皆さんこんにちは、毎日が組手と鍛錬の日々で充実感が半端ないゴン・フリークスです。このまま平和な時が続けばいいな。
ゴン一行が心源流本部道場を訪れてから早くも一ヶ月が過ぎた頃、たまたま心源流の関係者しかいなかったところに新たなハンター達が参入していた。
「オイこらゴン! なんでギンは俺について回るんだ!? チードルさんやサンビカさんに睨まれてこえーんだけど!」
「レオリオと一緒でちょくちょくおやつあげちゃうからだよ。あと構われすぎて女性陣から距離取りたいんだと思う」
「こんなつぶらすぎる目でか細く鳴かれたらおやつやっちゃうだろ!?」
立派なリーゼントに白い特攻服を着込んだヤンキー、プロハンターのナックルは足元で鳴く小さなギンに目尻を下げて持ってたおやつを与える。
「それが良くないと言われたばかりだろうに、悪いなゴン。このバカがいつもうるさくて」
「全然平気だよ! ナックルさんもシュートさんも組手でお世話になってるしね」
「むしろ学ばせてもらっているのは俺達なんだがな」
着物姿の長い髪を結い上げ頬のコケた男性、ナックルと同じ師匠を持つシュートが苦笑しながらゴンに謝罪する。
二人共まだ若いながらしっかりとした実績を持つ実力派であり、戦闘力も十分な将来有望若手ハンターである。
ノヴと親交の深い
加入早々に場違いなほど幼いゴンとキルアに興味を持って手合わせを行い、二人の規格外さに舌を巻きながらも負けていられないとよく交流するほど精神的にも強者である。
「今日もゴンはネテロ会長と組手か? その後また相手してほしいんだが」
「オレは大丈夫だけどいいの? 心源流師範の人たちもかなり強いしためになるよ?」
「オレはどうしてもあと一歩を踏み出せないのを悩んでいてな、克服したいんだがなかなか上手くいかない。それならキルアにならって恐怖とかの最大値を更新しようと思ってな」
高いポテンシャルと己を鍛える努力を怠らない勤勉さを持つシュートだったが、好機に飛び込む最後の決断ができないというチャンス☓、あるいは寸前☓といった心の弱さがどうしても足を引っ張る。
師匠のモラウは少しでもきっかけになればとネテロの依頼に目を付け、その目論見はゴンとキルアという規格外によって早くも改善の兆候が見え始めていた。
「もちろん俺の相手もしてもらうぜ。年下に負けるのなんざ恥とも思わんが、お前等みたいなちっこいのに手も足も出ない自分に腹が立つんでな!」
「いや、ゴンからしたらお前のほうが小さいだろうが」
「うるせぇー! こっちの可愛いゴンが本当のゴンなんだよ! あんな怖い筋肉は本当のゴンじゃない!!」
地面を叩いて理解を拒むナックルも問題を抱えており、それはヤンキーの見た目にまるでそぐわない暴力に対する強い忌避感である。
動物好きの好かれ体質から始まり、言葉の通じる相手なら先ずは話し合いを試みる、周りから甘いと言われる師匠のモラウをして甘いと言われるほどの善性がネックだった。
完璧な悪でなければ仕留めるべきときに仕留められない、最低限のダメージに抑えようとするせいで取り逃がすわいらぬ反撃をくらうのが日常茶飯事である。
そんな甘すぎるナックルだったが、ゴン達の死闘に片足以上突っ込んだ組手を見てから少しずつ考えが変わり始めていた。
死にかねない攻撃を無二の友に放つ、それは底知れぬ敬意と信頼の表れと知ったから。
「3人して何してんだ? 早いとこ道場行かねえとビスケにどやされんぞ」
「組手の約束してたんだ! キルアともまたしたいってさ」
「ナックルとシュートは真っ向勝負なのに条件戦できるからいいよな、お互いに元気あったら頼むわ」
そのままゴンとキルアは道場へと歩いていき、おやつを平らげたギンもゴンの頭の上に飛び乗る。
実力と自信に溢れたその背中は、組手でボコボコにされたナックルとシュートにはとてつもなく大きく見え、しかしどうしても捕まえたいと手を伸ばしたくなる魔性の魅力があった。
「行くぞナックル。俺達はまだまだ強くなれる」
「おうよ! 師匠には感謝しかねえぜ、こんな最高の場所に連れてきてくれたんだからな!!」
折れぬ強い心を持った二人は意気揚々と一歩を踏み出し、傍目には地獄の蠱毒へ嬉々として足を踏み入れるのだった。
