成人期ADHDの治療へのアプローチについて
成人期の注意欠如・多動症(Attention-DeficitHyperactivity Disorder;ADHD)は衝動性,多動性,不注意性を基盤とし,うつ病や社交不安症,パニック症,反抗挑戦症,反社会性パーソナリティー障害,素行症など多様な併存症を有することが多い。それは,生活上の深刻な機能障害をもたらすこともあり,学業や仕事上の困難さ,パートナーとの関係性の障害,浪費的問題,車の運転事故など,さまざまな問題が生じることがある。
本邦における成人期ADHD の薬物治療は,その有効性が諸外国では明らかであったにも関わらず,適応が小児に限られており,成人への適応拡大には時間を要していた。現在,上市されているアトモキセチン塩酸塩カプセルは販売後3年経過した2012年8月,メチルフェニデート塩酸塩徐放製剤は販売後6年経過した2013年12月に,18歳以上のADHD に対しても適応が拡大されるようになった。そして,2017年5月には諸外国では既に小児ADHD に対して承認されているグアンファシン塩酸塩徐放製剤が本邦でも上市され,製造販売後に成人ADHD を対象とした国内第Ⅲ相臨床試験が行われた結果,最長1年間の長期投与における安全性および有効性が確認され,成人への適応拡大が期待されている。
ADHD の薬物治療に関する諸外国のガイドラインでは,前述の3剤以外にもクロニジン,モダフィニル,デキサアンフェタミンが推奨薬剤として掲げられており,チック症併存の場合だけはアトモキセチンが推奨されている。チック症やトゥレット症の治療にはドパミン受容体拮抗薬が第一選択薬として使用されることが多く,そのためドパミンやノルアドレナリントランスポーターの再取り込み阻害作用によりシナプス間隙のドパミン濃度を高めるメチルフェニデートは使えないことになる。
一方,グアンファシンはその作用機序が選択的α2A 受容体作動薬として働くため,チック症の併存例では有効な治療薬として位置付けられると考えられている。中枢神経系に広く存在するα2受容体であるが,そのサブタイプであるα2B 受容体は視床に多く存在し鎮静作用に関係している。そして,α2A受容体は前頭前皮質において主要な役割を担っており,中等度のノルアドレナリン遊離はシナプス後α2A 受容体を刺激し,前頭前皮質機能を向上させる。しかし,過剰なノルアドレナリン遊離はα1,β1受容体にも結合し,前頭連合野の作業記憶(ワーキングメモリー)などが障害されてしまう。グアンファシンはα2A 受容体への親和性がα2B 受容体に比べて20倍と高くなっており,この受容体選択性が前頭前皮質の減弱したシグナルを賦活させ,ADHD の不注意性にも効果が示される要因と考えられている。
ADHD の治療へのアプローチは包括的治療として医療機関や教育機関,発達支援センターで専門性のある援助法も実施される.心理社会的な療法としては,親や家族が問題行動への適切な対処スキルを習得するトレーニング,本人の行動修正を行うソーシャルスキル・トレーニングなどがあり,薬物療法のみが優先されるものではない。成人期ADHD への不十分な社会的支援や薬物治療は,反社会的行動や薬物依存,就業困難などに至る予後研究がある。また,近年の報告では青年・成人期以降に初めて診断基準を満たす遅発型例の存在も明らかとなっていることから,成人期ADHD の社会的認知を上げて治療環境が整うことが望まれる。日本精神神経学会ではホームページ上で患者や家族向けのQ&A を公開しているので参考までにご一読いただきたい。
参考資料
・小平雅基:臨床精神薬理.20 : 637〜645(2018)
・齋藤万比古 編:注意欠如・多動症(ADHD)の診断・治療ガイドライン(第4版).じほう.東京(2016)
・インチュニブ®錠 インタビューフォーム:塩野義製薬
(順天堂東京江東高齢者医療センター薬剤科 高野 賢児)