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小室圭さん「特別待遇」受験の落とし穴 佳代さん「あの子は試験はそんなに…」

「週刊文春」編集部

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 またしても司法試験の合格者リストに名前は無かった。ロースクール、弁護士事務所と順調に歩んできた彼に立ちはだかる高い試験の壁。早々に3回目受験を表明した彼の“弱点”を、他ならぬ母は前々から懸念していた――。

 

▶論文は得意でも圭さん筆記試験合格は一度だけ

▶「あの英語力で…」米司法関係者が驚いた再挑戦

▶“就職”フォーダム大合格 奨学金と異例続き

▶不合格2週間で解雇のはずが…「就職先」の謎

▶NY総領事が美術館“眞子さん担当者”を招待

三度目の正直なるか

〈congratulates you on passing the New York State bar examination〉

 現地時間の4月13日、NY州司法試験の合格者に、試験結果を祝福する通知が送信された。しかし、マンハッタンのマンションの一室で新婚生活を送る彼のもとに、待ち焦がれた通知はまたも届かなかった――。

 今年2月、二度目の司法試験に挑んでいた小室圭さん(30)。合格発表の翌日に公表された合格者リストに、その名前は無かった。

「NHKによれば、日本時間の15日午前、圭さんは留学を支援してきた奧野善彦弁護士に不合格を伝えた。『合格点に5点足りなかった。次は7月(の試験)に挑戦します』と語ったそうです」(宮内庁担当記者)

 今回の試験は、再試験者の合格率は僅か30%。受験者全体でも合格率45%と、昨年2月の49%より4ポイント低下した。

 そんな“狭き門”をくぐり抜けた日本人男性が、勉強漬けの日々を振り返る。

「平日は朝5時から、択一問題の勉強。午前9時から午後6時ごろまで現地の法律事務所の仕事をして、11時に就寝するまでは論文式問題を最低1問は解きました。週末は予定がなければ一日中勉強していました」

 別の日本人合格者は、日本人留学生のコミュニティで週に一度、勉強会を開いていたという。

「司法試験予備校の教材を交換したり、良い教材を教えあったり。司法試験は毎年移り変わる傾向を正しく把握して対策を練る“情報戦”。小室さんがこうした日本人コミュニティに参加していたとの話は聞いたことがなく、情報収集の点で不利だったかもしれません」

 昨年7月の試験に落ちた彼にとって、今回の試験は“絶対に負けられない戦い”だった。その理由は、圭さんが享受してきた、異例の“特別待遇”にある。

 国際基督教大学(ICU)時代に眞子さんと交際を始め、2013年12月にプロポーズもした圭さんは卒業後、三菱東京UFJ銀行(当時)に勤務。だが、2年足らずで退職してしまう。

 このころの圭さんの胸中に湧き上がってきたのが、ICU時代に出会った国際弁護士への憧れだった。それは、海外生活を望む眞子さんの“夢”を叶えるための手段でもあった。しかし圭さんには、法律を専門的に学んだ経験はない。そこで頼ったのが、憧れの国際弁護士でICUのOGでもある立川珠里亜氏だった。

「立川氏は旧知の奧野弁護士に、圭さんの面倒を見て欲しいと依頼。奧野氏はパラリーガルとして彼を事務所に迎え、その後も米国留学中の生活費などを支援しました。弁護士ではなくパラリーガルへの留学支援は、奧野事務所では初めてでした」(圭さんの知人)

 圭さんの幸運は続く。18年、米フォーダム大学入学にあたり、「マイケル・マーティン奨学金」が支給されたのだ。

「学年で一人だけがもらえる特別な奨学金です。年間約6万ドルの学費に加え、寮費や日米の往復航空券代、書籍代などをカバーし、年間約1000万円が支給されます」(前出・記者)

 さらに入学の際は、同大の公式HPで“プリンセス・マコのフィアンセ”とわざわざ紹介される“VIP待遇”も受けた。

大手は採用しない特殊な経歴

「この件は“皇室利用”との批判を招きましたが、圭さんは昨年10月の結婚会見で『婚約者としての特別な待遇はなかった。奨学金は、私が提出した成績を含む総合的な評価で決まった』と反論しました。だからこそ、特別な奨学金を得るほど優秀であることを、試験に合格することで証明する必要があったのです」(同前)

 異例の待遇は、法律事務所「ローウェンスタイン・サンドラー」への就職をめぐっても同様だった。

「大手事務所がロースクール卒業生を採用するにあたっては、まずロースクール2年目の終わりの夏にインターンとして受け入れ、そのまま採用するのが一般的。しかし彼は、20年の夏にインターンとして受け入れてもらった日系人弁護士、ゲイリー森脇氏の事務所には就職できず、秋以降も大手事務所への就活を継続した」(地元法曹関係者)

