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LiCHT/たいやき
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晦冥の流れ星 - LiCHT/たいやきの小説 - pixiv
晦冥の流れ星 - LiCHT/たいやきの小説 - pixiv
53,005文字
晦冥の流れ星
春コミで頒布した『晦冥の流れ星』web版です。
内容は本のものと同じです。

*人工知能の研究をしている晴明×AI(アンドロイド)道満
*全年齢対象
*死ネタを含みます
*脳を弄る表現があります
*鬼一、諾子、香子ほかモブがちょこっとだけ出ます
*AIやアンドロイドについては専門知識はほぼゼロの人が書いてます。
 その部分についてのおかしな点は突っ込まないでください。素人の創作です。

あとがきはこちら↓
https://poipiku.com/520622/6456183.html

2022/03/30 更新
不要な改行を削除しました。
(Wordで作成した際の調整用の改行をすっかり忘れてました。読みにくくなっててすみませんでした)
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2229306
2022年3月27日 02:00

 薄暗い研究室で男はひとり、息を吐く。まだ何を見ることもなく物言わぬケーブルに繋がれた人形を前に。 「さすがの私も緊張しますね」  全てのチェックは完了した。あとは起動のためのボタンを押すのみ──。 「さぁ、目覚めの時です」  手元のタブレットに表示されていたボタンをタップする。周りを取り囲んでいたいくつものディスプレイに一斉にコードが流れ始める。全ては一瞬でディスプレイを流れては消え、数分後『Complete…』の文字だけが記されていた。 「────」  息を呑む。端正な顔立ちの人形の睫毛が揺れた。ぴくり、ぴくりと小さく震えた瞼がゆっくりと開かれる。現れる黒い瞳。特注品の黒曜石の瞳はディスプレイの光を受けて妖しく揺れる。瞼が上がりきると俯き加減だった顔が持ち上がり視線が交わった。お互い観察するように無言のまま、じっと見つめ合う。そして先に声を発したのは人形の方だった。 「せ、ぃ……めい、どの?」  事前にAIへ登録していた情報から照合した第一声だった。そこでようやく顔を強張らせていた晴明は安堵の息をつく。 「はい、そうです。私が安倍晴明です。自分の識別はできますか?」  その問いにこくりと頷き人形は再び口を開いた。 「識別No. DMN-002 DOMAN──個体識別名、道満と申します」  密かに行われた起動実験は成功した。

 晴明は人工知能研究の世界で最高最優と噂される研究者だ。これまでの研究でもたくさんAIを搭載した製品を商品化へと導き世の中へと送り出してきた。そして今回のAI搭載型アンドロイドも研究者たちの注目の的、となるはずだった。そうならなかったのはアンドロイドそのものが大きな要因だ。そのアンドロイのモデルとなった人物は晴明が現れる前までは人工知能研究の先駆者として研究に従事し優秀で信頼も大きかった。晴明も元々はその人物を師事していたが頭角を現すと周りからはライバルと言われるようになり、いつしか立場は逆転していく。しばらくは晴明の助手を勤めていたが、とある事故をきっかけに研究所を追わた。その後の消息は明らかになっていない。蘆屋道満──人工知能研究者たちの間では異端者として忌避された存在だった。  真っ直ぐな白い髪と、クルクルと渦を巻いた癖がありつつも艶のある黒髪。白磁のような肌、黒曜石の瞳、薄い唇にうっすらとさした笹紅が特徴的な端正な顔立ち。無駄のない筋肉に覆われた凄絶な肉体。二メートルという身長。それら全てが特徴的でひと目見れば誰もがその存在に気付いた。研究所内で晴明の後ろをついて歩く姿を見た何人かは幽鬼にでも出会ったかのような悲鳴をあげたほどである。異なるのはその顔が無表情であることのみ。道満も表面上の付き合いしかない相手には無表情に近かったが、親しい者とは表情豊かに話す姿も目撃されていた。それがアンドロイド故か、常に顔は固く強張っていた。 「うーん、私のプログラミングは完璧なんだがなぁ。学習も問題なく進んでいるし、なにが足りないのか」  研究室で空中に映し出されたディスプレイの数値やコードを睨みながら晴明は唸る。その横に座っていた道満からも同じように唸り声が聞こえてきた。隣を見ると眉間に皺を寄せディスプレイを睨んでいる道満がいた。

