ようこそしたくなかったわ、こんな教室   作:ケツマン

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10000字こえて話が進まない。もうやだー


ようこそ実力至上主義のキャバクラへ(仮)

憑依という形で、いたいけな少年の身体に寄生している中年ゴーストらしきオッサンだが、この肉体の持ち主であるハリソン少年に対して大きな尊敬の念を抱くことが度々ある。

 

 

「うわぁ……近くで見ると本当に綺麗‼︎ 信じられないぐらいの美形よね〜‼︎」

 

 

例えばその記憶力。

前世の俺も大学で遊び呆けるまでは、そこそこに真面目な学生をやっていた自覚はあるが、いくら努力したところで目立った成績を修める事の出来ない没個性的な凡人だった。

 

だがハリソン少年の頭脳は非常に聡明だ。

教科書を流し読みしただけでスラスラと内容を暗記できるのだから、憑依した当初はこれが頭脳チートか。と驚愕したものだ。

入学して一ヶ月も経っていないにも関わらず、基礎の5科目に関しては3年生に習う範囲にまで差し掛かっている。と言えばその頭脳のハイスペックさが。

何より勉強を苦としない、ハリソン少年本人の勤勉さというものが理解出来るだろう。

 

 

「肌の透明感が凄いし、色だってまるで雪みたいに白いし。外人の遺伝子って卑怯よね〜……本当に羨ましい」

 

 

また、その身体能力も凄まじい。

イギリス出身である母の意向で、それなりに名高いバレエスクールで学んでいたからだろう。

一見して少女にしか見えない彼の身体には薄く、それでいて柔靭な筋肉が全身をスラリと覆っている。

俗に言う細マッチョ。と称するにはやはり身体のラインが薄過ぎるが無駄な贅肉が一切無く、それでいてしっかりと筋肉の凹凸が浮かびあがる白磁のような肉体。

虚弱な頼り無さよりも、むしろ華奢でありながらも芯が通った凛々しさが映る絶妙なバランスだった。

 

バレエ自体は中学時代の事件に巻き込まれてから、なし崩しに辞めてしまったが身体に染み付いた柔軟運動や基礎トレーニングは日課となっており、不登校の時代でも自室に篭りつつ毎日続けていた。

こうしてオッサンが憑依してからだって何だかんだで毎晩こなしているのは、面倒だからとサボって寝ようとしても、身体が変にウズウズして眠れなくなる程に、トレーニングの習慣がすっかり染み付いている証拠だろう。

 

そんなハリソン少年の肉体はその柔軟性がバネになっているからか、全体の筋肉量からは考えられない程にフレキシブルで力強い。

前世のオッサンに比べ身長も体重も劣っているにも関わらず、身体能力が優っているのがその証拠だろう。

ちなみに水泳の授業で測り直した時のタイムは27秒。平均以上、平田未満という結果は十分に誇っても良い数字だ。

 

ここまで高水準な能力の持ち主が依代では、むしろ取り憑いたオッサンの無能さが脚を引っ張っているのでは無いかと不安になってしまう。

頭脳でも肉体でも。また、言うまでもなく外見でも内面でもハリソン少年に劣っているのは明白なのだから。

 

 

「シワは当然として本当にシミ一つ無い。こ、これでスッピンなんて……うわっ、スベスベモチモチ‼︎ 何この手触り、全女性の理想形よ‼︎ 何時までも触っていたくなっちゃう‼︎」

 

 

だが如何に薄汚いオッサンとは言え、俺という人間だって丸っきりの無能という訳では無い。と主張したい。

前世の遺産として脳内にインプットされている原作知識はもちろん。前世の特技や経験だってしっかりと受け継いでいるのだから。

 

例えば、会議の最中に気難しい顔で、いかにも考え事してます。という無言のアピールをしながらボーっとするコツだとか。

誰にもバレないようにさり気なくデスクワーク中にこっそりと居眠りする秘訣だとか。

それから業務中に気になる女性社員の胸をごく自然な動作でチラ見する技術だとか。

 