ローウェンスタインの所長(事務所HPより)

 ネックは特殊な経歴だ。米国で弁護士を目指す人はJD(法務博士)コースで3年間学ぶのが一般的だが、圭さんは最初の1年間をLLM(法学修士)コースに費やしたのだ。

「LLMは自国で法律を修めた人が、いわば“箔付け”のために通うコース。いくら優秀でも、大手ではLLMの人は原則として採用しません」(同前)

 複数の事務所が門前払いをする中で、彼の経歴書をある法律事務所に送った仲介者は、彼が“眞子さまの婚約者”であることを書き添えたこともあった。そして昨春、異例の時期に救いの手を差し伸べたのが、現在の事務所だったのだ。

 数々の“特別待遇”を経て二度目の受験に挑み、敗れた圭さん。その“落とし穴”はどこにあったのか。

 一つ目は意外なものだった。圭さんと接点のある米国の司法関係者が明かす。

「英語力です。彼は日本のインターナショナルスクール出身で、英語には自信があるのかもしれませんが、我々から見れば堪能とは言えない。前回の試験で不合格だった後、『二度目の試験に挑戦する』と聞いて、正直『あの英語力で大丈夫なのか』と心配になりました」

 実際、“英語の壁”に泣かされる日本人は多い。

「今回の論文式問題は例年より英文の量が多く、読み終えるのもギリギリで、答案も書き終えられなかった。留学前にTOEFLの勉強はしていたが、司法試験は日常会話では使わない法律用語が出てくるので、苦労した」(前出の合格者)

 二つ目の落とし穴は、圭さんの最も身近な人が懸念していたことでもあった。

「あの子は論文は得意でも、人生で試験はそんなに受けてきてないですから……」

“受験戦争”への経験不足

 昨年7月、圭さんが初めての試験に挑むよりも前のこと。周囲にこう不安を吐露していたのが、圭さんの母・佳代さんだったのだ。

佳代さんは息子の弱みを見抜いていた

 彼の経歴を遡ってみると、いわゆる“筆記試験”の経験が少ないことが浮き彫りになる。98年に国立音楽大学附属小学校に入学して以降、筆記試験を受けたのは、カナディアン・インターナショナルスクール中学部の入学試験のただ一度きり。筆記の科目は「英語、作文、算数」だ。

 高校までインターナショナルスクールで過ごした圭さん。その後、10年にICU(9月入学試験)、16年に一橋大学大学院国際企業戦略研究科(当時)、18年にフォーダム大学ロースクールを受験したが、いずれも入学試験は書類選考のみか、それに口述試験が加わるだけ。

 さらに、佳代さんが「得意」と評価する論文についても、実際は心許ない。昨年10月、NY州弁護士会主催の論文コンペで優勝したことが話題となったが、

「主要な大学の学生が挙(こぞ)って応募するものではない。また他のコンペは『査読はブラインド(応募者が分からない状態)で行う』など厳格な但し書きがあるが、このコンペにはない」(前出・地元法曹関係者)

 本格的な“受験戦争”の経験不足は否めない。それでも圭さんは、眞子さんの夢のために高いハードルに挑み続けた。そして今、二度目の挑戦もあえなく跳ね返されてしまったのだ。

 そんな彼らに、NY生活最大の危機が迫っている。

「米国では司法試験に1回落ちるのは事故のようなもの。ただ2回目は話が違う。普通に考えれば法律事務所をクビになるはず」(同前)

圭さんの勤務先が入るビル

 米国の法律事務所はロースクールの卒業生を、司法試験に合格して弁護士になる前提で青田買いする。そのため「給与面も、最初から弁護士と同等の額を受け取っていることが多い」(同前)。勤務先のローウェンスタインは、弁護士の初任給が約2000万円超。それだけ高給が支払われているからこそ、試験結果にはシビアな視線が注がれるのだ。

「NYでは法律上は“即日解雇”が可能。ただし、だいたい2週間前に通告するのが相場です」(同前)

 収入がゼロになれば、新婚生活は一気に暗転する。

活気が戻ってきたメトロポリタン美術館

「メトロポリタン美術館(MET)で働き始めた眞子さんについて、同館のキュレーターの年収が約1500万円とされることから“眞子さんが家計を支え、圭さんは主夫になるのでは”という報道もあります。しかし、キュレーターになれるのは一握り。勤続10年の助手で、年収は400万円台というデータもある。眞子さんが“一家の大黒柱”になるのは現実的ではありません」(現地ライター)