 その話を道満の躰を作った鬼一、それに後輩の諾子と香子に話すと香子がおずおずと申し出た。 「あの、それはもしかして晴明様を見て真似ておられるのではないでしょうか?」  指摘に面食らう晴明を見て香子はハッとして決して晴明がいつも気難しい顔で無表情だと言っているわけではない、と弁明をする。それを横で聞いていた鬼一と諾子はふたりして腹を抱えて床に転がる勢いで爆笑していた。

「なにか問題でも?」  数時間前の記憶を天を仰いで思い出していた晴明を不思議そうに道満は見つめる。 「おまえは私を真似ているのか。それもそうか。一番身近な人間は私だけだものね」  こてんと首を傾げた道満は無表情だったがどこか幼なげな雰囲気に苦笑が漏れた。 「ここでの学習はもう十分だろう。躰も問題なさそうだし、次の段階に移行しようか」  ガタリと椅子から勢いよく立ち上がると扉へと向かう。 「少し待っていなさい」  腰を浮かしかけた道満を制して晴明は部屋を出て行った。することもなくぼんやりと椅子に座り直して待っていると五分もしないうちに晴明はその手に鞄を携えて戻ってくる。 「行きましょう、道満。いや、帰る──が正しいかな」 「帰る……?どこにです」  自分の居場所はここではないのか?そんな瞳で訴えてくる道満に手を差し伸べる。 「私たちの家に、帰りますよ」  道満は理解が及ばないまま晴明の手を取った。

 車に揺られること三十分ほど。研究施設から出て初めて見た世界は刺激的だった。知識としては識っていても実際に自分の目で見て記憶するのではまるで違う。ガラス越しに見る初めての外界に終始目を瞠り、動くものを逐一視線で追いかける様はまるで猫のようだ。市街地を通り抜け郊外へ。ふたりが乗った車はあまり人気のない場所にひっそりと佇む建物にたどり着く。 「着きましたよ」  促されて車を降りる。 「これが、家……ですか」  目の前の建物は道満が識っている家、一軒家やマンション、豪邸、そういったものとは異なり、どちらかというと研究施設に近い見た目をしていた。 「そう。ここが私たちの家だ。といっても、半分以上は研究設備とかですが」  こっちが居住スペースだよ、と案内されて入った部屋は書類や書籍が散らかっている。足の踏み場はほぼ存在しなかった。 「こちらの方が研究設備ではなく?」  道満にそう言わせるくらいにはひどい有様である。最低限揃っている家具もほぼ埋まっており、人ひとり座れるスペースが空いているソファの背もたれには毛布が一枚かけられていた。 「ここで寝ているんですか」 「いつもじゃないですよ……」 「いつもなんですね」  起動してからずっと晴明を見ていた道満は短い時間ではあるが、時折言動に伴わない行動については理解しつつあった。ぐるりと一通り部屋を見ると道満は手近な場所から書類をまとめ始める。 「まずは部屋を片付けねばなりませぬな」 「……はい」  そうしてふたりの共同生活が始まった。