なお組手ではどちらもゴンには一切ダメージを与えることができず、キルアには指一本触れることもできずに決着が付く。
そして率先してゴン達にアドバイスを求める姿がピエロの不興を買い、さらなる地獄へと転がり落ちることを二人はまだ知らない。
まもなく日付が変わろうとしている深夜のスワルダニシティ。
一等地に建てられたホテルのバーカウンターで、二人の男達が静かにグラスを傾けていた。
一人はネテロのアッシーとして日々酷使されている哀れな男ノヴ。
もう一人は長い白髪でサングラスをかけた大柄な男、ナックルとシュートの師匠モラウ・マッカーナーシである。
「しっかしお前から酒に誘うなんて珍しいことがあったもんだ。そんなに会長の送り迎えはストレス溜まんのか?」
酒と煙草に目がない海の男であるモラウと違い、ノヴは見た目通り雑多や喧騒を嫌う几帳面さがある。
しかし酒や人付き合いが嫌いというわけではないため、いつもはモラウが酒に誘いノヴが場所の選定をするというのがお決まりだった。
「なに、少し思うところがあってな。お前に話を聞いてもらいたくなっただけさ」
ノヴはそう言って、グラスの中身を一気に飲み干す。
普段飲むものに比べて明らかに強い酒を、味を楽しむでもなく酔うために呷る姿は付き合いの長いモラウでも初めて見る姿だった。
(どうもマジでなんかあったらしいな、こいつの性格からして聞いても素直に言うわけねえか。酔ってタガが外れるのを待つかね)
その後言葉少なくボトルを空け続け、何時しか店内は二人とマスターのみが残る静かな空間となる。
流石に朝のことを考えてモラウが締めようと考えた時、目の据わったノヴが小さく言葉を発した。
「モラウ、お前は強いか?」
「…? まぁ、間違いなく弱くはねえな。お前ほど規格外じゃねえが、発の応用力で敵わないと思ったことは一度もないしな。なんだ、自分の強さに自信なくしたのか?」
モラウはノヴの異変はこれかと納得し、どうやら想像以上にネテロが強さを取り戻していると確信した。
ノヴは前準備さえすれば、ほとんどデメリットなく長距離移動や隔離といった反則級の能力を行使できる唯一無二の人材である。
それにもかかわらず能力の応用で攻撃手段も持ち合わせ、本人もしっかりと武術を修め高い実力を持つ。
(ただなまじ才能が高すぎるせいで心が弱いんだよな、まぁそのうち勝手に折り合いつけて立ち直るしもう少し飲ませとくか)
ノヴが追い付いてきたと思っていたネテロに差を見せ付けられて落ち込んでいると考えたモラウは、マスターに身振りで謝罪しながら更に酒を頼もうとした。
「…俺は、強くなるのを止めようと思う」
謝罪のために挙げられていた手がノヴの胸元を掴み、立ち上がったモラウは小さくなったような身体を吊り上げ顔を近付けて声を荒げる。
「テメェいつの間にそこまで腑抜けやがった、寝言は寝て言うからまだ聞けるんだよ。その弱った頭かち割ってやろうか?」
モラウの本気の怒りはオーラにも影響を及ぼし、その口から薄っすらと煙のようなオーラが漏れ出す。
バーのマスターが震えそうな手で溢れた酒を拭き取っていると、無表情だったノヴがわずかに笑いながら自分を掴む手に触れる。
「やはりお前は優しいな、ちゃんと説明するから降ろしてくれないか? すまないマスター、水を一杯入れてくれ」
顔をしかめたモラウが手を離すと、壁に立てかけていた身の丈以上の煙管に火をつけて大きく息を吸い込む。
あまりの吸引音に特大の副流煙が襲い来ると身構えたマスターだったが、吐き出された煙は普通のタバコ以下のささやかな量、しかもデフォルメされたゴリラの形となって盛大にドラミングを始めた。
「…聞かせろ、心源流の本部道場で何があった? 強くなるのを止めると言ったが、ハンターも辞めるつもりか?」
水を呷ったノヴは一度天井を見上げると、ぽつぽつと思うことを言葉にしていく。
「ハンターは辞めない、私にはまだできることがあるからな。これからは強くなるために鍛えるのではなく、
「わかんねえな、それはつまり強くなるってことじゃねえのか?」
「最終目的が変わるのさ、お前風に言うなら海に潜らなくなるといったところか」
普段の理路整然とした言葉運びとは違う、嫌に回りくどく抽象的な言い方だがモラウにも少しだけわかった。
早い話がノヴは、ネテロより強くなりたかったのだ。
