1993年11月29日都内にて

2022.4.09

高倉健「歌」と「旅」:その2

2021年生誕90周年を迎えた高倉健。
昭和・平成にわたり205本の映画に出演しました。
毎日新聞社では3回忌の2016年から約2年全国10か所で追悼特別展「高倉健」を開催しました。
その縁からひとシネマでは高倉健を次世代に語り継ぐ企画を随時掲載します。
Ken Takakura for the future generations.
神格化された高倉健より、健さんと慕われたあの姿を次世代に伝えられればと想っています。

勝田友巳

勝田友巳

2014年12月24日に掲載された高倉健「歌」と「旅」。
本日は「旅」編を再掲載します。

寡黙に苦難と向き合う生き様
背中で語る男の美学

高倉健は、旅が似合った。物見遊山に縁はなく、苦難の冒険や過酷な逃避行。愚痴をこぼさず嘆きもせず、厳しい道を自ら選ぶ。じっと耐える背中には、流れ者の孤独と美学が漂った。義理が重たい男の世界を、黙って生き抜いた健さんの足取りを、映画にたどってみよう。

◇「健さん=北海道」

なんと言っても縁の深いのは北海道だ。
1958年「森と湖のまつり」(内田吐夢監督)は阿寒湖が舞台。デビュー間もない健さんは、怒れるアイヌの青年を熱演した。さらに「健さん=北海道」を決定づけたのが、65年に始まった「網走番外地」シリーズだ。網走刑務所から脱走し、雪原を走る、走る。今や刑務所は観光名所となった。シリーズ18作のうち多くは北海道が舞台だが、「南国の対決」ではなぜか沖縄まで達している。
70~80年代にかけて、北海道にちなんだ作品が多い。77年「幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ」(山田洋次監督)では、網走刑務所を出所した健さんが、倍賞千恵子演じる妻が待つ夕張まで車に乗って旅をする。ラストシーンの炭鉱住宅のロケ地は「想(おも)い出ひろば」となって、多くの人が訪れている。
78年「冬の華」(降旗康男監督)では、旭川刑務所から出所し、横浜へ。2・26事件を描いた80年「動乱」(森谷司郎監督)も、旭川で一部を撮影した。80年「遥(はる)かなる山の呼び声」(山田監督)は舞台が中標津(なかしべつ)。米国映画「シェーン」から想を得た人情劇は、雄大な牧場で撮影された。

◇自然を圧倒する存在感

81年「駅 STATION」(降旗監督)で、警官の健さんは倍賞千恵子演じる居酒屋の女主人に思いを寄せ、増毛(ましけ)や雄冬(おふゆ)でドラマが展開した。83年「居酒屋兆治」(同)では函館の居酒屋でモツを焼いた。観光名所の赤レンガ倉庫群の隣にセットを組んだ。映画の中で北海道に最後に降り立ったのは、99年「鉄道員(ぽっぽや)」(同)。南富良野のJR幾寅(いくとら)駅を改修した「幌舞(ほろまい)駅」の駅長だ。深い雪に埋もれたホームにじっと立ち尽くし、大自然を圧倒する存在感だった。

◇待ち時間でも座らず

自然との対決は、青森も舞台となっている。
77年「八甲田山」(森谷監督)は、明治の悲劇、旧陸軍連隊の雪中行軍遭難事件を映画化したものだ。健さんが演じた徳島大尉は、連隊を率いて弘前を出発し、厳冬の山中を歩き通し生き延びた。映画は大ヒットし、「天は我々を見放した」は流行語にもなった。
82年「海峡」(同)は、青函トンネル開通に情熱を傾ける技師だ。政治に翻弄(ほんろう)され出水や死亡事故など幾多の困難を乗り越え、30年に及ぶ事業を完遂させた。北海道新幹線がトンネルを試験走行した最近のニュースに接し、時代の流れを感じさせる。
カメラが回っていなくても、「高倉健」だった。撮影中は待ち時間にも座らず、厳冬でも火に当たらなかった。ロケ地で世話になった人たちには恩を忘れなかった。共演者の尊敬を集め、地元の人々を感激させたのもうなずける。