美術館に“就職”した眞子さん

 クビになった際には、ビザの問題も浮上する。

「彼の就労ビザを取得するために、今年3月、今の事務所が一般的な就労ビザ『H-1B』を申請したと推測されます。しかし、仮にこの抽選に通っていたとしても、このビザには『発効時の10月1日時点で、申請元の企業で勤務していなければならない』との決まりがある。そのため、もし解雇となればこのビザは使えません」(移民法に詳しいNY在住の寺井眞美弁護士)

 一方、眞子さんが取得した可能性があるのが、アーティストビザと呼ばれる「O-1」ビザ。圭さんはその配偶者ビザに切り替えれば、NY滞在を続けることはできる。ただ、この「O-1」の配偶者ビザには大きな問題点がある。就労が認められていないのだ。

“奥の手”もある。眞子さんが、別のビザを取得することだ。

「有給の研修やインターン目的の人のための『J-1』ビザです。このビザなら、配偶者でも就労許可申請書を提出すれば就労が可能になります」(同前)

 しかし、これもそう簡単な話ではなさそうだ。

「『J-1』取得には原則、眞子さんが帰国し、米国大使館でビザスタンプを貰う必要があります。米国内での切り替えも不可能ではありませんが、手続きには現在、1年から約1年半もの時間がかかる。その後、配偶者として就労許可を申請しても、許可までに現在7カ月かかっています」(同前)

 収入が激減するばかりか、就労ビザの取得すら困難に。眞子さんが望んだ「海外での生活」は、圭さんのクビ一つで崩壊してしまう“砂上の楼閣”なのだ。

 ところが――。圭さんはなぜか余裕を見せている。

「不合格が明らかになった直後に、奧野弁護士に『7月に挑戦する』と語っています。本当に解雇の危機が迫っていれば、ビザなどの現実的な問題を突きつけられるため、次の挑戦など明言できないはず。これは“クビにはならず、今まで通り働きながら勉強を続けられる”という自信の表れでは」(前出・現地ライター)

「プリンセスの夫」の肩書き

 だとすると、なぜ今の勤務先は彼を雇い続けるのか。

「彼の能力ではなく『プリンセスの夫』という肩書きを重視しているのでしょう。広告塔の役割と同時に、日本企業の案件を取ってくることが期待されている。ただし2、3年目になれば、円にして億単位の仕事を取ってくることが要求されるはずです」(NY在住弁護士)

 真相を確かめるべく、圭さんの事務所の所長、ゲイリー・ウィンゲンス氏の携帯を鳴らした。しかし、彼についての質問には「No thank you」、「圭さんは解雇にならないのか」という問いには「We have no comment」と、ショートメールで返答するのみだった。

事務所HPにあるプロフィール

 このまま“庇護”が受け続けられるかの瀬戸際に立つ圭さん。一方、眞子さんを支えているのが、METの眞子さんの“担当者”で、日本美術部門キュレーターのジョン・カーペンター氏。日本語が堪能で、三笠宮家の彬子さまとも親交が深い人物でもある。

カーペンター氏(METのHPより)

「眞子さんはカーペンター氏と連名で、日本画の解説文を執筆していましたが、彼には圭さんのことを紹介している。小室夫妻とカーペンター氏とで食事をしたそうです」(MET関係者)

 そんなカーペンター氏が、もう一人の眞子さんの“支援者”と接触したのが、4月14日のこと。カーペンター氏の姿は、NY総領事の公邸にあった。

「この日、2月に着任した森美樹夫NY総領事の着任パーティが開催されました。新型コロナの流行が落ち着いてきたこともあり、地元の政治家や日系企業の支社のトップなど、100人ほどのゲストが招かれた。ここにカーペンター氏も招待されていたのです。森氏とカーペンター氏が名刺を交換し、会話を交わす場面もありました」(パーティの参加者)

 外務省関係者が明かす。

「じつは、森氏のNY総領事就任は“秋篠宮さまシフト”なのです」

娘夫婦を案じられる秋篠宮

 森氏といえば、NYへの赴任前だった今年1月に秋篠宮ご夫妻と“異例の面会”をしたことが取り沙汰された人物。渡米前に小誌が直撃した際には、秋篠宮ご夫妻に「昔からお世話になっていた」と語っていた。

 実際、森氏は周囲に、

「秋篠宮さまに頼まれた」

 と漏らしていたという。

秋篠宮とは旧知の森総領事

「秋篠宮さまからすれば、“類例を見ない結婚”を果たした眞子さんへの怒りはあれど、娘を心配する親心も強い。圭さんの不合格で、生活基盤が不安定になる懸念があれば尚更です。だからこそ“旧知の官僚”のサポートを期待なさっているのでしょう」(秋篠宮家関係者)

 渡米から約5カ月。小室夫妻の綱渡りの生活は、しばらく続く。

source : 週刊文春 2022年4月28日号

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