ACT2 脱獄囚

「アルト様は、彼らが殺人犯である、と?」

 明朝、まだ薄暗い中。聖騎士アルトは金の髪をシスター・リジュイに梳かせながら神官を見た。

「私の決定に意見がある、と?」

「いえ……。ただ、罪人の武具と司祭ミリオス様の傷口が合致しませんから……」

「いくらでも誤魔化せるだろう。どこかに凶器がある。この後昼の食事を運ぶついで、一時間後に処刑だと伝えてこい。最期の晩餐というやつだ」

「朝食はどうされます?」

「罪人には必要ないものだ」

 神官は──ハイエルフの少女であるシオンは何か言うべきだと思っていた。けれど、一挙手一投足のミスで自分が何らかの罪人にされることなど目に見えていた。正しい神官たれという思いと、死への恐怖がないまぜになって、自分の中でよくわからない奇妙な渦を巻いていた。

「どうした。さっさと出て行け」

「はい、アルト様」

 シオンは一礼し、その場を辞した。リジュイというシスターはうっとりとした目でアルトを見つめている。それが酷く不気味で、気色悪いと思ってしまった。


×


「クソ、抜け道と違う牢だ」

「いいから、静かにしてろ」

 苛立たしげにうろうろするラウスと、藁の上で横になるレド。ガンッ、と鉄棍を叩きつけた看守は、昨日脅して締め上げた青年だった。

「やかましい、黙ってろ。っていうか僕の指輪どこやったんだ!」

「なくした。悪いな」

「ふざけやがって。……まあいい。殺人犯への処断など決まって──」

 かつ、かつ、と鉄靴の音。看守がそちらを見た。

「お疲れ様です。アルト様に命じられまして。少々席を外していただけますか?」

「え、あ……はい、シオン様」

 青年が「あの方は武装神官だ。無礼など働くなよ」と吐き捨て、去っていく。代わりにやってきたのはハイエルフの少女だった。薄紫色の髪の毛に、碧眼。彼女はミスリルの軽鎧という出立ちで、背中には鉉のない弓──法術弓だ。手にしていたトレーを置いて、こう言った。

「食べないでください。恐らく毒です」

 パンに手を伸ばしかけたラウスに、彼女はそう言った。

「なんで。朝飯もなかったのに。毒って、聖騎士だろ?」

「そのアルトって、あの金髪か? あいつが聖騎士か?」

 ラウスとレドの問いに、シオンと呼ばれていた少女は頷く。

「シオン・ラフィエード、と言います。あなた方は?」

盗賊、ラウス・レゼウスだ。ラウスでいい」

「あー、その相棒のレド・ブラックバート。好きに呼んでくれ」

 レドは拗ねているのか諦めているのか、背を向けたままだ。

 シオンは見たところ、十七か十八ほど。法衣らしき紺色の衣類の上に、ミスリルの軽装鎧。法術弓だけではなく、色々なサバイバル用品やポーチ、背嚢はいのうを身につけている。

「脱獄の手伝いをします。静かに従っていただけますか」

 唐突にシオンがそう言った。それには思わず、レドも起き上がる。

「何言ってる。お前、神官辞めさせられるだけじゃ済まないぞ。それこそ、性処理の情婦にだって……」

「承知の上です。司祭様の遺体を見ました。あなたたちの持ち物とは異なる、あり得ない傷でした。物的証拠が見つかっていないだけかもしれませんが……私は神官として正しいと言えることをするだけです」

 彼女はそう言って、本当に牢の鍵を開けた。麻の囚人服を着せられていたレドとラウスは顔を見合わせる。

「持ち物はこちらに。……あと、純粋な疑問ですが……ミスリルの指輪はどこに?」

「ん、ああ。んぅっ──おぇっ。ほらよ」

 ラウスが腹を押さえつけて吐き出したのは、二つの指輪。隣ではレドも同じことをして、紐を外した青い宝珠を吐き出していた。シオンがやや引き気味に顔を引き攣らせる。

「見なかったことにします」

「俺らの装備はどこだ」

 低い声でレドが問う。十四歳にしては低いと言うだけで、まだ少年らしい声だ。シオンは牢が並ぶ教会地下の隅にあるドアを開けた。そこに、彼らの装備や、また罪人から接収された雑多なものが置いてある。

