Forbes JAPAN|Future BX Dialogue レポート


BX実現に求められる「マインドセット変革」

伊東 正明 氏
OFFICE MASA 代表/株式会社𠮷野家 常務取締役/ アクセンチュア株式会社 インタラクティブ本部 顧問
長谷川 踏太 氏
株式会社ギフティ CCO /same gallery代表/ アクセンチュア株式会社 インタラクティブ本部 顧問
内永 太洋
インタラクティブ本部 成長戦略統括 マネジング・ディレクター

概略

2021年8月26日にイベント「Forbes JAPAN|Future BX Dialogue -今、経営者に求められる顧客体験を起点としたビジネス変革-」が開催されました。変化に対応し成長を続けるためにこれからの経営者に求められるBusiness of Experience(BX)思考とは?日本企業が顧客起点のビジネス変革(BX)を実現するために必要な「マインドセット変革」について、アクセンチュア インタラクティブの専門家による議論のレポートをお届けします。

  • Business of Experience(BX)は、生活者に寄り添い、変化し続ける社会環境の中で必要とされる体験をゼロから考えて提供し続けることをビジネスとすること。
  • マーケティングの本質はBXそのものである。生活者の求める価値や取り巻く環境の変化を掴みつつ、商品やサービスをアップデートしていく企業の営みそのものがマーケティングに直結する時代となった。
  • ひと口にBXと言っても、会社ごとにまったく異なる処方箋が必要となる。複雑に絡み合った課題をいかに紐解きながら変革を進めていくのか。そのためには社内のさまざまな部門から横断的に集まったメンバーと多様な分野の専門家であるパートナーがフラットな立場で議論し合い、共創することが重要。

生活者が求める体験をゼロベースで考える―それがビジネスの本質

内永 太洋(以下、内永) まず私から、そもそもBX(Business of Experience)とは何なのかを述べさせていただきたいと思います。昨今、世の中では「〇X」という言葉があふれています。UX(User Experience)やCX(Customer Experience)もそうですし、BXについてもBrand Experienceといった意味があてられることがあります。ただ、それらはすべてファンクションです。もちろんファンクション自体を否定するわけではなく、何かを達成するときに絶対に必要なものですが、私たちの目指すBXはその根幹にある「生活者に寄り添い、変化し続ける社会環境の中で必要とされる体験をゼロから考えて提供し続けることが、すなわちビジネスである」という考え方に立脚しています。

生活者に常に寄り添っているという意味では、𠮷野家はまさにその典型ですが、日々どのようなことを考えながら事業と向き合っているのでしょうか。

伊東 正明以下、伊東) 𠮷野家といえば「うまい、やすい、はやい」のキャッチフレーズを思い浮かべると思います。しかし実は1972年から94年までは「はやい、うまい、やすい」だったのです。その後、いったん「うまい、はやい、やすい」に変わり、2001年に「うまい、やすい、はやい」の順序になって現在に至ります。

内永 すみません、全然気づいていませんでした。

伊東 当然のことだと思います。お客さまが気にする必要はありませんし、まったく知らなくていいことですから。一方で事業側にとっては「なぜキャッチフレーズを変えたのか」という理由は非常に大きな意味を持ちます。

𠮷野家が最も精力的にチェーン展開を進めていた1990年代は、忙しいビジネスマンはランチタイムにとにかく早くお腹を満たして仕事に戻ることが最優先でした。お客さまの求めるこの価値を提供するために、𠮷野家のオペレーションのすべてが「はやい」を起点に作り込まれていました。例えばチェーン店として馬蹄形カウンターを飲食業界で最初に導入したのが𠮷野家ですし、今では多くの飲食店に導入されている自動飯盛機をメーカーと共同開発したのも𠮷野家です。飲食店におけるオペレーションのスピードアップを実現するさまざまな仕組みを𠮷野家が作ってきたのです。

