なぜホンダが「藻」を開発?「ホンダはCO2を吸収する義務がある」と言って入社した研究員、苦節9年の挑戦

「Honda DREAMO」の研究リーダーを務める福島のぞみさんに、研究の裏側と思いを聞いた。

「世間に理解される技術をいま研究しても遅い。理解されない技術こそ価値や可能性がある」

ホンダの研究開発部門「本田技術研究所」で藻の研究をするチームのリーダー、福島のぞみさん。8年近く結果が出ず、研究が打ち切りになるかもしれない場面が何度もあった。「もうダメかもしれない」と思った時、上司がかけてくれたこの言葉に救われた。

本田技術研究所 先進パワーユニット・エネルギー研究所 先進エネルギー研究 アシスタントチーフエンジニアの福島のぞみさん
本田技術研究所 先進パワーユニット・エネルギー研究所 先進エネルギー研究 アシスタントチーフエンジニアの福島のぞみさん
Shu Maeda/ハフポスト日本版

車やバイク、ホンダジェットなどで知られるホンダが、一体なぜ藻の研究をするのか。

ずばり「藻で世界を救えるかもしれない」からだという。「生意気ながら、『ホンダはCO2をたくさん排出しているんだから、吸収する義務がある』と言って入社したんです」と、入社当時から変わらない熱意をにじませて福島さんは語った。

苦節9年。福島さん一人、自動車の部品を作る作業場の片隅で始めた藻の研究がついに日の目をみることになった。ホンダ独自の藻「Honda DREAMO」として3月30日、ついに公表されたのだ。

藻が世界を救うってどういうこと?

近年、カーボンニュートラルの実現に向けて動きが加速する中、海や川に生える「藻」は、CO2の吸収源としても、バイオ燃料やバイオプラスチックなどの原料としても注目されている。

ホンダ独自の藻「Honda DREAMO」は、そんな「藻」の可能性を広げることになるかもしれない。世界トップレベルのCO2の吸収量を誇るというHonda DREAMOには、特別に温度調節された部屋も、生産のための大量のエネルギーも、滅菌も必要ない。少ない水を足すだけで繰り返し培養ができ、寒さにも強いため、他の植物が育ちにくい環境であっても育てられるという。

ホンダの工場から排出されるCO2を使って光合成することで藻が育つ仕組み
ホンダの工場から排出されるCO2を使って光合成することで藻が育つ仕組み
Shu Maeda/ハフポスト日本版

また、Honda DREAMOは培養液を調整すると、3日で成分が変わるのも特徴だ。

燃料やバイオプラスチックに活用したい時は炭水化物が多い藻に、化粧品や食料の原料に活用したい時は、タンパク質が多い藻に変化させることができる。育てる地域や消費者、生産者のニーズに合わせて生産するためだ。

藻は代替肉などタンパク源になったり、薬になったり、バイオ燃料、バイオプラスチックの原料になったりするなど、幅広い活用法があるという
藻は代替肉などタンパク源になったり、薬になったり、バイオ燃料、バイオプラスチックの原料になったりするなど、幅広い活用法があるという
Shu Maeda/ハフポスト日本版

Honda DREAMOは、屋外で、水道水で育つ「雑菌に負けない強い藻」だそうだ。それは安価に幅広い地域で育てられる利点がある反面、強すぎる種が川や海の生態系を破壊してしまわないだろうか。福島さんはその点について以下のように説明する。

「Honda DREAMOは今のところ自動車工場に併設した栽培設備で育てる予定ですが、万が一外へ流れ出てもその場所に元々生息している藻の方が強いと、実験を通して分かっています。その土地の生態系を破壊しないように配慮しています」

藻で貧困問題を解決したい

千葉県船橋出身の福島さん。子どもの頃から九十九里浜や葛西臨海水族館によく遊びに行っていたこともあり、元々海や魚が大好きだったという。そのうち、藻が海の生態系を支えていると知って、藻の世界にのめり込んでいった。

「子どもながら、この海の生態系を支えることができるのだから、藻は絶対すごいものだと思っていました」

もう一つの原体験は、小学校でアフリカの貧困問題について学んだ授業だった。「ボランティアで毛布や食料を送るのは大事だが、それだけでは現地の人たちの力で自立することはできない」という先生の言葉が、頭から離れなかったという。

「子どもながら必死に考えて、もし藻でアルコールランプの燃料をつくることができれば、貧困地域の子どもが夜、アルコールランプの光で本を読んで、自分でなんとかできるという気持ちや知恵を養ってもらえるようになるのでは、と考えたのを覚えています」

