ACT8 因果の鎖

 二月二日、火曜日。レドたちがジュネオ山岳でモンスター狩りをしていた日──。

 キルウィス森林はその日も雪に覆われ、キゥス村もまた例年通りの積雪に見舞われていたが、けれどその日の村はこれまでとは違う──いや、あり得ない光景を露わにしていた。

「無垢な魂は救いようがあるだろう。しかし、悪魔に汚された魂は速やかに救済せよ!」

 聖騎士アルトが金の髪を揺らして、部下の神官に命令した。連れてきた神官と、引き込んだ神官は合計して二六名。加えて配下にした部下が五〇名弱。合計にして八〇名近い『手先』が、村を襲い、焼いていた。

「悪魔の子を匿っているのは誰だ!」

 神官が怒鳴りながら民家のドアを蹴破る。怯える、まだ十代くらいの夫婦が幼い我が子を抱きしめて首を振った。

「な、なんのことだ!」

「しらを切るか。おい」

 神官が命じると、布鎧の男が剣を手に女の服を裂いた。

「いやぁっ! あなたっ……!」

「よせ、何をするんだ!」

「心臓を抉れ」

 その命令に女は青ざめ、小水をこぼす。幼い子供が「おかあさんをいじめるな!」と男の足に組み付いた。男はその子供を力任せに蹴飛ばして、神官の足元に転がす。神官は汚物を見るような目で、法力を込めた手で子供の首を掴み上げた。ぎち、と力む腕。子供が悲鳴さえあげられずじたばた抵抗する。

「やめろ! なんなんだお前らは! 神官じゃないな!?」

 みしみしと音を立てる、細い首。子供の目が血走り、血が混じった泡を噴き出す。

「おっ、か……とう、さ……け、て……じに、……く、ない……」

「お願いやめて! 子供に手を──」

 ばちゅんっ、と子供の首が潰れ、頭が破裂した。

「さっさと質問に答えろ。次はお前らがこうなる。悪魔の子はどこだ」

「あぁ……ぁぁあああああああああああッ! っ、ああああああああああああああああああッ!!」

 妻の方が発狂し、キッチンのナイフを掴んだ。旦那が「やめろ!」と叫ぶも、彼女はそのナイフで自らの喉を貫いた。

「嘘だ……、ぁあ……」

「時間の無駄だな。焼け」

 命じた神官に頷いて、男は油瓶を投げつけ、松明を放り込んだ。

 そのようにしてキゥス村のあらゆる家屋が燃えていた。

 教会だけが無事であり、焼け落ちる家々を前に、連行されてきた幼い子供が涙を枯らすまで泣いていた。虚ろな目をしたシスターが慰める。そしてリジュイが甘く子供たちに囁くと、彼らは自ら望んで「悪魔に鉄槌を」と口にして、挙句の果てには「この命を支払います」などと言い始める。同調するように、傀儡と化したシスターや衛兵までもがそんなことを言い始めた。呪詛のように「心臓を捧げます、魂を捧げます」と合唱する。

「アルト様、生贄は用意できました」

 リジュイはそう言って、アルトに跪いてこうべを垂れる。

「よし。……あとで褒美をくれてやる。ベッドで待っているんだ」

「はい……アルト様」

 うっとりと、恍惚な笑みを浮かべるリジュイ。

 冷たい目でアルトは神官たちへ目を向けた。

「エヴァン」

 エヴァンと呼ばれた若い神官が顔を向けた。彼はラウスに絞め落とされ、ミスリルを奪われたあの神官だった。その顔には明らかに疑問、そして恐怖が浮かんでいる。ここまでする必要はないのでは、という。

 星十字聖教会が、一部で過激な行いをしていることは界隈の中のある部分ではある程度知られている。そうした汚い話は教会のみならず、王室にもつきまとうものだ。けれどエヴァンは、流石にやりすぎだと思えていた。

「お前への罰がまだだったな?」

「は……っ」

「悪魔の子を探し出せ。奴らを始末しろ。さもなくば、悪魔の子のせいで・・・・・・・・無辜の民が次々と・・・・・・・・虐殺されるのだぞ・・・・・・・・?」

「はっ、はい。お任せください。か、必ずや、みっ、見つけます……!」

「よろしい。現時点をもってエヴァン・ルジェス下位神官を特別武装神官に任命する。適当に二人ほど供を見つけ、ここを発て。ああ……ここで起きたことを口にすれば、悪魔どもが図にのる。他言無用だ。いいな」

 緑色の目が、怖かった。ただただ怖かった。直視できない。震えながら、エヴァンは「お任せを」と呟くのが限界だった。

 怖い、怖い、怖い──! 逃げねば、逃げねば──! ──この悪魔に、殺される!

