リチウム超え、電池の主役に名乗り フッ素やカリウム
電池の時代㊤
2022年4月9日 日本経済新聞 草塩拓郎
カリウム(K)イオン電池のレプリカ=東京理科大学提供
地球温暖化の脅威が迫り、世界は2050年までに温暖化ガス排出の実質ゼロを決意した。化石燃料に代わる再生可能エネルギーの電気を電気自動車(EV)や家庭生活で使いこなすには大量の蓄電池が必要だ。優れたリチウムイオン電池があるからといって安心はできない。蓄電池の王者ですら、電気をためる容量や価格の面で限界がみえてきたからだ。30~40年に迎える「電池の時代」に、主役の座をうかがう次世代電池の姿を追った。
「電気を蓄える容量はリチウムを超える」。九州大学の研究チームは、新たな主役のデビューを心待ちにする。
新型の電池は電気を生むイオンに、リチウムとは違うフッ素を使う。フッ化物イオン電池という。
歯磨き粉でなじみのフッ素3個を鉄と組み合わせてまずは電極を作った。蓄電の容量は1グラムあたり579ミリアンペア時。電池ができれば、リチウムイオン電池の3倍を狙える計算だ。EVの航続距離が延びるほか、電池の大きさを据え置けば、EV価格が2割安になる見通しだ。
九州大学はフッ素や塩素、臭素を使う電池の開発を進める=同大提供
容量が一気に増えるのは、正極と負極を行き来するフッ化物イオンが電線を通じて3個の電子を同時に受け取れるからだ。多くの荷物を一度に運び、蓄えておくイメージに近い。リチウムイオンが動かせる電子は1個にとどまる。
ほかに塩素や臭素も有望だという。それぞれ3個のイオンがビスマスのイオンと組み合わさると同様に電子が動く。研究は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の支援を受けている。
地球環境産業技術研究機構(RITE)によると温暖化ガス排出を50年までに実質ゼロにするには、社会の電動化が欠かせない。少なくとも最大で累計100兆ワット時の蓄電池が要る。
移動の手段と家庭の電力供給を兼ねるEVは対策の象徴だ。矢野経済研究所によるとEVなどの世界販売は30年に5026万台と、20年比で9倍になる。
EVの価格が100万円台まで下がれば普及の追い風になる。それには電池の価格が1キロワット時あたり5千円程度を下回るのが理想とされる。米ブルームバーグNEFによると、リチウムイオン電池の価格は21年に同132ドル(約1万6千円)と10年比で9分の1だが、まだ高い。今後は自動運転化などで消費電力も増えていく。
電池に革新が求められるなか、リチウムイオン電池のすごさも再認識されている。重さの半分弱を占める正極を最も軽い金属のリチウムなどで作る。以前の鉛やニッケル水素電池より容量が大きい。
1994年の1リットルあたり235ワット時から約700ワット時に進化し、その後も歩みを止めない。約4千回もの充放電に耐える。19年には、開発の功績がノーベル化学賞に輝いた。まさに蓄電池の王者だ。
だが、優れたリチウムイオン電池にも引き際が近づく。1リットルあたり800ワット時の上限に性能が迫る。
日産自動車のEVに積む62キロワット時のリチウムイオン電池は、1日に12キロワット時を使う家庭の電力を約4日まかなえる。しかし、もっと安くて大容量の電池を誰もが望んでいる。いつまでもリチウムに頼っているわけにはいかない。
同志社大学の盛満正嗣教授が亜鉛を使って検討中の新電池は、1リットルあたり800ワット時以上を狙える。イオンを通す電解液に水が使え、「1キロワット時あたり数千~1万円も可能だ」。ショート(短絡)を防ぐめどをつけ、25年ごろまでには電池を作りたいという。
東京理科大学の駒場慎一教授らはカリウムのイオンで動く電池を目指す。3千回の充放電が目標だ。スペインのバルセロナ材料科学研究所などが注目するのはカルシウム。従来より低温のセ氏100度で働く電極を作る手応えをつかんだ。
新たな電池の開発には、一筋縄ではいかないとの指摘もある。フッ化物イオン電池は使用中に容量が減る原因の究明を急ぐ。最適な電極の素材も探す。他の電池も同様だが、生産工程など課題は多い。
それでも科学者が元素の追究に情熱を注ぐのは、元素の違いで電池の性能が一変し、彗星(すいせい)のごとく現れた電池が社会や文明を変えてきたからだ。
新しい電池をイタリアのボルタが1800年ごろに発明した後、現代ではニッケルカドミウムやニッケル水素といった電池が普及した。そこに1991年、リチウムイオン電池が現れた。
「2030~40年に次世代の電池へ世代交代が起きる可能性がある」と専門家は明かす。盛満教授は「電池のコストや資源量が元素選びを左右する」という。リチウムイオン電池も健在で、使途によってすみ分けもありえる。
次はどの元素が主役の座に就き、どんな電池が身近になるのか。化学の教科書で見慣れた元素の周期表だけがその答えを知っている。