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もし日本がその現行憲法の第九条を破棄するとしたら――いや、さらによくないことは、破棄せずにこれに違反するとしたら――それは日本にとって破局的ともいうべき失敗となるでしょう。
国際情勢全般が今後どのような方向をたどろうとも、日本にとっては、中国との良好な関係を確立することが、きわめて重要になるものと思います。
中国側にとってみれば、憲法第九条をめぐる日本の政策いかんが、中国に対する日本の意向をはかる尺度となるでしょう。
日本の再軍備は、たとえそれが真に自衛を目的とし、侵略を意図するものでないにしても、中国の疑惑と敵意をかきたてることでしょう。
またそれは、中国人の心に一八九四年(日清戦争)の記憶や、一九三〇~四五年(満州事変~日中戦争)の記憶を呼びさますことになるでしょう。
さらに、中国の核武装が十分に進んだとき、日本に対するいわゆる予防戦争を誘発させることにもなりかねません。
その反対に、日本が第九条を遵守するかぎり、たとえ中国が第一級の核大国になった場合でも、日本は、中国から攻撃される危険性はないでしょう。
中国の領土的野心は、おそらく、一七九六年当時(清の乾隆帝時代)に到達した国境線の回復、という範囲を超えるものではないはずです。
これらの国境線を越える領域については、中国の狙いは消極的なものだと私は想像しています。
たしかに中国が、東アジアや隣接海域からの米軍撤退を望んでいることは事実ですが、だからといって、現在、アメリカが軍隊や基地を配備しているアジア地域のどこかを、占領しようと望んでいる兆候はまったくありません。
したがって、私の見解では、日本にとって憲法第九条を堅持することは、今日のように混沌とした国際関係のなかにあっても、なお有利なことです。
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