Chapter2 廻り巡り、集う者
ACT5 白虎のレゼウス
二月一日の月曜日。月の星霊神の加護が最も強いとされる七曜で、仕事始めで、多くの者が憂鬱な朝を迎える日。
レドたちは昨日の出会いもあって、旅程を少し緩めた。今朝方にはクラムがレドのベッドロールに侵入し、大変なことになるというアクシデントを挟みつつ午後。特別危険なモンスターと出くわすことはなく、彼らは平坦な道を選んでデイワーズ山岳の南にあるルエズ市へと踏み込んでいた。
「巡礼の中位武装神官様と、その護衛? ああ、雇いの冒険者ね。怪しい物品はないし、このミスリルは本物だろうね。いいよ、通りな」
見張りのオークはいかつい顔立ちに、二メートルを越す巨漢という威圧的な立ち姿だが、意外にも理解がある男性だった。
「俺たちを怪しまないのか?」
見張りは頷く。
「俺も長いことこの仕事をしているから、いい奴と悪い奴の見分けくらいつく。ちょっと背伸びした程度のやんちゃ坊主なんぞ、腐るほど見てきた。いいから行け。ほら、いいから。人の仕事の邪魔をするんじゃない。公務の妨害は、犯罪だぞ。わかったらいけ、ガキんちょ共」
しっし、と手を払うオークにレドは頭を下げた。ラウスも少しバツが悪そうに、シオンは瞼を閉ざして十字を切り「親切な方に、星霊神様のご加護を」と祈る。それからクラムもレドの真似をして頭を下げた。
跳ね橋を渡って都市に入ると、賑やかな声が溢れ出した。
メインストリート沿いには様々な店が並び、色とりどりのテキスタイルが施された布地が彩りを与えている。その色彩は視線を振り回させ、より一層喧騒を際立てる。耳と目と、そしてあちこちから香る様々な匂い──香水や食べ物、汚物などの──が混ざり合い、混乱しかけた。
フォニアに乗っているのはクラムで、裸足だった彼女の足にはレドが作った草履を履かせていた。が、旅には向かないのでゾイルに乗せているのだ。幸い、馬術の知識はあるらしく、手慣れた具合にフォニアの手綱を握っていた。物静かで従順なフォニアだからこそ、はじめて見る者の言うことを聞くのだろう。普通のゾイルは他人など背中に乗せることは滅多にないし、下手な扱いをすれば暴れ狂って振り落とし、後ろ蹴りで大男を平然と即死させることまであるのだ。ユスフはやはり、それだけ見ても立派な飼い主だったのだろう。メディという芦毛のゾイルは、本当にいい主人を見つけられたに違いない。ゆえにレドたちも、それに負けないくらいにいい主人であろうと思っていた。
クラムがフォニアから降りて、頭を撫でる。
「ありがとう、優しいフォニア。いい子」
嬉しそうにフォニアが鼻を鳴らして、それをクラムの顔に押し当てる。ゾイルの敬愛の仕草だ。一人前のゾイル乗りの条件は、ゾイルから鼻を押しつけられることとされている。
ラウスが手綱を手にすると、フォニアは「ふふぅ」と鼻を鳴らす。
「んだよ、虎は嫌いか?」
「ふぅぶ」
尻尾が揺れる。嫌いというわけではないらしい。
「さては面食いか、お前。はー、ったくこれだから女ってのは」
そんなことを言いつつ、ラウスがフォニアを撫でた。嫌がってはいないので、旅仲間という認識はあるのだろう。
「なんで私を見るんですか」
「見てねえよ」
シオンが半眼でラウスを睨む。
草履で石畳を踏んで歩くクラムが、レドの腕を掴んだ。
「レド、お腹空いた。レドのこと、たべていい?」
「ふざけるな」
「そういう意味じゃない。毛布の中で、朝の続き──」
「尚更だ馬鹿」
今朝、クラムはレドのベッドロールに入り込んで耳をしゃぶっていた。曰く、ランディの性感帯の一つが耳だったらしい。そしてレドもまたそこが弱く、ぞわぞわと変な感触がして、思わず喘いだのだ。それでみんなが目を覚まし、シオンが思わず大声を出したのだ。
それを思い出したのかラウスが肩を震わせ、シオンが彼の足を小突く。
