真白のクライマックス
舞台の上では聖女一行が、魔物の扮装をした悪役令嬢のしもべたちを蹴散らして進んでいた。
戦闘はほぼダイジェストで、猿魔水魔樹魔が敵をすぱすぱと倒していくだけ。が、きちんと武術の心得のある男子たちが、前世でいろいろな
そして一行は、敵の親玉、悪役令嬢のもとへたどり着くのであった。
「また貴女ですの?聖女様」
舞台に現れた悪役令嬢は、悪役らしく嘲るように言う。
「ええ。人々の嘆きを、見過ごすわけにはまいりません」
正義の味方そのものの台詞を、聖女は凛と言い放つ。
スポットライトに包まれて向かい合う少女たち。
観客は、歌の効果で多くがエカテリーナのファンとなっており、登場した時に拍手が湧いたほどだ。
しかし可憐な美少女フローラの人気も、なかなかのもの。家族と一緒に観ている生徒が、彼女は本当に聖の魔力を持っている本物の聖女だ、とか、公爵令嬢エカテリーナ、皇子ミハイル殿下と並ぶ成績優秀者だ、とか、公爵令嬢エカテリーナとは実は親友同士だ、とかの情報を話すと、たちまち周囲に情報が広がる。
黒と白、悪と善。それを背負う美少女同士の対決は見応えがあり、観客は固唾を呑んで勝負の行方を見守っていた。
「どうしても、ここを去ってくださらないのですか」
「そのつもりはありませんわ。決して!」
「住む場所を奪うなど、あまりに無法です。ご自分の行いを、正しいとはお思いではないはず」
「無法?正しい?法も正しさも、力ある者が定めるもの。何が正しいかを定めるのは、わたくしですわ!」
悪役令嬢が片手を掲げる。聖女が身構える。
効果音の太鼓が高らかに打ち鳴らされ、少女たちを包んでいたスポットライトが消えた。同時に、中空に二つの大きな光の珠が生まれ、すごい速さで飛び交って魔力の闘いを演出する。
客席からは歓声が上がった。
エカテリーナが手を振り下ろすと、光の珠が弾けて閃光に変わる。聖女のお供たちがわあっと声を上げて倒れ、ダメージを受けた演技をした。
しかし聖女は踏みとどまる。
そして、左手を伸ばして
白い光が炸裂する。
これはユーリの光の魔力ではなく、フローラ自身の聖の魔力だ。鮮烈な光だから威力がありそうに見えるということで、ここはこちらを使うことになった。
悲鳴を上げてのけぞり数歩よろめいて、悪役令嬢は舞台に崩れ落ちる。
なお聖の魔力はもちろん人体に悪影響はなく、むしろ疲労回復や病気治癒の効果がある。うまく演技で倒されたっぽくよろめいて崩れ落ちたエカテリーナは、内心でせっせと、前世アニメやドラマで見た敵が倒されるシーンを思い浮かべて参考にしていた。
「これまでです」
「い……いいえ!わたくしは、負けてはいない!」
聖女の言葉に、悪役令嬢は力を振り絞って、かろうじて上半身を起こす。
下半身は横たわって上半身を腕だけで支えて起こしている体勢を、エカテリーナの理不尽なスタイルでやると、ものすごい色気を醸し出してしまう。しかしもちろん本人は、気付いていないしそれどころではないのだった。
悪役令嬢の前に、側近役のレナートが片膝を突く。
「もうおやめください、姫。また探しましょう、別の場所を」
「別の場所なんて、もうどこにもありはしないわ!」
泣くように、悪役令嬢が叫ぶ。わりと本気で泣きそうなので、迫真だ。
「姫」
レナートが言う。ちょっと溜めを入れて、観客の注意をしっかり引き付ける心配りができるあたり、さすがの緊張知らずだ。
「しょせんここは、我らの美しき
その台詞に観客から、ああ……!と声が上がった。
悪役令嬢は、実は亡国の王女だった!悪事を働いたのも実は、難民となった国民のためだった!
訳有りと察していた悪役令嬢の『事情』は納得の内容だったようで、観客がうなずいている気配が伝わってきて、エカテリーナは内心ほっとする。
ちゃんと敗北したし、裏事情も出せた。もう大丈夫、ほとんど終わった。よかったー。
――それが悪かったのかもしれない。
ここで、悪役令嬢の配下が出てきて魔物の扮装を解くと、傷ついた人々が現れる……。
だがそんな動きはなく、聖女のお供が「そんな事情があったのか……!」と驚いて、舞台は別の流れになっていった。
あれ……?
そ、そうだよ違う!あれは前のバージョンだよ、最後に皆で合唱することにしていた時の。時間がかかるから、配下の登場やら合唱やらはまるっと削って……削って……。
削って……。
どうしたっけ……?
ざーっ!と、音を立ててエカテリーナの顔から血の気が引く。
思い出せない!直前まで頭にあったのに、ここからの流れがボコっと消失したように出てこない!どーして私が考えたのにーっ!
プロの俳優でも、舞台の上で筋書きが頭から消えてしまうことはあるという。プロの歌手でも、歌い慣れた曲の歌詞が頭から消えてしまうことがあるそうだ。
恐怖体験以外の何物でもない。
で、出て来てー!頑張れ自分、思い出せー!
必死で記憶を探れども、こういう時は必死になればなるほど思い出せないものだ。
どどどどど、ど、ど、どうしたら……あああ、あと少しなのに、ど、どうして……。
エカテリーナはパニックだ。テンパるとかのレベルではない、全身が凍えて震え出すほどの、完全なパニックに陥っている。
それでも気付く。
フローラ、レナート、その他、舞台上の全員が、エカテリーナを見て待っていた。
私……。
私が台詞を言う場面、だよね……。
台詞、言わなきゃ……。
エカテリーナは、プルプルと震えていた。