「……私は何も見ていませんから」

 背を向けた彼女。そのセリフの行間を読むことくらい、レドたちにはできていた。

 さっさと装備を取り戻し、棚にある使えそうなものをピックアップしていく。頑丈な紐を見つけたレドはそれを宝珠に通し、首から提げて服の中に入れる。

 ラウスは金目のものを袋にぽいぽい入れていった。貪欲だなと思ったが、これからを思えば金目ものものは必須だろう。レドも同じように、今後必要になりそうな小物やら魔道具を袋にぶち込んだ。

「終わったぞ、シオン」

 背を向けていた彼女にレドが言う。

「なんとか監視の目を緩めますので──」

「それなら心配いらねえ。こっちだ」

 顎をしゃくって、ラウスが例の牢屋へ。「開けてくれねえか?」と問うと、シオンは疑問符を浮かべつつもそこを解錠した。

「レド、今度はお前がロールだ」

「んなもん抱えなくても引きずればいい。くっせえ、もう……」

「慣れてるだろうがよ」

「慣れてても臭えもんは臭えわ」

 文句を言いながら、二人はベッドロールと藁をどかした。隅に移し、石畳の一枚を持ち上げる。

「シオン、外には神官は?」

「いません、レド様」

「わかった。ラウス、後ろは俺が見て──」

「シオン様、アルト様がお呼びですが? ……あの、シオン様?」

 さっきの青年の声だ。

「お前、戻ったら殺されるぞ。俺たちと来ないか?」

 レドは彼女の碧眼へ、自分の真っ青な目を向けてそう聞いた。

「え……」

「俺らは実際、盗みを働いてる悪党だ。お前と相入れないことくらいわかる。でも、恩人をみすみす見殺しにするのは嫌なんだよ。……それに、打算だけど神官がいるとやりやすい」

 僅かな迷い。

 悪人に手を貸すことは間違いだ。冤罪であろうとも、それ以前には窃盗を働いていたことは確かだ。アルトに呼び出された後で村を回った際、そんな証言をいくつも耳にしている。

 けれど、それを知ってなおシオンの胸には死への恐怖が実像を結び、現実味を帯びてきて、不安が勝った。死にたくないと、強くそう思った。

「シオン様? あの、もうよろしいですか?」

 迷っている場合などではなかった。シオンはこくりと頷いて、穴に入った。レドもすぐに続き、石畳を静かにはめ直す。

 上から慌てたような声が響いていた。ラウスがさっさと進み、出口へ。シオンは戸惑いながらも板を外した出口から這い上がって、最後に出ていくレドは板をはめて巻藁を乗せる。

「こっちだ」

 ラウスがそう言って、ひらひら舞う雪の中を歩く。子供が走り回っており、多分足跡は消えるだろう。彼らはラウスが「黙ってろよ」と睨んで、硬貨を握らせると「いつもどーりってことだろ」と言い、空気を読んでレドたちの足跡の上ではしゃぎ始めた。根回しの成果だ。

 彼は村のバリケードを前に、鉤のついたロープを回した。遠心力で投げ飛ばしたそれを引っ掛ける。

「シオン、これくらい登れるだろ」

「馬鹿にしているんですか? 私はただの神官ではなく、武装神官です」

「ならいいな。行くぞ」

 まるで、それこそ猫のようにさっさと上るラウス。シオンも確かな足取りで登っており、そもそもレドはロープに頼らず木々の合間に指とつま先を引っ掛けて、さも猿のように上る。

