ようこそ愛憎混じる学び舎へ   作:妄想癖のメアリー

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前回ちょうどいい塩梅探すとか言ってたけどめちゃくちゃ長くなっちゃった…



第11話 雨降って地固まる

 5月最初の学校開始を告げる始業のチャイムが鳴った。

 程なくしてポスターの筒を手に持った茶柱が教室に入って来る。

 そしてその顔はいつになく険しいものであった。

 

「せんせー、ひょっとして生理でも止まりましたー?」

 

 池がそんな最低なことを言うが、茶柱はお構いなしに話す。

 

「これよりホームルームを始める。が、その前に何か質問はあるか? 気になることがあるのなら今のうちに聞いておいた方がいいぞ?」

 

 その言い方から、質問が来るのは承知の上であることが読み取れる。

 案の定、数人の生徒がすぐさま手を挙げた。

 その中の一人が質問をする。

 

「あの、今朝確認したらポイントが振り込まれてないんですけど。毎月1日に支給されるんじゃなかったんですか? おかげで今朝ジュース買えずに焦りましたよ……」

 

「本堂、前に説明した通りだ。ポイントは毎月1日に振り込まれる。今月も問題なく振り込まれたことをこちら側は確認している」

 

「えっ、でも……振り込まれてなかったよな?」

 

 本堂は周りの生徒たちと顔を合わせる。皆不思議そうな顔をしていた。

 

「……お前らは本当に愚かな生徒たちだな」

 

 その心の中はわからないが、恐ろしく底冷えした声で彼女はこう言い放った。

 

「座れ本堂。2度は言わん」

 

「さ、佐枝ちゃん先生……?」

 

 今まで聞いたことのない彼女の口調に彼は腰が抜けたのかするりと椅子に座った。

 

「ポイントは振り込まれた。これは間違いない。そしてこのクラスだけ忘れられた。などという幻想も無い。わかったか?」

 

「……いや、分かったかって言われても……なぁ? 実際振り込まれてないわけだし……」

 

 納得のいかないという様子で本堂は言う。

 それはほかの生徒たちも同じ気持ちであるのか、不満そうに茶柱を見つめる。

 

「ははは、なるほど、そういうことだねティーチャー。理解出来たよ。この謎解きが」

 

 机に足を乗せ、尊大な態度で本堂を指さして続ける。

 

「簡単なことさ、私達Dクラスには()()()()1()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだよ」

 

「はぁ? なんでだよ。毎月10万ポイント振り込まれるって……」

 

「私はそう聞いた覚えはないがね。そうだろう?」

 

 高円寺はニヤニヤと笑い、そしてなぜか一瞬水無瀬の方をチラリと見ながら茶柱へと指を向ける。

 

「態度には問題ありだが、高円寺の言う通りだ。全く……これだけヒントをやったにも関わらず自分で気づいたのが数人とは嘆かわしいな……まあ最も、早い段階でその事実にたどり着いている生徒も居たみたいだけれどな? そうだろう水無瀬?」

 

「え?」

 

 誰の声だったかはわからないが、その声は確かにクラスの思いを代表できていたといえるだろう。

 皆の視線が一斉に件の人物へと向けられる。

 

 

 

「……この前の意地返しでしょうか? 茶柱先生?」

 

「一体何のことかわからないな?」

 

 両者が睨み合う中手を挙げたのは平田だった。

 

「振り込まれなかった理由を教えて下さい。そうでないと僕たちは納得いきません」

 

「ふむ、理由がわからないと? では説明しよう。遅刻欠席、合わせて98回。授業中に私語や携帯を触った回数391回。この数字に覚えがないわけがないよな? このクラスの問題行動とその回数だよ。この学校ではクラス全体の成績がポイントに反映される。結果、お前たちは振り込まれるはずだった10万ポイントを全て吐き出した。ただそれだけのことだ」

 

 机に手をついて前のめりになる茶柱、そのまま話を続ける。

 

「入学式の日に直接説明したはずだ。この学校は実力で生徒を図ると。そして今お前たちの評価は0。理解できたか?」

 

「茶柱先生。僕たちはそんな話、説明を受けた覚えはありません……」

 

 平田が声を絞り出して小さく抗議した。だがその抗議に対しても茶柱は機械的に冷たく突き放す。

 

