性同一性障害を抱える方は、10万人に1人ほど存在するといわれています。ただ、医学的サポートがなされていない場合も多いため、世界的にもその正確な統計をとることは難しいようです。しかし、もし友人として、あるいは職場の同僚としてこのような方に身近に出会うことがあった場合、性同一性障害を抱えていない人はどのように受け入れ、サポートするのが望ましいのでしょうか。大阪医科大学の康純先生にお話をうかがいました。
「トランスジェンダーの概念はなぜ生まれたか―性同一性障害の歴史的背景」でも述べたように、性同一性障害に関連する行為や行動は罪とされる時代・地域がありました。しかしヨーロッパ社会の中ではそれを罪とするのでなく、精神病理的に分析する動きが起こりはじめました。その中でドイツのクラフトエイビングという人が、性的なものに関する精神病理『サイコパソロジー』という本を出しました。これは性的な行為が原因で刑務所に入っていたり、性的な原因で精神病院に入っていたりする人の性の問題を、細かく記載していったものです。その後、ドイツ精神医学の中では性同一性障害が精神病理化され、性転換症やトランスヴェスティズム(服装倒錯症)として定義づけられています。
大正時代、日本においてエイビングの著書が日本語訳され『変態性欲の心理』というタイトルで、センセーショナルな売り出し方をされました。それ以降「ヘンタイ」という概念が生まれ、日本においても変態性欲として病気であるという位置づけがなされていきます。
その過程で、「これは治療の対象である」と判断され治療されていくわけですが、1940年前まではこの対象となる方々になされていた治療は、現在では考えられないものでした。たとえば精神病院に入院させられ、抗精神病薬を飲まされていた人がいました。そういった症状が「妄想」だと考えられていたからです。精神分析療法を受けていた人も多くいます。また、ひどいものになると「嫌悪療法」という、自己の体と本来の性が一致していないという考え方をすること自体に嫌悪を覚えるような治療をされたこともあります。そういった精神医学、病理の中での治療がなされていたのです。
1940年代以降、第二次世界大戦前後から、こういう人たちを精神病として扱わずに身体の違和感を少しでも和らげようとする治療が道義的倫理的にも正しい治療であるだろうと提唱した人が出てきました。ハリー・ベンジャミンです。彼は「ハリー・ベンジャミン国際性別違和協会」をつくり、そこから「Standards of Care(標準的なケア」がつくられて世界中のガイドラインに影響を与えています。
しかし、アメリカやヨーロッパなどキリスト教社会では、いまだ罪と考える人も少なくないのが現実です。アメリカの一部地域では、実際に性同一性障害が原因で殺害されてしまう人もいます。実話をもとにしたハリウッド映画もつくられ、その実態が非常に話題になりました。
こういった流れの中で権利運動としてゲイムーヴメントが起こり、さらにLGBTの権利運動として発展していきます。トランスジェンダーの人々にとっては「自分たちは病気ではないが、医学的治療を受ける権利はある」という、性同一性障害の脱病理化を目指した考え方です。ここで、「病気ではないが医療のサポートを受ける」という状況が起こります。医療者の立場からはこのような状況の中でどのような内容のサポートができるのかを考えていうことが課題です。
現在、精神的サポートに関しては保険診療において行われています。それ以外の性同一性障害に関するすべての治療の保険適用化も医療者は目指しています。しかし海外では、「そもそも性同一性障害を病気として扱うべきか否か」という動きが起こったため、患者さんにとって治療を受ける上で大きな注目を集めています。
GID(性同一性)学会では、当事者の方々が発表などを行っており、それを聞くと本当によく勉強していることがわかりますし、自分たちが生きやすい社会をつくっていくため何を発信すべきかという問題に非常に真剣に取り組んでいます。当事者の方達はたちは、自分のことを病気と思っていないだろうという印象を受けます。
ただ、病気だとは思っていなくとも、ホルモン療法などにおいては医者と手を組み医療にアクセスしなければならない部分があります。精神科診療の部分に関しては、アメリカのDSMという診断基準にも載っており、またICDという精神科の診断基準にも載っているため保険診療になります。しかし、それ以外は全て自由診療という区別がなされています。実際のところ、性同一性障害に関する診療がすべて保険適用化されるのはまだまだ難しいというのが今の日本の現状です。
「性同一性障害の原因」でも触れましたが、私の医学者としての仮説として、性同一性障害の中には性分化疾患の一亜型である一群が存在すると考えています。そのため、これに対する医療的サポートは絶対に必要だと思っています。これが医学からの考え方です。
一方、社会学から考える場合にはまったく異なる問題となります。世の中には性分化疾患の人もいるし、トランスジェンダーの人もいる。人間というのは多様性のあるものであって、多様性を受け入れてみんなで構築していくのが人間社会である。そういう人たちを病気扱いせず、個性のあるものをどう社会の中で受け入れていくかを考えるべきだ、という議論となります。
この二つの考え方は並立しうるものだと私は考えています。
まずは「いいよ、あなたはその格好が好きなんだからその格好をしても。そういう人もいるんだから」と多くの人が認められる土壌をしっかりつくっていくことが大切です。このような考え方が大人に広く浸透するようになれば、性別違和を持つ子どもたちはどんなに生きやすくなるでしょう。そのように認められて育った子どもたちが、大人になっていく過程で体に違和感を覚える時期になれば、そこで医療がサポートしていく。それらを同時に構築していくのが我々の役目だと考えています。
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