「エヴァン様。逃げようなどとは、思わないでくださいね」

 去り際に、リジュイが囁いた。

「はっ、はぁ……っ、はい、っ。だ、っ……大丈、夫です……。やりおおせてみせ、っ、みせます」

「よろしい。星霊神様のご命令だ。法王様もお喜びになられるだろう」




 その様子を村のはずれにある樹木の枝から見つめる瞳があった。

 狐の耳のような、羽角のようなそれを生やすもふもふした羽毛を持つフクロウだ。ウルローぺというこの地域特有のモンスターで、古くは梟狐きょうこと呼ばれる猛禽類である。雪国であるキルウィスを含む一部地域から北では、守神の使いともされている神聖な生き物であり、祠にはウルローぺを祀る石像などもあり、北国の観光名所にもなっている。

 そのウルローぺは美しい赤みがかった金色で、瞳は綺麗な水色。スリット状の黒目は常に大きさを変えており、丸くなったり鋭くなったりを繰り返していた。そのウルローぺは視野を拡大したり縮小し、あるいは光量を増幅させたりして村の惨劇を眺めていた。

 主人が死に、あの少年が旅立った。……主人が言っていたのだ。「俺が死ぬ時期は、きっと良からぬ出来事の前後だろう。しばし、この地を見守れ」と。これがおそらく、良からぬ出来事で、自分をここで待つよう命じた理由だ。

 追わねば。あの、藍色の少年を。兄の名を継いだ、次の主人を。

 朱金色しゅこんじきのウルローぺは──ラヴィオの使い魔であるスカレヴァは枝を蹴って、羽ばたいた。風を捕まえて、幼い頃から嗅いできて、鼻の奥に染み付く匂いと気配を頼りに空を行く。

 なにか、なにか恐ろしいことが起きている。それは使い魔の勘、そしてこの世界に生を受けた生き物の直感だった。

 ──レドに、伝えねば。


×


 二月三日、水曜日。村が焼かれ、若き神官・エヴァンが恐怖に飲まれた翌日──。

 旅立って三日。ユスフは芦毛のゾイル──メディの背中を撫でる。

「ご苦労だったね。僕はさっそく仕事に取り掛かるよ。……安心して。フォニアは大丈夫。あの子たちなら大切にしてくれる」

 キルウィス森林を東に抜けてクルゼム領のディヴィー山へ。そこをさらに東へ、街道を使って突き抜けて、ユスフはマールグ市へ来ていた。

 城門の衛兵には怪しまれたが、それとなく賄賂を握らせると「疲れているから、ネズミには気づかんな」といってユスフを通した。

 落ち着いた所作で振る舞い、都会慣れしているユスフはゾイルから降りて市内を歩く。

(キゥス村の聖騎士……。昨日見たあの黒煙はレドくんたちと別れた方角だった。司祭を殺した何者か、その冤罪を被せた教会……司祭殺しはその聖騎士というのはあながち間違いではないとしたら、やはり過激派だったから殺したんだろう。じゃああの煙は……あそこまでする必要は……)

 不安そうな顔をするユスフを、メディが鼻を押し付けて慰める。

「ああ、ごめん。レドくんたちなら大丈夫だろうね。上客だから、心配したけど……。うん、きっと大丈夫だ」

 その自信はどこからくるのか──、けれど、ユスフの予感は大体当たる。小さい頃からそうだった。いい予感も嫌な予感も、なんとなく当たる。ギャンブルには全然活かせないのだが──だからレドたちとのポーカーで散々負けたのだが──、しかしこの予感に従った商売が外れたことはない。きっと、その商売相手であったレドたちの言っていたことは事実で、あのときの取引だって意味があったはずだ。

 だからこそ、

(竜王伝説、そしてその原因とも言える世界変革の予言……。僕が彼らと出会い、その予感を抱いたことには意味があるはずだ)

 ユスフの瞳に、確かな意志が宿る。

(僕の方法で、この伝説の真相を探るしかない。きっとこれが、僕が生まれてきた意味だ。十二体の竜王、八大星霊神、そして闇夜の星霊神……ランドルフは、一体なにと戦い、最後はどこへ消えたんだ……?)