「なんだ、お前らは説明されなければ理解できないのか?」

 

「当たり前です。振り込まれるポイントが減るなんて聞かされてませんでした。一言でも説明さえしてもらえていたなら、僕らは皆遅刻や私語なんてしなかったはずです」

 

「それは不思議な話だな平田。確かに私たちはポイントがどのように減らされるのかの説明をしてはいない。だが遅刻や授業中に私語をしないことは当たり前のことだ。先生の話はちゃんと聞きましょうと小学校、中学校で教わらなかったのか?」

 

「それは……」

 

「身に覚えがあるだろう。そう、義務教育の9年間でお前たちは嫌というほど聞かされてきたはずだ。そのお前らが言うに事欠いて説明されなかったから納得できない? 通らない。そんな理屈は。当たり前のことを当たり前にこなしていれば、少なくとも0ポイントにはならなかった。全てお前たちの撒いた種、自己責任だよ。現にそれに気が付いて模範的な態度で授業を受けていた水無瀬からは抗議の一つも出ていないが?」

 

 全く持って反論しようのない、完璧な正論だった。生徒たちも黙るしかないだろう。

 そして大人しく左手で頬杖をして話を聞いていた水無瀬にまたヘイトが向かう。

 

「お前は初日にも違和感に気が付いて質問していたよな? 『来月も10万ポイントがもらえるのか』って」

 

 思い出してはっとなる生徒数人。

 茶柱は続ける。

 

「どうしてあの時点で気が付けた? 言ってみろ」

 

 姿勢を直し、いつになく小さく、しかしクラス中に届く声で水無瀬はぽつぽつと語る。

 

「……高校に上がったばかりの僕らが、何の制約も無く毎月10万も貰えるとは思っていなかった。日本政府が作った優秀な人材教育を目的とするこの学校で? ありえない。落ち着いて、常識的に考えれば分かる。僕はその時点では暴力やカンニング等の大きな問題行動に対してペナルティが与えられると思っていた。だから聞いた、それだけです。まさか0ポイントになるとは思ってもみませんでした」

 

()()()()()()、だろ? お前はたしか1週間経ったあたりで私にその推理が当たっているか聞きに来ただろう? 2週間目の月曜日の放課後に。それはそれは見事な推理だったよ。流石学年で唯一入試問題で満点を取っただけのことはあると思ったさ」

 

 思わぬ暴露にざわめき立つクラス。

 一人の生徒が彼に強く聞いた。

 

「水無瀬! どうして教えてくれなかったんだよ!」

「そうよ! 私達だって言ってくれればちゃんと直したのに!」

「そうだそうだ!」

 

 それを皮切りに阿鼻叫喚の嵐となるDクラス。それに待ったをかけたのは高円寺と平田だった。

 

「辞めたまえ君たち。その行為は醜すぎて見ていられないよ。私のライバルを侮辱するのは私を侮辱するのと同じ、次にやったら断固として許すつもりはない」

 

「やめるんだ皆! ……せめて先生。ポイント増減の詳細を教えてください」

 

 平田の必死の質問にも彼女は冷たく返す。

 

「それは出来ない相談だ。査定内容は教えられないことになっている。会社も同じだ。どのように人材を評価するか、それは会社内だけの情報だろう? だが、私も憎くて冷たく接しているわけではない。一つ良いことを教えてやろう」

 

「遅刻や私語を改め、仮に今月マイナスを0に抑えたとしてもポイントは減らないが増えることはない。つまり来月もお前たちに振り込まれるポイントは0だ。だが裏を返せば、どれだけ遅刻や欠席をしたとしても関係ないということだ。良かったな」

 

「っ……」

 

 平田の表情がより一層暗くなる。

 

「おっと無駄話が過ぎたな。そろそろ本題に入ろう」

 

 そういって手にした筒から厚手の白い紙を取り出して、広げた。それ尾を黒板に張り付けてとめる。生徒たちは理解できぬままにその紙を眺める。

 

「……これは各クラスの成績という事かしら……?」

 

 半信半疑ながらも、堀北はそう解釈した。

 そこにはAクラスからDクラスの名前とその横に、最大4桁の数字が表示されていた。

 Dクラスは0。Cクラスが490。Bクラスが650。そして一番高い数字がAクラスの940。

 