 晴明の自宅は居住スペースと研究設備が整った部屋で構成されていた。研究設備の方は道満をメンテナンスする機器はもちろん、研究所にはなかった文献や論文がぎっしりと棚を占領し床へと溢れている。居住スペースは初日から二日ほどかけて掃除した甲斐もあり人が生活できるだけの見た目にはなった。ベッドの代わりをしていたソファも本来の役目を与えられ、今は二人分の重みを受け止めて、ギシリ……と小さな悲鳴をあげている。 「久しぶりに床を見た気がします。いやぁ、やればできますね。ははははは……」 「研究用の部屋は奇跡的にまだきれいでしたが、空き部屋などもひどい有り様でしたな。あと一部屋残っていますが、鍵がかかっておりました」 「……あちらは大丈夫です。あの場所は、ね」  インスタントのブラックコーヒーを啜り晴明は少し遠くを見つめながら言う。 「あそこには、思い出以外なにもありません」 「思い出、ですか」  マグカップの中身を一気に飲み干し、晴明は立ち上がった。 「さて、今日はこのあと人が来る予定です。おまえの客だよ」 「はい?儂にですか」  キッチンへと向かうその背中を見つめていると来客を知らせるチャイムが響く。振り向いた晴明は目で出るように訴えてくるので道満は扉へと向かった。 「ちーっす!って、あれ?マンボちゃんじゃーん‼︎」 「諾子さん、いけません。その方は……」  扉をあけると女性がふたり並んで立っていた。ひとりはそのテンションに負けない目に優しくない色彩の服を着こなし、もうひとりは品のあるタイトな服を身に纏い、同行者を嗜めている。 「あーそっか。そうだった。失敗失敗……せーめー殿いる?」 「せーめー殿……晴明殿?」  無表情に首を傾げる道満に、諾子と呼ばれた女性は両腕を組んで唸り始めた。 「かおるっち、あたしちゃんダメかも」 「まだ学習が追いついてないだけですわ。諦めるにはまだ早いです」 「あれ、混乱してます?」  道満が状況を飲み込めずにいると後ろからひょっこりと晴明が顔を出す。 「せーめー殿!いるんじゃん‼︎」 「せーめー殿?晴明殿?」 「言い方が微妙に違いますが同じですよ。せーめーはニックネームに近いですね」 「ニックネーム」  初めて聞く単語に目を閉じ、しばし動きを止める。検索しているのだろう。ほんの数秒後には一つ頷き自己完結したようだ。 「どうぞ中へ。立ち話もなんです。ゆっくり話をしましょう」  二人をリビングへと案内する。一番最後に道満が続き、きれいにしたばかりのソファに皆が集う。 「ふたりとも、来てくれて感謝します。道満、このふたりは私の後輩の清原諾子と藤原香子だよ。元々は人工知能の研究をしていましたが、今はおまえの視覚や聴覚などにも関連する音や映像の研究をしています。今回は少し無理言って頼み事をしました」 「頼み事……それは儂にはできぬことなのですか」 「ええ。おまえと遊んでもらうため来てもらいましたので」 「儂と、遊ぶ」  正面に座る諾子が力強く頷いている。道満は隣に座る晴明の方に首だけを向け抗議の眼差しを向けた。 「儂は童ではありませぬ。遊びは不要です」 「遊びというのはね、大人にも必要なのだよ。おまえには特にね。ふたりはきっとおまえにいい刺激を与えてくれる」  頼むよ、と一言添えると晴明は立ち上がり部屋を出て行った。残された三人の間に一瞬重たい空気が流れたが、諾子が手をひとつ打ち空気を変える。 「というわけだ!早速遊びに行くぞ、マンボちゃん‼︎」 「その、“マンボちゃん“というのもニックネームというやつですかな」 「そうそう」  屈託なく笑う顔に胸のあたりがほんのりあたたかいような気がした。しかし胸に手を置いてもそこの温度は常となにも変わらない。 「……」  何かを考えている道満に香子が気付く。 「どうかされましたか?どこか不調があればおっしゃってください。晴明様には及びませんが私たちも少しは対応できますので」  諾子とは違う口角を柔らかく上げた表情も胸があたたかく感じる。 「問題ありません。よろしくお願いいたしまする」 「おう!よろしく‼︎」 「よろしくお願いいたします、道満様」 「じゃ、早速。いくぞー!」  挨拶もそこそこに道満と香子は諾子に手首を掴まれ家を飛び出していくのだった。三人が乗った車が家を出ていくのを見送ると晴明は研究用の部屋へ向かった。

