ACT6 狼の兄
そうして見つけたホテル。路銀のためと思いつつも、この時代で気の置けない仲間と出会えたことを祝うため、そして盗品を売り払った際の金額が思った以上だったこともあって、レドたちはほんの少しグレードのいい宿屋に来ていた。
「ネメシス怪盗団の夜明けに」
ラウスがそんなことを言って、ビールジョッキを掲げた。
「星霊神様の巡り合わせに」
「レドとの再会に」
「竜王様に──乾杯」
「「「乾杯」」」
それぞれのジョッキやゴブレットを掲げて、乾杯する。
酒豪であるラウスは大きなジョッキに溢れんばかりに注がれていたビールを喉へ叩きつけるように飲んでいき、息もつかずに空っぽにした。この国ビールはエールが主流。一部地域では、ラガーもあるというが、ラウスはもっぱらエールを好んでいた。
「はーっ、最高だな」
がん、とジョッキを机に置いた。赤ワインを舐めるように味わっていたシオンはゴブレットをそっと置いて、グラスに蜂蜜酒を半分ほど残すクラムが酒ではなく料理に目を向ける。レドはモルトウイスキーのジョッキを傾け、凝っていた首を回した。
「フォニアも今頃、美味いもん食ってるし……。でもさ、どうすんだ」
肉汁が滴るステーキを前に、ラウスが言う。シオンがやや気まずそうに、
「ファミリールームが一つ、ですよね」
肉にナイフを入れると、血が滴るようなレアな断面。クラムがそれにかぶりついて、レドも眉間を揉む。
「俺はまだいい。問題は……」
美味しそうにステーキを食べるクラムに、三人の視線が向いた。
「嫌だぜ俺。毎朝お前の喘ぎ声で起こされるのは」
「俺を変態扱いすんなよ。パーテーションとか……なんか、」
「それに効果があったんなら、ベッドロールをわけていてなお侵入される、だなんてこともあり得ないと思いますが」
それはそうだ。
「レド、食べないの?」
「食べるって」
クラムは最愛の人と出会えてある種のショックを受けたのか、初対面の頃に比べるとやや幼児退行している気がする。ただ、彼女のある種の病的な偏愛っぷりは初めて見た頃と変わらない……どころか、悪化している。
「どっ、どうする? 起きたら、その……レドたちが、思いっきりシてたら」
「で、ですよね……気まずいですよ……その、命を育むのは大切ですが……」
こそこそ言い合うラウスとシオン。
と、乱暴にドアが開いた。ラウスはそっちを見た。
若い、いかつい顔のヒューマンや褐色肌のダークエルフ、そして人猫族の男女三人組。ヒューマン以外は男だ。
居丈高だな、と音だけでレドは判断した。それから、関わると面倒臭そうだとも。
視線だけで仲間にそう言うと、レドたちは普通の客を装って食事に集中する。けれど耳は、そいつらへ集中していた。
「一泊。部屋はどこだ」
ダークエルフの男が言った。店主の若いハイエルフの女性が、「申し訳ありません、空き部屋はありません」と答える。するとヒューマンの女が怒鳴った。
「そんなの、誰か追い出せばいいでしょうが!」
「そうだ。おい、一番安く泊まってるのは。そいつらより金を出す」
人猫族がそう乗っかる。店主は困り顔で、腰の後ろで指を曲げた。合図だ。背後からいかつい男が出てくる。見るからに荒事専門の顔であった。用心棒だろう。
「お客様、お宿でしたら他にもいくつもございますので──」
が、それは無意味──むしろ、火に油を注ぐだけだった。
肩を掴まれたヒューマンの女はすぐさまナイフを抜いて、何の躊躇いもなくそれを用心棒の太ももに突き刺す。店主は腰を抜かした。
「あっ、ぐぅ……!」「ひっ……ぃ!」
「おい、誰か部屋を開けろ。さっさとしてくれ」
ダークエルフが命じた。周りには行商人が多く、怯えて何も言えない。そして冒険者の多くは無視だ。レドたちもそうだったが、
「弱い犬ほど、よく吠える」
クラムが何気なくそう言って、敵意を買ってしまった。
「なんだと、おい」
メイスを抜いたダークエルフが迫る。左手をクラムの肩へ伸ばすが、レドがそれを弾いた。
「本当のことだろ。……ラウス、背中」