◇「死を感じた」南極

足跡は、海の向こうにも及んだ。
83年「南極物語」(蔵原惟繕監督)では、置き去りにした樺太犬を迎えに行く南極越冬隊員を演じ、映画は大ヒットした。北極と南極の撮影に加わり、合計約4カ月滞在した。「犬と再会する芝居は、実際に南極大陸に立って初めて生きる」と決断した。南極では猛吹雪に襲われてテントを飛ばされ、氷点下40度の氷原で寝袋にくるまったまま転がり、九死に一生を得た。「人生観が変わった。死を身近に感じた」体験だったという。
88年「海へ See you」(同)では灼熱(しゃくねつ)の砂漠に立った。過酷なパリ―ダカール・ラリーの行路、北アフリカで撮影した。出場者を補助する支援部隊という役どころだ。砂嵐と雷雨に見舞われ、日中は40度、夜は0度という環境で大型トラックを運転。撮影中は「今日もけが人が出なくてよかった、という毎日」だったとか。イタリアやフィンランドなど4カ月に及ぶ海外ロケで7キロもやせたという。

◇誰にも告げず海外へ

私生活でも旅人だった。撮影が終わると、友人知人にも告げずにふらりと海外に出かけてしまう。「日本を離れて自分を見つめ、仕事に対する意欲もわいてくる」と語っている。そうして見聞した出来事や人々との交流を著書「南極のペンギン」(集英社刊)にまとめている。さまざまな一期一会をつづった文章は温かく、優しさに満ちている。
 映画と旅は相性がいい。しかし同じ旅人でも、渥美清が演じた車寅次郎は風来坊。葛飾柴又から全国をあてどなく漂い、はかない恋の悲しさと笑いを人々の心に残した。「トラック野郎」での菅原文太の星桃次郎は鉄砲玉。全国を激走、行く先々で暴れ回った。一方、流れ者の健さんは、群れずこびず、「思い」を秘めて自らの意志を貫いた。誰にも告げずにこの世を去ったのもまた、跡を濁さぬ健さんらしい旅立ちだった。

森と湖のまつり

北海道の大自然を背景に民族の伝統と愛をめぐる闘争を描いた文芸作で、内田吐夢監督作品の初出演。滅び行くアイヌのために力を尽くす青年・一太郎(高倉健)を、女流画家(香川京子)と酒場で働くアイヌの娘(有馬稲子)がともに愛している。そんな一太郎はアイヌだが自分たちを卑下する網元・大岩(薄田研二)と対立。大岩の息子・猛(三國連太郎)と一太郎は祭りの日に決闘する。一太郎は血だらけになりながらも猛を組み敷くのだった。(追悼特別展「高倉健」図録より)

網走番外地

高倉健の代表的シリーズとなる「網走番外地」第1作。やくざの橘真一(高倉健)は前科5犯の権田(南原宏治)と二人一組の手錠につながれて網走刑務所に来た。ある日、山奥に作業に入るが、権田は手錠で橘とつながれたまま護送トラックから落ちて脱走。脱走途中で線路に遭遇し二人をつないでいる鎖を線路にのせ汽車に切らせようとした。しかし、権田が反動で谷間に落下。橘は保護司の妻木(丹波哲郎)とともに権田を病院に運んだ。(追悼特別展「高倉健」図録より)
「網走番外地」 Blu-ray&DVD発売中 各3,080円(税込) 販売:東映 発売:東映ビデオ 

網走番外地 南国の対決

シリーズ第6作。橘(高倉健)は世話になった竜神組の親分が沖縄で事故死したことを聞いて不審に思い沖縄へ向かった。途中、沖縄・豪田一家の殺し屋・南(吉田輝雄)と知り合う。実は竜神組二代目の関森(沢彰謙)と豪田一家が組んで親分を殺害、豪田一家には大槻(田中邦衛)が潜り込んでいる。橘の動きに危険を感じた豪田(川津清三郎)は南に橘殺害を命じる。橘に惚れている南は騙し通そうとするが殺されてしまう。すべてを知った橘が動く。(追悼特別展「高倉健」図録より)