 香子の運転で市街地へと出た三人は主に諾子に振り回される形で『遊ぶ』を満喫した。諾子チョイスのド派手な柄ものやカラフルな服屋で道満に服を合わせていく。されるがまま着せ替え人形のように次々と渡される服を着ていった。 「なんか気に入ったのあったー?」  ひと通りやりきって満足したのか試着室で突っ立ったままの道満に声をかける。 「ンンン──まだ“気にいる“というものがよく分かりませぬが、これとかしっくりくる感じがしまする」  と、今身につけている服を指し示す。その反応に諾子と香子がお互いの顔を見合わせ、ふふっと笑いが溢れた。 「そっか。うんうん、似合ってるもんね!それ着てこのあとまわろう!」 「とてもよくお似合いです」  ふたりの勧めもあり、そのまま会計となってはたと気付く。 「会計……」  流されるようにこの場まで来ていたため、すっかり忘れていた。そもそも今まで金銭を使う場面などなかった。貨幣の種類や使い方は識っている。 晴明はどうしていただろうか──あまりお金を使う場を見たことがない。カードと呼ばれるものを使っていたような……。悩んでいると思い出したように諾子が自身の鞄を漁り始める。 「確かここらへんにいれたはず……っと。お?あった!」  肩から斜めにかけた小さめの鞄からカードを一枚取り出し道満に差し出す。 「はいこれ!せーめー殿から預かってたの忘れるとこだったわ」  差し出されたカードを受け取った。そのカードの名義は道満自身となっている。 「儂のIDカード?」 「ちゃんと正式に手続きしたものです。あやしいものではありません。それがあればたいていの買い物はできますよ」  香子が何かを察してあわあわと説明を付け足す。キャッシュレス社会となってIDカード一枚あれば大抵のことは事足りる世の中、あるとないのでは大違いだった。晴明のことだ、今日のために用意していたのだろう。  他人のものであれば受け取らないつもりだったが、正規で用意された自分のカードなら問題ないと判断する。諾子から受け取ったカードを店員に渡した。  その後も別の服屋や雑貨屋をまわり帰宅した頃にはすっかり陽が落ちていた。そして帰宅した道満を晴明が少し驚いたような顔をして出迎える。 「おまえが、選んだのか」 「はい」  観察するように頭の上から足の先まで視線が動く。気不味い、というのはこういうことを言うのだろうか。晴明の視線になんだかそわそわする。 「似合いませぬか?」  じっと見つめてくる視線の意味が分からない。いつもの研究者然とした雰囲気とどこか違う空気に顔を逸らしたくなってきた。 「いいえ。よく似合っていますよ」  ようやく発せられた言葉に胸をなで下ろす。 「ふたりに任せたのは正解だったようだ。今後も休みの日は彼女たちと出かけるといい」  背を向け研究用の部屋へ向かおうとした晴明を呼び止めた。 「あの、晴明殿は出かけないのですか」  晴明は道満がそう尋ねると少し困ったような顔をする。 「人混みが苦手なんですよ。でも、そうですね。そのうち星でも見に行きますか」 「星ですか。星ならここからでもよく見えますが」  市街地から離れたここは街の光も届きにくく星がよく見える。実際、時折ベランダや庭で空を見上げて星の見方を教えてもらっていた。わざわざどこかへいく必要があるのだろうか。素朴な疑問だった。 「ええ。しかし、ここよりもよく見える場所があるんですよ。特別な場所です」 「特別な場所……そこには儂も行って良いのですか?特別とは、普通とは異なるものなのでしょう?あなたの特別な人と行く場所ではないのですか」  ズキリ──と、胸が痛む。特別な人。 「そう、ですね」  くるりと背中を向けてしまった晴明の顔は見えない。

