神仏のご利益は本来どれくらい? | 運の良い座敷童子的な生き方

運の良い座敷童子的な生き方

この世の不思議を語る、運の良い経理事務。
古代神話ファン。
本名が天女から付けられています。
このブログがあなたにとってジュピターでありますように。


テーマ:

こんにちは。

今日は謎なタイトルを元にお伝えしていきます。

タイトルって難しいですね😅


前回はこちらから。


 

さて、神仏のご利益って本来はどれくらいか、知っていらっしゃるでしょうか。

 

 

 


 

「本来は」ですからね。

カルマを換算せず、といった意味となります。




 

神仏はから何かを生み出せるようなご利益は難しいらしいですよ。






つまり、数億円の所得がない人が、

「数億円手に入りますように✨✨」と祈っても、

なかなか叶わないのは、そういう意味です。

 

 

 

 

 

しかし、数億円を一度でも手にしたことがある人は、

このお願いが成就する可能性があります。

 


 

 

 

これは神仏のごひいきではなく、

願掛けをする人が「手段を知っている」からですね。



 

願掛けをするときは、この「手段を知っているかどうか」をぜひ思い巡らせてください😆

知っていたら、成就する可能性があります✨✨


 

 

 

 

そう、願望成就には、個々それぞれ差があるのです。

カルマや善行や運勢までも関わって来ますから😅

 

 

 


 

そこで❗️

本来のご利益とは、どれくらいのレベルなのか、知りたくはありませんか。

 

 

 

 

 

例えば稲荷系(稲荷神と縁がある人)の人が、豊かさをご利益として受け取ったときには、こういった感じになります。

 

 

 

 

 

食べることに困らない。

 

 

 

 

 

これです。

大金が空から降ってくるわけではなく、収入がじゃんじゃん増えるわけではないのです。


※甘いわ…

 

 

 

「毎日、空腹感を感じられない程度には、食物が向こうからやってくる」

というわけです。

 

 

 

 

人からおすそわけがあったり、

物々交換で食べ物が手に入ったり、

細々と仕事が安定していたり、ですね✨

 




 

神さまからお使いを頼まれるときは、

そのお使いに見合った同等の金額が、別の方向からお礼としてやってきます。

 

 



 

わたしだったら、広島市〜出雲までガソリン代1500円くらい😆?←ハイブリッド

だったらその1500円が、どこからかやってきているはずです♪

 

 



 

ご利益とは、本来はこういったことなのです。






足るを知る、という言葉がありますが、

このささやかながら、食に困らない人生、

お礼として同額のものが返ってくる、

ということに気がつくのも、大切かもしれません。




 

 

 

一攫千金とか、

一発逆転などは、

その人のカルマと運次第、なのかもしれません。


※広島福屋の空中稲荷


 


そもそも、神仏への心願成就っていつからそんな流れになったのかというと…😅

 

 

 

 

 

過去の歴史を振り返ると、

外国から伝来した密教(真言宗や天台宗)を使って、

ガンガン願掛けをしていたのが、かの藤原一族です。

 

 


 

 

お前らか…

 

 




 

 ※失礼ですよ!





個人の利益をガンガン追求していくと、それ相応の代償が発生しますので、願いが全て叶うかたも、ぜひ、

試されている❗️という気持ちでいてくださいね。


願掛けの代償



※閻魔大王



密教の教えって、悟りの世界に入るためのものなのにね…。

初っ端からこれですから。

もちろん心願成就の歴史も長かったりします。

 


 


 

神仏ってすごいんだわ。

 

 

 

 


現代では、すっかりご利益を得る手段になっておりますが、

心から神仏を敬うと、日常で平安を得ることができるようになりますよ😆✨



※出雲大社


 

さて、日本では神さまと仏さまは同一のもの、という独自の文化がございます。

これを神仏習合と呼んでいます。

 

 

 


 

神さまは縄文時代から、

仏さまは古墳時代に外国から入ってきたのですが、

昔はお坊さんが神さまの御祈祷をするのが当たり前で、戦後くらいまで神社でも合掌でした。

 

 

 

 

 

阿弥陀信仰が生まれたのは、平安時代の終わりに災害が多くなったからです。

 

 

 

 

ああ…😅

なんとなく分かりますよね。

 

 

 

 

 

今と違って国の保障もありませんので、

もういっそ阿弥陀如来にすがって、浄土につれていってもらおう!という教えだったのですね。


※阿弥陀如来

 

 

この流れを汲んで生まれたのが、鎌倉仏教です。

浄土宗、浄土真宗、曹洞宗、臨済宗、日蓮宗、時宗などですね。

 

 

 

 

こちらは密教のような厳しい修行はいらないよ、という教えで、とても広く一般に広まりました😆

 

 

 

 

 

織田信長が苦戦した一向宗もそうですが、

本来願掛けが完全に叶うのであれば、信長公もすがったと思うんですよね…


 

 


 

しかし、信長公は排除の方向に動いてしまうのです。






信者の一致団結が、とても邪魔なものに感じられたのでしょうね。

 


 

 

つまり、信長公はものすごいを背負っているはずです。

まだ生まれ変われていないはずですよ。


死後の世界


 

死ぬことを恐れないという浄土系の仏教は、戦争においては良し悪しになるのでしょうね…。




 

 

 

一方の神さまとは、全ての万物には神が宿るという考えです😆

これを、付喪神といいます。





そして、明治時代に神仏分離が行われたせいで、これに伴ってたくさんのお寺が廃寺になり、仏像が捨てられました。

これを廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)といいます。







日本の神道と仏教はとても相性が良かったので、今も神仏習合の名残が残っているところが多くあります。





名残が残る寺院は強力でしたので、ぜひ現在でも敬ってくださいね。

中国地方では、岡山の最上稲荷などがあります。






戦後の現代ではなんとなく、

結婚式→神さま

お葬式→仏さま

になってしまっていますが😅

 

 

 

 

このように、本来の神仏の存在というのは、お願いを叶えるものではなく、

 

 


 

一発逆転な豪快なものでもなく、

 

 


 

ささやかな日常が過ごせるように、見守ってくださっている存在なのです😆✨

 

 

 

 

 

「足るを知る」

わたしたち現代人が一番苦手とするものかもしれません。

 

 

 

 

だから、

 

 


 

もしかしたら…

 

 


 

もう願いは叶っているのかもしれないですよ😆



続きはこちらから。







ブログランキング・にほんブログ村へ
※応援してくださると嬉しいです!



宮島の大聖院


 

 波長の幅


 

 守護霊からの軌道修正