これはフィクションです。実在の人物や団体などとは関係がありません。
ちょっとした息抜きのショートショートとして読んでいただければ幸甚です。
ほんとうのタメバース(Tame-Birth)の話をしよう
これは、2023年にメタバースの一つとして誕生したオンラインサービス「タメバース(Tame-Birth)」が大流行の後、2年で失敗に終わった物語である。
それはある日の同窓会からはじまった
「タメバース」の誕生は、コロナ第10波のさなか、急遽リモートで開催されることになった同窓会を、プログラマーのサトシ・ノカミが、自身のメタバース空間で開催しようと言い出したことから始まる。実際に集ってみると、皆がタメ口をきくという面白さに気づいたサトシは、タメの純度を上げて、同じ年生まれで、かつ生年月日も全く同じ者どうしだけが集い、会話の中で一切の敬語をつかうことを禁じるメタバース空間を作ればウケるのではないかと考えた。そしてやってみたら大いにウケた。
実装は簡単だった
同じ年の同じ日に生まれたことを証明するには、アカウント取得時に本人確認書類の写真審査を求めることで実装できたので、あっという間にサービスを開始できた。本来不必要なマイナンバーも登録必須にしたことについては、正直言ってサトシ・ノカミが調子にのり過ぎていたと言わざるをえない。初期のユーザ層は、各地の大学のキャンパスをまわって独自の暗号資産のトークン「タメコイン(TMEC)」のエアドロップをチラつかせまくることでかき集めることに成功した。なぜなら大学生はエアドロップが大好きだからである。滑り出しは順調に思えた「タメバース」だったが、次に紹介する3つの大トラブルに相次いで遭遇することになった。
トラブルその1 パスワード破られ過ぎ問題
予想もしない事態が生じたのはサービス開始の数日後である。なんと自身の生年月日をパスワードにする不届者(ふとどきもの)が後を絶たなかったのである。パスワードクラックとなりすましが横行した。これはパスワードの桁数を8桁以上とした一方文字の種類は問わないとした仕様が裏目に出た格好だ。「タメバース」はパスワード強化の仕様変更のため一時閉鎖に追い込まれることとなる。金銭的な被害には警察も出動し、テレビの特番でも社会問題として取り上げられて耳目(じもく)を集めたため、ほとぼりが冷めるまでしばらく時間を要した。
トラブルその2 丙午(ひのえうま)問題
ユーザが増え、生年がマスで可視化されたことは思わぬ事態を生んだ。やがて人びとは1966年生まれのユーザが極端に少ないことに気づくようになった。あろうことか、多くの人がせっかく忘れかけていた日本の迷信が再度クローズアップされてしまった。少子化対策に取り組む政府は、X年の数年前からひそかにネットを検閲し主要な検索エンジンからこのワードを削除したり、子どもの社会科の教科書から記述を削除したりするなど、超法規的処置を含めさまざまな布石を打っていたが、それらの努力がことごとく水泡に帰したことに怒り心頭であった。
トラブルその3 世代の分断を招いてしまった問題
生年だけでなく月日も全く同じという者だけが何百、何千人も一同に会すという状況はこれまで現実世界では体験できなかった状況である。実際にこうして集ってみると、年齢の上下関係が一切ないどこまでもフラットな「タメ」の世界は、あまりに心地よいものだった。三国演義の桃園の誓いの真逆である。むしろ1日でも生年月日が異なると、上下関係を強烈に意識してしまうということになった。「タメ」や「同い年」(おないどし)であることはもはや何の意味も持たず、同一日に生まれた「月日」(がっぴ)とだけ付き合うことが流行した。そして「がっぴ」が1日若いだけで、相手に敬語を話さなくては怒られるのが新しい常識となった。こうしたトラブルを避けるため、人びとはいつしか名前の後に8桁の数字をつけるようになる。たとえば、「はじめまして、ノカミサトシ19841203です」というような具合だ。(ちなみに数字部分は、自衛隊員のように「ひときゅうはちよんひとふたまるさん」のように読む)
ポスト・タメ時代
その他にも実にいろいろな問題が起きた。それらをすべて書いていては紙幅が尽きないことだろう。(実際、いまや社会学に「タメバース学」なるものがあるくらいだ)とにかく「タメバース」は瞬く間に失敗してしまったということだ。「タメバース」の全盛期は、他のメタバース系のサービスは全て閑古鳥が鳴いていたのでメタバース業界はかなり迷惑だったと思う。「タメバース」がサービス終了すると、ほどなくして人びとは元の自然な状態に戻った。2026年の出生率も予想されたほど下がらなかったことに政府関係者は胸をなでおろした。ひとつポスト・タメ時代として変化したことと言えば、人々が自身の年齢を全く隠さなくなったことだ。そういえば名前のあとに番号を付けることは今も残っている。いや、そう考えると、われわれが意識していないだけで、変化したことはもっと沢山あるのかもしれない。
「タメコイン(TMEC)」のその後
例の「タメコイン(TMEC)」と言えば「パイセン」ことビットコイン(BTC)を上回る1千万円のATHを付けた後暴落した。すべての取引所で上場廃止となり、人びとはときどき自分のコールドウォレットに残ったTMECの残高の数字を眺めては、タメタメだったあの頃を夢のように思い出すのだった。
(おしまい)