 小さい声で肯定したあなたはどんな顔をしているのだろうか──。

「きなさい。メンテナンスをしておきましょう」  この話はこれでおしまい。そう言うように先を行く晴明の背中を追いかける。

 道満の持ち物は日を追うごとに増えていく。あれからよく諾子や香子と出かけるようになり、最近は一人で出かけることもあった。外に出ると服や本などを持って帰ってくる。それらは晴明が登録したIDカードで買っているものだ。現金が廃止されてIDカード一枚あれば生活ができる世の中である。AIにもIDは存在する。対象となる個体が少なくあまり普及はしていないが、仕事をすればそれに見合った給料がIDカードに紐づく口座へと入金される。買い物の時はIDカードを出せばその口座から引き落とされる仕組みだ。道満は晴明や他の研究者を手伝い、それで収入を得ていた。  その日も一人で近くの街へと出かけており、帰ってきた道満の腕の中は色鮮やかな野菜や新鮮な肉の塊、焼き立てのパンなどが占領していた。家に帰ったとき晴明は研究所へ出かけており不在だった。キッチンは普段湯を沸かす程度でしか使っているのを見たことがない。しかしいざキッチンに立ってみると片付けられている鍋やフライパンは使い込まれていた形跡がある。包丁も何本かあり、刃こぼれしているものがあった。 「以前は料理をしていたのでしょうか」  底が焦げた鍋をしばし見つめていたが、それを置くと買ってきた食材と向き合う。 「よし」  ひとつ意気込んで、あらかじめ検索しておいた料理レシピを参考に調理を開始した。  夕方、晴明が家に帰ると鼻をくすぐる匂いに自然と足がキッチンに向かう。キッチンの扉を開けるとテーブルいっぱいの料理が飛び込んできた。菜箸を持ち調理をしている姿に心臓が跳ねる。 「おかえりなさいませ」  晴明に気付いた道満がフライパンから顔をあげ出迎えてくれる。晴明はゆっくり呼吸をして道満の側に行くと最後の盛り付けを行っているところだった。 「これ全部おまえが作ったんですか?」 「はい。ネットで見つけたレシピをもとに作りました」  ずらりと並んだ料理はお手本のように美しく盛り付けられ、いい匂いがしている。最後の一皿がテーブルに加わる。そこでふと、皿を持つ指が目に入った。 「道満、その指……」  何箇所も包丁で切ったであろう裂け目と人工皮膚が焦げた指が白い肌に目立つ。傷を隠すこともせず無表情で傷だらけの指を撫でているので晴明はその手に己の手を重ねた。 「道満、いくら作り物の躰だとしてもあまり傷つけるものではない。大事にしなさい」 「すみませぬ、パーツ交換が必要ですよね」 「そういうことではない。パーツなどいくらでも用意する。交換できるものならばいい。しかし交換できないものもあるんだ。覚えておきなさい、道満」  苦虫を噛み潰したような顔で自身の手を握る晴明に胸のあたりが苦しいと思う。よく分からない苦しさを紛らわせようと道満は掴まれていた手を握り返した。 「諾子殿に教えていただいたのです。ご飯はちゃんと食べないといけないのだと。晴明殿はいつも簡易的な食べ物やサプリばかりで……よくありませぬ」  手から視線を上げると眉尻を下げて自分を見つめる瞳に射抜かれる。いつの間にこんな顔ができるようになったのか。 「道満」 「はい」 「ありがとう」  ドクン、とありもしない心臓が跳ねる錯覚を覚える。いつも小難しい顔で眉間に皺を寄せている晴明が笑っていた。面倒な上司に向ける作り笑顔とは違う。口元だけでなく形の良い切長のつり目を細めて笑っていた。 「初めてです」 「うん?」 「晴明殿の笑った顔、初めて見ました」  言われて気付く。道満を起動して数ヶ月、その間一度も笑っていなかったとは。自分が思っていたよりも研究にのめり込んでいたらしい。晴明は反省した。  ふたりでテーブルを挟んで座り、「いただきます」と両手を合わせる。目の前の料理を一口運ぶ。 「…………」  口の中にあるものはなんだったか。箸で摘んだ料理を見る。それは見た目は世間一般的なポテトサラダだ。しかし口の中は甘さで満たされていた。次にその隣のタコと胡瓜の酢の物を食べてみる──しょっぱい。  複雑な顔をしながら無言で食べる。 「お口に合いませんでしたか」  きっとその言葉に意味はない。ただ状況を分析してそれに合う言葉を選んでいるだけだ。そうだと分かっていても、正直な味の感想は出てこない。 「初めて、作ったとは、思えないできです。はい、とても、おいしい、ですよ」 「そうですか。よかった」  苦し紛れの途切れ途切れの感想だったが道満の口から出たのは安堵の言葉だった。それにあわせたかのように道満の顔が綻ぶ。  ズキリ──あぁ、胸が痛む。 「一応日持ちがする料理も選んであります。少し作りすぎた、と思うので今日食べられない分は保存しておきまする」  それぞれの料理から晴明の手元の皿へ取り分けていく。少しずつでも料理の数が多いのでそれなりな量となった。晴明は保存された料理も全て時間をかけて笑いながら食べ進めた。見た目とはチグハグな味に脳がバグりかけるが、捨てるという選択肢はなかった。  その日を境に晴明は道満と生活を共にする時間が増えた。元々一緒にはいたがそれは研究を中心とした共同生活である。共に出かけることもテレビを見ることも、何気ない雑談もしてこなかった。道満が料理を作った日から一緒に食料品を買いに行くようになった。近場ではなく、いつも車で少し出たとこへ行く。 「近くにあるのに、なぜわざわざ遠くまで来るのです?」  助手席に座る道満は非効率的だと指摘した。 「こちらの方が品数も多く、品質もいい。それに……」 「それに?」 「おまえとついでに出かけられる。その口実さ」  わずかながら口角が上がっているのを視認する。諾子や香子の笑顔もそうだったが、晴明の笑顔はより一層胸のあたりが温かく感じられた。しかしやはり胸に手を当てても温度上昇があるわけではない。 「どうかしましたか?どこか不調でも?」  胸のあたりを気にする様子に晴明は声をかけた。 「不調……なのでしょうか。“笑顔“というものを見ると胸のあたりが温かく感じるのです」  晴明は目を瞠る。最近とても表情が豊かになったとは思っていた。それはただ周りを真似ているだけだと思っていた。そう、プログラミングしていたから。しかしこのAIは確実に成長している。感情が芽生え始めている。そう確信した。 「それはね、“嬉しい“という気持ちだよ」 「うれしい……」  胸に置いた手を見つめながら笑む横顔をチラリと盗み見る。こうなるのはもう少し時間がかかると思っていた。機械に、AIに感情など夢だと思っていた。