「ねえ、ちょっとおかしいと思わない?」

 

「うん、あまりに奇麗すぎる」

 

 堀北と綾小路は張り出された数字の奇妙な点に気が付いた。

 

「お前たちはこの1か月、学校で好き勝手な生活をしてきた。学校側はそれを否定するつもりはない。遅刻も私語も、全て最後は自分たちにツケが回って来るだけのこと。ポイントの使用に関してもそう」

 

「こんなのあんまりっすよ! これじゃ生活できませんって!」

 

 今まで静かに話を聞いていた池が、黙って叫んだ。

 

「よく見ろバカ共。Dクラス以外は、全クラスがポイントを振り込まれている。それも一か月生活するには十分すぎるほどのポイントがな」

 

「な、なんで他のクラスはポイントが残ってんだよ。おかしいよな……」

 

「言っておくが不正は一切していない。この一か月、全てのクラスが同じルールで採点されている。にもかかわらず、ポイントでこれだけの差がついた。それが現実だ」

 

「何故……ここまでクラスのポイントに差があるんですか」

 

 平田も貼り出された紙の謎に気が付いた。あまりに綺麗にポイント差が開いている。

 

「段々理解してきたか? お前たちが、何故Dクラスに選ばれたのか」

 

 その言葉を聞いたそれぞれが理解できないといったように友人と顔を合わせている。

 それを尻目に茶柱は続ける。

 

「この学校では、優秀な生徒たちの順にクラス分けされるようになっている。最も優秀な生徒はAクラスへ。ダメな生徒はDクラスへ、と。まあ大手集団塾でもよくある制度だな。つまりここDクラスは落ちこぼれ達が集まる最後の砦というわけだ。つまりお前たちは、この学校最悪の不良品ということだ。実に不良品らしい結果だな? ポイントが0となったのは今まで過去のDクラスの中でも初めてだよ。良くここまでやったもんだ。逆に感心したよ」

 

「このポイントが0である限り、僕たちはずっと0のままということですね?」

 

「ああ。このポイントは卒業までずっと継続する。だが安心しろ、寮の部屋はタダで使用できるし、食事にも無料のモノがある。死にはしないだろう」

 

「……これから俺たちは他の連中にバカにされるってことか」

 

 悔しそうに小さくつぶやく須藤。いつだったか水無瀬に言われた通り、すぐ暴力に出さなかった彼もこの学校に入学してから成長していた。

 が、それでもDクラスという評価には納得がいかないらしい。

 

「何だ、お前にも気にする対面があったんだな? 須藤。だったら頑張って上のクラスに上がれるようにするんだな」

 

「……あ?」

 

「クラスのポイントは何も毎月振り込まれる金と連動しているだけじゃない。このポイントの数値がそのままクラスのランクに反映されるということだ。つまり……仮にお前たちが500ポイントを保有していたら、DからCへと昇級していた、という事だ」

 

 全員がその内容に驚愕している中、茶柱はこう切り出す。

 

「さて、お前たちにもう一つ伝えなければいけないことがある。残念な知らせだがな?」

 

 そう言って彼女は黒板にもう1枚紙を追加する。そこにはクラスメイトの名前がずらりと並び、その横にはまたしても数字が記載されている。

 

「この数字が何か、バカが多いこのクラスの生徒でも理解できるだろう」

 

「先日やった小テストの結果だ。揃いも揃って粒ぞろいで、先生は嬉しいぞ。中学で一体何を勉強してきたんだ? お前らは」

 

 一部の上位を除き、殆どの生徒は60点前後の点数しか取れていない。須藤の14点という驚異的なもの、その次が池の24点だ。平均点は65点前後である。

 

「良かったな、これが本番だったら7人は入学早々退学になっていたところだ」

 

「た、退学? どういうことですか?」

 

「なんだ、説明していなかったか?  この学校では中間テスト、期末テストで1科目でも赤点を取ったら退学になることが決まっている。今回のテストで言えば、32点未満の生徒は全員対象と言うことになる。本当に愚かだな、お前たちは」

 

 その言葉に真っ先に驚愕の声をあげたのは、その7人に該当する池たち。 

 貼り出された紙には、7人で一番点数の高い菊地の31点、その上に赤いラインが引かれていた。つまり菊地含め、それ以下の生徒は赤点ということになる。

 