「へいへい相棒さんよ。んじゃ、ここいらで俺らのショーを見せるかね」
レドの手にグローブはないが、そもそもあの魔力は素で発生させられる。魔道具に頼ったものではないし、こいつらにはいらないだろう。
首を曲げ、関節を鳴らす。両手の指を曲げていって、ぱきぱきと音を立てた。
所詮は自分たちも同じ穴の
『舐められるくらいなら、馬鹿でいろ』
ラヴィオの言葉が染み付いていた。
彼が言ったのだ。『強いものは無理には争わん。だが、我らは弱者だ。それを自覚しろ。そして、この業界では舐められたらおしまいよ。舐められ、評価が落ちれば最後。顔が看板で、それで商売する。お前、頼りねえやつに仕事を任せられるか? 自信げなやつのほうが、第一印象はいいだろう』、と。
打ち倒し、傷つけられ、流し流された血と重ねていった屍が、戦士としての実績だ。
「なにへらっとしてんの! そんなガキ、さっさと殺せ!」
ヒューマンが怒鳴って、ダークエルフはメイスを振りかぶった。客が大喧嘩を前に、歓声を上げる。
レドは半歩の加速から左の拳を無拍子で打ち出す。レバーを打つが、革鎧越しでは大したインパクトがない。振り下ろされるメイスが椅子を砕く。レドは左足を旋転させ、上段回し蹴りを相手の首へ放ったが、相手はそれを瞬時にメイスを握る右腕でブロックした。硬直時間が短い。多分、魔力操作で身体機能を向上させている。相手は即座に腕を絡めて、レドの足を脇で挟んでジャイアントスイング。投げ飛ばされたレドは壁側の樽に頭から激突し、それをバラバラに砕いた。穀物が溢れ出し、レドの脳内にはあまりの勢いに星が散った。
「レド! っ、てめぇ!」
ラウスの飛び膝蹴りがダークエルフの顔面に直撃。前歯と鼻骨が砕け、血を吹いてひっくり返った。人猫族が剣を抜いて、刃物を前にした客は流石に囃し立てている場合ではない、という顔になりつつあった。
「おい、いくらなんでも」「剣を抜くって、ちょっとおい、まずいだろ」「衛兵呼んだ方がいいって!」
薙ぎ払われた剣をラウスは屈んで避けて、空いていた椅子を投げ飛ばすが人猫族の男はそれを斬り飛ばす。
と、それには見向きもせず酒を飲んでいた男がいた。ごつい体つきに、甲冑の男だ。冷めていたスープに手を伸ばすが、そこに木片が降ってきてぽちゃりと落ちる。
「ははっ、虎のくせしてなさけねえ!」
「うるっせえ!」
「ぶっ殺してやる。お前の尻尾で、毛皮のタオルでも作ってやるさ」
剣を振りかぶる人猫族の男──の体が、真横に吹っ飛んだ。バガンッ、と音を立てて、壁の分厚い板が凹む。
「やかましい!」
怒号。思わずヒューマンの女も、そしてラウスも凍りついた。
そいつの手は、平手だった。
人狼族の、四十代くらいの男だ。顔には斜めに傷が走り、髭は綺麗に剃り落とされている。髪の右側は後ろに撫で付け、左は目にかからない程度の前髪を垂らしていた。野生的で、獰猛な顔つき。背中には大剣を背負っている。鋭い目つきで、金色の目にブラウンの毛髪。けれど、なぜか既視感がある顔立ちだ。
「ガキども、お前らもだ。喧嘩なら外でやれ」
伸びているレドを掴んで、ぱしぱし頬を叩く男。目を覚ましたレドが、「ユスフ……?」と口走った。
「お前……どこで、その名前を」
やっぱりだ、とラウスは思った。それからこっそりとナイフを構えるヒューマンの女を、シオンが張り手で、文字通り張り倒した。法力強化あってこその芸当だが、傍目には怪力女のように見えたに違いない。
「ユスフ様は、数日前東へ向かわれました」
「待て、なぜお前らがユスフを知っているんだ。……何者だ?」
「ユスフを助けて、同時に助けられた旅人だ。北から来た。……邪魔じゃないんなら、一緒に飲まないか?」
ラウスがそう問うと、人狼族の壮年の男は頷いた。
「いいだろう。たまには、若いのと飲むのも悪くない」
×
「ギース・ロヴァン? ユスフとなんの関連もない名前だ」
「あいつとは異父兄弟だ。間男の間にできたのが、あいつでな。……ひどい仕打ちに見兼ねて、俺がこっそり稽古をつけたり本を読ませて、逃した」