 おまえは本当にすごいよ。

 そこにはいない人へ静かに称賛を送る。車を走らせながら晴明は計画を次に進めることを決めた。

 晴明は買い物から帰宅しキッチンで買ってきたものを片付けている道満を呼んだ。 「なんでしょう?」  ちょいちょいと手招きする晴明の方へと歩み寄る。付いてこいということらしい。居住スペースの奥、そこは以前掃除した空き部屋のひとつ、一番大きい部屋の前で立ち止まった。 「ここに何かあるのですか?また散らかしたのですか?」 「ははははは、“また“とは失礼だなァ。違いますよ」 「違うのですか」  「今日からここはおまえの部屋です。今までおまえが買って私が預かっていたものは全て運び込んでいます」 「儂の部屋」  扉が開かれた部屋の中は以前道満が片付けた時とは違う部屋になっていた。もともと客室として用意されていたベッドは改造され、無数のケーブルが繋がっている。そのケーブルは壁一面を埋めるマシンに繋がっていた。それ以外は本棚や物書き用のデスク、ソファなど一通り一般的な家具が揃った奇妙な部屋となっている。 「なんですか、これ」 「おまえひとりでも一定レベルのメンテナンスができる機材です。これがあれば私がいなくても数日は問題ないですよ」  パソコンやタブレット、それ以外にも小型のサーバなど元々ラボの方にあったものまで運び込まれていた。 「晴明殿がいなくても……どこか行かれる予定でもあるので?」  純粋な疑問だった。今までも不在はあったが数時間程度でいつも共に行動をしていた。 それが急にそのようなことを告げられ、胸がざわつく感覚を覚える。 「最近講演依頼がいくつか入っていてね。断っていたんだが、そうもいかなくなってきた。他にも論文の発表も控えている。そうなるとどうしても数日は戻ることができないので……心細いかい?」  所謂“不安な顔“をしていたらしい。ゆるゆると首を横に振り笑顔を作る。 「心細い、というものがどういうものか分かりませんが……いえ。ただ儂ではこれ以上あなたの研究の力にはなれぬのかと思いまして。不在の間せめて家のことはお任せいただければと」  どうしてそういうところまで似てしまうのだろうな。そんなことを思うだけに止め晴明も笑んで見せた。 「おまえ以上に私の研究の力になれる者は他にいない。おまえを他の者の目に触れさせたくないのだ。分かっておくれ」