「ふっざけんなよ佐枝ちゃん先生! 退学とか冗談じゃねえよ!」

 

「私に言われても困る。学校のルールだ、腹をくくれ」

 

「ティーチャーが言うように、このクラスには愚か者が多いようだねぇ」

 

 爪を研ぎながら、先ほどの姿勢で高円寺は語る。

 

「何だと高円寺! どうせお前だって赤点組だろ!」

 

「フッ。どこに目が付いているのかねボーイ。よく見たまえ」

 

「あ、あれ? ねえぞ、高円寺の名前が……あれ?」

 

 下位から順に、上位へと向かう視線。そして。その名前は信じられないことに同率2位の一人に名を連ねていた。

 その点数は90点。あの恐ろしく難しい問題を一つは解いていたということだ。

 

「絶対須藤とおんなじバカキャラだと思ってたのに……!」

 

 そんな驚嘆と嫌味の入り混じった声が池以外からも聞こえた。

 

「それからもう一つ付け加えておこう。国の管理下にあるこの学校は高い進学率と就職率を誇っている。それは周知の事実だ。恐らくこのクラスの殆どの者も、目標とする進学先、就職先を持っていることだろう」

 

 続けて語る彼女。

 

「が……世の中そんな上手い話はない。お前らのような低レベルな人間がどこにでも進学、就職できるほど世の中は甘くできているわけがないだろう」

 

 茶柱の言葉が教室に響き渡る。

 

「つまり希望の就職、進学先が叶う恩恵を受けるためには、Cクラス以上に上がる必要がある……と言うことですね?」

 

「それも違うな平田。この学校に将来の望みを叶えて貰いたければ、Aクラスに上がる必要がある。それ以外の進路は保証しないということだ」

 

「そ、そんな……聞いてないですよそんな話! 滅茶苦茶だ!」

 

 立ち上がったのは、幸村と言う生徒。テストでは高円寺に並ぶ同率2位で、学力的には文句のつけようはない成績である。

 

「みっともないねえ。男が慌てふためく姿ほど惨めなモノは無い」

 

「……高円寺。Dクラスだったこと不服はない…………」

 

「不服? なぜ不服に思う必…………」

 

 ────高円寺と幸村が争う中、水無瀬は静かにクラスの状況について考えていた────

 

「(やはりまだ駄目だ。余りにまとまりがなさすぎる……)」

 

「(恐らく茶柱が教室を出て行ったあと僕はクラスから非難されるだろうな……山内や幸村を筆頭に)」

 

 言い争いを終えた2人その様子を見た茶柱はこう続けた。

 

「浮かれていた気分は払しょくされたようだな。お前らの置かれた状況の過酷さを理解できたのなら、この長ったるいHRにも意味はあったかもな。中間テストまでは後3週間、まぁじっくりと熟考し、退学を回避してくれ。お前らが赤点を取らずに乗り切れる方法はあると確信している。出来ることなら、実力者に相応しい振る舞いをもって挑んでくれ」

 

 少しばかり強めに扉を閉めると、茶柱は教室を後にした──

 

 

 

「説明してくれないか? 水無瀬。なぜお前がこのシステムに気が付いてるにも関わらずクラス中に呼びかけなかったのか?」

 

 彼の予想通りに幸村が水無瀬の席へと寄り問い詰める。その表情はとても苦く。冗談の通じるような雰囲気などではなかった。

 水無瀬は心苦しそうにこう返す。

 

「……すまない。先ほど言っていた通り、僕は入学して一週間でこのシステムに気が付いた。だけど……」

 

「だったらなんで教えてくれなかったんだよ!?」

 

 彼の言葉に割り込んできたのは山内。

 続けて彼は語る。

 

「教えてあげたれなかったんじゃない。()()()()()()()()。放課後に茶柱先生の元へと行った段階で真実を教えられた。そしてこうも言われた。『疑問が確信に変わったようだな? だが私から教えられた以上クラスの者へとこの情報を流すことは禁ずる。それを破ったら情報漏洩で退学とするぞ』ってね」

 

「緘口令が敷かれていたという事か……」

 

 そう返したのは幸村

 しかしそれに待ったをかけたのは堀北だった。強い口調で水無瀬を問い詰める。

 