幸福の黄色いハンカチ

山田洋次監督と初のコンビ作で、数々の映画賞を受賞した名作。北海道の雄大な自然を背景に妻との``約束``を願う男のロマンを描く。失恋した工員・欽也(武田鉄也)は中古車を買って北海道に旅行に来る。途中、網走で一人旅の娘(桃井かおり)を車に乗せた。2人は海岸で中年の島勇作(高倉健)と知り合い、一緒に旅をすることにした。勇作は網走刑務所を今日出所した男だった。そして妻(倍賞千恵子)が勇作の帰りを待っていてくれるなら、自宅の前に黄色いハンカチを下げておいてくれる、という。そして、夕張に着いた……。(追悼特別展「高倉健」図録より)
「幸福の黄色いハンカチ デジタルリマスター2010」好評発売中 DVD価格:3,080円(税込)発売・販売元:松竹
 ©1977,2010 松竹株式会社

冬の華

倉本聰脚本による日本版``足ながおじさん``ともいえる新感覚の任侠映画。義理で兄貴分(池部良)を殺した加納(高倉健)は、兄貴が残した幼い娘に``ブラジルにいるおじさん``と名乗って養育費を送り続けていた。そして加納は出所した。娘(池上季実子)は美しい女子高校生に成長していたが、名乗ることはできない。また親分はシャガールに夢中になっており、昔気質の加納は違和感を覚える。変わらないのは兄弟分たち(夏八木勲、田中邦衛、小林稔侍など)。やがて、加納は再びやくざの世界に戻らざるを得なくなる。(追悼特別展「高倉健」図録より)

動乱 第1部 海峡を渡る愛/第2部 雪降り止まず

2・26事件を背景にひと組の男女の悲恋を描くメロドラマ。第1部「海峡を渡る愛」。昭和7年、仙台連隊。初年兵のい溝口(永島敏行)が脱走した。姉の薫(吉永小百合)が貧しさのために身を売ろうとしたからだった。溝口は銃殺されるが、追ってきた宮城大尉(高倉健)は父(志村喬)から金を借りて薫に差し出した。ますます開く貧富の差に怒った一部の将校が立ち上がった。5・15事件である。やがて宮城は朝鮮に飛ばされるが、そこで芸者となった薫と再開する。第2部「雪降り止まず」。東京。第一連隊に所属している宮城は朝鮮から連れ帰った薫と居を構えている。折から昭和維新の声が高まり、宮城はリーダーの一人に祭り上げられる。そして昭和11年2月26日、宮城たちの皇道派の青年将校が立ち上がった。(追悼特別展「高倉健」図録より)

遙かなる山の呼び声

北海道の牧場を舞台に流れ者と女性牧場主との恋を丁寧に描く。根釧原野の中標津。女手ひとつで小学生の息子を育てながら酪農をやっている民子(倍賞千恵子)。ある日流れ者・田島(高倉健)がやってきて力仕事をするから泊めてくれという。以来、男はたびたびやってきては黙々と働くうちに民子との間に愛情が芽生えてくる。しかし逃亡犯だった男は自首して4年の刑を言い渡される。列車で護送される男に、民子は「待っている」と伝える。(追悼特別展「高倉健」図録より)

「遙かなる山の呼び声」
好評発売中 DVD価格:3,080円(税込)発売・販売元:松竹 ©1980 松竹株式会社

駅 STATION

倉本聰によるオリジナル脚本の映画化。オリンピックの射撃選手でもあった刑事・三上(高倉健)と3人の女との運命的な出会いと別離が描かれている。第1部は「直子」。北海道の銭函駅で妻・直子(いしだあゆみ)と三上は別れる。妻の浮気が潔癖な三上にとっては許せなかったのだ。第2部「すず子」。三上は連続殺人事件の犯人・吉松(根津甚八)を追って増毛駅に来た。吉松は駅前食堂で働くすず子(烏丸せつこ)の兄で、近親相姦的愛情で結ばれているようだった。警察はすず子の恋人(宇崎竜童)の手引きで吉松を逮捕する。第3部「桐子」。三上は年末の30日、増毛に降り立った。三上は赤ちょうちんの飲み屋に入り、おかみの桐子(倍賞千恵子)と情を交わすようになる。だが、桐子の情夫は三上が追っている殺人犯(室田日出男)だった。(追悼特別展「高倉健」図録より)