ぶちのめされた暴漢はとっくに衛兵隊に連れて行かれた。レドたちもそれを覚悟したが、状況と周りの弁護で事なきを得ていた。
「ユスフは、元気そうだったか? 行き倒れてたっていうが」
「すぐに目を覚ましたよ。陽気で、憎めない人だった」
素直な感想をレドが口にした。それについてはラウスもシオンも同意だ。
「そうか……。すまない、弟の恩人だとは知らずに怒鳴っちまった」
「いいって。あんたがいなきゃ、俺は切られてたし」
ラウスがビールを煽って、ギースは川魚のパイ包焼きを頬張る。ホワイトソースを絡め、キノコ類と一緒に魚の身を口に入れた。
「ユスフは昔から、商人として人と人を繋ぐ仕事をしたいと言っていた。あいつが結んだ人間関係が、きっと俺とお前らを引き合わせたんだろうな」
「ギース様が騎士であったというのは、事実ですか?」
シオンの問いに、ギースは頷いた。
「何年も前に辞めたがな。俺の後輩の騎士が……ある夫婦を殺した。罪人だったというが、その夫婦の子供の前で首を落とすことなんてなかった。……もう随分前で、その後もやっとした悩みが拭えず、抜けていたよ」
震える──怒りではないが、言いようもない感情で──ラウスの手を、シオンが包み込んだ。
「お前は、レゼウス、という苗字ではないか?」
「……だったらなんだ。あんたを恨んでるわけじゃねえし、親が悪さしてたのは事実だ」
「すまな──」
「言うんじゃねえ。受け取る気はねえ。ましてや、関係もない奴の謝罪なんて……尚更だ」
それは明確な怒りだった。ギースもそれを察して、節目がちに視線を泳がせる。
レドは話題を変えた。
「あんたはなんでここに?」
「あ、ああ。……実家に顔を出していたんだ。あてもなくふらついてる。死に場所を探してな」
彼は立てかけた剣を撫でる。
「俺たちは剣に生き、剣に死ぬ。それ以外の生き方はできないし、この人生を捨てるのは、それこそ死んで来世に向かう時だ」
「弟には会わないのか?」
「喧嘩しちまったよ。なんて顔して会えばいいんだかな。……まあいいさ。弟は、今何をするために東へ?」
逡巡し、それからレドは口を開く。
「多分、竜王の涙について調べてるのかもしれない。でも、それ以上に商売を優先してた。もし伝説優先なら、俺から……」レドは胸元から、蒼穹の涙を見せた。「どうにかしてこいつを買い取ってたはずだ」
ギースが目を見開いた。
「本物か……? まさか、王家の伝説は……」
シオンが頷いた。それは、肯定である。
「本当のことでした。レド様はそれを確かめるため、己の出自を知るため旅をしておられます」
「レド、私のことは言わないの?」
「ここでは言えない。いいな、静かにしてろ」
「わかった」
「……場所を変えよう。お前らの部屋はどこだ?」
ギースの言う通り、場所を変えた方がいい。レドたちは食事を済ませ、借りた部屋へ。
レドたちの口から、これまでのことが語られる。ギースには信じられないことがあまりにも多いが──それでも、蒼穹の涙が放つ独特な威容が説得力を保持して、助長していた。
「レドとクラムが、初代国王陛下ランドルフと、そのそばにいた竜王ラプレの生まれ変わり……。司祭殺しの冤罪と、聖騎士ではない聖騎士……、脱獄をほう助した神官。……これが、王家の言っていた世界変革のことか?」
世界変革。さっきの、盗品を買い取った婆さんもそんなことを言っていた。世界の変わり目がどうとか。
「それは、どういうことですか?」
シオンの問いに、今度はギースが応じた。
「この地を中心に世界が変わる時代が来ると伝えられていたんだ。もう、ずっと昔……それこそ、初代国王陛下が生まれる前からな。星霊神は、一〇〇〇年を一つの区切りにして天地を動かすっていうだろ。今がまさに、その節目の前後なんだ。弟が竜王の伝説に興味を持ったのも、そもそもはこれが理由だ」
その伝説については、特別信仰の厚くないレドやラウスも知っていた。星の神々は一〇〇〇年というポイントでこの世界を大きく組み替える。それは破滅であったり、あるいは繁栄でもある。具体的に何が起こるのかは誰も知らず、誰にも伝えられていない。全てが謎に包まれているのだ。