……と、まあ大半がロクでも無い。こうして羅列してみると下らないにも程があるゴミスキルばかりだ。

頭を捻った挙句にこんな残念な特技しか出てこないのだから、我ながら中身の無い人生をおくって来たと悲しくなってしまう。

 

 

「髪の毛もふわふわにカールしてるのに手触りサラサラ。本当に理想の天使様って感じよねぇ。これで男の子って……ある意味、反則よ」

 

 

あとは、癇癪持ちの上司に八つ当たりとして理不尽に蹴られ殴られ怒鳴られた際に身についた我慢強さだとか。

風俗通いで鍛えに鍛えた108の性的なテクニックぐらいだろうか。

……うん、やっぱりロクでもなかった。

 

 

「それにしても、こんな可愛い子がクラスに居たんじゃ、周りの女の子達も放っておけないわよね。……うーん、女の子だけじゃなくいわね。きっと思春期真っ只中の男子高校生だって、イケない扉を開きかねないわ‼︎」

 

 

閑話休題。

 

ここは生徒指導室。

その名称から、違法行為を働いた生徒に対する罰則を告げる擬似的な裁判所のような寒々しい牢獄。などと見当違いな想像をしてしまう人もいるのでは無いだろうか?

 

部屋に置かれているのは、部屋の中央に陣取る大きな長方形のテーブルと、それを挟むようにしてパイプ椅子が二つだけ。

壁や天井はテーブルと同じく真っ白で飾りっ気は皆無。

原作知識でこの部屋の奥に給湯室がある事を知らなかったら刑事ドラマに良くある取調室と勘違いしたかも知れない。

だが実際のところ、この部屋で行われているのは厳粛たる空気の過酷な取り調べ。何てものでは当然、無い訳で。

 

 

「あの、くすぐったいですよ、星乃宮先生。それに、そんなに触られますと気恥ずかしいのですが」

 

「えぇ〜もうちょっといいでしょう? こんな綺麗な子を見たの、教師やってて初めてなんだから……ふわぁ〜頰っぺもスベスベモチモチ〜」

 

 

厳粛のゲの字も無い、実にゆるふわな雰囲気の中。

これまたユルフワな女教師によるサービス満載のボディタッチが繰り広げられていた。

 

 

「それにしても噂の佐城くんが私に会いに来てくれるなんてビックリしちゃったわ。……あ、唇もプルプル。つんつんっ。うわっ、この艶で本当にリップ使ってないの?」

 

「んっ、使ってませんよ……ええと、噂。ですか?」

 

 

頰を両手で挟み込むようにスリスリと撫で回し。

髪の毛で遊ぶようにワシャワシャと掻き回し。

ついでとばかりに指先で唇をツンツンと、揶揄うように弾ませる。

 

 

「そうそう、噂の『姫王子様』。どんな女の子よりも綺麗で可愛い男の子がいつの間にDクラスに現れた‼︎ってね。職員室でも話題になったんだから‼︎ 凄いわよね〜ウチの学校って可愛い娘が多いのに、まさか男の子がそれ以上に綺麗なお顔をしてるなんて‼︎」

 

「……何とも反応に困る呼び名ですよね。そのあだ名」

 

 

俺と向かい合って座るBクラス担任の女教師『星乃宮 知恵』先生は弾むような声色でそう語った。

 

ピンク色のシャツに窮屈そうに閉じ込められた見事な双丘をテーブルに押し潰すようにしてまで、身を乗り出し俺の顔をペタペタと。

いや、むしろベタベタと触る彼女の様子は何と表現すべきだろうか。

非常に楽しそうな笑顔は一見して無邪気だが、その指先が俺の肌を撫で回す度に恍惚な溜息を漏らしているものだから、どこか色っぽい。

もしも、こうしてボディタッチを受けている人間がごく普通の男子生徒だったら、果たしてどう感じていたのだろう?

