星䨩のドラグオンズ・ニーア ─ 煌めく十二の宝珠と冠を戴く竜王の玉座 ─

百竜呑ライカ

Prologue 竜と人と

ACT0.01 余生は最愛の友と一緒に

【仮表紙】

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ACT0.01 余生は最愛の友と一緒に

 たった数十年の生に意味を見出す彼らを、竜は愚かだと思っていた。彼らが一週間足らずしか生きながらえられない生命を儚いと言いつつ、どこかで見下すように、その竜もまた彼らを尊いと思いながらも心のどこかで馬鹿げていると鼻で嗤っていた。

 その竜はもう、一八〇年を生きていた。

 彼らの平均寿命は、精々長生きで七五年前後。その約八・七倍を生きる、少なくとも殺されない限りは六五〇年は生きながらえる竜にはあまりにも短い。

 あと、最低でも五回ほどは世代交代を見守ることになる。

 たった一度の別れで傷ついた。二度目の別れが嫌で、山奥に引っ込んだ。だというのに──。

「あら、綺麗な竜」

 灰色の髪の女が現れたのだ。

 身に帯びる衣類から傭兵だとか冒険者だとか、そういう類であろうとわかる。竜は無言で薄桃色の目を向けた。青い目の女は微笑んだ。

「隣、いい?」

 答えなかった。何も言わなければ、愛想を尽かして去る。人はそういうものだ。望んだ答えが返ってこなければつむじを曲げて勝手に腹を立てて、自らふっかけた論争でありながら自らの足で盤を蹴飛ばしてどこかへいく。愚鈍で愚昧な生き物だ。

 けれども女は、一向に黙らない。勝手に焚き火を焚いて、魚を焼いて、勝手に食べて去っていく。次の日も、次の日もきた。いい加減うんざりした。

「一度でいいから、君と話したいな」

 けれどある時を境に、女は来なくなった。知っている。人は老いる。あっという間に。最後に見た時にはもう、しわも深かった。

 寂しくはなかった。何とも思わない。けれど、何度も何度も焚いた火の、黒い痕を見るのは嫌だった。

 それから幾許か──多分、二、三〇〇年もしないくらいだろうか。今度は少年がやってきた。

「へえ、立派な竜だな」

 その髪は白く、けれども目は青い。

 あの、……あの目だ。

「……仇討ちか」

 初めて竜が口を利いた。

「違う。先祖の祖母さんがよく話してたらしい。ここに、立派な竜がいるって。女の子だったんだな」

 その竜の声は、確かに女性のそれだった。事実性別はメスだ。けれどもつがいを作る気もない。ここで静かに死に、肥やしになることを望んでいた。

「空を飛ばないか? 俺とお前で」

「空? なぜ」

「理由はない。でも、死ぬ前に空を飛びたい。先祖もずっとそう言ってたんだ」

 くだらぬ──けれど、なぜかはっきりと否定することもできない。

「一度だけだ。妾の翼は、安くはない」

 久方ぶりに、そう、多分一〇〇年ぶり以上に外に出た。獲物を取るため、地上に何もいないとたまに飛ぶが……ここ最近は小競り合いを見る。下手に姿を見られたくはなくて、もうほとんど飛ばなかった。

 生い茂る木々に、枝葉の天蓋。少年を首の付け根に乗せる。

「お、落ちそう」

「落ちたら、あとは楽に死ねるよう祈っていろ」

 竜はそう言って、太い足で地面を蹴った。陥没した土が周りの腐葉土を吹っ飛ばし、梢を切り裂いた。巨体が空へ。そして、竜は見た。一〇〇余年ぶりの、異質な大地を。

「なんだ、これは」

 そこにあったのは、あちこちから上がる黒煙。火と血の匂い。焼け付く命の、断末魔の香り。小競り合いではない。立派な大乱だ。

「ああ……戦争ってやつ。王朝の人らが死んで、そんで……」

「お前は……怖くはないのか」

「怖いさ。だからせめて最期は……空を見たかった」

 恐る恐る問う。

「いつから続いている」

「さあな。先祖代々、戦争がー、って言ってる。小さい争いが、ここ最近で酷くなったって。死んだ親父が産まれた頃にはこうだったってさ」

 ……あの、女もまた。彼女も戦争の中生きていたのか。

「お前、名は」

「ランドルフ・コルネルス」

「そうか。……私の名は、ラプレ。お前の先祖は、どういう名前だ」

「ラシア・コルネルス。小さい貴族の令嬢だった。俺は、そこの当主だよ。だから、いつか死ぬ。俺が死ぬことで領地のやつらが生き永らえられるのなら、望んで首を差し出す。どうあれ、死ぬっていうことは、それだけは確かなんだ」

 空を征く。あちこちが戦場だ。

「……死にたくないな」

 竜は黙っている。

「もっと、ずっと空にいたい」

 そのとき、轟音がした。地上に大きな魔術式が発生し、熱を放つ。大規模魔術による攻撃だろうか。ラプレは深く考えていなかった。気づけば口腔に熱を圧縮していたのだ。そうして放ったブレスが、その魔術式を粉々に吹き飛ばして爆炎を上げさせる。

「気に食わん。……お前のせいだ、小僧。妾は静かに眠っていたかった。妾の安眠の邪魔をしたのだぞ。逆鱗に触れたのだ。覚悟はできているのだろうな」

「……食べるのなら、俺一人にして。民には手を出さないでくれ」

「お前一人では到底足りん。……少なくとも、寝床の周りは静かにせねばならん。付き合ってもらうぞ、ランドルフ」

 それが、コルネルス連合王国の始まりだった。その日、コルネルスの最初の王は真に産声を上げたと言えるだろう。

 少年が竜と出会った日を境に、小さな城塞都市の主人たる彼の快進撃が始まった。

 竜を従えた彼は次々勝ちを重ね、領土を広げた。藍色の竜と少年は歳をとり、その間にのちのコルネルスの原型を作り、地盤を固めていった。

 けれども、たかが数十年の命。

 戦乱を平定し、それから約十年余り。少年はすっかり老いて、けれども威風堂々な偉丈夫として威厳を放っている。

「なあ、ラプレ」

「なんだ、小僧」

 大きな城のテラスで、老いたランドルフ王は自分を丸呑みにできるほどに大きな竜を撫でる。ラプレにとってはどんなに年老いていても、こんな男はいつまでも小僧だ。たかだか七〇やそこらで老人など、馬鹿馬鹿しい。

「お前と出会えて、幸せだった」

 周りには誰もいない。竜と会う時、王は誰も、側近さえもつかせないのだ。竜こそが、ラプレこそが真の側近だと言って。

「妾もだ。まあ、それほど悪くない数十年だった」

「お前が、せめて人であったならば……。俺が、竜であれば……」

「叶わぬ望みなど持つな。……ランディ」

 親しい者しか呼ばない愛称。ラプレは顎を動かす。

「『食べるのなら俺一人』、だったか?」

「ああ、お前と初めて会った時のことだろう。忘れるものか」

「ならいい。約束を果たし、生き延びろ」

 ラプレが飛び去り、周りの近衛兵はそろそろ大丈夫かとテラスへ入る。しかしそこには王が携える宝剣しかなく、肝心のランドルフ本人はどこにもいなかった。ただ、傍の紙にこう書いてあった。

「余はこれより老後を謳歌する。最愛の友と、人生最後の冒険に出る」──と。

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