ACT9 彼らの意志
ことあるごとに母は怒鳴っていた。酒がない、いい男がいない、金がない、賭けで負けた──あんた、体でも売ってこいよ。そんな風に。
父がモンスターとの戦いで死ぬ前から夫婦喧嘩は絶えず、父が仕事に行っている間はひたすらに自分がその暴言と暴行を浴びせられていた。親の言うことくらい聞け、というわけのわからない免罪符で酷い仕打ちを受けて、何度も何度も不当な暴力と暴言への、数えきれないほどの呪詛を星霊神様へ吐露した。何度となく家から放り出され、真冬の夜を教会で過ごした。気の毒に思ったシスターや司祭が母を説得するも、その日の夜は一層激しく怒鳴られ、殴られ、蹴られた。血反吐を吐いた回数は覚えていない。
幼いながらに痣だらけで、全身が変色して腫れ上がっていた。視界は自分の皮膚で塞がれ、美しいハイエルフの面影などなかった。
死ね、死ね、死ね。あんな女、死ね。くたばれ。無惨に、惨たらしく、引き裂かれて噛み砕かれて無様に死ね。それは祈りではない。ただの呪いだ。恨みで、そしてひたすらに叫び続ける怨嗟だった。
それが届いたのだろうか。とうとう神罰は降った。
村に突如モンスターの大群が押し寄せてバリケードを踏み潰し、母は爪と牙に引き裂かれてズタズタの肉片となって死んだ。最後の最後まで意地汚い悲鳴をあげていた。目の前で死ぬ母を無視し、自分は安全な丘の上の教会へ逃げた。
けれどモンスターは徐々にそこへ進軍してきて──そして、巡礼中の聖騎士たちが駆けつけた。
一掃されたモンスターの死骸、破壊された家屋。道々に転がる肉と骨のかけら。
それを眺めて、荒れ果てた故郷を見て、何の感情も浮かべない彼女に教会の人々はぞっとした。
ただ、それでもなお──、
「来るかね。君、名前は?」
モンスターを退けた老齢な男が、上等なミスリルの鎧を着込んだ聖騎士がそう言って手を差し伸べてきた。
「シオン。ママは別の名前で呼んでた。でもパパは、私をこう呼んでた」
「そうか。ではシオン……。もう二度と傷つきたくないのなら、大切な人を失いたくないのなら、この手を取るといい。呪い呪われる生き方をやめないかね」
シオンは籠手を外した、しわが刻まれた手を握った。優しくてゴツゴツした手は、まるで朧げな父の手の記憶と重なっていた。
×
二月四日の木曜日、夜。
スエイド丘陵にて横断二日目の夜を迎えたレドたちは、村というよりは集落に近い、宿と道の駅を中心に旅人向けの施設が川沿いに並ぶ『白い牡牛亭』というエリアに来ていた。
歩き疲れていたレドたちは特に意見交換をするでもなく、宿の一つ「白い蹄亭」に入っていった。白い牡牛亭という看板になっている名前ではない宿だが、ここにあるということは一種の系列なのだろう。
「一泊。部屋はどれくらい空いてる?」
「シングルが一つと、ダブルが三つ」
若く無愛想な男の店主が相応じた。種族は人犬族で、右目は火傷痕で潰れている。頭髪も右側は火傷が原因で毛がない。服の襟元からは数々の傷が見えた。かつては冒険者だったのだろうか、軍人だったのか。苛烈な半生だったことは確かだ。
「シングル一つ、ダブルを二つ。いくら?」
レドの問いに、男は「合計で一万四〇〇〇リム」と短く言った。都市部の宿は安くても一泊八〇〇〇リム以上。それを思えば五人で一万四〇〇〇リムはかなり安い方だ。
財布から紙幣と硬貨を取り出してそれをカウンターに置く。店主はそれを数えて頷いた。
「食事を出すから、適当にくつろいでいてくれ。……お客さんだ。夕食と酒、五人分」
窓からは水車が見える。ここの川は幅が広く、ボートの往来も見受けられることは昼間に街道沿いから見ていたので知っている。人々はその川で物資の運搬や、あるいは漁をしていた。水棲型のモンスターを防ぐため、網目状のバリケードも所々に見られたが、船を通すための出入り口から侵入してしまうらしく、警備を任せられているのだろう冒険者や用心棒が武器を手に川沿いに歩いており、目を光らせていたのを覚えている。
この白い蹄亭は、近くの牧場で働く農夫──の息子が店主なのだと、隣の席のドワーフの男が言った。筋肉の塊と形容できる体つきであるドワーフだが全体的に背が低く、筋肉のせいで横幅が広いし、腹が出ているように見えるが、あれらは全て岩盤を叩いて成形したような筋肉である。小柄だからと甘くみていれば、平手一発で気絶するほど。それこそ、彼らは獣人族でいう人狼族や人虎族に並ぶ、身体能力に秀でた
ギースは隣の席のドワーフの親父と酒を酌み交わしていた。歳が近いので気が合うのだろう。そのドワーフは戦斧こそ背負っているが、聞こえてくる内容的にここから地下に伸びる坑道で魔石などを採掘する鉱夫らしい。
「おっさん同士、話が弾んでるな。っていうか、部屋の振り分けは?」