 ロープを外し、下へ。深く積もった雪をクッションに、三人は村から出た。

「うっし。リジュイの宝石盗めねえのは癪だけど、まあ……資金は手に入った。俺の隠れ家に行こうぜ」

「大勢に知られてんだろうが。村人の中にはお前の隠れ家知ってる奴もそれなりにいるだろ」

「おいおい、誰が隠れ家が一つって言ったよ。いいか、基地ってのはいくつもいくつも作るもんだぜ」

 おいてけぼりなシオン。レドは後ろ髪を掻いた。

「綺麗な、藍色の髪……」

 シオンがそんなことを言った。

「ああ……」

 藍色の髪──それは、レドのことだ。この髪と目の色のせいで、貴族と間違われるのだ。連合王国の王──全ての領地を統べる領王の上に立つ国王もまた、青い目をしているのだ。だから、嫁いだ娘なり婿になっていった息子なりがこの目の色を貴族に刻むから、レドも最初のうちは貴族の子供などと言われていた。

「言っとくけど貴族じゃねえ。俺の師匠から名前をもらって、育ったただの悪ガキだよ」

「お師匠様?」

「ラヴィオってジジイだ。死んだけど……、あいつから貰ったもんは数えきれない。何回殴られたかな……覚えてねえけど、でもあのジジイは不当な怒りをぶつけることなんてなかった。怒るんじゃなくて、叱ってくれてた」

 森へ入っていく。キルウィス森林。すぐ北にはクウェイスエット地方があり、そこは年中真冬とまで言われる北国だ。極北大陸圏内にどっぷりと入っており、寒いというかひたすら痛い寒波が常に吹き荒ぶという。

「ラウス、どれくらい歩くんだ?」

「この積雪だと、あと四十分くらいかな。勢いが出てきてるし、足跡はすぐ消える」

「真冬様様だな。……ラウス、言っとくけど。俺はお前を恨んでねえからな」

「ん、ああ……。でも悪かったよ」

「謝罪は受け取る。そして許す。……だから、暗い顔しないでくれ。お前には似合わねえだろ」

「それ、美人ないき遅れの熟女から言われたかった」

 こじらせてるな、と思ったが黙っていた。こいつの歳上好きは今に始まった事ではない。寝取る趣味がないだけ善良な方だろう。

 それからぽつぽつと会話を挟みながら、南へ進む。吹雪いてきて、風で地吹雪まで発生した。けれどラウスは目印となる岩場や、そして植物などの匂いを嗅覚で嗅ぎ取りつつ進んでいく。そうしてしばらく歩き続けた頃、大きな木が見えた。

「あれだ」

 ラウスが上を指さす。雪風のせいでぼんやりとしているが、それは確かに家だった。木材をねずみ返しのように組んで、そこに作ってある。彼はポケットの石を掴んで投げた。的確な位置に当たって、縄ばしごが降りてくる。

「俺の隠れ家の一つ。やかましい人間から襲われることも、モンスターに襲撃されることも……まあ、平坦な土地に作るよりは可能性としては少ない」

 はしごでうえに上り、ラウスはそれを回収する。家といえるそこのドアを開けて、レドたちが入るとそこを閉め、かんぬきを嵌める。

「ふぅ……なんとか処刑は避けられた。つっても、お尋ね者ってことにはなるか」

「それなのですが、ラウス様。アルト様はなぜか、罪を公表しておりませんでした。おまけに食事には毒です。試しにスープに銀をさしたところ、変色しておりましたから」

 レドが床に座って言う。

「内々に葬っておきたかった、ってことか? ……司祭殺しをうやむやにするために?」

「司祭殺しなら堂々と処刑できるだろ、レド。なんか訳ありなんだろうな。ってことは、大々的に手配される可能性は低いと見ていいんだろうけど……何が目的なんだよ」

 シオンはゆるく首を横に振った。

「私にも、わかりません」

 まあそうだろう。わかっていれば言っているはずだ。もはや一蓮托生なのだから、レドたちの処遇をあれこれと隠す道理などない。仮にも男二人から疑われ、乙女にとって最もおぞましい手段で聞き出されるリスクなど犯さないだろう。