 

美人で年上のお姉さんからの思わぬ接近によって困惑し、赤面でもして縮こまるだろうか。

それとも、距離感の近過ぎる年増の過剰な接触に腹を立て、ウザったいとばかりに手を振り払って悪態をつくところだろうか。

 

だが今こうして妙齢の女性に遠慮なく身体を撫で回されている俺は、普通の男子高校生ではないのだ。

 

 

「……その、先生。あまり撫で回されると僕としても反応に困ってしまいます……んっ」

 

「ああ〜声まで色っぽい〜‼︎ もう何か私まで禁じられた果実に手を伸ばしちゃいそう……ねぇねぇ‼︎ どうしてBクラスに来てくれなかったの⁉︎ そしたらもっと早く仲良くなれたのに〜‼︎」

 

「あっ、あの。あまり唇を撫でないで下さい……んぅ……くすぐったい、です」

 

「はわわわわ〜〜〜‼︎」

 

 

 

もはや完璧にセクハラの域に達している星乃宮の濃密なボディタッチ。

この手を振り払う? 鬱陶しいと悪態をつく?

もしくはいい加減にしろと怒鳴りつける?

否。そんな勿体ない事する訳が無い‼︎

 

 

(いやー‼︎ 巨乳の女教師からの遠慮の無いボディタッチとかご褒美どころじゃないよね‼︎ こんなの痴女モノAVでしか観たことない夢の光景ですわ‼︎ イメクラやセクキャバだったら間違いなくガッポリ金取れるぜ、コレ‼︎)

 

 

歓喜である。内心ニッコニコである。

ウェルカム逆セクハラ‼︎ 大歓喜である‼︎

何故ならこちとら中身は40過ぎのオッサンなのだ‼︎

 

俺は顔を赤らめ、目線を落とし、如何にも気恥ずかしい。といった表情は浮かべているものの、それは大学時代の演劇サークルで学んだオッサン渾身の演技である。

櫛田や椎名との会話で御察しであろうが、オッサンは演技派なのだ。

 

流石は二次元の世界、人気ライトノベルの世界。出てくる女性が漏れなく全員美女ばかりなのだから、ちゃっかり紛れ込んだ異物からすれば大変眼福な世界である。

 

 

(原作の綾小路は星乃宮に絡まれてあからさまに迷惑そうな反応していたが……俺からすれば勿体ない話だよなあ)

 

 

丹念に手入れをされたのだろう桜貝のような艶やかな爪先で、俺の唇を掠めるようにして愛撫する彼女の顔を眺めながら考える。

 

綾小路は星乃宮の外見自体、初対面の時に大人っぽくて魅力的だと感じていた筈だ。

とは言え、確かにこの距離感は一教育者が初対面の異性の生徒に対して接するには近過ぎる。

俗に言う、ダル絡み。と受け取られ、辟易されても無理はない。

そもそも年頃の男子高校生の青い性を無遠慮に刺激するような、この小悪魔的な揶揄い方はそれなりに人生経験を積むか余程の女好きでもなければ、卒なく対処することは難しいだろう。

 

 

「その、星乃宮先生。僕も照れてしまいますので、これ以上は御勘弁願います……」

 

「えへへ〜ごめんねぇ? あまりにも佐城くんが可愛くてね。君がBクラスの子だってら毎日こうして可愛がってあげられるのにな〜」

 

「それは、その。魅力的ではありますが……やはり、恥ずかしいですよ」

 

「きゃあ〜魅力的だなんて可愛いコト言っちゃってぇ。もしかして佐城くんは意外とレディキラーなのかな?」

 

「いえ、いえ、まさか。こんな女みたいな顔ですので……残念ながら僕は女性にモテるタイプの男ではありませんよ」

 

 

だがオッサンたる俺からすれば、彼女は非常に魅力的な女性だ。

先ずは単純にその外見。彼女の美貌。そしてその魅力的なスタイル。

キャバクラだったらこのレベルの女性を指名するのに1時間幾らかかる事だろうか。

彼女が風俗嬢だったなら、多少年齢がネックとは言えども一晩最低でも六桁は必要な高級店の看板嬢の扱いでもおかしくないだろう。

 