エールを瓶でラッパ飲みしていたラウスがそう聞いていた。そんなものは実質決まっているものだとシオンは察していた。少なくともレドとクラムは決定だ。
「じゃあ俺があのおっさんとかよ……まあ、悪いやつじゃねえしいいけど」
「いくらなんでも女神官を同じ部屋に招いたらアレだしな」
「あの、護衛として一人いて欲しいんですが
それとなく現実的なことを言うシオン。祈りを介して魔力を法力に変え、法術という特別な術法を身につけている教会の人々は、その全員が戦えるわけではない。通常の神官と武装神官と分けられるように、戦うことができる聖職者は限られていた。
シオンは戦える側の神官──中位武装神官であり、法術を外傷などの治療や血行促進、それに伴う健康維持といった医療としても使える一方、法力を体に流して肉体を強化することも可能だし、なにより法術弓という聖具を持つ。ちなみに、法力強化から着想を得て生まれたのが、魔力による基礎身体強化であった。歴史的には、法力強化の方が先である。
「……お前、あのおっさんのいびきに耐えられる自信は」
半眼で問うラウス。クラムは話半分で食事を待ち構えていた。さっきから視線がカウンター越しに見える厨房に釘付けである。
「ありません……」
短い間とはいえ、ギースのいびきがそこそこ凄いことは周知だった。無視できるのはどんな環境でも仮眠を取れる方法を師匠から教えてもらったレドと、レドといれば心を安らがせられるクラムだけで、ラウスとシオンには割と大変な状況だった。まあ、ギースには悪気はないし、モンスターとの戦闘で一番頼りになるのは彼だ。知識だけはあっても本当の旅に関しては完全な素人であるレドたちがここまで無事に来られたのも、他ならないギースの尽力あってこそだろう。
ややもしないうちに、給仕の女性が食事を運んできた。むっすりした店主と違って明るい笑みで「ごゆっくり」と言って去っていく。ギースが「手を出しな」と言って、その手に硬貨を握らせる。要するにチップだ。
並んだのは川魚の炙り焼きにチーズ、堅焼きパン、カブとじゃがいもを煮込んだホワイトシチューである。
全員で手を合わせて「いただきます」と唱和する。串に刺さったままの魚をレドは頬張って、はらわたの苦味を味わいながら咀嚼する。飲み込んでからもう一口かぶりついた。臭みが少なく、炭火の風味と塩が利いていて、それ故のシンプルな味付けがダイレクトに魚の旨味をアピールしていた。脚色がないそのままの焼き魚は、旅仲間全員に好評だった。
結局のところ、部屋の割り振りに関してはレドとクラムペア、ラウスとシオン、そしてギースという具合になった。そのことを聞いたギースはまさか自分のいびきが原因だとも知らず、さも若者のそういった事情だというような顔でにやついていたが、指摘して怒らせるのも面倒なので、レドたちは、まあ……そういうことだという認識で済ませておいた。
食事を終えたレドたちは作戦会議も兼ねて、一旦全員でレドの部屋に入る。かんぬきを嵌めてドアをロックすると、まず最初にギースが切り出した。
「敵方にも俺らと同じ英霊の生まれ変わりがいるんだとして、なんでそいつらは闇夜の星霊神を復活させたいんだ?」
端的な問いだった。そう、そこがわからないのだ。
クラムは叶わぬ恋を果たすために輪廻転生をしてきた。レドはそんなクラムに引っ張られる形で転生している。ただ、ここに集うラウスをはじめとする面々がなぜ転生してきたのかが謎なのだ。可能性として高いのはレドとクラム──正確には、レドの出自になんらかの理由があり、それに巻き込まれる形で輪廻を巡って今の時代に集ったということだろう。
「それこそ大昔に、闇夜の星霊神復活を企てたから……じゃないのか?」
単純だが可能性としては最も高い考えをレドが口にした。
この推論がどうあれ、それこそ八〇〇年──いや、下手をしたらそれ以前から闇夜の星霊神復活を目論む連中がいたことになる。彼らは長い年月をかけてその手先を増やし、徐々に星十字聖教会を
と、レドはふと思った。
(俺がランドルフの生まれ変わりってことは、王室繋がりなんだろうな。記憶はないが……)
クラム、ラウス、シオン、ギース、そしてユスフ。
「なあ、俺はランドルフの生まれ変わりだろ。血じゃなくて、魂を継いだって感じだろうけど。んでクラムは竜族で、ラウスは盗賊ギルドの名うての大盗賊の子供かもしれない。シオンは教会関係者で、ギースは元とはいえ騎士で、今は傭兵だろ? 俺らは今は実質、冒険者に近い。んで、行商人のユスフ。……どうだ、なんかわかるだろ」
シオンがハッとした顔をした。
「全員、何らかの組織に関与している、というわけですか?」
「そう。俺たちがそうであるように、敵もいろんな組織に関与してるかもしれないんだ。不安を煽るつもりはないけど、こんな感じでどこかに味方がいたり、敵がいる可能性だってある。だから……」