 儂は、人前に出せるレベルではない、ということなのでしょうか。

 視線が合う。不思議だった。今こうして目が合っているのに、晴明は自分を見ていない ような気がした。  ざわり──と、何か不快なものに撫でられるような心地が胸を掠める。

 いったい誰を見ておられるので?

「道満?」  バサッと音を立てて本が数冊床へと落ちる。本棚からはみ出していた本に指先が触れてしまったらしい。 「すみませぬ。少し、ぼんやり、というのでしょうか。思考が停止していたようで。失礼しました」  床に広がった本を拾い上げ本棚へと戻す。顔をあげれば心配げに覗き込んでくる晴明が本を戻した手を取った。 「そう、それは少し心配ですね。機材の説明も兼ねてチェックしましょうか」  掴んだ手を引き改造されたベッドへと寝かされる。いつものようにシャツのボタンを外し、目立たないところに取り付けられたジャックを晒す。簡単なメンテナンスなら数本プラグを差し込めば対応可能だ。本格的にチェックする場合は背骨の部分に沿って備え付け られている差し込み口や髪で隠れているジャックを使う必要がある。有線でネットワーク に繋ぐ必要がある時も耳の後ろにある穴を使うが今は不要だ。ベッド脇の色で分かれているコードを順番に差し込んでいく。差し込む瞬間のピリリと電流が流れる感覚は背筋がゾクゾクした。 「ん……、はぁ」  つい声が溢れてしまう。人間そっくりな躰にケーブルが繋がっている姿に加え、どこか艶っぽい声は背徳感がある。他の人に見せたくない、というのは我儘だろうか。晴明はタブレットを操作し雑念を振り払った。  日常生活を送るだけなら特に大きな損傷が出ることもない。時折鬼一も訪れての本格的なメンテナンスがある以外は道満は与えられた自室で夜にチェックとメンテナンスをする日々となった。日中は基本晴明の研究に協力をしていたが、事前に伝えられていたように講演で不在となる日も出てくる。そういう日は諾子や香子、鬼一のもとで研究の手伝いや学習をしていた。三人は晴明よりも表情は豊かで感情表現も香子を除いては激しいくらいだ。共にいる時間が増えたこと、元となった人物の勤勉さもあり道満の成長は加速していった。  時折晴明の都合がつかず諾子と香子、鬼一の三人で道満のメンテナンスを実施する。この日は道満が目のカメラの調子が悪いと言うので、諾子がゴーグルを装着して道満の視界を確認していた。 「うーん、確かにちょっと曇ってるね。レンズの汚れ落とす用の目薬とか使ってみる?」 「目薬ですか」  ゴーグルを外してレンズクリーナー用の液を座った道満の眼に落とす。何度かパチパチと瞬きをするように促されて道満は眼を開けたり閉じたりする。 「どう?」 「確かに、クリアになりました」  視点を何箇所か変えて視界をチェックしていく。そのとき目の表面に残っていた液体が瞬いた瞬間ぽろりと零れ落ちたのを見て諾子はハッとした。 「そうだ!これ涙にできないかな⁉︎」 「涙?」  それが何かわからないとまだ目に余分な水分を残しながら小首を傾げる道満に香子がハンカチを差し出す。 「人は目に異物が入った際に先程のクリーナー液のように涙を分泌して瞳を洗浄している んですよ。あと感情が昂った際などにも流れるものです」 「そうなのですか」 「きーちさん、これ実装できる?」  諾子は道満の他のパーツチェックをしていた鬼一に話を振った。 「それくらいならすぐにできるぞ。だが、どうせならもう一段階上をいこうじゃないか」  ニヤリと諾子と見合って笑い合う鬼一を道満と香子はきょとんと見つめた。