 

(いやー前に保健室で見かけた時にも薄っすら思ったけど、やっぱ近くで見ると偉い美人だよなー星乃宮って。顔の造形は当然にしても、髪の艶と言い、目の色と言い、肌のキメ細かさと言い)

 

 

ウェーブがかった髪の色は甘く蕩けるキャラメルブラウン。

蕩ける瞳の色はパルフェ・タ・ムール。匂い立つ色気はまさにニオイスミレの香り。

これぞまさに、青少年が憧れる大人の魅力。

 

こうして対面に座るからこそ断言するが、星乃宮知恵という女性は、それ程までに美しいのだ。

 

 

星乃宮というキャラクターは前世でちょくちょく読んできた『よう実』二次創作内で、酒浸りなイメージと、パーソナルスペースをガン無視した強引なコミュニケーションのせいで邪険で嫌な教師というキャラにされがちであった。

原作内では彼女の内面なんかは掘り下げられる事は無かったが、恐らくは櫛田 桔梗と似かよった。

もしくは年の功を考えると彼女をアップグレードしたスペックの持ち主と考えて間違いは無いだろう。

つまり目の前の女教師はその可愛いらしい外見に反するように計算高く、腹黒い面を持っているに違いない。

 

 

(でもそんなの関係ねえ‼︎ でもそんなの関係ねえ‼︎)

 

 

だが担任でも無ければ、別に彼女と特別な関係になりたい訳でもない俺からすれば、そこまで深く関わるキャラクターでは無い。

実害が無ければ只の美人。単なる目の保養だ。

 

もしかしたら俺が死んだ後に続いた原作にて、綾小路や茶柱と決定的に敵対するイベント等が発生していたのかもしれない。

だがそんなIFの話など俺には当然、関係が無い訳で。

 

 

「こうして先生みたいな方に気安く触れられてしまいますと……分不相応にも舞い上がってしまいます。ですから、その。あまり、僕を揶揄わないで下さい」

 

「はうっ。今の反応……ドキッと来ちゃった。ねえねえ、私のコト下の名前でチエ先生

って呼んでみてよ〜。あっ、これは佐城くんに特別だからね?」

 

 

美人でゆるふわで巨乳という完璧な外見に、気安く明るい人好きのする性格。

教職についておきながら度々二日酔いで出勤する程に深酒する悪癖は如何なモノかと思うが、単純に酒が好きな女の子という点はオッサン的にポイント高い。

もしも前世の会社に彼女が居たならば飲み会で大人気だろう。

酒好きのオッサン連中からすればニコニコと楽しそうに、美味しそうに酒を飲んでくれる女性程、有り難いものは無いのだから。

 

もっとも、彼女のスペックがあればわざわざ俺が務めていたような三流企業で働かなくとも、その美貌と頭の回転を活かして金持ちの隠居爺を何人か引っ掛けられるだろうが。

そのままマンションや会社を貢がせて、気楽な愛人生活なんかも卒なくこなしていそうだ。

 

 

(まあ、俺から見たら星乃宮の年齢って子供とは言わないまでも、十分に若々しい女の子の部類なんだけどね)

 

 

一般的な男子高校生から見た二十代半ばの星乃宮は、年上好きでもなければ単なるBBAに片足突っ込んだ痛い女として扱われるのかもしれない。

だが、しつこいようだがこちとら中身は脂ギッシュな40代のクソジジイだ。

構ってくれるだけでなく、自発的にボディタッチだまでしてくれるなんてサービスの良いキャバ嬢……じゃなくて教師なのだろうか。

彼女の為なら奮発してドンペリやモエシャンを開けてやるのも吝かではない。

 

 

「いくら先生がお優しい方とは言え、馴れ馴れしく下の名前で呼ぶのは……その。仮に、他の生徒から誤解されたらマズイですし」

 