しかし、現在のお客さまはどうでしょうか。ランチタイムに時間を惜しんで食事を済ませる必要があるかというと、ほとんどありません。ライフスタイルが変わりお客さまが感じる時間的な「はやさ」も変化してきました。今のお客さまが求める価値は何かといえば、食事をする時間のより快適な体験です。𠮷野家はテーブル席を備えた郊外店の展開を進めてきました。この結果、現在では全国約1,200店舗のうち800店舗がテーブル席の付いた郊外店となりました。「うまい、やすい、はやい」は𠮷野家の大切な価値観ですが、お客さまのニーズにあわせキャッチフレーズを変化させています。そして今後に向けて注力していこうとしているのが、「C&C(クッキング&コンフォート)」をコンセプトとする新しい店舗モデルです。いわゆるカフェスタイルの店舗で、すでに約140店舗をC&Cに転換しました。

長谷川 踏太以下、長谷川) 都内では恵比寿の駅前にある店舗がC&Cですよね。私も知らないで入ったのですが、「𠮷野家ってずいぶん変わったな」と思いました。以前は𠮷野家に入っても15分くらいで食事を済ませてすぐに出ていたのですが、恵比寿の店はとても居心地がよくて30分くらいくつろがせていただきました。

伊東 ありがとうございます。おっしゃるとおりC&C型の店舗は内装にこだわっており、各席に電源も備え、ゆっくりしていただける空間になっています。これまでの𠮷野家からすればあり得ない店舗モデルですが、10年後を見据えたとき、カウンターで肩を寄せ合うお客さまに一刻も早く牛丼を出すことだけにこだわり続けていたらどうなるでしょうか。おそらく生き残ることはできません。だからこそ、お客さまの求める体験に寄り添ったビジネスの変革を進めていこうとしています。もちろん口で言うほど簡単なことではありません。投資負担が非常に重いのも事実ですし、新しい店舗モデルを展開していく上ではスピード感も問われます。
伊東 正明

OFFICE MASA 代表/株式会社𠮷野家 常務取締役/ アクセンチュア株式会社 インタラクティブ本部 顧問

P&Gにてジョイ、アリエールなどのブランド再生や、グローバルファブリーズチームのマーケティング責任者をアメリカ・スイスにて担当。直近までヴァイスプレジデントとしてアジアパシフィックのホームケア、オーラルケア事業責任者、e-business責任者を歴任。2018年1月より独立、ビジネスコンサルタント。また、𠮷野家 常務取締役も務めている。2021年7月よりアクセンチュア インタラクティブ本部 顧問。
Forbes: Accenture Interactive

効果的なブランディングやマーケティングには明確なビジョンと意思決定プロセスがある

内永 コロナ禍以前にもバブル崩壊やリーマンショックなどの厳しい時代があり、そうした中で多くの企業はブランディングやマーケティングで苦労を重ねてきました。きっと長谷川さんも同じだと思いますが、私も広告業界にいた時代は、どうすればターゲット顧客にもっと強くアプローチできるかを必死になって考えていました。しかし伊東さんのお話を聞いて改めて思うのですが、ビジネスそのものがお客さまの求める価値に根差しているならば、小手先の戦術はそれほど必要ないのかもしれませんね。

長谷川 そうですね。私も広告業界のクリエイターとしての立場から多くのクライアントと関わらせていただきましたが、やはり効果的なブランディングやマーケティングに結実する案件には、自社がどこに向かうのかという根本的な部分での明確なビジョンと意思決定プロセスがあったように思います。その裏づけがあれば、意義あるクリエイティブワークが自然な形で成り立ちます

では、なぜそれが難しいのかというと、例えば大企業のマーケティング部門ではそれぞれ担当する商品やサービスに課せられた数字目標をクリアすることに精一杯で、なかなか根本のところまで目を向ける余裕がないのです。結果として、クリエイティブワークまで迷走してしまうことが少なからずありました。

内永 本来、マーケティング部門の担当者もいったん仕事を離れて家庭に戻れば一人の生活者であり、世の中で求められているお客さま視点や体験を"自分ごと化"して考えられるはずなのですが、それがなかなかできない理由は組織的な壁であったり、ヒューマンリソースの不足であったりと、根深い問題がありそうですね。

