50代になってから未経験部署に異動させられたら、誰だって「なぜ?」と戸惑うもの。
中にはそれがきっかけでメンタル不調に陥る社員も出てくる。そんな50代のベテラン社員に多く出会ってきたのが、最新刊『「会社がしんどい」をなくす本 』を出版した精神科医・産業医の奥田弘美さん。奥田さんは現在、約20社で産業医を担当。これまでに2万人以上のメンタルヘルスをサポートしてきた。
「こんな部署で働きたくない」と抵抗を示す社員もいるという。奥田さんが提案する「年長者が会社で生き残る心構え」とは?
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こんにちは、精神科医・産業医の奥田弘美です。
50代になったベテランの社員が、残りの会社員人生をどのように過ごすかというのは、大きなテーマです。誰もが社内の重要なポジションにつけるわけではありません。経験があるといっても、その経験が今後のビジネスの世界で必ずしも通用するとは限りません。
すると、どうしても50代で未経験の部署に異動させられるという事態が発生します。そんなベテラン社員たちにこれまで多く会ってきました。そして、そのたびに、「年長者が会社組織で生き残るには何が必要か」ということを考えさせられました。
ブライダルサービス会社の50代ベテラン社員であるBさんもその1人です[注]。広報企画室で6年以上仕事をしてきて、その部署を気に入っており、定年退職までここで仕事を続けたいと思っていたところ、4月の人事異動で急にコールセンターへの配属を打診されたのです。
コールセンターは初めて担当する業務であり、全く興味もない部署です。Bさんはショックを受けて、人事担当者や上司に異動したくない旨を伝えて交渉しましたが、「広報企画室は人数を縮小し体制も刷新する予定だから、Bさんに用意できる仕事はない」と却下されてしまいました。Bさんは不承不承異動しましたが、1カ月後に産業医の私へ面談を希望してきました。
[注]エピソードでは、個人や団体が特定されないように情報を適宜加工しています
「先生、ひどいと思いませんか?」
面談室に入ってきたBさんは、今までの経緯を私に説明したのち、「先生、ひどいと思いませんか? 私は6年以上、広報企画室で頑張ってきたんですよ。それなのにこの年になって全く経験のない部署に異動だなんて。今まで広報の仕事では大きな失敗をしたこともないし、それなりに頑張ってきたつもりです」と怒りの表情で会社への不満をぶちまけます。
そして「コールセンターに移ってからも、どうしても納得いかないし、夜もイライラして眠れないんですよ。しょっちゅう電話が鳴っている環境にも慣れないから、頭痛も頻繁に起こるようになって、仕事を休むこともあるんです」と体調不良を訴えました。
私はBさんに「異動のストレスからくる不眠や食欲不振、頭痛といった体調不良が起こっているようなのでまずは治療が必要だと思います。医療機関は受診されましたか?」と尋ねると、「いいえ。だって体調不良の原因は明らかなんですから、薬で治療したってよくならないと思います」とBさんは不満そうに答えます。
そして「こんな状態になってしまって、コールセンターの仕事を続けていく自信がありません。先生からも人事に意見してもらえませんか?」とようやく本音を打ち明けました。
つまりBさんが産業医面談を申し込んできたのは、産業医から異動を見直すように会社に意見してもらいたいというのが目的だったのです。
私は「とにかくまずは心療内科か精神科で治療を受けましょう。体調不良で仕事に来られない状態がひどくなっては、どの部署でも仕事ができませんから。私からは人事へのフィードバックの際に、Bさんの気持ちを伝えておきます」と提案し、クリニックへの紹介状を書くことにしました。