×


 同年── コルネルス暦八二四年 二月三日 水曜日 ──キゥス村の惨劇の翌日 また、ユスフが確かな覚悟を持ったのと同じ日

 コルネルス連合王国東部 ドワレベス地方北西部 カルドア領 ルエズ市近郊


 宿を出て、まだ薄明と言えるが綺麗な空を見上げ、稜線が朱色に染まるジュネオ山岳を尻目にレドたちは西へ向かっていた。西にはルエズ大農園という、都市が保有する農園がある。果物や野菜、家畜が放されており、農夫らが世話をして管理・運営していた。そこで取れる農産物は農園、もしくは市内で加工されて店に並んだり出荷される。流送といって木材を川で流して運ぶ一環で、ボートなどで別の地域へ持っていくのだ。コルネルス王国は試験的ながら飛行船の運用が十年ほど前から行われ、徐々に運送技術が進化している。鈍重に土地を支配するのではなく、点と点を線で結ぶ、速度による交通網の整備などが実施されていた。

 それはさておき、彼らが向かうのはルエズ大農園ではなく、そこの南に隣接し、ルエズ市からも向かえるスエイド丘陵である。そこをずっと西へ行けば、カルドア領の首都──領都ドワーロンだ。

 昨日見繕った荷車に旅の道具を積んでいた。通常の馬は正しく馬具を取り付ければ、だいたい一トンの荷物を引ける。が、ゾイルは平均してその三倍ほどの荷物を引っ張っていけるのだ。特にフォニアは速度こそあまりでないが、スタミナに優れた種のゾイルであり、パワーと持久力には目を見張るものがあると、モンスター医学にも詳しい獣医が昨日説明してくれた。

「苦労をかけるけど、頼むな」

 レドが優しく語りかけると、フォニアは「気にするな」とばかりに尻尾を振って、鼻を押し付けてきた。

 御者台にはクラムが座っており、その周囲をレドとラウス、シオンとギースがかちで固める布陣だ。ゾイルであれば馬よりずっと戦えるものの、荷を引いている今単純な戦闘能力は落ちている。それに、よしんば戦えたとしてもレドたちの方が動ける上、素早く、攻めるか引くかの判断を行えるのでこうしておくのがいいのだ。

「なんか……尻尾が痒いな」

 西の城門を出てしばらくして、街道を行くラウスがそんなことを言った。

「ちゃんと水気を拭わなかったのではありませんか?」

「違うって。そういうんじゃねえ。……いやーな、そういう予感だ」

「……お前もか。俺もなんか、変な感じがする」

 レドもラウスと同じく、奇妙なむず痒さを感じていた。言葉にするのが難しく、ただなんとなく「落ち着かねえ」としか言えないものだ。これをどういった言葉で表せばいいのか、学のないラウスと、そしてまだ十三歳と数ヶ月のレドにはよくわからない。ギースが太い首を鳴らして言う。

「時代の変わり目……いいこと悪いこと、何が起きても不思議じゃあねえけどな」

「ですね。……順調に行けば、三日か四日の旅程でここを抜けられますね。そうしたらとうとう、領都です」

 現状のレドたち──ネメシス怪盗団の目的はレドの出自の謎を解き明かすこと、つまり本当にランドルフの生まれ変わりであるか否かを知ることだった。つまり、蒼穹の涙とそれが取り込んだ桃色の竜王の涙を除く、十個の竜王の涙を探し出すことである。

 広大無辺な王国内、そこに涙があるのは確かだとクラムは言った。涙は因果の鎖で繋がれ、それ故にこの地を離れることはできないのだと。無理に持ち出しても、何をどうしたってこの土地へ戻ってくるらしい。それが輪廻と因果という大きな力の奔流で、鎖の力だという。その果てに自分がレドと再会したこと──他ならないそれこそが証拠であると彼女は断言している。

 風が吹き抜けて、街道脇の草花を揺らす。冬に咲く植物、花。淡い色の美しい花弁には朝露が煌めき、儚くも艶やかな魅力を放っていた。

 前方から馬車がやって来て、その御者が手を軽く上げた。

「あんたたちは、ルエズから?」

 シオンが応じる。

「はい。巡礼の途中でして。……あなた方は領都から?」

「ああ、都市間を行き来していてね。っていうか、聞いたかい、北の村が焼かれたとかなんとか」

 レドとラウスが顔を見合わせた。

「怖いねえ、嘘かどうかは知らんが、女子供も容赦ねえってさ。みーんな焼かれて。んで、そんなことを命からがら逃げて来たっていう旅人がそう言い残したらしい。矢傷を負ってたが、どうも毒を塗ってあったとかって。船の上で死んだってよ。……山賊かねえ」