「まあいいや。ラウス、行くあては?」

「今んとこは領都ドワーロン。あそこなら情報が山ほど手に入る。俺の復讐は失敗に終わったけど、レドの目的はまだ始まってもいねえだろ」

「俺の目的に付き合う必要なんてないんじゃないのか」

 ラウスは真剣な顔で言う。

「爪弾きものの俺に親切にしてくれたのはお前だけだ。ラヴィオのジジイの技術を俺に教えたのだってお前だ。義理と恩くらい、通して返したい。盗賊にだってそれくらいのプライドはあるんだ」

「……わかった。なら、まずはドワーロンだな。直線距離でもここから一九〇キロはありそうだけど?」

「地道に歩いて行けばいいだろ。とりあえず、今日はここで休もうぜ。シオン、あいつらはなんか、追跡に便利な道具はあるのか?」

「ありません。この雪では痕跡も消えるでしょう。魔術師ならば特殊な能力を持つ使い魔くらい持っているはずですが、聖騎士などにはそれらがありません」

 確かにそうだ。教会、そして聖騎士は殊更に魔術を毛嫌いする。道具もない、使い魔もない、そもそも魔術師とも組まない彼らに、この吹雪の中で誰にも知られていないラウスの隠れ家を見つけ出すことなど、不可能といえるくらいには可能性が低い。

 レドは指抜きグローブとその下の黒い、全体をすっぽり飲み込んでいるグローブを外す。

「俺らはいいけど、シオンもここで寝るのってどうなんだ? 神官の女の子が男と同じ部屋って、いくらなんでもまずいだろ」

「俺は熟女趣味。お前が我慢すればいいだろ」

「俺が欲情してるみたいに言うな。つーかなんで二段ベッドなんだ」

「いざってとき、悪友と使うためのものだからだ。ネメシス怪盗団が三人に増えるとは思わなかったけどよ」

 また変なことを言ってやがる、とレドは飽きれる。いつから俺はこんな怪しい怪盗団に仲間入りしたんだか。

「上でも下でもいいけど、ひとつはシオンのだ。俺は床で寝る。毛布の余りは?」

「ねえけど、俺の服がある。それかぶってれば寒さは凌げるだろ」

「まあ、そうだな」

 申し訳ない、という顔をするシオン。レドは気にしていない顔で言った。

「安心しろ。俺もあいつも、同意もない相手を襲ったりしない。それくらいの誇りくらい持ってる」

「あっ、いえ……ベッドを借りることに……」

「風を凌げるだけ俺らにはありがたいんだよ。ラウス、あの干し肉って食ってもいいのか?」

「ああ。……火事になると困るからアレだけど、それでも火を通さなくて食えるもんしかねえし、大丈夫だ」

 そう言ってラウスは干し肉を紐から外し、レドとシオンに渡した。彼自身も一枚の干し肉を掴み、すでに齧っていた。

 シオンは手にした干し肉をじっと見て、周りの男どもがそのままかぶりついているのを見て、彼女も直に口でかぶりついた。水分をバンバン叩いて飛ばし、塩を塗り込んで干した、塩辛い肉。塩分の塊めいているが、保存食にはうってつけだ。それ以外にもラウスはきゅうりや大根、赤カブの酢漬けピクルスやドライフルーツにしたイチゴなんかも持っていた。

「お前って本当に野生児だよな」

「お前から教えてもらったんだぞ。ラヴィオのジジイから〜って、自慢げなお前から」

「そういやそうだったな」

 回り回って自分が、そしてラヴィオが助けてくれたのか。

「食料はまだある。明日だな、残りは」

 ラウスはそう言って、木箱を閉じた。レドはゆっくりと食事をするシオンを見て、余計なことに巻き込んでしまった申し訳なさに眉根を揉んだ。

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