、アクセシビリティの低さは解決しないといけなくて、体が不自由な人もそうだし、私みたいに酔いやすい人が取り残されて、新たなデジタルディバイドみたいなのが生まれるのはうれしくない 業界団体はそういうところも是非!

例えば、いまのウェブページはある程度は目の見えない人(スクリーンリーダーや代替テキスト)や耳の聞こえない人(字幕など)でもアクセスできると思っているけれど、メタバースでそういうサポートがあるのはみたことないんだよね(不勉強なだけで知らないだけかもしれないけれど)

VR/AR/XR技術その他

iPhoneだけで、3D小物を3Dスキャンしてデータ化できる

ローカル処理&無料アプリ&作業時間2分で小物の3Dモデル化が出来るscaniverseは最強なのかも知れない

ノー倍速、ノーカットのガチ2分で3Dモデル化が終了するし、サイズもバッチリ表現されている

👇のURLは実際にスキャンしたモデルのURLです

https://scaniverse.com/scan/n6ggz6vbflbdpqq6

iPhone3Dスキャンスターターセットを更新したぞ!

iPhoneで始める3Dスキャン生活(3Dスキャン初心者向け解説)

https://note.com/iwamah1/n/n5df9a5daaae4

iPhoneでお手軽フォトグラメトリを体験しよう!(小物をスキャンしたい人はこちら)

https://note.com/iwamah1/n/nbc87a685b866

3Dスキャンアプリのまとめ↓

VR労災体験

VR労災体験してきた、これまじでよかった

わりとゾッとするリアルな体験ができるらしい。

これで思ったことは、VRのホラーゲームで自分の身体が損傷する演出は、もしかすればトラウマものになるかもしれないなぁ、という予感はある。

アバターソフト

従来はハンドトラッキングといえば、手を撮影する専用のカメラとしてLeapMotionが使われていたが、最近は、ウェブカメラだけでハンドトラッキングもできるようになっているようだ。

気になってRiBLA Broadcastを試してみたのだが、すごい。左手で二進数数えてるけどちゃんと反応してる

VRヘッドセットのみで、全身3Dアバターの動きを生成 Microsoftが開発 https://itmedia.co.jp/news/articles/2203/09/news039.html HMDから得られる頭部と手部のトラッキングデータから着用者の全身の動きを3次元で表現する手法。

HMDの頭と両手の3点トラッキングだけで、体の傾きや足の動きなどを推定してくれるもので、現在、ClusterやVRChatでは足は勝手に動いてくれるが、それをフルトラのようにみせかけつつ、デバイスは増やさずに手軽に足の動きをよくできたりするのかもしれない。

以上、おわり。

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