居酒屋兆治

函館の居酒屋を舞台に、そこに出入りする人間群像を主人の目を通して描く。函館で小さな居酒屋を妻(加藤登紀子)とともに構えている兆治こと藤野英冶(高倉健)。後輩の岩下(田中邦衛)、酒乱気味のタクシー会社社長・河原(伊丹十三)たちで店は賑わっている。英冶にはかつての恋人さよ(大原麗子)との苦い過去があった。さよの縁談に無職だった英冶は反対できなかったのだ。しかし、さよは英冶を想い続けていた。(追悼特別展「高倉健」図録より)

鉄道員(ぽっぽや)

高倉健が17年ぶりに古巣東映の作品に出演した人情ドラマ。頑固で実直な鉄道員として気概と誇りを胸に生きた男・乙松(高倉健)が、定年目前となり自らの人生を振り返る。職務に忠実なあまり仕事優先の人生を送り、生後2カ月で死んでいった娘や、病で死んだ妻(大竹しのぶ)を看取ることができなかった。そして近く廃線となる幌舞線とともに一人で定年を迎えようとしている。そんな時、目の前に成長した娘(広末涼子)の姿が現れる。(追悼特別展「高倉健」図録より)

「鉄道員(ぽっぽや)」
Blu-ray&DVD発売中 Blu-ray:3,850円(税込)DVD:3,080円(税込) 販売:東映 発売:東映ビデオ

八甲田山

明治時代、八甲田山での死の行軍の全貌を描いたパニック大作。日露戦争を目前にした明治35年1月、青森第五連隊と弘前第三十一連隊は`白い地獄`と恐れられていた八甲田山に挑んだ。弘前は徳島大尉(高倉健)が率いる27人。青森は神田大尉(北大路欣也)率いる210人。徳島大尉は少数精鋭で案内人(秋吉久美子)に導かれ、自然と折り合いながらの行軍で全員帰還。しかし山田少佐(三國連太郎)が指揮を奪った神田隊は案内人も拒否して、自然を力でねじ伏せようと大寒波の中で遭難。生存者はわずかに12人だった。(追悼特別展「高倉健」図録より)

海峡

津軽海峡の海底トンネル工事をする男たちの苦闘を描く。昭和29年、青函トンネル技術調査団員の阿久津(高倉健)は海峡を調べ始めた。阿久津が集めた労働者の中には超ベテランの源助老人(森繁久弥)、洞爺丸の事故で両親を失った仙太(三浦友和)などがいる。かくして長い年月が経ち、阿久津も中年になったが、トンネルはまだ半分にも達していない。トンネルに大出水が起き、最新最高の技術を駆使する人間は自然との闘争に挑む。(追悼特別展「高倉健」図録よrし)

南極物語

南極に置き去りにされた2匹の樺太犬の生命力と、調査隊の犬係の悔恨を描く。1958年、南極探検隊の第一次越冬隊が第二次と交代するとき、15匹の樺太犬は置き去りにすることになった。犬係の潮田(高倉健)は帰国して以来、樺太犬の提供者に詫びて歩く。そんな彼に世間の目は冷たかった。第三次越冬隊が編成されることになり潮田も志願。南極の過酷な環境を、強靱な体で生き抜いたタロとジロに再会する。(追悼特別展「高倉健」図録より)

海へ-See you-

パリ~ダカール・ラリーに挑む男女の葛藤を描く。かって新車開発をめぐって上司を殴り退社した本間は、今では砂漠でリタイアした車を回収する仕事をしている。そんな彼がパリ~ダカール・ラリーに出場する三菱チームに参加。メンバーは本間の元女房ケイ(いしだあゆみ)の元夫トト(フィリップ・ルロワ)、ケイは現夫とともに参戦する。他にタレント歌手の夕子(桜田淳子)もいる。様々な想いを乗せてラリーはスタートする。(追悼特別展「高倉健」図録より)

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン

小田晴彦

元毎日新聞出版社写真部

新着記事