「んふふ、見かけによらずウブなのかなぁ? 大丈夫よ〜プライベートでだって親しい人にはチエちゃんって呼ばれてるんだから。佐城くんの担任の茶柱先生なんかは、お互いにチエちゃんサエちゃん。って呼び合う仲なのよ?」

 

 

そう語る星乃宮はニンマリとした笑顔のまま俺の両手をギュッと掴った。

彼女の髪の毛がサラリと揺れて、媚薬のような香りが広がる。

 

色気付いたティーンエイジャーが知ったかぶったような顔でつけている、コットンキャンディーを溶かしたような胸焼けする甘ったるい香りの、安物の香水とは違う。

仄かに甘く、胸の奥を優しく擽ぐる春風のような。そんな微かな芳香に癒されていく。

 

 

(揶揄い半分とは言え、商売女を除外したら前世でもここまで綺麗どころにアプローチされた事なんて無かったよな。やっぱ顔の良さと若さって偉大だわ)

 

 

そもそも若い女性にとって、オッサンという生き物は蛇蝎の如く嫌悪される存在だ。

中には女の子の中にも年上好き。という奇矯な存在がいない訳でも無い。

だがそんな彼女らが示す年上の男性像というのは、映画俳優やハリウッドモデルみたいな長身で整った目鼻立ちをしたダンディーな美男の事を指している。現実は残酷だ。

 

ワンチャン、金さえ持っていればデブだろうがハゲだろうがチビだろうが少女達もチヤホヤしてくれるかもしれない。

だが、金があるなら夜の店にお世話になった方がオッサン供の自尊心やその為諸々もノーリスクでスッキリと満たされる訳で。

そして大半のオッサンは金はあっても時間が無い。もしくは暇はあっても金が無い。

 

現実なんて、所詮そんなもんである。

 

 

「……えぇ〜〜〜⁉︎ 水泳の授業で無理して溺れたって男の子が佐城くんだったの⁉︎ あの黒髪眼鏡のモッサリくん⁉︎ 全っ然、面影ないじゃない‼︎ 」

 

「ええ、一応。先ずはその時の御礼をしなければと思いまして。あの時は下校時刻が過ぎていたせいで、碌に感謝も出来ずに失礼してしまいましたから」

 

 

さて、再び閑話休題。

 

あの後ひたすら撫でられ、突つかれ、さすられ、摘まれ、揉まれ。

グイグイと押しに押されて人目の無いところでは『チエ先生』と呼ぶ事を何故か強要されつつも、ようやく話を切り出すことが出来た。

ちなみに現時点でこの部屋に案内されてから既に三十分は経過している。

その間ひたすら星乃宮からのボディタッチを堪能していた訳だ。

 

これがもし綾小路だったらゲッソリとした顔で早々に逃げ出していたかもしれないが、オッサンたる俺からすれば思わぬ肉体サービスのお陰で気分は爽快。

バレないようにチラ見した巨乳の視覚効果でライフポイントとやる気はマックスである。

 

 

「あの時は全然気づかなかったな〜。佐城くんは絶対に今のままがいいよ。うん、間違いないわ」

 

「ありがとうございます。ええと、まあ。僕の髪型は置いておいて……改めまして、あの時は本当にありがとうございました。チエ先生の適切な対応のお陰で翌日には熱も引き、体調はすっかり回復致しました」

 

「佐城くんは律儀な良い子ね〜。礼儀正しいところはお姉さん的にもポイント高いわよぉ」

 

 

立ち上がって頭を下げる俺の頭をポンポンと撫でる彼女の声色は明るい。

まあ星乃宮の立場からしたら、保険医として当然の仕事をしただけなのだから、わざわざ改めて礼を言われるような事でも無かったのだろう。

 

 

「でも、そんな事の為にこんな朝早くから私を訪ねて来たの? 保健室に来ればいつでも会えたのに……あっ‼︎ それとも先生に会った時に一目惚れしちゃったとか? ……ごめんね。佐城くんはとってもステキな子だけれど、私と貴方は教師と生徒。禁じられた関係なのよ」