 違う、とレドは反射的に察したが、なんとか黙っていた。

「あんたらも気をつけなよ。最近物騒でさあ……嫌だねえ」

 馬車が去っていく。クラムとシオンが少年二人に声をかけた。

「レド……?」「ラウス様……」

 ギースが眉をひそめる。

「聖騎士がそんな真似をするのか……? いや、でも」

「なんか知ってんのかよ」

 低い声でレドが問う──というより、恫喝に近い顔で詰め寄った。

「教会の過激派だ。闇夜の星霊神を討ち滅ぼすためならなんでもする、っていう」


『聖騎士ではない聖騎士、か……』

 ──ユスフは顎に手を当て、目を細める。

『そうだね。……恩人に死んでほしくはないし、僕が知っていることについて少し話すよ。サービスとして、一つの個人的な意見として聞いてくれるかな。

 ……星十字聖教会が信仰する八大星霊神。その星の神々の中には数えられない、真っ黒な九柱目の星霊神がいるんだ。それは永遠なる闇夜をもたらすとされ、その闇は少しずつだけれどこの世界を支配しようとしている。星十字聖教会はそれを食い止めるため、少し強引な手段を取るようになっているのさ。

 ここ十二、三年でね。もちろん全ての教会がそうだとは限らないし、過激なのはごく一部。恐らくその聖騎士は過激派で、司祭様とそりが合わなかったんだろう。体良く君らを犯人に仕立て、真犯人が見つかった時に困らないよう、こっそり司祭様を始末しようとした、という感じじゃないかな』


「それ、ユスフが言ってたよな」

 ラウスが呟いて、レドとシオンは思い出した。

「あの村のどこに、九柱目と関係があるって言うんだ。シオン、なんか知らないのか?」

 問われたシオンは、節目がちにレドとラウスへ首を横に振った。

「神官には何も知らされていませんでした。ただ、リジュイというシスターは知らされていた可能性があります。恐らくは、聖騎士アルト様から。なぜあの二人があそこまで入れ込んでいたのかはわかりませんが……私には、いびつに思えてなりません」

 リジュイ。ラウスにとっては、仇とも言える女だ。

「教会は、なにを企んでる……」

 呟くレド。村の焼き討ちにまで走る狂気。そして、妙にレドとラウスを目の敵にする節。

 彼らもまた、レドの正体に気づいているのだろうか。

 ……ランドルフの生まれ変わりがいると、都合が悪い…………? なぜ。それこそ、いざというとき闇夜の星霊神と戦ってくれるかも──、違う。そもそもの前提が、それが違う……?


 ──聖騎士は、聖騎士ではない。


「あのアルトってやつ、まさか……闇夜の星霊神を復活させるつもり・・・・・・・・じゃあないのか・・・・・・・?」

 レドが至る、恐ろしい推察に周りが固まった。

「まっ、待ってください。なら、なんのためにキゥス村を?」

 親友で、兄貴分のラウスはレドの言わんとすることを察していた。

「その理由がリジュイなんだろうよ。俺らが邪魔なのは、レドが王様の生まれ変わりだからってのと、俺が盗人だから。俺らがいると、色んな意味でやりづらいんだ。レドが王様の不思議な力で武力を持つ可能性、そして俺が余計な情報を知る……盗み、売り払う可能性。やつらの目的の最大の障害が、レドと俺だった。それこそ、なにかうまいこと仕組んで、あの日俺らを忍び込ませた。でもイレギュラーだったのはシオンの裏切りと、ユスフの出現だったんだ。それで逃げて、余計なことを知った俺らはクラムと出会い、ユスフの父親違いの兄であるギースに助けられた。まるで、運命の腐れ縁を手繰り寄せるように」

 ギースが顎に手を当てた。

「待て、じゃあ、俺たち五人と一頭のゾイルが、そしてそれを導いたラヴィオとユスフが……世界を変革させる存在なのか?」

 薄桃色の目をクラムが真っ直ぐに向けて、言った。

「私たちは、おそらくみんな、何かの転生体。レドがランディの魂を継いで、私がラプレの魂を継いだように。あなたたちも、かつての英霊の魂を持つ。恐らくは、──敵の中にも、その転生体がいる。そして、私たちと同じように、巡り合う」

 はっとして、シオンが言った。

「アルトと、リジュイ……!」

 レドが歯軋りし、言った。

「繋がったな。……あいつらが、黒幕だ」

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