伊東 答えになるかどうかわかりませんが、私が前職でブランドマネージャーを務めたP&Gは、1920年代に「ブランドマネジメントシステム」を世界で初めて取り入れた企業として知られています。各ブランド(商品)を最小の経営単位として、その責任者にマーケティング担当者を置くというもので、根幹にあるのは「お客さまのことを見ている者に利益責任を与える」という考え方です。マーケティングマネージャーが経営者としてブランドの継続的成長を視野に入れた中・長期的な戦略を立案・遂行しており、要するにP&Gのマーケティング部門の実態は事業責任部門なのです。こうしたことからマーケティングのWHO(誰に売るのか?)、WHAT(何を売るか?)、HOW(どうやって売るのか?)という3つの要素の中で、大半の時間を割くのはWHATを作り込む作業となります。反面、HOWに費やす時間は全体の1割もありませんでした。

内永 なるほど。広義のマーケティングの本質はBXそのものであると考えることができそうですね。生活者の求める価値や取り巻く環境の変化を掴みつつ、商品やサービスをアップデートしていく企業の営みそのものがマーケティングに直結する時代になったということを強く感じます。
長谷川 踏太

株式会社ギフティ CCO /same gallery代表/ アクセンチュア株式会社 インタラクティブ本部 顧問

1972年東京生まれ。1997年英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)修士課程修了。その後、ソニー株式会社デザインセンター、ソニーCSLインタラクションラボ勤務などを経て、2000年ロンドンに本拠を置くクリエイティブ集団tomatoに所属。広告やブランディング、デザインだけでなくプロダクト開発、教育、アート、文筆業、創作落語まで、そのアウトプットは多岐にわたる。2011年から2019年までワイデン+ケネディトウキョウのエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター、現在、株式会社ギフティ CCO 、same gallery代表、アクセンチュア インタラクティブ本部 顧問を務める。
Forbes: Accenture Interactive

「みんなの銀行」に見る
BX推進チームに求められる"共創"と"覚悟"

内永 ここでBXのわかりやすい事例として、ふくおかフィナンシャルグループとアクセンチュアが協働して作った「みんなの銀行」をご紹介させていただきたいと思います。簡単にいうと、銀行に対する既成概念をすべて取り払って、デジタルネイティブ世代の生活者が一番便利だと感じる銀行の形をゼロから作ってみようという企画から生まれたのがみんなの銀行で、実店舗を持たずスマートフォンのアプリですべてが完結します。

このみんなの銀行を具現化してきたポイントとしては大きく次の3点があります。

  1. テクノロジー:銀行の勘定系システムは非常に巨大で、その構築には長い歳月を要していた。これに対してみんなの銀行ではクラウドをベースにすることで、必要なシステムを1年強の短期間で実現した。

  2. サービスデザイン:そもそも今の銀行に求められるサービスとは何なのか、すべてをゼロベースで設計していく。

  3. 人(タレント):多様な分野の人材が集まり、それぞれのケイパビリティの中で正しいと思うことをどんどん実現していく。

なかでも個人的に最も重要だったと考えているのは「人(タレント)」で、チームづくりにこそBXの核心がありました。メンバー全員の「社会をもっと便利に、より良くしていきたい」という思いを結集していく中から、みんなの銀行は形になっていきました。裏を返せば、BX実現には多様な分野にまたがるプロフェッショナルの存在が不可欠で、誰か一人の力だけでは決して成し得ません。
みんなの銀行

フルクラウドバンキングシステムで日本初のデジタルバンクを設立。インタラクティブ本部のデザインスタジオFjord Tokyoがサービスデザインを共同開発し、徹底した生活者視点で「新たな銀行体験」を追求した。国際的に権威のあるデザイン賞Red Dot Design Award 2021で日本の企業・団体としては初となる「Brand of the Year」(最優秀賞)に加え、コミュニケーションデザイン部門(アプリケーション)の「Best of the Best」(年間最高賞)ならびにコミュニケーションデザイン部門(ブランドデザイン&アイデンティティ)の「Red Dot」を受賞。モバイルアプリケーションは2021年度グッドデザイン賞も受賞した。

みんなの銀行 x Fjord Tokyo対談記事はこちらDesign Voice by Fjord Tokyo
長谷川 ふくおかフィナンシャルグループとアクセンチュアの間で築かれた共創関係が、まさに最大の成功要因だったわけですね。実際、「わが社も変革したいので BXを売ってください」と声をかけられても、どうしようもないですから(笑)