 

 

ヨヨヨ。と態とらしく泣き真似を始めた星乃宮の寸劇は兎も角、言っていることはその通りだ。

礼を言うだけならば暇な時にでも保険室に顔出しすれば済む話なのだから。

もちろん、俺としてもそんな些事の為に朝早くから他クラスの担任を呼び出してまで、こうして要らぬ愛想を振舞っていた訳では無い。

 

 

「チエ先生が魅力的な女性だというのは事実ですが、僕なんかでは貴女のような方に釣り合いが取れませんよ……ええと、もちろん先ほどの話も大切な用事ではあるのですが、それとは別に保険医である先生に相談があるのです」

 

 

ぶっちゃけ感謝云々はただの会話の取っ掛かり兼、社交辞令だ。

俺の本題はこれからなのだから。

 

 

「むぅ。なんかサラッと流されちゃったわねぇ……さて、と。生徒からの相談ならもちろん受け付けてるわよ? ひょっとして恋の相談? ちなみに私の好みは女性をしっかりと立てる事が出来て、なおかつ頼り甲斐のある礼儀正しい可愛い男の子かな〜?」

 

 

未だニヤついた星乃宮の表情と揶揄うような言葉は変わらないが、室内の空気がほんの少しだけピリッと引き締まった。

やはり国立の学校に勤めているだけはあって、多少なりとも職業意識はあるのだろう。

『保険医として』の生徒からの相談という点に、彼女の中の何かに触れたのだろうか。

 

 

「恋の相談は相手が出来たらお願いするとして……先ず前提としてですが、僕の出身中学では保険医の先生がスクールカウンセラーを兼任していたのですが、それはこの学校でも同じでしょうか?」

 

「あら、また流されちゃったわぁ、残念……さて、では真面目にお話しするとしますか結論から言って佐城くんの質問に対する答えはNoね」

 

 

俺の質問に簡潔に答える彼女の顔はいつの間にか知的な教育者のものになっていた。

 

 

「そもそもこの東京都高度育成高等学校には、専門のスクールカウンセラーが常駐している訳ではないの。理由は分かるかしら?」

 

 

過去に佐城少年が通っていた私立の中学はそれなりの偏差値を誇っていただけあり、そこそこの金持ち。つまり上流や中流階級出身の子供達が集まっていた。

その影響か学内の施設もそれなりに充実しており、スクールカウンセラーの資格を持った保険医が男女一人ずつ常駐していた。

ちなみに何で少年がこんな事を知っているかというと、不登校から脱却する際に何度もお世話になっていたからだ。

 

だが一私立に過ぎない中学校とは比較するのも烏滸がましい程の、圧倒的な敷地と予算を誇る国立の高等学校である筈の当校には専門のカウンセラーの一人も居ないという。

とは言え、その理由もこれまで街の中を隈なく探索していた俺には察しがついていたのだが。

 

 

「外部との接触が不可能であるにも関わらずスクールカウンセラーが居ない、ですか。慣れない環境でメンタルを病んでしまう生徒が皆無な訳もありませんし……となると、その理由は、学外の街の中に十分な医療施設があるからですか? 心療内科や精神科を含めて」

 

「ええ、その通りよ」

 

 

この学校には街がある。当然、街があるのは人の営みが存在するから。

人々の健康を守る為だろう、医療機関も充実していた。

中には産婦人科の専門病院まであったのは驚きだが。

 

 

「もちろん当校が有する膨大な敷地内には『無料』のカウンセリング専門施設だってあるわよ。病院に苦手意識を感じていたり、諸事情でポイント不足だったりする生徒達の為にあるわ」

 

 

サラリとポイントが不足する事態に触れた星乃宮。

将来的にDクラスの面々がお世話になりそうなイメージが湧き、どんよりとした気持ちになりつつも、とりあえず話を進める。

 

 