「……待って頂戴水無瀬君。ほかのクラス、特にAクラスでは減少したポイントはたったの60よ。こんな数字……悔しいけど、恐らく誰かがこのシステムの内容について把握してクラスに周知させたとしか思えないわ。そして同時にその処罰は現時点でされていない。たった一週間でそれについて把握したあなただったら、先生に確認を取った時点で口止めされることは予想がついたのではないのかしら?」

 

「堀北……」

 

「黙っていてちょうだい綾小路さん。申し訳ないけれど、こればかりは見過ごせないわ」

 

 堀北は続ける。

 

「まずは可能性だけでも周知させるべきだったのじゃないかしら? 『もしかしたらポイントが減るかもしれないから皆少し真面目にやろう』って。あなたにはその要求を通すだけの発言力があったはずよ。あなたが無駄に広めたその交友関係でね」

 

「堀北!」

 

 綾小路は悲しそうに声を荒げる。

 

「……ごめんなさい。少し言い過ぎたわ。だけどさっきの発言を訂正する気はない。答えてくれないかしら? 水無瀬君」

 

「そうだそうだ!」

「どうして教えてくれなかんだよ!?」

「自分だけ知ってたらそれで良いのかよ!?」

「自分だけ良い気になりやがって! いいよな何でもできるやつはよ!?」

「あんた達何言ってんのよ!」

「そうよ! 水無瀬君は悪くないじゃない!」

「うるせえ! イケメンだからって擁護しやがって!」

 

「答えろ水無瀬! お前にはその義務がある!」

 

「……」

 

「水無瀬……」

 

 彼の胸倉を掴んで怒鳴る幸村。

 親しい関係だった池や須藤その他数人、それを止めようとする平田。そして高円寺以外の山内を含めた男子を筆頭にクラスから浴びせられる罵詈雑言の嵐に水無瀬は何も返さない。

 

「皆辞めるんだ! こんな事して「いいや、止める必要がないさ平田ボーイ」高円寺君!? 何を言っているんだ!?」

 

「今私は見ているのさ。我がライバルがどのような選択をするのかをね」

 

「選択……?」

 

 ざわめきが大きく、もう誰にも止められないだろうと思われていたその時だった。

 

 

 

 

「────いい加減にしてくれないか? ────」

 

 

 

 ぽつりとそう語った水無瀬。今までの彼とは思えないような冷たく、聞いたものに反論を許さないような恐ろしい声だった。

 それを聞いて途端に静かになるDクラス、彼は続ける。

 

「確かに僕はこのクラスに共有すべき事実を怠った。それは事実だから謝るさ。だが一つ訂正させてもらおう。堀北さん?」

 

「……何かしら?」

 

 彼から発せられる空気を向けられた堀北は、震える声を隠しつつ返答した。

 彼はそのまま続ける。

 

「君が言うにはAクラスではその中でこのシステムに気が付いた人間がクラスをまとめ上げたからポイントが減らなかった。そう言っていたよね?」

 

「……ええ、そうよ。確かにそう言ったわ」

 

「確かに言いたいことはわかる。だがそれは間違いだ」

 

「どういうことだよ!? 意味わかんねえよ水無瀬!」

 

 そう言ったのは山内。何も考えていないように感じられる彼。

 その姿はただ不良品と言われたストレスをただ水無瀬に発散したいだけのようにも見えた。

 

「あまり言いたくはないが……もしこのクラスで僕がそれを言い出したとて、Aクラスのようにはならなかった。断言しよう」

 

「……はっきり言ってくれないか? 水無瀬」

 

 彼の胸倉から手を離した幸村。

 制服についた皺を手で払いながら水無瀬はこう続ける。

 

「愛ががなさすぎるんだよ。このクラスは。同じクラスメイトが授業中ロクな話を聞かなかったとしても誰も注意しない……いや、洋介や櫛田さん以外はね。自分さえ良ければすべてそれでOK。そして言われる側は注意されても何一つ聞いちゃあくれない。君たちは僕らが注意したことの一体何を守ったんだい?」

 

「「「……」」」

 

 水無瀬から言われた言葉に一斉に下を向く彼ら。心当たりはあるようだ。

 

「水無瀬……」

 