「もしよかったら、俺もついていっていいか? お前らとの出会いは、とても偶然には思えない」
ラウスが意地悪そうに笑む。
「騎士から、怪盗になるのか?」
「悪くないだろう。元騎士の怪盗ってのは。王子様に、お姫様、神官に元騎士。面白みのある怪盗団だと思うが?」
挑発的なギースの文句に、ラウスは周りを見た。反対意見はない。
「いいぜ。頼む、ギース」
「俺からも頼む。田舎育ちで世間知らずなんだ」
ラウスとレドの拳に、シオンと、慣れない様子のクラムの拳。そこに、一際大きくごついギースの拳がぶつけられた。
「任せてくれ。おっさんでも、役立つことを証明してみせるさ」
笑い合う面々。しかし、クラムがあくびをした。彼女があの巣でどんな暮らしをしていたのかは知らないが、とても安全とは言い難く、マイペースな彼女でも知らぬうちに神経をすり減らしていたのかもしれない。かくいうレドたちも三日ほど野宿であり、ゆっくりできていなかった。眠る際は交代で見張りを立てており、誰一人として安眠と呼べるものをしていない。いわば一時的な休眠をしていたような感じだ。休むことはできても、完全な安眠には遠いものだった。
「湯浴みして、さっさと寝ようぜレド。あー、シオン、クラム頼むぞ」
「おまかせを。クラム様、行きましょう」
「湯浴み……なら、レドとするからいい」
「純情な恋愛には段階が必要です。いいですか、強引な女性は淫らでだらしないと思われますよ。純粋な愛こそが、夫婦の絆を強く太くし、断ち切れないものとします」
「……わかった」
シオンがクラムを連れて部屋を出た。
「お前らはその……恋人同士なのか?」
「えっ、俺とラウスってそっち系に見えるのか?」
「違う違う、クラムとレド、あとお前とシオンだよ。仲良さそうでそう思った」
レドとラウスは互いを見て、唸る。
「俺がランドルフの転生体だとしても、記憶がねえんだ。ラプレとの思い出とか、そういうのもない。でもクラムが嘘言ってるようには思えなくてさ。あとは、まだ恋愛ってしたことなくて、あの好意をどうしたら、って感じだ。突き放すのは簡単だけど、八〇〇年だろ? 慈善とかじゃなくて、それだけ想われてるんなら、まあ……悪くはないかもって」
「熱いね、おっさんには眩しいよ。お前さんは」
話を振られたラウスが尻尾を居心地悪そうに揺らして、
「好きか嫌いか、っていうと……好きの部類だけど。でも、神官だろ。俺は盗賊だし、法……つーか、神の教えの番人と、それに反する盗人だぜ」
「なるほどねえ……」
「つーか、俺とレドはいいけどあんたは? 騎士って、身を固めろってうるさいんだろ」
「ああ、それな。実家に帰った時、別れた」
唐突にそんなことを言ったギースは、さして気にしている風もなくビールを呷る。
「えっと、その……」「あぁ、……ごめん」
「葬式みたいな顔するなって。仮面夫婦だったのさ。お互いに貴族の立場を盤石にするための政略結婚だ。実際、俺は結婚初日からあいつと同じ部屋で寝たことがないし、あいつは翌日にゃあ男遊びよ。俺も馬鹿らしくてさっさと騎士団に戻って、ひたすら剣をぶん回してた。だから、俺みたいにならずに、いい相手を見つけるんだ」
そう言って、ジョッキを空にした。
「さて、俺も湯浴みすっか。男湯と別れてんのは知ってるな? 間違っても女の方に行くなよ」
「いかねえよ。ラウス、お前は?」
「俺も行くって言いてえが、荷物見てねえと。ギース、色々助かる。俺らはなんだかんだ、まだ腕っ節が足りてねえし、知識もめちゃくちゃあるわけじゃない。頼りにしてる」
男らしく笑って、ギースはぐっと拳を突き出す。
「ああ。狼は、家族にゃあ優しいからな。弟の恩人なら、俺の恩人でもある。さて、覗き穴はまだ使えるかな……」
「「それが本音かよ!」」
思わずレドとラウスが怒鳴った。
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