「成る程。つまりカウンセラーに相談すべきプライベートな相談事は星乃宮先生……あ、失礼しました。チエ先生に打ち明けるのは御迷惑をお掛けする事になるのでしょうか」

 

 

苗字で呼んだ瞬間に分かりやすく頰を膨らませる星乃宮に苦笑しつつも俺が尋ねると、彼女はゆっくりと首を横に振った。

 

 

「確かに私は一保健医でしか無いけど、それ以前に教師なんだから。可愛い生徒からの相談はもちろん大歓迎よ〜。それに教師と生徒との円滑なコミュニケーションこそが、人間関係のトラブルやイジメ問題の早期発見に繋がるからね」

 

 

冗談抜きで、恋の相談も歓迎よ〜。とお茶目にウィンクを飛ばす星乃宮の言葉を噛み砕きながら思案する。

ここまでは粗方、俺の予想通りとは言え気掛かりな点がまだ一つ残っている。

 

 

「そうですか……あの、ちなみに何ですけど」

 

「うん? 疑問があるなら何でも聞いて構わないわよぉ」

 

「ありがとうございます。例えばチエ先生に僕の悩み事を相談したとして、その内容なんかは一応プライベートというか、個人情報に当たる訳ですよね? そう言ったセンシティブな内容は秘密として扱ってくれるのでしょうか?」

 

 

恐る恐ると言った表情で尋ねた俺の疑問に、一瞬だけキョトンとした顔になった星乃宮は取り繕うように笑顔になって、こう答えた。

 

 

「勿論よ。生徒の個人情報は『当校の規則に則り、正しく取り扱われる』決まりになっているの。だから佐城くんも困ったことがあったら遠慮無く相談してくれていいのよ〜?』

 

(嗚呼、やっぱりそういう扱いね。そりゃスクールカウンセラーなんか置く意味が無いよなー、この学校なら)

 

 

ニコニコ笑顔の妙齢の美女は確かに嘘はついていないのだろう。

だが、相談内容を秘密にしてくれるか? というイエスかノーで答えられれ簡単な質問に、ここまで回りくどい答えをするとは。

つまりは、こういう事なのだろう。

 

 

(要するにポイント払えば個人情報なんか簡単に売買されますよ。と、そういう意味合いだろうな。そりゃ学校にカウンセラー置かない訳だ。個人情報のブラックマーケットになり兼ねないし)

 

 

個人情報保護法は果たして一体どこに行ってしまったのやら。

いや、現在の法律では漏洩した者を直接罰する決まりは無かったのだったか?

そんな事を考えだんまりと口を閉じた俺に対し、どう受け取ったのだろうか。星乃宮はやや重くなった空気を吹き飛ばすかのように努めて明るい調子で口を開いた。

 

 

「それで〜佐城くんの相談事って何かな? 何でも相談に乗るわよ? あ、先生とのデートプランの相談だったり〜?」

 

 

ニコニコとした笑みでジョークを飛ばす彼女の顔からは一切の邪気が見られない。

その様子から見るに、こちらが先程の言葉からSシステムの根幹を知っている事をバレた様子は無さそうだ。

 

 

(まあ、いいか。個人情報の扱いについても予想通り。やっぱここの教師は信用出来ねえなぁ)

 

 

内心で溜息を一つついて、気持ちを切り替える。

今までお話していたのはサービス精神旺盛な美人キャバ嬢だが、これから話すのは一癖も二癖もある『よう実』世界の一教育者だ。

 

俺はスラックスの右ポケットからある物を取り出すと、目の前の彼女によく見えるようにテーブルの中央に置いた。

一見すると太めのボールペンにも見える、黒い棒状である小型の機械。

 

 

「先ずは、コレを聴いて下さい」

 

 

カチリと音を立てて先端のスイッチを押す。

保険医として、Bクラスの担任として。

 

わざわざ星乃宮知恵という女に聴かせる為だけに準備したボイスレコーダーが再生を始めた。

 

 




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