内永 確かに他力本願で何とかしてもらおうと考えた時点で、BXの本質から離れてしまいますね。BXを実現するために必要なことは、まず生活者のことを知ることであり、変革を阻むものがあるとすればそれは何なのか、組織や事業の根本から問題を探って解消していかなければなりません。それはその企業の当事者にしかできないことです。とはいえ、そこでは客観的な視点や幅広い知見も求められますので、その意味では幅広いパートナーと共創関係を築いていくことが重要になると考えられますね。

長谷川 実際、ひと口にBXと言っても、会社ごとにまったく異なる処方箋が必要となります。生活者とのコミュニケーションを強化するためにクリエイティブワークを見直さなければならないケースがあれば、組織の縦割りを解消するために人事的な制度から改革しなければいけないケースもあります。あるいは製造プロセスを見直すことで、商品開発のアジリティが大幅に改善することがあるかもしれません。そうした複雑に絡み合った課題をいかに紐解きながら変革を進めていくのか。そのためにも社内のさまざまな部門から垣根を越えて集まったメンバーと多様な分野の専門家であるパートナーが、フラットな立場で議論し合える場が必要となります。みんなの銀行を作り上げる過程でも、きっとそうした取り組みを重ねてきたのではないでしょうか。

内永 おっしゃるとおりです。ちなみに、先ほどの𠮷野家におけるC&Cの新しい店舗モデルはどんな形で推進されてきたのですか。

伊東 実はC&Cの店舗モデルは河村泰貴が2014年に𠮷野家の代表取締役社長に就任して最初に着手した取り組みで、𠮷野家のR&D部門である未来創造研究所でアイデアを育てていきました。社長直轄の一貫したプロジェクトとして粘り強く研究を続け、そこから得られた成果をもとに、社内のさまざまな部門や人材を巻き込みながら横展開に打って出たという段階にあります。

内永 なるほど、C&Cは社長直轄の取り組みだったのですね。これも非常に重要なポイントではないでしょうか。なぜなら世の中にはPoC(概念実証)という言葉があふれており、PoCをやること自体が目的化しているケースが数多く散見されるからです。そんなことばかりを繰り返していてもまったく意味はなく、BXという変革を成し遂げるためにはやはり強力なトップダウンのリーダーシップとスポンサードが欠かせません。そうした覚悟のようなものを社長直轄という取り組みから見て取れます。

伊東 覚悟という面では、もうひとつ重要なことがあります。それはP&Gでマーケティング責任者を務めていた当時から言ってきたことなのですが、BXを推進するメンバーは「We are designed to be dislike(我々のチームは嫌われるために作られた)」という認識を持たなければなりません。社内の多くの人にとってみれば、BXはこれまで守ってきた常識や価値観の否定につながる場合もあり、反発が起こるのは避けられないことです。そうしたこともすべて受け止めていかなければ、変革を前に進めることはできません。また、だからこそ必ず成功するまでやり遂げなくてはなりません。

内永 成功体験を一つずつ確実に積み重ねつつ、自分たちが目指すべき新しいビジネスのあり方を示していかない限り、まわりの人たちはついてこないですからね。

伊東さん、長谷川さん、今日は貴重なご意見をいただきありがとうございました。アクセンチュア インタラクティブとして日本企業のBX実現をより強力に後押ししていくためにも、今後さらに議論を深めていければ幸いです。

「Forbes JAPAN|Future BX Dialogue -今、経営者に求められる顧客体験を起点としたビジネス変革-」のイベントレポート記事はこちら(Forbes JAPAN掲載)
内永 太洋

インタラクティブ本部 最高戦略責任者 マネジング・ディレクター

Isobar Japan創業をはじめ、広告とデジタルマーケティング領域でイノベーションを起こし続けてきた。シリアルアントレプレナーとしても多くの事業・企業・産業連携プロジェクトを設立し幅広く活躍。
Forbes: Accenture Interactive
アクセンチュア インタラクティブは日本のブランドに寄り添い、BX(Business of Experience)の実現を支援しています。

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