自身の原体験を語る福島のぞみさん
自身の原体験を語る福島のぞみさん
Shu Maeda/ハフポスト日本版

「1万円の予算で、部品買ってやってみろ」

大学を卒業後、化学分析の専門職を経て、2007年にホンダに入社した福島さん。「藻でバイオエタノールを作りたい」と言って入社したものの、すぐにできたわけではなかった。

最初に配属されたのは、不具合があって返ってきた車を分析する品質改革センター。研究開発の部署に異動したいと希望を出し続け、3年後、生産設備を開発する子会社「ホンダエンジニアリング」の車体開発研究部に異動した。

この異動が転機となった。同じようにバイオ燃料、カーボンニュートラル燃料をつくりたいと思っている人たちがいたのだ。「藻だよ、藻で燃料を作ろう」とすぐに声を上げた。

「同じ部署の人たちと、ホンダの未来について語り合いました。車によってCO2が排出されたり、環境が破壊されたりすることで迷惑をかけられている世界中の人たちも、潜在的なホンダのお客さんだよね、と。そんな負の影響も考えた上で、その人たちのニーズをいかに満たせるかを追求するのもホンダの仕事ではないか。そのためには、燃料にも食料にもなる藻がカギになる、と話しました」

屋上に設置されたHonda DREAMOの栽培セル
屋上に設置されたHonda DREAMOの栽培セル
Shu Maeda/ハフポスト日本版

上司に直訴して、藻の研究にこぎつけた福島さん。当時の上司から「予算1万円でどこまでできるか考えてみろ」と言われ、ホームセンターへ買い物に出かけたこともあったという。

「最初は研究室もなくて、自動車の部品を作る作業場の片隅で、トイレの手洗い用の水を使って藻を育てていました。トイレに藻を流してしまって、詰まらせて怒られたこともあります(笑)」

Honda DREAMOは、“藻の専門家集団じゃないから”実現した

一人で始めた藻の研究だが、徐々に仲間が集まった。取材の中でも、お互いに信頼し合うチームメンバーの姿が印象的だった。

「“できる・できない”ではなく、“やる・やらない”で動けるチームです。この人たちとなら、世界を変えられると思いました」

Shu Maeda/ハフポスト日本版

同じチームの木下さんは、福島さんのことを「まさにリーダーという感じ」と話す。

「突拍子のないこともいいますが、みんなを引っ張っていく力がずば抜けているし、一人一人を見てくれます。まさか自分がホンダに入って藻の研究をすることになるとは思いませんでしたし、結果がなかなか出ない時は不安でしたが、目指す世界はチームみんな一致していたからこそ、諦めずにここまで来れたと思います」

また、福島さんは「藻の専門家集団じゃないからこそ、Honda DREAMOが実現できた」という。

「2050年カーボンニュートラルに向けて私たちが作ろうとしている藻の理想像は、藻の専門家なら『そんなのムリ』と言ってしまう条件ばかりなんです。私以外チームに藻の専門家がいなかったからこそ、『これがあったら世の中に役立つよね』『いつまでに必要だよね』と目指したい姿から逆算して研究を進められたのが大きかったと思います」

Honda DREAMOは、2050年カーボンニュートラルに間に合うのか

2050年のカーボンニュートラルに向けてさまざまな技術研究が進んでいる。しかし、規模やコスト面をクリアし、実際に実用化してCO2削減目標に貢献できるのか、そのスピード感が課題だ。Honda DREAMOは、22年秋から拡大検証を開始し、翌年には東南アジアや国内の自動車工場での検証を目指す。一方、その先の見通しはこれからだという。

間に合いますか。福島さんに聞くと、「間に合わせます」と意気込んだ。

「1日でも早く自動車工場にHonda DREAMOを届けて、1日も早く世界の気候変動対策に貢献したいと思っています」

Shu Maeda/ハフポスト日本版

最後に、なぜ福島さんはそんなに頑張れるのか聞いた。

「自分が勉強してきたのは、なんのためだったのか?というところにいつも立ち返っています。『貧困地域にも持っていける、一番困っている人たちが使いやすい』という軸さえブラさなければ、間違った方向にはいかないと思っています。それに、今は一緒に同じ夢を持ってやってくれる仲間もいますから」

Shu Maeda/ハフポスト日本版

一人の研究員の熱い思いが、会社もチームも動かした。企業間、国家間の連携を広げ、やがて世界をも動かすことになるか、注目したい。