災厄の化身“禍神(マガカミ)”が人知れず蔓延る禍(わざわい)の世界、神州扶桑国。
霊力の暗黒面とされるマガカミに対抗できるのは、霊力に触れられる異能者――
「神通者」のみ。
神通者は帝都・扶桑市に設立された
「六明館学苑」に所属し、
対マガカミ部隊「修祓隊(しゅばつたい)」として、
日常の裏で扶桑国の人々をマガカミから守っています。
分校の一つである安濃津分校からの要請による、旧都「京」への遠征。
本校の隊士たちは死闘の末、京を支配する九厄
「静華(しずか)」と配下の『四花仙』を祓い、
京を穢れから解放しました。
静華――京の守り神であった
千年桜。
彼女もまた長き呪縛から解放され、安らかな眠りに就いたのです。
安濃津での任務も終わり、本校の隊士たちは帝都へと帰還する事となりました。
■ □ ■
――京、帝宮。
「ここにいたんだね、佐士君」
「……朱音師範」
帝宮の庭園にいた
鹿島 佐士に、
一織 朱音は声を掛けました。
今はもう千年桜はなく、戦いの爪痕が残るばかりですが、
佐士は四花仙の筆頭である乙鑚が守ろうとしたものを噛みしめているように見えます。
「全部終わったんだ、と思ってな。これは、やはりここにあった方がいいだろう」
佐士は千年桜のあった場所に、神剣を突き立てました。
それを静華と乙鑚の墓標とするように。
「ヤツへの手向けだ」
「神剣の力は、霊脈を守るための楔になる。うん、あたしは反対しないよ。
それに、それは元々君が帝から賜ったものなんだから」
朱音は祈るように手を合わせた。
「菊。君の願いは果たされたよ。
すぐに、とはいかないけど、京はこれから昔のように賑わっていく」
まだ人が住める状態にはなっていないものの、京は安濃津分校の隊士と砕禍衆によって、
街の修復が進められていました。
「安濃津を離れるまで、まだ少しだけ時間がある。
どうする、佐士君? 今は開祖様、と呼んだ方がいいかな?」
「やめてくれ、師範。俺は確かに、坂上 赤紫だった。
だが、今は六明館学苑の修祓隊士、鹿島 佐士。これからも、そうあるつもりだ」
佐士の正体は大災禍の時代から現代に時間跳躍した、憑霊術の開祖
坂上 赤紫。
それを自覚し、記憶が完全に戻りましたが、それでも佐士であり続けると告げます。
「ただ、帝都に戻る前に……京をひと通り見ておきたい。
今の俺が、かつての俺の足跡を辿ることで、新たに見えるものがあるかもしれない」
佐士と朱音が、半透明の蝶の姿を捉えました。
「菊? ……じゃ、ないか。でも、神祇は今も佐士君を気に掛けてるみたいだね」
二人は蝶の後についていくことにしました。
■ □ ■
――帝都、市谷区。
安濃津遠征組の隊士たちは帰還後一週間の休暇が与えられ、思い思いの時間を過ごしていました。
「もっと高度な術を教わりたい、ですか?」
『はい。マガカミの探知範囲を広げ精度を上げることができれば、楪様たち観測官の力を借りずに、
新人隊士たちの実戦指導や訓練が行えるようになります。
その分、楪様たちの負担は減りますし、
観測官が巧妙に擬態して社会に溶け込むようになったマガカミを見つけることに専念できるようになるかと』
二階堂 夏織 キャロラインが式神越しに、
五星 楪(ゆずりは)に探知術の指導を乞いました。
安濃津では四花仙の瘉奴慧が尼僧に化けて分校隊士を手駒にしていましたが、
帝都のマガカミの擬態・隠蔽能力も以前に比べ高くなっている、と言います。
「いいでしょう、二階堂。
二階堂、仁科と五星には似通った部分が多く、
あなたは既に皆伝となってもおかしくないだけの実力があります。
ですが」
楪は口元を緩めました。
「今はまだ戻ったばかりです。指導は休暇が終わってからです」
『はい、ありがとうございます』
夏織の式神が消えた後、楪の頭の中に不快な笑い声が響きました。
『クカカカ! 静華を祓って戻ってきたばかりだというのに熱心なことだ』
「黙りなさい、牛鬼」
九厄・牛鬼。
楪が宿すマガカミですが、学苑が九厄の力を利用しているという事実は機密情報となっています。
『だが確かに、あの小娘の言う通りだ。宿儺もそうだったが、こそこそ隠れるのが上手くなっておる。
他にも復活した九厄がいるかもしれんな。
もっとも……自身がマガカミであると自覚していないかもしれぬが、な』
牛鬼、獏王、宿儺、静華。
現代ではまだ確認されていない九厄は五体残っていますが、既に復活していても不思議ではありません。
『せいぜい今は束の間の平穏を楽しむことだ。クカカ』
■ □ ■
――市谷区、六明館学苑の工房。
「ゆきにゃん、お使い頼んでいいかにゃ?」
「……何が必要?」
“三代目”久重 元内は、工房の中で仕事ではない、趣味のからくり作りに勤しんでいました。
百地 雪奈に手伝ってもらいつつ、気ままに作業を行っています。
「とりあえずこの紙に書いてあるのを……あ、間違えた、こっちだ」
買い出しリストと間違えて、
機巧浄瑠璃(からくりじょうるり)の上演案内を渡しそうになりました。
「この作品の名前――鬼譚『千年桜』」
「ゆきにゃんもやっぱり気になるにゃ?
まだ人間が異種族と共にあり、人々が怪異を認知していた時代。
都である京に暮らす一人の姫と、その従者である侍の主従を超えた愛と悲劇の物語。
これが人気みたいなんだけど、京の千年桜の事を知ってるボクたちからすると、ねぇ?」
京の千年桜の伝説を基にした創作という触れ込みですが、実際に京に行った元内は興味を引かれました。
「ゆきにゃん、買い物はやっぱ後にゃ。
一緒に見に行かない?」
雪奈は静かに頷きました。
■ □ ■
――六明館学苑。
「朱音と景には後で儂が伝える。
さて、安濃津に行っていた隊士が皆無事に戻ってきたわけじゃが」
「うむ、九厄を倒し、見事帰ってきた! 素晴らしいぞ!!」
仁科 碧斗、
三井 楓、
紫垣 玄、
五星 梓。
遠征していた朱音と
睦美 景を除く六大師範が集まっていました。
「そうですね。今回は長期に渡ったこともあり、安濃津でも鍛錬を積んだのでしょう」
「やはり皆様、門下生をはじめ、隊士たちの成長を知りたいとうずうずしてらっしゃいますわね」
四人の考えは一致していました。
「どれ、今回は儂らが直々に隊士たちの成長を確かめようじゃないか。
あくまで希望する者は、じゃがの」
「試験ではありませんわね。あくまで模擬戦。ただし――手加減は抜きの」
遠い地で成長を遂げた隊士たちの力を知りたい、と。