不正アクセスと計1億件に上る個人情報漏洩事件で多数の訴訟を抱えるソニーが、オンラインサービス PlayStation Network (PSN) および Sony Entertainment Network (SEN, 旧 Qriocity)の利用規約を改定しました。主な内容は、利用者にソニーに対する class action (集団訴訟)へ参加する権利を放棄させること。

集団代表訴訟などと訳される Class Action は、例えば企業の欠陥製品やサービスの瑕疵で多数の人が被害にあったときなど、被害者それぞれが同一内容の訴訟を起こすかわりに、同じ被害にあった消費者が代表を立てて連名で相手を訴えることで負担を軽減する形式の訴訟です。

米国の法制度では大規模なクラスアクションが独特の懲罰的損害賠償とあいまって天文学的な賠償金につながったり、仕事が欲しい弁護士が「この指止まれ」的に安易な訴訟を起こしかねないといった部分も指摘される一方で、法務部門を持ち大手の法律事務所を雇える大企業と一般消費者個人ではもともと訴訟に割けるリソースが非対称なうえに、勝てたとしても裁判費用のほうが上回って割に合わないことを恐れ最初から断念する「泣き寝入り」を防ぐ消費者救済の役割がある制度と位置づけられています。

このため、PSN / SEN (Qriocity) で大規模な個人情報漏洩を起こしたソニーに対しても、すでに複数のクラスアクションが提起されています。これを受けてソニーが打った対策が、規約のほうを改訂して最初から集団代表訴訟への参加を禁じておくこと。9月15日付けで改訂された英語版のPSN 利用規約には新たに " A BINDING INDIVIDUAL ARBITRATION AND CLASS ACTION WAIVER PROVISION " の条項が追加され、8月21日以降にソニーとユーザーのあいだに生じたどのような係争についても、必ず個人ベースで解決することが定められています。(下に続きます)。
米国などクラスアクションの制度のある地域のユーザーにとっては、将来に渡って権利を一方的に制限される重大な変更です。しかし規約変更はいつものようにPS3を起動したときのポップアップにさりげなく表示されるだけ。

ちゃんと内容を精査せず法律知識もないのに安易に「同意する」をクリックする消費者が自業自得だという立場もあるものの、PS3の利用には定期的な本体更新と規約への合意が実質的に必須となっており、ほとんどのユーザーが「安易に」同意を押しているのが現状です(いわゆるEULAを巡る議論)。また仮に「合意しない」を選べば多数の機能が使えなくなります。たとえば過去に購入しローカル保存したダウンロードゲームをローカルで遊ぶ場合でも、PSNへの認証がないと体験版に戻ったりコンテンツが使えない、リモートプレイで自宅のPS3に外出先のPSPから接続するときも最初にPSNで認証するなど。

なお、今回のこの規約変更には良心的にも(?) ちゃんとオプトアウトの道が用意されており、方法も規約の中で説明されています。しかしPS3のインターフェースからはもちろんウェブサイトでも電子メールでも受け付けておらず、手段は住所氏名とPSNアカウント番号、および係争解決手段についての意志を明確に記した手紙を規約合意から30日以内に郵送することのみ。


さて、このように当事者が対等でない場合、消費者側に一方的に不利になる条項を利用規約に含めることについては、集団代表訴訟の本場である米国でもさすがにおかしい、契約として有効なはずがないという反応がありました。また実際に州のレベルなどでは、このような集団訴訟への参加を放棄させる契約自体を禁じている場合もあります。

しかし今年の4月、米国の通信キャリアAT&Tの紛らわしい課金について契約者が争っていた事件で、最高裁が判事5:4の僅差でAT&Tの主張を認めた(放棄条項は契約として有効)という判決があり、米国では大きなニュースになったという経緯があります (当時のEngadget記事)。この判例が今後一般にどのような影響力を持つのかはまだ未知数であり、実際に下院では消費者保護の観点から法改正で明確に禁止しようとの動きもあるものの、ソニーの規約改定はこの最新トレンドにうまく乗った形ではあります。

「訴えられないサービスを実現するため、訴える権利を制限する」という方法はなかなか斬新ですが、自由闊達ニシテ愉快ナル解決策はソニーの誇るDNAでもあります。たとえば「実際には大きめのラジオをポケッタブルラジオとして印象づけたい」->「特製の大きな胸ポケットつきシャツをセールスマンに支給する」はいまや高度成長期の日本を象徴する美談(?)のひとつとして社史でも大きく扱われていますし、映画を見てもらうには架空の評論家に絶賛させる(発覚訴訟和解)、ゲームを売るにはステルスマーケティングBlogを立てて絶賛する(発覚謝罪削除)など。米国のプレイステーションユーザーや一般消費者にどのような印象を持たれるかはともかく、ソニーらしさがブレない点はさすがです。

The Examiner, Ars Technica
source Sony (PDF)