「すまない清楓ちゃん。僕は今冷静ではない。だがここまでコケにされて黙っていられるほど大人じゃないんでね」

 

 俯く綾小路を尻目に水無瀬は続ける。

 

「そして挙句の果てにはこれかい? 男子は僕を責めて、女子はそれに反論。怒りに任せて建設的な議論何一つどころか、子供のように誰かを悪者にして良い御身分じゃないか? ……こんなことは言いたくはないが、情報共有を怠ってしまった僕も含めて、僕らはDクラスであるという学校の判断に何一つ反論できないよ。すまない……少し頭を冷やしてくる」

 

 そう言って教室から出ていく水無瀬。

 それを見た綾小路は机に泣き崩れるようにその場に座る。

 

「ちょっと男子! 清楓ちゃん泣いちゃったじゃない!」

「俺たちのせいじゃないだろ!?」

「はあ!? ホント男ってサイテーね!」

「何だと!」

 

 先ほどの水無瀬の言葉も虚しくまた言い争いを始める男女。

 平田も止めようとするが、意外にもそれより早く止めたのは須藤と池だった。

 

「俺、水無瀬に謝ってくるわ。お前らの分も含めて」

 

「……俺も!」

 

「はあ!? もとはと言えばあんた達3バカが騒いでたせいでポイント落とされたんじゃない!?」

「そうよそうよ!」

 

 篠原を筆頭に女子が騒ぎ立てる。

 それにびくともせず須藤と池は続けた。

 

「ああ、俺たちが悪かった。それは認める。……遅刻ばっかりで授業中も騒いでた。それも謝るし水無瀬に負担かけちまった事も謝るつもりだ」

 

「俺もそのつもりだ! ……なんつーか、その……あいつにあんな悲しそうな顔させちまってさ。あいつ俺が二股疑惑かけた時でさえ笑って許してくれたんだぜ? ……俺バカだからよくわかんねえけどさ、そんな優しいあいつがあんな怒ることなんて相当なことなんだと思うんだ」

 

「二人とも……ああ、僕も謝りに行くよ! ……そして彼が教室に戻ってきたらみんなで謝ってありがとうって言おう」

 

「うん! 私も謝りに行く!」

 

 2人の言葉に感動した平田と櫛田もそれに乗っかる。この二人を皮切りにクラスの雰囲気は切り替わった。

 

「……ああ、俺も謝る。許されることははわからないけどな」

 

「いや、これはケジメだ。俺たちが代表としていく。そんなに大勢で来られてもあいつが困るだけだ……あいつには常日頃世話になってるしな」

 

「おう! 俺たちは親友だからな! 山内も行くか?」

 

「……俺はいかないぞ! あいつはスカしてて嫌いだ!」

 

 上から幸村、須藤、池、山内の会話である。山内はこんな状況でも相変わらずのようだ。

 

「……じゃあ2人で行くぞ」

 

「おう!」

 

 

 

 それから少しして水無瀬は教室へと戻ってきて、その黒板の前に立ったと思えば彼は突然頭を下げた。

 少し経った後に頭を上げ、彼はこう続けた。

 

「皆、本当に済まなかった。クラスの友達に言う事じゃなかったよ……でも僕はこのクラスでAクラスへと上がっていきたいと思っている。不満はあるだろうが、どうか僕に力を貸してくれないだろうか、頼む」

 

 そう言ってもう一度頭を下げる水無瀬、打ち合わせしていた状況と異なったのか、慌てふためくクラスメイト達。

 

「そんな! 水無瀬君が謝らなくていいよ!?」

「そうだよ! 私たちが悪いんだから!」

「そうだぜ! 謝るのはこっちの方だ!」

 

 騒々しくなるクラスを代表するかのように平田が水無瀬に謝る。

 

「水無瀬君、まずはすまない。僕たちが未熟だった。そしてそれを教えてくれた水無瀬君に対して酷いことを言ってしまった。……みんなあの後考え直して後悔してたよ。あの後にこんなこと言うのも図々しいのは分かっているんだけど、どうか僕たちのために力を貸してくれないかい?」

 

「……ああ、わかってくれたんだね! 嬉しいよ! ……こんな僕だけど、皆今後ともよろしくね!」

 

 それを聞いて感極まったように水無瀬は皆に言う

 