老いにより弱体化しようが能力ではめようが、とにかく最後の最後は自分の方が強いと確信を持ちたかった。
才能高くプライドも高いノヴの野望は、順当にいけばあと十年も経てば実現される予定調和のはずだった。
「今の会長を見たら目を疑うぞ、私が、俺が憧れた頃のあの人を超える強さになっているんだからな」
二杯目の水も一息に飲み干したあと思い出すように目を瞑り、自嘲するように笑いながら続ける。
「あれは人間じゃない、人の形をした何か、観音なんて優しいものじゃない。…あれは阿修羅だ」
「…お前ならそれを原動力にできると思ってたんだがな」
それは慰めでもなんでもなく、ノヴをよく知るモラウの偽らざる本心だった。
自分より早くネテロの組手に合流したナックルやシュートも最高の環境だと喜びの報告をしてきたため、どうしてもノヴの心が折れたことに違和感を感じていた。
「会長の強さも理由の一つではあるが、それ以上に耐えられないことがあったのさ。お前の弟子たちはたいしたものだ、あの3人に正面から立ち向かっているんだからな」
3杯目の水を取ろうとした手が震え、それを抑えながら心折れる原因となった3人のことを語る。
「一人目はハタチそこそこの青年だ。彼のオーラは、精神はドス黒い闇に染まっている。それなのに普通に溶け込んでいるんだ。ホワイトシチューにイカ墨が入りながら、それでも混ざらず共存しているんだ」
ノヴは頭が良い上に観察眼も優れている。
ゴン達とビスケ、そしてネテロ以外で唯一人、ヒソカがその他大勢の中にいるという異常に気付いていた。
そんなことができる精神性のはずがなく、他の者が気味悪がりながらも交流できるはずがないのだ。
一般人の中に血まみれの凶器を持った殺人鬼がいる、それくらい見ていてストレスを感じる状況である。
「そして二人目、彼は十代前半ですでに私より強い。しかも念を、オーラを感じ始めてから2年も経っていない、にもかかわらず私は彼に指一本触れられる気がしない」
ノヴもまだまだ若輩とはいえ、間違いなくキルアが産まれる前から研鑽を続けてきた。
伸び悩んだことも立ち止まったこともある、それでも確かな才能と努力は裏切ることなく花開いたのだ。
そんな鍛えてきた時間より短い時間しか生きていない子供に、指一本触れられない現実がどれだけノヴを傷付けたことか。
「正に
「待てよ、あと一人はどうした? まだ二人しか説明してないじゃねえか」
そのまま締められそうな流れに当然の質問をしたモラウだったが、コップの水が溢れるほど震えだしたノヴの姿に目を剥いた。
必死に震えを止めようとする健闘もむなしく、ノヴは半分まで減った水に酒を混ぜて無理矢理呷る。
「情けないだろう? ここまで長々と言い訳しておいて、結局の所は彼だ、あの少年に心を折られた!」
震える身体を掻き抱き、血を吐くように己の想いを吐露する。
「あれは何なんだ!? あれが十年ちょっとしか生きていないガキだと!? ネテロ会長もビスケット殿も、周りの人間も何故あれが人に見えるんだ!!?」
強く握りすぎたグラスが砕け散り、手を傷付け血を流しながらも意に介さず続ける。
「今の時点で化け物なんだぞ、この先どんな存在になると思っているんだ! あれは、あれは冗談でもなんでもなく世界を滅ぼしかねんぞ!!?」
出血が増える傷を見かねたモラウがそっと手を重ね、荒い息を落ち着かせたノヴが打って変わって静かに話す。
「わかっている、彼は間違いなく善性側の人間で、人格面も問題ない優秀なハンターだ。しかも子供なんだ、道を踏み外しそうになったら我々大人が正してあげるべき存在だ」
「そういうこった。たとえ実力で負けても、できることは必ずあるはずだ」
新しいグラスと水を受け取り、大人しくマスターから治療を受けるノヴに最後の質問が飛んだ。
「で? そのガキはなんていうんだ?」
ノヴは静かに、しかし万感の想いを込めた。
「名はゴン・フリークス。
世界が筋肉の存在に気付き始めた。
まだ正しく評価する者のほうが少ない中、少しずつその脅威が認識されていく。
もはや手遅れながら、その暴力が知れ渡ったとき誰もが彼に責任を押し付ける。
知らないところで盛大な責任問題が発生していても、神ならざるジンはその瞬間まで気付くことはない。