レドはリュックから一枚の羊皮紙を取り出した。それをナイフで五枚に切って、それぞれにレドが、魔力をインクにしている魔力ペンでエンブレムを描く。自分と関わりがある──いや、恐らくは全員に関連がある竜の意匠を。それを描いて、仲間たちに手渡した。
「仲間の証だ。ネメシス怪盗団の、俺たちの」
ラウスがエンブレムを手に、口角を持ち上げた。
「悪くねえな、これ」
他の面々も、気に入った様子で頷いたりする。
「とにかくまずは、涙を集めようと俺は思う」
「レドのいう通り、それがいい。私も、どうしてそう思うのかはわからない。けれど、レドは……私たちは涙を集めねばならない気がするの」
クラムが呟いた。
「十二体の竜王、その涙……。それがきっと、私たちを導く。行かなくてはならない場所、会うわなくてはならない者に引き会わせるように。私に桃色の宝珠を託した慈愛の竜王……その座をついた竜王もまた、そう言っていた。時代の変わり目、世界が変わるこの瞬間に涙が必要になることを。でも、私はそんなことはどうでもいい。ただ、好きな人といたい。レドと暮らしたいだけ」
世界変革の時代。それは、一〇〇〇年の区切りで起こる。ギースが顎に手を当て、
「それこそ一〇〇〇年前、この国ができる少し前に、闇夜の星霊神復活に関連した騒動があったんじゃないのか? それが、前の世界変革で……。その末の混乱が、王国ができる前の戦国乱世の原因だったんじゃあないのか」
コルネルス連合王国は、初代国王ランドルフとラプレが平定するまで、激しい戦乱の時代にあった。その原因は詳しくは不明だが、古い王朝が崩壊した結果起きた利権争いがどうだったとか、そういう類のものだと聞いている。教会で、そして師匠のラヴィオからそう学んだ。
「まあ……正直俺にはまだ、ピンとこないんだよな。あの婆さんが俺の親について知っていたこととかも含めて、色々。でも確かなのは、アルトって聖騎士がヤバいことと、リジュイってシスターがなんかの糸を引いてることだろ? あの二人が転生者なのは確かだっていう話だけは、俺ははっきりと事実だって断言できる」
ラウスがそう言った。それについては彼だけではなく、レドを含め全員が同じ見解であり、そうであると言い切れることだった。
何らかの英霊の生まれ変わりである自分たち。一〇〇〇年の区切りで引き起こされる世界の変革と、恐らくはその根幹にある闇夜の星霊神。
アルトとリジュイ──。あの村を焼き、レドとラウスを危険な因子として認識している連中。それこそ向こうも、転生という事実やその顕現たるレドの正体にも気づいている可能性があった。
あの日教会に忍び込むように仕向けていたのかもしれない、という考えはほぼ確信に近いものになっていた。聖騎士をさりげなく招いたことや、ラウスの警戒を緩めさせるような警備の甘さ。それこそ、あの脱出路についても知った上で放置していたのかもしれない。
ただ、シオンという裏切りがあり、そしてユスフという助けがあった。向こうの思惑は、こちらが招いた偶然の助けで──先祖の縁によって崩されたのである。
レドは胸元から蒼穹の涙を取り出した。蒼穹の竜王ラプレが流した涙で、全ての竜王の涙を受容する器。突き抜けるように青い、空を思わせるそれがランタンの火で艶かしく輝く。
「俺は、このために生まれたきたのかな。……世界がどうとかっていう。そんなわけのわからないことのために」
「それは違うだろ。偶然だ、そんなの。俺たちはきっと、そんなことで巡り合ったんじゃない」
独白のようなレドの言葉に、ラウスが首を横に振った。シオンが言葉を引き継ぐ。
「運命だとか、使命だとか……それは結局、ヒトの身である私たちにはわかりません。けれど私がレド様たちを逃したのは、他ならない私自身の意思だったんです」
「俺もさ。やかましい客がいたから叱った。そしたらたまたま、弟の知り合いがお前らだったってだけだ」
クラムが言う。
「私は世界のことなんてわからない。なんとなく、ぼんやりとした糸のようなものを感じるだけ。でも、レドといられればそれでいい。それ以上は何もいらない。好きな人といたいと言うこの気持ちは、私のものだから」
仲間たちの言葉は、それこそ星霊神たちにとっては腹立たしいだろう。世界を動かそうとする神々の駒が、その使命を捨てているのだから。けれど、神に思惑があるのなら、人間にだって考えや意志がある。
レドは蒼穹の宝珠を胸元に入れて、頷いた。
「ありがとう。……なら、これも俺の意志なのかもしれない」
ランタンの火が揺れる。
「俺は、俺について知りたい。俺は一体、何者なのかを。それを知りたいんだ」
星䨩のドラグオンズ・ニーア ─ 煌めく十二の宝珠と冠を戴く竜王の玉座 ─ 百竜呑ライカ @9V009150Raika
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