「今更水臭いこと言うなよ!」

「当たり前だろ! クラスにはお前が必要なんだから!」

「水無瀬君泣いてるの? かわいー!」

「写真撮んなくていいの清楓ちゃん!」

「ん、撮る、水無瀬が泣くのは珍しい」

 

 

 

 そんな形でクラスの結束は水無瀬によって固いものとなった

 

 

 

 ──放課後──

 

 平田主導となって今後の対策会議が勧められていた。しかし用事があるといって水無瀬は不参加だった。それをイジられていたが、彼はいくつかの的確な案を出し、更に埋め合わせをすると言って謝って教室を後にした。

 まあ最も現時点で平田以上の信頼を獲得している彼においてそんなことをする必要はないのだが、こういうところにも彼の人望が厚い理由が出ているのであろう。

 

 そして屋上で時が来るのを待っていた水無瀬に対して一人の生徒が声をかける。

 

「随分と熱の入った演技だったねえ。ラビングボーボーイ」

 

「あはは……何のことかな? 高円寺君」

 

「惚けなくもいいさ。君だけではなく綾小路ガールも演技だったのはよくわかったさ」

 

 髪の毛をさらりと払って高円寺は言った。

 

「……そこまでバレているのでは誤魔化す必要はないだろうね」

 

 苦笑いで語る水無瀬。

 

「ああ、別にバラそうなんては思っていないさ。現に君は見事な手腕であの崩壊寸前のクラスを纏め上げた。流石我がライバル、改めて見直したよ……まああの2人が謝りに行ったのは予想外だっただろうけどねえ?」

 

「そりゃどーも、そうだね、概ね君の思っている通りで合っているよ?」

 

「当たり前だろう? 私を誰だと思っている。君がクラスにポイントの話をしていなかったのは()()()()()()()()()()()()()だ。恐らく何かしら彼女と密約を交わしたのだろう? そして予想外にもティーチャーは君にクラスのヘイトを向けた。しかしそれは君の演技によって奇しくもプラスへと働いた。クラスの問題点を指摘し、それに気づかせ、君は今では英雄扱い。末恐ろしいねえ全く、ただの高校生にできる手腕じゃないだろうに」

 

「それが事実だとして、君は何がしたい? まさかただ無駄話をするために来たんじゃないんだろう?」

 

「君の端末を出したまえ」

 

 そう言われて素直に端末を出す水無瀬。少ししてチャットの通知が来る。

 

 [高円寺六助があなたと友だちになりました]

 

「……これは?」

 

 驚きを隠さずに水無瀬は言う

 高円寺はポケットに手を突っ込んで屋上の柵に寄りかかり優雅に語る。

 

「見ての通り私の連絡先だよラビングボーイ。光栄に思うといい、私は基本女性の連絡先しか登録しない主義なんだ」

 

「……そりゃありがたいことで。で、それがなぜ僕に?」

 

「まだわからないのかい? 私は君が気に入った。卒業後は高円寺コンツェルンへと就職したまえ、私の右腕としてその手腕をふるってもらいたい」

 

 端的に言えばスカウトだ。

 水無瀬は苦笑いして答える。

 

「今のところ将来の展望なんてないさ……だがありがとう。嬉しいよ。確約はできないけど前向きに考える」

 

「そうしてくれたまえ。では先に失礼する。レディーとの約束があるんでね」

 

 そう言って背中越しに手を振る高円寺、実に様になっている。

 

「……やっぱり面白い人だね彼は」

 

 ……どうにも相手を気に入ったのは高円寺だけではなかったらしい。

 

 

 

 

『一年Dクラスの水無瀬柊君、担任の茶柱先生がお呼びです。職員室まで来てください』

 

「……来たか」

 

「水無瀬、呼ばれてる」

 

「ああ、先に帰っていてくれ」

 

 無機質な放送が学校中に響き渡る。速足で職員室へと向かった水無瀬はその扉を叩いて入室する。

 

「失礼します。一年Dクラスの水無瀬です。茶柱先生はいらっしゃいますか?」

 

「あら! 君があの有名な水無瀬君? サエちゃん? ええっと……さっきまでいたんだけど」

 

