ティムラズ・レジャバ氏

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 ロシアのウクライナ侵攻に対して、日本のテレビ番組の出演者の中には、「市民の犠牲が増えるから徹底抗戦しなくてもよい」などと発言する者がいる。しかし、母国がロシアに侵攻された経験を持つ駐日ジョージア大使のティムラズ・レジャバ氏は、「降伏するとかえってひどい状態に陥る」と指摘する。

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【写真4枚】侵攻された母国とプーチンの脅威について語るティムラズ・レジャバ氏

 ジョージアは人口400万人ほどの国で、ワイン発祥の地である他、シュクメルリなどの料理でも知られています。黒海とカスピ海の間に位置していて、コーカサス山脈を挟んだ向こう側がロシアになります。

 地理的な関係から、我々は常にその脅威にさらされてきました。1922年にソ連の支配下に置かれ、91年に独立したものの、ロシアとは緊迫した状態がずっと続いています。

ティムラズ・レジャバ氏

 今から14年前には、ロシア軍が実際に国境を越えて、侵略してきたこともありました。私は当時、首都のトビリシにいたのですが、あれは人生観を変える大きな経験でした。自宅から数十キロのところまで軍が迫ったのです。まさに恐怖を感じる体験でした。

 あの時、ロシアは(ジョージアの一部)南オセチアにいる現地のロシア系住民を保護すると一方的に主張し、戦争を始めました。今回も、ウクライナ東部のロシア系住民を保護する名目で侵攻を開始しており、手法は酷似しています。

ロシアの支配地ではさまざまな犯罪行為が

 ただ違いは、私たちがロシアと5日間で停戦合意した点です。もっともその結果、我々が平和を取り戻せたわけではない。ロシアが合意後も約束を破って、軍を撤退させず、南オセチア及びアブハジアの両地域を実効支配したからです。あの国がまるで信用できない相手だというのが、お分かりになるはずです。

 しかも現在もなお、ロシアは境界をじわじわと広げ、我が国に権益を拡大しつつあります。また先日、南オセチアでロシア編入を問う住民投票を行うと表明されましたが、これには法的根拠などない。単に、力による支配を正当化するためであるのは明白です。

 ロシアの支配地では、民族浄化をはじめ、人道に反するさまざまな犯罪行為が行われています。法律もきちんと機能していないので、誘拐、薬物取引などの犯罪が頻発しているのが実情です。

 ウクライナ人はそうした実例を見ていますから、ロシアの占領地がどうなるのかよく理解している。彼らが徹底抗戦を続けるのは、降伏してもかえって酷い状態に陥ってしまうと分かっているからです。

自由と独立を守るため

 もちろん、命を懸けた抵抗は彼らにとっても苦渋の選択でしょう。それでも、自由と独立を守るために戦うという気持ちを強く持ち続けている。これは並大抵のことではありません。

 それなのに、日本の番組出演者の中には“市民の犠牲が増えるから徹底抗戦しなくてもいい”などと言う方々がいますよね。私は彼らの発言を理解できません。ロシアと利害関係があるとしか思えないのです。

 ウクライナ軍の健闘もあって、戦線は東部に限定されつつあるようですが、プーチン大統領が一度始めた戦争を簡単に諦めるわけがない。確かに大統領は過去の侵攻で味を占め、開戦を決断した節があり、これほど苦戦するとは思ってもみなかったでしょう。

 自軍の被害も顧みない彼は、日本語で言う“ヤケクソ”の状態なのかもしれません。しかし、だからといって、その頭の中に“敗戦”という選択肢はないはず。我々はこれからも一喜一憂せず、断固とした方針の下、ロシアと対峙していく必要があるのです。

「週刊新潮」2022年4月14日号 掲載