「好循環のインフレに転換できるか」~会計的な視点から~
我が国は、長い間デフレあるいはディスインフレ(低い物価上昇率)に苦しんできました。そこで、黒田氏の総裁就任以来、日銀はインフレを起こそうと努力してきたわけですが、功を奏しませんでした。ところが、今年はいよいよその待望のインフレが到来するかもしれません。ただし、これから到来するかもしれないインフレは、日銀が想定していたものと異なるものになりそうです。
本稿では、これから到来が予想される「悪いインフレ」が、日銀が期待する「良いインフレ」に転化できるかどうかを考えてみたいと思います。
デマンドプル型とコストプッシュ型
まず、日銀が期待するインフレと、今回到来するだろうと予想されるインフレとの違いを整理しておきます。
インフレはその発生の違いにより、以下の2種類に大別されます。強い需要が物価を引き上げる「デマンドプル型」と、供給側の商品の原材料価格上昇が物価を押し上げる「コストプッシュ型」です。
デマンドプル型は需要が需要を呼ぶ形でインフレを起こします。その結果、経済が拡大し、更なる物価上昇を呼ぶという、経済の好循環を引き起こします。
一方、コストプッシュ型は原材料価格上昇が物価を押し上げます。原材料等の仕入価格が上昇すると、企業の利益を圧迫します。利益確保のため、まずは経費削減に努力しますが、それも限界となり、やむをえず商品価格を引き上げます。コストプッシュ型インフレでは経済の好循環は期待できません。
デマンドプル型は経済の成長過程で生じる「良いインフレ」ですが、コストプッシュ型は国民生活が一層苦しくなる「悪いインフレ」となります。
日銀はマネー流通量を飛躍的に増加させることでマネーの相対的価値を減少させ、モノの需要を活性化させることにより、デマンドプル型インフレを惹起させようとしてきました。しかし、これから起こるだろうと予想されるインフレはコストプッシュ型です。アメリカをはじめ欧米では既にインフレ傾向が顕著であり、その波が日本にも押し寄せそうな勢いなのです。原油を筆頭に、鉄、木材などの資材価格は上昇傾向にあり、さらに円安は輸入原材料価格の上昇に拍車をかけます。その結果、企業間取引における財の価格である企業物価は昨年の12月時点で既に8.5%上昇しています。企業も我慢の限界にきており、今年に入って食品をはじめとして、末端価格を値上げする企業が相次いでいます。
これで消費者物価が上昇すれば、明らかに悪いインフレとなりますが、当初は悪いインフレでも、それを良いインフレに転化できればいいのではないかという議論も見受けられます。良いインフレと悪いインフレを分かつポイントは、物価の上昇に伴い賃金が増加するかどうかです。その点を会計的視点から見ていきましょう。
先行するのは売上高か経費か
損益計算書的発想からすると、インフレの起点が重要です。デマンドプル型は先に需要が拡大しますから、まず売上高が起点となります。損益計算書のトップラインである売上高が増えれば、費用である賃金を増やしても利益の増加が期待できます。ですから、デマンドプル型は「需要拡大→賃金増加→需要拡大→」の好循環が起こるのです。
一方、コストプッシュ型インフレでは売上高は変わらずに、原価や費用の増加が起点となりますから、利益を圧迫します。企業は利益を確保するために、まずその他の経費の削減を図ります。つまり経費の一項目である賃金には引き下げ圧力がかかります。それでも利益確保が難しいから、原価増大分を売上価格に転嫁しようとします。しかし、コロナ禍で現在の消費者需要は低迷し、将来を見通しても人口減から需要拡大は見込み薄であり、価格を引き上げると、数量減を招き、かえって売上高が減少してしまうかもしれません。したがって、単価引き上げは消費者の需要状況と競合他社の動向を見極めながら慎重に行わなければなりません。どんなに頑張っても、原価増加補填程度が精一杯であり、賃金増加分まではカバーできそうにありません(そこまで引き上げれば、今度は便乗値上げの批判を受けるでしょう)。
つまり、コストプッシュ型インフレにおいて賃金を増加させ、そこから経済の好循環につなげることは容易ではなく、悪いインフレを良いインフレに転化させることはかなり難しいと予想されます。もしこの状況でインフレが到来すれば、不況下のインフレ、つまりスタグフレーションとなる可能性が高いと思われます。