 数日家を空けていた晴明は帰宅して面食らった。 「お帰りなさいませ、晴明殿。予定よりも早かったのですね」  玄関まで出迎えに出てきた道満はとても柔らかく微笑んでいた。今までも笑顔を作ることはできていたが、もっとぎこちないものだった。話しながら表情を変えることもうまくなかった。鬼一のもとに今回は預けていたため調整をしてくれたのかもしれない。あぁ、まるで彼そのもののようではないか──晴明は背中に冷たいものが流れ落ちるのを感じた。 「晴明殿?」  玄関で突っ立ったまま難しい顔をしている晴明を不審に思い声をかける。なにかおかしな点でもあっただろうか。己の行動と言動を解析し始める道満にどこかほっとした。 「私がいない間もいい時間を過ごしていたのですね。あとで少し記録を見せてください」 「?ええ、もちろん」  不思議なことを言うのだな、と道満は思った。いつも勝手に覗くではないですか、と。やはりなにかまずいことをしたのだろうかと記録を確認したが結局原因は分からなかった。  夕食を作りテーブルへと並べる。今では適切な分量を理解し、味も見た目通りのものとなってきた。実験的に味見ができる機能──といっても数値的に分析するものだが──を付けてみたのがよかったらしい。アレンジも覚えたようでレシピと異なる分量で調理をすることもできるようになった。その味も彼の味付けに似ているようだったが。 試しに一度料理に関する記録を消してみたことがある。しかしいつの間にかまた同じように学習をして同じものを作れるになった“彼“はそういうものなのだろう。  ふたり揃って食事が並べられたテーブルにつく。今日もたくさんの料理が並んでおり、それらを全て見渡して晴明は気付いた。テーブルの上の料理のほとんどに油揚げが入っている。そして真ん中には色とりどりの具材が詰まったいなり寿司が鎮座していた。 「道満」 「はい」 「私、好きなものの話しましたっけ」  晴明の好物は油揚げで、その中でも特にいなり寿司に目がなかった。 「いいえ。しかし油揚げが入っている料理はいつも箸が進んでおりましたし、いなり寿司は特にいつもよりたくさん召し上がっておられましたので。違いましたか?」  晴明は頭を抱えた。無意識だったとしても道満に指摘されたのがなんだか気恥ずかしく、外では気をつけようと思うなどした。 「いいえ、違いません。ははははは……いただきます」  照れを誤魔化すように箸を持ち口いっぱいにいなり寿司を頬張る。たくさん食べる晴明を道満は嬉しそうに見つめていた。

 夜、道満の部屋で不在の間の記録を確認する。しかし特にこれといって気になるものはない。スリープ状態の道満を見やる。ケーブルがなければ人が横たわり眠っているだけにしか見えない。鬼一の仕事は完璧であることを改めて実感する。晴明はその透き通るような白い頬を指で撫でた。 「私のやっていることは正しいのだろうか」  誰に向けたものでもない言葉が滑り落ちた。

晦冥の流れ星
春コミで頒布した『晦冥の流れ星』web版です。
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*人工知能の研究をしている晴明×AI(アンドロイド)道満
*全年齢対象
*死ネタを含みます
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*鬼一、諾子、香子ほかモブがちょこっとだけ出ます
*AIやアンドロイドについては専門知識はほぼゼロの人が書いてます。
 その部分についてのおかしな点は突っ込まないでください。素人の創作です。

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