「いてっ。……よかったな、美人な奥さんができたじゃねえか。お似合いだぞ、王子様、お姫様」
「ぶん殴るぞ」
こめかみに青筋を浮かべるレド。シオンも微笑んでいた。
星十字聖教会は性行為を禁じていないし、堕落してしまう邪悪なものだともしていない。むしろ、後世へ命を繋ぎ、輪廻の輪を継承していく上で重要な行いであるとして布教している。魔術を医療に応用し始めている現代では、少しずつ国内の出生率と乳幼児の年間生存率が上がっており、平均寿命はもともと高いが、けれど健康的に生きられる健康寿命の低さも改善され、その延長も見込めるようになっていた。
その分、様々な政治的思惑や利権、既得権益がどうとか税金がどうのこうのという面倒な議題も上がっているというが、コルネルス人は昔から「手前の面倒くらいは手前で見る」が当たり前であり、老後の資金は若いうちから計画的に、かつ個人間で完結する形で保管してあるのだ。金銀財宝などの、それこそ移住しても価値が変わりにくいようなもので。教会のミスリルなどはその白眉である。盗賊ギルドなどの必要悪が求められ、黙認されるのもそれが理由だ。
「レドの手、触りたい」
「今触ってるのはなんだよ。幽霊かなんかの手か」
「違う。手袋はいらないの」
「あとにしろ」
レドとクラムの身長はほぼ同じ。誤差でクラムが大きいくらいだが、顔立ちや体つきは明らかにクラムの方が年上である。傍目には世間知らずのお嬢様と、それを連れ出した悪ガキである。が、周囲の──主に男──からの視線は咎めるというそれではなく、明らかな嫉妬だった。
「ランディ、胸が大きい人を見ると視線がそっちへ行ってた。だから私も、大きくなるよう頑張った。レドは大きいの、好き?」
ぐ、と乳房を押し付けてくる。
「馬鹿やめろ、少し離れろって」
「やっぱり、私は嫌い?」
なんか面倒な女だな、こいつ……。けれど、八〇〇年以上も恋焦がれた男を思い続けてようやく巡り会えたのだから、むしろ当然か。レドにはランディだった頃の記憶などないし、そもそも正統に血を引いている王族は王領フォルゴルトにいる。つまり魂を継承したのがレドで、血を継ぐのはコルネルス王家ということだ。
「好き嫌いじゃないんだ。俺は、転生してきたって自覚も、昔の記憶もないし。どう反応していいのかわからないんだよ」
「大丈夫。体が覚えてる」
うっとりとした目。
「そういうのは、時間をかけた方が効果がでかいんだぜ」
ラウスが助け舟兼アドバイスをクラムに与えた。
「八〇〇年も待ったんだろ、せいぜいあと数年だ。数年しっかり恋愛したら、レドはお前にゾッコンだ。浮気もしないし、お前を毎晩求める。ほら、どうだ? 今ここで無理やり襲って嫌われるよりいいだろ?」
「……わかった。あとちょっとだけ、我慢する」
レドはクラムに見えないようサムズアップした。ラウスが微笑む。
「あのお店……って、ユスフ様の……」
「ん……」
シオンの声に、レドが視線を向ける。大通りに面している一軒の背の高い建物。合同住宅を改築し、各フロアに店を構えている集合テナントだ。その柱をシオンが指差した。レドはそこを見て、頷く。
「ラウス、牢の宝石は?」
「ああ、まだある。ユスフは流石に見合う物を出せないくらいじゃないか、って遠慮して、ミスリル以外は受け取らなかったし」
「あの柱のマークは覚えてるだろ」
短剣と、狼の意匠。
「あれは……。なるほど。シオン、フォニアを頼む。レド、お互いに護衛だ」
「任せろ相棒。クラム、お前は──」
「嫌。離れたくない」
フォニアから降りたラウスが肩をすくめる。
「花嫁のエスコートくらい覚えとけって。村にもいただろ、十二か三で結婚してた農家の次男坊がよ」
「ああ。……そっか、もう俺と同じ歳か」
レドは今年で十四歳であって、まだ厳密には十三歳だ。本当の誕生日は知らないし、クラムにもわからないらしい。けれど今年で十四歳なのは確かだという。輪廻の輪を回った回数と、転生回数で計算したらしい。