 振り返った先生は、親しそうに茶柱の名前を呼ぶ。年齢も近く見えるため仲がいいのだろうか。

 そして一つの発言に引っかかった水無瀬はこう聞き返した。

 

「……有名? 僕がでしょうか? 星之宮先生?」

 

「あら? 名前知っててくれてるの?」

 

「そりゃ同じ学年に若くて美人の教師がいるって友達が言ってましたから」

 

 その言葉に嬉しそうに指を立てて話す星之宮。

 

「あら! お上手ねー。それはそれは有名だわよ? あの難しい入試試験で満点。さらには小テストでも満点。イケメンで運動もできるのに不思議君で彼女もいないーってなったら噂にもなるわよ? Bクラスでは女の子にとっても人気なの!」

 

「……そうですか(不思議君……?)」

 

 聞いたら後悔しそうだったため、深くは聞かない水無瀬だった。

 続けて聞いてくる彼女。

 

「ねえ、サエちゃんにはどういう理由で呼び出されたの? ねえねえ、どうして?」

「さあ? それは僕にもさっぱり……」

「分かってないんだ。理由も告げずに呼び出したの? ふーん?」

「近くで見たのは初めてだけど噂通り格好いいじゃない~。さぞかしモテるでしょ?」

「いえいえ、今までの人生で彼女が出来たことはありませんよ」

「えー! 噂はホントだったのね? 意外ね、私が同じクラスに居たら絶対放っておかないのに~。ウブってわけでもないでしょ? つんつんっと……男の子なのに柔らかくてすべすべね? かわいい~」

「……母親譲りじゃないですかね? 知らんけど」

 

「何やってるんだ、星之宮」

 

 そろそろダルくなってきたであろうタイミングで突然現れた茶柱が彼女の頭をクリップボードでスパンッ! と叩いた。非常に痛そうだ。

 

「いったあ。何するの!」

「うちの生徒に絡んでるからだろ」

「サエちゃんに会いに来たって言ったから、不在の間相手してただけじゃない」

「放っとけばいいだろ。待たせたな水無瀬。ここじゃ何だ、生活指導室まで来て貰おう」

 

 そう言って歩き出した茶柱についていく水無瀬。

 なぜか星之宮もそこについてくる。にっこにこの笑顔でこちらに並んで見て来る。

 デコピンの一発でもぶち込んでやろうか迷っていた水無瀬だったが、その前に茶柱が恐ろしい形相で振り返ってこう言った。

 

「お前はついてくるな」

 

「冷たいこと言わないでよ~。聞いても減るものでもないでしょ? だって、サエちゃんって個別指導とか絶対しないタイプじゃない? なのに、噂の水無瀬くんをいきなり指導室に呼び出すなんて……何か狙いがあるんじゃないかなあって」

 

「もしかしてサエちゃん、下剋上でも狙ってるんじゃないの?」

 

「そんなこと無理に決まっているだろ。バカを言うな」

 

「ふふっ、確かに。サエちゃんにはそんなこと無理よね~」──

 

 ――そんなやり取りの後に彼女の元を訪れた一之瀬によってこの会話は断たれることとなる──

 

 

 

 その後生徒指導室へと入った二人、最初に切り出したのは水無瀬。

 

「これで条件は満たされました。授業後のアレは最初の対価です。満足した頂けましたか?」

 

「……ああ、十分以上の成果だ」

 

「それは良かった。……次からはやめてくださいよ? 今回みたいに必ず成功するわけじゃないんです」

 

「肝に銘じておこう」

 

「それで、改めて確認しますか?」

 

「いや、前回確認した通りで問題ない、学校側も納得させた」

 

「……悪い人だ。公平性もあったもんじゃない」

 

「お前にだけは言われたくはない。よし、少しここで待ってろ、音を立てずにな。破ったら退学とする」

 

「……はあ、わかりました。なるべく早く済ませてくださいね」

 

「それはあちら次第だ」

 

 そう言って生徒指導室を出る茶柱。

 

 

 

 ────水無瀬は何とも言えない騒動に巻き込まれそうな気配を感じたが、それは後にわかるだろう────




後編は今日中に出します!お楽しみに!

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  • 綾小路や坂柳とのイチャイチャ
  • 上記以外のヒロインの追加
  • 恋愛要素以外の日常パート
  • 本編を早く進めること
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