「お願い、離れないで。一人にしないで」
「……わかったよ」
シオンが「お幸せに」と冗談混じりに手を振った。全く、他人事だと思って……。
ドアを開けると、鈴の音がなった。
鎧戸が締められた薄暗い店内。青白い魔力ランタンが照らしている。カウンターにはダークエルフの老婆がいた。こちらを睨むように見て、しわがれた声で吐き捨てるように言う。
「ここは託児所じゃないよ」
「婆さん、店のマークを見た上で来たんだ」
ラウスは袋を机に置いた。
「盗品を捌いてくれるんだろ」
老婆はにたりと笑う。
「くっく。へえ、若造のくせにやるね」袋を触って、持ち上げて言う。「大したもんだ。歩き方も様になっている。あんた、いい盗賊になる。白虎……ふふ、懐かしいね」
「懐かしいって、あんたとは初対面だろうが。つーか褒めても何もでねえよ。こいつを売りたいんだ」
「中身を見てもいいかね」
「ああ」
老婆は袋から宝石の類を出していった。ちょろまかす真似はしないだろうなと、レドとラウスが睨みを利かせる。
「ふーむ、傷が入っているものもあるが……概ね悪くない。これなら、盗賊ギルドも喜ぶだろうさ」
「盗賊ギルド……」
ラウスは、そういった存在がいることは知っていた。だがギルドメンバーや、拠点、本拠地を知らないのだ。それを知るには資格が必要で、部外者が無理に知ろうとすれば『罰せられる』ことが確かだとも。
「買い取ろう。粗雑なものもあるが、特にこのサファイアは悪くないね。それからこのプラチナのリングも。ふーむ、うん、ギルドの今の相場なら、約五五〇万リムってとこだ」
レドは値上げをと思ったが、ラウスがそれを制した。
「わかった、婆さん。それでいい」
「……賢いね、白虎の少年。そうとも、ギルドには値引きも値上げも無駄。むしろ、下手に駄々をこねれば商談はご破算だよ。覚えておきな、藍色の子」
「悪かったよ」
素直に謝ると、老婆は宝石を袋に入れて指を鳴らす。
「五五〇持っておいで」
クラムが囁く。
「この人、レドをいじめた?」
「助言してくれたんだ。いじめられてない」
若干気色ばむクラムを宥める。老婆が薄く目を細めた。
「まさか、……なんてことだ、この目で見るとはね」
「……なにが」
「その子、竜の血を継いでいるね。その黒い翼、傍目には人鳥族か何かだろうさ。けれど、私の目にはわかるんだ」
「それが事実だとして、あんたに何の関係がある」
老婆は瞼を閉ざす。
「いいや。世界が変わる、その節目に生まれたことを喜んでいるのさ」
「…………?」
ややあって、バックヤードからいかつい人犬族の青年が出てきた。手にはじゃらじゃらいう袋をいくつか。
「ご苦労。ほら、あんたたちの取り分さ。大金貨と小金貨、その他銀貨や銅貨と分けてあるが、しっかり入ってる。言っとくが、なくしたって責任は取らないよ。あんたらの自己責任さ。いいね?」
ラウスは頷いた。
「当然だ。影の狼に誓って、な」
「知った風に……。いいや、……ねえ少年。あんた、レゼウス、って言うんじゃないのかい?」
「なんで」
老婆が言う。
「ギルドの名うての盗賊に似ている。同じ白いウェアタイガーで、夫婦の盗賊だよ。白虎のレゼウスといえば、ギルドでも知らぬ者はいない大盗賊でね。……あんたは。……いや、答えなくていい。じゃあね」
ラウスは口を結んで、背を向けた。それぞれ袋をリュックに入れたりして、その店を後にした。
客がいなくなった店で、老婆は呟く。
「ああ、愛弟子のレゼウスや。あんたらの息子は、どうも大変な因果に巻き込まれたようだよ。どうか、あの世からでも力を貸してやっておくれよ。もう、同胞や、我が子のように可愛がったあんたらの子が死ぬ様は見たくない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます